●リプレイ本文
最初に戦場に突入したのは、『瞬天速』を持つグラップラーたちだった。
常人には捉えられぬスピードで大地を駆け、広い戦場を遍くカバーする。その韋駄天ぶりこそが彼らの真骨頂。だが、大地に降り積もった雪は容易に彼等を縛る鎖と化す。
「間に合うか!? いや、間に合わせるのじゃ!」
戦場へと続く街路の上。グラップラーの綾嶺・桜(
ga3143)が雪を蹴立てて疾走する。
遠い。普段は気にも留めない80mという距離がこんなにも。常ならば一瞬で詰めれる距離が今は辿り着くので精一杯。それでも可能な限り練力を回して前へと進む。だが‥‥
「‥‥っ!」
このままでは間に合わない。雪村・さつき(
ga5400)は足を止めると、スナイパーライフルを構えて膝射の姿勢を取った。
照準の先、視線がキメラ『トロル』を捉える。的は大きく、動きは鈍い。たとえこの距離でもまず外す事はない‥‥!
パァン、パァァン‥‥!
銃声が木霊し、雪に吸われてすぐに消える。二匹のキメラに1発ずつ。トロルの体表で血が弾けたが、キメラは小動もしなかった。ふてぶてしい視線を新たな敵へ向け‥‥その一瞬、キメラの注意が兵から逸れる。そして、グラップラーにはその一瞬で十分だった。
視線を上げた2匹のトロル。その内まず、兵から遠い方のトロルの懐に鏑木 硯(
ga0280)が踏み込んだ。シュッ、と息を吐き、野太いキメラの脛を目掛けてメタルナックルを振り下ろす。
もう一方のキメラには桜が飛び込んでいた。雪を蹴り、瓦礫の銃座を踏み台に、起き上がり掛けていたトロルの顔面を跳び殴る。
間に合った。「よおっしっ!」と、さつきが拳を握る。
「待たせたの! こいつ等はわし等が引き受けるのじゃ!」
瓦礫の銃座の上に下り立って4人の兵を振り返る桜。と、そこへ、『瞬速縮地』で追いついた響 愛華(
ga4681)が突っ込んできた。
「わ、わ、桜さん、危ないんだよ〜!」
「なぁっ!?」
ぶぅん、とトロル目掛けて薙ぎ払われるハルバード。全長3mの斧槍の柄を桜はギリギリで跳び避けて‥‥斧の刃はそのままトロルの膝を打ち据えた。
「な、な、何をするのじゃ、この天然貧乏腹ペコ犬娘はーっ!?」
「わぅー‥‥あんな所で見得を切るなんて思わなかったんだよー」
落っこちて雪塗れになった桜がディガイアの平の部分でぐりんちょぐりんちょと愛華を弄る。その間にさつきが銃座に潜り込んだ。
「能力者、雪村さつき。あなたたちを助けに‥‥いえ、迎えに来ました!」
にっこりと笑顔で、しゅぴっ、と敬礼をしてみせるさつき。兵たちはホッと視線を交わし‥‥ニヤリと、余裕を含んだ笑みで答礼した。
生木を殴りつける様な鈍い感触と共に、トロルの皮膚がひしゃげて裂けた。
さらにそこへもう一発。硯は容赦なく拳を叩き込む。まず脚を打ち、姿勢を下げさせ、それから頭を殴りつければ、いかにこのデカブツといえども‥‥
だが。
「え‥‥?」
弁慶の泣き所。人であれば悶絶する程の痛撃を加えられながら、トロルは全く動じなかった。それどころか、たった今つけた裂傷が塞がっていく。
「再生能力‥‥!?」
叫び、ふと風を感じて。硯は後方へと跳び退さった。直後、トロルが振るったコンクリ柱の『棍棒』が鼻先を掠める様にして行き過ぎた。恐怖を感じる暇もなく、続けて繰り出された膝を回り込むようにして回避する。回避しながらも拳を入れ‥‥だが、トロルは構わずに蹴りを放つ。その脛の傷はもう半分くらい塞がっていた。
こいつはバーサーカー(狂戦士)だ。硯は戦慄した。こいつには痛覚がない。ダメージを回避せず、ぶ厚い皮と再生能力に任せて捨て身の攻撃を放ってくる。
