●リプレイ本文
平和な喧騒を失ったビルディング。その沈黙した塔の前に、武装した傭兵たちが各々武装を手にたたずんでいた。
「35階‥‥この広い空間にG達が居るのですわね‥‥。気を引き締めてまいりましてよ!」
ロジー・ビィ(
ga1031)が拳を握ってビルを見上げる。
「‥‥奴等の巣にはさせない」
決意を胸にホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)がエントランスへと歩み出る。ビルの扉は、先発してきていた部隊によって既に壊されている。各々武装を手に、傭兵達はビルの中へと吸い込まれていった。
入った中は吹き抜けのエントランスになっていた。リュス・リクス・リニク(
ga6209)がホールを見渡しながらつぶやく。
「今回の‥‥敵は‥‥ゴキブリ、キメラ‥‥いっぱい‥‥集まると‥‥ジャミング‥‥」
「ゴキブリ型のキメラなんて‥‥敵もいろんな手を考えてくるものね」
空漸司・由佳里(
ga9240)がやや溜息交じりに、同じくホールを見渡す。
「害虫駆除か‥‥しかも、よりによってキメラの分際でレギュラーサイズときたもんだ‥‥俺達なんかよりも、駆除業者にでも頼む方がいいんじゃないか?」
装備した刹那の爪の具合を確かめながら須佐 武流(
ga1461)が毒づいた。
「害虫とはいえキメラ。油断するわけにもいきません。無線機に、ノイズは入っていませんね」
無線機を手にしたフラウ(
gb4316)が口にする。
「もっと上の階層に居るということかしら?」
同じく無線機を手にしたメシア・ローザリア(
gb6467)が軽く嘆息をもらす。
「無線機がつかえなくなる場所‥‥そこに敵がいるって訳ね」
由佳里が今一度手元の無線機を確認する。
「しかし‥‥ゴキメラの相手は初めてになるんだよな‥‥まぁやることは変わらないか‥‥とはいえ‥‥35階か‥‥長丁場になりそうだな」
ショットガンを誰もいない虚空に構えつつ漸 王零(
ga2930)が、やはりうんざりしたような表情をする。
「それでは、打ち合わせどおりに。無線機の調子からすると敵は上層部に居るようだが、気を抜かずに」
「ノイズの様子からいって下層階の敵は少なそうだが、油断せずに」
ホアキンと王零が呼びかける。各員は一斉に肯き、作戦は開始された。
各フロアをしらみつぶしにしてゆく。階段を封鎖し、エレベーターホールには餌のためにゼリーを置いてゆく。しかし、下の五階層まではノイズもなく、キメラの影もない。ノイズが混じり始めたのは、六階になってからだった。
「こちら須佐。西は異常ない。オーバー」
単独行動をとっていた武流が無線機で報告をする。
「少し‥‥えにくいわ。‥‥ングの影響‥‥すわね。オーバー」
無線機の向こうでメシアが応ええる。無線からの声には、ざざ、と雑音が混じる。
「ちっ。現れやがったか」
武流は舌打ちすると、暗視スコープをかけて辺りを見渡す。すると部屋の片隅に、かさかさと動くものを見つけた。ゴキブリだ。
「とうっ!」
一気に踏み込んで刹那の爪で踏み潰す。かすかに、フォースフィールドが光る。これでもキメラなのだ。ぶちゅっと、虫の潰れる感触がする。虫の身体が潰れて、身がどろっとはみ出ている。ゴキブリよろしく油があるのか、少しぬめっと光っている。
「げっ‥‥靴が汚れたのを後で洗わないとな‥‥」
また、かさり、と音がする。後ろを振り返ると、かさかさとゴキブリが走っている。武流はキメラをショットガンで射貫いた。
「くそ‥‥厄介なものだ」
武流はショットガンを構えるのを解いて、嘆息交じりに口にする。
「こんなものがあちこちにいたんじゃ‥‥対処の仕様がないぞ?」
