タイトル:MAT 混迷の第5キャンプマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/31 11:44

●オープニング本文


 2010年6月ユタ州オグデン。医療支援団体『ダンデライオン財団』ユタ派遣団本部。
 MAT(medical assault troopers)──財団車両班、通称、突撃医療騎兵隊。その隊員詰所にて──

 任務中に重傷を負い、オグデン第5避難民キャンプに留まって入院・加療していたMAT隊員、ダン・メイソンの退院が、その月の30日に決定した。
 その報せを隊長のラスター・リンケから聞かされたレナ・アンベールは、一瞬、喜色を浮かべたものの‥‥すぐになんとも言えない複雑な表情をして、詰所の天井を見上げ、嘆息した。
 書類仕事に忙殺されていたラスターは、レナのその意外な反応にペンを止めて顔を上げた。レナにとってダンは、入隊以来ずっとペアを組んできた『相棒』であるはずだった。
「‥‥意外だな。君はもっと、こう‥‥素直に喜んだり、露骨に嫌な顔をして見せたり、照れ隠しにツンデレるなりするものと思っていたのだが」
「『ツンデレる』って、隊長、いったいどこでそんな言葉を‥‥」
 勤勉実直なラスターの顔を引きつった笑みで見返して。レナは、暫し無言で視線を床に落とすと、溜め息を吐きながら顔を上げた。
「‥‥隊長。あのおっさ‥‥いえ、ダンの復帰はすぐになりますか?」
「いや、半年以上、病院のベッドで寝てたんだ。暫くはリハビリだな」
 そうですか、と少しホッとして見せるレナ。ラスターは続きを促した。
「最近、思うんですよ。このまま復帰しないでいた方が、ダンの為なんじゃないかって」
 政府や軍の手の届かぬ──端的に言ってしまえば、見捨てられた僻地や危険地帯に対して、積極的な医療支援を行っているのがダンデライオン財団だ。特にその車両班は、危険地帯の只中を突破して医療支援物資の輸送や重篤患者の搬送を行う、言わば矢面に立つ立場である為、その危険は非常に大きい。
 だが、そんな物理的な危険よりもレナが懸念する事は‥‥
 と、そこへ突然、耳をつんざく様なブザーの音がスピーカーから鳴り響き、思考の淵に沈んでいたレナはハッと我に返った。
 全隊員への出動準備と車両待機を告げる声。跳ねる様に椅子を蹴った詰所の隊員たちが慌しく動き始める中、ラスター隊長のデスクの内線が鳴り響く。
 受話器を取ったラスターは、二言三言電話の向こうの相手と言葉を交わすと、了解、と告げて受話器を置いた。立ち上がるラスターに、レナを始めとする隊員たちが固唾を呑んで注目する。ラスターは数瞬の間、沈黙を重ねて‥‥自らの役職に忠実たらんと口を開いた。
「‥‥オグデン第5避難民キャンプにおいて、KVとHWによる大規模な戦闘が行われたらしい。詳細は不明だが、キャンプにも大きな被害が出た模様だ。‥‥財団が保有する病院棟が崩落したという情報がある‥‥」

 翌日。
 まんじりともしない夜を詰所で過ごした隊員たちは、続々と入ってくる情報に夜通し、その表情を目まぐるしく変化させる羽目になった。
 戦闘は日の入りまでに終息し、バグアは第5キャンプの周辺から撤退した。だが、その損害は大きく、避難民たちの間に多くの死傷者が出たらしい。病院棟の崩落は事実であったが、現地の医師たちとダン、そして能力者たちの活躍によって、殆どの入院患者はその前に脱出に成功したらしい。
「第5キャンプの人々に対して医療支援を実施すべく、財団は医療部を中心に大規模な医療支援団を編成しつつある。ついては、我々車両班にも近く動員がかけられるはずだ。その折には皆、よろしく頼む」
 一睡もしていないというのに、ラスターはその表情にまったく疲れを見せていなかった。それは一晩中詰所で待機していた諸隊員たちも同様で、そのタフさ加減にはレナもいつも舌を巻くばかりであった。
 もっとも、今のレナはそんな彼らの中に混じっても違和感がない位の場数は踏んでいる。今の隊員たちの中にはもう、彼女を『お客さん』扱いする者は誰も居ない。
「とは言え、そのキャラバンが出発するにはまだ幾許かの時間が掛かる。人的被害は少なかったものの、第5キャンプ唯一の病院棟は崩落。医療機器や医薬品は殆ど持ち出す事が出来なかったため、その多くは瓦礫の下だ。現地は何もかもが不足している。‥‥そこで、出来うる限りの支援物資を搭載した先遣隊を派遣する事になった。一刻を争う状況の為、財団が保有する大型輸送機を使って物資を空輸、投下する事となる」
 車両班からは、MATが唯一保有するKV──虎の子のリッジウェイ(装輪型試作機)を派遣する事が決定されていた。北アフリカ戦線でも使用されたグライダーユニットを装着し、輸送機に曳かれて飛んで行き、第5キャンプ上空で切り離されて降下、着陸する事となる。リッジの汎用荷室は医療機材を運ぶのに最適であるし、その土木作業能力は様々な設営作業にも転用できるだろう。‥‥ちなみに、軍の一部では、リッジウェイの事を親しみと揶揄を込めて『馬車馬』とか『二等兵』、『マイマザー(おっかさん)』などと呼んでいたりもするらしい‥‥
「KVという事で、操作は能力者の傭兵がやる事になる。車両班としてはやる事がないのだが‥‥一応、車両班の機材という事で、ウチからも誰か同道させる事になった」
 誰か行ってくれる者はいないか。ラスターがそう尋ねる前に、レナがスッと挙手をした。
「行くかね?」
「‥‥第5キャンプにはダンがいるのでしょう? 『相棒』たる私がいかないで、いったい誰が行くというんです?」

