タイトル:UT 補給阻止マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2010/05/24 14:00

●オープニング本文


 裏をかいたつもりが、完全に裏をかかれた。
 ユタ州プロボのキメラ群を指揮するティム・グレンは、自らに対する暗殺作戦を無事にやり過ごす事に成功したものの、それを陽動として潜入した特殊部隊による『休眠ポッド』──補給が滞りがちな冬季の間、『維持費』のかかる大型キメラを『しまっておく』為の装置──に対する破壊活動を防ぐ事が出来なかった。
 これは情報戦と読み合いにおいて、敵に遅れをとった事を意味している。プライドの高いバグアにとって、その事実はこの上ない屈辱ではあったが、現実的な性格のティムはすぐに一時の感情を振り払った。休眠ポッドの破壊活動により、プロボに駐留していたキメラの2割──それも、戦闘経験を積ませて思考を最適化した『熟練の兵』たちが失われていた。実際的に見てもこれは、とても無視し得る損害ではない。
 プロボ市街、近郊。廃屋と瓦礫に囲まれた無人の住宅街──その只中に擱坐した陸戦用HWの破孔から伸びる一本の電話線。そのケーブルの先、白地に金をあしらったアンティークな電話が鳴るや否や、むっつりとした顔で瓦礫に座り込んでいたティムは、その受話器を引っ手繰るようにして取り上げた。
「‥‥ああ、僕だ。計画に変更なし。全て予定通りに‥‥ああ、よろしく頼む。なに、君なら上手くやってくれるだろう? ‥‥ああ、それなら通れるはずだ。上手く紛れ込ませてくれ」


 2010年5月──ユタ州上空。
 北アフリカで大規模な作戦が行われるこの時にあっても、アメリカ西海岸に対するバグアの攻撃は続けられていた。
 メキシコ方面からの主攻、その助攻として大陸中央方面を発したバグアの『定期便』──HWと飛行キメラを中心とした航空戦力による攻撃隊は、今日もロッキーの峰をえっちらと越えながら進攻してくる。普段、それは地上の早期警戒線に引っかかり、シアトルやシスコを発した迎撃機との間に空中戦を繰り広げる事になるのだが、この日、その敵編隊を発見したのは、ユタ州東部を哨戒中のRF−104『バイパー』(偵察型)だった。
 ユタ州も5月にもなれば山間部の雪も融け、プロボの敵キメラ群に対する地上補給が再開される。その接近を警戒する為に配された哨戒機がその任務中、北の空を行く『定期便』を対空レーダーに捉えたのだった。
「西方司令部、こちらスネークタン1。大規模な敵航空戦力がユタ州上空を西進中。本機は対地哨戒任務中。指示を請う」
「スネークタン1、こちらHQ。直ちにCAPと迎撃機を向かわせる。敵速、進路、共に変更なしか?」
「変更なし。敵はポイントエコーから座標‥‥って、おいおい。スネークタン1よりHQ! 敵編隊増速。気付かれた。敵は編隊を三つに分けつつある。各編隊2個中隊規模。それぞれシアトル、サンフランシスコ方面へと進攻中。残りの一つは‥‥畜生、こっちに向かってくる!」
 おそらく、ロスアンゼルス方面へ向かう一隊だろうか。偵察機のパイロットは舌を打ちつつ悪態をつくと、さっさと逃げ出すべく愛機の機首を翻させた。
 エンジンの出力を戦闘レベルまで上げ、空になったドロップタンクを投棄する。くるくると宙を舞い、後方へと吹っ飛んでいく増槽。センサーモニターに映る敵編隊の影の中から足が早い機影が飛び出し‥‥パイロットはブーストを点火させると一気に機体を離脱させた。
(「大丈夫だ‥‥逃げ切れる‥‥!」)
 急加速の重力にその身をシートに押し沈められながら、彼は自機と敵機との速度差を冷静に見極めていた。あと2回はブーストが使用できる。それだけあれば、十分以上の距離を稼ぐ事が出来るはずだった。
 Gに顔を引きつらせながら、パイロットは余裕の笑みを唇の端に小さく浮かべた。改めて『勝利』を確信すべくセンサーを確認して‥‥その笑みが凍りつく。モニタに映る敵影は戦闘態勢を取るべく拡散を始めており、それが敵編隊中央部に映る影の巨大さを際立たせた。
(「ビッグフィッシュ、だと‥‥!?」)
 ビッグフィッシュ。母艦、或いは揚陸艦として運用されるバグアの巨大輸送用ワームである。戦闘力は殆どないが、その内部には大量のキメラやワームを格納する事ができる。
 とはいえ、ただの1艦では流石にロスを制圧できる程の戦力を運べるはずもない。つまり、この敵の目的地はロスではなく‥‥
 畜生、間に合うか、とパイロットは舌を打った。ブーストで加速中は、Gでまともな報告など行えない。彼はブーストの加速を止めると無線機のスイッチを入れた。
「HQ、スネークタン1! 敵編隊にビッグフィッシュがいる! 『定期便』に紛れ込ませていやがったんだ! こいつらの目標はロスじゃない! プロボにこいつを降ろす事だ! 迎撃機を急がせろ、もう時間が──!」
 複数の火線が空を走り、彼の機体は大きく三つに解体されながら火を噴いて爆発した。
 風圧に吹き散らされる爆煙と、舞い落ちる機の破片──それを背景に、追いついてきた三角錐状の敵機がキラリと陽光を反射する。
 鋭角的に機動を変えてその機首を翻し、編隊へと戻る三角錐──フライング・ランサー。その進路の先に、多数の小型HWと2機の中型HW(ガンシップ型)を従えて進む巨大なビッグフィッシュの威容が、雲海を割ってユタの空に現れようとしていた。

