●オープニング本文
前回のリプレイを見る 第7キャンプが『陥落』してより、3日目の朝を迎えた。
襲来した飛行キメラの襲撃から逃れて病院棟に避難した人々は、相次ぐキメラの侵入に1階ロビーを放棄し、2階エレベーターホールまで退いてそこに立て籠もっていた。
本館へ続く廊下は防火シャッターを下ろして閉鎖してある。キメラに対しては薄紙にも等しい防壁だが、統率のなされていないキメラにそれを打ち破るという発想は出てこない。
そして、2階への唯一の『侵攻路』である階段は、踊場に立ち塞がる能力者たちによって『長坂橋』と化していた。
「第2波、来るぞ!」
雪崩を打って退いた‥‥というより、転げ落ちて行った3匹のハーピー(有翼の人型キメラ)と入れ替わるようにして、2匹の獣人型──狼人と虎人が階段を駆け上がって来る。能力者たちは息を突く間もなく、汗に濡れた手に得物を握り直し迎撃を開始した。
散らばる肉片と垂れ落ちる赤い雫。狭い階段では彼我共に一騎打ちに限定される。能力者たちはそれを利用して、圧倒的な数の敵に対して辛うじて持ち堪えていた、のだが‥‥
「っ!?」
疲労から、足元の血溜まりに足を滑らせ転倒する能力者。そこにすかさず虎人が襲い掛かり、狼人が手摺を足場に跳躍して踊り場を突破する。
現れたキメラの姿に湧き起こる悲鳴。瞬間、階段正面で膝射と立射姿勢を取った負傷兵たちの横列が一斉に銃火で出迎える。
「撃てぇ!」
火を吐く大型拳銃。煌くキメラのフォースフィールド。弾丸は殆どそれを貫く事は出来なかったが、命中の衝撃は敵を乱打して仰け反らせる。そこへMAT──突撃医療騎兵隊員、ダン・メイソンが一気に肉薄し、手にしたボンベの口を狼人に向けて開放した。それは医療用の液体窒素のボンベだった。力場はその極低温の液体すらも低減したが、その意外な攻撃と白煙に狼人が怯んだ隙に、駆けつけた能力者が斬り伏せる。
やがて踊り場の虎人をも撃退すると、敵の攻勢はどうやら一段落したらしかった。見張りを踊り場に残し、ダンは交代で朝食を取るよう指示を出す。
カーテンとダンボールで目張りした窓から漏れる明かりだけが、避難民たちがすし詰めに座り込んだエレベーターホールの光源だった。その間を縫って歩くダン。怖い思いをした子供たちがすすり泣く声と宥める母親の声が、薄闇に包まれたホールの底にわだかまる。
「‥‥どうだ?」
「連中、三階の病室を『巣』にしたみたいだ。窓からハーピーが出たり入ったり‥‥まるで鳥の巣箱だ」
カーテンの隙間から外を窺っていた男が、小声で尋ねるダンにそう肩を竦めた。眉を潜めるダン。この人数で三階ホールまで後退したら流石に、隔壁越しでもこちらに気付くキメラが出るだろう。
そろそろ限界か‥‥ダンは心中にそう嘆息した。
元々が負傷兵と民間人の集まりだ。患者搬送後、キメラの目を盗んで合流してきた民間人には女子供も数多い。
何より、食糧がもう無かった。負傷兵14人、民間人36人。水道が活きているのは幸いだが、飢えはそれだけでキメラに対抗する体力と‥‥何が何でも生き延びようとする意志を弱らせる。
そして、最も酷い状況が。
先程現れたキメラの中に、飛行できない獣人型がいた事だった。それは即ち、避難民キャンプをぐるりと守る軍の外縁陣地が破られた事を意味している。
「まいったね‥‥最前線で化け物共と戦っている時は、死んでもそこには意味があると思っていた。キャンプの非戦闘員を守る為に命を捧げるんだ、ってな。だが、今は‥‥死ぬ順番を先送りにしてやれるのが関の山だ。そんなんでキメラに喰い殺されるってのは、随分と割に合わない死に様だと思うんだがね」
諦観した表情で、隣りに座る負傷兵が胸ポケから取り出した葉巻に火を点けた。随分と長い間禁煙してきたが‥‥取っておく必要はもうないだろう。
ダンは兵士の口から葉巻を引っ手繰ると、それを床に押し付け揉み消した。批難する兵の胸に葉巻をどんと突き返す。
「まだ諦めるなよ、兵隊。‥‥俺がここに残った訳を教えてやろうか?」
続くダンの言葉に、疑わしそうな視線を返す兵。大丈夫だ、とダンは言い切った。
「例え軍に部隊を出す余裕がなくとも、救出隊はきっと来る。絶望するのはもう少し先だ」
●
「財団が軍に要請したリッジウェイ部隊による救出作戦は、正式に却下された。西方司令部にそれだけの余裕はないそうだ」
医療支援団体『ダンデライオン財団』の車両班──通称、MAT(突撃医療騎兵隊)のブリーフィングルームで、車両班長ラスター・リンケは、集まった隊員たちに上からの報告をそう伝えた。
