●リプレイ本文
「柊先生たちの所まで、浜からは沢沿いに移動出来ます。が、島内に道らしい道は存在しません」
御影 柳樹(
ga3326)と守原有希(
ga8582)から島の地理について尋ねられる園長先生。その声を背に聞きながら、エメルト・ヴェンツェル(
gc4185)は母船の舷側から双眼鏡でそれらの情報を一つ一つ確認していた。
「‥‥どう思いますか?」
隣りに立つ龍深城・我斬(
ga8283)に意見を求める。彼は能力者としては先達だ。或いは自分が見逃している何かを見出しているかもしれない。
我斬は双眼鏡でただ一点を見つめつつ、何事かを真剣に考え込んでいた。
「これは‥‥香奈先生、まさか(ゴクリ)‥‥いやいや、上着とかは着てるだろ、多分、うん」
沈黙するエメルト。いや、ある意味、確かに『見逃していた何か』ではあるが。
一方、今にも飛び出しかねない勢いだった美咲は、共にゴムボートの準備をする響 愛華(
ga4681)に深呼吸を勧められていた。
「絶対に助け出そうね、美咲さん! でも、焦っちゃダメだよ。『急がば回れ』だよ!」
愛華の言葉に頷く美咲。だが、キメラがいつ香奈たちに気付くかと思うと気が気でならない‥‥
「大丈夫です。必ず助けます」
安心させるようにそう言ったのは有希だった。どうやら情報収集は終わったらしい。
「終わったのっ!?」
母船の屋根の上で退屈そうに足をプラプラさせていた瑞姫・イェーガー(
ga9347)(外見年齢23歳)が、子供の様な笑顔で『お出かけ』の時が来た事を喜んだ。
「じゃあ、みさきせんせー、えんちょうせんせー、いってきまーす!」
「美咲先生は僕等と一緒に行くんだよ、瑞姫」
そう声をかけたのは、夫であり相棒でもあるイスル・イェーガー(
gb0925)。無邪気な笑顔を浮かべていた瑞姫の表情が急に大人びたものとなり、蒼白に、そして、次の瞬間、沸騰するように真っ赤になった。
「やだっ、私、また‥‥っ?!」
精神が幼くなってしまったのか。そう慌てる瑞姫に、歩み寄ったイスルが安心させるように手を重ねる。
「わぅっ! じゃあ、いよいよ出発だね! 絶対に全員助けるんだよ〜!」
高らかにそう宣言した愛華が、上着のシャツを大胆に捲り上げた。これから行われるのは上陸戦。水に落ちた時の事を考えれば重装ではいられないのだ。
蒼空の下に露わになる愛華のビキニ。苦無を両の太股にベルトで固定したその姿に、一部、無言のどよめきが湧き起こるも、天然の愛華は気付かない。
だが‥‥
「はぅっ!? さ、桜さん、その格好は‥‥っ?!」
綾嶺・桜(
ga3143)が巫女服の下に着込んでいたのはスク水だった。所謂、『旧スク』と呼ばれるタイプで、胸元のゼッケンには『5−2 さくら』と油性マジックで書かれている。
「む? 何か変なのかの?」
わたわたとする愛華を怪訝そうに見返しながら、桜はちょっと困った様に小首を傾げた。
●
発動機の音も高らかに母船を発した2艘のゴムボートは、4匹の鬼キメラの待ち構える尾間浜島の砂浜へ向けて、一路、突進を開始した。
気付いた鬼たちがむんずと球型自爆キメラを掴み、手にした金棒で野球のノックよろしく次々と沖へ打ち上げ始める。
「やはりそうきましたか」
放物線を描いて飛ぶ球キメラを見上げながら、エメルトは大剣を手に底板の上に立った。同様に、身長程もある棍棒を構えて立った我斬が振り返る。
「美咲先生はボートの操縦を頼む。波に逆らわず、足場の安定を第一で。あの球キメラどもは‥‥俺たちで何とかする!」
鬼キメラのノックの精度は高くないらしく、打ち上げられた球キメラはそのどれもが直撃コースから外れていた。だが、球キメラから小さな手足が生えたかと思うと、それを小刻みに動かして落下コースを修正してくる。