●参加者一覧

篠崎 公司(ga2413
36歳・♂・JG
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
美空(gb1906
13歳・♀・HD
鹿島 灯華(gc1067
16歳・♀・JG
エレシア・ハートネス(gc3040
14歳・♀・GD

●リプレイ本文

 センサーが捉えた敵編隊から8つの光点が離れ、こちらへ移動を開始した。
 恐らく小型HWだろう。編隊前面に展開して乱戦に持ち込むつもりか、或いは、突破を見越して挟撃する腹か。このままぶつかれば苦戦は免れ得ない態勢だったが、実の所、こちらの思惑通りでもある。なぜなら‥‥
 と、不意にセンサーが真っ白になり、捉えていた敵影が掻き消える。ウーフー2を駆る篠崎 公司(ga2413)は素早く機上のコンソールを操作してECCMを試みたが‥‥新たなCWが放出される度に強くなるジャミング波に、すぐに肩を竦めて匙を投げた。
「BF1、『針鼠』2、FL(フライングランサー)3、小型8。その上にCWですか‥‥これはまた随分と、厄介な物ばかり集めたものですね」
 シラヌイS型のコクピットで、イルファ(gc1067)は呆れた様に嘆息した。それを聞いた響 愛華(ga4681)が声をあげる。KVが搭載する通信機は、酷い雑音混じりながらも何とか通信を確保していた。
「でも、負けてられないよ。この危機を報せる為に空に散った彼の為にも、残された私たちがその想いに応えなきゃ‥‥!」
 愛華の言葉に、イルファは一人、眉根を寄せた。偵察機が墜ちたのも、パイロットが死んだのも、そして、今、こうして迎撃に上がっているのも、全ては『任務』の為‥‥『想い』とは関係のない話のはずだ。
 カララク(gb1394)は、友人の視界に入るようにシュテルンを僅かに前へと出した。気付いたイルファと風防越しに視線を交わす。
 確かに『兵』は『任務』の為に命を懸けるものではあるが‥‥人は決して題目だけの為に戦うものではない。友人にはいつか気付いて欲しいと思うが‥‥不器用な性格のカララクは上手く伝える言葉を持たない。口に出してはただ、力強くこう言った。
「アレをこの地に降下はさせん。ここで墜ちて貰う‥‥絶対に、だ」
 不思議そうな面持ちで、短く「了解」と返すイルファ。自分をもどかしく感じたカララクが機内で一人頭を振る。
「そろそろ接敵します。準備はいいですか、エレシアさん」
 それぞれに想いを抱える僚機の心中を他所に、公司は斜め後方のバイパーに視線を飛ばした。そのパイロット、エレシア・ハートネス(gc3040)は、未だ『傭兵』になって日が浅い。
「ん‥‥BF対応班に負担を掛けないよう‥‥出来うる限りCWとHWを撃墜する‥‥」
 気負いも見せず淡々と言葉を返すエレシアに、公司は「上出来です」と笑みを湛えた。

 ──苦戦を免れ得ない態勢だったが、実の所、こちらの思惑通りでもある。
 なぜなら、正面から接近する彼等5機は敵を引き付ける為の囮であり──後方、高高度から3機の仲間が、BFを直撃すべく進行中であったからだ。


