タイトル:UT ユタの焔マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2010/02/22 23:49

●オープニング本文


 州都の旅団本部が避難民から志願兵を徴募するという話は‥‥現場の兵からすれば今更な話であった。州都近郊、キメラの徘徊する危険地帯に取り残される形で点在する避難民キャンプの守備隊──孤立しての戦いを余儀なくされてきた彼等にとって、志願兵の存在は既に欠くべからざる存在になっていた。
 状況が膠着し、多くの避難民が軍に協力を申し出た際、現場の指揮官たちは現実的な対応をした。彼等に武器を与え、共に外縁陣地を構築し、軍服と私服が並んで戦う事を是認した。彼等は細々と続く補給を頼りに立て籠もって奮闘し‥‥避難キャンプ周辺の僅かな地域を辛うじて確保しながら──いつか来るはずの、来る当ての無い救援部隊を待ち続けた。

 その若い男もまた、防衛隊に志願した民兵の一人だった。
 彼には守るべき者はいなかった。州南部からここまで避難して来る際、家族は全て失われていた。志願した理由は‥‥兵隊の方が食事の量が多い事と、何より退屈だった事。キャンプで自治会のボランティアをするより、銃を手にするボランティア(志願兵の意)の方が格好が良い気がしたからだ。‥‥家族の復讐については考えなかった。元々、折り合いが悪かった。こんな事態にならなければ、卒業と同時にさっさと家を出ていたことだろう。
 戦闘は厳しかったが、それでも彼の想像の範疇を超えるものではなかった。統率されていないのか、襲撃は散発的でキメラの数も少なく、陣に拠って戦う限りにおいては、撃破はともかく撃退は難しい事ではなかった。
 状況が決定的に悪化したのは、飛行キメラによる大規模な襲撃が行われた時だった。
 それまでに無い纏まった数で飛来した飛行キメラの群れは、外縁陣地の上空を素通りして直接、後方の避難民キャンプに襲い掛かった。その時、陣地も獣人型キメラの襲撃を受けており、纏まった戦力をキャンプに送るだけの余裕がなかった。家族をキャンプに残した民兵たちの多くが勝手に陣を離れてそちらに向かい‥‥そして、二度と帰って来なかった。
 やがて、キャンプを平らげた飛行キメラの群れが外縁陣地に襲い掛かった。
 元々、即席の、簡素な造りの防御陣だ。後方からの攻撃は想定などしていない。塹壕は飛行キメラに対して無力だった。キャンプを守る為に長く円状に配置されていた部隊は内と外から各所で寸断され、各個に撃破‥‥いや、殺戮されていった。
 生き残った者たちは、塹壕を捨てて陣内の各施設──半地下に設営されたコンクリート製の指揮所、弾薬庫、食料庫などに立て籠もった。男はとある小隊と共に弾薬庫の一つに入った。陥落より2週間。散発的に襲い来る敵を無理矢理な火力の集中で押し返す。

 だが、奮戦はいつまでも続くものではない。手持ちの食料を使い果たした男たちは、疲労の蓄積と戦力の漸減により遂に弾薬庫入口を突破された。
 照明も切れた薄ら暗い闇の中、人いきれの籠もった室内に銃声と悲鳴と血飛沫とが飽和する。眼前に現れた、暴力という名の原始的な死を前にして‥‥男は手近にあった自動小銃を引っ掴むと、理不尽な運命に抗議するように雄叫びを上げ、我知らず涙を流しながら撃ち放った。
 銃弾は、哀しいほど効果がなかった。弾切れ。視線。冷や水を浴びたような感覚が一瞬で全身を駆け巡り‥‥恐怖が心臓を握り潰すより早く、虎人型キメラの鉤爪が男の胸部半身を切り飛ばしていた。
 痛み、はなかった。ただ強烈な熱と喪失感。男が意識を失うまで一秒もなかっただろう。最後に脳裏に浮かんだのは、悲しみと悔しさの入り交じった「なぜ」という疑問の感情。何の為に生まれ、どうしてここで死なねばならぬのか。或いはそれは、無念と呼ばれる感情か。
 ふと、男は、家族が死ぬ時もこんな思いをしたのだろうか、と考えた。そう思うと、なぜか急に腹が立った。
「‥‥家族の、仇だ」
 想いは言葉にならなかった。男は、小隊長が自爆用に信管をつけていた砲弾の列に倒れ込み‥‥誘爆は、周辺のキメラごと弾薬庫を吹き飛ばした。