「『的当て鬼』に『球キメラ』とか、お約束にも程があるぜ‥‥お望み通り、弾き返したらあ!」
空気を切り裂き落ち迫る球キメラを、我斬は両手に構えた棍棒で以って掬うように打ち返した。エメルトも球キメラの手足に掴まれぬ様、大剣を少し斜めにカットする様に打ち弾く。進路を逸らされ海面へ激突、爆発する球キメラ。水柱を吹き上がり、大波がボートを木っ端の様に翻弄する。
一方、瑞姫とイスルの二人が乗った2号艇にも、2発の球キメラが迫りつつあった。
「イスルは狙撃に専念して。サポートはボクが引き受けるから」
「大丈夫。まだ浜は射程に入ってないよ」
膝を付き、『高射姿勢』を取るイスル。脳内で素早く諸々の弾道計算を終えたイスルは、照準を修正して上空の目標を狙い撃った。被弾した球キメラがグラリと体勢を崩し、グルグルと回転し始める。イスルは素早く廃莢すると再び発砲。直撃を受けた球キメラが空に爆炎の華を咲かせる。
その爆煙を突き抜けて突入してくるもう一つの球キメラ。目を瞠るイスルの視線の先で、それは突然、見えざる壁にぶつかった様にひしゃげて砕け散った。瑞姫が妖刀『天魔』を抜き打ちにして放った『ソニックブーム』が直撃したのだ。
その様子を1号艇から見ていたエメルトは小さく頷いた。敵は着実に『砲弾』──球キメラを消費しつつある。
そして、何より──浜の鬼キメラの目がこちらに釘付けになっている。
一方、浜の鬼たちに気付かれる事無く島の側方に回り込んだ3号艇は、オールを櫓の様にスカーリングさせた有希の操船によって、音もなく崖へと接近していた。
まるで時代劇の様な趣で凪いだ海を往くボート。その中央、胡坐を組んで座った柳樹の膝の上に、背後から抱き抱えられた桜がすっぽりと納まっていた。
「くっ、屈辱的な‥‥わしを子供扱いするでないと何度‥‥」
「しーっ。‥‥いや、うっかりボートに穴とか開けられても困るさ?」
確かに、桜の手足には崖登りの時の為の爪兵装が装備されていた。真っ赤に茹で上がった桜と、ほんわかと微笑する柳樹。ボートを岩に繋いだ有希は、頭上の崖を見上げて唸った。
「これはまた‥‥随分と難儀そうですね」
フリークライミングは専門技能だ。何より、戦略的なコース選択が求められる。難易度は低くない。
「そうさぁ。だから‥‥」
柳樹は抱えた桜をちょこんとオールの上に乗っけると、持ち上げた柄の下にもぐりこむ様にして肩の上へと引っ掛けた。
「おっ、おいっ!? まさかまた打ち上げられるのか!? 崖にぶつかるフラグがバリバリじゃ──」
「てぃ」
「んな──っ!?」
梃子の原理と膂力とで打ち上げられた桜がももんがの様に宙を舞う。放物線の頂点に達して落下を始める桜。速度を増しつつ迫る崖に、四肢の爪を突き出してへばりつく。
「や、やっぱりじゃ! 仄かに甘く壁面に激突する所じゃったのじゃ!」
「では、私たちも登りましょう」
崖に張り付いた桜を他所に、何事もなかったかのように笑顔で語る有希と柳樹。有希は2刀を改めて帯に通すと、巻き結びにして固定した。結び目に水を掛け、固くしてから小太刀を抜く。『豪力発現』で身体能力を高めた有希は、そのまま岩をよじ登りつつ、SES兵装の小太刀を突き立てた。
「えぇい、話は後でつけるとして‥‥わしは先に上って香奈たちの所へ向かうのじゃ」
登り始めた二人を後に、崖の上へと上がる桜。鬱蒼と茂った山林が、先へ進む困難さを物語っていた。
1号艇、2号艇の接近を許した鬼キメラたちは、球キメラによる遠距離攻撃を諦め、直接攻撃へと転換した。残りの球キメラを蹴り飛ばして波打ち際へとばら撒きつつ、積んだ岩をひっ掴んでボートへと投げ付けたのだ。
