●リプレイ本文
アマゾンの赤土を蹴って、四台の軍用車輌が駆け抜ける。二台の軍用高機動車が二台の軍用トラックをはさんでいる。四台のエンジンの駆動音は時折聞こえるホエザルの叫びに負けじと轟く。
「ふぅ‥‥、入り組んだ道は厄介ですね」
先頭の車輌でハンドルを握るハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)がつぶやく。
「予想以上に蒸し暑いですしね‥‥」
高機動車のトップの機銃座で警戒に当たるセレスタ・レネンティア(
gb1731)がそれに応える。いけどもいけども密林の中だ。それでもこの辺りは高度がある分まだすごしやすい。
「これを待ってる人たちがいるんですもの。頑張らなくっちゃ」
同じく双眼鏡を手に警戒する柊 理(
ga8731)。
「後続はどうなっています?」
ハインの問いにセレスタが答える。
「特に問題なさそうですね」
その後続、最後尾の軍用機動車では警戒をしつつ比留間・トナリノ(
ga1355)がつぶやきをあげる。
「うっうー。後方撹乱作戦ですか。軍属でない方々を戦争に駆り立てるのは、よい気分ではありませんが‥‥。打てる手は打っておきましょう」
「そやな。ついたら‥‥『もうすぐ大規模な作戦が始まるんやけどそれに際してもう少しここで暴れて敵を混乱させてくれへんかな』こんな感じかな」
機銃座で周囲を警戒する鮫島 流(
gb1867)が、確認といった感じで口にする。
「いやぁ‥‥陽動ですからねぇ。正規兵ならともかく、民兵に自分達が陽動なんて事をいっても『捨石』になる覚悟はきついと思うんですよぉ。『解放』されるのならともかくとしてですねぇ。情報が漏れてもよくないですしねぇ」
ハンドルを握るヨネモトタケシ(
gb0843)が応える。
「‥‥陽動‥‥それは‥‥伝えるの、つらい‥‥。伝えないのも‥‥つらいけど」
リュス・リクス・リニク(
ga6209)が、眉根を寄せつつつぶやいた。
「でも‥‥リニクたちが‥‥いく、ことで‥‥少しでも、つらいのが‥‥和らぐと‥‥いい。な」
そのとき、前方で何かが崩れるような音がした。前を行く車が次々と止まり、最後尾の高機動車も急ブレーキをかけた。
「敵襲か!」
月城 紗夜(
gb6417)が素早くAU−KVを展開させる。彼女の前には熱帯の巨木が倒れていた。やがて銃声が聞こえ、男達が現れる。着ている服はばらばらだ。
「迎え撃ちましょう! 道は‥‥塞がれてしまっていますね!」
セレスタが機銃座で機銃を構える。
「ロ、ロボットがいるぞ!」
「い、いいからやっちまえ!」
ゲリラたちが銃を撃ちつつ吶喊してくる。だが銃弾はAU−KVには利かず、覚醒した能力者たちにも当たらない。
「AU−KVを知らない? それだけ僻地ということですか」
高機動車のドアを盾にしつつハインが小銃を構える。同じく小銃を手にした理がペイント弾で威嚇射撃をしつつ飛び降りてくる。覚醒した能力者の精密な射撃が的確にゲリラたちの胸を染めていく。理が叫んだ。
「ボクらはいくらでも当てることができるよ!」
圧倒的な力の差にゲリラの戦意はみるみる削がれていく。
「駄目だ、こいつら人間じゃねぇ!」
「逃がさせないでください! 彼らも説得します!」
後ろの車輌から駆けつけつつタケシが叫ぶ。それを受けて紗夜と流がゲリラに肉薄する。紗夜は二振りの刀でゲリラの顔や腕だけを浅く切り裂く。流も銃把でゲリラたちを殴りつけた。そこから漏れたゲリラも、足元にトナリノの正確な威嚇狙撃を受けて諦める。あっという間にゲリラの退路は絶たれた。
「投降していただきましょう」
