タイトル:3室 斜陽の長い影マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2009/12/12 07:54

●オープニング本文


 潔癖な社員、というものが、ドロームにも存在する。
 例えば、中立国経由で入手する怪しげな技術群には手を触れるべきではない、と主張する、この目の前の若い後輩もそうだ。ドローム本社、KV企画開発部に属するモリス・グレーは、デスク上の書類から目を上げると、傍らに立つ入社2年目の青年の、その硬質の顔を無表情に見返した。
「‥‥たとえ出所のあやふやな技術論であっても、利用できるものは何であれ利用すべきだと思うがね。それに、玉石混合のあやふやなものの中から技術を確立し、商品化できるレベルにまで高めているのは、間違いなく我が社の技術者たちの力だ。誇っても恥じ入るものではないと思うが?」
「ですが、それでは、我々人類の正義を示せません」
 『正義』!? それを聞いたモリスは渋面を隠しもせずに頭を振った。
「‥‥良い事を教えてやろう。ドロームの技術はな、実は、ロズウェルに落っこちた空飛ぶ円盤を基に作り上げているんだ」
 茶化すようにそう言うと手を振って追っ払う。隣のパーテーションから同僚がひょいと顔を出した。
「おいおい、信じちまったらどうすんだ?」
「よしてくれ」
 にやけ顔で引っ込む同僚に肩を竦めるモリス。再び書類へと視線を落とし、後輩の言葉を思い返して嘆息する。
 正義。この国の人間はその理念が大好物だが、実際、実務の面では徹底したリアリストでもある。モリスは特に後者の面が強い。正義と誇りを守って滅びると? 冗談じゃない。たとえ投げ与えられた餌であっても、人類を‥‥いや、自分と家族を守る為なら、這いつくばってでも喰らって生き延びる方を選ぶ。ついでに自分の出世もついて来るなら万々歳だ。
 ‥‥それにしても。モリスは苦笑する。‥‥あの若造、まだ本気でこの世に絶対の正義や悪が存在すると本気で信じているのだろうか?
「正義や悪は存在する。それは全て人の心の中だけに。‥‥学生時代を思い出すじゃないか、モリス」
 その声に肩眉を上げて振り返る。そこには予想通り、同期の第3KV開発室長、ヘンリー・キンベルが立っていた。いつもの白衣姿でなく、パリッとしたスーツにコート。手には頑丈な金属製のアタッシュケースを持っている。
「‥‥。どこかにお出かけかね?」
「201関係で出張さ。気流制御補助装置についての要望が多かったものだから、システム面を含めてもっと細やかな制御が出来ないものかと思ってね。大学に2つ下にラファエル・クーセラって奴がいたの覚えてるか?」
 覚えていた。というより、社の情報として知っていた。学生時代から天才プログラマーなどと騒がれていた男で、ドロームに入社せずに自ら会社を立ち上げていたはずだ。何回かの起業と廃業、転職とを繰り返し、今では南米の何処かでフリーのシステムエンジニアとして活動している、と見た記憶がある。
 確かに、あの男ならば気流制御補助装置のシステム全般を再構築して最適化するだけの能力があるだろう。だが、ドロームは基本的に外注というものが存在しない。
「ああ。だから、3室に引っこ抜いてくる」
 ヘンリーのあっけらかんとしたその物言いに、モリスは目頭を揉みしだいた。
「‥‥室長自ら出向くような仕事じゃない。それに、先日、ウォレム・ハーターが射殺体で発見されたのは聞いてるだろ? 物盗りの線が有力って話だが、反ドロームのテロという見方も完全に消えたわけじゃないんだ」
「大丈夫だよ。名札ぶら下げて歩く訳でもあるまいし。それに、名前だけでも聞き知った相手の方が交渉はし易いだろ?」
 護衛を連れて行け、というモリスの忠告を聞き流して部屋を出て行くヘンリー。勝手にしろ、とデスクに向き直ったモリスは、一瞬、真剣な表情で考え込んで‥‥デスクに置かれた電話の受話器を手に取った。
 最初の電話は内線に。声が小さく聞き取れない。続けて外線。それはラストホープ島支社へ、ULTにヘンリーの警護を依頼するよう指示するものだった。

