●リプレイ本文
「役割分担が上手くいけば、効率は十分補えるはずだ。頑張ろう」
白鐘剣一郎(
ga0184)が手を二度叩いてブリーフィングをそう締めると、集まった工兵たちはゲイン大尉の指示の下、それぞれに自分たちの担当現場へと散っていった。
能力者たちもすぐに機体への搭乗を開始する。龍深城・我斬(
ga8283)はラダーに足を掛ける寸前、ふと相棒となる機体を見上げた。
「‥‥また、こいつに乗る機会が来るとはな」
もっとも、今度は鉄柱やら構造材やら山盛りの土木仕様ではあるが。だが、まぁ、これもこの機体の本分だ。作業も戦闘もバッチリこなしてその力を見せ付けてやればいい。
「今日の作業は堀と土塁を集中的にやるんだよ〜。私たちが掘りまくるから、盛り付けはお願いするんだよ〜!」
工兵たちに向けて、犬肉球印のヘルメットを被った響 愛華(
ga4681)が声を張る。その隣りの機の上では、綾嶺・桜(
ga3143)が改めてむぅ、と唸っていた。
「しかし、KVで土木工事とはのぉ‥‥愛華もまた変わった依頼を引っ張って来たものじゃ」
気が乗らぬ、といった態で呟く桜。これではまるで、急に金銭が入用になったバイトの学生‥‥っ。
「‥‥って、天然(略)犬娘! さてはお主、またお金を使い切ったのじゃな?!」
気付いてガ〜っと吼える桜。地殻変化計測器を担いだ愛華の04がぴゅ〜、と森の方へと逃げていく。
「‥‥凄いや。まさに工事現場、って感じだ‥‥」
機上から現場を見渡して、明星 那由他(
ga4081)が感嘆した様にそう呟く。こうも砂埃が多いとKVの整備も大変だろうな、という那由他の呟きは、上がってきた古参の整備兵に聞かれていた。
「なんだ、坊主。KVの整備に興味あんのか?」
驚きながらも力強く頷く那由他。人見知りしがちな那由他であるが機械に関しては話が別だ。整備兵は嬉しそうに二度頷いた。
「そうかそうか。04は地上専用機だからな。前線での長期運用を考慮して整備はし易くできてるんだ」
怪我しないようしっかりやんな。古参兵はそう言って那由他の頭にポンと手を置くと、部下に装備の準備を命じながら機を滑り降りていった。
発破ぁ! の掛け声と共に、現場に地響きと轟音が響き渡った。
ズズン、と一瞬盛り上がり、沈み込む大地の一条。全ての爆薬の起爆を確認してから堀の底へと機を下ろし‥‥ヴァイナーショベルを担いだ榊兵衛(
ga0388)機は、爆破によってグズグズになった土砂の斜面を見上げた。
「ロス防衛の為にも前衛陣地構築は重要だろうしな‥‥微力を尽くすとしよう」
槍の様にクルリとスコップを前へと回す。両手で保持したそれを地面へ突き刺し、足で押し込んでから掬い上げる。ちょいやさっ、と土砂を堀の上へと放り投げ、以下、同じ作業を繰り返す。その隣りで、4足形態の剣一郎機がドーザーショベルを車体ごとズズイと土砂の中へと押し込んだ。掬い上げて後退し、保持したまま人型へと変形。両手で抱え上げて堀の外へと空けてやる。
堀の上では排土版を装備した那由他機が、堀の中から次々と上げられてくる土砂を集積場へと集めていた。そこには愛華と桜が待機していて、集められた土を積み込んでさらに丘の上まで運んでいく。
「わんわんわ〜ん♪ 土運び〜♪」
「にゃんにゃんにゃ〜‥‥って、移ってしまったではないか!」
土砂を背中に積んで坂を上がっていく人型形態の二機は、幾つものスロープを切り返すトラックよりも到着が早い。おまたせ〜、と土砂を下ろすと、各種重機がそれを使って築城作業を行ってゆく。
「掬え、運べ、貫け突貫〜! 俺のシャベルは1000万(パワー!)♪」
一方、剣一郎や兵衛とは反対側の削岩現場。ねじり鉢巻を締めた阿野次 のもじ(
