タイトル:クリスマスを届けてマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/06 15:12

●オープニング本文


●疲弊する町で逞しく生きる者達
 欧州で暮らす人々が、心待ちにする日が近付いていた。
 例え競合地域にあり、バグアやキメラの襲撃に怯える日々が続く街でも、変わりはない。
 12月25日、クリスマス。
 キリストの生誕を祝う準備をしながら人々はその日が来る事を指折り数え、そして祈りを捧げる。
 ‥‥どうか、今年は平穏なクリスマスとなりますように。
 一日も早くバグアの脅威が去り、怯える日々から解放されますように、と。

 スペイン南部の山岳地にある小さな町でも、小さな教会が中心となって、戦いに疲弊した人々の心を癒そうとしていた。
 教会の呼びかけで、人々は厳しい食糧事情の中から僅かながらも食べ物を提供し、あるいは避難生活の手慰みに作ったクリスマスのオーナメントや、不要となった衣類などを持ち寄り、週末ごとに教会前でクリスマス・バザーを開く。
 慎ましやかなものではあったが、人々はその束の間の時だけでも戦争を忘れ、笑顔を交わしてひと時を過ごし。バザーが終われば、次の週末を楽しみにしていた。

「ここ、これでいいかな」
「こっち、終わったよ〜」
「それじゃあ、エンジンかけてみるぞ」
 リーダー格の少年がイグニッシッョン・キーを回せば、揺れながら車体は唸りを上げ、排気筒より黒っぽい煙を吐く。
 生き物の様に息を吹き返した無機質の塊に、五人の少年達は明るくやり遂げた表情で、互いに視線を交わし。それから、後ろで見守っていた『監督者』へと振り返った。
「動いたよ、オッサン!」
「だーから、オッサン言うんじゃないって、何度言えば判るんだ。お前らは」
 苦笑しながら、リヌ・カナートは動き出した軽トラックに歩み寄り、剥き出しのエンジン部分を少年達の後ろから見やる。
「ちゃんと、動いてるな。後は走らせないと、ナンともだけど」
 油や汚れまみれの服を着た少年達は、リヌの評価に誇らしげな笑顔を見せる。
「アレから二ヶ月、ようやくモノになってきたってトコか」
「でもさ。オッサンは、よかったのか? ジャンクを売っぱらった金‥‥」
 複雑な表情を浮かべる少年の頭を、彼女はぐりぐりと掴むように撫でた。

 五人の少年達はみな、教会で世話になっていた身寄りのない孤児だ。だが南部での戦闘が長引くにつれ、逃げ出した人々が北部の町へと避難し、教会はその途上で戦災孤児となった子供達を保護する事となった。そこで『年長組』たる彼らは世話になった教会に負担をかけまいと、自分達の判断でそこから飛び出した。
 以降、少年達はほんの二ヶ月ほど前まで競合地域で戦闘によるジャンクを拾い集め、それをリヌが買い取る形で生計を立てていたのだ。だがキメラの出現とそれを撃退する『能力者』達の策により、全てのジャンクはUPCに買い上げられ、ジャンク置き場は空っぽとなった。
 ジャンクを売った金の何割かをリヌは少年達へ渡し、少年達が以前に世話になっていた町の教会へと寄付した。『元手』を失ったジャンク屋稼業は廃業状態となり、代わりにリヌは少年達へ車やトラクターなどの修理技術を教えた。これからも難民は増えるであろうし、逃げてきた途上で大事な『足』である車が故障や不調を起こす事は多く、ジャンク拾いをするよりも割がいい仕事だろう。危険な目にあわずに少年達が『食い扶持』を稼ぐ方法を、リヌなりに模索した結果だった。

「エルナンド神父も、心配してんだよ」
 肩を竦めるリヌに、少年達はやれやれと大人びた表情で首を横に振る。
「心配性だから、神父さん」
「じゃあ、試運転に行ってくる」
 最年長の少年が運転席に座り、残る四人は助手席や荷台に乗り込んだ。アクセルを踏めば力強くエンジンが唸り、車は滑り出す。
 賑やかに試運転へ出発する少年達を、額に手をかざしてリヌが見送った。
「そろそろ潮時、かねぇ」
 静かになった『作業場』に、ぽつりと呟きが落ちる。
 彼女自身も、元々は『流し』でジャンク屋をしてきた身。少年達が自分の力で生きていく術を身に着ければ、『商品』がなくなったリヌも町に留まる理由はない。
 車が見えなくなった地平線から、リヌは少し離れた位置にある町並みとテントへと目を向けた。
 相変わらず南から北へと逃げてくる難民に、町の空気は落ち着かない。だがクリスマスが近いという事もあり、小さな教会の若い神父は町の住人と難民達が少しでも心安らぐよう、手を尽くしていた。
「『能力者』ってやつは、やっぱり好かないが‥‥」
 しばらく何かを考えていたリヌだが、やがて何かを決意したように、事務所をかねたボロ小屋へ足を向ける。
「打診しておきゃあ、ちょっとぐらい気の回るヤツもいるだろう」

