●リプレイ本文
『巨人』を埋めていた瓦礫の一角が崩落し、中から野太い腕が突き出された。
瓦礫の山を崩しながら、続けて上半身が起き上がる。──陣に近い瓦礫の小山の上からその様子を見ていた九頭龍 剛蔵(
gb6650)は、斜面を滑り降りる様に駆け戻ると、兵たちの籠もる塹壕にその身を飛び込ませた。
「来るぞっ!」
剛蔵の警告の叫びに、バートン少尉と叢雲(
ga2494)、月森 花(
ga0053)とが神妙に頷く。「本当に自分たちは正面から退いて良いのか」と確認してくる少尉に向かって、叢雲と花はそれでいいと請け負った。
「左右からの挟撃を受けぬよう、警戒と援護を願います。ただし、無理はしないで下さい。弾が切れたり、負傷者が増えるようならすぐにでも後退を」
「ボクたちには他の部隊の状況とか分からないから‥‥敵の攻勢の波を見極めて、撤退の判断をお願いするね」
剛蔵はそのまま前線へ続く塹壕を走りぬけると、土嚢と瓦礫で築いた陣の裏へ飛び込んだ。そこにはジェシーを始めとする第1分隊の面々と、綾嶺・桜(
ga3143)と響 愛華(
ga4681)の二人が陣取っていた。
「‥‥遅滞戦闘か。正直、ここまで押されているとは思わなんだ」
「ああ、剛蔵君はユタの春は初めてだっけ?」
嘆息する剛蔵に、「ここはいつもこんなだよ」とジェシーが笑って肩を竦める。もう笑うしかないといった熟練兵たちの心境は‥‥達観だろうか、或いは、諦観だろうか。
「まったく。毎度毎度、厄介な状況ばっかりじゃ‥‥ ところで、ジェシー。もう爆薬は余っておらぬのか?」
「仕掛け爆弾? あと1つ‥‥この陣の正面すぐ左の雑居ビルに仕掛けてある」
ジェシーの答えに頷く桜。そのすぐ向こうの道を、土嚢の対戦車陣地に籠もっていた防空戦車が、後方の集結地点目指して後退していった。
最初、防空戦車の車長は、前線の状況から、大隊長の命令を無視して援護の為に残ろうとしていた。だが、花の「空から来る攻撃に専念してほしい」との要望に従い、陣から離脱する事にしたのだ。
敬礼と共に、見送り、見送られる防空戦車。空襲に気をつけてね、と大きく手を振り見送った愛華がゆっくりと手を下ろし‥‥振り返る事無く呟いた。
「‥‥たった一つ。私からお願いだよ。──みんな、絶対、絶対、死んじゃダメだよ?」
桜はジェシーや剛蔵と視線を交わし‥‥胸元の御守りをギュッと握った。
一つ離れた陣でそれを聞いていた杠葉 凛生(
gb6638)は、煙草を銜えると大事そうに火をつけた。ライターを閉じつつ空を見上げ、静かに紫煙を曇らせる。
「‥‥これ以上、好き放題させるかよ」
敵指揮官を思い返して呟く凛生。歯先に噛んだ煙草が震える。
一際大きく瓦礫の崩れる音がして──凛生は煙草を地に落とすと、ブーツの踵で踏み消した。慌しく動き始める陣の中。凛生は両手に銃を引き抜くと、前線へと走る仲間を追って歩き出した。
●
瓦礫の『車止め』を吹き飛ばしながら、前進を再開した『巨人』は陣地正面の小路へ侵入を開始した。
鈍い足音を響かせながら、陣へと迫る全長4〜5mの人型キメラ──道の脇、歩道に沿って掘られた移動用の塹壕を駆け抜けた鳳覚羅(
gb3095)は、そのまま瓦礫の陰を伝って側方へと回り込んだ。
道を挟んで反対側、崩れた廃屋の二階には、壁を背に閃光手榴弾を取り出す叢雲の姿。陣前の瓦礫の小山に上って状況を一望した愛華は、身の丈以上もある光線砲と共に瓦礫の上へ立ち上がった。
「そう簡単には退いてあげないよ。私たちの意地、見せてあげるから!」
吼える様に宣戦を布告する愛華に反応し、そちらへ顔を上げる巨人。廃屋の窓から隙を窺っていた叢雲が、そこにタイミングを見計らって閃光手榴弾を投擲する。クルクルと弧を描いて飛んだそれは巨人の頭にコンと当たり──直後、閃光と轟音とを炸裂させた。
