タイトル:Uta 鬼兵の行軍マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/22 22:42

●オープニング本文


 2010年5月──
 ユタ州都南方、オレム市郊外にて冬季攻勢に出ていた後衛戦闘大隊は、当初の作戦目的達成が困難と判断し、攻撃起発点まで後退した。
 作戦目的──即ち、攻勢の限界点に達したキメラ群に攻撃を仕掛け、プロボ市の防御陣地を奪還、敵の春季攻勢に備えるというものである。攻勢に出た各中隊は、弱り切ったキメラを各個に殲滅しつつプロボへと迫ったが‥‥敵将、ティム・グレンは、空荷のビッグフィッシュを囮にする事で、地上から補給を得る事に成功。新規戦力を前面へと展開させたのだ。
 あらかじめ言い含めてあった事もあって、撤収は速やかに行われた。
 貴重な装備をただの一つも残さず、潮が引く様に一斉に、全面において後退する。確保した縦深はあっけなく放棄され‥‥まるで伸びたゴムが戻るように、2時間後には全ての中隊がオレム市の防御線の内側に納まっていた。ティムが新手を率いて前線に赴いた時には、既に一兵の姿もなく。その余りに見事な『逃げっぷり』にはティムも舌を巻くしかなかった。
「休眠ポッドの爆破といい‥‥どうやら敵にも『デキる』奴がいるみたいだね。‥‥まぁ、いいさ。今度はこっちの手番だ」


「すぐに奴等が来るぞ。速やかに防御態勢を整えろ」
 後衛戦闘大隊を預かる髭の中佐は、前線に程近い大隊本部へ歩を進めながら矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
 慌しく動く兵と輜重。久方ぶりの『我が家』であるが、のんびりとしている暇はなかった。プロボと違い、このオレムには堅牢な防御陣地などない。工兵隊はプロボ市の総力戦でその多くがすり潰されてしまっていた。
 ここもすぐに引き払う事になる──中佐は『正確に』状況を悲観していた。遅滞戦闘の開始と段階的な後退の手順確認、そして、陣地放棄と即時撤収の準備をそれぞれに指示しながら‥‥中佐はふと足を止めて晴れ渡った蒼空を仰ぎ見た。抜ける様な青を背に、3匹編成で飛ぶ飛竜型キメラ『ワイバーン』がその翼を畳み、急降下の態勢に入ろうとしていた。
 打ち鳴らされる鐘の音──久方ぶりの空襲警報に重なる様に、旧式の防空戦車が撃ち上げる対空機銃の砲声が遠雷の様に響き渡る。撃ち上げられる火線の鞭は赤子の小便にも似た頼りなさで‥‥滑空態勢に入った3匹の飛竜が続け様に火炎を吐いて飛び過ぎて行くと、地上に一つ、爆発の華が咲く。
「飛竜か‥‥」
 翼をはためかして上昇していくその背を見遣りながら、中佐は忌々しげに呟いた。
 攻撃を受けたのは‥‥前線のD中隊の方だろうか。防空戦車が真っ先に火炎の息にやられたようだ。すぐに後退させなければ。現在、歩兵支援の為に防空戦車は前線の各小隊に随伴させているが、このままでは各個に撃破されるだけだ。
「防空戦車を前線の一段裏に集結させろ。弾幕を張れ。墜とせなくてもいい。空襲を牽制させるんだ」