●参加者一覧

聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
Anbar(ga9009
17歳・♂・EP
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
篝火・晶(gb4973
22歳・♀・EP
禍神 滅(gb9271
17歳・♂・GD

●リプレイ本文

 夕陽に煌く大塩湖、その西に広がる『塩の荒野』を窓越しに見遣りながら、無人の客車で揺られる事暫し──人類の完全制空権下へと辿り着いたレナは、そこで財団の連絡機に乗り換え、一路、サンフランシスコ近郊の飛行場へと向かった。
 そこでは、オグデンの第5キャンプへ食料・医薬品・武器弾薬・車両といった支援物資を空輸する財団の大型輸送機と、その護衛に雇われたKVの発進準備が進められている。レナが『管轄』するリッジウェイ(装輪型試作機)も同様に、グライダーユニットの取り付けと医療機器の積み込みが行われているはずだ。
 空港に着いたレナは、ターミナルで簡素な食事と休憩を済ませると、すぐに財団が一時的に借り上げた駐機場へと向かった。整備中の見慣れぬ赤いKV──ZGF−0『凰呀』を横目に見ながら、リッジを探して先へと進む。シュテルン。シラヌイ。ロングボウ‥‥ そして、程なく探し物を見つけたレナは、その姿に絶句した。
 財団が所有する虎の子のリッジウェイ(装輪型試作機)は、そのミリタリーチックなオリーブドラブの色調を背景に、デフォルメされたアニマルプリント『おはようらいおんくん』のラブリーな姿が一面に塗装されていた。ご丁寧に人型変形後のデザインまで綿密に計算されており‥‥おまけに、通信アンテナには『生涯一医療班』と書かれた旗が幟よろしく括り付けられている。
「‥‥おっ? レナちゃんか? よっ。久しぶり♪」
 そのリッジの前に胡坐を組んでグライダーユニットのマニュアルを広げていた龍深城・我斬(ga8283)が、レナに気付いて片手を上げる。久方ぶりに顔を合わせた知人の顔を、だが、レナは変わり果てたリッジと交互に見遣る。何か信じられないものを見た、と驚愕するレナの形相に、我斬はブンブンと手と首を横に振った。
「違う違う! 俺じゃない!」
 そう言いながら慌てて横を指差す。その先、車両の陰から独特なポーズのままスッと姿を表すは、超時空ローカルアイドル(←今ココ(嘘))・阿野次 のもじ(ga5480)。
「そこに描かれているのは、ダンデライオン財団マスコット(嘘)『おはようらいおんくん』(偽)。キャッチは、おはようからおやすみま‥‥うわ何をするやめろはなs」
 姿を表したのもじは、しかし、カンカンに怒った財団整備員たちに(色んな意味で)際どい所でハンガーへと連れ去られた。それを無言で見守るレナと我斬。リッジ(試)の上部ハッチが開いて、砲手の寿 源次(ga3427)が顔を出す。「ん?」と小首を傾げる源次。とりあえず、レナは何事もなかったかのように、改めて我斬と源次に挨拶した。
「しかし、驚いたよ。まさかあの病院にダンたちがいるなんてなぁ」
 砲塔に肘をつき、20mm弾の弾帯が弾庫に呑まれる音と振動を感じながら、源次がしみじみそう呟く。彼は、第5キャンプの病院棟にHWが落っこちたその場に居合わせていた。その際のダンの『武勇伝』をレナに聞かせてやる源次。レナが複雑な表情でそれを聞く。
 そこへ、「レナ・アンベールはいますか?」と、フライトジャケットを羽織った若い女が近づいてきた。この時点でレナが知る由もなかったが、それは先ほど見かけた凰呀のパイロット、聖・真琴(ga1622)だった。
「自分がレナですが、何か?」
「いえ、物資が散逸しないよう、コンテナに施錠をお願いに来ました。鍵はレナさんに管理して頂ければ」
 真琴の話を聞いたレナは残念そうに首を振った。コンテナを施錠してしまえば、鍵を持つ自分に何かあった時に開けられる者がいなくなる。そうなれば、折角投下した物資が全て無駄になってしまう。
「大丈夫。キメラに固定した閂を開ける知能はないから」
「本当に怖いのはキメラなんかじゃ‥‥」
 真琴は小さく頭を振った。


