タイトル:ラスト・ホープに梅の花マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/01 02:37

●オープニング本文


●春の訪れ
『ラスト・ホープ』は洋上を移動する人工島であり、バグアに察知されないためにも存在する座標はしばしば変わる。
 故に、明確な季節の変わり目も少なく。
 赤道上にあれば常夏のようで、北か南のどちらかの半球寄りに位置していれば、そちら側の影響を受ける。
 だが人というのは不思議なもので、暦と自分が慣れ親しんだ環境に、季節を重ねるのが常で−−。

 パチンと、ハサミの音がする。
 その音を聞きながら、老人は棚に並んで陽光を浴びる小さな木々を眺めていた。
 細い木の枝の先端には、濃い紅色や白に近い淡い桃色の小さな梅の花がほころんでいる。
「二月堂のお水取りが終わったら、もう春やねぇ」
 ハサミの音に混じって、長年連れ添ってきた妻の声が聞こえた。
「春‥‥か」
 呟いて目を向けたテーブルの上にも、梅の花が幾つか開いて転がっている。しかし、どれも紙で出来た作り物だ。花の下に針金を通し、茶に染めた紙をそれに巻いて、枝に見立てる。そうして出来上がった『梅の枝』の幾つかが、部屋の壁や仏壇に飾られていた。
「ねぇ、お爺さん。せっかくやから、たまにはお仕事のお仲間さんを招いたら、どうやろう」
「うん?」
 急な妻の提案に、別の事を考えていた老人は生返事した。
「ほやから‥‥せっかく春なんやし、花も見てもろた方が綺麗に咲きはるんと違います?」
「若い連中は、騒々しいぞ」
 彼が深い皺の刻まれた顔に更に皺を浮かべれば、老婦人はくすくすと笑う。
「賑やかなんも、ええやないですか。子供らが小さい頃は、いつもうるさいくらいに賑やかやったもんです。まぁ、ここやと大層な事は無理やけど‥‥」
「そうだな。お前がそういうなら、それも構わんだろう」
 気が紛れるならばそれも良かろうと、老人は再び梅の盆栽に水をやり始めた。

「整備部で宴会って‥‥マジで!?」
 喜色満面の部下達に、老チーフは渋い表情をした。
「じゃあ、やめとくか」
「いや、いいっすねっ! マジいいっすから、ぜひ!」
 慌ててぎゃあぎゃあと騒ぐ『若い衆』に、今度はやれやれと嘆息する老チーフ。
「ただし、だ。緊急事態には、備えなきゃならん。参加するのは、シフトで非番に当たっているヤツのみだぞ」
 その一言を聞いた30人ほどの整備スタッフ達は、一斉に自分のシフト確認や、同僚との非番交代の交渉を始める。
 ふんと鼻を鳴らすと、チーフは内線用電話の受話器を取った。

●小さな花宴への招待
 UPC本部の斡旋所にあるモニターには、今日も世界で起きる数々の『事件』内容が表示される。
 そのモニターの一つに、新着の『案内』が表示された。
『整備部の有志より、能力者諸氏を労いたいとの事。参加は任意であり、興味がある者は担当部署まで連絡を‥‥』

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
愛紗・ブランネル(ga1001
13歳・♀・GP
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
アヤカ(ga4624
17歳・♀・BM
菜姫 白雪(ga4746
19歳・♀・BM
聖 海音(ga4759
24歳・♀・BM