 高高度を行く3機のKV。その先頭を行くシュテルンの風防越しに索敵行動を取っていた叢雲(ga2494)は、隣を飛ぶ美空(gb1906)のロングボウIIがパタパタと激しく翼を振るのに気がついた。
 大きく手を振り、盛んに下方を指差す美空。その先にユタの山間上空を飛ぶ敵編隊の姿が見える。
「『クジラ狩り』は初めてでありますが、やり遂げてみせるのであります!」
 シュピッと敬礼をしてみせる美空。その声が聞こえたわけではないが、叢雲は思わず微笑する。
 反対側を飛ぶ雷電のパイロット、綾嶺・桜(ga3143)にも敵発見を知らせようとして‥‥叢雲は目を瞬かせた。桜は風防に張り付くようにして、下ではなく上に警戒の視線を飛ばしていたからだ。
「‥‥‥‥いた」
 目を細く凝らしてポツリと呟く桜。そのままシートに身を戻し、無線封止を解いて警告の叫びを上げる。
「11時方向、敵機3! ‥‥三角錐じゃ!」
 それはセンサーレンジから外れた高空まで上昇していたFLだった。桜は舌打ちした。思えば、ビアクでもロス沖でも敵はこの戦法を採っていた。編隊攻撃に入ったこちらを上空から奇襲する腹積もりだったに違いない。
 一方、囮として正面から接近していた5機も敵前衛と接触しようとしていた。
 目視で確認できたHWの数は、8ではなく16だった。
「ばかな‥‥BFから発艦した新手だとでもいうのか」
 それにしては早すぎる。流石のカララクも驚きを隠せない。そこへ発せられる桜の叫び。友人の危機に、愛華はスロットルを全開にして操縦桿を引き寄せた。
「桜さん‥‥っ!」
 編隊を離れ、急上昇していく愛華のグリフォン。驚くカララクにイルファが告げる。
「追って下さい。FLが最優先目標には違いありません」
「イルファは?」
「すぐ追いかけます。‥‥正面に一撃を加えてから」
 カララクは迷わなかった。ブーストに点火して上昇に転じ、すぐに愛華機の後を追う。イルファはK−02の安全装置を解除すると、正面の10機を適当に照準し、発射してから操縦桿を引き寄せる。
 圧倒的な制圧力で以ってHWの横列に襲い掛かる誘導弾。爆散して砕ける敵の数は‥‥予想以上に多かった。
「‥‥え?」
 余りのあっけなさに思わず声を漏らすイルファ。爆発もせず、ただ砕けて消える敵‥‥敵は、編隊にダミーユニットを交ぜていたのだ。
 恐らく最初から敵『本体』は8機しかいなかったのだろう。初撃の損害を最小限にした敵は隊形を崩さずに前進し‥‥一斉にフェザー砲を撃ち放った。