 UPC北中央軍西方司令部は決断を迫られていた。
 ユタ州オグデンの第7避難キャンプが大規模な襲撃を受けて壊滅し、一部部隊が敵中に取り残されている。救出は急がねばならないが‥‥ユタ特有の事情がそれを困難なものにしていた。
「州都ソルトレイクシティ、およびオグデンの周辺には、軍民合わせて1万5千以上の人間が取り残されています。西海岸に対する敵の主攻はメキシコ方面からであり、助攻として大陸中央部からHWの編隊が飛来しておりますが‥‥あの辺りの主戦場はあくまでも空であり、敵の主兵力たるワームは地上に進出しておりません」
 故に、ユタはかろうじて持ち堪えられている。無力であるが故に放置されている、というのがかの地の実情だった。
「現地の部隊は現状を維持するので精一杯です。ユタ派遣の独立混成旅団からは、西方司令部に対して救援要請の矢の催促ですが‥‥」
「KVを含む大規模な部隊を派遣すれば、流石に敵もそれを放置できない。そして、今の我々にはまだ、ロスとユタの避難民、双方を守り切れるだけの戦力は無い」
 参謀たちは頭を振った。逃げ惑う避難民の只中でワームとKVが総力戦を繰り広げる様を想像するのは、あまり愉快なものではなかった。
「とはいえ、何もしないわけにはいくまいよ。ただでさえ現地の部隊には過酷な任務を強いている。窮地を見捨てたとあってはもう彼等の士気を維持できない」
「救出だけではダメだ。キメラに対して何らかの手当てをしなければ」
「手当て、だと?」
「情報に拠れば、オグデン第7キャンプに『駐屯』するキメラどもはキャンプ内の建物を『巣』にしているらしい。‥‥こいつを焼き払う」
 ざわり、と会議室の空気が揺れた。
 立ち上がったその参謀──主にユタを『担当』してきたその大佐は、資料を手にプロジェクターへと歩み寄った。
「作戦は最小限度の兵力で行う。突入は夜間。フレア弾搭載のKV4機は速やかに第7キャンプ上空へ進入し、先行降下した4機の発炎筒によるマーキングを目標に、旧学校舎、体育館、旧病院棟、倉庫群を爆撃。同時に、ティルトローター機からなる救出隊が外縁陣地の兵たちを救出する」
「‥‥避難キャンプ内を爆撃するのか? まだ生き残った民間人がいるかもしれんのだぞ?」
「‥‥残念だがその確率は殆ど無い。我々の行動は‥‥あまりにも遅すぎた」
 嘆息と唸り声。皆が難しい顔をしながら、誰も作戦に反対はしなかった。誰もがそうせねばならない理由を分かっていた。
「奴等は既にキャンプを一つ潰した。ここでこれを放置すれば、他のキャンプを危険に晒す事になる。‥‥軍人として、それだけは避けねばならぬのだ」

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
美空(gb1906
13歳・♀・HD
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
禍神 滅(gb9271
17歳・♂・GD
アセリア・グレーデン(gc0185
21歳・♀・AA