納得できません! とデスクを叩くレナ・アンベール。ダンと共に第7キャンプに赴き、患者を搬送する為に戻って来た隊員である。
「第7キャンプの避難民の数は約500人。全員が生きているという前提で救出作戦を立てねばならぬ以上、必要とされるリッジウェイは車両混成でも1個中隊規模‥‥それだけの数のKVがユタに入れば、バグアも流石に無視できまい。碌な戦力もなく、1万人近い避難民を抱えるかの地でワーム相手に戦闘を繰り広げるなど‥‥地獄絵図になる」
「それは分かります! でも、地獄というならあの第7キャンプが今、まさにそれなんです!」
レナはキャンプの惨状を改めて説明した。説明する内、焦りからその声と表情に余裕が無くなっていく。それは後ろで聞いている隊員たちにも伝播して‥‥しかし、ラスターの表情は動かない。
「レナ・アンベール。我々は救急隊だ。救助隊でも救出隊でもない」
「分かっています。ですが、かの地には隊員ダン・メイソンが残っています。財団とMATは隊員を決して見捨てない──それこそが、私たちが拠って立つ標じゃないんですか?」
レナの言葉に隊員たちが頷いた。同じ志の下、命懸けで活動する隊員たちの結束は固い。‥‥やれやれ、と言った風にラスターは苦笑した。ダンめ。こちらが動けるだけの大義名分を用意してくれるとは。
「こいつを持って行け」
そう言って、ラスターはレナに何かのキーを放ってやった。
「これは‥‥?」
「LM−04『リッジウェイ』、その原形となった装輪型試作車のものだ。1年程前、財団がドロームのツテを頼って入手した。装甲救急車として運用するはずだったが、扱える機関員がいなくてな‥‥救出作戦に同道を希望する能力者がいただろう? 彼等に使って貰え」
レナは一瞬、きょとんとした顔をして。満面に喜色を浮かべた。隊長は初めから救出隊を出す準備をしておいたのだ。
「しかし、これ1機では全ての避難民を救出できません。私も同行したくありますが、許可を頂けませんでしょうか?」
レナの言葉に我も我もと挙手をしてくる隊員たち。ばかもん、とラスターが叱った。
「お前たちは他のキャンプの救急搬送要請に備えろ。救出にはレナと第三班、そして、私が行く」
●リプレイ本文
深く夜に沈んだ病院棟2Fエレベーターホールの闇の中。布団とシーツを被って身を寄せ合う避難民たちはまんじりとする事も出来ずに、遠く廊下の奥に差し込む電灯の明かりを怯えた瞳で見つめていた。
それは階段の踊り場の明かりだった。キメラの侵攻路を照らす為に点けられた唯一の照明──それは闇の中に取り残された避難民たちにとって唯一の希望であると同時に、恐怖を突きつける絶望の光でもあった。もしも能力者が踊り場を突破された時‥‥この明かりは、キメラという具現化した『死』を彼等の眼前に照らし出す事になるからだ。
その踊り場の方からは、この日何度目かの剣戟の音が響いていた。鉤爪と得物が打ち合わされる金属音、靴底が立てるリノリウムの床の音──或いは、激しい吐息と呻き声、そして、断末魔。戦闘の終結を告げる沈黙は、しかし、避難民たちにとってすぐに安堵とはなりえない。戦場は死角‥‥つまり、勝者が姿を現すまで彼等の運命は分からない。
一際大きな金属音が通路に響き渡り、避難民たちはビクリとその身を震わせた。
跳ね飛ばされた槍が階段前の廊下の壁と床とをからからと跳ね回る。たたらを踏む様に階段を上がらされたMAKOTO(
ga4693)がそこに押し出されて来て、何とか体勢を崩さずに踏ん張った。
「こんのぉ‥‥っ!」
悪態混じりに、床に転がった槍の石突を踏んで跳ね上げる。胸で受けたそれを再び落ちる前に引っ掴み‥‥飛ぶ様に駆け上がって来た狼人の目前に穂先を振って、直後、思わず足を止めた敵の喉元を、床まで振り下ろした槍の柄をv字に跳ね上げ、突き飛ばす。
もんどりうって階段を転げ落ちる敵。MAKOTOは間髪入れずに最上段から跳躍すると、踊り場に倒れた狼人の背中目掛けて、真下に構えた槍の穂先をその速度と質量ごと叩き込んだ。舞う血飛沫に染まりながら、背中から貫かれて反撃も出来ない敵から抉る様に槍を引き抜き、心臓と思しき場所へ突き入れる。ここ一連の戦闘で、獣人型に再生能力があろう事は何となく分かっていた。手負いで逃がせばまた戻る。止めはきっちりと刺さないと。
「お疲れ様」
完全に動かなくなった敵を階下に蹴り落とすMAKOTOに、響 愛華(