「『タイタン』だ! 『タイタン』が出た!」
 前方から後退して来る‥‥いや、言い繕っても仕方がない。敗走してくる味方が口々にそう叫ぶのを聞いて、『僕』はバートン少尉と顔を見合わせた。
 塹壕から身を乗り出すと、転がる様に走る兵を掴んで引き止める。
「おい、いったい第一線はどうなっている? 『タイタン』とは‥‥」
「バケモノだっ!」
 それだけを叫ぶと、その兵は『僕』の手を振り払う様にして後方へと飛び出していった。『僕』は目を丸くしたまま呆然としていた。あの兵は第3小隊の顔見知りで、自分たちと同様、結構な古株の熟練兵だったのだが‥‥
「ジェシー」
 バートン軍曹、じゃない、少尉に呼ばれて、『僕』は前線を振り返った。正面の道の先から、恐らく第3小隊を敗走させたと思しき敵が近づいていた。
 それは見た事のない個体であったが、そう特別なものには見えなかった。外見は人型。キメラ『トロル』(体長3m前後の巨躯を誇る人型キメラ。大きな膂力と回復能力を持つ)よりも大柄で──大体4〜5m位はあるだろうか──ゴツゴツして見えたが、羽や角が生えているわけでなし‥‥こう言っては何だが、他の種に比べれば極めてまっとうなモンスターに見えた。
 だが、それが見た目通りであっても、その戦闘能力が尋常でない事はすぐに分かった。第3小隊付きの能力者たちが、こちらへ向かって『敗走』して来るのが見えたからだ。
「分隊、撃ち方よーい!」
 『僕』を含む分隊長たちはすぐに兵の動揺を見て取り、戦闘準備に入らせた。手の中の銃を認識させる事である程度はそれを抑えられるからだ。『僕』は塹壕に滑り込むと、自らも使い捨てのロケットランチャーを構えて小隊長に目をやった。バートン少尉は頷くと砲撃開始を発した。
「目標、正面の人型キメラ。斉射1。構え‥‥撃てぇ!」
 兵たちが構えたロケットランチャーから砲煙が吐き出され、発射筒から撃ち出された噴進弾が白煙を曳いて一斉にキメラへ向け突進していく。
 着弾は一瞬後。煌く力場に次々と命中する噴進弾。立て続けに爆発が巻き起こり‥‥その爆煙の広がり具合に『僕』は微かに眉根を寄せる。それが晴れる間もなく、その煙の中から無造作に。歩みを変える事なく現れた巨躯が一つ。驚愕の呻きと悪態が口をつく。集中砲火を浴びたキメラは、まったくの無傷だった。
「何をしている! 再攻撃!」
 小隊長の声に反応して新たな筒を手にする兵たち。小隊後方につけていた防空戦車が、キメラに向け20mm砲弾を水平発射で連射する。その嵐の様な弾幕は、しかし、その力場に悉く弾かれ、火花を散らした。跳弾が、地面に弾けて爆煙を巻き起こす。
 ──ただの一弾ですら容易に人を『粉砕』する威力を持つ20mm砲弾の弾幕に、小動ともせず前進を続けるその『バケモノ』に、まず新兵たちが崩れた。武器を捨て、雪崩を打つように逃げ出し始める兵の群れ。無理もない。こちらの持つ武器全てが通用しないとなれば、それはもう戦闘ではなく虐殺だ。だが‥‥
「秩序を保て! でなければ、生きて『逃げられ』なくなるぞ!」
 『僕』のその奇妙な言葉に、逃げ出しかけた兵たちはハッと足を止めた。『僕』は頷いた。──これは後衛戦闘だ。思い出せ。ちゃんと『逃げる』算段は出来ている。群れから外れてしまったら、その撤退行に取り残される事になる‥‥
 とは言え、すぐに後退できるものでもないのが『僕』らの置かれた立場であった。あの敵の足を止めねば、防衛線は中央部を食い破られる事になる。そうなれば左右両翼の後退は間に合わず、各個に包囲され殲滅されてしまうだろう。
 『僕』らは、仕掛け爆弾による爆破で「時間を稼ぐ」と、速やかに最初の塹壕を退いた。倒す事は出来なかった。どうやら、通常兵器ではあの力場は破れない。
「能力者を呼んでくれ」
 バートン少尉が通信兵にそう告げる。『僕』は無言でただ前を見続けていた。
 瓦礫の山の中から、『タイタン』がもがくように這い出そうとしていた。

