タイトル:Uta小隊 冬季制圧戦マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/23 23:23

●オープニング本文


 2009年2月 ユタ州オレム──
 州南方より州都に迫る敵キメラの大群は、山間部の地上補給路が雪に閉ざされて既に攻勢の限界点に達していた。
 とはいえ、これまで戦線を支えてきたプロボの防壁は既になく、戦車大隊も消耗して失われている。避難民キャンプの民間人の中から兵を徴募して戦力の『増強』は行われたものの‥‥このまま座して春を待てば、待つのは敗北と死しかない。

 新兵の訓練を終えた『僕』らの小隊は、他の小隊と共にオレム南方──敵の野営地と化したプロボ方面へと進出を開始した。
 そこは戦力の空白地帯とも言うべき場所で、前進を止めた敵が警戒用のワームとキメラを配しただけの『平穏』なエリアだった。旅団司令部はまずこの地域を確保すべく、これらの敵の排除にかかったのだ。


 寒々しい曇天の下を寒々しく舞う風が、無人の住宅街を駆ける『僕』らの吐息をどこかへと運び去った。
 真っ白に染まった世界──冬季迷彩に身を包み、ありったけの重火器を肩に担いだ兵隊たちの背が揺れる。荒い吐息。薄く雪の積もった地面は完全に凍結しており、軍靴が砕く氷の音だけが小気味よく耳朶を叩く。
 予定のポイントまで前進した事を確認した『僕』は口笛を吹いて分隊を止め、手信号を左右に振った。応じた兵たちが散開して周辺を警戒する。車道の反対側を前進して来たウィルの第2分隊が、遮蔽物のない交差点を一人ずつ早駆けで渡り始めた。
 ふと視界の隅に鮮やかな赤を捉えて、『僕』はチラと視線を振った。凍りついた道の端、伏せた『僕』のすぐ横の生垣の向こう側に、警戒用犬型キメラ『サーチャービースト』の死骸が押し込められていた。そこから流れ出た血が雪に染み込んでシャーベット状に凍結しかけている。
 おそらく、隊に先行した能力者が素早く始末をつけたのだろう。吠え声は聞こえなかったから、敵はまだこちらの接近に気付いていないはずだ。
 それきりその死骸に興味をなくすと、『僕』はウィルの分隊が渡り終えたのを確認して再び手信号を部下に振った。警戒態勢を解き、窓枠や瓦礫の陰へと身を隠す兵たち。新兵が二階や屋根に上らなかった事を確認すると、『僕』は小さく頷いて自らも待伏せの態勢に入った。
 動きを止めた途端、四肢の先の冷たさが身に染み入る。急速に冷えていく汗を感じながら‥‥『僕』はふと自分が犬好きだった事を思い出し、倒れ付したキメラを振り返って苦みばしった笑みを零した。