 同時刻。オグデン第5キャンプ。崩落した病院棟前──

 KVとHWの低空域での戦闘に巻き込まれる形となったこの地は、ようやく混乱から抜け出しつつあった。
 空虚な表情で瓦礫と化した避難所を片付け、犠牲者の遺体を爆発痕に埋葬する避難民たち。昨晩から鳴り響いていた外縁陣地の銃声は──空中戦に引き寄せられた獣人型キメラが押し寄せてきていたのだ──ようやく落ち着きを見せ始めた。一方で、キャンプの各所で発生した火災は未だ鎮火する気配を見せず、見上げる空に幾本もの黒煙を棚引かせている。‥‥破壊消防以外に消火の術がないのだ。
 病院棟の半分を失ったダンデライオン財団の関係者は、病院の駐車場にテントを広げて医療支援を継続していた。
 幸いここにはフェスティバルの際に持ち込んだ物資や資材の余り物が数多く残されていた。なんだかんだで病院に残っていた能力者たちは、ブロックやベニヤで入院患者用のベッドを作り終えると‥‥余った資材を用いて簡易的な厨房を──屋台を完成させ、自らの車両に乗せていた非常食を用いて炊き出しを行う事にした。
「‥‥天然(略)犬娘。その格好は‥‥?」
 いつもの巫女服に三角巾を被った配膳係の綾嶺・桜(ga3143)は、友人で調理係の響 愛華(ga4681)の格好を見て絶句した。彼女の友人はミニ丈に揃えた戦闘用着物の上に割烹着を重ね、花柄鉢巻をねじり巻きにした頭部にれいちゃんのお面を斜めに被った格好で現れたのだ。桜は頬を名の色に染めつつ渋面を形作った。母性の象徴たる割烹着と、その裾から覗く生足とのミスマッチとがそこはかとないエ(以下略)
「わぅ。私なりに『正しいお手伝いさん』を追求してみたんだけど‥‥え? ダメかな?」
「『正しいお手伝いさん』じゃと!? えぇい、大間違いじゃ、この天然(略。いつもより長め)犬娘めがっ! 謝れ! エツコさんに謝るのじゃ!」
 せめてこれをはけーっ、と芋ジャージを手に追う桜。せめてスパッツに〜、と叫びながら愛華が逃げる。
 キメラの警戒と治安維持の為、フル武装でキャンプを見回っていたセレスタ・レネンティア(gb1731)がその光景に足を止め、傍らにいたダンを振り返った。
「ニッポンの食卓風景というのは、アノ格好が普通なのでしょうか‥‥?」
「いや、俺に聞かれても」
 うーん、と小首を傾げるセレスタとダン。そのまま壮年傭兵・鷹司英二郎(戦闘で乗機を擱座させキャンプに残った能力者)を二人して振り返る。
「断じて違う。アレは『天然』だ。‥‥だが、空気を和らげるという意味ではアレもありなのかもしれないな」
 やれやれ、と嘆息する鷹司。そのまま微笑ましく見守る彼らに気付いて、桜が走り寄って来た。
「何をしておる。おっさん二人組もしっかり働いてもらうぞ」
 なんだこれは? とダンが手渡された白い物を広げてみせる。鷹司は唸った。手渡されたのは、純白の割烹着だったからだ。
 セレスタはその光景に微笑を浮かべると、手を振ってひとりその場を離れた。おさんどんから逃れたというのもあるが‥‥病院関係者の和んだ雰囲気に、この場は警備の心配の必要がないと判断したのだ。
 だが、一歩その場を離れれば、『戦場』となったキャンプ内の空気は一気に悪くなる。外縁陣地へ向かう道すがら、セレスタは周囲に視線を飛ばしながらその様子を見て取った。
「この辺りも随分と酷い状況ですね‥‥」
 集団としての規律を維持している病院と違い、キャンプの避難民たちは現状、善意と連帯感のみで自律している状態だ。互いに復興作業に勤しんではいるが、リーダーが存在して統率している訳ではない‥‥
 瓦礫の撤去作業を行っている1グループから諍いの声が聞こえてきて、セレスタはそちらに走り寄った。些細な方針の違いから出た争いを仲裁し、自ら率先して作業を手伝う。能力者であるセレスタの身体能力に避難民たちが沸き、久方ぶりに明るい声がその場に満ちる‥‥