「クッ‥‥!?」
唸りを上げて迫り来るそれを、瑞姫は刀で受け凌いだ。流石に高速で飛来する礫弾を狙い撃つ事は出来ない。瑞姫は足で舵を右に切ると、浜に対して斜めに走り出した。ボートの底板に伏せたイスルが左斜めに構えた銃で『左舷砲戦』を開始する。『狙撃眼』で伸長した射程、荒れ走るゴムボート。銃弾が偶然、残っていた球キメラを直撃し、浜に盛大な爆発を巻き起こす。
放たれる反撃の礫弾。ボートの針路変更の為に船尾にいた瑞姫に、それを全て防ぐ事はできなかった。舷側に直撃を喰らい、大穴の開いたゴムボートが瞬く間に沈没する。
「瑞姫! イスル! 無事か?!」
礫弾を盾で弾き返しながら、我斬が海上に呼び掛ける。だが、残った1号艇も、攻撃を集中されては耐え切る事は出来なかった。1発、2発、と──破片に傷ついたボートから空気が漏れていく。やがて大きく機動性を落としたそれに見切りをつけて、ボートを捨てる美咲たち。放たれた礫弾が止めとばかりに水柱を吹き上げる。
「クッ‥‥奇襲班はまだか‥‥っ?!」
海面から顔を出し、波間から浜を臨む能力者たち。そこに鬼の容赦の無い攻撃が次々と浴びせられた。
その地獄の様な光景を、愛華は磯の陰から見つめるしかなかった。
エアボンベを持っていた愛華は、一人、海中を進んで浜の端へと上陸していたのだ。ボートに集中していた鬼たちは愛華に気付く事はなく。このまま味方の攻勢を待って側方から攻撃を掛ける手筈だったのだが‥‥味方は皆沈められ、浜に孤立する形になっていた。
「うぅ‥‥せっかく怖い思いをして水の中を進んできたのに‥‥」
だが、このまま鬼たちに仲間を攻撃させ続けるわけにはいかなかった。側面を衝き、敵を混乱させるしかない。‥‥例え、自分一人しかいなくとも。
「怖くない、怖くない、怖くないったらないんだよ〜‥‥」
自分に言い聞かせるようにしながら、決意を込めて。磯の陰から飛び出そうとしたまさにその時。
「鬼さん、こちら、手の鳴る方へ、さぁ!」
「守原が刃、罷り通る!」
内陸方面から飛び出して来た柳樹と有希とが、敢えて大声を出しながら浜へ突っ込んだ。
髪に小枝を絡ませ、ずぶ濡れになって傷ついた(登り切るまでに柳樹は2回落ちていた)二人であったが、後背を衝かれた鬼たちが狼狽して振り返る。抜刀して突っ込んだ有希はその勢いもそのままに、振り回された金棒へと刀ごと突っ込んだ。衝力と『豪力発現』とで強引にそれを跳ね上げ、がら空きになった腹部へ刃を返して横薙ぎに払い抜ける。舞い散る血球。その一撃にたたらを踏んだ敵は、しかし、倒れずに持ち堪え、跳ね上がった金棒をそのまま斜めに振り下ろす。それを受け弾き、自ら跳び退く有希。砂の上を転がって衝撃を殺しながら、素早く体勢を立て直す。
一方、常より鈍い砂上の『瞬天速』で肉薄した柳樹は手にした杖を振り被り、目にも留まらぬ『瞬即撃』による一撃を鬼の的目掛けて叩き込んだ。
甲高い金属音。手の平に返る衝撃と痺れ。鬼の『的』は‥‥動き辛い砂浜で『受け』止める為の『盾』だった。
「こ、これはまさか‥‥的があれば狙いたくなる人間の心理を突いた巧妙(そうでもない)な罠さ!?」
振るわれる反撃に尻餅をつき掛けながら距離を取る柳樹。柳樹は攻撃よりも回避に重点を置いていた。なぜなら、最初はこちらが不利であっても‥‥すぐに加勢が現れるからだ。
「的は‥‥的らしくした方がいいんだよーっ!」
最初の加勢は側面から来た。両の手に苦無を逆手に持った愛華が砂浜を小刻みに駆け抜けながら、積まれた岩を『獣突』で以って吹き飛ばす。散弾の様に飛び散る礫弾。力場を煌かせながら振り返った敵が飛んできた岩を投げ返し‥‥目を瞠った愛華が砂浜に身を投げ出すように転がり避ける。