ga5480)が、口ずさむ即興歌のテンションに相応しいノリで前面の土壁を崩しまくっていた。砕いたその土砂を自ら積み込んでそのまま丘を駆け上がっていく。ロードローラーを曳くその姿はまるでスポ魂の主人公だ。
のもじ機が削岩作業を続けている間、その後方で静かに作業していた九条・葎(
gb9396)の機体が、のもじ機と入れ替わるように前に出る。淡々と人型へと変形し‥‥次の瞬間、のもじもかくやというハイテンションで、ロックンロールに削り始める。
やがてロードローラーに転がされる様にのもじが戻ると、入れ替わった葎機は再び静かな作業に戻る。堀の上で自前の地殻変化計測器を設置していた我斬は、う〜ん、と不思議そうに小首を傾げた。
「陣地用の計測器は警備に転用できないの?」
「届くのは3日後だってよ。電気や配線が終わってからだとさ」
我斬の返事にふーん、と生返事をして、のもじが再び丘の上へと走ってゆく。入れ替わって前に出た葎機は再び激しく土を削り‥‥今度は暫くして動かなくなってしまった。
「‥‥すみません。練力の限界です。作業を代わって頂けませんか?」
葎からの無線に応じて我斬が掘の中へと下りる。機を下げ、ハッチから姿を見せた葎は凛々しい少女といった風で‥‥先程の作業のテンションとは相容れぬその姿に、我斬は再びうーん、と唸った。
その日の擾乱攻撃は、昼飯時に行われた。
「‥‥練力が切れたから、お手伝いを」
「へぇ‥‥そ、そうなんだ‥‥」
食堂代わりのテントで配膳を手伝う葎から昼食のトレーを受け取って。我斬は器用に歩きながら食事を済ませると、作業現場へと足を踏み入れた。工兵たちが驚いた顔で出迎える。
「おいおい、休憩時間じゃないのかよ」
「なに、その気になれば20時間は覚醒してられるんだ。余裕余裕」
そう言って、食べるか? とデザートのチョコパンケーキを出して見せる。あの嬢ちゃんにやってくれ、と苦笑しながら指差す工兵。そこには、オープンテラスと化したテーブルに座って昼食を取る愛華と桜の姿があった。
「わふわふもきゅわふんぐわふわふ‥‥んごっきゅん。おかわり!(3杯目)」
「お主はどれだけ食うつもりじゃ! 工事が完成する前に全部食べつくすつもりか!」
すぱこーん、と、どこからともなく取り出したハリセンで愛華の頭を叩く桜。工兵たちから笑いが上がる。
攻撃が始まったのはその時だった。
遠雷の様なくぐもった砲声。砲弾が空気を切り裂く音。怒号が飛び交い、兵たちが近場の塹壕に飛び込んでゆく。
着弾は丘の上。爆煙と土砂が舞い上がり、轟音が腹を打ち据える。慌てて避難を始める重機と工兵。だが、落ちてくる砲弾の数はやはり少ない。
能力者たちは丘を駆け下り、KVへと向かって走る。塹壕に残っていた兵衛は機の精密照準器を、森の端まで前進して来た地上用HW『6本脚』に対して向けた。
「照準よし。撃てぇ!」
兵衛機の両肩に引き出された砲が火を噴き、ほぼ同時に敵のフェザー砲が一斉に光を放つ。次発装填。再攻撃。殆ど直撃弾など見込めぬ距離ではあるが、04の照準装置は確実に敵を捉えていた。軽く弧を描いて飛ぶ砲弾が1機に命中。装甲をひしゃげさせて森へと後退する。
その間も曲射砲による砲撃は続けられている。砲撃で開いた穴を埋め戻す手間は勿論だが、何より作業が中断するのは痛い。避難を繰り返すだけでも、結構な時間が取られるのだ。
「‥‥これで時間を無駄にする訳にも行くまい。ケリを着けてくる。援護を頼むぞ」
剣一郎が吶喊を宣言、我斬がそれに応じて続く。曲射砲装備のタートルワームは見当たらない。恐らくは森の中。
敵の火線が途切れた一瞬、塹壕から身を出した04が一斉に援護射撃を撃ち放つ。精度よりも弾数を重視したその攻撃が森の際を叩く間に、飛び出した剣一郎と我斬の2機はブースト点火。森までの距離を一気に踏破する。
