タイトル:MAT 希望の灯火をマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/31 19:53

●オープニング本文


 哀れな犠牲者に集っていた有翼の人型キメラ『ハーピー』に向けて、重機関銃が一斉に火を噴いた。
 血みどろの惨劇の場と化したグラウンド。滑り込むように入って来た高機動車の車載機銃が弾も尽きよとばかりに撃ち放たれる。軽装甲車両をも破壊する威力を持った12.7mm弾がキメラを力場越しに乱打して‥‥生き残ったキメラは『這々の体』で大空へと逃げ出した。
 残されたのは穴だらけになったハーピーの死骸と、人の形も残さぬ犠牲者の遺骸──或いは、残骸と呼ぶのが相応しいだろうか。どちらにせよ、尊厳という言葉から最も遠い死に様には違いない。高機動車から降りてきた兵隊たちが上空を警戒する様に隊列を組みながら、淡々とした面持ちでそれを死体袋へと片付け始める‥‥
 その様子を病院の屋上から見ていたダン・メイソンは、咥えていた煙草を落とすと苦みばしった表情で踏み消した。手摺に両肘と背を預け、空を見上げて嘆息する。まったく、がっちりと守りを固めているはずの避難キャンプの中でもこのザマだ。もうこの辺りもいつ『キメラの海』に飲み込まれてもおかしくはない。
 ダンが今いるこの『オグデン第5避難民キャンプ』は、飛行キメラの大群の襲撃を受けて壊滅した第7キャンプから最も近い位置にある避難民キャンプだった。第4、第6キャンプとの統合に成功し、最大規模の人員と防衛力とを備えている。
 ところが、このキャンプは今、頻繁に起こる飛行キメラの襲撃とその被害に悩まされていた。軍は、キメラの『拠点』となりつつあった第7キャンプの『巣』──大型の建造物を爆撃で焼き払ったのだが、それにより行き場をなくしたキメラが却って周囲に拡散しだしたのだ。爆撃は『群れ』を作りかけていた敵集団を粉砕し、大規模な襲撃を不可能とする打撃を与えたが、それで各キャンプが直面している野良キメラの脅威が去ったわけではない。
「あ、またこんな所にいた‥‥ちょっと、ダン・メイソン。いい加減、病院の避難命令には従ってよね。MAT隊員だからって特別なわけじゃないんだから」
 出入り口の扉から白衣を着た女医、アイナ・スズハラが顔を見せると、ダンは小さく「やべっ」と漏らした。小言が始まる前に片手をあげ、松葉杖を手にして歩き出す。‥‥第7キャンプからの脱出に際して重体を負ったダンはこの第5キャンプ唯一の医療拠点──医療支援団体、ダンデライオン財団の病院に搬送され、入院、治療を続けていた。
「早いトコ現場に復帰してぇんだ。ちょっとしたリハビリだよ」
「煙草を隠れて吸いたいだけでしょ。中学生じゃあるまいし‥‥またキメラに襲われて、次は子孫繁栄ができなくなっても知らないわよ?」
 アイナの軽口に肩を竦めながら松葉杖で階段を下りるダン。その背に警戒態勢解除を報せるサイレンの音が響いてきて‥‥静寂に包まれていた院内はにわかに喧騒を取り戻しつつあった。
「あ、ダンたいちょ〜!」
 2階に下りてきたダンに気付いて、まだ幼い、小学校に上がるか上がらないかの少女が、ぶつかるようにダンに飛びついてきた。持病の心臓病を抱えて第7キャンプから搬送されたマリアという名の少女である。第1キャンプへ搬送する予定だったが、キメラ襲撃中に緊急手術が行われたという事情から、長距離移動の負担を避ける為にここに入院していた。
「おい、ガキンチョ。俺様はお前の命の恩人の一人だぞ? 俺を呼ぶ時は前と後ろにSirをつけろ」
 マリアの両親に会釈をしつつ、ちゃかした様に言いながらダンがマリアを抱え上げる。いつも元気なその少女は、しかし、その瞳に涙をいっぱいに溜めていた。
「ねぇ、ダンたいちょー。怖いキメラ、もういない? 行っちゃった?」
 ダンは笑みを凍りつかせた。少女は第7キャンプで多くの知人・友人を失っている。
「‥‥ああ、大丈夫さ。すぐにこんな怖い所から出ていけるからな」
 床に下ろし、ぽんぽんと頭を叩いてやる。両親の元へと帰る少女の背を見送るダン。それをアイナは痛々しげな瞳で見送っていた。
「‥‥第1キャンプへの搬送、まだ認められないのか?」
「マリアと付添い人だけならね。でも、彼女の家族はやっぱり、ね‥‥」
 仕方がない。MATはあくまで救急隊であって救助隊ではない。皆、こんな地獄からは早く逃れたいのだ。認めてしまえば際限がなくなる。そうなったら、財団のささやかな医療支援活動すら継続し得なくなるだろう。
 やり切れない想いを抱えたまま‥‥自室への歩を進めていたダンは、ふと耳を打った戦慄にその足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、歌が‥‥」
 その音は次第に大きくなっていき、次第にその旋律をはっきりと形にした。若い女の声‥‥看護師に押されて廊下を来る車椅子の女性が、歌とも言えぬその歌を口ずさんでいる。
「‥‥どこかで聞いたような歌だな」
「なに言ってるの。ユミィ・ランドール。あなたが州都で搬送した娘よ? 南の後衛戦闘で仲間全員を殺戮されて心が壊れてしまった‥‥。州都の病院に入院していたんだけど、連中、手間が掛かる上に金にならないからこっち(財団)に押し付けたの」
 からからと回る車椅子の車輪。意識のない瞳で、鼻歌と呼ぶには強く自らを主張する彼女の歌‥‥廊下を擦れ違ったダンはそれを見送りながら、「歌か‥‥」と小さく呟いた。