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
九頭龍 剛蔵(gb6650
14歳・♂・GD

●リプレイ本文

 『巨人』を埋めていた瓦礫の一角が崩落し、中から野太い腕が突き出された。
 瓦礫の山を崩しながら、続けて上半身が起き上がる。──陣に近い瓦礫の小山の上からその様子を見ていた九頭龍 剛蔵(gb6650)は、斜面を滑り降りる様に駆け戻ると、兵たちの籠もる塹壕にその身を飛び込ませた。
「来るぞっ!」
 剛蔵の警告の叫びに、バートン少尉と叢雲(ga2494)、月森 花(ga0053)とが神妙に頷く。「本当に自分たちは正面から退いて良いのか」と確認してくる少尉に向かって、叢雲と花はそれでいいと請け負った。
「左右からの挟撃を受けぬよう、警戒と援護を願います。ただし、無理はしないで下さい。弾が切れたり、負傷者が増えるようならすぐにでも後退を」
「ボクたちには他の部隊の状況とか分からないから‥‥敵の攻勢の波を見極めて、撤退の判断をお願いするね」
 剛蔵はそのまま前線へ続く塹壕を走りぬけると、土嚢と瓦礫で築いた陣の裏へ飛び込んだ。そこにはジェシーを始めとする第1分隊の面々と、綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)の二人が陣取っていた。
「‥‥遅滞戦闘か。正直、ここまで押されているとは思わなんだ」
「ああ、剛蔵君はユタの春は初めてだっけ?」
 嘆息する剛蔵に、「ここはいつもこんなだよ」とジェシーが笑って肩を竦める。もう笑うしかないといった熟練兵たちの心境は‥‥達観だろうか、或いは、諦観だろうか。
「まったく。毎度毎度、厄介な状況ばっかりじゃ‥‥ ところで、ジェシー。もう爆薬は余っておらぬのか?」
「仕掛け爆弾? あと1つ‥‥この陣の正面すぐ左の雑居ビルに仕掛けてある」
 ジェシーの答えに頷く桜。そのすぐ向こうの道を、土嚢の対戦車陣地に籠もっていた防空戦車が、後方の集結地点目指して後退していった。
 最初、防空戦車の車長は、前線の状況から、大隊長の命令を無視して援護の為に残ろうとしていた。だが、花の「空から来る攻撃に専念してほしい」との要望に従い、陣から離脱する事にしたのだ。
 敬礼と共に、見送り、見送られる防空戦車。空襲に気をつけてね、と大きく手を振り見送った愛華がゆっくりと手を下ろし‥‥振り返る事無く呟いた。
「‥‥たった一つ。私からお願いだよ。──みんな、絶対、絶対、死んじゃダメだよ?」
 桜はジェシーや剛蔵と視線を交わし‥‥胸元の御守りをギュッと握った。

 一つ離れた陣でそれを聞いていた杠葉 凛生(gb6638)は、煙草を銜えると大事そうに火をつけた。ライターを閉じつつ空を見上げ、静かに紫煙を曇らせる。
「‥‥これ以上、好き放題させるかよ」
 敵指揮官を思い返して呟く凛生。歯先に噛んだ煙草が震える。
 一際大きく瓦礫の崩れる音がして──凛生は煙草を地に落とすと、ブーツの踵で踏み消した。慌しく動き始める陣の中。凛生は両手に銃を引き抜くと、前線へと走る仲間を追って歩き出した。