「離れて下さい、硯さん!」
鋭くもどこかぽわっとした若い女の声に、硯は慌ててトロルから距離を取った。ジャコンッ、という重い何かのスライド音。直後、対キメラ用の大口径ショットガンがトロルの足元目掛けて撃ち放たれた。無数の散弾がトロルの皮膚を砕き、雪上を赤く染め上げる。
「お待たせしました、硯さん」
巨大な盾にヘルメット。ちっちゃな身体を重装備に埋もれるようにして、そこに蒼羅 玲(
ga1092)が立っていた。
グラップラーの突入から30秒。彼等が支える前線に、ついにファイターたちが到着した。
「お久しぶりです。お元気そう‥‥とは言えない状況ですね」
前線へと到着したクレア・フィルネロス(
ga1769)は、そこに顔見知りの兵たちを見つけて微笑した。
もっとも、その微笑もすぐに消える。雄叫びと共に暴れるトロルへと顔を上げ、槍を構えて向き直る。
「来てくれた‥‥ふぅ、助かったんだよ〜」
兵とトロルの間に入り、槍兵のように槍斧を前へと突き出した愛華が下がってくる。その息が荒い。すぐ前方では桜が蜂の様にトロルの周りを飛び回っている。高い攻撃力を誇るトロルを抑えるのは、二人がかりでも大変だった。
「‥‥なるほど。一筋縄ではいかないようですね。今回は出し惜しみ無しで‥‥行きます!」
言い終わると同時にクレアが勢い良く前に出た。右腕から光の粒子を迸らせながら、真正面から全力で槍を突きつける。連続で繰り出される高速の穂先。幾ら再生能力があろうとも目先に繰り出される攻撃はやはり嫌なようだった。トロルは癇癪を起こしたように瓦礫をクレアへと蹴り飛ばす。
「ジェシー君、ロケットランチャーはあと何発残ってる?」
一気にケリをつけようと、愛華がジェシーにロケット弾の残弾を尋ねた。後2本ずつ、との答えに頷いて、支援を要請しようとして‥‥その必要はない、と妙に冷静な声に遮られた。
「援護は要らない。視界が悪くなる。‥‥それよりも後退だ。この中で一番階級の高い者は?」
真紅の装備に身を固めたファイター、佐嶋 真樹(
ga0351)だった。
その正直すぎる表現に、さつきは小さく眉をひそめた。子供には子供なりの、能力者には能力者の、そして、兵隊には兵隊の面子というものがある。
それを知ってか知らずか、真樹は涼しい顔で軍曹の所へと歩いていく。困った様な顔をして何かを言いかけた愛華は、桜の怒声に戦場へと呼び戻された。
「‥‥‥‥」
さつきと、ジェシーと、ウィルと、弾薬手。怒号の飛び交う戦場の一部に沈黙が舞い降りた。
(「き、気まずい‥‥っ!」)
その雰囲気にさつきが渋面を作る。そこへサイエンティストの夜木・幸(
ga6426)が前線へと到着した。
「ったく‥‥ただでさえ寒くて億劫なのに‥‥あぁ、超機械冷え切って冷たいったら。バグアももうちょいと人様の都合と迷惑ってものを考え‥‥って、ん、どした?」
コートに積もった雪を払いながら、きょとんとした顔で尋ねる幸。その調子に兵たちも苦笑する。
「ん? あれがトロル‥‥ホント、見れば見る程醜いな。ああも醜いと刺青彫っても見栄えがしないだろうなぁ」
「どうだろう。力強さを強調すればアートに昇華できる気もするけど」
ん、と幸が横を見る。声の主はジェシーだった。
「美大に通ってたんだ。こっちのウィルは音大」
へー。と幸が目を丸くしていると、真樹と軍曹が戻ってきた。幸が到着し、後退援護の為の戦力がそろったからだ。
「ではこれより後退する。我々が護衛をする」
そこまで言って、真樹は一旦言葉を切った。ウィルが複雑そうな表情でそっぽを向いていた。
「‥‥不満そうだな。女に護られるのは気に入らないか?」