ga4681)が水入りのペットボトルとタオルを差し出した。ありがたく受け取るMAKOTO。流石に血塗れで避難民たちの前に出る訳にはいかない。だが、勿論、服に染みた血の跡と臭いまでは拭い去る事は出来なかった。‥‥ああ、折角の一張羅が台無しだ。
「甘く見ていたつもりはないけど‥‥予想以上の地獄だね。特に食糧切れが痛い。水と返り血だけじゃ筋肉が減る。脂肪より筋肉が落ちやすい体質なのに!」
「私は‥‥幾ら食べても太れない、かなぁ。桜さんは『栄養が皆胸に行っている』って言ってたけど」
ちらり、と互いの胸部に目をやって、あらぬ方を眺める二人。並んだ二人のお腹が「く〜」と鳴った。
そのまま二人して階下の『肉』に視線を落とす。バリゲード代わりに落としてきたキメラの死骸は、その殆どが敵によって除去されていた。敵がどの様に死骸を『処理』しているのか、籠城している自分たちには分からない。
「せめて獣型だったらね〜。弱肉強食の掟に素直に従う所だけど」
「‥‥‥‥でも、解体しちゃえば、それはお肉以外の何物でもないんじゃないかな?」
無言で顔を見合わせるMAKOTOと愛華。再び視線を落として思わずごくりと唾を呑み‥‥
「何を言っておるか、この獣ーズは」
「あ痛」
コン、と薙刀の柄が愛華の頭に落とされた。涙目で振り返ると、綾嶺・桜(
ga3143)が呆れた表情で立っていた。
「交代じゃ。少しでも疲れを取ると良い」
「ありがたい。身体だけでも休めておかないと」
大きく身体を伸ばしながら、MAKOTOが2Fへ戻っていく。代わりに前線に入った桜は、踊り場の明かりに照らされた自らの、血と煤と埃に汚れた巫女服に小さく溜め息を吐いて‥‥ふと愛華の視線に気が付くと、慌てて背を伸ばして薙刀の石突を床に突いた。
「わしの目の黒い内は、ここから先へは一歩もキメラを通さぬのじゃ!」
そのホールに届く位の声は‥‥避難民たちに僅かなりとも安心して欲しいという桜なりの心遣いだった。
少し照れた様な桜に微笑を向け、愛華が背中から桜の両肩を抱き締める。暴れて逃れようとした桜は‥‥自らの肩を抱く愛華の手が震えている事に気が突いた。そっと目だけで仰ぎ見る。俯き、きゅっと噛み締められた唇だけが目に入った。
「‥‥無力だよね、私たち。‥‥能力者なのに助けてあげられない」
それが他の建物に逃れ隠れた避難民たちを指している事はすぐに分かった。二日前、その一つに隠れていた人々を連れて合流したのは自分たちなのだ。
彼等には能力者がついているわけではない。見つかれば結果は知れている。夜中にどこかから聞こえてくる悲痛な叫び声‥‥時間の経過と共に、生き残った人々の数は確実に減っている。
救いの掌から零れ落ちていく砂の粒。助けると決めた命と、その枠から外れた命。まさに『命の天秤』だ。本来、命の重さに差などあろうはずも無いのに。
ああ、勿論。両の手に抱え切れぬものが存在している事は承知している。人は、人に出来うる事しか達成できない。今の愛華に、桜一人しか抱き得ぬように。だから‥‥
桜は黙って愛華の手を握った。
心の天秤に乗せられた犠牲者たちの命の重さ。その重荷を多少なりとも分かち合えるように。
「なぁに。正面から来るしか能の無いバカ共だ。この調子なら、黙示録を越えてもまだ耐えられるさ」
戦闘がとりあえず終結したのを見計らって、休憩中のミスティ・K・ブランド(
gb2310)は避難民に向かって安心させる様にそう笑った。
勿論、実際はそう簡単な話ではなかった。練力が無ければ能力者もその力を発揮できない。彼女がAU−KVを脱いでいるのも、既にその余力が無いからだ。
階段から戻って来たMAKOTOに手を振って‥‥恐らく休憩室のベッドに倒れ込むであろうその背を見送りながら、ミスティは壁際に座り込んで小さく溜め息を吐いた。黙示録を越えても耐えられる、か‥‥励まして貰いたいのはこっちの方だ。
ミスティは後頭部をこつんと壁につけて‥‥そのまま隣に座るダンに視線をやり、その横顔を眺めやった。気付いたダンが振り返る。
「‥‥なぁ、ダン・メイソン。無事にここから出る事が出来たら、一晩私に付き合わないか? 流石に過重労働だ。酒の一杯位は奢ってくれてもいいだろう?」
「‥‥帰れたらと言わず、今晩どうだ? 病院だからな。アルコールもベッドも腐るほどあるぞ?」
ダンのセクハラ紛いの冗談に、ミスティは声を上げて笑った。避難民たちが何事かと視線を寄越す。いや、こんなに笑ったのはここに立て籠もってから初めてかもしれない。