●案内状
 UPC本部の斡旋所にあるモニターには、今日も世界で起きる数々の『事件』内容が表示される。
 そのモニターの一つに、新着の『案内』が表示された。
『スペイン北東部の町より『能力者』諸氏へ、クリスマスの案内が届いている。競合地域に近く、物資などが不足がちな為に十分なもてなしは出来ないが、住民や避難民達に安心してクリスマスのひと時を過ごす事ができるよう、可能ならば足を運んでほしいとの事−−』

●参加者一覧

大曽根櫻(ga0005
16歳・♀・AA
稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
銀野 すばる(ga0472
17歳・♀・GP
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
坂崎正悟(ga4498
29歳・♂・SN
美川キリコ(ga4877
23歳・♀・BM

●リプレイ本文

●サンタ準備中
 格納庫に、慌しい足音が響く。
「ほら、早く。遅れちまうよ!」
「待って下さい‥‥っと」
 段ボール箱を運ぶ美川キリコ(ga4877)を、やはり二段に重ねた箱を抱えた鏑木 硯(ga0280)が追いかけていた。大きさの割りに軽い箱がズレるたび、硯は足を止めてバランスを取る。
「自分も、手伝うでありますよ」
 苦戦する硯の様子に、稲葉 徹二(ga0163)が重ねた箱の一つを抱えた。
「あ、すみません」
「困った時は、お互い様であります」
 両手が塞がった徹二は、敬礼の代わりに軽く会釈する。高速移動艇では、仲間達が着々と準備を進めていた。
「壊れ物は固定した方がいい。こっちで括っておこう」
「ありがとう、助かるわ」
 ロープを使ってしっかり箱を固定する坂崎正悟(ga4498)へ、シャロン・エイヴァリー(ga1843)が礼を言う。
「礼には及ばない。そっちは、大丈夫か?」
 正悟に声を掛けられた大曽根櫻(ga0005)は、こっくり頷いた。
「はい。割れ物はありませんので」

 準備の声を聞きながら、先に座席へ座った流 星之丞(ga1928)は、色とりどりの正方形の紙を様々な角度に折っていた。
「星之丞君、何してるの?」
 彼が顔を上げれば、覗き込む銀野 すばる(ga0472)と目が合う。
「折り紙です。ツリー飾りになりそうなものと、他にもいろいろ」
 出来上がった鶴や舟、風船などを見せる星之丞に、すばるは更に小首を傾げた。
「でも、随分と沢山の折り紙を持ってきたんだね。そんなに折るの?」
 隣の席に置いた折り紙の束を彼は手に取り、自分の膝に乗せて席をあける。
「いえ、教会の子供達と一緒に折ろうと思って。いま作っているのは、見本です」
「器用だね。でもそういうの、いいね」
 感心しながら、すばるは折り紙のあった席に腰を下ろした。
「でも能力者を呼ぶって事は、町の住民や難民が安心してクリスマスを過ごせるように、って事かな?」
「そうですね。僕達が行く事で、町の人達も安心して楽しめるといいのですが」
 そんな話をしている間に、準備を終えた仲間達がやってきて、座席は次々と埋まる。
 全員が乗り込んだ高速移動艇は、滑走路へ動き始めた。