 だが、実際、表面上は和やかな病院棟においても、何も問題がないわけではなかった。
 先頃の戦闘により、病院はその本来の処理能力を超える数の患者を抱え込む事になっていたのだ。その上、病院棟自体が崩落した事により、多くの病床、医療機器、薬品等がその瓦礫の下に埋もれてしまった。スタッフにも多数の負傷者が出ており、とても手が足りないのが現状だ。
「物資の補給が行われるにしても、それが届くまでは今ある物で対応しなければなりません。‥‥入院患者の再トリアージを行うべきではないでしょうか」
 臨時雇いの看護師として第5キャンプの病院にいた篝火・晶(gb4973)のその提案に、医師たちは色めきたった。
 トリアージ。即ち、患者の傷病度の区分に応じて治療の優先度を決定する事である。ある意味では『命の選別』、とでも呼べるものであるかもしれない。
 財団に属する医師はその性格上、すべからく理想主義者であり、患者を『見捨てる』事に並々ならぬ抵抗を示す。とはいえ、人も手も薬も足りない現状、治療の効率性を考えれば──より多くの患者を救う為には、現実を受け入れなければならない時もある。
 晶の提案した再トリアージを医師たちは受け入れた。誰もが好んでそれを行う訳ではない事を知っていた為、不平不満はあるにせよ、医師たちはから文句は出なかった。
 晶も厳しい表情で看護の現場に戻ったが、それでも一歩現場に入れば笑顔で患者に対応した。怪我に対して過度に騒いでみせる人にも、常に明るく活き活きと。それが患者のメンタルケアに対する、最善の対処法だと信じていたからだ。
 その少し後。怪我をした子供を抱えた母親らしき人物が処置室に入り込んできた。対応したのは晶だった。半狂乱になって泣き叫ぶ母親を宥めつつ、待合室の外れへと誘導する。
 子供の首にかけられたタグの色は、黒だった。

「こちらの様子はどうですか? 獣人型キメラは?」
 外縁陣地へと戻ったセレスタは、陣地に籠もる兵隊に前方の様子を尋ねた。首を振る兵。攻撃を止めて後退したものの、敵はまだ前方の廃墟の陰に留まっているらしい。
「もうずっと兵たちは外縁陣地にはりついたままだ。キャンプの様子はどうだった?」
 兵の問いに、セレスタは無言で双眼鏡を覗くしかなかった。


 出発準備を終えた輸送機とその護衛のKVは払暁を待ち、管制塔の指示に従って滑走路へ進入、滑走を開始した。
 上空を旋回して味方を待つ真琴の凰呀とのもじのシュテルン『ゴッド・ノモディ』。その下を、滑走路を滑走するAnbar(ga9009)のシラヌイ『アルタイル』が、地を離れて大空へと駆け上がる。
 ロングボウII『火龍』をタキシングさせて滑走路へと進入した禍神 滅(gb9271)は、素早く計器に手を伸ばして各種機器の正常動作を確認した。火器管制システム‥‥良し。無線機‥‥良し。エンジンその他問題なし‥‥ 最終チェックを終えた滅が管制塔に離陸許可を求める。発進許可。ブレーキを解放された機が滑走を始め、Gが滅の身体をシートに押し付ける。
「じゃあ、今日1日よろしく、源次、レナちゃん。大丈夫、リッジは操縦経験あるし、大船に乗った気で任せときな」
「言うね、我斬。リッジで空を飛んだ事があるのか?」
 源次のツッコミを笑って誤魔化す我斬にレナが苦笑する。滑走を始める輸送機。リッジを繋ぐワイヤがピンと張り、曳かれたリッジが走り出す。
「‥‥あの輸送機、過載量じゃないよな」
「‥‥」
 沈黙と振動。そんな心配を余所に滑走路ギリギリで離陸した輸送機に引かれてリッジも大空へと舞い上がる。我斬は操縦桿に手を添え、曳かれるに任せながらグライダーの飛行を安定させた。
「輸送機の護衛かぁ‥‥アレに人々の希望が詰まっているんだよなぁ」
 どうにか、という感じでえっちらおっちらと空を行く輸送機の尾翼を風防越しに眺めながら、滅はそんな事を口にした。
 それを聞いたAnbarが物憂げな表情で、空を『併走』する輸送機に視線を向ける。自身も難民の出身という事もあり、Anbarには支援物資のありがたみも、それを一日千秋の思いで待ちわびる人々がいる事も‥‥骨身に染みて分かっていた。故に、彼は今回の護衛任務に並々ならぬ決意を持って臨んでいた。
「輸送機には傷一つ付けさせない‥‥必ず守りきってみせるぜ」
 決意はいつの間にか言葉になって漏れていたらしい。輸送機のパイロットたちから感謝と信頼の言葉を掛けられて初めてその事実に気付いたAnbarが、ぶっきらぼうに返事をしながら照れた様にそっぽを向く。