●リプレイ本文

 静寂に包まれた夜の闇に、KVのエンジン音が咆哮となって轟いた。
 星や月の灯を制して輝くバーナー炎。血と肉片のこびりついたキャンプの広場を照らしつつ‥‥4つのスラスターから噴き出す奔流を翼として人型形態で降下してきた阿野次 のもじ(ga5480)のシュテルンが、その両脚部を前に振る様にして惨劇の地へ降り立った。
 瞬間、星々が明るさを取り戻す。着地したのもじ機がバーナー炎を絞ったのだ。そのままレーザーガトリングの砲口を左右に素早く振る。その上空を、旋回して戻って来た軍の先導機が新たな照明弾を投下してゆき‥‥失速ギリギリの速度で進入してきた綾嶺・桜(ga3143)の雷電が、人型形態へと変形しながらコンクリに装輪を弾ませた。滑走して衝撃を殺しつつ武装を展開する。
 そこへさらに寿 源次(ga3427)のノーヴィ・ロジーナとアセリア・グレーデン(gc0185)のミカガミとがエンジン音も高らかに下りて来る。実戦で初めて人型降下を体験するアセリアは一際高く機をバウンドさせたが、じゃじゃ馬相手に何とか機のコントロールを失う事なく、無事に降下を完了させた。
「無線封止解除。本部及び作戦参加中の全機へ。こちら降下班。全機降下を終了した。遅延なし。これより各目標へ移動を開始する」
 無線でそう報告しつつ、源次は僚機に向けて前進の手信号を振った。
 ぐずぐずしている暇はなかった。広場に敵影は殆どなかったが、KVが侵入して気付かれない訳はない。案の定、夜の帳の向こうからはキメラがキーキーと鳴く声が聞こえてくる。起き出したキメラが『巣』を離れるまでが勝負だ。カウントダウンは始まっている。
「ではの。また離脱時刻にここで会うのじゃ」
 既に照明弾は燃え尽きつつあり、広場は再び夜の闇に沈もうとしていた。桜は皆の健闘を祈りつつ、機の探照灯に灯を入れた。続けて自動攻撃システム『アテナイ』のoffを確認して‥‥そこでふと、桜は自機が電子支援を受けている事に改めて気がついた。
「皆、頑張って。私もここで精一杯頑張るから!」
 降下開始前、後方で電子支援と航空管制補助を行っている友人・響愛華が発したその声援は、無線封止のため桜には届かなかった。だが、こうした瞬間、ふとその存在を身近に感じられる。
 フン、と不機嫌そうに、しかし、口の端の笑みは隠せずに、桜は目的地へ向け装輪走行を開始した。同様に四方へ走り始める能力者たち。桜は旧学校舎へ、のもじは体育館へ、アセリアは倉庫群へ、そして、源次は旧病院棟へ。それぞれが発炎筒で爆撃目標をマーキングする手筈だった。
「病院棟、か‥‥今や丸々キメラ共の巣だとはな‥‥」
 闇夜の中、探照灯に照らされた道を走りながら、源次はそう嘆息した。病院棟へ続くこの道は、彼にとって初めての道ではなかった。以前、病院棟にはキャンプの生き残りが立て籠もっていた事があり、その救出作戦に参加した源次は2度程この道を往復している。
 まだ目を覚ましたキメラは多くないのか、KVの行く手を遮るものはいなかった。2分程走って目的地に到達した源次は、探照灯の灯を落として駐車場へと機を進ませた。病院棟は人の手から放れた事を象徴するかのように、黒いシルエットを月明かりに屹立させていた。
「人間を追い出し夢の中、か。いい気なもんだ」
 源次は苦笑を歪ませた。なるほど、これなら『巣』を一網打尽に叩くのは確かに効果的だ。キャンプを我が物顔で闊歩する奴らを一掃したとて溜飲が下がる訳でもないが、ここは奴等が我が物顔で居座っていい場所じゃない。
 一方、体育館へ向かっていたのもじは、点火予定時刻ギリギリになってようやく目的地へと到達した。住宅地の端々に、生き残りがいた時の為に蛍光塗料で「広場に集まれ」との指示を書き付けてきた為だった。
 計器の光が淡く浮かぶ闇中のコクピットで、自作した『ゴッドノモディの歌(48番まで(嘘))』をのりのりで歌いながら、進路を遮るブロック塀を一気に飛び越える。予定時刻ピッタリに何とか体育館前の広場に機を滑り込ませたのもじは、その勢いもそのままに発炎筒を体育館の屋根目掛けて放り投げた。
 体育館内の生存者捜索は考えなかった。キメラの巣窟と化した建物内に生き残りがいるとは考えられない。
「よっし、どんぴしゃ!」
 会心の投擲にのもじがグッと拳を握る。屋根のど真ん中に乗ったそれは‥‥蒲鉾形状の屋根をコロコロと転がり地に落ちた。のもじは身動きもせずに暫しそれを見つめ続け‥‥無言で拾い上げたそれをそっと屋根の端に乗せた。
 倉庫群に向かったアセリアもまた、時間までに発炎筒の設置を完了していた。
 理想は爆撃目標たる倉庫群の中心に設置する事だが、それだけ多くのキメラが目を覚ます。だが、端に過ぎれば効果的な爆撃は望めない。
 その為、アセリアは大きく回り込んで、倉庫群を爆撃する美空(gb1906)の予定進入コース上に発炎筒を設置していた。つまり、炎の少し先に倉庫群の中心がある事になる。
「こちらアセリア。発炎筒の設置と点火を確認。‥‥美空。目標は炎の200m先となります。200m先です」
 空を見上げ、頼みます、と静かに告げる。
 やれる事は全てやった。後は爆撃班の手腕に期待するのみだった。


