●リプレイ本文
前回、私たちは大佐を連れ帰る事が出来なかった。
藤森中尉は笑っていたけど、強がったその痛々しい笑顔を忘れる事が出来なかった。
だからこそ。私は再びこの競合地域の空にいる。
今度こそ、絶対に。絶対に、大佐を連れて帰らなくちゃいけないんだ‥‥
「お願いだよ‥‥生きていて‥‥」
山間部を縫う様に低空で飛ぶKVのコックピットで、響 愛華(
ga4681)は祈るように呟いた。
パイロットスーツの上から、母から貰った御守りを握り締める。キャノピー越しに物凄い勢いで流れていく風景。だが、そんな綱渡り飛行の恐怖より、競合地域に一人残された大佐の方が心配だった。
「予定よりも5分遅れておるのじゃ‥‥一刻も早く次の合流地点へ急がねば‥‥」
愛華機のすぐ後ろを飛ぶ綾嶺・桜(
ga3143)も、愛華と同じ様に焦れていた。
数分前に通過した最初の合流予定地点──ダム湖の周辺は、既に多くのキメラで占められていた。とても大佐が救助を待てるような状況ではなく、すぐに次の合流地点へと進路を変えたが‥‥もう既に大佐があの場で死んでいる、という不吉な考えを完全には払拭できなかった。
藤枝 真一(
ga0779)は、速度を上げたい衝動を必死に抑えていた。間に合わずに救えない。『正義の味方』を理想とする以上、そんな結末を認める気は毛頭無い。だが、速度を上げて下手に稜線から上に出てレーダーに捉えられれば、すぐにワームが殺到するだろう。
ジリジリと焦げ付くような時間が過ぎていく。空に棚引く一本の『狼煙』を発見したのはそんな時だった。
「‥‥!」
スロットルを絞り、失速ギリギリで上空を旋回する。箱庭の様な無人の集落。その小学校の校庭の真ん中で、発煙筒を振り回す大佐の姿があった。
「いたぁ!」
「見つけたぁ!」
「生きてたぁ!」
示し合わせたように歓声を上げる能力者たち。真っ先に飛び込んだのは桜だった。機体中央下部が折れ曲がり、両腕と両足が展開される。人型へと変形した桜機は地上へと降下するとバーニアを一閃。着地し、巨大な剣と盾を掲げて大佐を守るように周囲を警戒する。
次々と降下、変形、着地する鋼鉄の騎士たち。巻き起こる風に目を細め、その背に四方を囲まれて。「なんとまぁ‥‥」と、大佐は呆れたように呟いた。
周囲に敵がいない事を確認し、真一は機体から飛び下りた。大佐に駆け寄ってその状態を確認する。
怪我‥‥擦り傷程度。体力‥‥消耗なし。むしろ元気。‥‥その他諸々、分かる範囲で問題なし。
(「こんなキメラだらけの競合地域で‥‥なんてタフなオッサンだ‥‥」)
真一は呆れたように心中で呟いた。
「‥‥で、俺は君の機体に乗ればいいのか?」
「あ、いえ、御影さんが今サブシートの準備をしてますから‥‥」
ちらりとそちらに視線をやる。悪戦苦闘する御影 柳樹(
ga3326)の姿が見て取れた。
「下は見ない‥‥下は見ないさぁ‥‥」
コックピット横のカナード翼の上に立ち、柳樹は簡易補助シートを展開していた。操縦席後部の衝撃吸収用マットを後ろに倒してスライドさせて‥‥
「あ」
そこに、この前食べた肉まんの紙がペッタリと張り付いていた。きょろきょろと辺りを見回して、摘んでポケットに押し込み、汚れたシートを袖でゴシゴシと擦る。よし、これでバレな‥‥いやいや、綺麗になった。
「いや、見えてるんだが」
「どわあっ!?」
いつの間にか、真一機の手の上で運ばれてきた大佐が柳樹の背後に立っていた。機体からずり落ちそうになりながら、照れ笑いで大佐を席へ案内する。
「これ、食べて下さい」
柳樹はシートの下から取り出したコンビニ袋を大佐に渡した。おにぎりとお茶が入っていた。