だが、応射も一瞬、敵はすぐに後退して森の中へと姿を消した。
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「のもじ体操その1♪ 大きく背筋を伸ばしWRRRRRRRYのポーズ!」
2日目、早朝。
適当に集まった工兵たちを前にして、のもじはオリジナルの体操をみんなと一緒にやっていた。あれはなんだ、と尋ねる大尉に、部下が「ニッポンでは作業の前にああやって体操をするとか」と噂を語る。
「Unique!」
呟く大尉の視線の先で、「9秒も(姿勢を)止めていられたぞ!」とのもじがどぎゃ〜んとポーズを変える。
この日も敵の擾乱攻撃は続いたが、能力者たちの作業は続き、陣地の完成へと近づいていく。
4日目に至っては、敵は姿すら現さなかった。
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4日目、午前0時頃。女性能力者に割り当てられたプレハブの4人部屋。
4者4様の寝姿を見せる二段ベッドの上で、葎はその小さな身体を丸めて泥の様に眠り込んでいた。少し前までは朝方までゲームをしている様な生活が続いていた。もしかしたら、こんなにぐっすりと眠ったのは随分と久方ぶりかもしれない。
その隣室、男部屋では、シャワーに髪を濡らした剣一郎と、顔に機械油をつけた那由他(愛機の整備をしていたのだ)が静かに部屋を抜け出した。塹壕で夜襲警戒にあたる兵衛と我斬、二人と交代する為だ。
「交代だ。しばらく休んでくれ」
「ありがてぇ」
機体から身を出す二人。我斬は首のタオルで汗を拭きながら夜の寒気に身を震わせた。早く熱い湯を浴びたいものだ。シャワーしかないのは不満だが。
「やはり、橋頭堡近辺の再建はままならないのが現状のようだな」
「ああ。だが、ここまで持ち堪えてくれたのなら、最後まで役目を果たせるようにしてやらないとな」
温かい缶コーヒーを遣り取りする剣一郎と兵衛。今日一日は静かなものだった。敵が諦めてくれたのなら御の字なのだが。
勿論、そんな事はなかった。敵はこの最後の機会に、全戦力を挙げての夜襲に打って出た。
聞き慣れた砲弾の落下音が嚆矢となって月夜に飛ぶ。轟く爆発音。慌てて機体へ搭乗する4人の向こうで、陣地の照明が前方へと照射される。
光の輪に浮かび上がった敵の姿に、4人は目を丸くした。曲射砲装備のタートルワーム──接近戦に向かないそれが2機、真正面から一直線に突っ込んで来ていたからだ。
「っ! 敵も必死か!」
「側面に回り込みます!」
マシンガン装備の那由他機が、その機動性を活かして塹壕内を移動していく。作業のない夜間ならば軽装でも問題ない。
直後、森の中から迸った7色の怪光線が、照明の一つを蒸発させた。驚愕した兵衛が照準器を向けて倍率を上げる。映ったのは旧式の陸戦ワーム──高威力と長射程を誇るプロトン砲を持つ『8本脚』。移動目標は狙わず、照明を次々と消し飛ばしている。兵衛はすぐに応射を叩き込んだが、その時には敵は既に移動していた。舌を打って機を動かす。直後、先程までいた位置にプロトン砲が撃ち込まれる。
「出るぞ。援護を!」
フィールドを煌かせながら突っ込んで来る2機の亀を迎え撃つべく、剣一郎と我斬が突っ込みをかける。剣一郎は敵の突進を真正面から受け止めながら、右手でピックを打ち込みつつ、左腕部のライトニングクローを突き込んだ。闇夜に閃光が煌き、切っ先が敵の装甲を抜く。防御力に優れる亀も、非物理攻撃には案外脆い。
さらに、機を滑らすように側面へと回り込んだ我斬機が両手の雷爪に稲光を閃かせる。
