●リプレイ本文
大連湾外延部 早朝過ぎ──
薄明かりの差す海面を頭上に頂く濃紺の海の底。整然と列を成して配された警戒用キメラ『シューリーカー』が、その茸ともイソギンチャクともつかない身体を海流に任せてたゆたわせていた。
戦場とは無縁に思える長閑な光景。敵の寄りつかぬこの海底は、ある意味、平穏な世界であったのかもしれない。
だが──
ゆらり、と、そよいでいた警戒茸の触手が揺れる。その変化を感知して『身を起こした』警戒茸は、しかし、その直後、濃紺の闇の奥底から染み出して来たリアリア・ハーストン(
ga4837)のビーストソウルによって、その半身を斬り飛ばされた。
力なく流れ行く警戒茸の上半部。異常を察した周辺の警戒茸が次々と身を起こし‥‥唐突に、音もなく、端から次々と吹き飛び始める。自爆? 否。それは確かに攻撃だった。リアリア機背後の闇の中から、微かな『水中飛翔音』と共にスコールの如く浴びせられる磁力砲弾。触手や本体が次々と千切れ飛び‥‥警告音を叫ぶ間もなく、警戒茸は周辺から一掃されていた。
薄闇に光を返し、氷雨を『鞘』へと戻すリアリア機。その背後から、やはり闇の中から湧き出すように、ガウスガン等を構えた5機のビーストソウルが姿を現す。茸の欠片が舞う海の中、合流した6機は2機ずつ3方を警戒する隊形で静止した。
「‥‥パッシブソナーにも各種センサーにも反応はなしか。見落とすと厄介だな」
その中の1機。龍深城・我斬(
ga8283)は慎重に頭部カメラを巡らせながら、何ら反応を示さぬ計器板に肩を竦めた。頼るべきは己が目のみ。現在の隊形を維持しつつ、地道に前進するしかない。
一方、6機のRB−196の背後の闇には、さらに2機のKVが息を潜めて追随していた。水中用キットを装備した篠崎 公司(
ga2413)のS−01。そして、イスル・イェーガー(
gb0925)の新鋭機、アルバトロス。海底の警戒茸探索に集中する前衛6機の後方に位置し、周辺全般の警戒を行うのが彼等の役目だ。
「‥‥やはり、水中だと‥‥狙撃も少し癖が違う‥‥かな‥‥」
膝射姿勢をとったアルバトロスのコックピットで、イスルは微かに眉を潜めながら先程の狙撃を思い返していた。水中戦は久しぶりだった。照準はAIや火器管制プログラムが補正してくれてはいるが、感覚的なもの──違和感はどうしても拭えない。
警戒を続けるイスル機のすぐ背後、ピクリとも動かないS−01の操縦席では、海底地形図を広げた公司が進入ルートの再検討を強いられていた。
「なんとか『庭先』までは入り込めましたか。が、この先には『番犬』がうようよいますしねぇ」
情報は少ない。敵に見つかった場合は、目標たる駆逐艦型キメラまで一気に突っ込む手筈となっているが‥‥敵も無能ではない。湾内へ侵入すれば、遠からず発見される事になるだろう。
これも玄関から入れぬ間男の悲しさか。苦笑しつつ、公司はKVの腕を振って前進のハンドサインを皆に示した。再び海底を這う様に進み始める前衛班。公司はイスルに合図を出すと、自らも距離を置いて前進を開始した。
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どちらかといえばのんびりと水中を進んでいた水中用HWの哨戒機が、唐突にその進路を変えて全速で離脱を開始した。
どうやら早々に進入が露呈してしまったようだ。湾内進入から僅か2分の事だった。
「これより静音航行を解除。攻撃班は目標への突入を開始。支援班はこれを援護する」
封止していた通信を解き、攻撃開始を告げる公司。2人の支援班を後に残し、攻撃班の6機はブーストを焚いて一気に湾の奥へ突入を開始した。