 待伏せの目標は程なくしてやって来た。
 高さ5m程の宙に浮く巨大な『目玉』──フェザー砲の砲口を『瞳』に持つ球状の警戒用ワーム『センチネル』が、道路の上を漂う様にこちらへ移動しつつあった。
 センチネルは一定のエリア・ルートを自動で哨戒する無人ワームで、移動しながら小センチネル──或いは子センチネル。直径30cm位の、親機と同じ外見を持つ自律型移動機雷──を各所にポロポロと撒いていく機能を持つ。オレム─プロボ間の領域外延部の警戒を担っていると思われるそれは、即ち、彼我の領域を分かつ象徴的な存在でもあった。ここから先に押し入ろうとすれば、まずこれを排除しなければならない。
 小隊長のバートン少尉が腕時計に視線を落とし、黙ってその右手を上げた。攻撃は大隊の総力を挙げて行われる。『僕』たちの属する中隊は正面の戦域を担当し、同時に4機のセンチネルに対して攻撃が行われる事になっていた。『僕』は攻撃態勢を取るよう部下に伝達させると、対戦車ライフルの銃口をそっと瓦礫の陰から忍ばせた。
 ‥‥これまで幾度となく伏撃を経験してきたが、敵を視認してから攻撃を開始するまでのこの時間はいつも灼け付く様に心が焦れる。‥‥大丈夫だ。新兵には初撃は任せていない。安全装置は外させず、砲口は下に向けさせている。ベテランをペアに組ませているし、恐慌して発砲する様な奴はいないはずだ。
 時計に目を落とすバートン軍曹、もとい、少尉は、常と変わらず落ち着いて見えた。自分も彼と同じ様に部下から見られていれば良いのだが‥‥
 無言で振り下ろされる少尉の右手に、『僕』は反射的に命令を発していた。伏していた兵たちが一斉に起き上がり、遮蔽物の陰から重火器を撃ち放つ。
 攻撃はまずセンチネルに随伴・先行していた2匹のサーチャービーストに対して行われた。重機関銃と対戦車ライフルから放たれた12.7mm弾が黒い犬型キメラの身体をフォースフィールド越しに乱打し、堪らず吹き飛ばされた2匹が倒れ伏す。
 その頭上を続け様に放たれた無反動砲弾とロケット弾が次々とセンチネル目掛けて飛翔していく。それらは狙い過たずに『目玉』表面を直撃し、力場の光を煌かせた。
 センチネルはKVに比して二回り程小さな小型のワームであったが、対装甲車両用の重火器といえども中々有効打は与えられない。側正面から一斉射撃を喰らった目玉は小動ともせず、子目玉をばら撒きながら距離を取り‥‥伏撃を受けた家屋に向かって『視線』を向けると、その砲口から対人用の拡散光弾を発射した。瞬間的に穴だらけにされ、爆発的に燃え広がった炎が家屋を包む。だが、その時には『僕』等の分隊はとっくにそこを離れた後だった。
「ジェシー!」
「はい! ルーク2、こちらポーン2-1。敵が卵をぶち撒けた。全て予定通り。攻撃、攻撃!」
 別方向から第2分隊の攻撃が仕掛けられる中、『僕』らの後方に伏せていた地雷原処理車が4発のロケット弾を次々と子目玉の撒かれた路上へと撃ち放った。それは爆弾の括りつけられたワイヤーを曳いて飛び‥‥爆導索ならぬ爆導網とでもいうべき密度で子目玉の上に覆い被さり、一斉に爆発した。自律式機雷の子目玉は爆圧だけでは起爆しないが、物理的に破壊されれば話は別だ。自らの爆発により次々と誘爆していく子目玉。爆炎と爆煙の向こうで光弾を撃ち放つ親目玉の向こうで、新たなセンチネルがこちらへと向かってくる。
 それは通常のセンチネルとは明らかに異なる動きであった。恐らくそれは、これあるを予期して配備されていた増援用の機体だったのだろう。子目玉用のスペースに乗せていた宇宙人型キメラ『リトルグレイ』──強力な遠距離攻撃手段とフォースフィールドを持った1mの人型キメラ──が8体、地上へと舞い降りてきた。
 あり得べからざる援軍。だが、それはこちらも予測していた事だった。
「よし、後詰めは釣り上げた。本命を叩き込め!」
 バートン少尉の声を受け、伏せていたトマスの第3分隊が最初の『目玉』へ向け砲撃する。これまで同様、悠然とそれを受けに掛かった敵は‥‥直後、その力場を破られて爆発、四散した。第3分隊には能力者が同道していたのだ。
 炎に包まれ地に墜ちるセンチネル。その傍らを、能力者たちが先ほど開拓した進撃路を抜け、まんまとおびき出された新手へ向け突撃を開始した。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
ベーオウルフ(ga3640
25歳・♂・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
クロスフィールド(ga7029
31歳・♂・SN
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
九頭龍 剛蔵(gb6650
14歳・♂・GD
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA

●リプレイ本文

 墜落した『センチネル』が激しく炎を噴き上げるその横を、伏撃場所から飛び出した能力者たちは音高く駆け抜けた。
 燃え盛る炎が澄み切った冬の空気に揺れる。開拓された地雷原を突破した能力者たちは、その正面に倒すべきもう一機のセンチネルと8体の『リトルグレイ』を見出した。
「速攻っ!」
 誰よりも早く敵前へと飛び出したのは阿野次 のもじ(ga5480)だった。砂錐の爪を装着したもこもこブーツの『瞬速縮地』で、氷を掻き蹴り距離を詰める。そうして敵を洋弓の射程に収めると、滑る様に足を止めながら矢を番えて引き絞り、最も近いグレイへ向けてその重い一撃を打ち放った。
 目にも留まらぬ早さで放たれたその矢は直線に近い軌道で弧を描き、強力な力場を打ち貫く。直撃を受けたグレイがその上半身をユラリと揺らし‥‥横列を整えたグレイたちが指を伸ばして一斉に反撃の礫弾を撃ち放った。
「見よ、必殺の回避術、まとりっくイナバウ‥‥わっ!?」
 身体を大きく後ろに反らせてそれを回避しようとしたのもじは、その余りの弾数の多さにそのまま背中から倒れ込んだ。慌てて後ろへと跳ね避ける。追う弾着を「とととっ!」とバックステップでかわしたのもじは、気がつけば攻撃発起点まで押し戻されていた。
「ふむふむ。指先グミ指されグミっ♪ の射程はこれくらい‥‥って、ほぼ射程内!?」
 しょわっと驚くのもじの鼻先を掠め飛んでゆく礫弾。能力者たちは慌てて近場の遮蔽物に身を隠した。
「まったく。厄介なのがわらわらと‥‥」
「わぅ‥‥あれの顔は2度と見たくなかったんだよ〜‥‥」 
 横列のまま前進を開始するグレイを見遣って、綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)がそれぞれの表情で苦り切る。グレイの後方に浮遊するセンチネルが旋回しつつその目玉を煌かせ‥‥放たれた拡散光弾が、慌てて飛び出した二人がいた廃屋を炎に包む。
「フッ、いい緊張感だ。たまには実戦もいいものだな」
 火の粉と炎に照らされて、九頭龍 剛蔵(gb6650)が一筋の汗と共に笑みを作る。ぶるりと一つ震える身体。‥‥流石に寒い。まぁ、どうせすぐに温まるが。
「ルーク2、こちらビショップ。敵の制圧射撃を受け前進できない。すまんが盾になってくれ」
 桜と愛華が飛び込んだ路地裏では、クロスフィールド(ga7029)が無線で後方の地雷原処理車に支援を要請していた。処理車は戦車の車体を流用しており、その後ろに隠れて前進すれば敵の射程の優位を殺せる。
「あ、まだ残っている子目玉があるかもしれないから‥‥」
 注意するように伝えようとした愛華の言葉が終わる前に、爆発音が轟いた。慌てて振り返る。処理車と後続する分隊は‥‥無事だった。
「近づくものには容赦せんッ! 吹っ飛べ!」
 建物の陰で膝射姿勢をとったキリル・シューキン(gb2765)が、処理車の側方、道の端から転がり出て来る子目玉をアサルトライフルの三点射で狙撃していた。貫通、吹き飛ぶ自律式機雷。その爆発が隣りの子目玉を巻き込み誘爆する。
「騎士が相手をするような奴じゃない‥‥なんて言ってもられないか」
 キリルと道を挟んで反対側にいた神楽 菖蒲(gb8448)が苦笑しながら、撃ち尽くしたリボルバーを廃莢、装填する。回転式弾倉を戻し、瓦礫の陰から顔を出す子目玉へ発砲。処理車両サイドの道端に爆発が湧き起こる。
 分隊も射撃に加わり、僅かに生き残っていた機雷は次々と吹き飛ばされていった。やがて掃滅を終えた分隊が道の両面へと展開、建物の裏手を前進して行く。
「やるじゃないか、あいつらも」
 一仕事終えたキリルと菖蒲に親指を立ててみせながら、クロスフィールドは兵隊たちの動きを見てニヤリと笑った。なかなか様になってきたじゃないか、との評を桜と愛華と剛蔵が三者三様の表情で受け止める。
「‥‥では、行くか」
 くぐもった様な声がして、愛華はそちらを振り返った。そこにいたのはベーオウルフ(ga3640)──龍を模した鎧? に身を包んだ男だった。瞳の部分から静かに燐光が漏れ出でている。
 その言葉にああ、と頷いてクロスフィールドが立ち上がった。どこへ、との愛華の問いに、浮遊する『目玉』へ顎をしゃくる。なるほど、と愛華は頷いた。あれを放置したままだと、盾にする車両を真っ先に破壊されかねない。
「二人では火力が足りんかも知れん。愛華、ぬしも行って来るのじゃ」
 桜の言葉に愛華は驚いて振り返った。
「わしなら大丈夫じゃ。もうあんな宇宙人もどきなぞ敵ではないのじゃ。じゃから、安心して行ってくるが良い」
 無理も強がりも見えぬ桜の瞳に意を決して。愛華は桜をギュッと一度抱き締めると、ベーオウルフとクロスフィールドを追って路地裏へと走り出した。