●迫る暗雲
 スペイン北東部。競合地域に近い小さな町は、教会を中心とした町並みに、南からの難民が暮らすテントや車が並んでいる。
 それとは別の方向、広がる畑の中に元ジャンク置き場があった。
「アンタが依頼人? 今回は、よろしくね」
 キリコが声をかけると、トレーラーの下からリヌ・カナートが顔を出す。
「面倒かけるね。あんたらも、何かと忙しいだろうに」
 車の下から這い出す相手へ、キリコはおどけた風に肩を竦めた。
「人々に希望を与えるのが、能力者の仕事‥‥なーんてね。で、ここいらの状況はどうなんだい?」
「良くもなく、悪くもなく。競合地域のど真ん中でない分、直接戦闘に巻き込まれる事は少ないが‥‥丸っきり安全でもない。難民は絶えないし、ワームも目にするしね」
 スペインは今や国土の半分以上が競合地域で、一部はバグアの占領下にあった。国家機能は低下し、北上する戦線に対し、フランスとドイツを主力とする連合軍は、ピレネー山脈を『砦』としている。また、首の皮一枚で欧州各国と繋がった状態の隣国ポルトガルは、欧州勢との繋がりを絶つまいと北西部の防衛に必死だ。
「でもまだ、イタリアよりマシだが。向こうの戦況、かなり悪化してるんだろ」
「イタリア軍は優秀ではありますが、何分にも疲弊しておりますから‥‥どうぞ」
 服のポケットを探るリヌへ、徹二が煙草を差し出した。何気なく手を伸ばしたリヌだが、高級煙草に気付いて手を止める。
「いいのかい?」
「自分が吸ったら、犯罪でありますからなぁ‥‥ULTの支給基準も、当てにならぬ物であります」
「なら、遠慮なく。しかし能力者ってのも、意外と気の回るのが多かったんだな」
 高級煙草に火を点け、美味そうにふかすリヌへ、おどけた風にキリコが片眉を上げる。
「意外って、どういう意味よ。クリスマスぐらい、ヤな事は置いといて楽しまなきゃ。良い新年も迎えられやしないモンね」
 硯の発案でキリコや徹二達はカンパに答え、その金で医療品や衣服、それに保存食を購入。町へ到着後、教会の子供達と共に住民や難民へと配って回っている。
「ところで今回の『依頼』は、オフのつもりで宜しいか。パーティと護衛では、気合の入れ方が別方向でありますから」
 確認する徹二へ、ひらりとリヌは手を振り。
「ああ。あんたらがいるだけでツブシがきくし、きっとバグアも避けてくだろうからね」
「アタシらは、魔よけの札か何かかい」
 からからとキリコが笑い、徹二は帽子のつばを引き下げた。
 そんな会話をファインダー越しに見ていた正悟が、シャッターを切る。
「物好きだな。何にも、ないだろうに」
 腰に手を当ててリヌが苦笑すれば、正悟は顔を上げて首を振った。
「いいんだよ、何の変哲もない笑顔で。ご希望があれば、すぐプリントして進呈するが」
 お手上げという風に両手を広げるリヌをキリコは面白そうに眺め、正悟が再びカメラを構える。
「勘弁してくれ」
 笑いつつ、逃げるようにリヌは背を向け。
「随分と、シャイなこって」
 正悟が徹二を見やれば、彼は口元に浮かんだ笑みを手で隠していた。

●クリスマスは笑って
 広場には簡単な露天が立てられ、集まる人々で賑わいをみせていた。
「皆さんのお陰で、住民の方々も避難してきた人も、一時でもバグアの心配をせずにいられます。それに物資まで‥‥本当に、ありがとうございます」
 和やかな雰囲気を眺めていた若い神父が、能力者達へ改めて礼を告げる。人々にはラスト・ホープからの能力者の到着が大々的に伝えられ、それもあって広場に多くの者達が集っていた。
「いいえ、リヌさんの招待ですし。楽しみにしているクリスマスの時くらい、皆心安らかに過ごしたいですもんね」
 答えた硯は、バザーの一角で手作りの商品を売る子供達へ目を細める。5歳程度から10代前半の子供達は、星之丞から折り紙を習い。あるいはカメラを手にした正悟を囲んで話をし、あるいは恥ずかしそうに並んで、彼の被写体となっていた。
「あれぇ、硯?」
「なんだ、来てたんだ」
 聞き覚えのある声で名を呼ばれ、黒髪を揺らして硯が振り返れば、薄汚れた顔の少年達がにやにや笑いを浮かべている。
「うん。おまえら、久し振り」
 二ヶ月ほど前に顔を合わせた歳の近い少年達へ、笑って硯は手を振り返した。