キメラがいたところに駈けより、屍骸を確認する。また、物陰からゴキブリ。武流は刹那の爪で踏み潰す。
「あぁ‥‥考えるだけで面倒だ‥‥OKが出るならビルごと吹き飛ばしちまいたい‥‥!」
武流は無人のオフィスでそう叫んだ。
ロジーが階段の踊り場についているレバーを引く。すると音を立てて厚い防火シャッターが下りる。
「こちらはOKですわ」
そういってまたフロアに戻ってくる。エレベーターホールでは由佳里がゴキブリを誘き寄せるための餌に、とれたてみったんゼリーを置いていく。
「ちょっと勿体ない気もするわね‥‥」
「こちらも封鎖は終わりました」
フラウもエレベーターホールに戻ってくる。少し奥のフロアでは王零がブラインドを一つ一つ開け放っていく。薄暗かったフロアに光が射す。
「さて、あとは待つだけですね」
由佳里はエレベーターホールを見張れる位置に引っ込む。他の傭兵達も同じ位置につく。
「須佐は大丈夫でしょうか‥‥無線は使い物になりませんが」
「ここのキメラは、戦闘力は皆無のようですし、大丈夫でしょう」
フラウの心配に、ロジーが答える。実際、キメラには戦闘能力がないらしく、簡単に潰されていった。
「後は待つだけだな」
王零はショットガンを構えつつ、エレベーターホールの様子に注視した。
リニクが無線機のノイズを頼りにキメラのいる場所を特定しようとする。階が十階を超えると、キメラは数匹単位の群れで見かけるようになった。
「一匹、いたら‥‥もっと、いっぱい‥‥いると‥‥おもえ‥‥いっぱい‥‥」
思わずちょっと肩をすくめる。
「うぅぅ‥‥害虫駆除、害虫駆除‥‥」
その後背で、ホアキンがブラインドを次々と開けていく。光に追い立てられるように、キメラの群れが蠢く。物陰になっているところも照明を当てて、キメラを追い立てる。床に出てきたキメラの群れを、右手で鞭を振るいつつ追い立てる。
「ゴキブリのキメラなら、短期間で繁殖するかもしれんな」
そういって鞭を振るう。キメラたちは抵抗らしい抵抗もせず、追い立てられるままに逃げていく。
「ローザリア家にも時々出たみたいですわね、普通のコックローチですけれど」
メシアが威嚇のために追い立てるようにしてスコーピオンを単発で群れの中へと撃ち込んでいく。群れは混乱したように蠢き、やがてエレベーターホールの方へと追い立てられていく。
「ふむ。お屋敷で、見かけることもあったのですか」
ホアキンは鞭と剣とを自在に振り回しつつ、メシアに尋ねる。
「ええ。使用人が随分と怯えておりましたので、飛んだ所をサバットで仕留めましたわ」
エレベーターホールの方から漏れそうになるキメラを、一匹一匹狙撃しつつ、メシアが答える。抵抗する気はまったくないらしく、当たらなくとも、追い立てられて逃げていく。
「‥‥それにしてもバグアはいいところに眼をつけましたわね。大きさが普通サイズなら知らぬ間に人間に危害を加えられそうですわ」
「このキメラには戦闘能力はなさそうですけれどね」
覚醒して、やはり狙撃で群れから漏れるキメラを射抜くリニクがそう応える。
「これで戦闘能力を持たせて、民間人の駆逐に使われないとよろしいのだけれど」
メシアがそんな憂いを口にした。
やがて三人が追い立ててきたキメラがエレベーターホールに群がる。そこには既にゼリーに惹かれてゴキブリキメラがわんさと群れていた。
「くっ、どう見てもいい光景じゃないな‥‥」
ホアキンが息を詰まらせる。ゴキブリの群れ。油でてらてら光った、黒い虫が何十匹と群れている。その群れをはさんで、先発して封鎖を行っていた四人が対峙する。由佳里が覚醒し、光の翼を広げる。
