タイトル:Uta 好奇の少年マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/30 17:23

●オープニング本文


 ユタ州南方より州都ソルトレイクシティを目指して北上していたキメラの大群は、半年に亘る激戦の末、遂にプロボを陥落せしめた。
 それは、ユタ州における最後の防壁がなくなった事を意味していた。プロボの後方は地形が開けており、避難民1万を抱えた州都の旅団本部には敵の攻勢を支えるだけの戦力は残されていない。
 だが、プロボを陥落せしめた敵は、なぜかそれ以上北上してくる事はなかった。
「プロボに駐留する敵軍は、完全に進軍を停止しています。敵はプロボ周辺に警戒線を張り巡らせて明らかにこちらの接近を嫌いながらも、本格的な防御施設の築城を行った形跡はありません。これは、敵にはプロボに長居する気がない事を意味しており‥‥つまり、敵はあくまで攻撃を意図しつつも、なんらかの事情でそれを成し得ぬ状況にあるものと推測されます」
 州都ソルトレイクシティ、独立混成旅団本部。
 プロボにおいて一連の後衛戦闘を指揮した髭の中佐は、居並ぶ本隊の幹部連中に南部戦線の状況を報告していた。
 長テーブルに腰を下ろして彼の話を聞く参謀連中の表情は皆暗く、或いは諦観すら感じられた。無理もない。州都北方のオグデンでは、避難民キャンプの一つが野良キメラの大規模襲撃を受けて壊滅したらしい。選択肢は既に無く、無力感に苛まれながら‥‥真綿で首を絞められるのにも似た状況が何年も続けば戦意を維持するのは難しい。
 恐らくこの中で唯一戦意を維持しているであろう中佐は、彼等に鞭を入れるかの様に言葉を強めて叱咤し、或いは宥めすかして激励しなければならなかった。
「ただ一度、プロボ市街への潜入に成功した偵察隊があります。彼等によれば、プロボのキメラ戦力は決して多くなかったと。同じ時期、大規模作戦Woiの一環として、大陸中西部において東西遮断作戦が展開されていました。恐らく、敵はプロボの戦闘で大きな損害を出した後、まともな補給を受けていないのでしょう。‥‥つまり、現状、敵の攻勢は限界点に達していると思われます」
 故に、と中佐は言葉を続けた。今こそ部隊の総力を挙げて反転攻勢に出て、プロボの敵を押し返すべきなのだ。
「少なくともプロボを取り返す事が出来れば、喉元に短剣を突きつけられた今の状況は回避できます。冬の到来により、敵の地上補給路は再び豪雪に閉ざされている。この機を逃せば、最早、敵の攻勢を留める術はない!」
 鋭角に放たれた中佐の言葉は、しかし、沼の様な沈黙に呑まれて沈んだ。旅団長が沈痛な表情で頭を振る。一体どこに、攻勢に出せるだけの戦力があるというのか。それに、その一戦に負けてしまえば、市民1万は守る者もなく敵前に晒される事になる。
「プロボを失った私が言うのもなんですが‥‥我々は既にチェック(王手)をかけられているのです。たとえ打って出なくとも、それは敗北を二手三手先延ばしにするだけの事。ここで何らかの手を打たねば、我々も、市民も、このユタに生きる者全てがその未来を失うのですから」


 2009年12月。プロボ北方、オレム市。後衛戦闘大隊駐屯地──
 ユタに再び冬が来た。
 それまで、敵に占領されたプロボを目と鼻の先にして、いつ敵の侵攻が再開されるのか気が気でならなかった『僕』たちにとって、ようやく気が抜ける季節がやって来たというわけだ。このユタで戦っている内に、いつの間にか厳しい冬を心待ちにする様になってしまった。かつては心を躍らせてその到来を待ちわびていたはずの春は、『僕』たちとって敵が行動を再開するだけの季節になった。雪解けのせせらぎは最早地獄の釜が開く凶兆にしか感じられず、春を告げる鳥たちの歌声すら、もう告死鳥のそれにしか聞こえない。
