●リプレイ本文
「わわ、以前、ロングボウにも乗ってらっしゃったんですかっ!?」
昼下がりの公園を自転車で疾走していた橘川 海(
gb4179)は、鷹司の言葉を聞くや一も二もなく缶蹴りへの参加を承諾した。
満面の笑みを浮かべる海に飴玉を渡しながら鷹司が振り返る。七海もちょうど一人の勧誘に成功した所だった。
「ぶたの散歩をしてたんですが‥‥ええ、ヒマには違いありません」
あたふたと慌てる七海を無表情に(内心、面白そうに)見下ろしながら、頷いてみせる瓜生 巴(
ga5119)。足元をクルクル回るぶたさんに合わせ、リードが絡まぬよう自ら回り、或いは飛び跨ぐ。
「カンケリ‥‥日本伝統の遊びか何かですか? ハラキリみたいなものですかね?」
「ほえ? 空き缶が入用なの? いくらでもあるんだよー」
続けて、ボランティアで公園のゴミ拾いをしていたヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)とクリア・サーレク(
ga4864)の二人も参加を了承した。化粧気のない肌に汗を輝かせながら‥‥握り拳でトントンと腰を叩く二人。その手には軍手とゴミ袋。服装はこれ以上ない位完璧なジャージ姿だ。
「わぅん♪ 缶蹴りなんて何年ぶりかなーっ。‥‥あ、そうだ! 私が勝ったら、桜さんにはまた新しい私服を強制進呈するんだよ。そしたら、毎日とっかえひっかえしてご近所さんにお披露目だよー♪」
「なっ!? それはあのやたらとヒラヒラのついた子供服の類の事か!? くっ、ならば、わしが勝ったら遊技場の無駄遣い禁止とおやつの半減じゃ!」
「さっ、桜さん!? それはあまりにもっ! そんな事になったら、毎日おなかがぐーぐーだよっ!?」
4人を連れて公園中央に戻ると、先に勧誘しておいた響 愛華(
ga4681)と綾嶺・桜(
ga3143)の二人が何やら対決モードに入っていた。勿論、何だか面白そうだから口は挟まない。
「それにしても‥‥僕以外、ものの見事にみんな女性ばっかりさぁ。‥‥鷹司さん、狙ったさ?」
同じく、先に参加を決めていた巨漢の能力者、御影 柳樹(
ga3326)がジト目で鷹司に視線をやる。壮年傭兵は笑って見せた。
「おいおい。孫みたいな年齢のお嬢ちゃんたちだぞ? ‥‥って、おい、何だその生温かい視線は。いや、待て。傍から見たらそんな誤解を招くような状況なのか!?」
ハッと気付いた鷹司が物凄い勢いで日本に向けて土下座する。柳樹ももう慣れたもので、何事もなかったかの様に集まった面々を見渡した。
「まぁ、ともかくこれで9人‥‥チーム分けするにはあと一人欲しいところだけど‥‥」
「フッ‥‥人数が合わずお困りのようね」
と、唐突に。隣りにあった空色のゴミバケツからくぐもった声が聞こえてきて、鷹司と柳樹はビクゥッ、とその身を震わせた。二人の目の前でガタガタと揺れるゴミバケツ。暫し揺れた後にピタリと止まり‥‥ズリリ、と蓋が回った後、中から、両手で蓋を掲げ持った阿野次 のもじ(
ga5480)が腰を横に振り踊りながら飛び出した。
「よし。これで10人揃ったな」
「え? 鷹じん、まさかのスルー?」
慌てるのもじをゴミバケツから仔猫の様に引っ張り上げながら‥‥まぁ、とりあえず1回やってみよう、と鷹司は頷いた。
●1回戦
鷹司チーム:桜・柳樹・巴・のもじ
七海チーム:愛華・クリア・ヴェロニク・海
「桜さんも大人になったら七海さんみたいになるのかな〜」