「‥‥せっかくのお話ですが、あいにく僕は自由な立場に身を置きたいものですから」
 2日後。南米某都市郊外。オフィスを兼ねた庭付きの邸宅の応接室で、ラファエルはヘンリーの提案を一蹴した。
 ラファエルはヘンリーの事を覚えていた。当時、天才の二つ名を欲しいままにしていた二つ上の先輩を、しかし、今、ラファエルは憐憫を込めた視線で見つめていた。
 僕は、貴方の様にドロームの鎖に繋がれたまま、技術者としての生涯を終える気はない──その視線が何よりも雄弁にラファエルの胸の内を語っている。
 ヘンリーは出されたレモネードを一息に飲み干すと、アタッシュケースを開けて書類の束の入ったファイリングケースを無言で差し出した。
「なんです? こんなものを見せられても僕の気持ちは変‥‥」
 何気なくファイルを開いたラファエルが絶句した。大きく目を見開いてヘンリーの顔を凝視する。それは、気流制御補助装置に関するシステムと運用データの一覧だった。
「君にはそれに関するシステム周りの一切合財を任せたく思っている」
「こんなもの‥‥社外に持ち出して大丈夫なんですか‥‥?」
「内緒だよ? コピーされると困るから、紙媒体だけだけどね。写真もダメ。ユアアイズオンリーでね」
 呑気に語るヘンリーに再び視線をやってから、ラファエルは口と顎とを撫で回した。それだけ自分を買っているという事なのだろうが‥‥
「‥‥少し、考える時間をくれませんか」
 パラパラ、とファイルに一通り目を通して、パタリ、とそれを閉じたラファエルは、ヘンリーにファイルを手渡しながらそれだけを口にした。
「一週間位、僕はこっちにいるつもりだ。いや、有給が溜まっているんでね。連絡先はホテルの‥‥」
 立ち上がったヘンリーに、護衛に雇われた能力者の一人が歩み寄った。深刻な表情で、囲まれています、とだけ小さく告げる。武装は自動小銃に手榴弾。中にはロケットランチャーを担いでいる者もいる。
 真夏の汗に冷や汗が加わった。今更ながらにモリスの言葉が思い起こされる。あれが噂の反ドロームのテロリストなのだろうか?
「或いは、親バグア派か、或いは『コレ』を持ち出した事を知ったどっかのライバル企業か‥‥」
「目標が貴方か分かりませんよ? 僕もこっちじゃ結構恨まれているんで、ね」
 言いながら、ラファエルは家の防犯装置を確認する。警報も、電話線も、全てが無力化されていた。
「何にしても、休暇はパァだろうなぁ」
 軽口を叩くヘンリー。敵が一斉に敷地内への進入を開始した。

●参加者一覧

寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
九条・嶺(gb4288
16歳・♀・PN
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG

●リプレイ本文

「襲撃者に告ぐ! ラファエル・クーセラ氏とヘンリー・キンベル氏は我々が預かった! 返して欲しくば、ロングボウ★ロケットパンチ強化計画を発動せよ!」
 巨大な平屋の邸宅の平たい屋根のど真ん中。独特のポーズを決めて立つ阿野次 のもじ(ga5480)の大音声に、敷地内へと侵入した武装集団の面々は思わず呆気に取られてそれを見上げた。
 すかさず、某ベトナム帰還兵IIっぽいポーズで矢を放つのもじ。瞬く間も無く放たれたそれは、後衛の民兵が持つロケットランチャーを一撃の下に砕いていた。
「矢でRPGが?! この威力、能力者か!」
「今日は誰もいないはずじゃなかったのか?! 護衛がいるなんて聞いてないぞ!」
 慌てふためく襲撃者たちに二の矢が放たれ、今度はSAW(分隊支援火器)が撃ち砕かれる。すぐに反撃の銃火が屋根の上に集中し‥‥四方八方から飛び交う火線の下、仰向けに身を横たわらせたのもじは「ふむ」と真面目な表情で頷いた。
「屋上より各員。襲撃者は全周より接近中なり」
 報告を受けた寿 源次(ga3427)は、ヘンリーとラファエルに姿勢を下げるよう手で示した。とりあえず隣の部屋へ移るよう指示を出す。だだっ広い応接室はプールと庭に面して両側とも開けており、襲撃から身を守るにはすこぶる都合が悪かった。
「クーラーをかけておけば良かったのに」
「招かれざる客が来る時には、かけない事にしてるんです」
 肩を竦めるラファエルにヘンリーが苦笑する。確かに、レモネードは子供に出す飲み物だ。
 水円・一(gb0495)が隣室のドア脇に張り付き、室内に素早く銃口と視線を振る。『探査の目』で不審がない事を確認すると、源次とクリア・サーレク(ga4864)に引っ張られるような格好でヘンリーとラファエルが転がり込んだ。
「‥‥ラファエルさん。窓が無くて、壁や柱のしっかりした部屋とか他にないかな?」
「2方、ないし3方を壁に囲まれた場所がいい。地下室とかであれば文句なしだ」
 クリアと一の問いに、ラファエルはほんの一瞬、考え込んだ。
「俺は使ってないが、確かワインセラーがあったはずだ。食堂の隣りだったと思う」
 一は頷くや否や、すぐに移動を開始した。見当はすぐついた。事前に館の中は一通り歩いており、分かる範囲で構造は把握している。
 だが、この邸は光取りの窓がやたらと多く、集団で移動するその姿は外からも目に付いた。気付いた敵がそこに自動小銃を撃ち捲る。小銃弾が白い漆喰の壁と煉瓦を乱打し、破片と欠片と貫通弾がそこかしこで爆ぜ弾けた。
「ん達、誰に銃ば向けよいか!」
 思わず長崎弁を迸らせながら、守原有希(ga8582)が窓から銃撃者に向けてSMGを撃ち放った。最初の一連射で敵を遮蔽物へと追い散らし、以後、顔を出す度に指切りの三点射で頭を抑える。
「まったく、何者だか知りませんが‥‥人間相手にテロをする余裕があるなら、激戦地にキメラ狩りにでも行って欲しいものです」
 有希とは反対側の窓に張り付いた九条・嶺(gb4288)の言葉に、有希も憤然と頷いた。ヘンリーはフェニックスの主任設計者だ。二人ともそれぞれ、大事な人が201を愛機にしている。
 弾倉を素早く換えながら、有希は廊下の奥へと視線をやった。床に倒れ伏せたヘンリーたち‥‥と、クリアがぴょんと身を起こしてOKサインを振る。有希は心底ホッと息を吐いて‥‥沸き立つ怒りを胸に銃撃を再開する。
「大丈夫。二人は絶対に守るからね」
 起き上がるヘンリーに手を貸しながら、クリアはドンと胸を叩いた。ばるたんの為にも、フェニックスの為にも、何より一人の友人として。ヘンリーを死なせるわけにはいかない。
「そうさ。室長は3室の、いや、ドロームの財産だ。自分たちが守ってみせるさ」
 そう言葉を続ける源次。後輩にはクーラーもかけて貰えないけどね、とヘンリーが混ぜっ返す。
 周辺を警戒する一に急ぐよう促され、ヘンリーたちは再び移動を開始した。それに気付いたのか、嶺たちのいる部屋の窓に向けて制圧射撃を始める敵。絶え間なく撃ち込まれる銃撃の支援の下、2人の兵が突進してくる。
 その時には、嶺は既に移動していた。別の窓から、突進する兵の足元へSMGを流し撃つ。脚に穴を穿たれ、傷を押さえて倒れる兵。遮蔽物に逃れ得たもう一人がそれを物陰へと引っ張り込む。
 嶺は敢えてそれを撃たなかった。負傷者とその介護者は後回しで構わない。戦力足り得る敵の数はまだまだ多いのだ。