 オグデンへの飛行は何の問題もなく進んだが、その行程の半ばを過ぎた辺りで遂に敵と遭遇した。
 見つけた敵は小型HWが2機。輸送機の周りを大きく周回していた真琴機のセンサーが最初に発見した。数と位置から、恐らくは無人機。競合地域上空の哨戒と斥候を兼ねた警戒機だろう。
 発見の報告を受けたAnbarは、そちらへ機首を向けるとエンジンのスロットルを全開にした。護衛任務においては護衛対象と敵との距離がそのまま防壁となる。故にAnbarは、輸送機から少しでも離れた場所で迎撃するべく前に出た。幸い、雲も少なく索敵状況は良好だ。不意を打たれる可能性は低い。
「敵は2機、か‥‥どうする、のもじさん」
「む〜ん‥‥」
 滅とのもじは前進しつつ眉をひそめた。滅とのもじが装備したK−02ミサイルは同時に5目標を攻撃できる優秀なミサイルであるが、それより少ない目標に対して使用すると『無駄撃ち』になってしまうのだ。
 だが、二人の悩みは結果的に取り越し苦労に終わる事となった。索敵により4機のKVと輸送機(+曳航機)を確認したHWは、自らに倍する敵の数に形勢不利と見て全力で逃走を開始したのだ。
 全力で移動する相手を攻撃するのは生易しい事ではない。機動力に勝るZGF−0か長射程を誇るA−1D‥‥或いは、ブーストを使って距離を詰めるなどすれば、敵を追いつつ攻撃もできたかもしれない。だが、これ以上輸送機から離れるのは危険が大きかったし、何より、敵に輸送機を落とす気がないのであれば相手にする必要も無い。自分たちが為すべきは輸送機を守り切る事なのだ。
 かくして、それから暫くの間は接敵もなく、静かなフライトが続く事となった。リッジの砲塔にいる源次はペリスコープから周囲の空を眺めながら、曳かれて飛ぶリッジに揺られながら空の旅を満喫していた。
「しかし、まさかリッジで空を飛べるとは思わなんだ。‥‥輸送機での空輸とは違う空の旅。いい時代だ」
 これで敵襲がなければ快適なんだが、と付け加える事も忘れない源次に、我斬がはっ、はっ、はっ、と笑ってみせる。センサーが捉えた複数の敵影──どうやら先ほど逃げたHWが増援を呼び集めたらしい。しかも、もうすぐ降下、というこのタイミングでの襲撃だ。これは、輸送機を見て待伏せを計算した敵が居たか‥‥サイコロを2個振って4以下が出る位の偶然に違いない。
「輸送機より護衛のKV各機およびキャンプの財団員へ。ケースCだ。これより曳航機及びコンテナの投下へのアプローチを開始する」
 ケースC。キャンプ近郊での接敵を想定したケースである。本来は複数回のアプローチでもって物資を財団敷地内にパラシュート降下させる手筈であったのだが、危険が近い場合は1回のアプローチで全ての物資を投下する事になっていた。この場合、コンテナは長い直線上にばら撒かれる事となり、敷地外およびキャンプ外に降りるものが多くなる。
「輸送機より指示が出た。切り離すぞ!」
「了解、我斬。レナは念の為、なるべく身体を小さくしててくれ」
 源次の言葉に従うレナ。ワイヤが切り離されて自由を得たリッジを操作し、我斬が輸送機から道路一本分の軸をずらす。滑空しつつ前進するリッジは、パラシュート投下されたコンテナに軽く追いついてしまうからだ。
「ひの、ふの、みの‥‥2個小隊8機+2機か。結構な数のお客さんだな‥‥さぁ、『火龍』よ。狩りの時間だ」
 K−02を装備した滅とのもじが、前に出て針路上に存在する敵に向け一斉にマイクロミサイルを撃ち放った。まず特殊能力を使用した滅の第1波が白煙を曳いて襲い掛かる。バグア版ファランクスがその内の3割ほどを迎撃。空に爆発と軌跡が混ぜかえる。
 その直後に放たれる滅の第2射とのもじの斉射。濃密な弾幕と化した誘導弾の群れと軌跡が空間を飽和し、細かく軌道を変えながら一斉に正面の5機へと襲い掛かる。再び放たれる迎撃の弾幕。それをものともせずに突破したミサイルたちは次々とHWを直撃。『敵陣』正面を抉じ開ける。
 初撃を免れた敵は両翼を大きく広げ、散開してこちらへの突撃を開始した。半包囲するような態勢を取りつつ3方から突入。1機でも進入できればよしとする攻撃方法だ。敵の戦闘プログラムはこちらの大型機──輸送機を第1目標に定めたらしい。
「させるかよっ! 必ず護るって言ってんだろが!」
 空に描き出されたK−02の軌跡を突っ切り、敵の頭を抑えるべく真っ先に突っ込んだAnbarが、最大射程に捉えた敵へ向け放電装置を撃ち放った。放たれた電撃が宙を奔り、目標となったHWに纏わり付く様に『落雷』し続ける。その負荷に耐えられなくなった機は小爆発を繰り返し、やがて巨大な火の玉となって爆散、砕け散る。
 初撃を喰らわせたAnbarは敵編隊とすれ違うと、操縦桿を引いて上昇しつつ反転した。頭上へ落とした視線の先に、前進を続けるHWと、そこへ次々と飛来しては直撃する誘導弾を見て捉える。それは滅が長距離から撃ち放ったJN−06ミサイルの集中打だった。滅はロングボウという名の通りに遠距離から敵を照準すると、ロックオンしたミサイルを次々にリリースした。通常に倍する早さで放たれた誘導弾の群れは立て続けに先頭の機を直撃し、やがてそれは砕けて大火を噴きつつ、壊れた玩具の様にユタの大地へと墜落していく。
 Anbarは、続けて滅がロックした敵を避け、もう1機のHWに上空から逆落としで突っ込んだ。引っくり返った天地とHW。それを照準に捉えて狙撃砲を撃ち放つ。被弾し、衝撃に揺れるHW。穿たれた装甲から火を噴く敵へとさらに迫り、兵装をスラスターライフルにスイッチして連射。火線の鞭で以って打ち据え、穴だらけにして撃ち砕く。
 右翼の敵はAnbar、滅の二人に任せて問題ないと判断した真琴は、中央をのもじに任せて左翼へと機首を向けた。
 左翼内側から突っ込んで来る敵を正面に捉え、槍を交わす騎士の如くライフルの火線を応酬する。‥‥すれ違う凰呀とHW。パッと火を噴いたHWが弧を描いて墜ちていく。
 瞬く間に1機を落とした真琴は、大きく回り込んで横合いから突っ込むもう一機へと機首を向け直した。それは後方に落後した滑空中のリッジに目をつけたようで、大外を進んだままそちらへと突進していく。
「来るぞ、源次! 反動でひっくり返らん程度に頼む!」
「難しい注文を‥‥レナ、身体を小さくしていろよ!」
「これ以上小さくなんないわよ!?」
 滑空しつつ降下するリッジ。MSIバルカンRを装備した砲塔を源次が迫る敵へと向ける。
 その間に、真琴は人型に変形した凰呀を割り込ませた。
「ほらほらほら♪ 動けないでいるヤツがコッチに居るよ! 刈り取りに来たらどうだい☆」
 ツインブーストを使って人型で滞空しながらスラスターライフルを構える真琴。敵は眼前に突如現れた不動目標に照準を変更し、フェザー砲を撃ち放つ。
「コレは皆の命を繋ぐモンだ‥‥邪魔すんじゃねぇよ!」
 滞空したまま砲火を応酬する真琴。彼女が敵を引きつけている間に、我斬は思いっきり操縦桿を押し込んだ。
「降りるぞ!」
 強引に高度を下げた我斬が装輪部を大きく展開。平行維持能力をフル活用して着地の衝撃を押さえ込む。地を跳ねながらグライダーユニットを分離。装輪走行で突っ走るリッジ。驚いて飛び立った天使型キメラに対し、我斬は盾を装備した腕部を振って引っ叩く。
「このままキャンプに突っ走るぞ! 拾えるコンテナは拾ってくんだよな!?」


