タイトル:Uta 夜襲─浸透攻撃マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/31 11:05

●オープニング本文


 飛竜型キメラ『ワイバーン』が発する苛立たしげな奇声が、戦場の喧騒を圧して蒼空に響き渡った。
 廃墟と化したオレムの街並──壁だけを残したビルの残骸、狭い交差点の路地の間、無人の住居と枯れかけた雑木の隙間に潜んだ旧式の防空戦車の群れが、大空へ仰角をつけた20mmバルカン砲を、40mm機関砲を弾も尽きよとばかりに撃ち上げる。
 圧して響く砲声。地と宙を弾け飛ぶ空薬莢。耳を押さえ、歯を食いしばった兵士が晴れ渡った蒼空に目を凝らす。
 地上の後衛戦闘大隊本部に向け急降下をかけていたその飛竜は、その対空砲火の激しさに降下を止めてその翼を翻した。火線の鞭が縋るように後を追い、幾本かがそれを捉えて力場越しに乱打する。例えるならそれは、ドラム缶の鎧を乱打されるようなものだろうか。フォースフィールドは非SES兵装に対して非常に高い防御力を誇りはするが、その着弾の衝撃まで完全に殺しきれる訳ではない。力場を煌かせて踊る様に宙を跳ねたその飛竜は、辟易した様に一声啼き声を上げて‥‥両翼を羽ばたかせて高空へと逃れ出ると、最進入を諦め、味方の前線の方へと去っていった。
「敵飛竜の離脱を確認。上空に敵影なし」
「対空戦車の移動を急がせろ。配置転換、パターンはBだ」
 無事に飛竜の空襲をやり過ごした大隊本部では、幕僚たちが息つく間もなく矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。難を逃れた事に対する安堵の吐息はそこにはなかった。
「A中隊第3小隊、D中隊第2小隊、及び第4小隊。敵新型キメラの攻勢を受け敗走中。中央はA中隊第2小隊が敵新型の遅滞に成功。現在、後衛戦闘を継続中」
 地上戦において、大隊は敵キメラの攻勢に押しまくられていた。飛竜の空襲に対抗する為、防空戦車を歩兵支援から外した為だ。敵は新たに4〜5m級の大型人型キメラ『タイタン』を前面に押し出し、こちらのささやかな防御陣地を粉砕しながら、全ての戦線においてこちらを圧迫しつつあった。
「やれやれ。これではまたすぐ部隊を再編しなけりゃならん。この間、編成を終えたばかりだというのに‥‥」
 おどけた口調で──その実、深刻な表情で──報告を聞いた幕僚長が、部隊の損害の大きさに大きく溜め息を吐いて見せた。中佐の階級章を付けた髭面の大隊長は、机の上に両手をついた姿勢のまま、じっと地図を見て動かない。
 彼には、指揮官として、忸怩たる思いがあった。
 プロボの防御陣地を失い、冬季攻勢による奪還も叶わず、こうして部下たちを死地で戦わせねばならない。思えば、プロボの防衛線で工兵大隊を(彼らの温情に縋り)兵力としてすり潰してしまったのが痛かった。もっとも、彼らが銃を取らなければ、プロボは兵力不足で早々に陥落していたであろうが‥‥今、彼らがその力を残していれば、もう少しまともな状況で兵たちを戦わせてやる事ができたかもしれない──
 ‥‥とはいえ、劣悪な状況下にあっても、彼の部下たちは予想以上の善戦を見せていた。