「リンク開始‥‥システムオールグリーン。バハムート、起動」
 何事もなければ、南米のビーチを満喫できるはずだったのに。心に湧いたそんな未練を振り払いながら、ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)は戸外に置いたAU−KVに跳び乗ると、すぐさまそれを人型形態へと変形させた。
 襲撃は敵が優位に進めているようだった。幾人かは既に邸に取り付いているらしい。‥‥兵力差がありすぎる。抑えるには銃口の数が足りないのだ。とにかく地の利が無いのが痛い。
 邸の外壁沿いに装輪で走らせながら、勝手口から食堂前の廊下へ回り込む。正面、低い姿勢で廊下を移動して来る皆を見つけてホッとしかけて‥‥だが、前方、横合いから飛び出す敵の姿に息を呑む。
 気付いた敵が銃口をヘンリーたちに向けた瞬間、ヴェロニクはAU−KVを思いっきり加速させていた。そのまま体当たりで全員をはね飛ばす。とっさに前に出ていたクリアが思わず「おおっ!?」と目を瞬かせた。さすがばるたん。乙女の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られてなんとやら、だ。もっとも、ばるたんのAU−KVに馬の脚は無いけれど。
 さりげなくラファエルの方へ移動したクリアにチラと視線をやって、ヴェロニクは立ち上がるヘンリーの腕を取った。歩き出そうとしたヘンリーの膝がガクリと落ちる。
「ヘンリーさん、どこか怪我を!?」
「いや‥‥銃口を向けられたのは初めてで‥‥」
 苦笑するヘンリー。ヴェロニクはホッと息を吐いてそのネクタイを締め直し‥‥だが、気を緩める程の余裕はない。
 ヴェロニクはワインセラーの部屋へと入ると、そこにあった棚やら何やらを乱暴に引き倒した。顔をしかめるラファエルに、クリアが破片や貫通してきた弾丸に対する障害物にするのだと説明する。
「お二方はその陰に隠れて‥‥頭と身体を低く。そう、そのまま」
 壊れたテーブル板を斜めに立てかけ、その中に二人を案内した一が扉へと歩を進める。そこに源次が歩み寄った。
「‥‥逃げ場がないぞ。大丈夫か」
「負けるつもりはないだろう?」
 そりゃそうだがな、と源次は肩を竦めて見せる。ドアの両脇から廊下を窺う二人。幸い、食堂前の長い廊下は敵の足止めに向いていた。
「右は任された。左は頼む。敵を近づけさせるな」
「‥‥そいつは銃に聞いてくれ」
 苦笑する源次。銃を握るのは久しぶりだ。普段使っている超機械は人間相手に使うには威力がありすぎる。見せしめに一人焼いてやってもいいのだが、ヘンリーは「なるべく殺さないように」とあらかじめ伝えていた。格闘家の拳が凶器と認定される様に、能力者の応戦が過剰防衛と判断される事を懸念しての事だった。

 擲弾筒抱えた相手に『過剰防衛』だって? その言葉を聞いた時、ウラキ(gb4922)は失笑を隠せなかった。
 だが、まぁ、いい。自分が彼を守るのは依頼だからだ。正しいからではない。依頼主が「殺すな」というのなら、それも依頼の内。正直、敵の命にまで気を使っていられない、というのが本音だが。
 裏口から屋内へと侵入してきた3人の敵は、カーテンを閉め切ったその部屋を前にして明らかに警戒を強めていた。互いに背を預け合い、全周に気を配りながら、部屋を抜けて廊下へ渡る。続く廊下はドアが多かった。敵はその一つ一つを開けて中を確認していく。
 『隠密潜行』で物陰に潜んでいたウラキは、最後尾の兵の後ろにスッと近づくと、その後頭部にナイフの柄を叩き込んだ。くぐもった悲鳴と共に崩れ落ちる敵。振り返った別の一人の懐に一気に跳びこみ、銃を持った腕を捩じ上げ、固い床へと投げ落とす。
 部屋から銃を構えて出てきた最後の敵を、振り返り様、ウラキはナイフを持った左手を添えて銃撃した。身を捩って崩れる敵。舌を打つ。思わず腹を撃ってしまった。
 ウラキは新手の侵入がない事を確認すると、敵の銃から弾倉を引っこ抜いて、レバーを引いて弾を出し、バラバラに分解して床へと落とした。そうして、倒れた兵をそのままに再び別の場所へと潜伏する。
「恐怖は最も有効な足止め‥‥だろう?」
 然り。続けて侵入してきた敵兵も敵の存在を警戒してその歩みを遅くする。
 だが、今度の敵は9人‥‥1個分隊規模だった。流石に全員を不意打ちで倒すのは厳しそうだ。火力の応酬となれば、やはりこの兵力差は分が悪い。