●リプレイ本文

●『お花見』の謎?
「オハナ、ミ?」
 胸に抱いたパンダぬいぐるみ『はっちー』と愛紗・ブランネル(ga1001)が首を傾げれば、若い整備スタッフは勢いよく頷いた。
「そうっす。チーフは慰労云々って難しく言うっすけど、早い話が『お花見』っす」
「おはなみ〜‥‥」
「ああ、ハナミね。OKOK、私はちゃあんと知ってるわよ」
 まだ頭の上に疑問符を浮かべている愛紗の隣で、シャロン・エイヴァリー(ga1843)は笑顔と共に親指を立ててみせる。
「ほう。日本の季節行事は雰囲気が独自だと聞くが、どんなものだ?」
 尋ねるホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)に、こほんとシャロンは一つ咳払いをし。
「ハナミっていうのは、日本の春のビッグイベントなのよね。それで、満開のサクラの木の下で、頭にネクタイを巻いた集団が大合唱とかするのよ」
「‥‥頭に、ネクタイ?」
「それで、大合唱‥‥??」
 興味津々だったホアキンの表情がかげり、愛紗も困惑する。
「あ‥‥れ? な〜んか、微妙なリアクション‥‥でも、テレビで見たのよ?」
「あの、シャロンさんシャロンさん」
 ちょんちょんと遠慮がちに肩をつつかれて振り返れば、申し訳なさそうな菜姫 白雪(ga4746)と目が合った。
「今回のお招きは、ちょっと趣が違う気がしますわ。たぶん、ですけど」
 慌てて付け足す白雪に、アヤカ(ga4624)がころころと笑う。
「テレビに映る公園での桜見物って、宴会の場面が多いニャね。そんな風に覚えても、仕方ないニャ」
 指を振り振り胸を張るものの、ハタと何事かに気付いてアヤカが首を横に傾けた。
「あれ? そういえば」
 斜め45度に頭を傾げたまま、ぐりんと上体を回すアヤカに、反射的に鯨井起太(ga0984)が身を引く。
「どうか、した?」
「うん。桜って、咲いてたかニャ? ご馳走に誘われた方だから、気にしてなかったニャ」
 ニャハハと照れ笑いをして、猫の様に丸めた手でアヤカは頭を掻いた。
「今の時期、日本はまだ梅ですね。それから桜が咲いて、桜が終われば少し間を置いてから、藤が見頃になりますか‥‥」
 どこか遠い目で、石動 小夜子(ga0121)が懐かしそうに呟いた。洋上を移動する『ラスト・ホープ』では、季節を体感する事が難しいのだ。
「詳しいな。梅や桜はともかく、藤が咲く頃には新緑も鮮やかで、改めて『花見』とはいかないものだが」
 白鐘剣一郎(ga0184)が感心すれば、急いで小夜子は黒髪を揺らし、困った様にはにかんだ。
「褒めていただく程でもないですよ。小さい頃から、身の回りに緑が多かったので、自然と‥‥だと思います」
「だけど『ラスト・ホープ』で暮らしている上、世界のあちこちを飛び回っていたら、季節を意識する機会も少なくなるわよね」
 手で眩い陽光を遮りながら、色の濃い青空へ視線を上げるケイ・リヒャルト(ga0598)に、聖 海音(ga4759)もまた頷く。
「そうですね。様々な国の方が、集まっていますし」
 顔を上げれば、道の先には緑に覆われた高層マンションが立ち並んでいた。

「よう来はりましたねぇ。遠慮のう、入って下さい」
 チャイムを鳴らして少し待つと、小柄な老婦人が笑顔で招き入れた。
「うわ〜、高〜いっ。でも、見えるのはビルばっかりだね‥‥これは、造花?」
 真っ先に窓へ駆け寄った愛紗が、残念そうに呟き。それから、窓辺に飾られた造り物の梅枝へ顔を近づけた。
 そこここを同じ梅の花で飾った部屋は、能力者向けに割り当てられたものよりも、ずっとこじんまりとした造りだ。
「こんにちはー」
「お疲れ様です」
 姿を見せた能力者達に、既に到着していた整備スタッフ達が次々と会釈をし、声をかけた。