 敵に新手がいるにも関わらず、戦線はこちらの予測以上には押し込まれていなかった。地雷原とビルの倒壊による遅滞戦術と能力者傭兵による小規模反攻が敵に強かに出血を強いており、敵の前進速度は遅々としていた。ユタの後衛戦闘大隊は、能力者傭兵との連携をいち早く(なりふり構わず)導入した部隊であり、その戦術習熟度は他の部隊に比べてもずば抜けている。それが経験上、特に守勢において、本人たちの予測以上に粘り強い戦いを見せているのだろう。
「‥‥長い一日になりそうだ」
 大隊長が呟く。
 攻勢開始から半日。敵もそろそろ攻め方を変えてくる頃合だった。


 寄せ来る波が返すように──
 戦線正面から押し寄せてきた3m級人型キメラ『トロル』の群れは、日没と同時に一斉に正面から退いた。
 小隊の最後衛で遅滞戦闘を指揮していた『僕』は、伝令を出して状況を小隊長バートン少尉に報せると、兵たちに警戒態勢の維持を命令しつつ、前方へ斥候を派遣した。
 正直、運がないな、と思いつつ(後3分で後退予定時刻だったのだ)、負傷者を後送し、武器弾薬の手配をする。戻って来た斥候が数百ヤードに及ぶ敵の後退を確認してきて‥‥『僕』はようやく、兵に交代での休息を命じる事ができるのだ。
「こうして同じ塹壕に入るのも久しぶりだよな、ジェシー」
 すっかり日が暮れた廃墟の中の防衛線で、『僕』は久しぶりに戦友のウィルと汚れた面を向かい合わせていた。
 志願した時から共に戦う長い戦友であり、後衛戦闘の開始当初から生き残っている数少ない熟練兵の一人である。互いに野戦昇進して分隊を率いるようになってからはそれぞれに自分たちの部下を率いて戦っている為、同じ塹壕に配置というのは随分と久しぶりの事だった。
「トマスは? あいつもいれば、ちょっと昔みたいなのにな」
「トマスは第3分隊を率いて前に出ている。あそこは明日、最後衛に回るからな。瓦礫を集めたり、爆薬の再設置をしているよ」
 ありがたいことだ、と道路の先に拝むような仕草を見せるウィル。なんでも、学生時代にアジアからの留学生がよくそんな事をしていたそうだ。
「まったく‥‥何もかもなつかしいな。あの頃はこんな事になるなんて思ってもみなかった」
 仰ぐように上を向き、嘆息するウィル。その表情はこちらからは伺えない。
「さて、しんみりしちまった。お前は休めよ、ジェシー。分隊長がいつまでも起きてたら部下が休めん。交代の時間になったら起こしてやるよ」
 笑うウィルに向けておどけたように拝んで見せると、『僕』は肩を竦めて毛布に包まった。塹壕の中で寝るのも板についてきたものだ‥‥ そんな事を考えている内に、『僕』はあっという間に眠りの中へ引き込まれていった。

●参加者一覧

リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
佐賀十蔵(gb5442
39歳・♂・JG
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

 闇の中から微かな物音が聞こえた気がして。リヒト・グラオベン(ga2826)は作業の手を休めて顔を上げた。
 ワイヤーと空き缶とで作った鳴子をそっと地に置き、素早く動けるように腰を上げる。闇に沈む廃墟の街並み──道の先、探照灯代わりに並べたランタンの光が、ぽつぽつと仄かに灯火を揺らしている。髑髏の様に虚ろな廃ビルの影。灯火はまるで黄泉路へ誘う鬼火の様で──リヒトは刹那、自分が現世と常世の境にいるような感覚に囚われる。
 その様子に気付いた杠葉 凛生(gb6638)がヘッドランプで常世の先を──ランタンの向こうの闇を照らし出す。夜の闇へ溶けて消えゆく光条に、怪しげな影は何一つ映らなかった。
