タイトル:Uta 貌のある、マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2010/01/31 23:34

●オープニング本文


●2009年12月 ユタ州オレム市内、旧小学校跡地──志願兵訓練所

 訓練開始から2日としないうちに、最初の脱走者たちが出た。
 その報告を聞いた若い軍曹たちは、しかし、焦ったりはしなかった。このオレムは最前線──冬の到来により敵の攻勢は止まってはいるものの、市外は野良キメラがうろつく危険地帯だ。脱走した所で、どこにも逃げる場所など無い。
 案の定というべきか、翌朝の朝礼までには、腹を空かせた脱走者たちが全員戻って来た。腕立て伏せの罰則は、逃げ出した兵以外の全員に与えられた。脱走者たちが罰則に加わる事は許されなかった。
「どうして逃げ出した人たちに罰が与えられないの?」
 訓練生の一人、ティム・グレン少年──まだあどけなさの残る12、3歳位の、自称18歳の少年──が、軽快に腕立て伏せをこなしながら、傍らに立つ傭兵能力者の教官にそう尋ねた。
「自分たちが楽になる為に取った行動が、戦場で仲間に何をもたらすか。それを知らしめる為だろう」
 自らも罰則に加わって腕立て伏せをする軍曹たちの意図を、能力者がそう慮る。罰を与えられない事が、罰になる事もあるのだと。
 ティム少年は腕立て伏せをしながら暫し無言で沈思すると──
「よく分からない」
 そう呟いて、眉根を寄せた。

●2010年1月 同上
 ユタ州に派遣された独立混成旅団が州南部で行われた決戦に敗れてから、既に3回目の年が明けた。
 戦力を喪失した本隊は、避難民たちと共に『キメラの海』の中に孤立。以来、大塩湖と塩の荒野を背に、点在する各キャンプを維持するだけで精一杯というありさまだった。一方、南から迫る敵キメラ集団の主力を相手に後衛戦闘を続けて来た『僕』らの大隊もプロボの塞を失って‥‥最早、戦力とも呼べない『僕』等の他に、州都まで遮るものはなにもなかった。
 『僕』等の大隊はオレムに拠って最後の抵抗を試みようとしていたが、大規模作戦Woiの影響もあって、補給が途絶えた敵の攻勢は既に限界に達していた。とはいえ、こちらにも逆撃に出る程の余力もなく‥‥オレムとプロボ、戦力の空白地帯を間に挟んで膠着した。
 状況が動くとしたら、雪が溶けて敵の地上補給路が拓かれる春に違いなかった。旅団本部は北中央軍西方司令部に望みの無い援軍を要請しつつ、各避難民キャンプで志願兵の徴募を開始した。兵力の7割を失った『僕』等の大隊は、分隊を率いていた上等兵の『僕』、ウィル、トマスの3人を軍曹に野戦昇進させた。
 軍曹として『僕』等の最初の任務は、徴募した志願兵たちの訓練だった。