●梅の宴
「息抜きも必要だからな。堅苦しい事は言わん、適当にやってくれ」
『主催』の老チーフが、素っ気ない言葉で宴席に集った者たちを促す。
 十数人が囲むテーブルには、夫人が腕を振るった料理が並んでいた。そこへ、海音が持参した重箱を加える。
「皆様のお口に合えば、幸いですけど‥‥」
 蓋を開けば、中は春らしい彩りに飾られていた。
 錦糸玉子に、薄い桜色のでんぶ。色がくすまぬよう、さっと火を通したきぬさやに、花の形に飾り切りされた人参。
「うわ〜、ちらし寿司かぁ。美味しそうだね!」
 お重を覗き込んだ起太が感嘆の声をあげ、包みと蓋を脇に置いた海音は密閉容器を取り出しながら、嬉しそうに「はい」と答える。
「ありがとうございます。華やかですし、宴席に良いかなと思いまして。あと、苦手な方もいらっしゃるかもしれませんが、菜の花のおひたしも作ってきました」
「菜の花って、食べられるんだぁ」
 興味深そうに、シャロンは海音が置いた容器を『観察』した。
 その間に、台所を借りていたホアキンが盆に小鉢を並べて戻ってくる。
「御夫人、キッチンをありがとう。日本酒に合うかと思って、作ってみたんだが」
 礼を述べながらホアキンが置いた小鉢に、アヤカが目を輝かせた。
「お魚ニャ〜っ」
「あらまぁ、綺麗なサンマの梅肉和え。それもちゃんと梅を潰して、種取って‥‥お兄さん、器用やねぇ」
 感心する夫人に、僅かにホアキンは苦笑し、料理にも使った梅干の瓶を渡す。
「お招きいただいた礼も兼ねて、これはお土産に」
「嫌やわぁ、わざわざ気ぃ遣ぅてもうて。ほんま、おおきに」
「いや、こちらこそ」
 深々と夫人から頭を下げられ、逆にホアキンも恐縮した。
「素晴らしい、素晴らしいよホアキン! ここで梅干をチョイスしてくるなんて! 梅干‥‥それは、おむすびに最も合うと断言してもいい、最強具材! 食がすすむ程よい塩味と酸味、そして何より殺菌保存効果っ! そんな全てにおいて優れた具材である梅干を生み出す、この梅の花! 特に冬の終わりを感じさせる梅は、最も好きな花のひとつだよっ!」
 サンマの梅肉和えの小鉢を掲げ、もう片方の手は飾られた梅の枝へ差し伸べて、梅とおむすびへの熱い情熱を語る起太。メンバーの大半は適当に聞き流すが、急須を片手に小夜子はくすりと笑う。
「梅干や梅酒は馴染み深いながら、花とはなかなか結びつかないものですけれど‥‥起太さん、本当に梅がお好きなんですね」
「お酒のつまみなら、あたいも持ってきたニャ。肝心のお酒ニャ。ビールにチューハイ、それから日本酒! 未成年は、ジュースで我慢ニャよ。つまみは乾き物と、自作の豚の角煮と牛すじの土手煮! これがまた、日本酒に合うニャよ〜☆」
 ほくほくと笑顔のアヤカが、サキイカなどの袋物や缶飲料に一升瓶、それから密閉容器など、次々と鞄から引っ張り出した。
「日本酒に合うって‥‥お酒、飲めるっすか?」
 店を広げるアヤカに、心配そうな整備スタッフが確認する。
「にゃ? これでもあたいは、ちゃ〜んと成人してるニャよ〜☆」
 いそいそとアヤカはポケットから身分証を引っ張り出して、得意げに披露した。
「ほらほら、ここニャ。生年月日」
「ホントっすね。計算すると‥‥ひぃふぅみぃで、えぇと、22歳、なんっすね」
 身分証を見ながら指折り数えるスタッフの背中を、思いっきりアヤカは引っぱたく。
「そんな、口に出して言っちゃ嫌ニャっ。あと、他の人には絶対秘密ニャよ?」
「わ、判ったっすっ!」
 アヤカにじーっと目で訴えられて、スタッフは身を引き。二人のやり取りに微笑みつつ、海音は老チーフやスタッフ達の杯やグラスにお酌をし、一方で小夜子はお茶やジュースを注ぐ。
「結構、料理をされる方が多いんですね。そういえば皆さん、勤務は大丈夫です?」
「集まってるのは、非番の連中ですから」
「今日が休みでよかった〜っ!」
 小夜子の問いに、スタッフ達が陽気に返事をした。