タケシがリーダーとおぼしき男の懐に飛び込み、蛍火を突きつける。リニクも、洋弓「アルファル」に矢をつがえて、彼のほうへと歩み寄る。
「殺したくはないのです。武器を捨ててください」
「わ、わかった。投降する!」
そういって彼は手持ちの小銃をアマゾンの赤土へと落とした。
投降したゲリラたちが一所に集められる。全部で十三人。両手を頭の後ろに組み、車座にさせられる。その脇に積まれた彼らの武器を見て、ハインがつぶやいた。
「旧式のボルトアクションライフルに、突撃銃、軽機関銃二丁ずつ。とても、最前線とは思えないですね」
「突撃銃も鹵獲品‥‥この辺りは、本当、疲弊しているのですね」
セレスタが武器を検分しながら応えた。
「貴方達は――バグアのために戦っている」
小銃を突きつけながら、理が、覚醒の余韻も覚めやらず、熱を持って語っている。
「何故? とは聞きません。理由はどうあれ貴方達は人類を裏切っています。ならばボク等は『地球人である』という誇りと共に戦います!」
ゲリラたちは顔を歪ませ、うつむき加減になる。理の勢いを制するように手を伸ばしつつ、タケシがゲリラのリーダーの前に割って入る。
「まぁまぁ。そう断罪してしまっては、彼らを追い詰めてしまいますよぉ」
柔和な笑みを浮かべ、タケシはリーダーの前にかがむ。
「お、俺達だって、す、好きでやっているわけじゃねぇ。だけど!」
「だけど?」
タケシが眼鏡の奥の目を細める。
「きょ、協力すればギアナのほうから、物資が来るんだ」
「つまり‥‥食べる‥‥ために‥‥と?」
「そうだ」
リニクの問いに、リーダーはうなだれて肯定した。
「そか‥‥もし、もしもだけど」
流が話に加わる。
「UPCがその援助の肩代わりをする、となったら。どうかな?」
「UPCが‥‥でも、俺達はとうに見捨てられて」
「そうでしたかぁ‥‥いやぁ、それは、申し訳なく思うのですよぉ」
タケシが軽く頭を下げる。
「UPCも、この地域のことを、憂慮して、私達が派遣されたのですねぇ」
「UPC本部からもできる限りのことはサポートするって事だ」
流もリーダーに更なる説得を加える。
「そ、そうか‥‥皆は、皆は、どう思う?」
リーダーは他のメンバーにも尋ねる。彼らは、戸惑ったような顔をしていたが、やがて一様に頷いた。
「わかった。俺達も、ギアナの連中とは手を切りたい。だが、俺達だけで決めるわけにもいかねぇ。いっぺん、村に帰ってみんなと相談したい。いいか?」
「ああ、そうしてくれ、俺達と戦って欲しい」
流が力強くいった。
「お願いしますねぇ。本部には確実に伝えておきます。村の位置、規模などを教えていただけますかねぇ。追って、調査団と必要な援助をさせていただきます」
さっそくタケシがこの一帯の地図を取り出し、リーダーに尋ねる。リーダーは、彼らの住む村の情報を説明した。
「一応念のために聞いておきたいのですけれども」
説明を終えたリーダーに、ハインが訊ねる。
「洗脳者‥‥そのギアナのほうから、バグアの幹部みたいな人間が派遣されていたりは?」
「いや、たまに来るだけで、いつもはいねぇ。この間、やってきて、荷物を運ぶ手伝いをさせられたけどよぉ」
「荷物?」
興味を持ってセレスタが問うた。
「ああ。でっかい機械でよ。エンジンみたいなやつだけど、もっとでかかった。飛行機にでも使うのかって訊いたけど、あっちはだんまりだった。俺たちは国境まで運んだだけで、後のことはしらねぇ」
「エンジン‥‥SES搭載か?」
ハインの言葉にセレスタが頷いた。
「その可能性はありますね。これは‥‥報告しなければ」
その後、ゲリラは解放された。本来であれば完全に武装解除するところだが、密林で猛獣などの危険もあり、旧式のライフルだけは彼らに返した。道をふさいでいた巨木は紗夜が竜の爪を使って排除。一向はサントメ村へと向かった。
