タイトル:長江に揺れる笹マスター:川端川岸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/10 15:57

●オープニング本文


 悠然と流れる夜の長江を、宜昌発の小型貨物船が唯一隻、軽快に疾駆していた。
「運輸安心是我望」の惹句が踊る古びた船体には、無数の細かい石をぶつけられたような小さな傷が無数にあった。

「あの鳥は、今回は大丈夫だな」
 操舵室で、席に浅く腰掛け背にもたれ、紫煙をくゆらせる壮年の男が尋ねる。
「キメラといえど、所詮鳥です。鳥頭です」
 操舵室後部の扉から、船の裏側を見つめる短髪の若い男が飄々と答える。
「前回はその鳥に、こんな暗闇の中で、こっぴどくやられたんだがな」
「そうですか」
「‥‥やはり、うちもそろそろ武装を考えるべきかな」
 足下の果物缶に吸い殻を押し込みながら、壮年の男がつぶやく。
「火箭筒の一本だか二本は、揃えておいて損はないかもしれません」
「その一本だか二本分の費用だけ、俺が母ちゃんから小遣い引かれるんだ」
「そうですか」
「‥‥あんなことは一度で充分なんだが‥‥このご時世、それじゃ済まんだろうし‥‥もう前回分の補填で小遣いは削られてるし‥‥しかし背に腹は代えられん‥‥ああ、ものの30分もすれば朝天門なんだ。どうかそれまでは」
 壮年の男は繰り言をこぼし、低い天井にため息を吐きつけた。

 ──数十分後。
 貨物船はエンジンを完全に停止し、長江に静かな波紋をつくっていた。
 壮年の男は数時間前と同様、席に浅く腰掛け背にもたれ、紫煙をくゆらせている。
 後部の扉が開く音を聞き、視線を前方の虚空に泳がせたまま、投げやり気味に尋ねる。
「‥‥どうだ」
 貨物を確認してきた若い男が答える。
「やられてますね、完全に。鳥のくせに」
 壮年の男は事後処理を憂い、頭を抱えてうずくまった。
「‥‥畜生、またキメラか。腹空かしの怪鳥どもめ」
 また、あの鳥の群れに襲われた。木箱を破られ、貨物を根こそぎ奪い去られた。
「貨物は宜昌水運組合のバグア特例補償が利きますから。それに今回も操舵室が破られずに済みました」
 破られずに、済んだ。壮年の男の鼓膜に、あの音が蘇る。
 時速40ノットで飛ばす貨物船の、操舵室を突き裂かんと嘴を立てる、あの忌々しい鳥達のノックの音を。
「そうだ。キメラ退治ならラストホープに依頼しましょう」
 若い男が提案する。
「その依頼費分、俺が母ちゃんに怒られる」
「請求すればいいじゃないですか。たしか重慶の軍基地のお偉いさんでしょう、依頼主は」
「そうだ。おまけに極秘の依頼で、貨物もシークレットで得体が知れない。ならば‥‥いや、しかし‥‥いくら能力者といえど、高速船上でキメラを迎撃するなんて、簡単にできるもんじゃないだろう」
「鳥のヤツが来たら船を止めてもいいですし、鳥の所在を突き止めて先に殲滅してもらう手もあります。他にも、そこは彼等のやり方次第でしょう」
尚も頭をひねる壮年の男に、若い男がもう一押し。
「請求費用を水増しすれば、引かれた小遣いも取り戻せます」
「うるさいぞ」
「そうですか」
 壮年の男は足下の果物缶にぐいと煙草を押し付けると、前方の虚空を睨みつけた。
「‥‥よし」

 悠然と流れる夜の長江には、無数の笹の葉が揺れていた。

●参加者一覧

鳳 湊(ga0109
20歳・♀・SN
マクシミリアン(ga2943
29歳・♂・ST
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
クロスエリア(gb0356
26歳・♀・EP
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
篠森 大和(gb2064
15歳・♂・DG
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

「貨物船の出発を1日待って頂けませんか?」
 瓜生 巴(ga5119)の言葉に、重慶のUPC軍を通して依頼してきた船長と相棒の若い男は顔を見合わせた。
「今回、護衛を成功させても、船長さんはこれからも長江を何往復もするんですよね?」
「そりゃあ、もちろん」
「となると、本当に必要なのは護衛ではなく、この機会にできるだけキメラを排除しておきたいですよね?」
 つまり、巴の提案としてはこうだ。
 今回の護衛が首尾良く成功したとしても、元凶の鳥キメラが長江流域に巣くっている限り貨物船は何度でも襲われる。その都度護衛依頼を出すくらいなら、一晩かけて傭兵達がキメラの「巣」を捜索し、災いの芽を元から摘んだ方が効率的であると。
「しかし‥‥1日仕事を休んで収入が減ると、その分母ちゃんに俺の小遣いが削られるからなあ」
「これからの損害を考えれば、1日の損失の方が安いのではないでしょうか? ‥‥それに少しの骨休み休暇だと思うのも一興かと」
 渋る船長を安心させようと、鳳 湊(ga0109)がにっこり笑いかける。
(「いいじゃないですか船長、その分は重慶のお偉いさん方に水増し請求すれば」)
 相棒の男に小声で耳打ちされ、船長も「ふむ‥‥」と考え込む。
「――判った。ここはおたくらのやり方に任せよう」