 基本的に『無礼講』の宴席は、食事と酒が進むうちリラックスした雰囲気になる。
「後は無粋な『緊急事態』が起きない事を、願うのみ‥‥ね。デザート代わりにお菓子も作ってきたから、それまでは待っててもらわないと」
 空になった缶を邪魔にならないようどけながら、ケイが小さく笑った。
「モキャーっ、デザートまであるんですの!? 今日は、いっぱいご馳走で幸せですわ〜」
 幸福感に浸りつつ、白雪は箸を動かす手を休めない。
「うにぃ〜! おいひぃですの〜」
 口いっぱいに料理を頬張る白雪の、そのほっそりした身体のどこに入るんだろうと、ちょっぴりシャロンは心の底で考えてみたり、みなかったり。
「ちょうど時期だし、イースターにちなんでイースターバニーのショート・ブレッドも持ってきたわよ」
「イースターバニー、ですか?」
 耳慣れぬ言葉に、杯を手にした剣一郎がシャロンへ聞き返した。
「ええ。元々は、ドイツの民話らしいけど。イースターには子供達へお菓子を配って喜ばせる、子供好きの貧しいお婆さんがいたの。ある年のイースターに、お婆さんは綺麗に色を塗った卵を庭に隠して、子供達が卵を探すっていうゲームを思いついてね。卵を見つけた子供達が喜んでいると、偶然そこへ野兎が飛び出したのよ。驚いた子供達は、『兎が卵を配ってたんだ』って勘違いして。そこから、兎は『卵を運んでくる使者』になったのよ」
 シャロンの説明に、ケイもまた頷く。
「そういえば、こんな話もあるわ。イースターになると、子供達が野ウサギの巣を編んで、納屋の周りなんかに置く。もしその子が『いい子』なら、夜の間にイースターバニがイースターエッグを巣へ入れてくれるの」
「そんな風習があるんですか。面白いですね」
「なんだか、サンタクロースみたいだよね」
 いつの間にか、剣一郎の隣でちんまり座って話を聞いていた愛紗が、平安貴族風に着飾った『はっちー』の手をぱたぱた振った。
「そういえば、そうですね」
 少女の仕草と感想に笑って賛同しつつ、剣一郎は杯を傾け‥‥視線を感じてその手を止める。
「俺の顔に、何かついていますか?」
 じーっと見つめる愛紗は、結んだ髪を横に揺らすが、それでも視線は外さない。
「えぇと‥‥」
「おはなみ、だよ」
 無邪気に愛紗が答えれば、今度は剣一郎が凝視した。
「‥‥はい?」
「お鼻を見るのが、『おはなみ』じゃないの?」
 不思議そうに愛紗は小首を傾げながら、はっちーの鼻を突っつく。
 脱力感を覚えた剣一郎が彼女の認識を訂正するのには、しばしの時間を要した。