二手に分かれた自陣の側で、愛華は皆から余った上着を借りて回りながら七海をぎゅ〜と抱き締めた。複雑そうに笑う七海。『鬼の隠し目』として自陣近くに潜伏する予定の海がそのまま七海と打ち合わせる。
その後ろでは、クリアとヴェロニクの二人が準備を続けていた。
清掃活動で集めたゴミ袋の中から使える物を探して物色するクリア。等身大の何か大きな白い物体(モザイク付き)を引っ張り出して、水道の水で綺麗に洗う。
「お願いします。この勝負で負けた方が何か奢る事になっているんです。‥‥ある意味、大口契約ですよ?」
一方のヴェロニクは、公園に出店していた移動式甘味屋台の店員に頼み込んで、缶蹴りへの協力を取り付けていた。愛華、クリア、ヴェロニクの3人を攻撃役として、地形や人込み、物品に紛れて敵陣深くまで進攻し、一気に敵の缶を狙う作戦だった。
仕上げとして、ヴェロニクとクリアは互いのジャージを交換して袖を通した。互いに色が違う為、一瞬ではあるが『鬼』が名を呼ぶ際に混乱してくれるかもしれない。
「うん、ちょっときついけど大丈夫だよ」
「‥‥‥‥むぅ」
ファスナーを締め切れずにてへへと笑うクリア。ヴェロニクは複雑そうな表情で胸元に視線を落とした。
一方、鷹司チームの方は、巴案を採用して全員がその姿を物陰に隠蔽させていた。姿を隠したまま敵兵の所在を確認し、『鬼』と『兵』のペアでもってこれを1体ずつ撃滅する──迎撃の為に『鬼』を前に出す攻撃的な布陣だ。
最初に双方が接敵したのは、センターラインから鷹司側に入った辺りであった。
子供用遊具(ぞうさん)の陰に隠れた巴が陰から中央を眺めやる。そこに見つけたのはクリアだった。白髪に白髭、黒淵眼鏡の店頭ディスプレイ用等身大人形を前に出しつつ、その陰に隠れる様に前進してくる。
「なんだそれはっ!?」
思わずツッコミを入れてしまった。クリアと人形(黒い目線入り)がビクリと巴を振り返る。
「やぁ、何か御用かね、お嬢さん。私はしがないサン○ース人形ですが?」
「‥‥攻撃開始します。皆は他の敵兵の警戒を」
公園中央のベンチ下から転がり出てくる鷹司。と、人形から跳び退さったクリアの身体から、紐で繋いだ空き缶が何個も落ちてけたたましい音を立て──瞬間、周り中の視線がクリアただ一人に集まった。
「みんな、今だよ!」
クリアの叫びに呼応し、植え込みの陰から飛び出した人影が一直線に鷹司チームの陣へと走る。それはクリアを囮にして回り込んでいた愛華だった。海から借りた服を裏返しにして頭からすっぽり被り、誰だか分からないようにしている。
「ふふふ、我に秘策あり、だよ♪ 子供の頃は『卑怯のあいちゃん』の二つ名でご近所さんに知られていたんだよ〜」
獣の様な低い姿勢で一気に突っ走る愛華。限られた視界に映るは目標たる空き缶のみ。この速度、タイミング、最早誰にも彼女を止められない。
だが、そんな愛華の前に桜と柳樹の策が立ち塞がった。
「おおっ、こんな所に美味しそうなチョコレートが!」
ピクリ、と愛華の視界が僅かにブレる。聞きなれた声。いや、いかん、これは桜さんの罠だ。今、私が目指すべきは目の前に見える至高へと至る鍵──即ち、奢りという信じられないご奉仕価格で脳髄と胃袋を満たす極甘スイーツという名の幸福と。何かもう、こういうイベントでもないと絶対に見られないフリフリ着せ替え放題の、屈辱に頬を染めつつも従わざるを得ない言いなり桜さん(拡大パネルで自室に展示予定)を我が手に掴む為に‥‥私はあのシュールストレミングの空き缶を蹴倒さなければっ‥‥!