 ティム・グレン少年が訓練場から姿を消したのは、訓練開始から2週間ほど経った頃の事だった。
 契機となった事件は、恐らくささいなものだった。ようやく後方から送られてきた訓練生たちの野戦服──その中に、ティムのものがなかったのだ。手違いかと問い合わせてサイズを伝え‥‥少年用の野戦服など送るわけが無い、と告げられた。訓練生の徴募に際して、18歳未満の者は選考から弾かれていたのだ。
 不正規兵──という言い方は語弊があるが、少なくとも正規の手続きを経て訓練生になったわけではないらしい。そして、『僕等』がそれに気付いたのと同じ頃──ティム少年は姿を消したのだ。
「脱走か?」
 訓練生がいなくなったという『僕』らの報告に、小隊長のバートン少尉──軍曹より野戦昇進──はまずそれを尋ねてきた。『僕』等3人の中では一番ティムの面倒を見ていたウィルが頭を振った。
「あいつに限って、訓練が辛くなって脱走、なんて事は考えられませんよ。長距離走だって、射撃だって、あいつは訓練生の中でもダントツだったんですから。な、ジェシー?」
 ウィルに同意を求められて、『僕』は頷きつつも考え込む素振りを見せた。気付いたバートン軍曹、じゃない、少尉が言葉を促す。
「‥‥確かに、ティム少年の身体能力は抜きん出ていました。当初、苦手だった射撃もあっという間にものにしましたし。少年ですが、十分戦力になるでしょう。ただ‥‥」
 その事自体が既に不自然な事なのだ、と『僕』は言った。少年兵の存在自体は、このアメリカであっても独立戦争や南北戦争の頃にはそう珍しい存在ではなかった。身体能力や射撃に関しても、天才と呼ばれる少年ならばありえる話かもしれない。だが、能力者でもない少年がその全てを兼ねているのは‥‥やはり尋常ではない。
「‥‥さっき、ティムについて訓練生の皆に尋ねて回ったんです。明るく無邪気なティム少年は訓練生の間でも人気でした。でも、誰も彼の事を詳しくしらないんです」
 ティムを初めて見たのは初日の朝礼前、更衣室代わりの教室で。誰かの家族かと思っていたが、訓練生だったので驚いた。とにかく何故? が多く、質問攻めに辟易した。州都の両親とは既に死別しているらしい‥‥
「元々、オレムにいた砲兵連中に聞きましたが、食料庫に『鼠』は出なかったそうですよ」
「ジェシー、お前、まさか‥‥」
 ウィルも気付いた。気付いたという事は、ウィルの中でもその答えに行き着く可能性を感じていたのだろう。
「なんにせよ、見つけ出さねば始まるまい」
 少尉の言葉に、『僕』とウィルは頷いた。『僕』の勘違いであるならそれでいい。だが、すべてはそれからだ。
「小隊はこれより、行方不明になったティム・バートンの捜索を開始する。全分隊、5分後に訓練場に集合。全員、重火器装備のこと」
 戦闘の可能性がある──バートン少尉ははっきりとそう言い放った。
「これは訓練ではない、と新兵連中にはよく言い含めておけ。これが君たちの初陣だ、と」

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
クロスフィールド(ga7029
31歳・♂・SN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
アーク・ウイング(gb4432
10歳・♀・ER
九頭龍 剛蔵(gb6650
14歳・♂・GD
湊 影明(gb9566
25歳・♂・GP

●リプレイ本文

 グラウンドに整列した新兵の多くが、早すぎる初陣にその表情を硬くしていた。
 彼等の教官役も務めた九頭龍 剛蔵(gb6650)は、彼等にまず、光を反射したり、音を立てたりしないよう、銃や装具に布とテープを巻き付けさせた。
「いいか。訓練通りだ。各人の間隔は5mとし、合図は手信号で行う。探索中は不用意に声を立てるな。分かっているな?」
 何とか、といった風情でようやく準備を終える新兵たち。剛蔵は小さく嘆息すると、もう一度繰り返してそれを徹底させた。
「1人でも怪我して帰ってきたら、君達の夕食はみんな私が食べちゃうからね!」
 響 愛華(ga4681)がおどけた様子でそう言ったが、笑いは返ってこなかった。新兵たちに笑うだけの余裕はなく‥‥熟練兵たちは愛華の言葉が現実になりかねない事を知っている。‥‥冗談だよ? と慌てる愛華。ベテランたちがホッと息を吐いた。
「その代わり、無事に帰って来れたら、愛華の分までおぬしらにご飯を奢ってやるのじゃ」
 綾嶺・桜(ga3143)がニヤリとそう言うとようやく新兵たちにも笑いが起きる。「そっ、それは聞いてないんだよ!?」と慌てる愛華の様子がさらに兵たちの笑いを誘い‥‥バートン少尉がやって来たのはそんな折の事だった。
「我々はこれより失踪したティム・グレンの捜索に当たる」
 目的はティムの保護、或いは拘束。捜索は分隊単位で行い、各分隊に1人、『前線』に近い南には4人の能力者を同行させる。捜索帰還は最大でも日没まで。
「戦闘になる可能性が高い。締めてかかれ」
 バートンはそう締め括った。