「それもいいけどさ、医療用アルコールじゃ流石に色気が無さ過ぎる。それに、ダンには高級酒を奢って貰わないと」
「なら、ここを脱出したら一番高い酒を奢ろう。約束じゃない。確約だ」
絶対、助かる、という事か。いいね。それでこそ戦いに張りが出ようというものだ。
「まぁ、少なくとも子供二人は助けられた。後はどれだけ助けられるか‥‥ま、悔いの残らんようにやるさ」
大きく背筋を伸ばすミスティ。「その為には‥‥」と小さく呟いたダンの声は、その耳に届かなかった。
同日、早朝。
薄闇の空の下、病院棟へと走り寄る複数の人影に気がついた能力者たちは、彼等を助けるべく一斉に行動を開始した。
階段を駆け下り、キメラが振り返るより早くその懐へ飛び込んだMAKOTOが、突き刺した槍を振るって敵を床へと叩き伏せる。その背後を駆け抜ける愛華と桜。ガトリング砲を抱えて走る愛華に迫る敵をSMGで撃ち払いながら‥‥外へと飛び出す愛華に背を向け、桜は薙刀を振るって玄関前に立ち塞がる。
「救出対象は正面玄関へと移動中‥‥3、2、到着、今。ハーピー接近。対空警戒」
2Fホールから、借り受けたトランシーバーを使って外の状況を伝えるミスティ。玄関から出た愛華は5人の避難民たちを迎え入れながら、3F窓から飛び出したハーピーに向け、腰溜めに構えたガトリング砲を撃ち放った。
「桜さん!」
「応じゃ!」
避難民たちを『受け取った』桜が走る方向を指示しながら直掩につく。砲を撃ちながら続いて院内に入った愛華はクルリとその身を回転させて、今度は院内の敵を弾幕で以って撃ち払う。
「階段に入った。もうよいのじゃ!」
「りょーかい!」
敵中で槍を振るっていたMAKOTOが、包囲が完成する直前に階段へと離脱する。走り込む愛華を確認して最後に桜が撤収。短剣とEガンを手に踊場まで前進してきたミスティと擦れ違う。
2Fへと戻った能力者たちを避難民たちの歓呼の声が出迎えた。慌てて声を抑えさせる桜。小さな笑顔がそこかしこで弾ける。
「大丈夫、まだまだいけるんだよ! 絶対、みんな助かるからね!」
明るく、大きな声でそう拳を握って見せる愛華。既にガトリング砲の弾は切れていた。‥‥正念場はこれからだ。
「あれ? ダンさんは?」
ふとダンがいない事に気づいたMAKOTOが尋ねると、歓声は潮が引いた様に薄れていった。嫌な予感がして、近場の負傷兵を問い詰める。
「ダンさんは、有志数名を募って外に出た。君たちが敵を引きつけている間に、病室から避難用の梯子を使ってね。キャンプの食糧庫に向かうと言っていた」
救出隊が来る事は分かっている。だが、いつ来るのかは分からない。明日か、或いは何日後か。その間、食糧も無いまま耐え切る事は、体力的にも気力的にも不可能だ。
「なんてこと‥‥っ!」
もうすぐ夜が明ける。疲れ切ったこちらに気を使ったのか、ここの防衛を最優先に考えたのか。ともかく、能力者も随伴せずに外に出るなんて!
「助けに行こう」
即座にその決断をした能力者たち。だが、次の瞬間、階段から聞こえてきた警報は絶望的なものだった。
「敵襲! 敵数多数、登ってくる!」
先程の戦闘の報復だろうか。ともかく、能力者たちが行動の自由を失った事は確かだった。
●
同日、日の出前。ユタ州オグデン第1キャンプ、MAT車両基地──
暗闇の中、照明に照らし出された駐車場に、幾台もの高機動車とトラックとが並んでいた。第7キャンプに取り残された人々を助ける為に編成された救出隊だ。
4台の高機動車に同数のトラックを一班とした、二つの編成が並んでいる。ユタの冷たく静かな夜の中、暖機運転を始めた車のエンジン音と響き渡る人の怒声──救出隊は今、日の出の出発に向けてその準備に追われていた。
「これは‥‥まさか、あの時の試作機か?」
高機動車の荷台に食料品──ショートブレッド型の固形、或いは半ゼリー状の栄養食品、スポーツ飲料、温かいココアやポタージュスープ──を載せようと運んでいた寿 源次(
ga3427)は、隣に停まっているリッジウェイ装輪試作機を見て思わず足を止めていた。LM−04がまだM−114という試作機であった頃、その運用実験に源次は関わった事がある。
「う〜ん‥‥聞けば、試作機は6台あったらしいし‥‥ちょっと分かんないさ?」
同じく、実験に参加していた御影 柳樹(
ga3326)が苦笑と共に両肩の荷を降ろす。そこに車を運転するレナがやって来て‥‥銃手として同乗する柳樹が挨拶を交わした。