 初期段階において、能力者たちの炊き出しは実に上手くいっていた。ある意味、予想以上の効果と言って良い。
 調理係の愛華は、屋台用の大鍋にレーションのビーフシチューを全部撒けると、そこにぶっといハムを刻んで肉汁ごとぶち込んだ。さらに煮込んでアルコールを飛ばしたワインと野菜ジュースを放り込み、ミネラルウォーターで追加して味を整える。煮詰まった分はさらに水を足し、量をかさ増ししつつ‥‥コクと風味をプラスした愛華印のビーフシチューは、多少味が異なったものの、炊き出しには十分以上の出来栄えでもって完成した。
「シチューは子供や患者が最優先じゃ! 肉が入っとる皿はアタリじゃぞ? 大人は煙草と珈琲じゃ。一人一本、珈琲は煙草を吸えない人が優先じゃ!」
「わふん。小さい子がお腹を空かせたらダメなんだよ〜。笑顔、笑顔! イライラしてたら治る怪我も治らないんだよ〜♪」
 満面の笑顔で配膳する愛華。ちっちゃな桜が台の上へ下へと頑張る姿は周囲の大人たちを和ませる。
 最初から『そういう規模』での炊き出しだと知って集まった人々は、そういう和やかな雰囲気もあって和気藹々と食卓を囲んでいた。だが、尾鰭の付いた噂話を聞きつけて後から集まって来た人々は、そんなこちらの事情は知らない。
「財団の物資を出せ。このままでは暴動が起きかねんぞ」
 炊き出しに並ぶ長蛇の列を目の当たりにしたダンが、財団の倉庫番に食料の供出を告げる。晶は、殺気立ち始めた群集に気付いて、患者との間に何気なく移動した。もし、暴発する様な事があれば、身体を張って患者たちを守らなければならない。
「飛行型キメラ‥‥! 敵襲です! 警戒を!」
 外縁陣地にて敵襲を警戒していたセレスタは、接近する輸送隊に惹かれる様にチラホラと姿を見せ始めた飛行型キメラを認めて、車両に飛び乗ってキャンプ中央部への移動を開始した。獣人型キメラと異なり、自由に空を飛べるアレを相手に外縁陣地に籠もっていても意味はない。能力者に必要とされるのは遊撃たるポジションだ。
 そこへ輸送機からケースCの連絡が入る。程なくして、轟音と共にキャンプ上空を通過していく大型輸送機。投下されたコンテナがパラシュートを開き‥‥宙を流れ漂いながらキャンプへゆっくりと降りてくる。そこへ群がる飛行型キメラ。低速で進入したAnbar機がその群れを撃ち払っていく。
「これはまずい‥‥」
 車窓からその様子を見たセレスタは、無線で援護を要請しつつコンテナの降下地点へとハンドルを回した。
 キメラの攻撃を受けてひしゃげたコンテナは、パラシュートが破れて速度を増した落下の衝撃に耐え切れず、完全に損壊してその中身をぶち撒けた。運の悪い事に──確率的には一番高確率ではあったが──その中身は食料だった。気付いた避難民たちが一斉にコンテナへと群がり始める。辿り着いたセレスタはクラクションを鳴らしながらそこへ近づき‥‥いっこうに散らぬ群衆に窓から身を乗り出し、叫んだ。
「皆さん、落ち着いて下さい! コンテナから離れて下さい!」
 セレスタの呼びかけに、しかし、いっこうに従う様子を見せぬ避難民たち。先程まで手に手を取り合って復興作業に勤しんでいた姿はそこにはない。他者を傷つけてまで我先にと食料へと群がる人々を見たセレスタは、武器を持たぬ一般人に対して、武装を振りかざしての示威行動を覚悟する‥‥
「ハーピーだ! 飛行キメラだ!」
 と、そこへ舞い降りてくるキメラの姿を前にして、群衆が蜘蛛の子を散らす様にコンテナから逃げ離れる。セレスタは生まれて初めて、その偶然に感謝した。勿論、キメラの存在を許す理由にはならないが。
 コンテナに取り付こうと降下してくるキメラに対して、セレスタは車をコンテナの横につけると下車してその間に入り込んだ。姿勢を車高より低く保ちながら、迫るキメラに向けSMGを撃ち放つ。被弾した敵が慌てて上昇へと転じ‥‥フラフラと力なく地に落ちて息絶えた。

