●リプレイ本文
轟々と辺りに機械音が鳴り渡る。ラ・プラタのほとりに聳え立つ穀物エレベーター。十階建てのビルの高さほどあるサイロが四つ連なっている。それを中心としてダクトやパイプが複雑に絡み合う。それらを見上げて傭兵達は溜息をついた。
「結構‥‥大きい‥‥ね‥‥」
そうつぶやいたのは傭兵の一人幡多野 克(
ga0444)だ。
「世界中に穀物を輸出するターミナルですもの、それは大きいに決まっていますわ」
といったのはエルフリーデ・ローリー(
gb3060)であったが、それでも嘆息は隠せない。
「ここから運ばれてくる穀物さんが要たちのお食事になるのですね! 穀物さんのために頑張るのですよー!」
「農業は国の礎! 必ず守り通しましょう、明日のパンのために!」
拳を握って意気込む要(
ga8365)に、要が姉さまと慕う紅・サルサ(
ga6953)が応える。それを横目に、アズメリア・カンス(
ga8233)が若干含み笑いをしつつ、口を出す。
「ええ、でも今ここで扱っているのは大豆だそうよ」
「うん‥‥でも大豆の油は‥‥色々な用途があった、はず‥‥サラダ油に、マーガリン‥‥」
「さすが、よくご存知ですねっ」
食物の知識を披瀝する克に夕風悠(
ga3948)が感想を漏らす。悠の言葉に、メンバーが女性ばかりで若干緊張気味の克は若干上がり気味に応える。
「いや‥‥その、たまたま知ってた‥‥だけ‥‥」
「ちなみにドイツでは『畑の牛肉』といわれているのよ」
「おおっ、なるほど。さすがヨーロッパの方ですね」
エルフリーデの言葉に、再び悠が感嘆する。
「とりあえず、迎撃位置と配置を確認しましょう」
大豆談義をおいておいて、アズメリアが淡々とした口調で仕事を進め始めた。
「私達の迎撃位置にあの空き地を使えるかしら?」
案内役についた職員に、エルフリーデが、使われていないらしい操車場を指して、質問する。
「はい、問題ございません、ローリー卿」
「屋根の上に上がる方法はありますか?」
「登るだけでしたら、保守用に人間の乗るエレベーターがあります。あと、外にも梯子があります」
アズメリアの問いに職員がサイロを指差す。たしかにサイロの横には鉄パイプの梯子がついていて、サイロの上にも、柵が張り巡らせてある。しかし屋上は幅が狭く、戦うには少々面倒そうである。
「では、私達はサイロの上でエレベーターを守ります。あと、彼らがあの使われていない操車場にキメラを誘き寄せて迎撃します」
アズメリアが克・悠・エルフリーデを指して説明する。
「照明弾が上がったら、敵発見の合図です。迅速にエレベーターの一時停止および避難をしてください」
悠が照明銃を見せると、職員は少々うろたえた。
「ああ、あの、火器はちょっと、エレベーターの周りは危険ですので」
「あの操車場でですが、危険でしょうか?」
悠が確認する。
「それなら、一応。でも、エレベーター周辺は、火気なしでお願いします」
「わかりました、武器はこの弓を使いますので」
そういって悠はレインボウを見せた。
「では、私達は屋上へ行きましょう。若干、足元が不安定そうだから、気をつけましょう」
「アズメリアさん、頼りにしてるからね。もちろん、要さんも!」
サルサは要をむぎゅっと抱きしめる。
「あはは、姉さまくすぐったい」
「あらあら、仲がいいですわね」
その様子をほほえましく見つめるエルフリーデ。しかし克は視線のやり場に困る。
「幡多野さん、視線が泳いでいますよ」
「いや‥‥それより、俺達も配置に‥‥つこう。本当、厄介なトコ‥‥狙ってくるね」
悠の指摘に、克は遠くを見ながら話題をそらせる。
「そうですね、世界に穀物を届けるために必要な施設、絶対壊させたりはしませんよっ」