「爆撃班各機、こちら『Dame Angel』。降下班から連絡が入ったわ。全て予定通り。アプローチを開始するわよ」
 オグデン上空へと進入しつつある爆撃班のKV4機。その中の1機、フレア弾を搭載したイビルアイズに乗るアンジェラ・D.S.(gb3967)は、旧学校舎へ進路を取りながら、闇に沈んだユタの大地──明かり一つ灯らぬ住宅街を見て眉をひそめた。
「全滅したキャンプを犠牲にしてでも、爆撃でキメラ群を殲滅する‥‥命令とはいえ、やりきれない状況よね」
 皆に高度計から目を離さぬよう伝えつつ、アンジェラはそう肩を竦めた。彼女は美空らと共に、目標位置・侵入経路・コース通過のタイミングや爆撃時刻まで綿密な打ち合わせを済ませていたが、幾ら気をつけても気をつけ過ぎるという事はない。
 真紅のS−01H『Rot Sturm』を駆るルノア・アラバスター(gb5133)もまた、アンジェラの言葉に表情を暗くした。ユタに来るのは久しぶりだったが、最後に来た時より状況は大分悪くなっているようだった。
「‥‥それでも。軍の人たちだけでも救出できるのなら」
「壊滅したキャンプの人たちの命は帰らないでありますが‥‥せめて、キメラの巣窟を焼き払って、彼等の送り火とするのでありますよ」
 後衛を飛ぶ2機のロングボウパイロット、禍神 滅(gb9271)と美空が噛み締めるように言葉を紡ぐ。ルノアもこくりと頷いた。
 若い連中の健気な言葉に、アンジェラは一人、笑みを作った。
「‥‥OK、かわいこちゃんたち。なら、私たちは私たちの仕事をこなしましょう」
「かわいこちゃんて‥‥僕、男‥‥」
 滅の反駁を他所に、編隊を解いてそれぞれ爆撃コースへの進入を開始する4機。地面も空も黒一色に塗り潰された闇の中、上下感覚も覚束ない状態での爆撃は、計器と、そして、闇夜に光る発炎筒の炎だけが頼りであった。
「4色の炎‥‥あれだね」
「確認したであります。これより爆撃コースに侵入するであります」
「進路、固定。投下、シークエンス、開始‥‥」
「対地速度、距離、高度‥‥ちょい右に流される。偏流角修正‥‥位置確認、進入角、良し、3、2、1、」
 投弾した瞬間、軽くなった機体がふわりと浮いた。目まぐるしく変わる高度計の数値を見やって、操縦桿を引き絞る。Gが身体を押し潰し、炎と闇と星と月とが目まぐるしく下へと流れる。
「投弾、投弾!」
 上昇角度を維持しながら滅が背後を振り返る。少し後方、お手本の様な投弾を終えて上昇していくアンジェラ機。その向こうを飛ぶルノア機は、ギリギリまで降下を継続する。
「1体も、逃がさ、ない!」
 高度500、病院棟を目前にして上昇へと転じる。放られたフレア弾は飛び込む様に病院棟を直撃し‥‥直後、遅延信管により起爆した炎が効果範囲内の全てを焼き、砕き、気化させながら。巨大な炎の塊となって、夜中の太陽の様に闇夜を照らし出した。
 続け様に、旧学校舎、体育館の近くに着弾したフレア弾が建物を灼熱の炎に包み込む。愛機、『美空スペシャル』を降下させた美空も、倉庫群に向けて2発のフレア弾を投下していた。1発目は予定よりも手前に落ちて、倉庫南側の3割を焼き払った。もう一発は発炎筒の先に着弾して、激しく地を跳ね転がり‥‥中央付近で炸裂して倉庫の8割を焼き払った。
「これは美空からのサービスなのでありますよ!」
 機を捻りながらさらに2発のフレア弾を投下する美空。5つ、6つと大地に巨大な炎の花が咲き、真昼の様にキャンプを照らし出す。その悉くが、目標となった建物をその効果範囲に収めていた。
 だが、歓声は長くは続かなかった。
 燃え上がった炎を背景に、空を舞うキメラたちの影が浮かび上がる。
 発炎筒が燃え尽きるまで僅かに5分。その僅かな時間の合間にも、予想より多くのキメラが彼等の『巣』を抜け出していた。