 一方、病院棟炊き出し現場。
 ケースCの連絡を受けた桜と愛華は、キャンプ外に降りたコンテナを回収すべくジーザリオに飛び乗った。
 ここは任せろ、と請け負うダンと鷹司のジジイ二人に後を託し、集団としての秩序を失い始めた群集を横目に車を外へと疾走させる。外周陣地を抜け、じわり、じわりと姿を現し始めた獣人型キメラの間を縫う様にキャンプ外へ向け走り去るジーザリオ。コンテナの位置は、降下したリッジウェイから座標を口頭で知らされていた。
「キメラの相手はお主に任せるのじゃ! こっちは運転に集中する!」
「わふ〜!」
 キメラを無視して縫う様にハンドルを切る桜。後部座席にガトリング砲を構えて陣取った愛華が周囲へと警戒の視線を飛ばす。
 キメラを振り切って目標へと辿り着いた二人は、速度を緩めてコンテナを探し始めた。だが、肝心のコンテナは中々見つからない。
「おかしいの‥‥座標ではこの辺りなのじゃが」
「桜さん‥‥あれ‥‥」
 愛華の指差す方を見上げる桜。コンテナは、廃屋の屋根の上にちょこんといった感じで乗っかっていた。
「わぅ‥‥これじゃあ自走できない‥‥」
 しょんぼりと犬耳を垂らす愛華。追いついて来たキメラたちがグルリと周囲から近づいてくる‥‥
「やらせないよ! これだけは、これだけは絶対にやらせないから!」
 コンテナの上に陣取り、周囲へ機関砲を撃ち捲る愛華。桜も車上に乗って近づく敵を薙刀で以って薙ぎ払う。
 そこへ増援として現れる飛行キメラ。多勢に無勢。高所も取られた。このままではいずれ押し切られる‥‥
 と、次の瞬間。機関砲の発砲音が鳴り響き、上空のキメラに対して火線の鞭が打ち振られた。轟音と共に突っ込んで来たリッジが、その車体前部のヘッジローで地上キメラを薙ぎ払う。KVに不意を打たれたキメラたちは、蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。
「騎兵隊だ。助けが要るかね?」
 コンテナを人型で回収するリッジの丈夫ハッチから、顔を出した源次がそう言って片目を瞑ってみせる。愛華と桜はホッと息を吐いた。