「歌ぁ?」
 MAT隊員、レナ・アンベールは、入院中であるはずの『相棒』、ダン・メイソンからかかってきた電話を取るや否や、すっとんきょうな声を上げた。
「いきなり何を言ってるんです、この無精髭は? もしかして、あまりにも入院生活が退屈すぎて、頭の中に楽園でも飼い始めましたか? こう、麻薬的な何か、そっち方面で」
「犯すぞ、この野郎。って、そうじゃなくて、歌だよ、歌。ああ、なんだったら歌でなくてもなんでもいい。劇でも、映画でも、ドラマでも‥‥とにかく、ここの連中には娯楽が必要なんだ」
「それはX指定的な意味で?」
「バカ野郎。マリアが怖い思いをしてるんだ」
 ああ、なるほど、とレナは頷いた。確かに、各キャンプでキメラとの接触が増えている、との報告は受けている。
「そういう事なら『衣』や『食』でもいいかもしれませんね。『屋台』、でしたっけ? 家庭料理とかスイーツとか。ファッションショーの類もいいかもしれません。いつだって、どこだって、女性は女性ですから。こんな状況でも衣服の差し入れは喜ばれますよ」
「ああ、その辺りは俺には分からんからお前に任せる。とにかく、うまく計らってくれ」
 電話が切れると、レナはふむ、と頷いて天井を見上げた。
 『キメラの海』に孤立する避難民キャンプ。軍の補給線は必需品を運搬するのに手一杯で『ぜいたく品』を運ぶだけの余裕は無い。かくいうMATも状況は似たり寄ったりだ。
「となると‥‥」
 能力者に頼むかなぁ。レナは改めて受話器を取ると、ULTに電話を繋いだ。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
イスク・メーベルナッハ(ga4826
21歳・♀・BM
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
鴇神 純一(gb0849
28歳・♂・EP
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG
佐賀十蔵(gb5442
39歳・♂・JG
柚紀 美音(gb8029
16歳・♀・SN