「孤立しては各個に撃破されます。ついて来て下さい。なるべく集束装置の範囲から離れぬよう」
「ん‥‥」
 公司とエレシアの二人は上昇せず、大回りで敵編隊の後方へ回り込もうとしていた。敵編隊に追随できず後方に落後していくCWを先に叩く為だ。
「HWは‥‥? 皆が挟撃されるかも‥‥」
「大丈夫です。BFを守らねばならぬ以上、敵はこちらにも戦力を割かざるを得ません」
 公司の言葉通り、HWは二手に分かれた。一つは上昇した3機を追い、もう一つがこちらとBFの間に入る様に内側を回り込む。数は7。ダミーでない本物のHWは3〜4といった所か。
 一方、上空のBF班はFLとの交戦に入っていた。敵を引き付ける様に前に出た叢雲機に、3機のFLが連携して攻撃をかける。敵艦直上への移動を継続する美空と桜にも当然魔の手は及び‥‥そこへ上昇してきた愛華機が突っ込んだ。
「君たちの相手はこっちだよ!」
 放電が空を奔り、突進態勢にあった三角錐を電撃が乱打する。鋭角回避で宙を跳ねる様に逃れる敵。追撃をかけようとする所へ他の2機が回り込む。
 今まさにフェザー砲を撃ち放とうとする敵に対して、追いついて来たカララク機がAAMを撃ち放った。白煙を曳いて飛ぶ誘導弾。背後からの必殺の一撃は、そうでなくとも敵に鋭角回避を強制するのに十分な一撃のはずだった。だが、あろう事か、敵はそれを通常の回避行動でかわしてしまった。
 放たれたフェザー砲が回避行動を取った愛華機の装甲を擦過し、灼熱させる。支援しようと操縦桿を倒したカララクは、しかし、次の瞬間、今しがた前にいた敵機──恐らく有人機──が直線的な機動で自機の背後へ『すっ飛んで』行くのを風防越しに『垣間見』た。悪寒。フットペダルを蹴り込みつつ操縦桿を引き倒す。風防越しに回る天地。直後、空間を立て続けに貫く3本の怪光線。炙られた装甲のすぐ側をFLの『穂先』が掠め飛ぶ。
 そこにありったけの火力を撃ち捲りながら突っ込んで来たイルファ機は、愛華機とカララク機を『空中で包囲』しかけていたFL3機をビリヤードの様にブレイクした。散開してあちこち宙を跳ねる敵影を素早く目で追い、有人機と思しきそれの後ろを取る。瞬間、ブーストを焚いて横転するイルファ。そこへ降り下りて来た無人機が空しく宙を貫き跳ねる‥‥
 FLが空中戦に拘束されている隙に、BF班の3機はすぐさま降下態勢に入った。
「降下する。カウント、3、2、1‥‥」
 12枚の補助翼を翻し、逆落としに急降下を開始する叢雲機。続けて機を沈み込ませる様に降下させた美空が後に続く。桜はチラと愛華を振り返ると一度だけ御守りを握り、自らもすぐに降下を開始した。愛華たちを追って上昇してきたHWが突進して来るのが見えたが、構わずブーストに点火する。
 沈み込む様な感覚が腿から腹、首筋へと伝播する。視界一杯に広がるユタの大地。雲間に見える敵影が見る間に大きくなっていく。
 美空は敵編隊を『共工』ミサイルの射程に捉えると、BFの前後に位置する『針鼠』に向けてそれぞれ1発ずつ撃ち放った。ロケットモーターに点火した誘導弾が翼下を離れ、鎖を解かれた猟犬の様に最大加速で突進する。打ち上げられる迎撃兵装の火線が弾体を捉え、空中に爆発の華が咲く。
 その爆煙を突っ切り降下する3機。破片が機を叩く音、迫る大地と巨大な敵影。打ち上げられる対空砲火がまるで逆さ花火の様に煌き輝く。
 Gと至近弾の振動に耐えながら‥‥叢雲は慎重に狙いを定めて電磁加速砲「ブリューナク」の引鉄を引き絞った。超高速で射出された弾体が一直線に宙を奔り、瞬く間にBFの艦橋構造物を直撃する。その威力はまさに「貫くもの」の名を冠する神の槍。力場と装甲を容易く貫いたそれは幾つものフロアを貫通し、直後、ひしゃげた艦橋構造物の上部を爆発で以って吹き飛ばす。
 そこへさらに休む間もなく降り注がれる鋼の豪雨。美空機が背負った「MLRS」から続け様に発射された220mm噴進弾が、まるで神の拳の様に降り注いでは船体後部を乱打する。砕かれ、吹き飛ばされた装甲がまるで星の雲の様に光り散った。
「これだけデカければそうは外さぬ! これでも喰らうのじゃ!」
 最後に桜機が撃ち下ろす16式誘導弾。敢えて特定箇所を狙わずに放たれたそれら螺旋弾頭は、命中した各所で装甲を喰い破り‥‥次々と内部で爆発しては爆圧で外装を歪ませた。


 『爆撃』を終えた3機は針鼠の火力を分散すべく、それぞれ別な方向へ機首を翻して上昇へと転じ始めた。
 船体各所で誘爆を引き起こし、炎と煙を噴き出すBF。まるで花が開くように離脱していく各機へ向けて、針鼠から弾幕と火線が放たれる。砲火に晒されつつも距離を取り、再び旋回する3機。特に美空機は降下直後にブーストを焚いて踵を返し、BFのどてっぱらに追撃を浴びせつつ、砲火と乱気流に翻弄されつつブーストの余力で突っ走る。
 大きく側方へと回り込んでいた公司機は長射程の狙撃砲を起動すると、出て来たばかりのCWに素早く照準して撃ち放った。砲声、廃莢。緩やかに弧を描いて飛翔した砲弾はCWの立方体に火花と共に命中し‥‥その表面に小さな穴を開け、反対側に爆炎と巨大な穴を噴出させた。炎上するCWへ再攻撃。その一撃で粉々に撃ち砕く。
 狙撃態勢に入った公司機に近づくHWにはエレシアが牽制をし続けた。
 公司機側方へ突進してくるHWに、銃撃と砲撃を撃ち捲りながら間に入る。その圧力に回避し、距離を取るHW。そうして敵の一部を遠ざけつつ機首を翻し、本命に誘導弾を叩き込む。本命──即ち、K−02を被弾して損傷したHWはダミーでなく本物だ。1発、2発と立て続けに放った誘導弾で追い詰めつつ、照準した戦車砲の一撃で止めを刺す。爆発に弾かれる機体を貫く135mm砲弾。爆発したHWが蚊の様な頼りなさで地面へと落ちていく。
 そのエレシア機の背後を突こうとしたHWは、旋回してきた公司が3.2cmレーザーで以って撃ち貫いた。炎に包まれ墜ちるHWを他所に、エレシアはハッと気が付いた。レーザー、即ち知覚攻撃の威力が戻っている。
 増援として後発したアルヴァイム、大河・剣、抹竹、美空・桃2のKV1個小隊が、戦場外に取り残されていたCWを片付けたのだ。他の敵編隊と遭遇したため増援には来れなくなったが、ユタに残っていたであろうCWは完全に駆逐されていた。