 瓦礫の『車止め』を吹き飛ばしながら、前進を再開した『巨人』は陣地正面の小路へ侵入を開始した。
 鈍い足音を響かせながら、陣へと迫る全長4〜5mの人型キメラ──道の脇、歩道に沿って掘られた移動用の塹壕を駆け抜けた鳳覚羅(gb3095)は、そのまま瓦礫の陰を伝って側方へと回り込んだ。
 道を挟んで反対側、崩れた廃屋の二階には、壁を背に閃光手榴弾を取り出す叢雲の姿。陣前の瓦礫の小山に上って状況を一望した愛華は、身の丈以上もある光線砲と共に瓦礫の上へ立ち上がった。
「そう簡単には退いてあげないよ。私たちの意地、見せてあげるから!」
 吼える様に宣戦を布告する愛華に反応し、そちらへ顔を上げる巨人。廃屋の窓から隙を窺っていた叢雲が、そこにタイミングを見計らって閃光手榴弾を投擲する。クルクルと弧を描いて飛んだそれは巨人の頭にコンと当たり──直後、閃光と轟音とを炸裂させた。
 瞬間、瓦礫の陰から飛び出した覚羅が、巨大な竿状戦斧を肩越しに担いだまま一気に巨人に走り寄る。閃光に目を灼かれ、轟音に鼓膜と脳を叩かれながらもそれに反応する巨人。覚羅は踏み込んだ足を踏ん張らせると、腕をひきつけるようにして肩越しに戦斧を振り下ろした。
 1mもの刃を持つ3.2mの長柄を振りながら、捻りを加えてフェイントを入れる。肩口を狙うと見せかけながら、流れる様に斜め上から右の膝関節へ。だが、まるでマットに木刀を打ち込んだ様な衝撃に覚羅は目を細めた。恐らく、このタイタンにはキメラ『トロル(強化型)』と同様の防御策が講じられているのだろう。尋常ではない威力を持った覚羅の斬撃は、硬い力場と衝撃吸収系の肉体とに阻まれ、骨まで到達しなかった。
 刃を引き抜き、距離を取る。そこに無造作に振るわれる反撃の拳──その指先から閃光が走り、驚いた覚羅は大きく跳び退いた。
「‥‥なんだ、今のは!?」
 叢雲は驚愕に軽く目を瞠りながら、援護の為にSMGを撃ち放った。力場を貫いた銃弾が肉を弾く。その弾着を照準に頭部へ銃身を振った叢雲は、視線が合うのと同時にその顔面に擲弾を撃ち放ち‥‥顔面に炸裂したそれは巨人を一歩、よろめかせる。そこへ愛華が撃ち下ろす一筋の光線砲。両腕を交差させて受け凌ぐ巨人の皮膚が力場越しに焼かれていく。
「今のは‥‥光線剣?」
 敵を中心に円を描く様に回りながら、覚羅は巨人の攻撃をそう見極めた。思った以上にリーチがあると即座に認識を修正する。叢雲がいた2階部分へ光の刃を振るう巨人。窓辺の壁面が切り裂かれ、叢雲が梁から壁、瓦礫の陰へと飛び下りる。
 だが、そんな巨人を前にして、無造作に歩み寄る人影があった。砂塵舞う風にはためく虎柄ケープ──左右に気を取られている内に正面からの接近を許した巨人が、目前の闖入者目掛けてその右腕を振り下ろす。
 だが、人影は歩みを止めずに半身をずらすと、そのまま巨人の内懐に入り込み、アッパー気味の右フックでその拳を打ち払った。流れる様に身を回した人影がそのまま左の裏拳を巨人の左膝に叩き込む。小気味良く響く肉の音。獅子を模した拳が筋肉を焼き、たわませる。
「鬼が哭く街、嗤う街‥‥バグアよ、お前たちには地獄ですらお湯加減‥‥」
 その人影──阿野次 のもじ(ga5480)がポーズを決めてフッと笑う。剣の間合いでは『縦』と『横』、近接時は『足技』、『プレス』、『掴み投げ』‥‥大兵が小兵を相手する際の組み立ては限られる。このパターンを学習、暴く事が出来れば、後々、同種の敵と戦う際の戦訓となるだろう。
「問題があるとすれば‥‥」
 突き出された光刃をスウェイでかわすのもじ。切れ飛んだ前髪が(前髪だと?)はらりと数本、宙を舞う。
「読み切った後のスピードに対応するだけ、って事だけど」
 むーん、と唸りつつ、距離を取るのもじ。そこに後衛組が一斉に巨人へ銃撃を浴びせかけた。両手で射撃姿勢を保持した花が構えたリボルバーが、凛生が両手に構えた大型拳銃が、瓦礫の壁上に保持した剛蔵のガトリング砲と腰だめに構えた桜のSMGが、炎の舌を吐き出し、弾着の嵐が力場を貫き、巨人の皮膚を穿ち、弾かせ乱打する。
「クソッ、あぁ、硬いなぁ‥‥とまぁ、泣き言も言ってられんか、くそったれが!」
 射撃位置を変えながら悪態をつく剛蔵。並みのキメラなら瞬殺されてる集中砲火を浴びながら、巨人は未だ前進を止めずにいた。血塗れの身体で傷が塞がっていく様は異様を通り越して畏怖すら感じられる。
 だが、それでも。敵はいずれその膝を地に突く事になるだろう。こちらの与える打撃力は、あちらの防御力と回復力を超えている‥‥