「これより前進を開始します。各分隊には支援攻撃を要請。グレイに的を絞らせず、その意識・注意を分散させるよう願います」
 処理車に後続して前進を開始した菖蒲の支援要請を受け、道路左右の敷地内に展開した各分隊は、そのありったけの火力をグレイ目掛けて撃ち放った。
 ロケット弾、無反動砲弾、12.7mm弾がまるで祭りの花火の様に浴びせ掛けられる。壮絶な火力の雨は、しかし、その悉くが力場によって弾かれた。敵は横列を微塵も崩さず、何事もなかったかの様に前進を続けてくる。
「‥‥なんてぇ硬さだ。マジで殺れんのかよ、まったくよぅ」
 グレイのでたらめな力場の強さに剛蔵は苦虫を纏めて噛み潰した。礫弾が処理車の装甲に弾け、慌てて顔を引っ込める。
「敵は強力な長距離攻撃力と力場を併せ持つが、小型種故に耐久力は高くない。近接戦に持ち込めば我々の方が手数に勝る。進むしかなかろうて」
「桜ちゃんの言う通り! というわけで、前進〜♪」
 礫弾飛び交う戦場で、のもじは前進する処理車の上に立っていた。身を傾げ、スウェーし、時々クルリと回転する。自らに攻撃を集める事で処理車へのダメージを抑えようというのだ。
「無茶をする‥‥!」
「まぁ、のもじじゃし」
 跳弾の音響く処理車の後方、呆れる剛蔵とキリルに桜が苦笑して見せる。彼等は弾幕が切れるのを見計らって、車体の陰からフルオートで反撃の銃火を撃ち放った。
 隊列の一番端に銃撃を集中しようとした菖蒲は、敵横列から端の2体ずつが離れ、それぞれ道路脇の家屋の陰へ消えるのを見た。警告の叫びを上げる菖蒲。桜が回線を開いたまま提げていた無線機に向かって親友に呼びかける。
「え?」
 敵の側面を突くべく、第1分隊と共に東側の路地裏を進んでいたベーオウルフ、クロスフィールド、愛華の3人は、突如、目前の生垣を割って飛来した礫弾に慌ててその身を跳び避けさせた。
 吹き散らされる常緑樹。飛び散る枝葉の向こうから、2体のグレイが3人に礫弾の追い撃ちをかける。
「こんな所で足止めされてる時間はないのに‥‥っ!」
「援護する。突破しろ。ちょいと厄介だが‥‥道は作ってやる」
 焦る愛華にクロスフィールドが淡々とそう告げた。廃莢し、貫通弾入りの弾倉を叩き込んでレバーを引く。跳び避けて転がった状態からの伏射姿勢、照準器の向こうに映るグレイの姿──お前さん、遠距離攻撃が得意みたいだが、俺も結構得意なんだよな‥‥
「ウルフ、響! 今だ、突っ込め!」
 銃声が鳴り響き、放たれた銃弾が力場を貫いてグレイの半身を揺るがせる。態勢を崩した敵の隙間にベーオウルフと愛華の二人が走り込んだ。
「‥‥ぬおぉぉぉっ!」
 雄叫びと共に、限界を突破した動きで加速するベーオウルフ。胸元に放たれた礫弾を柄を掴んで引いた屠竜刀の刀身で受けしのぎ‥‥そのまま引き抜き、振り被り、質量と加速を乗せた力任せの二連撃で以って敵を叩き伏せ、斬り飛ばす。
「‥‥行け」
「ベオさん!?」
 走る愛華の背に告げて、ベーオウルフが足を止めた。その視線の先、たった今吹き飛ばしたグレイがゆらりと立ち上がろうとする。どうやら能力者ひとりで相手にするには厳しい相手のようだ。それに、なんというか‥‥仲間の兵士たち──例えば、後続する第1分隊の面々──には出来るだけ被害を出したくなかった。こんな事を言うと、彼等は「馬鹿にするな」と怒るかもしれないが。
 愛華に背を向け、屠竜刀を構え直すベーオウルフ。愛華はその背に礼を言うと、再び路地裏を走り出した。