「どうした? 幽霊でも見たのか?」
 振り返った凛生にリヒトが苦笑を返してみせる。ニヤリと笑って頭を戻す凛生。瞬間、その動きに追随して移動した光の輪に、投擲姿勢に入った小鬼型キメラ『ゴブリン』の姿が照らし出される。
「‥‥『ゴブリン』っ!?」
 抜き撃ちは凛生の方が速かった。乾いた銃声、倒れ伏す小鬼。直後、闇の帳の向こうから一斉に投擲槍がこちらへと放たれる。
「みんな、伏せてっ!」
 響 愛華(ga4681)が自らも倒れ込みながら、分隊長のトマスを引き倒した。瓦礫を砕いて次々と突き刺さる槍の雨。反応し損ねた兵の何人かがそれに引っかけられ、廃墟に悲鳴が響き渡る。
「皆、落ち着け! 集まって火力の壁を築くんだ!」
 逃げ出す新兵たちに呼びかけながら、手近の兵を集めて瓦礫を防護壁に陣を組むトマス。その声を背後に聞きながら、愛華は伏せたままガトリング砲を瓦礫の上に設置した。そのまま碌に照準もつけずに扇状に弾をばら撒く。闇の中、愛華の暗視スコープは道路の向こうから大量に走り来る小鬼の姿を捉えていた。
「敵種別、小鬼に‥‥狼(キメラ『ダイアウルフ』)! 数は‥‥とても数えられないんだよ‥‥っ!」
 闇の中から槍を投擲してくる小鬼へ向け、反撃の銃撃を浴びせながら叫ぶ愛華。その側方、瓦礫と化した廃ビルの陰で、リヒトが仕掛けた閃光手榴弾が立て続けに閃光と轟音とを轟かせる。
「‥‥っ! 側方からも来ます! 両翼です!」
「‥‥周り中、敵だらけか。まるで『テト』だな」
 新手に対応すべく即席の陣内を移動するリヒトと凛生。そこに闇の中から染み出すように現れた狼の群れが、ランタンを蹴散らしながら突っ込んで来る。
 零れた油に炎が一際大きく燃え上がり、闇の向こうの小鬼を幽鬼の様に照らし出した。

 一方、その少し前。
 第3分隊の後方、第1、第2分隊の籠もる防御陣地の塹壕では、毛布に包まり寝入るジェシーのすぐ横に阿野次 のもじ(ga5480)が立っていた。
 熟睡するジェシーを見下ろしながら、しゅるりと結んだリボンを解き‥‥にこぱっ、と笑ったのもじが「ていっ」とジェシーの毛布に潜り込む。
「わ〜い、ぬっくぬく〜」
 もぞもぞと潜り込むこと暫し。気付いたジェシーがゴン、とのもじに頭突きする。「最近の若い子は洒落が効かない」と痛む頭をさすりながら身を起こすのもじ。止めずに見ていたウィルが堪え切れずに笑いを発する。
 乾いた銃声が遠くに聞こえたのは、そんな折だった。それは瞬く間に激しい戦いの喧騒となって夜の廃墟に響き渡り‥‥どぉん、と一際大きな轟音と閃光が、前方の空に打ち上げられる。
「むにゃ‥‥ん、ぬぁ!? な、なんじゃ!? 爆発音‥‥!?」
 第1分隊と共に寝ていた綾嶺・桜(ga3143)が慌てて飛び起きる。その腕の中には大きなクマのぬいぐるみ。ボンボン付きの三角帽子がへにゃりと揺れる。
 身を起こした桜は、両腕にギュッと抱き締めたぬいぐるみに寝惚け眼で視線を落とし‥‥ハッと気付いて驚愕した。
「なんとっ?! 愛華が、天然(略)犬娘がぬいぐるみに化けてしまったのじゃ!」
 ががーん、とショックの稲光を走らせる桜。おねむの桜をジェシーに預ける際、愛華が代わりに抱かせたのがこのぬいぐるみだったのだが‥‥うん、桜はまだ寝惚けているらしい。
 同じく、睡眠中だったシクル・ハーツ(gc1986)がむくりとその半身を起き上がらせる。‥‥そのままぼーっとする事数秒。半ば眠った様な据わった目で(シクルは低血圧だった)ぐりんと頭をウィルへと向ける。