瞬間、瓦礫の陰から飛び出した覚羅が、巨大な竿状戦斧を肩越しに担いだまま一気に巨人に走り寄る。閃光に目を灼かれ、轟音に鼓膜と脳を叩かれながらもそれに反応する巨人。覚羅は踏み込んだ足を踏ん張らせると、腕をひきつけるようにして肩越しに戦斧を振り下ろした。
1mもの刃を持つ3.2mの長柄を振りながら、捻りを加えてフェイントを入れる。肩口を狙うと見せかけながら、流れる様に斜め上から右の膝関節へ。だが、まるでマットに木刀を打ち込んだ様な衝撃に覚羅は目を細めた。恐らく、このタイタンにはキメラ『トロル(強化型)』と同様の防御策が講じられているのだろう。尋常ではない威力を持った覚羅の斬撃は、硬い力場と衝撃吸収系の肉体とに阻まれ、骨まで到達しなかった。
刃を引き抜き、距離を取る。そこに無造作に振るわれる反撃の拳──その指先から閃光が走り、驚いた覚羅は大きく跳び退いた。
「‥‥なんだ、今のは!?」
叢雲は驚愕に軽く目を瞠りながら、援護の為にSMGを撃ち放った。力場を貫いた銃弾が肉を弾く。その弾着を照準に頭部へ銃身を振った叢雲は、視線が合うのと同時にその顔面に擲弾を撃ち放ち‥‥顔面に炸裂したそれは巨人を一歩、よろめかせる。そこへ愛華が撃ち下ろす一筋の光線砲。両腕を交差させて受け凌ぐ巨人の皮膚が力場越しに焼かれていく。
「今のは‥‥光線剣?」
敵を中心に円を描く様に回りながら、覚羅は巨人の攻撃をそう見極めた。思った以上にリーチがあると即座に認識を修正する。叢雲がいた2階部分へ光の刃を振るう巨人。窓辺の壁面が切り裂かれ、叢雲が梁から壁、瓦礫の陰へと飛び下りる。
だが、そんな巨人を前にして、無造作に歩み寄る人影があった。砂塵舞う風にはためく虎柄ケープ──左右に気を取られている内に正面からの接近を許した巨人が、目前の闖入者目掛けてその右腕を振り下ろす。
だが、人影は歩みを止めずに半身をずらすと、そのまま巨人の内懐に入り込み、アッパー気味の右フックでその拳を打ち払った。流れる様に身を回した人影がそのまま左の裏拳を巨人の左膝に叩き込む。小気味良く響く肉の音。獅子を模した拳が筋肉を焼き、たわませる。
「鬼が哭く街、嗤う街‥‥バグアよ、お前たちには地獄ですらお湯加減‥‥」
その人影──阿野次 のもじ(
ga5480)がポーズを決めてフッと笑う。剣の間合いでは『縦』と『横』、近接時は『足技』、『プレス』、『掴み投げ』‥‥大兵が小兵を相手する際の組み立ては限られる。このパターンを学習、暴く事が出来れば、後々、同種の敵と戦う際の戦訓となるだろう。
「問題があるとすれば‥‥」
突き出された光刃をスウェイでかわすのもじ。切れ飛んだ前髪が(前髪だと?)はらりと数本、宙を舞う。
「読み切った後のスピードに対応するだけ、って事だけど」
むーん、と唸りつつ、距離を取るのもじ。そこに後衛組が一斉に巨人へ銃撃を浴びせかけた。両手で射撃姿勢を保持した花が構えたリボルバーが、凛生が両手に構えた大型拳銃が、瓦礫の壁上に保持した剛蔵のガトリング砲と腰だめに構えた桜のSMGが、炎の舌を吐き出し、弾着の嵐が力場を貫き、巨人の皮膚を穿ち、弾かせ乱打する。
「クソッ、あぁ、硬いなぁ‥‥とまぁ、泣き言も言ってられんか、くそったれが!」
射撃位置を変えながら悪態をつく剛蔵。並みのキメラなら瞬殺されてる集中砲火を浴びながら、巨人は未だ前進を止めずにいた。血塗れの身体で傷が塞がっていく様は異様を通り越して畏怖すら感じられる。
だが、それでも。敵はいずれその膝を地に突く事になるだろう。こちらの与える打撃力は、あちらの防御力と回復力を超えている‥‥