だが、そのブレた視界の隅に宙を舞うホットドックを見た瞬間。愛華は反射的にそちらへ大きく跳躍してしまっていた。滑り込む様にして、それが地に落ちる寸前でキャッチする。
「だっ、ダメだよ! 食べ物を放り投げるなんて!」
叫びつつもぐもぐと頬張る愛華。投擲ポーズの柳樹を見てハッと我に返った時には、追いつかれた鷹司にその頭をポンと抑えられていた。
「ひっ、響さぁ〜ん!?」
桜と柳樹の狡猾な罠(?)に嵌った愛華を見て、悲鳴を上げるクリア。挟まれたら自分もお仕舞いだ。無数の缶カラを引きずりながら巴から距離を取る。まるでハネムーンカーの様なけたたましさだが、バスケ経験者のクリアは中々にすばしっこい。
「やるじゃないか」
「そう簡単には捕まらないよっ!」
時間と隙を稼ぐべく走り続けるクリア。追う巴は賞賛するように笑みを浮かべて‥‥缶を結んだ紐を踏んづけた。
「へぶっ!?」
びたーん、と派手にスッ転ぶクリア。駆けつけた鷹司が大丈夫か、と肩を叩き‥‥クリアは天を仰ぎ見て、私、頑張ったよね、と呟いた。
「頑張ったから‥‥『予定通り』、後はばるたん、よろしくね」
驚愕に目を見開く巴と鷹司。微笑に口の端を歪ませるクリア。背後を行く屋台の扉が音高く鳴り響き、完全に不意を衝いたヴェロニクが陣へと飛び出した。
「ばかなっ!? 営業中の屋台の中に潜んでいただとっ!?」
愕然とする巴。勝利を確信し、疾走しながら敵陣へと足を踏み入れようとしたヴェロニクは‥‥だが、その直後、ビタリとその足を地に縫い付けた。
流れ落ちる油汗。今、まさに足を踏み入れようとした敵陣には、蜘蛛やら百足やらミミズやら団子虫やらが一面にぶち撒けられていた。
「こっ、これは‥‥生物兵器!?」
「フッ、遊びに情けは無用‥‥こんな事もあろうかと、各種ご用意しておいたのだよ」
なぜか陣の向こうから現れたのもじが、かけてもいない眼鏡をくいっと指で押し上げる。そのまま腕を捕まれたヴェロニクは慌ててジャージの袖を切り離そうとした。だが‥‥
「ああっ!? これは交換しといたクリアちゃんのジャージっ!?」
ポン、と肩を叩く鷹司。その横でのもじがくじの入った箱を差し出す。捕縛された者はその間、くじ引きで決めたたアートポーズを取らなければいけない決まりになっていた。
「えーっと、私は一体何を‥‥」
「うん‥‥アニメ『天馬幻想』に出てくるママンな人の必殺技『金剛石塵』のポーズを前振りからエンドレスで」
「大丈夫です。攻め所を限定すれば、少ない数でも戦えますっ!」
攻撃班全員の通信途絶を確認して‥‥それでも海はまだ諦めず、七海に中央と左サイドを重点的に警戒するように伝達した。右側に『穴』を作っておいてこちらから攻めさせる作戦だった。
「敵が隙に釣られて出てきたら、私が進路を妨害して七海さんのコールを助けます。上手くいけば、コール、捕獲、コールで立て続けに3人位は‥‥」
緊張と共に接敵の瞬間を待つ海。木々の間に身を隠しながら慎重に索敵し‥‥最初に見つけたのは、茂みの中に巧妙に配置された空色のゴミバケツだった。中からは低くくぐもった声が聞こえてくる。
「‥‥敵左‥‥七‥‥タイミ‥‥て突‥‥」
(「いつの間に‥‥!?」)
海は様子を窺いながら、背後から慎重に近づいていった。とりあえず、こちらには気付かれていないようだ。押し倒せればすぐに七海がコールできる。
「‥‥今です、七海さん!」
ゴミバケツの蓋をがばちょと開けて押し転がす。予想外に軽いその感触。転がり出て来たのはのもじではなく‥‥無線機だった。缶を踏みに陣に入った七海が慌てて外へと引き返す。そこへまったく別の方向からのもじが缶へと突っ込んだ。
「そう中には入ってなかった。同じ過ちを繰り返さぬために人は学ばなければならない‥‥ということで。いくぜ、GOD(溜め)缶キック!」