逃げ散る敵哨戒機には構わず、ただひたすらに突き進む。予定より随分と早く発見されてしまったが、こんな所で諦めるわけにはいかない。彼等には、何としてもこの任務を成功させるという覚悟があった。
「軍にも随分と無茶をするパイロットがいるよなぁ。名前からするとチャイニーズか?」
「きっと必死だったんだよ‥‥自分たちの、故郷だから」
飛ぶ様に水中を奔る196。流れ行く水の感触を操縦桿越しに感じながら、響 愛華(
ga4681)は我斬の言葉に愁いを帯びた目を伏せた。バグアに踏み躙られた祖国。一部とはいえそれを解放する為の作戦に、脅威となる敵がいるを知り。文字通りの必死でその情報を獲得し、瀕死の身体で操縦桿を握り続け‥‥機と情報とを基地まで辿り着かせて逝った呂麗華少尉。
「‥‥あんたの勇気、無駄にはしない」
「想いは確かに受け取ったから。必ず応えてみせるから」
決意も新たにする我斬と愛華。綾嶺・桜(
ga3143)も頷いた。
「命を懸けて手に入れてくれた情報じゃ。わしらの失敗で無にするわけには‥‥む、このでかい反応は‥‥!」
センサーが見つけ出した巨大な反応に、桜は軽く目を見張った。間違いない。目標たる2隻の駆逐艦型機械化キメラの反応だ。
「こいつは‥‥」
そのでかさに思わず苦笑を漏らすリスト・エルヴァスティ(
gb6667)。空母などと比べるとまるで子供のような駆逐艦だが、KVから見れば馬鹿みたいな大きさだ。しかも、それが丸々機械化キメラだと言うのだから、その出鱈目振りは際立っている。
「あんなデカブツに好き勝手されては、友軍にどれだけの被害が出るか分かったものじゃない。俺たちの手で、確実に沈めてやろうぜ」
隣りを進む威龍(
ga3859)が皆にそう呼びかける。そうですね、とリストはひとつ頷いた。
これまで失ったものばかりが大きすぎた。あの2隻を海の藻屑とし、帳尻を合わせてやらねばならない。
接敵は、思いのほか早かった。湾内に進入したKVを迎撃する為、『駆逐艦』自体が出てきたからだ。こちらの最優先攻撃目標であるこの敵も、バグアにとっては『戦力の一部』に過ぎない。
「早急に撃沈せしめるべく、片舷に一点集中攻撃を掛ける。攻撃は‥‥右舷。並んだ2隻の右側から攻撃する」
艦首をこちらに向けて突進してくる駆逐艦に、威龍は右舷への攻撃を指示する。敵の針路に対して左側──敵から見て右舷側へと大きく針路を曲げるKV隊。駆逐艦の『ヘリ格納庫』から出てきたマンタワームが3機ずつ、計6機が海中へと進入する。円を描くように回るKVと2隻の駆逐艦。マンタはその側面からKVを攻撃しようとし──と、横合いから磁力砲弾が浴びせ掛けられ、隊列端のマンタは回避の為に大きく針路を変えた。
「行かせないよ‥‥悪いけどね。攻撃班の‥‥邪魔は、させない」
それは、後方から追いついてきたイスル機だった。ガウスガンを続け様に撃ちながら、主力への攻撃機会を失ったそれをさらに遠くへ追い散らす。そのイスル機の横を、さらに後方に位置する公司機が放った魚雷が2本、航跡を曳きながら突進していき、敵はさらに1機が回避行動を強いられる。
「雑魚は無視じゃ! 援軍が来る前にあのデカブツを一気に倒す!」
「距離400。今だ、全機、ぶっぱなせ!」
威龍の号令に従って、横一列に並んだ水中形態のビーストソウルの内、魚雷と誘導弾とを装備した機体が一斉にそれらを撃ち放った。対する駆逐艦上でも、がっしゃがっしゃと右舷側へ移動した魚雷発射管擬装のタートルワームが3機、一斉に対潜魚雷を投射する。放たれた夥しい数の魚雷が海中を交差して‥‥能力者たちの撃ち放ったそれは、その悉くが右舷中央部周辺へと命中した。