「一度使って見たかったのさ。必殺、雷撃爪! ってな!」
撃ち込まれる両の拳。奔った電光が誘爆を引き起こし、その一撃で最初の亀は火を噴きながら沈黙した。
「あと1機!」
意気上がる能力者たち。だが、それは左翼で幾つもの閃光が煌くのを見るまでだった。
「敵です! ワーム1小隊、左翼正面から突っ込んで来る!」
中央から突撃してくる亀の側面へと回りこもうとした那由他機は、左翼から接近していた6本脚4機の真正面に出る形となった。飛び交うフェザー砲の火線に姿勢を下げ、膝射姿勢で短機関砲を撃ち捲る。連続で砲弾を叩き込まれ、つんのめって地に墜ち爆発する敵。反撃は3倍。苛烈な応射に装甲が灼熱し、警告灯が赤く染まる。
その時、中央から、位置の露呈を恐れずに点灯した剣一郎機の前照灯が闇夜に敵を照らし上げた。直後、放たれる一斉砲火。側面から砲撃を受けて敵隊列が大きく乱れる。
大丈夫、対応できる。能力者たちが確信を抱くのに時間はかからなかった。だが──
陣地で警報が鳴り響く。右翼からも突撃していた敵の1個小隊が、陣内になだれ込んだのだ。
那由他の脳裏に整備士たちの顔が浮かぶ。しかし、正面の敵の火線は離脱を許してはくれなかった。
塹壕と土塁を突破した4機の6本脚は、目に付いた重機に手当たり次第に攻撃を加えながら、その足を止めずに奥に奥にと進攻していた。
慌てて駐機場の機体へ乗り込む女性陣。その中で、葎はひとり、プレハブ棟の前の広場で機体を停止させていた。
「‥‥ここはやらせない」
呟き、蜂の巣突いた宿舎を振り返る。あそこには100人以上の工兵たちがいる。工事を妨害するという意味では最大の攻撃目標なのだ。
振り返った葎の目の前に案の定、装輪で走る6本脚が2機、飛び出してくる。葎はなぜか笑いながら、両肩の連装機関砲を無照準で撃ち捲った。砕ける大地、跳ぶ火花。だが敵はその弾幕に怯む事無く突撃を継続。葎は先頭の1機に集弾し──穴だらけになったそれはダンスを踊るように揺れながら、火を噴いて爆発した。
直後、その爆発の陰から躍り出る様にしたもう1機が葎機の脇を一気に突破する。しまった、と叫んで機を振り返らせる葎。疾走を続ける敵の砲口が光を溜めて──
「キラ★っと!」
闇夜に奔った光の線が、ワームの脚を数本切り飛ばした。バランスを崩した敵がスピンして地を滑る。体勢を立て直して振り返った次の瞬間──轟音と閃光を発して飛翔してきた黒金の拳が装甲ごと敵を叩き潰す。突き刺さり、ひしゃげた機体にスパークが走った直後、敵は火を噴いて粉々に爆散する。その向こうに、のもじと桜、そして愛華の機体が炎に浮かび上がった。
「みんなはやらせないんだよ!」
愛華もまた葎と同様、工兵たちを守る為に行動していたのだ。前線へ向かう桜とのもじを呼び止め、こちらへと回って間一髪、間に合った。
「こんなこともあろうかと!」
のもじが装備していた照明銃を打ち上げる。煌く光の落下傘が、陣地に入り込んだ敵ワームを照らし出す。
硬直する敵に向かって一斉に投げ掛けられる火線の網。離れた敵には愛華の多目的誘導弾が次々と直撃し‥‥続け様に二つの爆発が、花の様に闇に咲いた。
●
その夜に行われた戦闘で、敵の小集団はその全てが掃滅された。戦場となった陣内の被害は小さくないが、幸いな事に重機と人員の被害は最小限に抑えられた。
「あと一息だ。ここまで来たら一気にやってしまおう」
剣一郎の言葉の下、能力者たちは最終日を越えた早朝まで突貫工事を継続し──前衛陣地は1日遅れで完成した。
「ま、まあ、たまにはこういう依頼も良いかもしれぬの」
自らが構築した陣地を眺めながら‥‥少し、こそばゆそうに呟く桜。能力者や工兵たちの顔は、皆、疲労の色の濃い中に満足の笑みを浮かべていた。