 と、そんな時。桜が斜め掛けにした無線機の呼出音が鳴り響いた。装填中の桜に代わって、銃を撃ちつつ花が出る。
 それは小隊からもたらされた、敵後続の情報だった。後方から全長3mを越す人型キメラ『トロル』──恐らく強化型──が、こちらへ向かって移動している。数は1。だが、段階的にその数を増すであろうことは容易に想像できた。
 花と桜は攻撃の輪から外れると、陣の前方‥‥敵後方へ向け駆け出した。この新手に合流されたら厄介だ。勿論、遊撃として動かれても。
 敵を見つけるや否や、花と桜は無言の内に役割を分担した。得物を薙刀に変えて地を蹴る桜。敵正面から左右に分かれる様に花が逆へと移動する。
 確保した射線に銃口を乗せ、敵上半身から頭部にかけて愛銃『雪華』を速射する。パパッと弾ける血飛沫。トロルは左腕で頭部を庇いながら花目掛けて突進する。
 そんなトロルの左側から、薙刀を宙に曳き走る桜が突っ込んだ。長柄の刃を身体ごと振るい、遠心力で脛を裂く。気付き、足を止めるトロル。薙刀を振り抜いた態勢にあった桜はそのまま石突を地面に突き立て、高飛びの要領で宙を舞う。空中で身を捻りながら、トロルの頭部を脚爪で回し蹴り‥‥そのままクルリと宙を回って着地、倒れ掛かってくる薙刀を引っ掴む。間髪居れずに振り下ろされるコンクリ柱。瞬間、反応し得た桜が『瞬天速』で距離を取る。
「何度やり合ったと思うておる。そうそうは当たらぬわっ!」
 一方、その反対側の右サイドでは、花が引き抜いた忍刀をクルリと回していた。バッ、と血を噴くトロルの右腕部。血飛沫が舞う中、回転式弾倉から押し出された薬莢が煌きながら地に落ちる。
 素早く貫通弾の再装填を終えた銃を、花は至近距離から敵の頭部へ振り向けた。
「舞え‥‥氷葬六花《ゴシックワルツ》」
 撃鉄が落ちる。引鉄に合わせて火を吹く銃口。弾着の衝撃に身を震わせて倒れた敵は、血に塗れながら花を仰臥し‥‥薙刀を跳び振るった桜の刃を断頭台に、その命に止めを差された。