フィールドを突き破り、舷側へと突き刺さった各弾頭が一瞬の間を置いて一斉に爆発する。まるで壁の様に吹き上がる水柱。やがて巨大な水のカーテンが崩れ落ちた時、そこには幾つもの大穴を開けてひしゃげた無様な艦体が露呈していた。
「散開!」
一方、機動性に優れるKVは、遠距離から放たれた魚雷の群れを回避した。雷跡に埋め尽くされた浅海を、さらに接近した威龍とリストが第2射と1射を撃ち放つ。突き進む誘導弾が近接攻撃の為に突進する他の4機を追い抜いて‥‥次々と舷側の破孔へ飛び込み、キメラ本体を直撃した。
「わしと我斬は艦上へ取り付く。各機、援護を頼むのじゃ」
「わぉ〜ん! 殻を剥く焼き烏賊料理なんて初めてだよ!」
桜の言葉を受けて、愛華は機を浮上させて機体上部を海上へ露出させた。海面を蹴立てて進みながら、ガクリと速度を落とした敵艦目掛けて一斉にC−0200ミサイルを撃ち放つ。弾け飛ぶ防水カバー、白煙を曳いて飛ぶ誘導弾。直撃を受けた鋼板が弾け飛ぶ。
一方、海上に飛び出すべく敵艦近くに接近していた桜と我斬は、破孔から飛び出してきた烏賊の触手に機体を拘束されかけた。慌ててそれを斬り飛ばす桜と我斬。だが、1本切る間に別の1本が掴みかかってくる有様で──
と、横合いから振るわれた白刃が、2機に絡みつく触手を切り払う。リアリア機が援護に駆けつけたのだ。
「ここは任せて。早く行きなさい!」
なんでこう触手が続くのか。やれやれ、どうなっているのかしら。溜め息混じりに苦笑しながら、リアリアは次々と襲い来る触手を切り払った。それは剣豪同士の打ち合いにも似て‥‥だが、触手の群れはやがてその数に任せてリアリアを押し切ろうとする。
そこへ撃ち放たれるリスト機のガウスガン。その援護にリアリアが距離を取った直後、威龍が放った誘導弾が触手の束を直撃する。
一方、行動の自由を得た桜と我斬は、両足で海底を蹴り付け、勢いもそのままにブースト点火。イルカの様に海面へと飛び出した2機は、舷側へと手をかけ一気に機を甲板上へ引っ張り上げる。
「取り付いた!」
艦上に上がった桜機は、その拳を愛華機が破壊した破孔の中へと突っ込ませた。そこにはキメラの本体がその生身をさらしていた。
「桜さん、我斬さん、ぶち抜いちゃえ! 麗華少尉と、沈められた挙句利用されたその船と、一緒に逝った人たちの怒りを乗せて!」
「行け! ロケットパァーンチ!」
「喰らえ! ギガ、ドリル、以下自主規制!」
飛び散る肉片と噴き出す体液。バニシングナックルとブレイクドリル、高威力の攻撃二発を直接叩き込まれ、その身をくの字に折り曲げる『中身』の『巨大烏賊』。『主砲』の亀のプロトン砲を至近に擦過させながら、桜機と我斬機が水中へと踊り込む。
「外装を残したまま本体を始末した方が、水中で暴れられない分、楽なはずだ」
沈降を始めた艦体を見遣り、クルリと宙を舞いながら我斬が呟く。援護の為に撃ち放たれたグレネードが爆発するのを見ながら、そのまま着水。我斬機の離脱を確認した愛華は、海を薙ぐように放たれたプロトン砲から慌てて機を沈降させた。
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一隻目を首尾よく沈めた能力者たちであったが、二隻目には手こずる羽目になった。
長射程の攻撃手段を使い果たし、敵の間合いで戦闘を余儀なくされた為。そして、新たな敵が戦場に到着し始めた為だった。
「魚雷!?」
二隻目への攻撃を開始した196隊を後方から襲撃したのは、『外』から来た援軍ではなく、一隻目の艦上にいた3機の擬装亀だった。誘導弾を撃ち尽くしたリスト機に放たれる遠距離攻撃を、距離を防壁にして回避する。1機で相手をするには敵戦力は強力すぎた。