「米の飯、か。ありがたい」
「絶対、恋しいはずだと思ったんさぁ」
早速、それを頬張る大佐。それを見ながら、柳樹は操縦席へとその巨体を押し込んだ。
「遅れて本当に御免なさい、大佐。お待たせ! 迎えに来たんだよ!」
すぐ横に立つ愛華機のキャノピーが開き、愛華が大佐にピシッと敬礼をした。
「感謝する。状況は? (もぐもぐ)」
「(おにぎりを羨ましそうに眺めつつ)このまま離陸可能な場所まで10km程移動します。別働班が西の空で囮になっています」
「藤森中尉か。随分と無茶な作戦を‥‥と、何か言いたそうだな、御影君は」
「ん‥‥まぁ、叱ってくれる人は他にもいるだろうし、後にするさぁ」
言いながらキャノピーを閉める。それを見て『桜機が』頷いた。
「よし、救出完了なのじゃ。真一! ルートの選別はどうなっておる!?」
機のスピーカー越しに桜が尋ねる。真一はキャノピーを開け、周囲の山々を見上げながら手元の地図に赤いラインを引いていた。敵に遭遇しやすそうな川沿いを避け、高低差の少ない移動しやすいルートを選別する。昔からこういう作業は得意だった。
真一の出したOKサインに、また桜機が頷いた。
「よし、長居は無用、さっさと退避するのじゃ!」
ガション、ガション、と鋼鉄の巨人が徒歩で移動を開始する。
「さて‥‥最後まで気付かれねばよいのじゃが‥‥」
スピーカーをオフにして、桜がボソリと呟いた。
●
その頃、囮となるべく競合地域を西進していた別働班のKV4機は、低空進入する高度を僅かに上げた。隠密偵察中に発見された、との偽装の為だ。無線封止も解除する。囮故、敵に気付いてもらわなければ始まらない。
「『飛びたいんだよ、俺は』つって飛び出してったんだろ、このオッサン。挙句に落っこちた? アホか!?」
無線機越しに聞こえる角田 彩弥子(
ga1774)の悪態に、宗太郎=シルエイト(
ga4261)はアハハ、と乾いた笑みを浮かべた。
「でも、私は嫌いじゃありませんよ、ああいう面白そうな人。‥‥敵地に一人きりでさぞ辛い思いをしているでしょうね」
宗太郎の言葉に、彩弥子は一人頭を振った。
本当に辛い思いをしているのは、好き勝手やって落ちたオッサンではなく、待っている中尉と奥さんの方だ。夕暮れに染まる宿舎の一室。それが脳裏にフラッシュバックし‥‥彩弥子はギリ、と禁煙パイプを噛み締めた。
「クソッ、絶対に生きて戻してやるからな。覚悟してろよ、オッサン!」
そんな二人の無線通信を聞きながら、九条・命(
ga0148)は一人、思考の淵に沈んでいた。
自らが能力者として力を持ちながら、部下を死地に送り込まねばならない苦悩。大佐の行動は軽率だったかもしれないが、男として、そして、一人の能力者として、その決断は理解できなくもない。
ふと、前方の空で何かがキラリと陽光を受けて光るのが見えた。命は無表情にそれをジッと見つめ‥‥マイクに口元を寄せた。
「‥‥敵だ。11時方向。高度3000。距離‥‥」
皆が一斉に空を見上げる。総数不明。目視するには遠すぎる。が、いきなり大兵力という事はないはずだ。
「『Basilisk』より全機。高度6000まで上昇。‥‥囮だが構うこたぁねぇ。ガツンとやってやれ!」
別働隊リーダー、彩弥子の号令で全機が一斉に高度を稼ぐ。人類が大空を戦場として以来、敵より高所を取れ、は空戦のセオリーだ。もっとも、ヘルメットワームは慣性や重力を思いっきり無視してくれるのだが‥‥
「これがキミの初めての実戦だね、バイパー。最初っから、難しいミッションだけど‥‥よろしく頼むね」
水平飛行に移り、敵を眼下に見下ろして。水理 和奏(