●リプレイ本文

 各種資材を載せて進発したダンデライオン財団の第2次『駅馬車』隊は、キメラの徘徊する危険地帯を抜け、無事に第5キャンプへと入った。
 瓦礫の山と化した廃屋群、放置されたままのキメラの死骸──まだ硝煙棚引く中、修復作業を始めた外延陣地を横目に抜けてさらに2分程走り、ようやく避難民キャンプを構成する住宅街へと到達する。迎え出る人々の熱狂と歓声──同時に、離れた所から無関心に、冷めた目でこちらを見る人々の姿も垣間見える。
「避難民キャンプでお祭り‥‥か」
 ジーザリオのハンドルを握りながらチラと振った視線を戻し、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は呟いた。このお祭りは、多少なりとも彼等の気分を明るくしようと計画されたものだろう。程よく盛り上がって欲しいものだが、さて、どうだろう。
 ホアキンは車列に従って、車を病院の敷地内へと入れた。祭りは、この病院の広い駐車場と、隣接する公園とで行われる事になっていた。先に到着した第1陣によって、既にステージや屋台の設営が始められている。
 あらかじめ定められた駐車スペースに車を止めると、ホアキンは地図を挟んだクリップボードを助手席に放って車を降りた。後部扉へと回り、積んできた食料や副食品、工具の入ったダンボール箱を下ろし始める。
「いやー、やっぱりこれを積んで走るのはちょっぴり怖いさぁ」
 隣りに止まった車から、御影 柳樹(ga3326)が降りてきた。大きく伸びをしながらホッとした様に息を吐く。
 柳樹がその荷台に運んできたのは屋台用のプロパンガスだった。能力者といえども、これを積んで危険地帯を渡るのは流石にちょっと度胸が要る。
「そっちの荷は?」
「ん? これさ? これはLH島で皆から出して貰ったチャリティー用の衣料品さぁ。いや、女物の数が足りなくて苦労したさぁ」
 どこか遠い目をする柳樹。ホアキンは小首を傾げた。幾ら何でも、チャリティーという主旨からすれば、そう集め難くはなさそうだが‥‥
 そうこうしている内に、1次隊で到着していた屋台組のイスク・メーベルナッハ(ga4826)と柚紀 美音(gb8029)、舞台設営組の鴇神 純一(gb0849)や葵 コハル(ga3897)、そして、2次隊で来たMATのレナ・アンベールなどが、新たに到着した資材を取りに駐車場に集まって来た。早速、少しでも衣服を増やそうと柳樹が女性陣へ交渉に向かう。
「丁度いい所に! 女物の服が足りないんで、皆にも助けて欲しいんさぁ。ほら、見え張って買ったサイズ違いの服とか、横幅が足りなくなって着れなくなった服とか皆持ってるでへぶっ!?」
 だが、擦れ違い様に無言の笑顔で平手を振るイスクに頬を張られて、柳樹は小気味良いほどにぱったりと地に伏した。
「‥‥まさかLHでもそう言って集めていたのか‥‥?」
「勇者だな」
 倒れて動かぬ柳樹にホアキンと純一が顔を見合わせる。構わず歩み続けて来たイスクと美音──開店準備中で作業着姿の二人は、集まった皆に「お疲れ様」と声を掛けながら、手にした紙袋を掲げて見せた。
「それは?」
「うちの店で出す予定の甘味。差し入れがてら、皆に試食して貰おうと思ってさ」
 へぇ、と袋を覗く一行。イスクが作ったのは和洋折衷をテーマにしたもので、餡子や抹茶クリームで味付けを施したワッフルだった。美音が差し出すお茶を受け取りながら、早速それを口に頬張る。
「甘渋い‥‥? この緑のは何だ?」
「グリーンティー。日本の味だよ。‥‥うん、イケるんじゃないか?」
「不思議な味だ。でも、面白い」
 和食を食べた事のないレナの評価も概ね高く、イスクは満足そうに頷いた。
「美音もさっきつまみ食‥‥コホン、試食をしましたが、とってもおいしかったのですにゃん」
 にゃん? 怪訝な顔をした皆の視線が美音に集まる。気付いた美音の顔が真っ赤に染まった。
「あ、いえ、ウェイトレスをしている時は、語尾に『にゃん』をつけるのがうちの店の決まりで‥‥」
 しどろもどろになる美音。その様子に笑いが起きる。
「あぁ、そういえば、レナ。頼んでおいた物は手配してくれたか?」
「パーティー用の花火でしたね。私の車両に積んであります」
 ありがたい、とレナに頭を下げる純一。花火、という言葉に、柳樹がぴくりと反応した。大丈夫なのかと確認する。キャンプに生きる避難民たち──特に子供たちにとって、銃声はキメラの襲撃を意味している。花火の炸裂音が銃声を連想させ、恐怖と強いストレスから恐慌状態になる事もままあるのだ。
「‥‥想像以上に厳しい状況のようだね。さっきも避難民に言われたよ。こんな事をしている余裕があったら、俺たちをさっさとここから連れ出してくれ、ってね‥‥」
 店の準備中に起こった出来事を話すイスク。無理もない、とホアキンは呟いた。このキャンプにいるのは皆、キメラの被害に遭った人々だ。州外への避難途中に足止めを食らい、もう2年以上も敵中に孤立した日々を送っている。精神的にも相当参っているだろうし、先の見えない現状に不安も強かろう。
「‥‥だからこそ、こういうイベントは大事なんさ。暗い顔して俯いてばかりいたら、いつまで経っても良いことなんかないさぁ」
「だよね! こんな状況だからこそ、少しでもリラックスして楽しんで貰わなくっちゃね! 精いっぱい盛り上げていきますか!」
 柳樹の言葉に、それまで一心不乱にワッフルを頬張っていたコハルが(もごもごと)威勢をつける。喉に詰まらせかけて、慌ててお茶を流し込み‥‥助かった、と一息つくコハルに、皆の表情に笑顔が弾けた。

「ようし野郎どもに嬢ちゃんたち、せっかくの祭だ。みんなでド派手に作っていこうぜ!」
 純一の呼びかけに、作業員たちは声と拳を上げて意気を上げる。それを見定めた純一は満足そうに頷いて、作業中のステージに背を向けた。
 既に準備の初期段階は終了していた。純一は、集まった避難民たちの有志の中から各作業のリーダーを選抜すると、残りの準備作業の指揮を全て彼等に引継いでいた。
 自分の仕事はここまでだ。とりあえず、この段階でもうすべき事はない。精神の表情を切り替えて一人、駐車場へ歩を進める純一。居並ぶ輸送車群からポツリと離れた位置に停められた1台のジーザリオ。その後部扉を、作業着の襟元を緩めながら開け放つ。
「‥‥時間か?」
 中には既に佐賀十蔵(gb5442)が乗り込んでいた。先程までの襟元にタオルを詰めた作業着姿でなく、迷彩服へと着替えている。頭からすっぽり被った偽装網を肩へと落とし、清掃の済んだ銃を素早く組み上げ反射防止措置を施していく。
「作業着の方がらしかったんじゃないか?」
 着替えながら軽口を叩く純一に、十蔵が肩を竦めて見せる。そこへ咥え煙草で歩いてきたホアキンが落とした煙草を踵で揉み消し‥‥運転席へと身を滑り込ませた。
 キーを捻る。起き抜けの咆哮を上げ、ジーザリオが重く鼓動を打ち始める。
「‥‥行くか」
「‥‥ああ」
 ゆっくりと、静かに駐車場を出てゆくジーザリオ。祭りの期間中、外縁陣地を出て近づく飛行キメラを警戒する事が、彼等が自らに課した使命だった。