 オレム市北方の探索に当たったのは、トマス軍曹率いる第3分隊とそれに同道する風代 律子(ga7966)だった。
 律子はトマスに許可を得ると、熟練兵と新兵とでペアを組ませて探索に当たらせた。できた計5班を、あまり広がり過ぎない過ぎない様に配置する。出来る限り広い範囲を捜索しながら、何かあった時はすぐに律子が駆けつけられるように考えられた態勢だった。
「何かあったらすぐに私に連絡を。皆、無茶だけはしないでね」
 改めて念を押し、探索の為の前進を開始する。
 探索は順調だった。‥‥キメラに遭遇しない、という一点に限った話であるが。
「どうでしたか?」
 とある家屋の玄関前。膝射姿勢をとって周辺を警戒するトマスは、屋内の探索を終えてきた律子にそう尋ねた。この家の前で子供の足跡と『思しき』窪みを発見していたのだ。
 律子は静かに首を振ると、無線機を取り出して仲間たちに状況を報告した。探索開始から2時間が経つが、未だ有力な痕跡は見つかっていない。
 同時に、他の分隊の探索状況も入って来た。
 オレム市内──大隊が確保している地域は、分隊に帯同しなかった相沢 仁奈、月影・透夜、大河・剣、天城・アリスの4人が探索をしていた。主に、飲食店やスーパー等、食料がありそうな場所──大規模な略奪の跡しか残ってなかったが──、暖を取れそうな場所を重点的に捜索したが、今のところ手掛かりの発見には至っていなかった。
 東は敵斥候の接触を度々受けており、西は幸か不幸かこちらと似たような状況だ。南は‥‥
 律子が無線機をコールしようとした時、冷たい冬の空気に悲鳴と銃声が響き渡った。部下を呼び寄せるトマスの声を背に、律子は氷の大地を蹴り走る。氷片と粉雪を蹴散らしながら『瞬天速』で道路を駆け抜け‥‥十字路の角からのそりと現れたキメラ『ビートル』に対し、新人と思しき兵が碌に効きもしない自動小銃を撃ちまくっているのを確認した。恐らく、不意の遭遇に狂乱した新兵が発砲したのだろう。
 突進を開始する甲虫型キメラ。新兵の腕と襟首を引っつかんだ熟練兵が、それを物陰へと引っ張り込む。すぐ側の壁に激突するビートル。舞い降りる雪とコンクリ片。律子は引き抜いたハンドガンをキメラの足元から横腹に掛けて撃ち放った。乾いた銃声が響き、地と、脚と、甲虫の甲殻とをSESエネルギーを付与された銃弾が砕く。自らを脅かす敵の登場に、野良キメラは慌てて逃走へと転じた。
(「そう、それでいい。逃げなさい」)
 逃げるキメラを追い立てる様に弾丸を撃つ律子。兵器として『生産』され、望まぬ改造を施されて戦場に送られる『彼等』もまた被害者である。その想いが彼女にあった。
 だが‥‥
「撃てぇ!」
 横列を組んだトマスたちが、逃げる甲虫に向かって一斉に無反動砲を撃ち放つ。複数の砲弾の直撃を横腹に浴びた甲虫は甲殻を砕かれ‥‥体液を撒き散らしながら、壁に寄り倒れる様にして『擱坐』した。
 初めての戦果を上げて歓声を上げる新兵たちに、硬直した身体から力を抜いた律子が「よくやったわ。その調子よ」と声を掛けた。
 ‥‥自分の想いが正しいわけではない、と律子には分かっていた。『敵』を殺して喜ぶ彼等を咎められるわけがない。ここであの甲虫を逃せば、次に殺されるのは自分かもしれないのだ。
 だけど‥‥と独り言つ。建物の陰、最初に銃を乱射した新兵がそこでガタガタと身体を震わせているのを見て‥‥
「終わらせないとね、この戦争‥‥一刻も早く」
 そう小さく呟いた。