「来たわね‥‥天に誘う蒼き剣‥‥空漸司・由佳里が天に送ってあげるわ!」
王零が一歩前に出て、刀を構える。
「万闇よ‥‥我が意に従い‥‥聖闇と化せ」
そういって横薙ぎにソニックブームを放つ。黒い群れがひしぎあって、ぶちぶちと潰れてゆく。逃げようと蠢く黒い塊。さらにそこへ由佳里が二振りの剣で叩きつけるように攻撃する。
「逃がさない‥‥音速の刃‥‥せぇぇっ!」
ソニックブームが飛ぶ。わらわらと慌てたようにキメラが蠢く。
「散るとき位、薔薇の如く美しく散りなさい!」
そういって逃げようとするキメラをメシアが丁寧に狙撃していく。
「量が多いですね!」
リニクが群れの中央に弾頭矢を打ち込む。爆発が起きて、キメラ達が潰えていく。蜘蛛の子を散らしたように、キメラたちはあちらこちらに逃げようとする。
「逃がしませんわ!」
逃げようとするキメラに回り込んでは、それらをロジーが流し斬りで片付けていく。
「飛び掛ったりしないでね」
まだ動けるキメラも、フラウがナイフで一匹ずつ確実に斬撃する。一匹一匹、みながそれぞれの武器で潰していく。それで、ようやく、一階層のキメラが片付いた。
「まだ先は長そうだな」
キメラの屍骸を見つつ、ホアキンがつぶやいた。王零が、キメラの屍骸を前に、頭を垂れ、黙祷した。
武流がまた一匹キメラを刹那の爪で潰す。ぶちゅ、と中身が飛び出て、キメラが潰れる。刹那の爪はもう大分汚れてしまった。
「ああもう!」
汚れた刹那の爪を、床にぐりぐり押し付ける。
「く、まだ討ち漏らしがあるか‥‥えぇい、逃げるな! クソ‥‥!」
後背に群れていたキメラにショットガンを撃ち放つ。
「あぁ、本当にイライラする‥‥本気でビルごと吹き飛ばしてやりたい‥‥!」
そういって棚の陰を覗く。そこには、まだ数十匹単位でキメラが群れていた。武流の姿を認めると、キメラたちは群がって棚の影から出てくる。
「もうめんどくせぇ! まとめて感電しやがれ!」
そういって超機械「ハングドマン」を発動する。電磁波がキメラの群れを襲う。キメラ達がぴくぴくと痙攣する。やがて、キメラは動かなくなった。
「ふう、こんなものか‥‥」
武流はあたりの屍骸を見渡した。
「あぁ‥‥これが戦場とはな」
武流はそう毒づいた。
最上階。そこは、一つの大きなフロアだった。展望レストラン。平和なときには湖を望んでなかなかの眺望を楽しめたことだろう。だが、いまや、レストランの床、ふかふかなはずの絨毯は黒いもので埋め尽くされていた。
「一体どれ位居るのかしらね‥‥一匹見たらなんとやら‥‥ってやつかしら‥‥」
由佳里はげんなりとした口調でそうつぶやく。
「もう、誘き寄せたり追い立てたりする必要もないですね」
フラウが疲れたような声を出す。目の前の床には、びっちりゴキブリが敷き詰められている。
「一応、ゼリーは投げておきますわ‥‥集めて、まとめて処分してしまいましょう」
ロジーがゼリーのパッケージを開ける。これで最後のフロアなので、中身を全部出してしまう。もっとも、もうそんなに残ってはいなかったが。ゼリーを投げると、キメラたちはもぞもぞと蠢いて、ゼリーの方へと寄ってくる。まるで、波かうねりかというくらいだ。
「‥‥何匹‥‥いるの、かな‥‥数え‥‥られない‥‥」
「いや、というか数えたくないな」
リニクの言葉に、ホアキンがやれやれと溜息をつく。ゴキブリは、キメラは、ゼリーに吸い寄せられるように集まってくる。それでようやく、キメラが退いて絨毯が頭を覗かせる。
「速いところ、終わらせてしまいましょう。害虫風情がわたくしの敵になるなんて、身の程知らずにも程がありますわ」
メシアがそう意気込むが、表情はやや疲れていた。
「それではいきましょう」