「そんなんじゃねぇさ。確かに別嬪さんばかりだが‥‥って、スズリは男だっけ。そうじゃなくて、戦場に子供を置き去りに‥‥」
「「「「子供扱いするなぁ!」、するでないっ!」、しないで下さいっ!」、俺、こう見えても24だよ?」
激戦の最中にも関わらず、子供という言葉に反応してあちこちから文句が来る。その勢いにウィルは思わずたじろいだ。
‥‥街路をまっすぐに北上し、後退を開始する兵隊4人。その外周にあって周囲を警戒しながら、さつきは真樹にだけ聞こえるようにポツリと呟いた。
「姐さん‥‥わざと怒らせてんの?」
「性分だ。‥‥それに、嫌われるのには慣れている」
皮肉気な苦笑を浮かべ、真樹は肩を竦めて見せた。
シュッ、と繰り出されたトロルの拳を槍の柄で受け止めて。クレアはその身体ごと瓦礫へと叩き付けられた。
「クッ‥‥!」
追撃に繰り出された足の裏を転がって回避する。踏み抜かれた銃座が粉々に砕けて散った。
「わうぅぅぅっ!」
その隙にトロルの背中側へと回り込んだ愛華が気合いと共に槍斧を振り回す。この図体のでかい相手には、威力重視の武器選択は正解だったかもしれない。その一撃は横から膝に喰い込んで‥‥その柄を踏み台にして桜が『トロルを駆け上がる』。
「ええい、この、サッサと倒れるのじゃ!」
目を狙って繰り出された桜の一撃が頬骨を削った。トロルが手を伸ばすその前に、桜はその身体を蹴って宙を舞う。
「わぅ♪ 凄いよ桜さん、猿回しみたいだよ♪」
「ええい、この犬娘は! 口より手を動かさんか!」
そこへクレアが走りこむ。柄の部分で斧槍の『峰』を叩きつけ、膝の崩れたトロルの喉元にクルリと槍を突き入れる。5度目の『豪破斬撃』。能力者たちの攻撃は完全にキメラの回復量を上回っていた。
「このまま一気に押し込みます!」
クレアの号令にわぅ! と元気に返し‥‥その愛華の犬耳がぴくりと揺れる。
振り返る。気づいた時には『ダイアウルフ』に20m程の距離にまで近づかれていた。
「さ、桜さぁん!」
「えぇい、新手か! じゃが、このトロルを片付けるまでは‥‥!」
耐えて貰うしかない。ここで攻撃の手を緩めれば、トロルへのダメージが『赤字』になってしまう‥‥!
「‥‥‥‥来る」
気配を察した真樹が振り返る。戦場は遥か先。だが、足の速い『ダイアウルフ』はあっという間に距離を詰めてきた。
「ここは引き受ける。先に行け」
シャラン、と両手に刀を握り、行く手を遮る様に立ち塞がる。だが、一行は誰も立ち去らなかった。
「冗談! 逃げたって追いつかれるだけでしょう!」
「食い止めるよ。その為の護衛だからな。‥‥それに、彫り甲斐のありそうな身体に傷を残すのもなんだし、ね」
さつきと幸とで真樹を頂点に防御陣形を作り、その中で兵たちが固まって全周を警戒する。真樹は呆れた様に「物好きな事だ」と呟いた。
自らに跳びかかってきた『狼』を冷静に見据えつつ、真樹は『蛍火』を真横に薙ぎ払った。
その身を切り裂かれた『狼』が振り返り‥‥それより早く、クルリとその身を回転させた真樹がズブリと刀身を突き入れる。そのまま体重をかける様に押し込んで、膝で踏み押さえながら左手の刀で喉笛を切り裂いた。
飛び散る鮮血。漆黒の髪を振り乱し、その灼眼が光を放つ。紅‥‥赤‥‥朱‥‥どの地獄も赫だけだ。血も、炎も、キメラも、そして、この私も。
「来いよ! 痺れたいってなら痺れさせてやるからよ!」
超機械を構えて叫ぶ幸の声。それを遠くに聞きながら、さつきはスコープを外した狙撃銃を静かに構えた。