 その頃、南を探索しているウィルの第2分隊と能力者たちは、有力な敵勢力と遭遇してその探索を中断していた。
 幅4車線の通りに瓦礫で築かれたバリゲードに拠り、その陰から砲口を南へと向ける兵隊と能力者たち。プロボの敵前衛を発したキメラは一個小隊規模。トロルと砲甲虫を中心とした敵の精兵をここで待ち受ける。
 後方では、アーク・ウイング(gb4432)が負傷兵搬送の為に大隊から借り受けたジーザリオの車内で、隊の側後方の警戒に当たっていた。
「気を抜いたらダメですよ〜。目を皿の様にして見張るです。建物の角とか、窓とか‥‥屋根の上とか」
 同乗する衛生兵に告げるアーク。やがて、その耳に、凍った路面を削って走るAU−KVのエンジン音が聞こえてきた。
 砲列を組んだ分隊の前方、雪飛沫が舞う道路の向こうから、バイク形態のAL−011『ミカエル』に跨った湊 影明(gb9566)がやって来る。AU−KVの機動力を活かし、前方の斥候に出ていたのだ。
「トロル4、砲甲虫2が接近中です。分隊規模。他のキメラは第2、第3小隊と交戦を開始した模様」
 速度を落とし、後輪を滑らせながら、AU−KVを人型へと変形させて纏いながら停止した影明が、索敵結果をウィルと仲間に説明する。そのまま『防衛陣』の一角へと走る影明‥‥さほど時間を置かずして、雪のカーテンの向こうから、こちらに向けて走り寄る大きな人影が見えてきた。
「‥‥全ての新兵に告げる。お前らは戦闘処女である。先輩の言う事を聞け。そして、その通りに実行しろ。我々がお前たちに要求するのはただ一点、普段の訓練通りに行動する事だ。理性を保て。恐慌状態になるな。そんな事になってみろ。銃口を突きつけるけんな」
 淡々と語る剛蔵の横で、車から出てきたアークがこくこくと頷く。超機械を手ににこやかに笑うぶらっくアーちゃんの笑顔に、新兵たちは慌てて首を縦に振った。