「まずA班(相沢・月影・終夜・砕牙・蛇穴らを含む3班員半分)が先行。派手に戦闘を行いながら、囮として周辺の敵を引き付ける。B班はA班が開拓したルートを走破し、そのままキャンプへと突入する予定だ。但し、ルート上に多数の敵が集まる様ならこれを変更する。‥‥いいな? 絶対に『群れ』から逸れるな。逸れたものから喰われるぞ」
スピーカーと車上無線からラスターの指示が聞こえてくる。源次は口元を綻ばせながらレナに向き直った。
「リンケ班長に会うのも久しぶり‥‥なるほど、レナも成長するわけだ。もうすっかり一人前だな」
仕事はあいつがちゃんとする、か。病院棟でダンが言った言葉を源次は思い出す。なるほど、だが、俺からは伝えんぞ? いつか自分の口から伝えるんだな、ダン・メイソン。
「けど、まぁ、よくよく厄介事に巻き込まれる体質は変わらないよな。レナも、ダンも」
同じく、荷を運んで来た鴇神 純一(
gb0849)がそう言って苦笑する。それは絶対あっちの中年オヤジの所為です、と真顔で返すレナに笑いが起きる。
「その文句は直接ダンに言ってやれ。‥‥助けようぜ、絶対に」
純一の言葉に頷く一同。発車準備を告げるアナウンスが鳴り響き、能力者たちはそれぞれの持ち場へと散っていく。
源次が乗る車両には、既に同乗者の佐渡川 歩(
gb4026)が操縦席に乗り込んでいた。源次と同じく、病院棟から戻って来た能力者だ。
急いで下さい、と急かす歩に遅れた事を詫びて後席へ回る。重機関銃の装弾を確認して‥‥源次は出発の時を待った。
「アレだけの啖呵を切ったんだ。今度は自分たちの番だ」
ああ、そうさ。仲間が待っている。
迎えに行くのに、理由は要らない。
早朝の薄闇の中、救出隊の車両のライトが一斉に点灯する。
見送る隊員たちの激励の声と警笛を背に聞きながら、救出隊は車列を組んで車両基地を後にした。砂塵の大地。道沿いに点在する無人の住宅と電線が走る道。ライトを点けた車列が緩やかに早朝の冷たい空気を越える。
「病院の状況が心配です。リッジウェイだけでも先行させる事は出来ませんか?」
「あれを先行させれば、班全体の突進力──戦場での移動速度が鈍化する。この救出作戦、確かにスピードが肝要だが‥‥今は焦るな」
ラスターの言葉に短く了解、と返して、歩は大きく息を吐きながらハンドルをギュッと握り締めた。
「僕のヘルヘブンが使えたら、もっと早く着けるのに‥‥」
焦るな、か。でも、今は一分一秒でも惜しい。必ず戻ると約束した。でも、それまで彼等が堪え切れるか分からない。
‥‥救出隊は安全地帯のフェンスを越え、キメラの跋扈する危険地帯へと入った。まだ数が少なく、わざわざ襲ってくることは無いが、キメラの姿をチラホラ見かけるようになる。
やがて、道端にキメラの死骸が散見されるようになってきた。先行するA班はこの辺りで戦闘に入ったようだ。進むにつれて徐々にその数は増していき‥‥生き残りか増援か、健在なキメラの数も増えてゆく。
「まずいな‥‥予測より敵が多い」
呟くラスター。銃手の桜崎・正人(
ga0100)はその言葉に顔をしかめた。或いは敵は『餌場』である第7キャンプ周辺に多く集まっているのかもしれない。となれば勿論、取り残された人々に対する圧力も相当なもののはずだ。
「‥‥頼む。生きていて‥‥間に合ってくれよ‥‥」
呟く正人の視界を、横転して炎上するトラックが行き過ぎる。A班の被害車両だ。乗員は助け出されたようで、正人はホッと息を吐く。
「‥‥ルートを変更する」
A班進路に敵が集まってきていると判断したラスターは決断した。道を逸れて進むB班。遠く遠雷の様に響いてくる銃声と爆発音を聞きながら、正人は彼等の無事を祈らずにはいられなかった。
第7キャンプ周辺地域に入った辺りで、遂にB班は纏まった数のキメラと遭遇した。
それまで戦闘らしい戦闘はなかった。恐らくこちらの予測を超えて、A班が敵を誘引してくれたからだろう。彼等に掛かった負担は気になるが、お蔭でこちらはこれまで一台の脱落も無い。
「戦闘準備。私たちで進路を切り開きますよ、ザインフラウさん」
「了解した。20mm、及び右腕部7.65mm多連装機関砲、起動確認。全て問題なし。いつでもいける」
先頭を行くリッジウェイの車内で、操縦手の白皇院・聖(
gb2044)と砲手のザインフラウ(
gb9550)はその戦闘準備を終えていた。最初に視界に入ったのは空を飛ぶキメラ『ハーピー』の群れ。ザインフラウはそちらへその砲口を指向する。