 かくしてその晩、貨物船に偽装したチャーター船に乗り組んだ傭兵達は、鳥キメラの巣を捜すべく夜の長江に白波を蹴立てて進んでいた。
「単純な護衛依頼かと思ってたが、随分と積極的な作戦に変更したものだな」
 操船を担当するマクシミリアン(ga2943)は、操舵室の中から甲板上の仲間達に声を掛けた。
 元小型輸送船の船長兼エンジニアの経歴を持つ彼にしてみれば、この程度の小型船の操縦などお手の物だ。
「自転車よりも先にボートの操作を覚えたくらいだからな。小船だが大船に乗ったつもりでいてくれよ」
 甲板上には貨物に見せかけた木箱が大量に積まれているが、全てダミーの空き箱。
 その「囮」につられて襲ってきた鳥キメラを撃退、さらに逃げる先に在るはずの巣を発見しまとめて殲滅しようという計画である。
「いかに人類側とバグア側の地が入り乱れた祖国と言えど、キメラに好き勝手されるのは気に入らん。長江の流れに沈めてくれる」
 成都出身の宵藍(gb4961)は母国での任務に闘志満々だ。そんな彼の得物は皮肉にも刀身を鳥の羽に模した飛剣「ゲイル」。
「中国では水に関わる依頼が多いようですね。確かに陸路よりも水路の方が速いとは思いますが」
 操舵室周辺に待機し、双眼鏡で周囲を警戒する湊は、時折目を休めるため頭上に広がる曇った夜空を見上げる。
「バグアさえ居なければ空路だって使えたものを‥‥」
 HWや飛行キメラに空を占拠され、輸送機1機飛ばすのも命がけとなった世界。人類があの空を取り戻し、再び星の海へと羽ばたけるのはいつの日か――。
「船主の方を向いて左手側をポートサイド(左舷)、右をスターボードサイド(右舷)って言うんだよ」
「ふ〜ん」
 操舵室前でマクシミリアンの蘊蓄に耳を傾けつつ、クロスエリア(gb0356)は探査の眼で索敵を行う。小型とはいえ時速40ノット(約74km)は出せる快速船だ。頬を撫でる夜風が実に心地よい。
「おっきな船もいいけど、スピードがでるこういう船もいいよねぇ〜」
 同じ船内で、山崎・恵太郎(gb1902)とヤナギ・エリューナク(gb5107)は討伐対象である鳥キメラについて話し合っていた。
「聞く話では大量の鳥キメラが襲ってくるってことだけど、想像しただけで怖いな‥‥」
「鳥の群れね〜‥‥群れて来られたらちょっと怖いよな」
 昔のホラー映画にもそんな作品があったが、鳥という一見非力な印象の生物が群れをなして襲いかかってくるというのは、猛獣型や幻獣型の大型キメラとはまた異質な恐怖がある。
 しかも傭兵側にとって不利な夜間戦闘。メンバーの中に暗視スコープ装備の者はおらず、頼みの綱は照明銃だ。
「鳥ってのは夜は巣で大人しくしてるもんだがな‥‥やはり怪物(キメラ)ってことか」
 巴は事前にULTから貸与された周辺地図に船長から聞き取った貨物船の航路を記入し、以前に襲撃を受けたポイントをチェックしていた。
「そろそろ、前回襲われたポイントに差し掛かりますね。皆さん、注意してください」
 その言葉が終わるか終わらないかのうち、闇の彼方からバサバサバサ――と複数の羽音が近づいてきた。
「風を受けるのは好きだから、もうちょっとのんびり味わいたかったなー‥‥」
 篠森 大和(gb2064)が残念そうに立ち上がり、イアリスの鞘を払った。