 有希たちが立て籠もる部屋に向け、閃光手榴弾が放り込まれた。閃光と轟音。SAWの援護を受けて、邸宅に取り付くべく兵たちが突進する。
 だが、直後。側面の茂みから聞こえてきた火薬の破裂音に彼等は思わずその足を止めてしまった。それは有希が放り込んだ爆竹の音だった。
「当身も二刀も温こうなかぞ! よう味わえ!」
 直後、二振りの刀を両手に曳いて正面から飛び出してきた有希がその只中へと踊り込む。敵に銃を振る間もあらばこそ。敵中に飛び込んだ有希は両の手に持った二刀を、無造作ともいえる動きで振り上げた。剣先の軌跡が鋭い直線を宙に描く。狙った箇所へシンプルに、最短、最速で打ち下ろされた刀の峰の連撃が続け様に二人の敵の銃を打ち払い、膝、そして肘の関節を打ち砕く。混乱した敵の至近距離での発砲を身を屈めて回避して‥‥宙を舞う黒髪、味方に撃たれて倒れる敵。そのまま飛び跳ねる様にスッと敵の懐に潜り込んだ有希は、肩で銃身を押し上げつつ、相手の鳩尾に拳を叩き込む。
 一方、逆サイドで防衛に当たっていた嶺もまた館の外へと打って出ていた。
 敵が投げた閃光手榴弾を投げ返し、炸裂した直後に躍り出る。向かうのは光に眩んだ前衛ではなく、SAWの銃手だった。『迅雷』による突進は、まさに雷の如く。敵が銃口を向けた瞬間横に跳び、直後、一気に相手の真横にまで肉薄する。悲鳴と共に振り回された銃床は、宙に流れる金髪に触れる事も能わず。嶺が鞘走らせた直刀によって、まるで冗談か何かの様に真っ二つに斬り折られる。
 慌てて背後を振り返った前衛の兵たちは、しかし、嶺に対して銃撃を行う事が出来なかった。背後に「ていやっ」と飛び下りて来たのもじによって、全員薙ぎ倒されたからだ。
 着地と同時に地を蹴り、地面と水平に敵へ跳ぶ。足首を掴んで掬い投げ、両足の足払いで刈り払う。そのまま伸び上がるように身を起こしたのもじは、倒れた敵の鎖骨を踵で踏み砕いた。
「肋を踏み砕かぬは慈悲と心得よ。なむー」
 呟くのもじに苦笑しながら、嶺は周囲へ視線をやった。あちこち入り込まれたようだが、この辺りの敵はあらかた打ち倒しただろうか。
 思った直後、生垣を突き破るようにして突っ込んで来る大型トラック。慌てて飛び退ける嶺とのもじに構う事無く、トラックはそのまま食堂の窓目掛けて突っ込んだ。