「‥‥あれが地上のキメラを呼び集めているのか?」
闇の中、計器と照準窓の光に照らされたザインフラウが、照準を覗いて引鉄を引く。振動と連続する射撃音。砲口から伸びた火線が軽く弧を描いて空へと伸びる。
まともに直撃を受けたキメラが纏めて2、3匹、舞踏を踊る間もなく粉々に砕かれて血の雨を空に撒いた。攻撃を受けた敵は弾ける様に散開し‥‥仰角を取り、砲塔を回転させ、ザインフラウが火線の鞭でそれを追う。
正人と柳樹の二人はリッジと逆サイドの敵に重機関銃の火線を振った。ひらりとかわした敵をもう一本の火線が追い撃ち、撃ち弾かれた敵が翼を折られて廃屋の窓へと激突する。
「‥‥意外と身が軽いな‥‥前席! こちらは対空射撃に集中したい。右腕部兵装をそちらに渡す。すまないが下のキメラを頼めるか?」
「構わないですよ。どのみちこちらの進路は正面固定。立ち塞がる敵は蹴散らすのみ! ですから」
ザインフラウからコントロールを受け取った右腕部を操作しながら、聖は車体下部に設けられた瓦礫破砕爪『ヘッジ・ロー』を起動した。独特の高周波音でそれを知った柳樹は、重機関銃の弾薬箱を交換しながら、冷や汗混じりの蒼い顔して、無線でレナに話しかけた。
「あー‥‥レナさん? これから暫く食欲なくなる光景が繰り広げられるけど‥‥頑張って食べないと後で身体が持たなくなるさ」
「?」
そんな後列の会話も知らず、聖は前方より迫る獣人型キメラの集団へ多連装機関砲を撃ち放った。試作機故、火器管制は操縦手にないが、着弾を見ながら腕を振って照準の代わりと為す。ばら撒かれた多数の7.65mm弾が光を曳きながら肉と瓦礫とアスファルトを打ち砕く。撃ち倒され、或いは飛び退ける敵。逃げ遅れた虎人にリッジウェイの車体が迫り‥‥
ばしゃり、とその装甲表面にに赤い華が咲く。2体ほど引っ掛けた高速振動爪は触れているだけで肉を裂き‥‥やがて、リッジウェイの車体の下からY字に裂けた死骸が転がり出して来る。
「あー‥‥なるほど‥‥」
細かいハンドル捌きでそれを避けながら、レナは納得した様に呟いた。いや、これは序の口さ、と呟く柳樹。救出隊が進むにつれて、この道は血と肉片とで赤く塗装される事だろう‥‥
「鴇神より全車。気付いているか? 建物の上にちらほら獣人型が上っているぞ」
倒れたキメラの死骸を片手ハンドルで避けながら、純一は無線機のマイクにそう警告した。最後尾から隊列全体を見渡していた彼には屋根上に見え隠れする獣人型の頭が見えていた。
「なんだと? ええい、厄介な」
側面より走り寄る獣人型に牽制射撃を加えながら、正人は忌々しげに舌を打った。飛び交うハーピーはある程度見えているが、屋根から飛び降りて来る獣人型はある意味不意打ちだ。
と、言ってる側から振り降りてくる獣人型。正人が慌てて銃口を上へと向ける。呼応する様に地上より迫る敵。ええい、忙しいったらありゃしない!
「むっ!?」
飛び降りた内の1匹が源次が乗る車の後部に飛び乗った。派手な音が車内に響き、歩が思わず悲鳴を上げる。
重機関銃を向け直すにはは間に合わない。そう判断した源次が超機械を取り出すより早く敵が迫る。間に合わんか、と源次が舌を打った瞬間、背中に銃弾を受けた敵がバランスを崩し、もんどりうって車上から転落していった。
冷や汗を拭く源次がその視線を後ろへ飛ばす。そこに、ダークスーツとコートに身を固め、狙撃銃を構えたUNKNOWN(
ga4276)の姿があった。最後衛、純一車の銃手である。
「ふむ‥‥倒さずとも叩き落せば良いとは言え‥‥流石に数が多いかな?」
廃莢し、風に棚引く中折れ帽を深く被り直しながら狙撃銃の照準器を覗き、次々と舞い降りてくる獣人たちを弾着の衝撃で打ち落としていく。落とした敵のその殆どは起き上がる前に置き去りにして行くが、中には素早く身を起こして最後衛の純一車に襲い掛かるものもある。その殆どは純一がかわすに任せるものの、流石に少し鬱陶しい。
●
「キャンプ内に突入した! リッジ隊は病院へ。俺たちはこれより生存者の捜索に入る」
トラック2台を引き連れて隊列から離れるラスター車の銃座で、正人は通話を終えると座席から蒲公英印の拡声器を取り出した。
「こちらはダンデライオン財団の救出隊です。あなた方の救助に来ました。慌てず、屋内から出ず、我々が近づいたら報せて下さい!」
一方、リッジウェイを先頭に病院棟の前まで進出した残りの車両は、正面入り口を中心にして半円形に陣を作った。