と、そんな時。桜が斜め掛けにした無線機の呼出音が鳴り響いた。装填中の桜に代わって、銃を撃ちつつ花が出る。
それは小隊からもたらされた、敵後続の情報だった。後方から全長3mを越す人型キメラ『トロル』──恐らく強化型──が、こちらへ向かって移動している。数は1。だが、段階的にその数を増すであろうことは容易に想像できた。
花と桜は攻撃の輪から外れると、陣の前方‥‥敵後方へ向け駆け出した。この新手に合流されたら厄介だ。勿論、遊撃として動かれても。
敵を見つけるや否や、花と桜は無言の内に役割を分担した。得物を薙刀に変えて地を蹴る桜。敵正面から左右に分かれる様に花が逆へと移動する。
確保した射線に銃口を乗せ、敵上半身から頭部にかけて愛銃『雪華』を速射する。パパッと弾ける血飛沫。トロルは左腕で頭部を庇いながら花目掛けて突進する。
そんなトロルの左側から、薙刀を宙に曳き走る桜が突っ込んだ。長柄の刃を身体ごと振るい、遠心力で脛を裂く。気付き、足を止めるトロル。薙刀を振り抜いた態勢にあった桜はそのまま石突を地面に突き立て、高飛びの要領で宙を舞う。空中で身を捻りながら、トロルの頭部を脚爪で回し蹴り‥‥そのままクルリと宙を回って着地、倒れ掛かってくる薙刀を引っ掴む。間髪居れずに振り下ろされるコンクリ柱。瞬間、反応し得た桜が『瞬天速』で距離を取る。
「何度やり合ったと思うておる。そうそうは当たらぬわっ!」
一方、その反対側の右サイドでは、花が引き抜いた忍刀をクルリと回していた。バッ、と血を噴くトロルの右腕部。血飛沫が舞う中、回転式弾倉から押し出された薬莢が煌きながら地に落ちる。
素早く貫通弾の再装填を終えた銃を、花は至近距離から敵の頭部へ振り向けた。
「舞え‥‥氷葬六花《ゴシックワルツ》」
撃鉄が落ちる。引鉄に合わせて火を吹く銃口。弾着の衝撃に身を震わせて倒れた敵は、血に塗れながら花を仰臥し‥‥薙刀を跳び振るった桜の刃を断頭台に、その命に止めを差された。
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斜め後方から突っ込んだ覚羅の横殴りの一撃に対し、巨人は足元の瓦礫を踏み抜いた。
梃子の要領で跳ね上がったコンクリ柱が覚羅の一撃を受けて砕け散る。粉塵の中から突き出される巨人の左腕。それを柄で打ち払った覚羅は飛び退きつつも流れる様に刃を振るい、砂塵を横一文字に薙ぎ払う。
敵は既にいなかった。裏をつこうとしたのもじの機先を制し、膝、脛の二段蹴り。のもじはスウェイでその威力を殺しつつ、猫の様に着地する。振り下ろされた巨人の足は器用に砂利を掴み取り、回し蹴りの要領で叢雲へと蹴り投げる。散弾に放たれた礫弾は、叢雲の執事服を掠め飛んで切り裂いた。
一方、その奥の戦場では、凛生と剛蔵の二人が更なる新手を食い止めていた。
前進してくる『トロル』に向け、瓦礫の陰、道路の左右から十字砲火を浴びせる二人。気付いたトロルが人頭大の瓦礫を掴んで銃火の元へと投げ付ける。移動した直後に吹き飛ばされる剛蔵の射撃地点。一方の凛生は砕ける破片を障壁で受け凌ぎつつ、横っ飛びに逃れて転がり出る。そのまま素早く地を駆け、新たな瓦礫の内側へ飛び込む凛生。こめかみの血を拭う間もなく、二挺拳銃の一を銜え、もう一方に弾を込める‥‥
そうして双方を牽制しておいて、トロルは‥‥剛蔵へと突っ込んだ。気付いた凛生が一丁を銜えたまま、装填したばかりの銃で攻撃する。そのダメージを甘受し突っ込むトロル。片膝立ちで再装填を終えた剛蔵は、立ち上がる動きをバネに走り出しつつ銃口を向け‥‥眼前に投げ付けられたコンクリ柱に目を瞠った。