 その頃の『僕』たちには、旅団本部で『僕』等の運命にも関わる深刻で重大な話し合いが行われているなど、知りようはずもなかった。『僕』等はただ舞い振る雪に安らぎすら感じながら、日々、兵隊としての雑務に追われていた。──その時、『僕』は、一等兵から『軍曹』に昇進していたからだ。
 野戦昇進にも程があると思うが、実際、一連の後衛戦闘で大隊の7割からが戦死した結果なのだから笑うに笑えない。実際、この半年は古参(になってしまった。ユタ開戦時には新兵だったのに)として実質的に1分隊を率いてきたから、実に名がようやく追いついたとも言える。
「もっとも、給料が上がる訳でもなし‥‥新兵相手にハッタリかますにしか使えねぇじゃねぇか」
「でも、やっぱり形式は大事ですよ。箔がつけば分隊指揮もやりやすいでしょうし‥‥ね、ジェシーさん」
 戦友のウィルとトマスがそれぞれの表情で感想を述べる。二人とも『僕』と同様に今回の野戦昇進で『軍曹』になっていた。ちなみに、それまで小隊長代理として小隊を率いてきたバートン軍曹も『少尉』に野戦昇進している。 『軍曹』になった『僕』たちの最初の仕事は、新兵を訓練する事だった。
 新兵‥‥とはいっても、後方から送られてきた若者たちではない。州都の避難民たちの中から志願兵を徴募し、戦えると判断された者を選抜して訓練して、不足気味な各避難キャンプの防衛に充てる、というのが旅団本部の方針だった。州都の人員の訓練地はこのオレム。皮肉な事に、野良キメラが徘徊する州都近辺より最前線であるはずのここの方が安全であるらしかった。
 だが、人も戦力も不足しがちな実情を鑑みれば、その審査の基準も甘くなる、というのが実情らしい。その日、州都から初めて送られてきた『訓練生』たちは、老若男女、実にバラエティに富んでいた。その殆どが、銃なんか手に取った事もない風情である。
「‥‥こいつは、予想以上に大変だぞ、おい」
 やれやれと言った風情で嘆息するウィル。『僕』は苦笑した。『僕』もウィルも二年半程前は、バグアの侵入に際して州兵に志願したばかりのペーペーに過ぎなかった。あの時、訓練に顎を出していた『僕』やウィルが‥‥どうにか生き残って、今、こうして偉そうに訓練を仕切るなど、なんともおかしくてしかたがない。
 とりあえず、集められた『新兵』──いや、この呼び方は正しくない。彼等は未だ『兵』と呼べるような存在ではない──もとい、『訓練生』たちを整列させて、ウィルとトマス、3人でバートン『少尉』の到着を待つ。せいぜい厳しい顔を作って、列の前を歩きながら訓練生たちを観察して‥‥ふと、前を歩くウィルがぴたりと足を止め、『僕』は思わずその背中にぶつかってしまった。
 なんてこった。初っ端から締まらないじゃないか。文句を言おうとした『僕』は、しかし、驚愕の表情を浮かべたウィルにその言葉を失った。その視線を追って頭を振る。その先には‥‥
「‥‥なんだって、こんな子供が交じってるんだ!」
 そう呻いたウィルの視線の先には、列にちょこんと交じりながら、肩にかけた自動小銃を興味深そうに眺めやる12、3才位の少年の姿があった。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG
アーク・ウイング(gb4432
10歳・♀・ER
九頭龍 剛蔵(gb6650
14歳・♂・GD
ジャック・クレメンツ(gb8922
42歳・♂・SN

●リプレイ本文