西日が密林の彼方へと消えようという頃、一向は村に到着した。村人は総出で一行を迎えた。その多くは老人で、青年や子供の数は少なく見える。特に働き盛りの年代が少ない。
「お待たせしました! お届けものです!」
理が張り切って荷降ろしを手伝う。他の一行も、各々荷降ろしを手伝う。
「チョコレートちょうだい! って、お、おねえちゃんも戦っているの?」
傭兵の中でも一際小さなリニクに、子供たちが好奇のまなざしを寄せる。
「うん‥‥そうだよ」
「すごい、ボクとそんなにかわんないのに」
感嘆を漏らす子供に、リニクはわずかに微笑んで、物資の中からチョコを渡してあげる。
「子供はどこでも変わらぬな。我もどこかで見た光景だ」
紗夜が孤児院を思い出したのか、そうつぶやく。
「貴公も、むしろ彼らに混じるくらいであろうに」
「それは‥‥月城だって」
「我は‥‥進むしかない。貴公も、そうなのであろうが、な」
二人は、それぞれ頷きあった。
夜が更ける。一行は、村人達の代表に招かれて、酒場で夕食の歓待を受けることになった。村から出席したのは、大人の大半。ゲリラ活動に当たる男達や、彼らの妻、そして多くを占めたのが老人達だった。
食事の席で、まず理が声をあげる。
「UPCも、皆さんのおかげで助かってるそうですよ?」
村人の一部が、息を漏らす。だが、多くは口を閉じたままだ。
「このままバグアの拠点を脅かし続けてくれれば、それに応じた補給物資増加の話も出てましたし」
「これ以上やれというのか!」
「今の状況が限界じゃ、これ以上のことを求められてものう」
「正直、ぎりぎりじゃ」
若い村人は机を叩き、老人達は溜息をつく。
村人たちが少し落ち着くのを待って、今度はセレスタが落ち着いた口調で話し始める。
「戦い、長引いていますね。でも、この戦いが終われば、幸せに暮らせると私は信じています」
セレスタは、村人が嘆息を漏らすのを待った。
「全て諦め逃げること‥‥それは負けることと同じです」
また、その場がざわめいた。
「逃げられるのなら‥‥逃げたいくらいじゃ」
「じゃが‥‥この土地を見捨てるわけにもいかん」
「本部からは、できる限りのサポートはするって事だ。勿論、家族が腹を満たすだけの食料は保証する」
流が後をついで言葉をつむぐ。
「‥‥戦いや‥‥戦闘は‥‥とっても、つらい‥‥」
リニクもそれに加わる。
「でも‥‥もう少しの間‥‥自分達を‥‥信じて欲しい」
「うむ‥‥じゃがな」
リニクの言葉に、村人も、少し口篭もる。
「今は確かに苦しいかもしれません。でも、‥‥子供たちが安心して暮らせるためには、バグアを地上から追い出さないと。これ以上子供達を失わないために、今こそ歯を食いしばって戦うときではありませんか?」
「この戦いを早く終わらせて子供たちが安心して暮らせる世界を作る‥‥そのために少し力を貸して欲しいんだ」
トナリノの言葉に、さらに流が続ける。
「ああ‥‥それは、子供達には、な」
「平和な世界を見せたいが、正直、この村にはその子供すら少ないんじゃ」
村人たちがまたざわめく。老人が口を開いた。
「もう、何人死んだことか。わしは、息子を二人亡くした。孫も誕生する前に神の下に召されてしまった。この村は老人ばかりじゃ」
「わしの息子も、一人孫を置いていっちまった。もう、孫を、失ったりはしたくないんじゃ」
「静かに、暮らしたいのはわかります」
トナリノが肯いた。
「親しい人を失うことは怖いことです‥‥それ故に怖くとも自らが立たねばならないのですよぉ」
タケシが口を開いた。
「自分は立つのが遅すぎた‥‥失ってしまいましたからねぇ」