 愛華が投じた閃光手榴弾の炸裂によって、戦いの幕は切って落とされた。
 真っ先に先頭に立った人型キメラ『トロル』は、頭部をガードもせずに全速力でこちらへ突っ込んできた。なるほど、どこにでも新兵はいるという事か、と、ウィルは閃光と轟音に怯むそのトロルに向けて一斉砲撃を命令した。
 一斉に放たれるロケット弾、その内の何本かを頭部に受けて、たまらずトロルが転倒する。すかさずアークの『練成弱体』の支援が飛び‥‥そこに、オーラを真っ赤に染めた愛華のガトリング砲が、『強弾撃』を使用した剛蔵のSMGが一斉に炎の舌を吐く。無数の銃弾を雨霰と撃ち掛けられ‥‥トロルは姿勢を回復する間もなく、肉と骨とをズタズタにされ再び地面へ倒れ込んだ。
 強敵『トロル』の撃破に沸きあがる歓声。だが、すぐ後に新手のトロルたちが突っ込んで来ていた。今度のは空いた手でしっかりと頭部をガードしている。
「ふん、強化型か。新調した薙刀の使い勝手を見るにはよい相手じゃの!」
 敵の足を止めるべく陣を飛び出す桜。新たに手に入れた薙刀「清姫」を肩に担ぎつつ、『瞬天速』で敵前へと肉薄。その後を左手に飛天、右手にシエルクラインを構えた影明が装輪走行で追随する。
 再びアークの援護が飛ぶ。剛蔵が彼等の邪魔にならぬように援護の火線の指示を出し、兵たちと共に狙いを定めた愛華が声を上げた。
「集中力を切らさず、冷静に、だよ!」
 放たれる砲火。しかし、頭部をガードした敵は倒れず、皮膚の硬さと回復力とで突撃を継続する。
 だが、援護射撃が途絶えた瞬間、低い姿勢で飛び込んだ桜が敵の懐へと潜り込んでいた。左腕を上げた敵の横腹は──
「がら空きじゃ!」
 踏ん張って足を止め、自らの倍はあろうかという薙刀を上半身ごと振るって、トロルの左膝へ赤い刀身を叩き込む。飛ぶ血飛沫。脚の半ばまでを切り裂きながら、しかし、桜は舌を打った。骨まで達していない。『その程度』、トロルならいずれ回復してしまう。
 唸りを上げて飛んでくるトロルの反撃を、桜は飛び退さって回避した。石突を地に打ちつけ、高飛びの要領で距離を取る。
「援護射撃!」
 瓦礫の上に身を乗り上げ、盾を構えつつSMGを撃つ剛蔵。集中砲火に倒れかけて踏ん張る敵の足元へ、今度は影明が突っ込んだ。銃を撃ち放ちながら装輪移動で滑る様に回り込む。軽やかに振るわれる刀身がトロルのぶ厚い背中を切り裂き‥‥直後にはもう血が止まって塞がり始める。
「こいつは‥‥」
 厄介だな、と呟く影明にトロルの得物──コンクリ柱が振り下ろされる。粉塵と砕けるコンクリ。両腕を交差してそれを受け凌ぐも、AU−KVがミシリと悲鳴を上げる。
 再び支援射撃を放とうとした愛華は、瞬間、後方より迫る砲甲虫に気付いて、そちらへ砲身を向け直した。気付いたのは‥‥こちらが早い。
「それは絶対、撃たせないんだよ!」
 前へと飛び出し、敵の砲口へ向けてガトリングを撃ち捲る。弧を描いて飛ぶ曳光弾。甲殻が砕けて体液を散らしながら、砲甲虫が前のめりに『擱坐』する。
 だが、その背後から迫るもう1匹の長砲身型を止める手立てはなかった。高初速で撃ち放たれた礫弾は、腰だめにガトリングを構えた愛華の横を飛び過ぎ、背後のバリゲードに当たってその瓦礫を吹き飛ばした。
 破片が飛び散り、兵たちが悲鳴と共に薙ぎ倒される。愛華の反撃、敵の応射。砲声轟く無人の街に衛生兵を呼ぶ声が木霊する。
 後方の陣にいたアークは、着弾で巻き上げられた小砂利が地に落ちる前にそこを飛び出していた。流れ飛んでくる砲弾に臆する事無く取り付き、負傷者を物陰へと引っ張り込む。
「俺は大丈夫だ。兵たちを!」
 ロウ・ヒールで自らを回復し、立ち上がって銃撃を再開する剛蔵。彼は大丈夫だと判断して、アークは側の兵に寄った。新兵だ。見た顔だった。救急セットでは救命が間に合わないと冷静に判断し、練成治療を開始する。
「この‥‥っ! 行かせんのじゃ!」
 影明と共に2匹目を打ち倒し、3匹目へと桜が走る。拘束されたその1匹の横を4匹目のトロルが走り行く。それはバリゲードが砕けた箇所を目指していた。
 兵たちに上がる悲鳴。立ち塞がる剛蔵の前にトロルが迫り‥‥間一髪、砲甲虫を撃ち倒した愛華が駆けつけ、獣突の体当たりで弾き飛ばす。
「私たちだって怖いんだよ!? だから、だから頑張って!」
 怯える新兵たちに叫ぶ愛華。震えは隠しようも無いが、兵たちは再び手にした砲を握り直した。