 ユタ州オレムに集められた訓練生たちは各小隊ごとに分けられ、接収した各地のジュニアスクールへと集められていた。各教室が兵舎代わり。グラウンドが即席の訓練場だ。
 未だ規律も無く、集合時間を前に三々五々といった態で校庭へと下りて来る訓練生たち──軍服もなく、思い思いに動き易い格好をしたその素人の集団を目の当たりにして‥‥セレスタ・レネンティア(gb1731)は休めの姿勢を維持したまま、人知れず微かに吐息を漏らした。
「子供まで戦場に? それほど逼迫してるのですか‥‥」
「‥‥戦力が不足している現状ではやむを得ないんだろうけどね。‥‥どうにか戦局を挽回できればいいんだけど」
 セレスタの隣り、ちょこんと体育座りをしたアーク・ウイング(gb4432)が小声で呟く。ジャック・クレメンツ(gb8922)とミスティ・K・ブランド(gb2310)は事も無げにこう言い切った。
「子供でも訓練すれば戦える。現に俺がそうだった」
「やる気と能力があれば使うさ。能力者も子供は多いし‥‥ともかく、猫の手よりは使えるだろう」
 ジャックとミスティは共に少年兵として戦場にあった過去を持つ。それは彼等が生きてきた──生き延びてきた世界では至極当たり前の事象でしかない。
「‥‥無論、無駄に死なせはしない」
 そう独り言つ九頭龍 剛蔵(gb6650)。その言葉に頷きつつ‥‥始めるか、と綿貫 衛司(ga0056)が一歩、ヘルメットの紐を締め直しながら前に出た。集中する視線。衛司がスッと息を吸った。
「何をしている。さっさと整列しろ! ちんたらするな! 3歩以上動く時は、常に駆け足で移動しろ!」
 校庭に響く怒号。慌てて急ぐ訓練生たち。だが、自らの立ち位置を周囲に確認して右往左往しながら列を作るその姿に、衛司は内心、頭を抱えた。
「‥‥今後は常に5分前行動を心がけて下さい。いつ移動を開始するか、いつ攻撃を始めるか‥‥軍隊の行動の基本はやはり時計の時間です。言わば規律の基本です。‥‥だというのに、本来の集合時刻にも遅れるなど」
 不意に衛司の声が低くなって、訓練生たちはその身を固くした。校舎から遅れて出てきた遅刻者たちが、場の空気にその足を止める。
「今、何時だと思っている?! 貴様ら何班だ?! 3班?! よし、3班全員、その場に腕立て伏せの姿勢を取れ!」
 そう言いながら、自ら率先して腕立て伏せの姿勢を取る衛司。遅刻しなかった訓練生が、何で俺たちまで、と不満を口にした。
「当たり前だ。基本、兵隊の行動は個人ではなく集団を単位とする。‥‥分かるか? 中途半端な新兵のドジは、自分だけでなく味方まで道連れにして殺すんだ」
 その警句はジャックの経験則。即ち、戦場に立った事の無い素人に抗し得るものではなかった。さっさとしろ、と声に凄みを持たせるジャック。3班員全員が慌てて地に伏せた。
「集合時刻に遅れた場合、罰則として1秒につき1回の筋力強化運動を課す! 腕立て60回、始め!」
 衛司の号令に合わせて腕立を始める3班員たち。戸惑う残りの訓練生たちに剛蔵がこう宣言する。
「‥‥訓練において、罰則は連帯責任だ。一人のドジ、ヘマが仲間全員にツケを回す事を肝に銘じろ。‥‥この際、はっきり言っておくが、教練はスパルタ式だ。泣き言、弱音は一切受け付けん」
 目の前の10歳の小僧の言葉に、訓練生たちは言葉を返す事が出来なかった。
「最後に一つ言っておく。俺たちは、お前たちを兵士にする為にここに来た。いいか、お前たちは兵士になるのだ。故に、ただ弾受けになって死ぬような真似は絶対に許さん」
 無駄死になどと言う贅沢は許されない。故に覚悟を決めて貰う。その言葉に訓練生たちは改めて息を呑む。にやり、とジャックが笑った。
「地獄のブートキャンプへようこそ、お嬢さん達」