 それまで攻撃手段のない処理車を無視してきたセンチネルが、遂にその砲口をこちらへ向けた。
 その『瞳』の『焦点』が変わる。対人用の拡散光弾から対KV用の収束フェザー砲に切り替えたのだ。まともに喰らえば処理車など一溜まりもない。
「まだか、愛華‥‥っ」
「おまたせ、桜さん!」
 敵の攻撃が放たれるまさに直前、横合いの路地から愛華が飛び出して来た。氷を削りつつ両足を踏ん張り、腰を落として浮遊する目玉へ向けてガトリング砲の仰角を取る。高速回転する多重砲身。炎の舌が舐める様に吐き出され、目玉の中央を砲弾が打つ。
 滑る様に宙を移動する敵に愛華は火線を追随させた。放たれる反撃の拡散光弾。撒き散らされる炎を身に纏った闇で軽減しつつ、愛華が歯を食いしばる。
「この‥‥っ、倍返しだよーーーーっ!」
 真っ赤に変わる闇の黒衣。遂にその装甲を砕かれたセンチネルはその身を貫かれ‥‥炎と共に地に墜ち、爆発した。
 至近での爆発にグレイの横列が千々に乱れる。そこに処理車の陰から飛び出した能力者たちが突っ込んだ。
「走れ走れ! 怖気づくな! そのふざけたキメラをロズウェルに叩き返せ!」
 キリルの援護射撃の下、銃を撃ちながら距離を詰めていく剛蔵と菖蒲。その横を桜が弾丸の様に駆け抜ける。
「ここであったが100年目、いつかのお礼をさせて貰うのじゃ!」
 愛華を狙うグレイを桜が背後から切りつける。頭部だけで振り返り、目から怪光線を撃ち放つ敵。身長の倍もある薙刀を手にしたち巫っ女桜が地を蹴り避ける。桜は振り下ろした刀身を横に捻ると、身体ごとグルリと回して遠心力ごと振り回した。
「『宇宙人』は宇宙へ帰れ! もっとも、主らは宇宙にも帰しはせんがの!」
 大きく横に薙ぎ払った刀身がグレイの腹を大きく薙ぐ。身体の半分を裂かれてもなお、光線を放つ敵。だが、桜は既に跳ねる様に地を駆け、他の敵へと跳んでいた。気を取られた敵が愛華の砲撃に吹き飛ばされる。
 敵から敵へと渡りながら敵中を移動する桜によって、敵の相互支援態勢はずたずたにされていた。好機と見たキリルが白い吐息に号令を放つ。
「合わせろ! 一本の矢は貧弱でも、三本もあれば鎧をも打ち砕こう!」
 背中の見せた敵に素早く銃撃を浴びせるキリル。暴れる自動小銃の銃身を押さえつけながらフルオートで撃ち放つ。呼応した剛蔵が放つ強撃弾の一斉射。菖蒲も廃莢した回転式弾倉に貫通弾を装填し、リボルバーを次々と撃ち放つ。3人がスキル併用で放った取って置きの貫通弾は、背を見せた敵の力場を貫いていた。
「いけるぞ、止めだ!」
 突っ込んでいく剛蔵と菖蒲。振り返ったグレイが放つ礫弾を左右のステップで避けつつ──砕けた氷片の舞う中、破片で切った頬に一筋の赤い線を引きながら菖蒲が一気に肉薄する。放たれる光線に肩口を焼かれつつその身を一気に沈めてかわし、引き抜いた小太刀で擦れ違い様に敵の足元を流れ切る。
 グラリと揺れるグレイの身体。菖蒲の反対側に回り込んだ剛蔵が敵のこめかみに至近距離から発砲する。弾かれた様に飛び倒れる敵。2発、3発と撃ち込むと、さしものグレイも動かなくなった。
「よし、次──っ!?」
 その場を離脱しようとした剛蔵は、次の瞬間、側面から攻撃を受けて地に倒れた。狙撃──っ!? と気付いた菖蒲が剛蔵を抱えて跳ぶより早く、別の一撃が打ち据える。
 それは先程西側へ姿を消した2体のリトルグレイだった。十字砲火、と呼ぶには横列は乱れ切っていたが、それでも側面からの礫弾攻撃は侮れない。
「こんのぉ‥‥っ!」
 車上ののもじが洋弓を引き放つ。そののもじへ、疾走する桜へと放たれる側面攻撃。そちらへ砲口を向けた愛華が至近のグレイから光線を浴びせられる。
 と、突然、その2体の周囲に爆発と火線が湧き起こった。それは西側に配されていた第3、第4分隊の攻撃だった。元より効果がない事は分かっている。能力者たちから目をそらさせる為の攻撃だった。
 反撃の礫弾と光線。血飛沫と断末魔。
 のもじはありったけの弾頭矢を引っ掴むと歯に挟み、次々と番えて撃ち放った。