 祭りの準備に忙しい作業中の会場には、既に多くの子供達も訪れていた。
 それは準備の手伝いに来た人々の子や孫であったり、祭りを待ちきれずにやって来た子供たちであり、準備自体を楽しみに見に来た少年少女たちだったりする。だが、作業現場は彼らにとって非常に危険な場所でもある。
 会場設営作業をしていたコハルは、注意がてらにちょこちょこと彼等の相手をしている内に、いつの間にか多くの子供たちに囲まれてしまっていた。大人気のコハルは両の手を引っ張られ‥‥現場から離れるわけにもいかず、そのままグルングルンと回して浮かす。僕も私も、とコハルに群がり、よじ登ってくる子供たち。こうなるともう遊んでやっているのか遊ばれているのか分からない。
 見かねた作業員のチーフに危ないから離れるように──つまり、体よく子供たちの相手を押し付けられて、現場から移動する。流石にその大人数の扱いに困ったコハルは‥‥とりあえず、歌う事にした。
「日本の童謡って分かるかな? こっちの子でも知ってそうなアニメの歌とかあればいいんだけど」
 もしバグアの侵略がなければ、もう少しレパートリーも増えていただろうか。綺麗な音程で幾つか流した童謡の一つに子供たちが反応した。聞き慣れたメロディに耳慣れぬ異国の歌詞というのが面白いのか、良い反応を見せる子供たち。自分たちの知ってる歌はこうだよ、と英語の大合唱が沸き起こる。
 一方、再び近くを通りかかった美音は、天幕用に用意された布を何枚も連ねて大きく──タタミ10畳分位だろうか、地面に敷き詰めた。汚れても問題ない塗料を余りそうな何色かで選び、自ら刷毛を持って大きく筆を走らせる。興味を持った子供たちがすぐに周りに集まり始めた。
「ねー、何してるのー?」
「お絵かき。やってみたい子はいるかな?」
 尋ねると全員が一斉に手を上げた。刷毛を配ると皆、一斉に思い思いに絵を描き始める。
 子供たちに自由に絵を描いて欲しいな、と。美音は考えたが、テーマを一つだけ決める事にした。それは『バグアのいない世界』──ストレスやトラウマを抱えた子供に絵を描かせると、どうしてもそれが顔を出す。子供たちにはまず、明るく楽しい明日を想像して欲しかった。
「そうだね。ここには雲、あっちには花があったら楽しいね♪」
 とはいえ、子供たちのやる事だから、キャンバスはすぐにカオスな世界へと変貌していく。美音は苦笑しながら、まぁ、これもいいか、と頷いた。アートはエクスプロージョンだ、と某画伯も言ってたし。
 ──そこから少し離れた場所では、演壇の端に座った一人の男が小さく手元で何か細かい作業を続けていた。
 白の立襟カフスシャツに黒のベストとスラックス。襟元と胸元を赤のタイ・チーフで飾り、黒のフロックコートを重ねて、頭には同系の帽子を乗せている。皮手袋を外した指先に踊るのは色とりどりのキャンディたち。子供たちへのプレゼントの準備をしているのだ。
 片足を組みながら、飴を小分けにして一つ一つ丁寧にリボンに結んでいくその男、UNKNOWN(ga4276)。ふと視線を感じて顔を上げると、数人の子供たちが彼の手元を物欲しそうにじっと見つめていた。
「これは後のプレゼント用だから、ね」
 咥えていた煙草を胸元へと戻す。がっかりとする子供たちに苦笑混じりに息を吐き‥‥UNKNOWNは作業を止めると、「代わりといってはなんだが」と胸元からキラリと光るハモニカを取り出し、手の上で一つ回して見せた。
「何か聴きたい曲はあるかね?」
 唇に当てたハモニカを横に動かし一気に全ての音を流す。それぞれに好きな曲を上げる子供たち。UNKNOWNは知っている曲の中から楽しくアップテンポな鼠のマーチを選ぶと、小さな観客たちの為に、手の中の小さな楽器を奏で始めた。