●花と団子と
「どうも最近、R−01に妙な愛着が湧いてしまって、下取りに出せないんだ」
「そりゃあ、機体としても使い捨てよりは、手をかけた方が喜ぶっすよ。車も、アンティークは味があっていいっすよね」
「ああ、確かにな」
 そんな他愛もない話をしながら、ホアキンは腹が落ち着いた整備スタッフと花札の『花合わせ』に興じていた。『カードゲーム』としてシャロンや愛紗、それにほろ酔いのアヤカと白雪は鼻歌交じりで、遊びに加わっている。
 賑やかな光景とは対照的に、部屋の反対側では静かに剣一郎が茶を立てていた。
「素人手前で、恐縮ですが」
 茶せんを置くと、剣一郎は茶碗を夫人の前へすすめた。会釈をして茶碗を取った夫人は、それを両手で掲げて傾ける。緊張した面持ちで見守る剣一郎へ、茶碗を置いた夫人がにっこりと笑んだ。
「結構なお手前でした。若い人やのに、お上手やわぁ」
「いえ。まだまだです」
「でも、美味しいですよ」
 恐縮する剣一郎に、茶碗を手にした海音が「ね」と小夜子やケイに同意を求めた。彼女らが頷く一方で、苦い茶に苦戦する起太は、ケイが持ってきた梅饅頭を口に詰める。梅の香りが広がるが、気にする余裕も今はない。
「くっ‥‥苦くて死ぬかと思った」
「仕様のないヤツだ。ほれ」
 口を動かしつつ安堵の息を吐く起太へ、老チーフが水のコップを置く。一息ついた起太は、ふと部屋の一角に並んだ本物の花を見やった。
「あの盆栽は、チーフが?」
「大したものではないがな」
「いやいや、中々」
 しげしげと梅の盆栽を眺める起太に、剣一郎もまた目を細める。
「とても綺麗です。本物の梅を見るのは、久しぶりだな‥‥」
「そういえば、ハナミってサクラの花でやるものだって聞いてたけど、ウメでも良いの?」
 手札を睨んでいたシャロンが、会話を聞き止めて顔をあげる。
「時節柄、梅の頃はまだ肌寒いからな。どうしても花見の宴となると桜が主だが、どうにもあれは騒々しくていかん」
 腕組みをする老人に、小夜子が顔をほころばせた。
「梅に鶯、とは言いますが‥‥こういうのも、風流ですね」
 ほぅと息を一つ吐いて、梅葛餅を口へ運ぶ。葛餅の中には梅のピューレが入っていて、酸味が絶妙の味わいを醸し出していた。
 梅葛餅と、薄紅の梅饅頭。そして梅ゼリーの中に、白餡ベースの梅餡玉が入った梅餡玉入りゼリーが、ケイの持ってきたデザートだ。それに紅白の梅の練り切りを海音が添え、洋風に馴染んだ者にはシャロンが母国のスタンダード、ショート・ブレッドを出している。
「やった、勝った〜っ!」
 遊ぶ者たちの間から、愛紗が無邪気な声をあげた。
「愛紗ちゃん、引きが強いニャ〜」
「きっと、無欲の勝利ですの」
 アヤカと白雪が並んで手を叩き、負けた者達はやれやれと顔を見合わせる。
「さて。また負けたから、飲むか」
 腰を上げたホアキンは、改めて小さな梅の木の傍らに腰を下ろした。
「まったく。紅梅が目にしみる」
 一瞬、懐の煙草に手を伸ばしかけたものの、ふと止めて。そんな彼の前に、ケイがゼリーと茶を置く。
「それじゃあ気が紛れるよう、安らぐ歌でも披露しましょうか?」
 チーフが首是するのを待ってから、ケイと海音は視線を交わした。
「皆の心に少しでも春が、そして一時の安らぎが訪れますように」
 二人は窓辺に立つと、外の高層ビルの間から差し込む陽光を受けながら、声を紡ぐ。
 梅の花で彩られた部屋を、歌は緩やかに満たした。

「お先に失礼しまーすっ」
 賑やかに、整備スタッフ達が三々五々と引き上げる‥‥シャロンと小夜子が用意した、他のスタッフ達への土産をぶら下げて。
「まったく、騒々しい奴らだ」
 その声にホアキンが見やれば、呟く老チーフの表情は満更でもなく。
「洗い物、しますよ」
「私も。お手伝いしますわ〜!」
 誰が言い出すでもなく、残った者達が後片付けを始める。
 そんな者達へ、夫人は小分けした紙袋を並べた。
「これと、お好きな梅の枝を持ってって下さい。大したもんやあらへんけど、お土産に」
「でもこの可愛らしいアートフラワーは、御夫人の手作りでは?」
 戸惑ったような起太に、夫人は微笑んで頷く。
「今日は、ほんまにおおきに。よかったらまた、遊びに来たって下さいね」
「造花でこれだけ綺麗なんだから、本物はもっと綺麗なのかしら。実物でハナミをするためにも、また明日から頑張らないとね」
 シャロンが気合を入れ、ケイは夫人へ包みを手渡した。
「若輩者故、奥様のご趣味に合うか分かりませんが‥‥今日のお礼に」
 取り出した浅い鉢形のガラス花瓶は、差し込む光を拡散し、梅の造花に様々な色を投げかけていた。