車体を滑らせる様に停車する純一車。屋根上からふわりと飛び降りるUNKNOWNに代わって、シートを倒した純一が後部座席へ身を滑らせ、屋根上に半身を出して対空射撃を開始する。その背後で人型へと変形していく114。スパイクシールドを外しながらゆっくりと膝立ちの姿勢になっていく。
「我等、突撃医療騎兵隊、只今到着!」
表玄関に達した源次が、2階まで届けとばかりに大声でそう宣言した。翼を畳んで走り寄ってきたハーピーを超機械の一振りで焼き払い、再び声を張り上げる。
「ちゃんと格好つけてるか? 帰ったらパーティーだ。シャンパンもチキンも無いけどな。‥‥待ってろよ。あと少しの辛抱だ!」
一方、正面玄関に立ったUNKNOWNは、その入り口前で立ち止まり、咥えた煙草に火を点けた。
「ここで救出までの時間を稼げばいいのだろう? ──それぐらいなら何とかなる。ただ、なるべく早く頼むよ」
その背後に、3階から飛び出したハーピーが逆落としに降って来る。気付いた純一が警告の叫びを上げるも、銃口を向け直すには間に合わない。UNKNOWNは咥えた煙草を空へと放ち‥‥直後、その煙草が閃光を発して炸裂する。不意を打たれて目を瞑ったハーピーが慌てて羽をバタつかせて上昇へ転じようとして。Eガンを抜いたUNKNOWNがそれを光線で撃ち貫く。
「3階へ!」
114に駆け寄った柳樹が頭部カメラを見上げて叫ぶ。モニタでそれを確認した聖が盾をひっくり返して乗る様に言う。
立ち上がる114。エレベーターよりも急激な浮遊感に眉をしかめるのも一瞬、3Fにスパイクシールドが打ち付けられた。慌てて飛び出してきたハーピーをザインフラウが20mmで薙ぎ払う。砕けるガラスとコンクリ片の中、柳樹は荷を抱えて廊下へと飛び込んだ。
「思った通り、敵は殆ど残ってないさ。これなら──」
制圧は容易だと。言いかけた柳樹の口と足がピタリと止まる。
廊下にしゃがみこんだキメラが1匹。その前に横たわる赤い何かが何であるかはすぐには分からなかった。認識は臭気が先。それがヒトだったモノと分かった瞬間──柳樹の姿は掻き消えていた。刹那の敵前。熊の様に猛った柳樹の武器爪がキメラの頭部を薙ぎ払う。水音と、肉の倒れる音。荒い呼吸を繰り返して‥‥柳樹は一人口元を撫でると、荷を担ぎ直して二階へと下りていった。
隔壁がゆっくりと上がってゆき‥‥3階から下りてきた柳樹は、今、2階エレベーターホールに迎え入れられた。
見慣れた顔、見知った顔‥‥新しい顔もいる。避難民たちの歓声が迎える中、柳樹は照れた様に笑った。
「お待たせしたさぁ。お腹を空かした皆の為に食料を持って来たけど‥‥今はゆっくりしている暇はないさ」
柳樹はリュックの中から、透夜から預かってきた弾薬を桜と愛華に手渡した。疲れている所悪いんだけど、と前置きして手伝いを頼む。避難民の安全な脱出の為には1階を制圧が必要だ。
「こういう時の為の『鎧』だ。あいにくガス欠気味だがな」
ここぞとAU−KV『バハムート』を着込んだミスティが先頭に立って、敵を蹴散らしながら1Fへと階段を下りる。後に続くはMAKOTOと柳樹。正面玄関から襲撃を受けて慌てる敵を、これまでの鬱憤を晴らす様に薙ぎ払う。
さらにエレベーターの扉が開き、飛び出した桜と愛華が背後からありったけの火力を叩き付ける。3方から攻撃を受けた敵はその悉くが粉塵と硝煙の中で血の海に倒れていった。
「どうやら順調のようですね‥‥ザインフラウさん。少しここを任せても良いですか?」
正面玄関から出て来る避難民たちをモニタ越しに見下ろして、聖は後席にそう尋ねた。応じてくれたザインフラウに感謝の言葉を捧げ、車両形態に戻した114からいそいそと降りて行く聖。避難民たちの中にスコット医師と看護師たちの姿を見つけて、胸元に十字を切りながらその表情を綻ばせた。
「本当に良かった‥‥皆さん、ご無事のようですね。助けに‥‥いえ、約束を果たしに来ました。さぁ、怪我をしている方はいらっしゃいませんか?!」
救急セットと超機械を手に避難民の中へと飛び込む聖の背を、ペリスコープ越しに見送ったザインフラウは‥‥新たに迫る敵影にその口元を引き締めた。
「不粋な。彼等の再会の邪魔をするな。これ以上好き勝手にはさせん」
停止したまま20mm弾を吐き出す114。その背後、避難民たちの頭上に舞い降りようとしたハーピーが、再び閃光に追い散らされる。
「すまない、驚かせてしまったね。──そうだ。お詫びに、帰ったらハーモニカを聞かせてあげよう」