「‥‥やれやれ。どうにか間に合ったようじゃな」
 燃え落ちる旧学校舎を振り返って、桜はホッと息を吐いた。
 桜が発炎筒を設置したのは予定時刻を少し越えた後だった。生存者がいないか気を配りながら移動をしていて、知らず遅れそうになっていたのだ。‥‥キメラの襲撃時、桜はこのキャンプに居合わせた。多くの命が零れていくのを目の当たりにしただけに、無心ではいられなかった。
 だが、だからこそ、彼女はそれに気付けたといえるかもしれない。
 天を焦がす炎。空を舞う有翼キメラの群れ。炎に巻かれた敵が舞い落ち、燃える大地の向こう。闇の中に微かに光る人工の光を、桜はしかと見出していた。
 桜は目を瞠った。その明かりはクルクルと円を描いていた。人が振り回しているとすぐに気付いた。ブーストを焚いて一気に近づく。それが間違いなく生存者だと確認して‥‥桜は、沸き上がる涙を無理矢理押さえ込んだ。
「よく‥‥無事で‥‥!」
 桜はすぐに予備シートに座るよう促したが、男は首を振った。家の中にまだ妻と子供がいるという。
 既にキメラは集まりつつあった。銃‥‥はさらに敵を呼ぶ。桜はハンマーボールを引き出すと左手と腕部にそっと3人を抱え上げた。
「しっかりと掴まっておるのじゃぞ。絶対に助け出してやるからの!」
 桜は舞い群がろうとするキメラをハンマーを振り回して蹴散らすと、そのまま集合場所の広場へ向けて疾走し始めた。