 とにもかくにも、まずは体力をつけなければ話にならなかった。
 集められた訓練生たちは、事前の審査で歩兵に耐え得る健康状態の者が選抜されてはいたが、運動から離れていた者たちも少なくない。
「銃さえ撃てれば戦えるとでも思っていましたか? 戦場における兵士の体力・走力は極めて重要となります。進むにしても、退がるにしても、ね」
 衛司の言う通り、兵隊の基本は走る事だ。素早い展開、速やかな後退。迅速な移動と統制は即ち部隊の戦闘力に直結する。‥‥そして、それは老若男女、誰であっても変わらない。
「走れ、走れ、歌え、走れ! テメェらは兵隊だ。兵隊は軍隊っつー機械の中では、一つの歯車でしかない事を知れ! テメェらの代わりなんぞゴマンといる。だが、テメェらなしで機械は動かねぇ。求められるのはキチンと動作する歯車だ。俺様がテメェらを最高の歯車に鍛え上げてやる!」
 自動小銃を抱えてグラウンドのトラックを走る訓練生たちに、ジャックが罵声を浴びせ掛ける。返事は全て「Sir、yes、sir!」。即興のランニングカデンスを歌わせながら声が小さいと罵倒しては、走りながらその節々で小銃を頭上へと掲げさせる。
 そんな訓練生たちの姿を、アークは校庭の端に設けたテントの下から眺めていた。
 すぐに怪我人が出るであろうから、と、ジェシーたちの許可を得てアークが設置した臨時の救護所だった。もっとも、前線で医薬品は不足しがちであるから持ち込んだ救急セットだけが頼りとなるが、訓練程度の怪我人であれば十分に対応できるはずだ。これで対応出来ない怪我人は練成治療の上で後送する事になるだろう。
 その救護所には、アークの他に二人の能力者が待機していた。綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)の二人である。共に地獄のオグデン第7キャンプから帰還したばかりであり‥‥心身共に疲れた果てたその身をパイプ椅子の上に休めていた。
「うにゅぅ〜‥‥桜さぁ〜ん、疲れが抜けないんだよぉ〜」
「‥‥えぇい、変な声を出すでないのじゃ‥‥こっちまで気が抜けるのじゃ‥‥」
 後ろからぐでぇ〜んと桜に寄り掛かりながら溶ける愛華。と、校庭に出て来たジェシーたちに気付いた桜は、溶けたまま手を振って久しぶりに再会の挨拶を交わした。
「久しぶりじゃの。お主らは訓練に参加せんで良いのかの?」
「能力者たちがみんな仕切ってくれてるからね。桜たちは‥‥これまた盛大に溶けてるねぇ」
「仕方ないんだよ〜。敵中で3日間、孤立しっぱなしだったんだから」
 よっこらしょ、と身を起こす愛華とそれに引っ張られて立つ桜。アークは微苦笑で見遣りながら、そういえば、と口を開いた。
「確か、ミスティさんも第7キャンプから帰って来たばかりじゃないでしたっけ?」
 呟きながらアークは訓練生たちに交じって走るミスティに視線をやる。
 当のミスティも、地獄から戻るなりすぐ訓練とは我ながら勤勉な、などと思わないでもなかった。とはいえ、最近AU−KVに頼り慣れしてきた感があり、身体は鍛え直すには良い機会ではある。
 同じく、ランニングに参加しているセレスタと並んで最後尾に位置しつつ、ミスティは訓練生たちに目をやった。随分と隊列にバラつきが出始めていた。そんな中、先頭集団の中に見え隠れする少年、ティム・グレンの姿に、ミスティは軽く目を瞠った。どう見ても12、3歳にしか見えないこの少年は、自らを志願させるに足る身体能力を持っているようだった。
 ふと、最後尾近くを走っていた一人の女性が、足をもつれさせて地面に倒れた。つられる様にして倒れるもう一人。セレスタが急いで走り寄る。