 斜め後方から突っ込んだ覚羅の横殴りの一撃に対し、巨人は足元の瓦礫を踏み抜いた。
 梃子の要領で跳ね上がったコンクリ柱が覚羅の一撃を受けて砕け散る。粉塵の中から突き出される巨人の左腕。それを柄で打ち払った覚羅は飛び退きつつも流れる様に刃を振るい、砂塵を横一文字に薙ぎ払う。
 敵は既にいなかった。裏をつこうとしたのもじの機先を制し、膝、脛の二段蹴り。のもじはスウェイでその威力を殺しつつ、猫の様に着地する。振り下ろされた巨人の足は器用に砂利を掴み取り、回し蹴りの要領で叢雲へと蹴り投げる。散弾に放たれた礫弾は、叢雲の執事服を掠め飛んで切り裂いた。
 一方、その奥の戦場では、凛生と剛蔵の二人が更なる新手を食い止めていた。
 前進してくる『トロル』に向け、瓦礫の陰、道路の左右から十字砲火を浴びせる二人。気付いたトロルが人頭大の瓦礫を掴んで銃火の元へと投げ付ける。移動した直後に吹き飛ばされる剛蔵の射撃地点。一方の凛生は砕ける破片を障壁で受け凌ぎつつ、横っ飛びに逃れて転がり出る。そのまま素早く地を駆け、新たな瓦礫の内側へ飛び込む凛生。こめかみの血を拭う間もなく、二挺拳銃の一を銜え、もう一方に弾を込める‥‥
 そうして双方を牽制しておいて、トロルは‥‥剛蔵へと突っ込んだ。気付いた凛生が一丁を銜えたまま、装填したばかりの銃で攻撃する。そのダメージを甘受し突っ込むトロル。片膝立ちで再装填を終えた剛蔵は、立ち上がる動きをバネに走り出しつつ銃口を向け‥‥眼前に投げ付けられたコンクリ柱に目を瞠った。
 砲撃に撃ち砕かれる柱。その粉塵を越えて突っ込んで来た拳が剛蔵を突き飛ばす。転がり起きつつ撃つ剛蔵。傷の治療をロウ・ヒールに任せつつ、立ち上がろうとして膝が崩れる。粉塵を越えて突っ込んで来たトロルが剛蔵へと一歩踏み出し──直後、後方から飛び出して来た愛華のタックルにきっちり10m吹き飛ばされた。
「まだだよ! もう少し‥‥あと少しだから。剛蔵君、頑張って!」
 起き上がって来るトロルに再度突っ込む愛華。反撃に晒されつつ、再び獣突で吹き飛ばす。
「くっ‥‥待ってろ、すぐに戻って来るからな!」
 傷口を押さえて回復に下がる剛蔵。獣突戦を繰り広げる愛華たちの道の反対側には、さらに新手のトロルが一匹。凛生がそれに銃撃を加えながらジリジリと後退する‥‥
「やってくれるね‥‥だけど、対巨大キメラ戦は得意でね。『巨人殺し』の異名、伊達ではないんだよ」
 巨人を取り囲みつつ、敢えて不敵に、大きく声を上げる覚羅。3人は巨人の前進を上手く阻んではいたが、与えるダメージも頭打ちになっていた。このままではこちらが消耗し尽くす。ここで士気を下げるわけにはいかない。
 そんな彼等の耳に、微かに聞こえてくる、聞き覚えのある鐘の音の乱打。空襲警報──!? 気付いた皆が顔を上げると、蒼空を逆落としに急降下してくる飛竜が目に映る。
「クソッ! こんな時に‥‥っ!」
 空気を切り裂く翼の音──振り仰ぎ、その鼻面に向け銃を乱射する凛生。目の近くに銃弾を受けた先頭の飛竜が慌てて翼をはためかせて離脱していき‥‥続けて突っ込んで来た2匹目がその翼を大きく広げて滑空に移る。
 大きく開いた口中に燻る炎──今まさにそれを地を這う人間たちに噴きかけようと‥‥
 次の瞬間、後方から撃ち放たれた対空砲火の火線の鞭が、幾線も、まるで波打つ絨毯の様に飛竜の周囲の空を染めた。慌てて高空へと逃げ去る後続2匹。後方に下がった防空戦車の集団が、弾幕で空襲を牽制してくれたのだ。
「みんな、私たちは一人じゃないよっ!」
 あちこちに痣を作った愛華が表情を輝かす。


 そうだ、もっとこっちに来い──! 覚羅とのもじ、二人の猛攻に押されて来る巨人に向けて、叢雲は心中に呟いた。
 今の自分は、巨人がもっとも狙いやすい目標、のはずだった。崩れ欠けた瓦礫の壁を間において、銃撃を放つ叢雲。その瓦礫を吹き飛ばして肉薄する巨人が叢雲の襟首を掴み上げ──
「──『捕まえた』」
 捕まったはずの叢雲が笑みを浮かべ、抜き打ちに振るった機械刀で巨人の手首を焼き裂く。腱を一つ斬られて緩んだ腕から逃れる叢雲。踏み込み一閃、横合いから「ふぅォワタァ!」と両の拳とを突き出したのもじが獣突で巨人を道の端、廃墟のビルの袂まで無理矢理に移動させる。
 そこは、小隊が仕掛け爆弾を設置したビルのすぐ前だった。
「今だっ!」
 凛生の合図と共に、ジェシーが爆薬のスイッチを入れる。爆煙がエントランスから噴出し、地鳴りの様な音と共に傾いた小ビルが巨人へと落ちかかる‥‥

「どうする? 止めを刺していくか?」
 瓦礫を抜け出そうとする時に攻撃を集中すれば、恐らく巨人も耐えれまい。だが、能力者たちは頭を振った。南からやって来るトロルはその数を増していた。さらに、道路の先に見えるキメラの横列──その中には新手のタイタンまで存在している。
「これは‥‥長居は無用かな?」
「‥‥潮時じゃの」
「わーい、トンズラ〜♪」
 迫り来る敵集団に向け、小山の上から閃光手榴弾を遠投する能力者たち。閃光と轟音に混乱する敵前衛。その間に車両に飛び乗った小隊と能力者たちは、充分以上の時間を稼いで、大隊本部へ向け撤収を開始した。