 その頃、広場でも2人2組、計4人の生き残りが自力でここまで到達していた。のもじが残した『書き置き』を見た者たちだった。
「何が『生存者は絶望的』だ。まだこんなに生き残っているじゃないか!」
 バルカンとガトリングで弾幕を張りながら源次が呻く。既にここには多くのキメラが集まってきており、銃撃を躊躇う理由は無い。
「‥‥相手がキメラでは、我が愛馬の初陣としては物足りない‥‥そう思っていたのですが」
 生存者を守る様に、彼等を挟んで源次機の背後についたアセリアが眉をひそめた。キメラ『ハーピー』の攻撃はKVにとって脅威とはなりえないが、人の命は容易く奪える。20mmと多連装機関砲でキメラ『アンゲロイ』を粉々に撃ち砕きながら‥‥アセリアは口元を苦笑に歪ませた。『吸血鬼』が天使の姿をした者を狩る‥‥なかなか良く出来た皮肉じゃないか。
 すぐに桜の雷電が合流し、KV3機、生存者の数は7人になった。だが、運搬手段はなく、無論、跳躍変形で離陸する事もできない。
「なら、地を駆けて行くしかあるまい。わしが彼等を抱え込む。援護は任せたのじゃ!」
 ハンマーを仕舞う桜機。源次が撃ち捲る横でアセリアが状況の変化を報告し‥‥
「シード・ラブ・シャワー!」
 と、KVの隙間を縫って突入しようとしていたキメラが、斜め上から撃ち下ろされたレーザーによって貫かれた。バーナー炎も誇らしげに着地するのもじのシュテルン。のもじは纏ったレッドマントを翻すと、それを外して桜機に手渡した。
「それで包んで運ぶといいよ。敵は‥‥こっちで引きつける!」
 叫び、とうっ、と大地を蹴るのもじ機。ゴッドノモディの歌(3番)を歌いながら、派手に砲撃を繰り返して針路上のキメラを誘引、或いは追い散らす。
「‥‥救出隊と外縁陣地との交信を確認した。こっちだ」
 源次が先導すべく前に出る。桜機がそれに続き‥‥殿に立ったアセリアのミカガミ『Lumina−Sabia』が、追い縋る敵に向けて内臓雪村『Lovitura de sange』を一閃させた。


 燃えるキャンプを遠景に、ティルトローターを稼動させたV−22改が落ちる様な勢いで外縁陣地に次々と降り立った。
 トーチカから飛び出してくる兵たちを、機の扉を開け放った乗員が手招きする。気付き、降下を開始するキメラたち。その『群隊』の只中に、彼方から放たれた誘導弾が突っ込み爆発した。追い散らされる敵。その直上を滅のロングボウが飛び過ぎて行く。
「誘導システム、諸元入力‥‥JN−06、シュート!」
 旋回して戻って来た滅機が再び誘導弾を撃ち放つ。救出隊上空を逃げ惑うキメラの群れ。それを追い散らすようにアンジェラ機が機関砲の一撃離脱を群れの中へと浴びせ掛ける。
「『Rot Sturm』、こちら『Dame Angel』。2時方向より纏まった数のキメラが接近中。一発かましてくれない?」
「‥‥了解」
 アンジェラの連絡を受け、周辺部で逃げる敵を狙撃砲で撃ち払っていたルノア機がその機首をそちらへ向ける。射程内に入るは一瞬。胴体直下に装着したKA−01から集積されたエネルギーの奔流が迸り、放たれた光の槍はその群れを一撃で吹き散らす。
 だが、彼等の奮闘も、数を増すキメラの波状攻撃から全ての救出機を守り切る事はできなかった。離陸しかけた機がキメラに襲われ、グラリと機を傾けて大地に激突、爆発する。
「残っている者はいないかー! 残っている者はー!」
 血と肉片と炎が振る中、兵たちを乗せて次々と離陸していく救出機。その周囲をグルリと旋回する美空機がアテナイで敵を撃ち続ける。最後に残った機体から確認の声に、ギリギリで間に合った降下班の4機が生存者を引き渡し‥‥彼等の目の前で、最後の機体が空へと上昇していった。
「さて、わしらも離脱するとするかの‥‥徒歩で」
 ぽつりと呟く桜の声にアセリアが肩を竦める。その頭上を飛んでゆく(今7番)のもじ機。むぅ、と唸る桜に、俺はこっちにつきあうからさ、と源次が言った。


 軍は2機のV−22改を失った。乗員と救出した兵たちもまた炎の中に命を散らしたが、それでも70名以上(民間人7名を含む)の救出に成功した。
 大規模な『巣』となっていた建物への爆撃は成功。半数近くのキメラを焼き払ったものと推測されるが、逃れ出たキメラも意外と多いと思われる。