覚醒したリニクが弾頭矢をつがえる。他の面々も武器を構える。弾頭矢が発射され、爆発音が響き、戦闘は開始された。
「過ぎた軌跡には骸のみ残し薙ぎ払え‥‥紅一文字!」
王零が紅蓮衝撃をソニックブームに乗せて走らせる。
「これで、最後の戦いになるかしら!」
ロジーが叫びながら、紅蓮衝撃をのせて流し斬りをする。キメラが黒い群れとなって波打つ。もはや狙いなど定めなくても目の前はキメラである。
「狙う手間が省けるな!」
ホアキンは鞭をしならせ、雷撃を飛ばす。ぶちぶちとキメラが潰れていく。だが、キメラは後から後から沸いてくる。
「数が多いですね」
黒い塊となったキメラに、フラウが渾身のエアスマッシュを打ち込む。ぐちゃ、と虫の潰れる音がする。
「ち‥‥倒しても倒してもきりがない‥‥まさにゴキメラだな‥‥」
王零は国士無双を振り回す。錬力の消費が激しい。
「うおっ、これが本命か‥‥! ええい、やってやるぜ!」
そこへ下のフロアから、残敵を掃討していた武流が上がってくる。そのままの勢いで、ショットガンを撃ち放つ。
「はぁはぁ、もう、錬力が限界よ!」
由佳里は大きく肩で息をする。その背中を預かるように、メシアが突撃銃を構える。
「ええ、でも後少しですわ、もうこれで終わりなのですから」
「大丈夫? 大分、動いているのは少なくなってきたわ」
フラウが二人を心配してか、声をかける。
「ああ、もうすぐおわる、あとは細かいのだけだ」
ホアキンが、鞭で雷撃を飛ばす。たしかに、もう黒い塊は、動かなくなりつつある。潰れたゴキブリ──キメラが累々と連なる。その上を動く影は、もうあと僅かであった。
最上階での掃討を終え、傭兵達はビルを降りた。日は西に傾ぎ、ビルは紅に暮れなずんでいた。そのビルを前に、王零は神妙な顔をして頭を垂れる。
「万魂淨葬刃軌導闇‥‥無垢なる魂よ‥‥その穢れた躯を棄て迷わず聖闇へと還れ」
皆が、感慨を込めてビルを見上げる。由佳里がつぶやいた。
「これで後の憂いが断たれれば良いんだけど‥‥」
「大丈夫でしょう。もうレーダーに障害が出たりはしませんよ」
フラウがそれに応える。
「ああ、本気でイライラした。やれやれまったく、だぜ。これも、綺麗に洗わないと、どうしようもない」
武流は刹那の爪を取り外しつつ毒づいた。刹那の爪には、屍骸やら油やらがこびりついている。
「でも、敵に戦闘能力が皆無だったのは僥倖でしたわ。怪我は、しなくてすみましたもの」
ロジーは、ちょっとほっとしたような声を出す。そこへ、一両の車がやってくる。UPCのジーザリオだ。車は傭兵達の前へと来て止まる。中から一人の若い女性下士官が現れた。
「任務ご苦労様です。いやー、たすかりました。KVのレーダーに影が出るっていうんで、面倒なキメラだっていうから、どうしようかって困っていたんですよー」
「いえいえ、傭兵の仕事として、当然のことをしただけです」
陽気な下士官に、ホアキンはやや疲れながらもそう答える。下士官は、なおも明るい表情で、車の中からクーラーボックスを取り出す。
「こちらUPCからの差し入れです」
おお、と傭兵達からちょっとしたどよめきが漏れる。下士官がクーラーボックスから取り出したのは、見たことのあるものだった。
「はい、とれたてみったんゼリーです! 傭兵の皆さんにも人気と聞いて、冷え冷えですよー」
傭兵達は一様に、脱力したような表情をして、うなだれたりした。
「あれれ、みなさん、どうしました?」
「い、いや、その」
王零は頭を抱えた。ロジーが口を開く。
「なんというか、ゼリーはしばらく、その、十分ですわ‥‥」
メシアも、目に手を当てる。
「見ると、なんだか思い出してしまいそうですわ‥‥」