 目視より先に羽音を聞きつけた湊が照明銃を打ち上げると、川面の上空にカラスを思わせるキメラの群れが影絵のごとく浮き上がった。
 本来は信号用の照明弾による効果はそう長くない。戦闘中はメンバーが間隔をおき順次打ち上げることで明るさを維持する手筈になっている。
 まずは射程の長い銃器類を装備する者達から攻撃を開始した。
 打ち終えた照明銃を足元に放り捨てると、両手にスコーピオンを構えた湊が迫り来る影に向けて弾幕を張る。
 ヤナギが船縁で構えたギュンターも派手に火を噴いた。
「手前ェらの餌場所じゃ無ェんだよ!」
 クロスエリアはスキル先手必勝、GooDLuckを発動、操舵室を背にして立った。
「マクシミリアン船長、操舵は任せたよ。鳥のほうは、私が何とかするから安心してね♪」
 両手に構えた小銃「S−01」を両手に構え狙いをつける。
「これだけいれば、狙わなくても当たりそうだね」
「高速船に付いてくる鳥だ、スピードは侮れないから注意しようぜ」
 マクシミリアンはいったん船を停めると、自らもスパークマシンαを取った。
 船首付近を守る巴はエネルギーガン、甲板に陣取る恵太郎は超機械1号を構え、遠距離からの知覚攻撃を放つ。
 多数の火箭や光線が闇を切り裂き、その度に何匹かのキメラがバラバラと落ちて水柱を立てた。
 しかし敵も数が多い上、四方八方から波状攻撃で押し寄せてくる。
 ついに傭兵側の対空砲火をかいくぐり、キメラ群の一部が船上にまで到達した。
 近接武器を持つ者達の出番だ。
 大和は操舵室を守るべくイアリスの剣を振るってキメラを一刀両断し、後から群がってくる怪鳥の嘴をエルガードで防ぐ。
 宵藍がそれまで連射していたスコーピオンを本来の武器であるゲイルに持ち替えると、京劇さながらの動きで剣の舞いを踊り始めた。
「掉下来(落ちろ)」
 刃平の打撃で横凪ぎにキメラを撃ち払い、矢の如く突入してくる敵は円閃のカウンターで真っ二つに。
「降りたが最期。流れに沈め」
 ヤナギもまた兵装をイアリスに持ち替え、敵の嘴攻撃を弾いた後に円閃でとどめを刺す。
 狭い、暗い、足場も悪いと悪条件の揃った船上だが、近距離の白兵戦となればフェンサー達の腕の見せ所だ。
「‥‥はいはい、順番に撃ち落すゼ〜」
 しかし単体では非力といえ、数を頼んだ鳥キメラは後から後から襲いかかってくる。
 顔や腕など防具から地肌が露出している者達はナイフのような嘴を幾度となく突き立てられ、たちまち血まみれとなった。
「うへ、こんなにたくさん相手してらんないよ!」
 愚痴をこぼしながらも、恵太郎は兵装をハンドガンとゲイルナイフに持ち替え、とにかく当るを幸い近づくキメラを撃ち墜とし、切り払った。
 湊は鋭角狙撃のスキルを使用、至近距離の目標をピンポイントで撃ち落とす。
 ここでもう1つ傭兵達に災いしたのは、これが夜戦だったことだ。
 敵がある程度距離をおいているうちは絶え間なく照明弾を打ち上げることで対処できたものの、船上の乱戦となると、敵の攻撃を食い止めるのが精一杯で、もはや照明弾など使う余裕がない。
 星明りさえない暗闇の中、狭い船上で同士討ちにも気をつけねばならず、傭兵達は次第に防戦一方の不利な戦いを強いられることになった。
 そのさなか、状況を打破すべく動いたのは大和だった。
 全身をAU−KVで防護した彼は「竜の鱗」で防御を高めた上であえて敵の注意をひきつけるべく派手に動き、集まってきた鳥キメラどもを「竜の爪」で強化したイアリスでなで切りにする。
「舐めるなよー。鳥よりドラゴンの方が強いんだーっ」
 数と力がせめぎ合う死闘はいつ果てるともなく続いたが、やがて仲間の8割方が墜とされたこと、また貨物の木箱がダミーらしいと悟ったらすく、鳥キメラ達は「クワッ、クワーッ!!」と甲高い声で鳴き交わし、諦めたように退却を開始した。
「所詮は鳥、だね」
 2丁拳銃の銃口を降ろし、安堵のため息をもらすクロスエリア。
「今です! 後を追って、奴らの巣を突き止めましょう」
 すかさず巴が照明銃を打ち上げ、マクシミリアンに追跡を促す。
 だが、ここでも誤算があった。
 いかに時速40ノットの高速船といえども、スピードを比べればやはり鳥キメラの方が遙かに速い。夜空高く舞い上がった鳥キメラの残党は、たちまち照明弾の光の範囲外へ離脱し闇の彼方へ姿を消してしまった。
 それでも最後に敵が飛び去った方角を手がかりに、傭兵達はチャーター船を岸辺に寄せて鳥キメラの巣捜索を開始した。