「いぇ〜い! みんなノッてるか〜〜〜い!」
 スピーカーから流れるファンファーレとアップビートなOP曲。重低音と共にステージ上へと飛び出した阿野次 のもじ(ga5480)は、スタンドからマイクを引っこ抜くと昭和な感じでそう呼びかけた。
 流れる前奏。有志により結成されたバックダンサーが上下から入場してくる。のもじは曲に合わせてステップを踏みながら‥‥ステージ上から観客の様子を観察した。
 うん、さすがアメリカ人、こういう時のノリは良い。まだ来場した人は少ないし屋台に群がる人のが多いけど、この空気なら全然イケる。
 こっちの人には馴染みのポップスに乗り、スピーカーから発せられたのもじの歌声がキャンプ中へと流される。それが祭りの始まりを告げる合図となった。
「オイ〜ッス! 皆さん、こんにちは〜! いよいよ始まりましたオグデン第5キャンプたんぽぽフェスティバル。司会は私、阿野次のもじがお送りします。みんな、ノモディって呼ぶよーに♪ さぁて! こちらでは皆さんも参加できる様々な催し物が執り行われる予定です。豪華? な景品も用意してますから、皆さん、どしどし参加して下さいね〜!」
 OPソングを歌い終えたのもじがMCっぷりを発揮し出す中、スタッフが背後のセットの撤収と搬入に忙しく動き回る。
 コハルは柳樹と共に、屋台の一つで焼き物全般を扱う店を運営していた。頭にタオルを巻いた柳樹が鉄板を前に返しを振るい、即席のオープンテラスでコハルがウェイトレスをする。その格好は着物にたすき掛けをした『小料理屋の女将』スタイル。祭りにおける非日常──少しでもいつもと違う空気を出せれば、という思いから選んだ服装だったが、まぁ、和装という物珍しさに食いついてくれるだけでもオッケーだ。
「Oh Cute! Pretty Boy!」
 その目論見通り、コハルを見た避難民たちは(なんか偶に聞き捨てならない単語も混じっているよーな気もしたが)笑顔で喜ぶ。だが、その殆どは客として店には入らず、殆どが向かいの店へと流れていった。
 そちらの甘味処には、コハル以上のインパクトが待ち受けていたからだ。
「ようこそいらっしゃいませ〜だワン!」
「‥‥ませ、にゃん(赤面)」
 カラフルなエプロンスカートという正統派な制服に身を包んだ響 愛華(ga4681)と美音とが、入店した客を出迎える。ウェイトレスとしてオーソドックスでない点があるとすれば、愛華がつけた犬耳尻尾と美音がつけた猫耳尻尾。そして、二人が語尾につける動物語(?)であった。元気一杯に、弾む様に店内をクルクル給仕して回る犬耳愛華の健康美。そして、どこか恥ずかしそうに頬を染めながら「にゃん」を付ける美音の仕草と表情とが、男性客のエモーショナルなどこかを直撃する。
「Hoooooooooow!?」
「What!? Whats this!?」
「Japanese animal maid!?」
 なんとまぁ大人気。二人目当ての男性客から甘味目当ての女性客、両方目当ての子供客まで、天幕を用いた簡易店舗は人で一杯になってしまった。
「むぅ。なんか予想以上に繁盛して滅多やたらと大忙しなのじゃ」
 厨房に(といっても屋台だが)籠もって調理を担当する綾嶺・桜(ga3143)は、殺到する注文にてんてこ舞いになっていた。彼女が担当するのはあんみつやみつまめといった純和風の甘味だったが、イスクのワッフル同様、物珍しさと客の数とが相まって結構な数が出る。
 汗を拭き、巫女服の袖をまくってたすき掛け。カカカッ、と台上に器を並べ、寒天や果物をよそう。そのままタタタッと端まで走って台に跳び乗り、餡子と最中を順に乗せて最後に黒蜜をかけてはい完成。それを一生懸命背を伸ばしてカウンターの前に出す。
「へい、あんみつ8丁、お待ちなのじゃ!」
 応じてたぱたぱと駆けて来る美音。新たな注文を受けた桜はぴょんとカウンターの奥へと消える。
「これはちょっと手がたりないかな」
 厨房に入っていたイスクはホールの忙しさに目を止めると、自ら作った皿を手に注文のあったテーブルに持って行った。
「大変お待たせ致しました。抹茶クリームワッフルでございます」
 男装の麗人風にウェイターの衣装に身を包み、紳士的に、物腰丁寧に腰を折るイスク。その歯がきらりんと光り、女性客が頬を染める。
 そんな向かいの様子を見ていたコハルは、むむむ、とその眉根を寄せた。別に売り上げを競っているわけではないが、やっぱりお客さんに来て貰いたいという気持ちはある。
「こうなったら‥‥ソースの良い匂いで対抗するしかっ!?(←色々間違い)」
 コハルはダンボール箱をひっくり返すと、財団にサンフランシスコの中華街から送ってもらった中華麺と焼きそば用ソースを引っ張り出した。だが、肝心の調理役たる柳樹は、エプロンを外して厨房から出る所だった。
「てっ、てんちょ〜(?)!?」
「いや、ほら、紙芝居の時間だからさ? 少しここは任せるさぁ」
 崩れ落ちるコハルを残し、会場を歩く柳樹。レンジの火から離れた肌にユタの風はまだ寒い。
「結構、人が入って来たさぁ」
 のもじの声を遠くに聞きつつ、周囲を見る。子供たちの絵が描かれた天幕(美音と子供たちが描いた物を、発表がてらそのまま使用しているのだ)が並ぶ通りは、擦れ違うのに気を使う位に人で溢れ始めていた。日本の屋台とは雰囲気がまた違うが、射的など似たような出し物はやっぱりある。
「さぁ、お待たせしたさぁ」
 病院内の待合室へと入った柳樹は、既に集まり始めていた子供たちに声を掛けながら、一つだけ開けていた窓の暗幕を閉じた。スライドプロジェクタに灯を入れる。描いた絵を写真に撮って加工したスライド式の紙芝居だ。
 病院の滑らかな白い壁に映像が投影される。柳樹の手描きによる題字、『ぼくらはけーぶい』──『たんぽぽ団』と『鳥型モンスター』が繰り広げるオリジナルのどたばた劇で、どこかで見たことがあるよーなKVたちが、村の畑と作物を守る為に奮闘するお話だ。
 紙芝居を始める柳樹の目に、のもじから預かってきた絵本300冊が目に入った。同じ登場人物と舞台を題材とした別ストーリー版で、のもじが出発直前、LH空港近くのコンビニで大量コピーし(注:真似してはいけません)、高速移動艇内で製本したコピー本だ。
「これは必要な投資なのよ。いい? 子供たちが憧れる→純粋な声援を私たちが受ける→そのピュアパワーをエタミー変換。2本のマイクと3倍の声量とダンスで1000万ノモディパワーでのさばるバグアを超撃滅→超時空アイドルのもじへの道が開かれるのよ!」
 ものすっごい勢いでそんな事を言われたのを思い出す。‥‥うん、後でちゃんと配っておかないと大変な事になりそうさぁ。主に僕が。
「おのれぇ、たんぽぽ団! 覚えておれぇ!」
「ありがとう、たんぽぽ団。お蔭で畑のじゃがいもが守られたよ!」
 声音を変えて熱演する柳樹。その迫力に、娯楽に飢えた子供たちがのめり込む。分かり易い勧善懲悪にちょっぴり社会の風刺を利かせつつ、紙芝居は好評の内に幕を閉じた。
「ねぇ、たんぽぽ団はキメラもやっつけてくれる?」
 後片付けの最中、真剣な顔をして尋ねてくる子に、柳樹はしゃがみ込んで頭の上に手を置いた。
「勿論さぁ。今もどこかで、みんなを守る為に頑張ってくれているんだよ」