重い沈黙が流れる。やがて、紗夜が口を開いた。
「我の両親も、弟も、バグアに殺された」
村人の注目が集まる。
「弟は、我を庇って死んだ。バグアが勝ったのなら、バグアは消すだろう、我々人類を」
村人たちが、ざわめいた。ある者は吐息を漏らした。紗夜は静かに続けた。
「我は託された命を抱いて、戦場に立つんだ。バカ‥‥弟に平和な世界を見せるために」
村人たちが再びざわつく。すすり泣きが聞こえる。祈りを捧げる声も聞こえる。
「あんた。まだ若いのに。弟さんを亡くして、戦っているんじゃね」
口を開いたのは、初老の女性だった。目にハンカチを当てている。
「私にもあんたくらいの娘がいたよ。戦争で死んじまった。でも、あんた、まだ進んでいるんだね。わしらも、なんかできないかの」
「そうじゃな。わしら、ここで止まっては、死んじまったもの達に、顔向けできねぇ」
村人達の間に、同意する声が起こる。
「お願いいたします。これ以上、失うことはつらいと思うのですよぉ。でも、ただ座していては、失ったまま、かえってこないのですよぉ」
「静かな暮らしを取り戻すためにも、ここで、今一度踏みとどまってくれますでしょうか」
タケシとトナリノが、頭を下げて懇願する。
「ああ、そうだな。私らも、何とか進んでいこう」
「そうだねぇ。あんたの、弟さんのためにもねぇ。あんた、弟さんのために戦って、こんな、年頃の娘が傷を負って」
先ほどの女性が、半ば泣きながら紗夜の頬をなでる。
「こんなやせた身体で。あんたらが戦うんなら、私らも頑張るよ。もう、ああ、娘のことを思い出すじゃないか」
そういって紗夜を抱きしめる。
「ご、御母堂‥‥」
紗夜が困惑したような顔をする。
「さあさ、お食べ、食べておくれ。あんたも、ちっちゃい身体で。食べなきゃ駄目だ」
そういって女性は、紗夜とリニク、トナリノの前に食事の皿を出していく。
「とりあえず、今日は私らの最決起の日じゃ。さあさ、皆も食べよう」
村人たちが、どよめいた。それぞれに、戦いに賛同に意を示す。どうやら、傭兵達の任務は遂行されたようだ。やがて、その日は宴となった。新たな戦いの、鼓舞のための。そして、失われたものへの、ささやかな追悼のための。
翌朝、村人達はやはり総出で、出発する傭兵達を見送った。空は雲ひとつなく、どこまでも青く高かった。
「あんたら、私らもがんばるからなぁ。希望を託すから、頑張ってくれよ」
昨日紗夜に抱きついた女性が、一人一人と握手をする。肩を叩き、激励する。
「あんた、身体がちっちゃいんだからちゃんと食べなよ。あんたも」
そういってトナリノとリニクの肩をバンバン叩く。
「はい、ありがとうございます」
「リニク‥‥ちょっと‥‥痛い」
「あんたも、弟さんのために、頑張っておくれ。やせた身体で頑張って。たくさん食べなくちゃ駄目だよ」
女性は紗夜にハグをする。思わず、紗夜はのけぞりそうになる。
「い、いや、ありが‥‥とう」
「ママ、困ってるよ。あんまり、抱きつくのやめなよ」
他の村人たちが、笑いを上げる。紗夜以外の傭兵も、笑いを漏らした。
その時、空に轟音が鳴り渡る。真っ青な空を、一機の紫色の航空機が切り裂いていった。
「あれは‥‥」
ハインが慌てて双眼鏡を取り出す。
「ああ、ここ数日、北のほうから飛んで来るんだ。やっぱバグアの、だよな」
村人の言葉に、ハインがつぶやく。
「そうですね‥‥ヘルメットワームでは、ないですね」
「シェイド? いや、違うな。くっ、この距離ではわからん」
流も双眼鏡を取り出す。
「新たな、機体でしょうか」
セレスタが口にする。轟音を残して、航空機は空の端へと消えていった。後には、アマゾンの高い青空だけが残った。