一気に陣内へと踊りこんだのもじが右足を高く振り被る。明滅する背景と稲光。そのまま大きく足を蹴り出したのもじは地を蹴りつけ、弓の様にしならせた足をそのまま空き缶目掛けて振り抜こうと──
「にー、にー」
可愛らしい鳴き声を上げる小さな影。空き缶の前に置かれたダンボールに気付いたのもじはそのままグキキッ、と足首を挫かせた。
儚げにのもじを見上げる円らな瞳の仔猫3匹──それはヴェロニクが清掃中に見つけてそっと置いていたものだった。
「こっ、これは‥‥生物兵器!?」
陣外から折り返してきた七海がのもじの名をコールする。のもじはがっくりとうな垂れながら、『ハートSummer、血を見て大豹変』のくじを引いた。
「やったね、七海さん! この調子で‥‥」
喜びハイタッチをかわした海と七海は、しかし、次の瞬間、一直線に突進してくる柳樹の姿に目を丸くした。
小柄な海と七海2人きりでは巨漢の柳樹を止める事はできない。涙目で抱き合う二人の横を走り過ぎた柳樹は、そのまま敵陣内の空き缶を(猫を抱き上げつつ)蹴っ飛ばした。
●色々中略。そして、最終戦。
鷹司チーム:桜、柳樹、巴、海
七海チーム:愛華、クリア、のもじ、ヴェロニク
「荒ぶる鷹の──っ、はぅっ!? み、見ないで下さーいっ!」
夕陽に陰る最終戦。敵陣に捕まった海は、敵将七海の気を惹くべく叫ぼうとして──ギャラリーの視線に気付いて慌ててその身を縮こませた。
涙目で真っ赤になってしゃがむ海。その横で『牛丼一筋ン百年』のポーズを決めるのもじ。そんな二人の横では、巴がその日「してやられた」奇策への対抗策を吟味していた。特に、データでは表しきれない心理戦の諸々は面白かった。‥‥実戦で使えるかはまた別だが。
「行くよ! 三人がかりで止めるんだ!」
人員を失い、最後の突撃を敢行してきた柳樹に対して、愛華、クリア、ヴェロニクは3人がかりで押さえにかかった。柳樹は突撃の継続を躊躇した。相手が女子な時点で『全力を出して押し倒す』という選択肢は事実上失われていた。
「どうした、御影!? 突進が止まっておるぞ!?」
柳樹の背中に張り付いて『鬼』の視線から隠れた桜が激励の声を上げる。その体温を背中に感じながら──柳樹は哀しそうな‥‥慈愛に満ちた視線で桜を振り返った。
「なっ‥‥なんじゃ‥‥?」
「気にする事はないさぁ‥‥桜さんはまだまだこれからが成長期さぁ‥‥あ、七海さんはもう手遅れ」
柳樹の言葉に、胸元を押さえてがーん、とショックを受ける七海。その隙に、柳樹は背中の桜を引っ掴むと、敵陣目掛けて放り投げた。
「桜さん‥‥後は頼んださぁー!」
「くっ‥‥柳樹、ぬしの犠牲は無駄にせぬ‥‥! じゃが、後でなんか引っ叩く」
ひらりと舞い降りる桜と『鬼』の七海の視線がぶつかる。ここから先はどちらが早く缶へと辿りつけるかが勝負、だったが──
「なっ──っ!?」
陣内には色とりどりの空き缶が無数に並び立てられていた。クリアが構築した空き缶要塞『難攻不落』であった。
「どう!? 空き缶が邪魔で足の踏み場もないでしょ? もう何人たりとも本物の缶には近づけなよ!」
倒した柳樹の上で胸を張るクリア。何人たりとも。うん、鬼である七海も近づけない。
「──てぃ。」
「あーっ!? ボクの難攻不落城砦がー!?」
構わず何もかも蹴散らして進む桜。最後の勝負はこうして決した。
●
「缶蹴りというのもなかなか奥が深いのじゃな。楽しかったのじゃ」
「まぁ、今回のはかなり変則的でしたけどね‥‥」
満足そうに笑う桜と苦笑する柳樹。たまには童心に返って楽しむのもいいね、とクリアが頷く。ちなみに彼女が食べているのは金魚鉢パフェ。個人勝率の低かった3人、愛華、海、七海の3人による奢りだった。
「くぅん‥‥さようなら、私の全財産。さようならだよ〜」
涙目で車座になって落ち込む3人。鷹司が苦笑しながら、結局最後は奢ってくれた。