「じゃあ、俺は休憩に戻るけど‥‥本当にいいんだな?」
 尋ねてくる純一に生返事を返しつつ、十蔵はスコープを覗いて周辺部を見回した。またお土産を沢山持って来てやる、と言って去る純一。車のエンジン音が響いてキャンプ方面へと遠ざかる。
「良かったのか?」
「ああ。華やかな祭りに参加するより、それを守っている方が性に合っているしな」
 ホアキンの問いに気のない風で十蔵がそう答える。キャンプから離れた高台に立つ二階家の屋根裏の天窓──そこが彼等の監視所だった。長い間人の手も入らず、痛み、薄汚れた木の床に座り込み、偽装網を被ったまま、さっき純一が買ってきたフランクフルト(「季節外れのサンタからのプレゼントだ。少しでも少しでも祭りの気分を味わってくれ!」とは純一の談である)を噛み千切る。握る銃把、小脇に抱えた銃床‥‥スコープ越しに動かす視界に、獣人型のキメラが映る。
「さっきから地上のキメラをよく見かける‥‥今度純一が帰ってきたら、場所を変えた方が良いかもしれんな」
 十蔵がそう呟くと、ホアキンが「待て」と小さく鋭い叫びを発した。双眼鏡で窓から空を警戒していたホアキンが、おいでなすった、と声を低める。ハーピーが4匹、雁行でキャンプ方面へと飛行していた。
 十蔵は銃口を空へ向けて保持すると、碌に狙いも定めずに撃ち放った。この距離では当たったとしても力場を貫通できないが、気付いた敵はランダムに旋回しながらこちらへと降下を開始する。
「よし。こっちに喰らいついた」
 それを確認したホアキンが双眼鏡を脇へと置いた。剣と矢を床へと突き立て、銃の遊底を引いて脇のサイドチェストに乗せる。超機械はすぐに抜けるようにしておいてから、ホアキンは最初の矢を弓へと番えた。
「折角のお祭りだ。無粋な真似はよしてくれ」
「まったくだ。邪魔はさせんぞ、キメラども」
 十蔵はふと純一の『みやげ物』の中に「れいちゃんのお面」を見出すと、幾らかの諧謔味を込めてそれを後頭部に斜めに被った。横目で見たホアキンが苦笑する。
「さあ、俺たちの祭りを始めよう」
 その声を口火として。廃屋へ降下する4匹のキメラに向けて最初の攻撃が放たれた。