「みんな、私の歌を聞いてーっ! このUTAの〜果てまでー!」
 飛行キメラをレーザーで撃ち払いながら上空で人型へと変形したシュテルンから、ソニックフォンブラスターのスイッチを入れたのもじの声が響き渡った。
 同時に大音量で流れ出すプレリュード。スラスターを全開に噴かしたその音を圧してのもじの歌声が響き渡る‥‥

青天の大空に描く貴方への想い

むすうにある 運命の糸

つながった今日、あなたの鼓動
世界の裏側にいても感じられる

 最初に気付いたのは、キャンプの子供たちだった。彼等は以前、この第5キャンプで行われたフェスティバルで彼女の歌声を聞いている。
 空を指差し、空中に人型で屹立するゴッドノモディを見て驚く子供たち。追随して見上げた大人たちが、「なんだありゃ」という顔で互いに困惑した視線を交差させる‥‥

ぬくもり同士がふれーあった指先のクリーム
その光が、未来の灯を灯すの☆

 曲調が盛り上がり、サビへと突入するのもじの歌。右手で『I』 『L』 『Y』、『I Love You!』を形作って、キラリとウィンク。
 サビに乗り、蒼空を舞うKVたち。真琴機が、Anbar機が翼を翻して上空に屯する飛行キメラを吹き散らし──
 上空を舞う滅機のカメラが地上を来る獣人型キメラの姿を捉える。翼を翻し低空飛行に入る滅機。流れる地表のキメラと風景がカメラのレンズに反射して──放たれたレーザーバルカンが地表の獣人たちを薙ぎ払う‥‥

風になる。光になる。いつだって心で通じ合える

奇跡だっておよびもつかない

希望という名の私たちの花♪

 戦闘機形態に変形し、上空へ舞うのもじ機。キメラを追い払った各機が翼端を煌かせ、そらにヒコーキ雲の軌跡を描く。
 固唾を呑んで見守る人々の前で、蒼空に浮かぶ白い文字。どよめく群集。浮かび上がったのは『HOPE』──『希望』。それはのもじの歌ったこの曲の名であると同時に──能力者たちがこの地に残った彼らに向けて、決して捨てるなと投げ掛ける言葉であった。

「これ以上の滞在はワームを呼ぶ‥‥輸送機を守って離脱するよ!」
 真琴の言に従って、翼を翻す各機。Anbarは自分たちが描いた『希望』を背に振り返った。
「‥‥これを見て、少しでもキャンプの人たちが勇気付けられると良いんだがな」
 実際、そんな簡単なものではないだろう。難民の絶望を知るが故に、Anbarは一人、コクピットで眉をひそめた。それは滅にも分かっていたが‥‥それでも、彼は祈らずに入られなかった。
「‥‥早く、笑顔でいっぱいになればいいよな」
 彼等の様な人々の希望を繋ぐ事こそが、能力者の務めでもあるはずだ。
「何時の日か必ず助けるから。その日まで、どうか笑顔を忘れないで」(愛華)
 そうでなければ、自分たちの様な者が命がけでバグアと戦う甲斐がない──


 幾つかの自走コンテナを引き連れて第5キャンプに入城したリッジウェイは、そのままキャンプの復興作業に借り出された。
 瓦礫を除去し、道路を慣らし──すっかり作業が板に付いた我斬は、戦後はこういう仕事をするのもいいなぁ、などと、子供たちにこっそり菓子を上げながら考える。
 愛華と桜は新たな物資で新たに炊き出しを行い、晶は看護にてんてこ舞い。セレスタはのんびりとキャンプを巡りながら、外縁陣地で銃を握る──
 キャンプに日常が戻って来た。──そう思えた。少なくとも、この時は。
「これで‥‥少しはここもマシになるのでしょうか‥‥」
「さてのぉ。補給は到着したが‥‥いつまでここで耐えられるかのぉ‥‥」

「財団から依頼された傭兵だ。荷物の受け取りのサインが欲しいんだがね」
 ダンのいる部屋へと入った源次が、そう言って扉の前から身をずらす。その背後にいたレナの姿を見て──数ヶ月ぶりの再開に、ダンはフンと鼻を鳴らした。
「フン。いっちょまえの顔つきをする様になりやがって」
 悪態を吐くダンに向かって、レナは肩を竦めて見せた。