閃光弾に身を竦ませた子供に毛布をかけながら、さり気なく子供の視界からキメラの死骸を隠すUNKNOWN。純一は避難民に食料と飲料を渡しながら、彼等を車両に誘導する。流石に食べてる暇は無い。一刻も早く脱出しないと‥‥
避難を続ける彼等の後ろに、歩の乗る高機動車がブレーキ音も高く停車した。窓から身を乗り出して純一に呼びかける。
「これからキャンプの生き残りの人を助けに行きます。純一さん、エキスパートでしたよね? 手伝ってくれませんか?」
「‥‥こっちはもう大丈夫か。いよぅし、ここからがエロスパートの本領発揮だな。見つけるぜ‥‥隠れてる人たち、全員な!」
後席に飛び乗る純一。否や、思いっきりアクセルを踏み込む歩。車輪から白煙を上げながら高機動車が走り出す。
その背後では、残留組を出迎えた源次が、彼女たちの剣幕に押されていた。
「だから! ダンの奴が食料を取りに行ったまま戻らぬのじゃ!」
状況を説明する間も惜しんで車両に飛び乗る桜。愛華がその後に続き、MAKOTO、ミスティが後席へ乗る。
「〜〜〜。えぇい、レナ、車両を借り‥‥」
源次が振り返った時には、レナはもうアクセルを踏み込んでいた。
「あのバカ中年はどこですか!?」
場所を聞く前から走り出している。愛華は食糧庫の場所を告げつつ、ガトリング砲のレバーを引いた。
「‥‥あと少し。あと少しなんだよ‥‥もう誰も零さない!」
●
正人の重機関銃による制圧射撃が、獣人たちを遮蔽の陰に釘付けにする。その隙に、建物の中から飛び出して来た生き残りの避難民たちが、這々の体でトラックの荷台に飛び込んだ。
それに手を貸しながら、出してくれ、と叫ぶ純一。空荷に近いトラック2台が走り出し、銃撃を続けるラスター車が後に続く。
「大丈夫ですか? 怪我している人はいませんか? 他に生存者は?」
荒い息を吐く中年の男が力なく首を振り、トラックの荷台上の担架に横たわる妻と思しき女性に目をやった。急いでそこに這い寄った歩は‥‥腹部を血に濡らしたその女性が既に死んでいる事に気がついた。
死後二日といった所か。彼等家族は、彼女の亡骸を抱えて避難して来たのだ。
「‥‥怪我を負った者は真っ先に死んだ。‥‥‥‥‥‥‥‥なぜもっと早く助けに来てくれなかったっ!?」
それが言いがかりであっても、言わずにはいられなかったのだろう。床を叩いて咽び泣くその男と家族の背を見遣って‥‥歩は唇を噛み締めた。
「僕は‥‥無力だ」
『助ける』事の困難さを歩は良く知っていた。想いだけでは何者も救えない。だからこそ、僕はここに戻って来たというのに。
純一は奥歯を噛み締めながら、高機動車の窓から『探査の目』で生存者のいる形跡を捜し求めた。窓やドアが破られている家は‥‥キメラにそうするだけの理由があった場所だ。可能性があるとすればまだ無事な家‥‥だが、完全な無人である確率の方がずっと高い。
「こちらは救出隊です。救助に来ました。我々が近づいたら報せて下さい。誰かいませんか、誰か‥‥誰か、いないのか?!」
正人の呼び掛けに、とある住宅からがたり、と物音が立つ。銃口を向け、一縷の望みを託して声をかけ‥‥直後、飛び出して来たキメラを正人の銃撃が迎え撃った。
●
「ここまでだな。これ以上留まればこちらにも被害が出る」
ラスターの決断により、それ以上の救出作業は打ち切られた。
空に向けて20mm弾を吐き出し続ける114。その援護を受け、病院前に留まっていた車両が次々と離脱を始める。
血塗れの戦場で戦っていた仁奈、透夜、無月、九郎らと合流(彼等に残された車両はトラック1両のみだった)して、第7キャンプを後にする。
食料を探しに出たダンたちは、血まみれで倒れている所をギリギリで救助された。生き残ったのはダン一人。もう少し遅ければ彼の命もなかっただろう。
「‥‥また一人‥‥生き延びちまった‥‥」
聖や歩、源次らの必死の治療でなんとか持ち直したダンが虚無的にそう呟く。一連の救出作業で助けられた人数は67人。加えて、外縁陣地には未だ多数の兵が取り残されている事が判明した。
「これだけでも助かった事を喜ぶべきか。或いは力不足を嘆くべきか‥‥やれるだけやるしかないとはいえ、な」
キャンプの方を見遣り、やりきれないといった風で源次が呟く。柳樹が力なく首を振った。
「‥‥掌から砂が零れるのは仕方の無い事さぁ。‥‥僕等は神様でも何でもないんだから」
その言葉を受けて、立ち上がった桜がキャンプに向けて鎮魂の祈りを捧げる。愛華と聖がそれに倣った。