 キャンプへ戻った純一は、休憩方々会場を見回って歩いていた。
 ステージ前では牧歌的なフォークダンスが流れていた。遠くから一人でそれを眺めていた若い女性に気付いた純一は、ちょっと強引に彼女を踊りの輪の中に押し込んだ。
 ついでに一曲踊ってきた後、鼻歌混じりに見回りを続け‥‥人気のいない屋台の裏手で、木の陰から表を窺う一人の女性に気がついた。
「そんな隅っこでどうしたお嬢さん? こういうのは楽しんだもんの勝ちだぜ?」
 再び内気な別嬪さんを祭りに放り込もうと背後から声をかける。ビクリと身を震わせて振り返ったのは、見知った顔だった。
「ぬ、なんじゃ、純一か」
「桜? こんな所で何やってるんだ?」
 直後、純一の背後で鳴る靴底の砂利音。気付いた桜が瞬天速で離脱するより早く、瞬速縮地で距離を詰めた愛華の横っ飛びが桜の腰に突き刺さる。
「げふっ!?」
「捕まえたー!」
 横っ腹にタックルを喰らって地面に引き倒される桜。それを仁王立ちになったイスクが笑顔で見下ろす。
「いーやーじゃー! わしは給仕などせぬのじゃー! ほれ、いつもの巫女服でぬしらの様な衣装もないしの! の?!」
 愛華とイスクに両脇を抱えられ連行される桜。必至の弁明を試みる桜に愛華が無言で指を差す。そこには焼きそばのパックを両手に持っててくてくと駆けて行くコハルがいた(病院に入院している患者への御用聞きと出前を行う事で新規顧客を開拓したのだ。食事制限のある患者もいたが、アイナ先生は苦笑して見逃してくれた)。「ん?」と駆けながら振り返るコハル。彼女もまた、和服にたすき掛けのウェイトレスだ。
「うぅ‥‥何故わしまでこのような事を‥‥あ、いらっしゃいませ、なのじゃ♪」
 文句を言いつつもお客が来ればしっかりと笑顔で仕事をこなす桜。だが、彼女の試練はこれからだ。背後にウサ耳尻尾を持った愛華とイスクがきゅぴ〜んとした目で立っている。
 さらに時間が過ぎて、日が傾きかけた時分。
 ステージ上では、イスクと桜による素手での演舞が行われようとしていた。‥‥あくまでも、演舞である。だが、ステージ上には殺気にも似た何かが渦巻いていた。
「決着をつけねばならぬようじゃのぉ、イスク‥‥まさかあのような辱めを受けようとは思わなんだ‥‥」
「あら、可愛かったわよ? 桜ちゃんの『ぴょん』語尾」
 たん、と床を蹴って一直線に突っ込む桜。それをイクスが円を描く流れるような動きで受け流す。全ては打ち合わせと同じ動きだったが、桜の拳には当たっていてもおかしくないだけの鋭さがある。
 受けつつ、だん、と踏み込み放つイスクの掌底。それを桜が高回転のバク宙で回避する。流れる様な演舞のイスクに対する様に、桜は香港映画の様な派手で直線的な構成にしてあった。舞う様に回り、距離を詰め、打ち合わされる拳と拳。繰り返すがこれは演舞である。演舞にしてはその音は妙に甲高いが。
 妙に実践的な演舞が行われている舞台袖で、のもじは次に歌う曲の楽譜をUNKNOWNに渡していた。暫し沈黙するUNKNOWN。示された楽曲は『ICHAN★JUMP』、『ゴッドノモディの歌』、そして演歌調の物が1曲。どれもがオリジナルであり、サクソホーンでは表現の難しい曲ばかりであった。
「特にこの『ゴッドノモディの歌』‥‥メインは金管、というかトランペット一択な気がするのだが、ね?」
「あ。次、その曲でいくから。よろしく♪」
 反論する間もあればこそ。桜とイスクの演舞が終わり、MCののもじが飛び出していく。前口上が続く間も前奏のドラムが鳴り始め‥‥UNKNOWNは覚悟を決めた。弘法筆を選ばず。これはジャズ、ジャズなんだ‥‥
 サクソホーンによるファンファーレを鳴り響かせながら登場するUNKNOWN。最前列で絵本を手に声援を上げる子供たち。ステージ衣装を振り乱しながら、広いステージを所狭しとのもじが駆け巡る。

Bird or plane? What am I?
The ETAMI power keeps my iron body strong
Arrows impossibility theorems GOD NOMODY!
No BAKUA will get past

Pure and innocent through and through with my swordwing!
More breaking than a roadroller my attack

Ours hero Ours hero Ours hero Ours hero!
GOD★NOMODy!