ga1500)は新たな愛機の計器板をそっと撫でた。これから数多の死線を越える事になる相棒だ。共に笑い、泣き、そして、共に血を流す事もあるだろう。その第一歩がここから始まる。
「さぁ、行くよ、バイパー。僕に力を貸して」
呟き、和奏は操縦桿を押し倒した。
最初にやって来た戦力は、小型Hワームが2機と6匹の飛行型キメラだった。そんな所だろう。まさかKVが4機、こんな所を飛んでいるとは思うまい。
ワーム目掛けて降下するKVたち。一番槍は和奏のバイパーだった。敵集団に向けてロケットランチャーを撃ち放つ。ぶち撒けられたロケット弾を避け損ねたキメラが何匹か爆発した。その爆炎の花の中から、空中を滑るようにして飛び出してくるワーム。そこへ彩弥子機が突っかけた。
「おっせえんだよ! 喰らいやがれ! こちとら色々とムカついてんだ!」
彩弥子は最初っから全力だった。ホーミングミサイルを撃ち放ち、回避運動に入る敵機に接近して本命のガトリングを叩き込む。アグレッシヴ・ファングで攻撃力を強化された弾丸は霰となって機体を叩き、ワームは数箇所から小爆発を起こして煙を吹いた。
「ヒーローは大事な場面を逃がさない、ってなあ! 落ちやがれ!」
覚醒し、性格の変わった宗太郎がそこへ滑腔砲を撃ち放つ。2発、3発と、灼熱した砲弾が弧を描いて飛んでいく。その内の一発が直撃し、装甲を貫通した115mm弾がワームの機内で爆発した。
そのまま誘爆して砕け散るワーム。かつては2〜3機がかりでようやく互角だった小型Hワームも、最近はKVの性能も上がり、操縦者の腕も上がってきた事で決して勝てない相手ではなくなった。特に、今回の様に数で勝る場合は尚更だ。残ったワームは逃げる事にしたようだった。
「ありゃりゃ? 逃げんなよう。俺がきっちり遊んでやんぜ!?」
それを彩弥子と宗太郎の二人が高笑いを上げながら追い掛け回す。無理には落とさない。バグアの連中にはこちらに喰い付いて貰わなければならないのだ。
「鬼だ‥‥鬼がいるよう‥‥」
「感心(?)している場合じゃないぞ。俺たちもやる事を済ませよう」
半分涙目の和奏を命が促す。援軍が来る前に、残った飛行型キメラは全て落としておかねばならなかった。
援軍は僅か数分でやって来た。
西から小型Hワームが6機。KVが戦えるようになったとはいえ、それは数が互角以上の場合だ。強化型のワームなら脱出すら厳しくなる。
能力者たちは残していたワームを叩き落すと、即座に北東へと進路を変えた。敵から離れつつ、救出班のルートと重ならない進路はそこしかない。少しでも長く、敵を誘引しておかねばならなかった。
レティクルの中央にワームを捉え、命は機銃の引鉄を引き絞った。敵機の表面で20mm弾が爆ぜる。命はそのまま敵を追い詰めようと‥‥
警報。いつの間にか背後に敵が回りこんでいた。即座に機体を横転降下する。ワームの放った怪光線が機体を擦過していった。
「うわあぁぁっ!」
背後を取られ、和奏は雄叫びを上げながらスタビライザーを使って無理矢理バイパーを変形させた。強烈なGと空気抵抗に機体が軋んで悲鳴を上げる。急減速に耐えて息を吐く。目の前のオーバーシュートした敵に向かって、和奏は全兵装を叩きつけた。
「ハァ‥‥ハァ‥‥キミって凄いね、バイパー。流石だよ」
‥‥競合地域内からも飛来した機体を合わせて、ワームは9機になっていた。その内の2機は既に落とし、今、和奏が1機を落とした。残るは6機。だが、時間と共に敵はさらに増えるだろう。
「こちら俺! 警告灯の半分が真っ赤っ赤だ。これ以上は流石にやばいぜ!」
追い縋る敵をかわしながら宗太郎が堪らず悲鳴を上げる。他の機も似た様な状況だった。