 脚を震わせ、ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す二人の訓練生‥‥セレスタは、これ以上走るのは無理だと判断した。
「流石に走れない奴を前線に置く訳にはいかないな。退き遅れて死なれると、隣の奴の心が折れる」
 追いついてきたミスティがそう声をかける。すみません、との声も出せない二人を連れて、セレスタはアークの救護所に向かった。
「この二人はもう走れない。休ませてやってくれ」
「分かりました。では、この椅子に座って休んで下さい。‥‥落ち着いたら、休む間に応急処置の方法を覚えちゃいましょうね」
 にっこりと容赦の無い事を言うアーク。止血の仕方、包帯の巻き方、傷の種類による手当ての仕方、心臓マッサージのやり方など、兵隊が覚えておくべき事は幾らでもある。
 一方、数多くの脱落者を出しながら10マイルランニングを終えた訓練生たちは、なぜ落後した仲間を助けなかったのか、と腕立て伏せを命じられていた。
「一緒に訓練に参加してくる。彼等を指揮するのは僕たちなんだから」
 立ち上がり、走り出すジェシーの背中を見て、桜と愛華は感慨深そうに頷いた。
「‥‥最初に会った時に比べたら、随分と逞しくなったのぉ。精神的にも、肉体的にも」
「桜さんは‥‥変わらないよねぇ」
 どこを見て言っておるのじゃー! と暴れる桜を愛華はギュッと抱き上げて‥‥逞しく、しかし、平穏から遠く離れてしまった彼等の背中を寂しげに見送る。
「みんな、本当に頑張ってきたよね‥‥早く、終わらせられるといいのに」


 ともかく、訓練生たちに体力が付くのを待つまでの時間はなかった。
 照明に布を垂らした薄暗い教室内。昼に基礎体力訓練を続けながら、夜には座学で基礎的な事柄を叩き込む。
「キメラと人間の違いは単純だ。人は弾に当たると死ぬ。キメラは死なない。ついでに時々空を飛ぶ」
 ミスティの言葉に、反則だ、との感想を漏らす訓練生。ミスティは「同感だ」とニヤリと笑い‥‥
「だが、我々の相手はそういう連中だ。ライフルは人型以上の相手には足止めにしかならん。有効打を与えるには重火器が必要だ」
「故に、これから行う格闘教練は‥‥はっきり言えば、生身の人間がキメラを相手に戦う場合、何の役にも立たないでしょう」
 転換。昼間のグラウンド。薄ら寒い青空の下、車座になって座る訓練生の中央で、格闘教官たるセレスタがそう身も蓋も無くぶっちゃける。
「しかし、貴方たち兵士には最後まで戦い抜く手段が必要です。弾薬が底を尽き、キメラがその身に迫った時、『抗う事も出来ずにただ餌になる』という以外の選択肢を得る事が出来る筈です」
 そう告げつつ、一人の訓練生を立ち上がらせるセレスタ。私をキメラと思って‥‥さあ、貴方はどうしますか? 躊躇う訓練生。その手には空の銃。僅かな逡巡の後、無鉄砲に殴り掛かり‥‥「不正解です」の言葉と共にあっけなく投げ飛ばされる。
「キメラに有効打を与えるには重火器が必要だ。対物ライフル、重機関銃、無反動砲にロケットランチャー。感覚器官は人並みなキメラも多いから、閃光弾なども有効だろう」
 再び場面転換。夜の教室でミスティがホワイトボードの前で水性ペンを机上に放る。
 さらに転換。昼。
 土を盛って作り上げた簡易な射撃場の的へ向けて、横一列に伏射姿勢を取った訓練生たちが射撃訓練を行っている。
「射撃時の銃の保持肩当の位置、射撃姿勢は常に気にかけろ。身に付くまで何度も何度も反復して教練だ。気合を入れろ。死ぬ気でやれ。そんな事では家族も恋人も守れんぞ!」
 伏射を続ける兵たちの後ろを歩きながら、剛蔵がそう気合いを入れる。そんな中、難しい表情で顔を傾げるティム少年。あれだけ身体能力の高さを見せた彼も射撃はてんでダメらしい。