「はいっ! 本日はUPC直送の、ワインをお届けに来ましたっ!」
 威勢のいい声に、広場の一角が騒がしくなった。
「スペインのワインには一歩劣るけど、せっかくのクリスマス。家族との団欒の席に、あるいは仲間と囲むテーブルに、この一本は欲しくない?」
 持参した五本のワインを前にしてシャロンが胸を張り、人々は視線を交わす。このご時世、酒は貴重な嗜好品なのだ。
 そんな人々を前に、シャロンはちちと指を振る。
「もちろん、タダというわけにはいかないわ。ワインが欲しければ、私と勝負して勝ったら‥‥っと、そこの貴方、話は最後まで聞いてっ」
『勝負』という言葉に諦める者達を、慌てて彼女が呼び止める。
「何で勝負するんだ? トランプか、コイントスか?」
 別の方向から、気の早い若者の声が飛んだ。
 こほんと一つ咳払いをしたシャロンは、ぐいと拳を集まった者達へ突き出す。
「勝負方法は『scissors−paper−stone』の3本先取! 能力者に勝って、戦利品のワインでクリスマスを祝う‥‥悪くないでしょ?」
 彼女は鋏・紙・石と、順番に指を開き、あるいは閉じてみせる。
 簡単に言えば、じゃんけんだ。
「一家を支えるお父さんから、家族想いのお嬢さんまで、誰の挑戦でも受けるわ。さぁ、チャレンジャーはいない?」
 彼女の『挑発』にわっと声が上がり、次々と挑戦者の手が挙がった。

「皆さん、賑やかですね」
「やっぱり勝負事に賞品が絡むと、熱くなるのかな」
 シャロンを囲んで盛り上がる人々に、櫻とすばるが揃って笑う。二人はキッチンで肩を並べ、女性達とクリスマスの料理にいそしんでいた。
「常から、娯楽なんて少ないから。特に、男連中は」
「タダでお酒がもらえるなら、有難いしね」
 二人の少女に答える女達は、泡立て器でボウルの中身を混ぜ。あるいはすばるが持ってきたジャガイモやニンジンなどを剥いたりと、忙しく手を動かしている。
「こんな物しかないけど、いいかしら」
 声と共に別の女達がキッチンへ現れ、櫻の前に数本のガラス瓶を置いた。中には砂糖漬けにしたリンゴやレモン、それにプラムやレーズンなどのドライフルーツが入っている。
「新鮮な果物なんて、買いに行くのも大変だから。でも、『とっておき』なのよ」
「クリスマスだものね」
「すみません‥‥ありがたく、使わせていただきます。腕によりをかけて、美味しいケーキと料理を作りますね」
 保存用の食料だと察した櫻は、ぐいと服の袖を引き上げ、気合を入れた。

 日が暮れると人々は教会に集まり、クリスマス・ミサが始まる。
 神父より撮影許可を得た正悟は、人々の祈りの邪魔にならないよう慎重に場所を選び、静かに一度だけ、シャッターを切った。

●聖なる夜と贈り物
「寒い時には、やっぱりシチューが暖まるわよね。はい、どうぞ」
 大きな鍋を前にしたすばるは、子供達から皿を受け取っては町の人々にも振舞ったシチューを盛り付ける。皿一杯のシチューに、子供達は嬉しそうに彼女を見上げた。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。お口に合えばいいんだけど」
 礼を言う子供に、すばるは片目を瞑ってみせる。
 テーブルには、櫻が作ったクリスマスの料理にフルーツを使ったケーキやパイも並んでいた。目の前のご馳走に、幼い子供達は恐る恐る櫻を窺う。
「これ‥‥全部、食べていいの?」
「ええ、いいですよ。遠慮なく、召し上がって下さいね」
 サンタ姿の微笑んで櫻は料理を取り分け、子供達の前に置いた。

「いただきまーす!」
 食事の前の祈りを捧げた後、明るい声が教会の食堂に響く。
 和やかで、賑やかな食事が終わる頃。
「「メリークリスマス!」」
 食堂の扉を開け、突然現れた二人の『サンタ』に、子供達は目を丸くした。
 二人の小柄なサンタは、片方は白髭にぽっちゃりした体型とサンタの『基本』を踏襲しているが、もう片方は季節外れのカボチャ頭だ。
 当然、子供達は風変わりなカボチャサンタを指差し。
「なんで、カボチャがサンタなのー?」
「ええい、笑うな。衣装を取り違えた、あわてん坊のサンタクロースであります。メリークリスマス!」
 担いだ白い袋から、カボチャサンタが猫のぬいぐるみを取り出すと、女の子達が目を輝かせた。
「今年一年いい子にしていた子供達に、クリスマスプレゼントをあげるよ」
 白髭サンタもまた大きな袋から本や玩具を取り出すたび、わっと声が上がる。
 サンタの正体は、示し合わせてそっと食事の席を抜け出した硯と徹二だ。そうと気付かぬ幼い子供達は二人を囲み、年長者と大人達は暖かな光景を見守っていた。