「わふぅ〜〜〜っ!???」
日に灼けた砂浜は地獄ノヨウニ熱かった。涙目で跳び起きる愛華に振り下ろされる鉄の棒。際どくずれたり食い込んだりした水着を直す間もなく、慌てて後ろに跳び避ける。
立ち泳ぎで前進して来た5人が海岸へ上陸を果たしたのはその少し後の事だった。
海上ではサポートに回っていた瑞姫がスルリとイスルの前に出る。すっかり濡れ鼠になった瑞姫は、ワカメの様に垂れ下がった前髪の奥に橙猫目を「ふふ、ふふふ‥‥」と光らせていた。
「今度はボクが切り込むから、イスルは援護をお願い。‥‥ふふ。大丈夫、無謀な事はしないから」
なんか無茶しそうな雰囲気だが、夫たるイスルには全て分かっていた。
「うん、了解‥‥足を止めるから切り込んで」
何となく照れながら、瑞姫が砂浜を疾駆する。更なる新手に振り返る鬼。10mまで肉薄した瑞姫が苦無を投げ放ち、鬼がそれを受け弾く間に一気に迫る。
その後方で膝射姿勢を取ったイスルは、その赤い瞳を細めて狙いを定めると鬼の顔面に向け『援護射撃』を撃ち放った。顔面近くを飛び過ぎた銃弾の衝撃に怯む敵。走りながら天魔を片手から両手に構え直した瑞姫が得物をそこへ払い打つ。
一方、別の場所へと上陸した1号艇の面々も、鬼の一匹へ向け猛攻を開始していた。
「香奈先生を狙うとはふてえキメラどもめ。全員纏めて木っ端ミトコンドリアじゃあぁぁぁ!」
雄叫びを上げながら突進する我斬。美咲が下段に払った大剣を鬼が金棒で防ぐ間に、『両断剣』を用いた棍棒による一撃を叩き込む。‥‥『的』に。
「こ、これはまさか的があれば狙いたく(以下略)」
「違いますって」
異口同音に驚愕する我斬と美咲にツッコミを入れながら、スルリと背後に回り込んだエメルトが大剣を鬼の小手に叩いてその金棒を打ち落とした。隙を逃さず美咲と我斬が鬼に刃(と棒先)を突き入れる。
「待たせたの! 香奈先生たちは皆、無事じゃ。安心せい!」
最後に、香奈たちを救出した桜が現れ、四肢の爪を煌かせながら砂塵を巻き上げ突進する。振り下ろされた金棒を右のフックで脇へと送り、渾身の左ストレートを爪先ごと突き入れる。引き抜き、タン、と地を蹴り一拍。振り上げた右足で鬼の顎を蹴り上げつつ、そのまま左足の後ろ回し蹴りにて打ち倒す。
「仕舞いじゃ! さぁ、次は‥‥」
倒れた鬼の腹の上に着地した桜が見回すと、既に生き残った鬼は居なくなっていた。イスルと瑞姫、そして、我斬、エメルト、美咲の前に倒れ伏した鬼たち。息を吐く柳樹と愛華の横で、有希が血に濡れた刀身を振り払う。
「なんじゃ、これでは放り投げられた鬱憤を晴らす事が出きぬではないか」
桜が憮然と呟いた。
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「香奈先生、ご無事で、す‥‥っ!???」
砂浜へと下りて来た香奈を迎えた我斬がその姿を見て硬直する。なんかいつもよりも柔らかそうな‥‥ああ、今夕立が降れば白に透ける肌色と(以下略)
無事泳げた事を褒める桜に「お腹減った」と訴える愛華。その声を聞いた有希と柳樹が、山菜にカメノテ、キャンプ用の飯盒でご飯を作る。磯には、蔦と木の釣竿でそのおかずを釣るエメルトが‥‥
「‥‥綺麗な所だから‥‥どうせなら、武器なしで来たかった‥‥かな」
そんな仲間たちの様子を見て呟くイスル。隣りに座った瑞姫がその肩に頭を置く。
「そだね‥‥ここが、無茶苦茶に、ならなくて‥‥ほん、と‥‥ぅに‥‥良か‥‥」
子供の様な表情で寝入る瑞姫。その寝息を聞きながら、イスルは夕陽の沈む海を眺めやった。