「‥‥状況は?」
 ウィルに代わって、第2分隊と共に警戒に当たっていた鳳覚羅(gb3095)が答えた。
「敵の夜襲です。第3分隊が敵中に取り残されています。重火器の発射音がない事から、恐らく敵は夜目の効く小型キメラ。射撃の規模からみてかなりの数と思われます」
 そうリヒトに答えながら、覚羅は無線機を取り出して大隊本部に状況を報せようとした。だが、一帯にジャミングが掛けられているのか、無線機は雑音しか返さない。同じく警戒態勢にあった佐賀十蔵(gb5442)を振り返る。無線機を耳に当てた十蔵は、厳しい表情で首を振った。
「ジェシー! わしは前に出て状況の確認をして来るのじゃ! 場合によっては、そのまま第3分隊の加勢に入る!」
「ま、あんまりぴりぴりしてても、いかんけどな」
 今にも飛び出さんとする桜に、対物ライフルを肩に担いだ十蔵が苦笑しつつ続こうとする。だが、彼等の前進は思わぬ状況に阻まれた。第3分隊の新兵たちがこちらへ逃げて来たからだ。
「くそっ。小鬼のヤツ、逃げてくる兵に交じって前進してきやがる!」
 塹壕の淵に取り付きながら、十蔵が対物ライフルの照準を暗視スコープ越しに覗きこむ。闇の中、不明瞭な視界に映る人陰‥‥しかし、どうにも敵味方がはっきりしない。小鬼ははっきりと小さいはず‥‥だが、遠くの人影と誤認したら? 十蔵は大きく息を吐いて汗に濡れた銃把を握り直す‥‥
 と、その逃げる人影の背後から、短剣を振りかざした小さな人影が襲い掛かろうとした。その人と似付かぬ顔貌には嫌と言う程見覚えがあった。小鬼には以前、その槍で風穴を開けられそうになった事がある。
 十蔵は躊躇う事無くその人影に照準すると、その上半身を狙って発砲した。攻撃姿勢のまま、ボッ、と吹き飛ぶその人影。闇の中、何が起こったのか分からぬ新兵が転んで這い逃げる。
「‥‥キメラどもは駆除だぜ」
 ニヤリと笑い、続けて小鬼を狙い撃つ十蔵。その背後で、覚羅は巨大な龍斬斧を背中から前へと回して正面に構えて見せた。
「第3分隊との間にも大分入り込まれています。我々、能力者はこれを排除しつつ前進し、第3分隊と合流。状況を見て、殲滅戦なり後退戦なりを決定する‥‥よろしいですか?」
 覚羅の言葉に頷く桜とシクル。のもじは咥えたリボンを両手で素早く団子頭を結い上げると、足先で掬って放り上げた洋弓と矢筒をパシッ、と掴んだ。
「では、行きましょう」
 ニコリと笑って塹壕を飛び出す覚羅。黒塗りのひょっとこ面を眼前へと下ろした十蔵が援護射撃を開始する。
「ふふ‥‥ふふふふ‥‥私の睡眠を妨害するとは‥‥随分といい度胸じゃないか、バグアめ」
 呟くシクルの目が青く光り、その言葉と表情に相応しい冷気が周囲に白い雲を一瞬、湧き立たせる。結露した忍刀を振って水を払い、再び鞘に収めながら‥‥シクルは底冷えのする笑みと共に、味方に続いて塹壕を踏み越えた。

「ぉぉぉぉぉ我が永劫なる眠りを覚ます愚かドモドモよぉ〜‥‥我が暗黒魔遊戯★形態(読み:ベリアルヘルズもーど)の洗礼を受けるがよいぃ〜」
 ゴゴゴ‥‥と超不機嫌な効果音を響かせつつ、暗黒鎧に身を包んだのもじは闇の中を前進した。コホォ‥‥と暗黒甲冑から吐息か怒気か闘気か判別としない何かを噴出しながら、両手に構えた弓でもって、前から現れる小鬼やら狼やらを次々と零距離射撃で撃ち倒す。
 その右方。前方から接近する人影に気付いたシクルは、手にしたランタンを瓦礫の壁の上に跳び乗せると、盾の陰の柄に手を添えつつその場でジッと『それ』を待った。