 ごとり、と重い音がして、手榴弾がコロコロと廊下を転がってくる。源次は目を見開いて、後方に警告の叫びを発した。
 爆発。出入口の前で炸裂したそれは室内まで破片を撒き散らし、即席バリゲードが何とかそれを防ぎ切る。耳鳴りも止まぬ中、銃を撃ち放ちながら廊下を突進してくる敵。一が腕だけ廊下に出して適当に弾幕を撃ちばら撒く。
 トラックが突っ込んできた衝撃は、その直後にやって来た。食堂の窓や壁をぶち破り、椅子やらテーブルやらを蹴散らして突っ込んできたその荷台から、ロケットランチャーを構えた兵が2人ほど身を起こす。
「食堂側、RPG!」
 外の嶺の警告の叫び。直後、撃ち放たれた2発の擲弾は、ワインセラーに面した壁面に二つ穴を開けて脆い壁を撃ち崩した。
「このっ‥‥マジカル貫通弾!」
 粉塵の舞う中、ウィッチセットを身につけたクリアがレンガ越しに45口径拳銃を撃ち放つ。荷台から飛び降りた兵の一人が被弾してつんのめった。
 直後、穴から放り込まれる2つの手榴弾。ヘンリーたちに覆い被さるクリア。ヴェロニクは障害壁を飛び出して、2個の手榴弾を自らの身体の下に放り込んだ。
 立て続けに起こる二つの爆発。それを一身に受けて封じ込めたヴェロニクが、傷だらけになったAU−KVと共にゆらりと立ち上がり‥‥
「‥‥化け物」
 敵兵が、ぽつりと呟いた。

 そのまま押し込まれていれば、或いは守り切る事が出来なかったかもしれない。
 だが、そうはならなかった。憐(gb0172)と鳳(gb3210)、二人の能力者が武装警官隊を引き連れて戻って来たからだ。
 先陣を切り、敵後衛へと突っ込む憐と鳳。敵中に突入して撹乱しては、反撃の暇も与えずに離脱する。敵を討つよりも追い散らす為の動きだった。
 想定よりも早い警官隊の到着に、襲撃者たちは継戦を諦め、撤退を開始する。
 ‥‥依頼は成し遂げた。後は武装警官たちの仕事だろう。

「クリアさん、怪我は無‥‥って、何見てるんです?」
「いやー、憐ちゃんから送られてきたこのメールについて、ヘンリーさんを問い質そうと!」
 満面に笑みを浮かべるクリアの携帯の画面には、ヴェロニクがヘンリーの背中に頭を付けている写真が映っていた。有希は複雑な表情で苦笑した。いや、クリアさんらしくていいけれど。
 そのままヘンリーの所まで歩み寄る。クリアは二人が揃っている所でからかうつもりだったのだが、どうやらヴェロニクが避けているらしかった。プールの側でAU−KVを洗うヴェロニク‥‥クリアはヘンリーに詰め寄った。
「早く行って! いいから早く慰めて来なさいっ!」
 強引にその背中を(物理的に)押してやる。歩み寄ったヘンリーは言葉を見つけられず‥‥ぽんとその手を頭に乗せた。

「彼等、能力者の存在を知らなかったみたいね。この意味、分かるかしら?」
 事情聴取の為に留め置かれた、ボロボロになった邸宅で。のもじのその言葉に、ラファエルは肩を竦めてみせた。
「‥‥連中が狙ったのは、先輩でなく俺だって事だろ?」
「ご名答。安全保障の観点からドロームに避難する、ってのもありなんじゃない?」
 その言葉に頭を掻くラファエル。それを見た源次は独り言ちた。「こっちじゃ結構恨まれている」、ね。割と強引な一面があるのか、天才へのやっかみか‥‥
「どうせ狙われてるなら3室に来てみりゃいい。天才が集う場末の研究室。案外、居心地が良いかもしれんぞ」
「ヘンリーさんの覚悟はご覧頂けたかと。‥‥鎖を恐れず、負けず、希望を拓く不死鳥を信じ抜く3室ば、枷と戦い抜くその強さばおいは信じとっとです」
 源次の言葉に続けて、有希がそう想いを語る。天を仰いだラファエルはじっと空を見つめ続け‥‥
「考えておく」
 一言、そう呟いた。