 射撃訓練の後には、銃器の構造と概念、分解・清掃の方法が徹底して叩き込まれた。整備不良で動かぬ銃など、棒切れほどにも役には立たない。
 昼。格闘教練。
 随分と様になった構えを見せる訓練生。素早く、正確に急所を突いて来る鞘つきナイフの一撃をセレスタが投げ飛ばしていく。
 夜。教室。
 ホワイトボードをバン、と叩いたジャックが訓練生たちを振り返る。そこにびっしりと描き込まれた図形と線。上下に分かたれた○印と●印、その半数の○から無数の直線が●へと向かって伸び、残り半数から伸びた矢印が、●の側面を突く様に曲線を描いている。
「『find(発見し)』、『fix(制圧し)』、『flank(迂回し)』、『finish(倒す)』。この4Fは米軍でも教えていた歩兵戦闘の基本だ。射撃班が機関銃で制圧射撃を行い、その隙に機動班が最適位置に移動する」
 昼。盛り土を敵陣に見立てての部隊訓練。たどたどしく連携しながら訓練生たちが攻め上がる。
 夜。訓練生たちを前にアークが応急処置と蘇生法を講義する。その横には初日に倒れた二人の訓練生が助手として付き従い‥‥
 昼。『道路』の上を進む的付きの台座たち。それらが全てキルゾーンに入った瞬間、扇状に展開した訓練生たちが銃撃を開始する。最初に倒れたのは先頭と最後尾。さらに高速で移動し始めた的を訓練生たちの火線が追う‥‥
「言い方は雑だが、能力者と共闘する時は、能力者に敵を集めるつもりで考えて問題ない。もっとも、我々も永遠に戦える訳ではないがな。お蔭で第7キャンプでは酷い目にあった‥‥」
 夜。ミスティの言葉に頷く訓練生たち。桜と愛華がその時の経験と、ジェシーたちの以前の姿を笑いを交えて語りながら‥‥生き残ったのは僅かに4人。彼等が経験した地獄を実感と共に伝えて聞かせる。
 昼。キメラ『カノンビートル』に模された戦車に向かって突撃する能力者たち。放たれる援護射撃。特に、対物ライフルで援護するティム少年の技量の向上は、セレスタを驚かせ‥‥
 夜。皆一斉に銃の組み立てを終える訓練生たち。
 昼。格闘教練。セレスタの再度の問いに、訓練生たちが答えて曰く。
「冷静に、素早くそこから逃げ出します」
 正解、と。セレスタは満足そうに微笑んだ。


「どうして能力者になったの?」
 身体能力の高さを見て能力者の適性検査を受けて見るよう勧める桜に、ティム少年はそんな事を聞き返してきた。
「むぅ‥‥大人の男は女性のぷらいべーとな質問には気を使うものなのじゃぞ?」
 よくわからない、と返答するティム。その姿を見て、愛華は寂しそうに呟いた。
「検査を受けるのも良し悪しだけどね。‥‥能力者になっても、良い事ばかりじゃ、ないから‥‥」

「はっきり言えば、連携はまだまだです。が、彼等は良い兵士になれるでしょう」
 契約最終日。大隊本部から帰って来たバートン『少尉』に、セレスタはそう自らが得た感触を伝えた。複雑そうな表情をするバートン。いったい自分はその内の何人を、生き延びさせる事が出来るだろう?
 バートンは帰還と共に、訓練生たちの軍服も持って来ていた。ジェシーたちがさっそく宿舎を訪れて配り始め‥‥だが、その中にティム・グレンのものはなかった。
 おかしいな、と首を傾げるジェシーたちに、ティムとは誰だとバートンが尋ねた。その人体を聞いたバートンは、そんな馬鹿なと首を振った。幾ら何でもそんな子供を兵隊にするはずはない。今回の選抜にも、18歳以上との規定があったはずだ。
「じゃあ、あの子は一体‥‥」
 そう顔を見合わせる。その時にはもう、ティムの姿は訓練場から消えていた。