砲撃に撃ち砕かれる柱。その粉塵を越えて突っ込んで来た拳が剛蔵を突き飛ばす。転がり起きつつ撃つ剛蔵。傷の治療をロウ・ヒールに任せつつ、立ち上がろうとして膝が崩れる。粉塵を越えて突っ込んで来たトロルが剛蔵へと一歩踏み出し──直後、後方から飛び出して来た愛華のタックルにきっちり10m吹き飛ばされた。
「まだだよ! もう少し‥‥あと少しだから。剛蔵君、頑張って!」
起き上がって来るトロルに再度突っ込む愛華。反撃に晒されつつ、再び獣突で吹き飛ばす。
「くっ‥‥待ってろ、すぐに戻って来るからな!」
傷口を押さえて回復に下がる剛蔵。獣突戦を繰り広げる愛華たちの道の反対側には、さらに新手のトロルが一匹。凛生がそれに銃撃を加えながらジリジリと後退する‥‥
「やってくれるね‥‥だけど、対巨大キメラ戦は得意でね。『巨人殺し』の異名、伊達ではないんだよ」
巨人を取り囲みつつ、敢えて不敵に、大きく声を上げる覚羅。3人は巨人の前進を上手く阻んではいたが、与えるダメージも頭打ちになっていた。このままではこちらが消耗し尽くす。ここで士気を下げるわけにはいかない。
そんな彼等の耳に、微かに聞こえてくる、聞き覚えのある鐘の音の乱打。空襲警報──!? 気付いた皆が顔を上げると、蒼空を逆落としに急降下してくる飛竜が目に映る。
「クソッ! こんな時に‥‥っ!」
空気を切り裂く翼の音──振り仰ぎ、その鼻面に向け銃を乱射する凛生。目の近くに銃弾を受けた先頭の飛竜が慌てて翼をはためかせて離脱していき‥‥続けて突っ込んで来た2匹目がその翼を大きく広げて滑空に移る。
大きく開いた口中に燻る炎──今まさにそれを地を這う人間たちに噴きかけようと‥‥
次の瞬間、後方から撃ち放たれた対空砲火の火線の鞭が、幾線も、まるで波打つ絨毯の様に飛竜の周囲の空を染めた。慌てて高空へと逃げ去る後続2匹。後方に下がった防空戦車の集団が、弾幕で空襲を牽制してくれたのだ。
「みんな、私たちは一人じゃないよっ!」
あちこちに痣を作った愛華が表情を輝かす。
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そうだ、もっとこっちに来い──! 覚羅とのもじ、二人の猛攻に押されて来る巨人に向けて、叢雲は心中に呟いた。
今の自分は、巨人がもっとも狙いやすい目標、のはずだった。崩れ欠けた瓦礫の壁を間において、銃撃を放つ叢雲。その瓦礫を吹き飛ばして肉薄する巨人が叢雲の襟首を掴み上げ──
「──『捕まえた』」
捕まったはずの叢雲が笑みを浮かべ、抜き打ちに振るった機械刀で巨人の手首を焼き裂く。腱を一つ斬られて緩んだ腕から逃れる叢雲。踏み込み一閃、横合いから「ふぅォワタァ!」と両の拳とを突き出したのもじが獣突で巨人を道の端、廃墟のビルの袂まで無理矢理に移動させる。
そこは、小隊が仕掛け爆弾を設置したビルのすぐ前だった。
「今だっ!」
凛生の合図と共に、ジェシーが爆薬のスイッチを入れる。爆煙がエントランスから噴出し、地鳴りの様な音と共に傾いた小ビルが巨人へと落ちかかる‥‥
「どうする? 止めを刺していくか?」
瓦礫を抜け出そうとする時に攻撃を集中すれば、恐らく巨人も耐えれまい。だが、能力者たちは頭を振った。南からやって来るトロルはその数を増していた。さらに、道路の先に見えるキメラの横列──その中には新手のタイタンまで存在している。
「これは‥‥長居は無用かな?」
「‥‥潮時じゃの」
「わーい、トンズラ〜♪」
迫り来る敵集団に向け、小山の上から閃光手榴弾を遠投する能力者たち。閃光と轟音に混乱する敵前衛。その間に車両に飛び乗った小隊と能力者たちは、充分以上の時間を稼いで、大隊本部へ向け撤収を開始した。