一方、マンタを2機にまで撃ち減らした支援班の2人であったが、援軍の到着によって逆に劣勢に追い込まれた。敵はまず『群れから逸れた』支援班から始末にかかったのだ。
「くっ‥‥そろそろ退路を確保せねばいけないというのに‥‥!」
迫り来る2機のHWを見て、公司は狙撃砲を背に回してガウスガンを引き出した。砲撃を集中し、右の1機を爆散させる。だが、その爆発を抜ける様に突っ込んできたワームがクローを大きく展開し──その直前、間に飛び込んできたイスルのアルバトロスが、その敵を思いっきりアンカーテイルでぶん殴る。べこり、と装甲をへこませた敵を追い撃つ公司とイスル。だが、そこに、さらに新手が2機突っ込んで来て‥‥
「まだ無事か、リストさん!」
一方、亀3機と交戦中だったリストの所へは、威龍が増援として駆けつけた。あと20秒遅ければ、リスト機は破壊され、攻撃班は背後から攻撃されていた事だろう。
威龍が残った誘導弾を一斉に亀へと撃ち放ち、その間に突進したリスト機がアンカーを突き刺し、斬り付ける。反撃を企てた亀は威龍が放った磁力砲弾で爆発し‥‥2機がかりでようやく1機に止めを刺したものの、亀はまだ2機残っている‥‥
「喰らえ、ドリル、以下略!」
二隻目の舷側へ向かって、ツインジャイロでもって穴を穿つ我斬機。忍び寄る触手は左右の桜機と愛華機が切り払い、撃ち払う。
「あんまり美味しそうじゃない‥‥よね?」
「抱えて持ち帰るでないぞ?」
そこへ水平に薙ぎ払われる触手を、3機が跳び退さって回避する。直後、入れ替わるようにリアリア機が突っ込んだ。
「やはり単純に浸水→沈没とはいかないようね、なかなか!」
我斬が開けた穴を強引に押し開き、機体の半ばを中へと入れる。そこにキメラ本体の皮膚を見出し、氷雨を突き入れようとしたリアリアは、次の瞬間、視界をまっ黒に塗り潰された。
「これは‥‥墨!?」
煙幕の様に視界を埋め尽くしたそれに驚きつつ、構わずリアリアは刀身を突き入れる。闇の中、腕部に絡みつき、上下左右に引っ張り回す触手。リアリアは自ら左腕関節部を斬り落とすと、そのまま後方へと離脱する。その時点で二隻目もまた、艦体部分をパージする間も無く、全ての『心臓』──機関部に止めを刺されていた。
「よし、目標を撃破した! 後はさっさと離脱するのじゃ!」
沈降してゆく船体から離れ、支援班へと合流する。だが、少し、時間が経ちすぎた。新たに海中に落ちてきた亀3機を始め、敵の数は余りに多い。
「追撃を牽制します‥‥先に行って下さい」
「馬鹿言うな。ボロボロじゃないか。俺が残る」
「無茶する気はないですよ‥‥とっておきのお菓子、残してきてますから‥‥」
まぁ、誰が残ってもヤバそうではありますが、と、イスルと威龍の殿争いに公司は苦笑した。こうなれば、味方の犠牲を覚悟しつつ、全機でただ1点を突破するしかない。振り返る余裕は、恐らく誰にもないだろう。
「でも、2隻の大王烏賊は倒したよ。麗華少尉、これで安心してくれるかな?」
「心残りはあの烏賊かな。海鮮キメラは美味いものが多いんだが。イヤ残念残念」
我斬の軽口に笑う能力者たち。その眼前には包囲の輪を縮める水中用HWのぶ厚い隊列。それが砲火の壁となって立ち塞がるまさにその瞬間。
敵隊列の背後で爆発が連鎖した。
「なんだ!?」
突然の事態に乱れる敵隊列。その後方から現れたのは、正規軍KV部隊の雄姿であった。‥‥攻撃開始時刻までまだ間がある。こちらの危機を察して攻撃を早めてくれたのだろう。
呼応して一気に包囲網を突破する能力者たち。正規軍KV部隊が庇う様に彼等を迎え入れ‥‥前線へ向かう部隊が敬礼を施し、前進を開始する。
こうして大連港への攻撃は開始された。
だが、最大の難敵たる駆逐艦型機械化キメラ2匹は、8人と1人の勇気によって、既に戦場から駆逐されていた。