「てんちょー。201号室のフェニさんとグリさん、焼きソバ2人前願いまーす」
 注文を置きつつ、新たな出前に出るコハル。厨房から顔を出した柳樹はダンへ差し入れて貰おうとした焼きソバと焼き烏賊を手に困った様に頭を掻き‥‥丁度通りかかったレナを見てピンと顔を輝かした。
 3分後。
 焼きソバと焼き烏賊の袋を持ったレナは、それをダンに届けるべく病院の階段を上っていた。病室にいっても居らず、そのまま置いてこようとしたのだが、丁度会ったアイナに多分屋上にいると言われては向かうしかない。
「まったく、なんで私がこんな使いを‥‥」
 ブチブチと言いながら、何て文句を言ってやろうか、と思考するレナ。屋上の扉からダンを見つけたレナは‥‥直後、慌てて陰に隠れた。ダンがミスティ・K・ブランド(gb2310)と二人きりでいたからだ。
(「はっ!? 何で私が隠れなきゃいけないのよ」)
 我に返ってそう思うが、今更出るタイミングでもない。風に乗って二人の会話がぽそぽそと聞こえてくる‥‥

「そろそろ頃合と思って飲みに来たんだが‥‥そのザマじゃまだお預けだな」
 暮れなずむ夕日の下、屋上から祭りの様子を眺めていたダンは、ミスティにそう声を掛けられて振り返った。彼女とは第7キャンプからの脱出行に際し、生きて無事に帰れたら酒を驕ると約束している。とは言え、負傷して未だ入院中の身ではそれも叶わぬが。
「流石に抜け出して酒盛りという訳にもいくまい? それに、呑むなら潰れるまで付き合って貰いたいんでね。今日はシラフで話を聞く良い機会だと思うとしよう」
 歩み寄り、ヤニを取り出して火を点けるミスティ。手摺に寄りかかりながら互いに火を交換し‥‥肺一杯に吸い込んだ煙を空へと吐き出す。
「話?」
「何、お互い黙って肺の寿命を縮めているのも不毛かと思ってな。どうしてこの仕事をやっているのか、聞いた事がなかったと思ってね」
 沈黙。催促もなく、ただ静かな時間が過ぎて‥‥煙草1本ほど吸い終わった後、何も面白い話じゃない、とダンは続けた。
「よくある話さ。糞ッ垂れた街、糞ッ垂れの両親。お決まりのパターンでお決まりの組織入り‥‥ただ車を転がすのだけは能があったから、鉄砲玉にはならずに済んだ。お蔭でイタリアとかドイツの高級車を転がせる位には可愛がって貰ったよ。‥‥ある時、南米で大規模なプロジェクトが行われるって話があってな。お偉いさんに着いて行った。‥‥そこでちょいと人死にを見過ぎた。理由なんてのはそんなもんだ」
 沈黙。肝心な所をぼやかされた事にミスティは気づいたが、それ以上は何も言わなかった。ただ、ダンにのみ語らせて自分が黙っているわけにもいくまい。
「私の場合は、村を焼かれ、生き延び、兵士に拾われ、兵士になった。‥‥ただそれだけだ。今、こうしてあるのは‥‥そう、運と適正だな。‥‥レナのヒヨッコもそろそろカラが取れてきた頃合か? アイツの運は、どうだろうな」
 さてな、とダンは空を仰ぎ見た。運の良し悪しなんてものは定量のあるもんじゃない。長生きしようが人生途上でくたばろうが、運が良かった、幸せだった、なんてのはそいつの胸先三寸だ。
「ただ‥‥死ぬ瞬間に笑って逝けるとしたら、そいつの人生は恐らく悪くないものだったんじゃないか‥‥そうは思うね」


 日が落ちる。祭りの終局が近づこうとしていた。
 ステージ上はありったけのライトが焚かれ、終幕を飾るべく準備が進められていた。
 コハルはステージ上に設置されたピアノに座ると、鍵盤の上に指を滑らせた。それは近所の学校から運ばれてきたもので、避難民の調律師がこれまでずっと調律してきたものだった。
「いいセッションをしよう」
 ステージの端に立つUNKNOWNがコハルに告げる。コハルは頷いた。
 コハルのピアノの前奏が始まり、背筋を伸ばして立つUNKNOWNのバイオリンが切なくも野太い主旋律を奏で出す。
 それは、世界的に有名なアーティストたちが結集して歌われた、余りにも有名なチャリティーソングだった。「世界一丸となって助け合おう。このままであるはずはない、立ち上がろう」というその歌詞は‥‥今、バグアと戦っている世界中の人々を想起させると共に、自分たちが完全に見捨てられたわけではない、という希望を伝えるには最適の曲だった。
 その曲を背に、哨戒の為キャンプを去る純一のジーザリオ。桜が、のもじが、愛華が、美音が、それぞれにソロパートを歌い上げる度に、観客たちの間にも歌詞が感情のうねりとなって沸き上がる。
「たまにはこういうのも悪くないものじゃな」
 コーラスが一体となって歌い上げられる中、桜は愛華に向け呟いた。出来れば、この日の笑顔がずっと続くと良い。
「お母さんが言ってた。辛く哀しい時でも、心から笑えればまだ大丈夫だって」
 今は頼りなくすぐに消えそうな光でも‥‥皆が頑張れば、その光は眩しく輝くはずだから。決意を込めて呟く愛華の声に、歌の終幕が静かに重なった。