 槍を持ち、黒い狼に騎乗した小鬼の群れが、戦場へ向け駆けていた。増援の先駆けとなる4騎のキメラ『狼騎兵』だった。
 氷の地を蹴り駆ける先頭の狼──それは突如、響き渡った銃声と共につんのめって転倒し、騎乗していた小鬼を凍った地面へと叩きつけた。
「‥‥間の悪い奴等だな。今、ちょいと忙しいんだ。もう少し空気を読んでくれ」
 それは路地の陰に身を潜めたクロスフィールドによる銃撃だった。東側のグレイ2体を片付けた後、丁度彼等に遭遇したのだった。
 落ちた個体に構わず前進を続ける敵。身を隠した狙撃手を相手にする愚を知っている。だが、そちらにはベーオウルフが待っていた。
 屠竜刀を肩に担いで道路の真ん中に立つ闘士。槍を構えて縦列で突撃した敵は、擦れ違い様に先頭の2体が斬り飛ばされていた。
「‥‥どうやらこっちも忙しくなりそうだ」
 『落馬』した小鬼を撃ち倒して‥‥クロスフィールドが嘆息する。
 交差点の先には、さらに新手の狼騎兵が次々とその姿を見せ始めていた。

「やらせんぞ、狼ッ! 鋏の代わりに鉛弾で腹に穴を空けてやるッ!」
 突破してきた狼騎兵に向け、キリルは小銃を撃ち放った。離れた道路上を駆け抜けようとするそれを火線で追い‥‥小鬼を、そして狼を撃ち倒す。
 その頃にはもう、残ったグレイはその殆どが倒されていた。桜が振るった薙刀が最後の1体を斬り倒す。倒れ掛かってくるそれを返した石突で突き放し、桜は疲れた様に嘆息した。
「‥‥騎士ってのはね。そう簡単に負けられないのよ」
 瓦礫の山と化した屋内。血塗れになった腕を押さえながら、菖蒲は倒れ伏したグレイに止めの小太刀を突き入れた。絶命を確認して外へ出る。愛華の砲撃で穴だらけになった西の廃屋。弾頭矢で大穴の開いた壁面を見上げながら、のもじが余った弾頭矢を指でクルクル回している‥‥
「終わったか。‥‥戦いの中で散りし英霊に最大限の敬意を」
 戦死者の認識票を取る軍曹たちを遠景に、完璧な敬礼をしてみせるキリル。その横で、銃床の壊れたライフルに嘆息しつつ、ダラリと下がった腕に応急で止血をしながら剛蔵は忌々しげに呟いた。
「これからもこんな連中が仰山出てきそうやな。‥‥糞厄介な事だな」
「うん‥‥でも、例えこの先にどんな苦難と絶望が立ち塞がっても‥‥私たちは進まなくちゃいけないんだよ」
 ヨレヨレの桜を迎え入れながら、愛華がそう呟いた。