 壁際に立つシクルとその周囲が闇の中に浮かび上がる。明かりに気付いて走り寄るその人影──闇の中から現れた新兵の姿に、シクルはホッと息を吐いた。
「早く塹壕まで退きなさい」
 はい、と返事に喜色を滲ませる新兵。その背後から染み出す小鬼。目を見開いたシクルは、躊躇うことなく壁を捨てて前に出た。
「仲間は‥‥傷つけさせない‥‥っ!」
 地を蹴り、兵を押し退けるようにしてその小鬼へと突進する。短剣を振り被る敵に盾ごと体当たりをぶちかまし、鞘走らせた忍刀を素早く横へと振り払う。
 首筋を斬られた敵が喉元を押さえながら闇の中へと後じさる。入れ替わるように前へ出てくる新手2匹。シクルは血を払い落とすと壁際まで後退した。追う2匹と切り結んで1匹を叩き斬り‥‥と、唐突にもう1匹が跳び退さる。直後、闇の中から放たれる投擲槍。それをシクルが盾で受け凌ぐ。
 闇の中からシクルに狙いを定めていた2匹の敵は、だが、次の瞬間、背後から巨大な得物によって2匹ごと刈り取られた。龍斬斧を薙いだ覚羅が刃を返し、自らの背後にいたもう1匹を斬り飛ばす。慌てて散った小鬼たちが十蔵の狙撃に吹き飛ばされるのを見ながら、覚羅は大斧を肩へと回した。
「備えあれば憂いなし‥‥とは良く言ったものですね」
 暗視ゴーグルをかけた覚羅がふぅ、と一つ息を吐く。ぴょんと跳んでランタンを回収したシクルが覚羅に感謝の言葉を述べた。
「さぁ、行きましょう。第3分隊までもうすぐです」
 そう言って前方の道の先を指し示す覚羅。そちらには、疾く前進を果たした桜が薙刀を振り回しながら吶喊を続けていた。
「ふん、タイタンやらトロルに比べればどうという事はないのじゃ。お主ら程度に負けはせぬ!」
 脚爪で小鬼を蹴り上げ、薙刀を後ろ回し蹴りの要領でクルリと回して切り払う。刃を返して右左。薙刀の届く範囲の全てを跳ねる様に切り払いながら‥‥分隊の近くまで辿り着いた桜は、合図の照明弾を撃ち上げる。
 一方、その頃。
 第3分隊に投擲槍を投げつくした小鬼の集団は、短剣を引き抜くと自ら突撃を開始した。
 左手の銃を口に咥えて右手の銃を両手で保持した凛生が、迫り来る小鬼の脚を慎重に狙い撃つ。最前列‥‥その後ろ。近場に寄った敵から片っ端から打ち倒していく。たとえ倒せなくても脚だけでも潰せば、少なくとも突破される事はない。
 だが、ライトの照射と同時に回避運動に転じる敵が出始めると、精密射撃をするだけの余裕はなくなった。右へ左へ、細かく進路を跳ね変えながら迫る狼。凛生は両手の銃で連射を浴びせ掛ける。
 そんな折、後方に照明弾が高々と上がり、凛生はそれを振り返った。
「よし、味方が来るぞ! 誤射に注意!」
 その凛生の言葉に、リヒトはホッとしたように息を吐いた。圧倒的な敵中にあって、僅かな味方と共に孤立して陣を維持するのは能力者とは言えさすがにつらかった。
「なら、いけますかね‥‥ 疲労した現状で長期戦は不利です。囮で敵を炙り出すので、凛生さんはそれを叩いて下さい」
 囮? と怪訝な顔で凛生が聞き返す。「俺ですよ」と答えたリヒトが止める間もあればこそ、瓦礫の防壁を乗り越え前に出る。
 バカ野郎、と悪態を吐きつつ援護する凛生。小山を駆け下りたリヒトはアイパッチをかなぐり捨てると、夜目に慣らした瞳で正面の敵を睨み据えた。
 突き出された短剣を黒鎧と外部装甲で受け凌ぎ、刃をその表面に滑らせる。カウンター気味に突き出したクローが腹部を捕らえ、アッパー気味にボディを貫き、打ち上げる。