悠もレインボウを構えつつ意気込む。
「うん‥‥好きなようには‥‥させない。食べ物は‥‥守る‥‥」
克は拳を握り締め、南米の青空を眺めた。雲ひとつない、快晴だった。
青空の向こうに、米粒のような黒い影が見える。影は三つ。雁行している。
「北西より、影三つ。かなりの高度ね。こちらに、向かっているわ」
双眼鏡をのぞいていたアズメリアが口にする。早速、サルサが無線機に手を伸ばした。
「報告するわ。北西より敵影三。おそらく、例のキメラね。オーバー」
『こちらでも確認したよっ。まだ、米粒だけどね。オーバー』
無線機の向こうで悠が応えた。
「姉さま、いよいよですね‥‥!」
要が洋弓「リセル」を空に向けて構える。
「援護は任せてね。要さんのお尻は私が守るわ☆」
サルサが要にウィンクしてみせた。その様子を微笑しながら見守っていたアズメリアだったが、再び双眼鏡をのぞき、上空の影が次第に大きくなっていることを確認すると真顔に戻った。
「きたよ。たしかにグリフォンだ。食糧は大切だから、しっかり守り抜かないとね」
そういって血桜を抜き放つ。陽光に抜き身の刀身が煌く。サルサが無線機で報告をする。操車場のほうから照明弾が上がる。しゅぱ、という音と共に照明弾の赤い光が輝いた。エレベーター周辺に警戒のサイレンが鳴りわたる。
「反応したみたい。こっちに近づいてくるわ。覚醒しましょう」
アズメリアの言葉にサルサと要がうなずく。ぶわっと、サルサの髪が背中まで伸びる。要の髪と瞳が水色に輝く。アズメリアの右腕に黒い焔の模様が浮かぶ。サルサは髪の毛を束ねると、洋弓「リセル」を構え、天高々とねらいを定める。
「狙い射るぜ! ‥‥なんてね。狙撃眼!」
といって矢を放つ。勢いよく放たれた矢はグリフォンキメラの翼を掠めたが、直撃弾にはならない。
「残念。要さんにいいとこ見せたかったのに」
そういって肩をすくませた。
「ドンマイです、姉さま」
続いて要も矢を放つ。戦闘の一頭に中ったが敵の勢いは殺がれない。
「この距離なら‥‥ソニックブームで!」
アズメリアが大きく血桜を振り下ろす。斬撃が空気を切り裂きキメラを直撃する。咆哮を上げてキメラがのたうつ。
「すごいです、アズメリアさん!」
要が水色の瞳を輝かせてアズメリアに賞賛のまなざしを送る。それを見たサルサの対抗心があおられる。
「私だって‥‥『強弾撃』!」
サルサの放つ矢がキメラに中る。再びキメラが咆哮を上げる。
「姉さまもすごいです。私も行きますよー!」
といって要が矢を射掛ける。放った矢は一番近くのキメラを直撃した。興奮したキメラが、雄叫びを上げて要に襲い掛かる。鋭い爪と嘴の攻撃が要を襲う。
「きゃあっ」
回避しようとするが、エレベーターの屋上は狭くて足場が悪い。要はバランスを崩し、屋上に倒れこみそうになる。倒れこんだところにキメラは容赦なく一撃を加える。
「要さん!」
サルサが慌ててレイシールドを手に要の元に駆け寄る。
「要さんを、やらせはしないわ!」
サルサが要のことを、身を挺して守る。二人の体勢が崩れかける。なにぶん足場が悪い。アズメリアも駆け寄ってきた。血桜を振りかざし、一撃を加えると、キメラは再び宙に上がる。
「大丈夫?! 二人とも」
アズメリアが声をかける。サルサがレイシールドを手に立ち上がる。
「ええ、大丈夫よ。しかし、やりづらいわね」
その時、視界に煌くものが映りこんだ。操車場にいるメンバーのシグナルミラーだろう。キメラたちも、その光を受けて、地上のほうに首を向ける。しばらく迷うように中空に羽ばたいていたキメラたちだったが、地上の光に反応してか、身体を返して、操車場のほうへと向かい始めた。
「シグナルミラー、当たりましたね!」