 キメラの死骸と羽根が散乱した船上で、マクシミリアンは負傷した傭兵達への錬成治療を行った。
「ケガしたら無理せずこっちに来るんだ! 傷の手当てをしてやるぜ。女の子限定でハグ&キッスも任せとけ!」
 そんな軽口を叩く当人も傷だらけなのだが、メンバー中唯一人のサイエンティストは自らの治療は後回しにして仲間達の回復を優先する。
「あ、私は自分で何とかしますから‥‥」
 巴は自己回復のロウ・ヒールを発動。顔や頭に残った細かい傷が見る間に塞がっていった。
「後は、うまくキメラの巣が見つかればいいんですけど‥‥」
 だが――。
 残念ながら、最後にキメラが飛び去った辺りに船を停めても、そこから先を捜す手だてがない。一応水際は隈無く見て回ったのだが、キメラ達の巣は岸辺よりさらに向こうにあるようだ。
「上陸してもっと詳しく調べよう」という意見も出たが、この暗闇の中、陸地には鳥キメラ以上に強力なキメラが潜んでいる危険もある。
 巣もろともキメラの殲滅を目的とするなら、本来昼間、陸側から捜索を行うべきだったろう。鳥キメラはどうやら夜行性なのだから、うまく行けば巣にこもっている所を一網打尽に出来たかもしれない。
「敵の数を減らすのが目的です。深追いは禁物ですよ」
 湊の忠告に、最後は立案者の巴も潔く諦めた。
「そうですね。とりあえずこのポイントだけ記録して‥‥後は重慶の正規軍に任せましょう」
 だいたいの位置までは突き止めたので、後日UPC中国軍が多数の兵力を投入すればこの流域を荒らす鳥キメラを一掃することも可能だろう。
 マクシミリアンが再び舵を取り、傭兵達の船はUターンして船長の待つ河港へと引き返す。
 サワサワサワ――。
 風が川面に微かな波紋を広げる。
 暗闇の中から響く笹の葉のふれ合う音が、傭兵達の耳にはちっぽけな人間の力を笑う大自然の囁きの如く聞こえた。


 帰還後の昼間は船長の口利きで借りた宿で休息を取り、体力・練力共に回復した傭兵達はチャーター船を返却し、翌晩は船長の貨物船に同乗して市場までの護衛を務めた。
 これは前夜の結果がどうあれ決まっていた行動である。巣の殲滅に成功したのであれば安全の確認、そうでなければ改めて鳥キメラを撃退するため。
 案の定、キメラどもは再び襲ってきた。しかし前夜の戦闘でかなりの被害を与えたためその数は少なく、銃による対空砲火だけであっさり撃退する事ができた。
 多少回り道となったが、ともあれ積荷は無事に運搬できたので結果オーライである。
「よう、オヤジさん。調子はどうだい? しばらくはここいらも落ち着くはずだよ」
 目的地に到着後、桟橋に繋留した船の上で揺られながら、マクシミリアンはのんびり煙草を吹かした。
「そう願いたいねえ。鬼が出ようが蛇が出ようが、俺達にゃこの河しかねぇからなぁ」
「川の船なんて馬鹿にしてたが、長江くらいになるとサマになるもんだな‥‥デケえ川だよ」
 そう。河川といってもそのスケールが違う。
(「こいつは殆ど海と変らないな‥‥」)
 マクシミリアンは己の船長時代を懐かしく思い返した。
 そんな静けさを、船室で【OR】ベースをつま弾くヤナギの演奏が破る。
「水の上での演奏、気持ちイイぜーっ!」
 にわかに騒がしくなった船からやや離れた川岸に立ち、宵藍(gb4961)は祖国の大河を無言で見つめる。
「‥‥任務完了」
 やがて静かに目を閉じ、小さく呟いた。

●ちょっとした後日談
 依頼終了後、己の口座に振り込まれた巴がその明細を確認すると、諸経費などを差し引いても僅かに金額が足りないことに気づいた。
 気になってULTの経理課で調べてもらうと、どうやら船長が本来の依頼主である重慶のUPC軍に報酬の水増し請求をしたらしい。要するにピンハネである。
 当然、速攻で通報。
「重慶の偉い人」には貸しを作り、「うちの母ちゃん」からは盛大に小遣いを削られるであろう船長の事を思うと気の毒ではあったが――。
「ま、人生に失望はつきものです」
 些細な不正も見逃せない巴なのであった。

<了>
(代筆:対馬正治)