近づくキメラをさつきが撃ち、幸が焼いて止めを刺す。焦げ臭い匂いを発して雪上へと落ちるキメラ。しかし、鈍重なトロルと違い、左右に進路を振りながら迫る『狼』の動きは軽快で‥‥
「ちくしょー、どうせ本職じゃないってば!」
狙撃を諦めたさつきが迎え撃つべく立ち上がる。走る『狼』はさつきに迫り‥‥その直前で、進路を幸へと変えた。
「なんだとぉ!?」
あっという間に懐に入り込まれ、幸が手にした超機械をぶん回す。キメラはそれを掻い潜って飛びかかり、容易く幸を押し倒す。
「このぉ!」
そこに飛び込んださつきが銃床で『狼』をぶん殴った。そのままナイフを抜き放って組み付く。ゴロゴロと転がりながらナイフを突き立てるさつき。起き上がった幸が超機械を構え直す。
「焼くぞ、離れろぉ!」
叫びと共にさつきが離れ、電磁波が放たれる。焦げながら雪上を転げ回るキメラに、走り寄った真樹が止めを刺した。
「全員、無事か?」
ぐい、と真樹が頬についた血を拭う。その跡が赤い線を引いた。
「あちらはどうやら大丈夫そうですね‥‥」
遠くに見える護衛班を見やりながら、クレアはトロルから槍を引き抜いた。ズルリ、とトロルが壁からその身をずり落とす。ボロボロになった身体を雪原に横たえて、それはようやく動かなくなった。
「となると、後はもう一匹のトロル、ですね」
呟くクレアの息が荒い。既に練力は使い果たしていた。だが、強敵のトロルだけはここで倒しておかないと、また他の場所で犠牲がでる。
かくして、総勢5人の能力者が残ったトロルを囲んだ。ちょくちょくと現れる『狼』を打ち払いつつ、トロルを少しずつ追い詰める。
ガシャアァァン‥‥!
トロルの持つコンクリ柱の『棍棒』が玲に叩きつけられた。玲はそれを盾でまともに受け止め‥‥砕けたコンクリで瓦礫の雲が沸き上がる。だが、煙の中から飛び出した玲は、全くの無傷だった。
そのまま盾を押し付けるように前へ出て、そこでクルリと身を回す。遠心力と共に振り回されるバトルアクス──愛華からの借り物。攻撃系のスキルを持つのはもう玲だけだった──を全力で膝へと叩き込む。ガクリと膝をつくトロル。反対側の膝も破壊して‥‥最後に、膝立ちになったキメラの頭部を破壊する。
「ふぅ‥‥終わりましたです」
疲れた、という風に。このちっちゃな人間兵器は小さく息を吐き出した。
トロル2体の沈黙を以って、『狼』キメラは波が引く様に退がっていった。
静寂を取り戻す戦場。ただ変わらず雪が降り積もる。
「あの撤退行を生き延びて‥‥でも、こうやって戦いの度に死んでしまう‥‥それが私たち『兵隊』の役目とはいえ、やりきれないですね」
戦死した兵の認識票を回収しながら、クレアがボソリと呟いた。
●
「それでは行ってきます。皆さんは十分に休んでいて下さい」
市庁舎の一室。疲れ果てた能力者たちに向かってジェシーが一言声をかけた。トロルの襲撃の翌日。最前線と化した市庁舎の防衛線に出張る為、兵たちは再び戦場へと舞い戻る。
激戦で練力を使い果たした能力者たちは出撃できなかった。戦闘に耐え得る者は半数程度。それも、数時間もしたら力尽きるだろう。能力者たちが『高戦力だが燃料切れのある航空戦力』に例えるなら、一般兵は24時間、地面にへばり付いて戦線を維持する歩兵そのものだ。
「ジェシー、って言ったっけ? 気が向いたら何か彫らせてよ」
「今度ユミィさんのお見舞いに行こうね。それまで怪我なんかさせないからね」
怪我した方が早く会えそうだなぁ、と冗談めかすジェシー。冗談に聞こえんのじゃ、と桜が言った。
「まったく、お主は毎回ピンチになるからのぉ」
その言葉にキョトンと見返して‥‥ジェシーは静かに微笑んだ。
「それが‥‥僕等、兵隊たちの戦場だから」