要が軽くガッツポーズをする。
「よし、背中を狙おう」
「ふふ、がら空きね」
サルサが弓で狙いを定める。アズメリアも血桜を構える。要も弓を引いた。矢とソニックブームが放たれる。一頭が気付いて身を翻したが、矢とソニックブームの直撃をまともに食らった。断末魔の声をあげてそのまま墜落する。キメラの巨体は、地上に落下すると、真下に駐車されていた穀物ローリーを押し潰した。
「おおっと‥‥気をつけないとエレベーターを潰しちゃうね」
サルサが弓を構えながらつぶやいた。
地上では、克と悠、エルフリーデがシグナルミラーを手にキメラを待ち受けていた。彼らのいる場所から屋上の戦闘の様子が見えたが、射程を超えており、手出しができない。
「ううっ、もどかしいっ」
シグナルミラーをかざしつつ悠がつぶやく。光を反射させるのはいいが、上で戦っている戦友の妨げになってはいけない。
「足場‥‥悪そうだね‥‥」
「! ‥‥キメラが反応しましたわ。こちらを向いた」
三人は身構えつつも、シグナルミラーをかざしつづける。やがて、キメラは明確に三人の方を向いた。翼を一うちすると、三人のほうへとダイブしてくる。一頭のキメラが、後背からの攻撃を受け墜落する。穀物ローリーが潰され、粉塵が舞い上がる。悠はレインボウを構えた。他の二人はぎりぎりまでシグナルミラーをかざして引き付ける。
「あんたの相手はこっちだっ!」
悠は射程ぎりぎりまでキメラを待つと、渾身の『影撃ち』を放つ。瞬速の矢が大気を切り裂く。矢はキメラの翼を切り裂いた。急速に高度を落とすキメラ。そのまま墜落すると、落下の衝撃をものともせず突撃してくる。もう一頭は、急降下の勢いをそのままに突っ込んでくる。
「エルフリーデ‥‥さん、無傷なのを受け持ちます。もう一頭‥‥を、お願いします」
「わかりましたわ、幡多野さん!」
克の月詠とキメラのフォースフィールドがぶつかり合って鋭い光を放つ。二段撃による急所突きの一撃、そして小太刀の一撃が翼を貫く。その戦塵を縫ってエルフリーデが吶喊する。
「渾身の一撃を受けなさいっ!」
襲い来る鍵爪を盾で受け流しつつ、ヴィアの流し斬りを食らわせる。
「これでもう飛べないでしょっ!」
釣瓶打ちに矢を射掛けていた悠が、弓を構えなおす。急所突きで狙いを絞り、矢を射放つ。エルフリーデと相対していたキメラが断末魔の咆哮を上げる。
「キメラは?!」
あらかじめ垂らしておいたロープを伝ってアズメリアが降りてくる。続いて、要とサルサも降り立った。
「もう‥‥片付く‥‥、ところ!」
克が月詠を振り上げる。急所突きで止めを刺す。キメラの巨体が揺らぎ、倒れこんだ。
「やりました、わね」
全身に軽い痛痒を感じながらエルフリーデが剣を収める。合流した一行は、各々覚醒を解き、倒したキメラを確認する。
「数が少ないから‥‥ここまで来れたのか‥‥? 二度と‥‥狙われないといいけど‥‥ね‥‥」
克がキメラを見つつ口にする。
「背後に、バグアがいるのでしょうか。キメラが自分でここを狙ったりはしませんでしょうからねっ」
「ですわね。ここが狙われる理由があるのかしら? エレベーターの運営者にいって、調べてもらわないといけませんわね。あるいは、諜報の仕事になるのかもしれませんけれど」
悠の問いに、エルフリーデが応える。
「そうですね。傭兵の仕事としては、迎撃が無事済めば、そこで終わりかしら。エレベーターは無事守れたわけだし」
アズメリアが、軽く嘆息していった。
「ええ、これで穀物さんは守れました!」
「そうだね、要さん。兵舎に帰って、打ち上げパーティよ。もちろん、皆さんで!」
要の言葉に、サルサが賛同する。傭兵達は、笑いあった。一つの仕事の終わり。それが、彼らの日常だった。