 クリスマスのせいか、夜が更けても人々は集まり、バザーで仕入れた酒や食事を楽しんでいる。
「巡回、問題なかったよ」
「後はよろしく」
 白い息を吐いてキリコがすばるに告げ、正悟がトランシーバーを星之丞へ渡す。
 能力者達は、念のために警戒の見回りを行なっていた。
「じゃあ、行きましょうか」
 振り返る星之丞に頷いたすばるは、彼の腕に自分の腕を絡めた。
「すばる‥‥さん?」
 戸惑う星之丞へ、彼女はウインクする。
「せっかくのクリスマスだもん。そんな緊張した顔してちゃ、町の人も怖がるでしょ。こーんな美人がお相手なんだし、嬉しそうな顔をしてね」
「そう、ですね」
 先を越された感がして星之丞は苦笑をし、すばると肩を並べて歩き出した。
 町外れまでくると歌声や笑い声も遠くなり、冬の夜空が静かに広がっている。
「こうしていると、何だか戦争なんて嘘みたいだね‥‥僕は、みんなの幸せを守りたい。そう思う気持ちと同時に、能力者にならなかったら今でも普通に学校に通って、日常を生きていられたのかなって、そう思う事もあるんだ‥‥僕は自ら望んで、能力者になった訳でもないから」
 夜空を仰いで打ち明ける星之丞の横顔を、すばるは少しの間、見つめ。
 それから目を伏せて、腕にかけた手に少し力を込めた。
「星之丞君‥‥あたしね、今こうしていられてよかったと思うんだ」
 手を離すとすばるは数歩先へ進み、くるりとポニーテールを揺らして振り返る。
「世界はまだ平和じゃないけど、そんな世界だから能力者になって。出会いがあって、今ここにいる。こんな世界じゃなきゃ、キミと出会えなかった訳だし、ね‥‥ってあたし何言ってんだろ」
 頬を指で掻いて笑うすばるに、ふわりと星之丞はマフラーをかけた。問う青の瞳に、彼はにっこりと笑顔で答える。
「はい、クリスマスプレゼント‥‥神様も、その身まで暖めてはくれないからね」
「ありがと‥‥あ、見回りサボっちゃダメだね!」
 首に巻いたマフラーに、すばるは微笑み。肩を並べて、二人は歩き出した。

「笑うなよ? 実は、戦争終わったら宇宙に行ってみたくてさ」
 夜空を見上げた徹二は、少年達へ夢を語っていた。
「宇宙なんて、行けんの?」
 冷やかす声に、彼は胸を張る。
「バグアがいなくなればな。俺はしばらく、空の掃除を続ける。興味があったら、その間にロケットを用意してくれないか? ほら、機械の修理とか始めたんだろ?」
 徹二の『提案』に、今度は少年達が顔を見合せた。
「作ってもいいけど、ちゃんと飛ぶか判んないからな」
「そこを、飛ぶように作ってくれよ」
 肩を落として徹二が嘆けば、彼らは声をあげて笑い。不意に一人が荷物から何かを取り出すと、彼に押し付ける。
「やる。それから、飛ぶ前にジャンクになんなよ」
 使い込まれた双眼鏡を手に、ぽつりと徹二は呟いた。
「ヤバいから‥‥能力者にはなるなよ。オッサンが泣くぞ?」

 翌日。朝もまだ早いうちから、八人はリヌに呼び出され、集まっていた。
「アンタ、もしかして黙って町を‥‥」
 気がかりを口にしかけたキリコへ、リヌは頭を振る。
「ジャンク屋ってのは、そもそも『流れ者』だからな。それより、こいつをあんた達に渡そうと思って」
 まだ眠そうな者達を前にリヌはコンテナの扉を開け、集まった者達は中を覗き込んだ。
「リヌさん、これ?」
 戸惑う表情で振り返ったシャロンに、リヌはにっと笑う。
「好きに使ってくれ。クリスマスだし、あんた達にもプレゼントがいるだろ」
 コンテナの中では、ナイトフォーゲルのパーツが鈍く朝日を反射していた。