 それが地に落ちるより早く、その背後を回り込んで別の1匹の側面へ出るリヒト。裏拳気味に振るった爪が、殴られた小鬼の頬を裂いて千切る。
「後ろにも敵がいるよ!」
 リヒト左側の闇の中に潜む3匹をガトリングで掃射して‥‥弾薬の再装填をしながら愛華が叫ぶ。その隙に瓦礫の山を駆け上がった狼が愛華の眼前まで迫り来て‥‥次の瞬間、背後から突き出された薙刀の刃先が、飛び上がった狼の腹部を刺し貫いた。
「待たせたの、天然(略)犬娘」
「桜さん!」
 後方から辿り着いた能力者たちは、次々と3分隊に合流した。支援の為に走り来た十蔵が瓦礫の防壁に取り付いてリヒトの支援に入る。
「状況は‥‥っ?」
 走り込んできたシクルが凛生にそう尋ねる。凛生はホッと息を吐いて、回転式弾倉の空薬莢を地に落とした。
「敵の攻勢は全面から‥‥と、もう背後の敵は駆逐されたか。今、リヒトが前に出て、近接戦闘で敵を誘引している」
「了解です。‥‥では、押し返すとしましょうか」
 後方から飛び込んできた衛生兵が負傷兵に取り付くのを見ながら、覚羅がそう言って微笑んだ。
 覚羅と桜、そしてシクルとがリヒトの左右に位置を付け、愛華とのもじ、凛生に十蔵とが後方から支援しつつ前進する。
 その頃になると、後方の砲兵から照明弾が次々と打ち上げられ、戦場から闇を駆逐し始めた。
「能力者、前へ」
 かくして前進を開始する能力者たち。闇の帳を失った敵に、彼等を止める術はもうなかった。


「やれやれ、やっと終わりましたか‥‥暫く休ませて貰いますよ」
「まったく‥‥長い夜だったな。マジで」
 敵が壊走するのを確認して。覚羅と十蔵は疲れ切った身体を瓦礫の上に休ませた。負傷兵たちと共に衛生兵の治療を受けるシクルは、生き長らえた兵たちを見遣りながら「よかった‥‥ちゃんと守れた‥‥」と安堵する。
「それじゃあ、桜さん。一っ走り行ってくるね」
「あ、伝令? それじゃあ、私もついてくよん」
 味方と状況の伝達をする為、愛華、そして、のもじが伝令としてキメラの死骸転がる戦場跡を獣の力で疾走する。それを見送った桜は左右の廃ビルの探索を開始する‥‥
「今回の夜襲‥‥昼の状況を考えると、八割方、大隊本部へのルート確保だと思っていたんだけどなぁ‥‥」
 小首を傾げるのもじに愛華が苦笑で視線を戻し‥‥ふと、地面に転がる1体のキメラの死骸に目を止めた。
「‥‥蟻?」
 それは全長50cm〜1m程の蟻型キメラ『ヒュージアント』の死骸だった。
 足を止め、道の両脇に立つ廃ビル群を振り返る。脳裏に浮かんだのは、以前、蟻にボロボロに喰い散らかされた空母の内壁。もし、廃ビルが同じ様にされていたとしたら‥‥
「桜さんっ!」
 慌てて踵を返す愛華。驚いたのもじが後に続く。
 その頃、廃ビル内に立ち入っていた桜は、ぱらり、と欠片が落ちる音に振り返り‥‥直後、ドッと崩れた壁面から蟻たちがわさっ、と零れ落ちてくるのを見て、声にならない悲鳴を上げた。
「蟻じゃ! 蟻が廃ビルをトンネルで貫いてこちらに浸透しつつある!」
 放たれる酸を避けながら叫ぶ桜。トマスが仕掛けた爆薬を爆破、廃ビルを潰してルートを塞ぐ‥‥

「蟻型キメラの進攻路は、その全てを爆破して塞ぎました。ですが、瓦礫を再び掘削されるのは時間の問題です。そうなれば‥‥」
 大隊本部で渋面を作る幕僚たち。また新たな厄介ごとを抱えたようで、大隊長は天を仰いだ。