ここまでだな、彩弥子はそう判断した。全員に練力の残量を確認し、ブーストで一気に味方の戦線後方まで離脱するよう指示を出す。
「先に行け。殿は引き受ける」
群がる敵を引き付けて煙幕弾を撃ち放ち‥‥4機のKVはブーストで一気に戦場を離脱した。
●
『徒歩』で南下していた救出班は、敵ワームと遭遇する事無く山中を抜けていた。別働班がきっちりと敵を引き付けてくれたのだろう。
だが、本番はこれからだった。勝負は市街地に入ってからだ。しかも、目的の高速道は、バグアにとっても補給路であり、接敵の確率は高かった。
「一気に行くぞ! 高速に乗ったら躊躇うな! 離陸して一気に離脱するのじゃ!」
盾を構えた桜機を先頭に、装輪状態になったKVが市内の舗装道路を駆け抜ける。
「てぇい!」
ガシャァン、と、進路上の地上用ワームに桜機が盾ごとぶつかっていく。背後の愛華機がクルリと回転し、そのまま側面からドリルを突き立てる。激しく火花を散らすワーム。その背後を柳樹機と真一機が走り抜ける。
二機はブーストを吹かして土手を越え、高速道へと着地する。真一機は柳樹機の背後に立ち、近づくワームに20mmを撃ち放った。
「行って下さい! ここは俺が抑えます!」
「済まない、感謝するさぁ!」
ここなら十分なスペースがあり、送電線も邪魔にならない。柳樹機はすぐに戦闘機形態に変形すると広い路面を滑走し始めた。操縦桿を引き、離陸する。そのまま最大仰角で急上昇。ブーストを吹かして一気に基地へ向けて離脱する。
直後、桜機と愛華機も路上へと飛び込んでくる。3機はすぐに変形すると、一気に滑走を開始した。
そこへ地上用ワームの弾幕が集中する。ガタガタと揺れる機体。愛華は、愛機に語りかける様に祈りながら操縦桿を引いた。
「飛んで‥‥キミたちには出来るんだよ‥‥!」
ブースト。3機のKVが次々と大地を離れて大空へと飛翔する。地上を這うワームには、追い縋る術などありようもなかった。
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「わぅ〜。ようやく帰ってきたんだよ〜。桜さぁん、お腹すいたぁ」
「えぇい、この天然貧乏犬娘がぁ〜! またわしからたかる気か!」
帰還した基地掩体壕。ようやく帰還した救出班を、別働班が出迎えた。
「お帰りなさい、大佐。長いバカンスでしたねぇ。疲れは取れましたか?」
宗太郎の言葉に「お蔭様で」と苦笑しながら、大佐は持っていた拳銃をスライドさせ、薬室に残っていた弾丸を廃莢させた。
それが自決用に残されていた弾丸だと気がついて‥‥和奏は大佐に泣きながら抱きついた。
「た、たい‥‥えぐっ‥‥大佐‥‥この1発‥‥使う事がなくて、よかった‥‥よかったよう‥‥」
泣きじゃくる和奏の頭を大佐がポンポンと叩いてやる。どこかほのぼのとした空気の中、柳樹は大佐に一歩足を踏み出した。
「さて‥‥」
ブゥンと拳を打ちつける。だが、大佐は半身になってそれをかわし‥‥互いにその姿勢で硬直する。
「‥‥なんで避けるさ?」
「助けては貰ったが‥‥流石に殴られる義理はないだろう?」
その言い草に彩弥子は思わず足を踏み出しかけ‥‥その肩を命が掴む。振り返った彩弥子に命が顎をしゃくる。藤森中尉が物凄い形相でやって来るとこだった。
バチィン、と平手が大佐の頬を打つ。藤森は荒い息を吐きながら涙目で大佐をじっと睨み‥‥
「後で姉さんに土下座。いいですねっ!?」
それだけを吐き捨てると足音も高くその場を立ち去った。
「‥‥なんで『あれ』は避けないさ?」
「‥‥『あれ』は避けたらいかんだろう」
痛む頬をさすりながら、大佐はポツリと呟いた。