 陽光に煌く大塩湖──風防越しにそれを確認した愛華は、知らず奥歯を噛み締めていた。
 失われた命、積み重ねられてきた犠牲‥‥ここでプロボにBFを下ろさせてしまえば、それらが全て無駄になってしまう──
 愛華は機を一気に加速すると、イルファ機とその背後を取った有人機との間に割り込ませた。目標を変えて喰らいつくFL。驚愕するイルファに攻撃を頼み、被弾に揺れる機を振りつつ引鉄を引く。
 それは煙幕兵装のスイッチだった。噴き出したそれが敵を一瞬、煙に巻く。視界を塞いでいたのは僅か数瞬。だが、煙を突破したFLの前方には何もなく──その斜め後方、四肢を大きく振り出してステップエアを発動させた愛華機が──
「キミの『お家芸』の真似事だよ‥‥っ!」
 素早く機首を振って重機関銃を撃ち捲る。放たれた火線がFLを捉え、青い装甲を砕いて宙に撒いた。
 それは憤怒というより高揚だろうか。踊る様に火線を回避した敵が鋭角機動で宙を駆ける。そこへ覆い被さるカララク機。狭い空を飛び逃れた敵の背後に、ブーストを焚いたイルファ機が突っ込んだ。
「演算、終了‥‥外しませんっ!」
 鋭角回避の直後の隙を正確に撃ち抜くのが肝要とは聞いていた。が、何より味方が作り出してくれた唯一無二の機会を逃す訳にはいかない‥‥!
 イルファはアクチュエータを起動させると8式誘導弾を撃ち放った。浅い角度で入ったドリルが装甲を砕き、弾かれ機外で爆発する。ミシリ、と機体に入るヒビ。だが、敵は離脱せずさらに躍動する機動で機を跳ねさせ‥‥
 と、唐突に。闘志に満ち溢れていたその機動が、急に無人機の様な無味乾燥な動きに変わる。
 敵は急にこちらと距離を開くと、北へ向け一気に逃げ出した。

 誘導装置を用いて弾幕の外から放たれた美空の大型ミサイル2発が、続け様にBFの横っ腹を直撃した。
 巨大な爆発の華を咲かせ、ガクリと高度と速度を落とす敵母艦。誘導弾と練力とを使い果たした美空機が長距離砲を避けつつ離脱する。
 攻撃を集中された前部の針鼠も無数の命中弾を受け黒煙を棚引かせていた。桜機が放った全ての螺旋弾頭弾を受けてひしゃげた機体。88mm光線砲で砲塔を狙撃していた叢雲機が、取って置きのブリューナクで以ってBFの鼻っ面を撃ち貫く。
 次の瞬間、2機の針鼠は、護衛対象が健在であるにも関わらず、その針路を揃って東へと変更した。直進を続けるBFは針鼠を掠めるように『沈降』を続け‥‥ユタの山間に激突、爆発した。


「こんなに脆かったじゃろうか‥‥」
 追撃戦へと移行しつつ、桜は小さく首を傾げた。少なくとも、北極海の水中母艦はもう少し打たれ強かった気がする。
 愛華は機を傾けながら、地上へと視線を落とした。中の『荷』は死に絶えたのだろうか。動く気配は微塵も無い。
「ねぇ、桜さん‥‥なんで空路補給なのかな? もう冬は終わったのに」


 ユタ州東部 地上部 山間──
 各種キメラを満載した輸送用ワーム『箱持ち百足』が、プロボを臨む峠を越えた。
 峠に立ち、周囲を警戒していたゴーレムがゆるりとその踵を返す。
「仕事は果たしましたよ、ティム・グレン」
 若い女性の呟きは、ユタの山間に残らず消えた。