 既に夕刻が迫ろうとしていた。
 オレム市西部を探索していたジェシーとバートンの第1分隊は、敵とも手掛かりとも遭遇する事もなく、順調に? その探索を続けていた。
「俺に言わせれば‥‥背中から撃たれるのが一番怖い。勘違いするなよ。そりゃ奇襲も誤射も怖いが、本当に怖いのは銃弾じゃない」
 同道する能力者・クロスフィールド(ga7029)が、操車場を歩きながら新兵たちに語りかけていた。
「前面の有能な敵、後方の無能な味方‥‥今は団結しているように見える人類でも、親バグア派なんて奴等もいるし‥‥結局、敵はバグアじゃなくて身内なのかもしれないな」
 その言葉にジェシーは苦笑した。あまり新兵を怖がらせないで下さいよ、と肩を竦めるジェシーに応じてクロスフィールドが向き直る。
「なぁ。ティムって子供はそんなに優秀だったのか?」
「優秀、というより、空恐ろしい、って感じでしたね」
 大人の誰よりも優れた身体能力を持ち、銃の構造を理解しただけで狙撃手級の腕前を披露して見せる少年‥‥何度も言うが、やはり尋常な事ではない。
 ふぅん、とクロスフィールドは頷いた。優秀すぎる少年兵、か。やはり何かありそうだ。迷子探しの甲斐もある。
 先頭を歩いていた古参兵が手信号で停止を指示した。見つけたものは子供の足跡と思しきもので‥‥戦闘態勢に移行してそれを追った分隊は、夕陽に染まる湖岸に佇むティム少年を発見した。
 大人びた、子供らしからぬ冷たい笑みを浮かべて振り返るティム。それを見た瞬間、ジェシーは自らの悪い予感が当たった事を知った。
「どうして急にいなくなった? ホームにでも帰るつもりだったのか?」
 嘲笑する様にして問いかけるクロスフィールド。ティムは虚を衝かれた様に笑った。
「ホーム(故郷)? はは、なるほど、確かにホーム(拠点)には違いないね。‥‥うん、今日、プロボに帰るんだ。思った以上に楽しい暇潰しだったよ。やっぱりゲームをする相手の顔は拝んでおかないと」
 膠着した盤面なんて退屈なだけだろう? うん、そういう意味では君たちの奮戦は賞賛に値すると思うよ?
「‥‥お前は、何だ?」
 掠れた声で呟くバートン。きょとんとした顔を見せたティムがおかしそうに笑う。
「まだ自己紹介がまだだっけ? 僕は‥‥」
 ティムの背後の湖面が盛り上がり、電磁迷彩を施した旧式の陸戦ワームが姿を現した。その表面に張り付いていた蛙人──水陸両用キメラ8匹がパラパラと砂浜に下りる。
「サポートに専念、は流石に無理か。おらおら、新兵ども! 日頃の訓練の成果を見せてみろ!」
 唯一の能力者としてクロスフィールドが前に出る。後退し、沈降していくワームの操縦席にティムが飛び乗り‥‥締まりつつあるハッチの隙間からにっこりと手を振った。
「改めまして、こんにちは。僕はティム・グレン。この地でキメラを率いる‥‥バグアです」


 敵は全ての戦線で日没と共に引き上げた。
 それは敵が目的を達したからに違いなかった。後退は、ティムがワームで湖に消えた時刻とほぼ一致する。
「ティム君が‥‥? そんな、嘘だよね。嘘なんだよねっ?」
 第1小隊の面々から話を聞いた愛華は、信じられないと言う風に首を振った。桜の肩を掴む手に力が籠もる。
 なんか面倒な事が起きる気がするなぁ、と。アークがぽつりと呟いた。