タイトル:不死鳥の憂鬱マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/20 04:07

●オープニング本文


 ──2009年8月上旬某日 北米大陸西海岸・ロスアンゼルス

 『Woi』作戦最終日──

 ‥‥戦闘は、既に終了した後だった。
 未だ街路に立ち込める硝煙と油の臭い。市街各所からは幾本もの黒煙が立ち昇り、複数の異なるサイレンが市街中を駆け回る──それは、たかが一都市を舞台とした局地戦の、だが、それ以上の価値と知恵と祈りとが込められた激戦の名残であった。
 人類の宿敵『シェイド』。ただそれ一機を落とす為に組み上げられた作戦の結末は‥‥この日、しかし、『痛み分け』という結末に終わった。
 中破したシェイドはユダと共に既に戦場を去り。後には、『あの』シェイドに傷をつけたという興奮と、大魚を逸した口惜しさと‥‥そして、直前まで行われていた戦闘の爪跡だけが生々しく残された。
 崩れ落ちたビルの瓦礫の山、完全に破壊されて燻るKVの残骸‥‥祭りの後片付けはホストの役目だ。UPC軍は直ちに主要道路を塞ぐ瓦礫の撤去と墜ちたKVの回収・牽引作業に取り掛かる。
 それは次の戦いに備えた復旧作業──新たな祭りの準備に他ならない。シェイドが去ったとはいえ、このロスが最前線である事に変わりはない。
 戦闘と戦闘の狭間次なる戦いに向けた凪の戦場。
 そんな夕陽に暮れなずむロスの街並みに。ドローム社第3KV開発室長、ヘンリー・キンベルは佇んでいた。
 
「ここもまだ安全が確保された訳ではありません。十分に気をつけて下さい」
 傍らに立つ士官のその声には、およそ親切心や温かみといったものが欠けていた。
 批難がましい表情を顔の皮膚一枚下に押し隠して告げられたその『忠告』に、しかし、ヘンリーは頓着した様子もなく頷いてみせる。
「いや、すまないね、少尉。今一度、あのシェイドをこの目で見ておきたかったんだ。‥‥あれが墜ちるにせよ、なんにせよ」
 あの日もこんな空だったろうか。ただ1機で大軍を蹴散らすあの化け物を地に這いつくばって見上げたあの日──あの時から、ただひたすらあれを墜とせる機体を開発する、それだけを目指してやってきた。その想いは最早、怒りや憎悪というより憧憬に近いかもしれない。
 まだ若いその少尉は、ヘンリーの言葉に特に感想を洩らすでもなく、目礼してその場を立ち去った。そのまま彼等を乗せて来たリッジウェイの兵員室まで歩いて行き、部下に小休止を告げる。
 少尉と擦れ違うようにヘンリーの所にやって来る白衣姿の女がその背をチラと振り返って‥‥ヘンリーに向き直ると肩を竦めて舌を出して見せた。
「なんか嫌な感じね、あの少尉さん」
「気持ちは分かる。戦闘終了直後の戦場に僕等みたいな民間人がごり押しで入るのは、やっぱり、ね」
 そう言うヘンリーの目の前を赤十字をつけたトラックが2台、3台と通り過ぎてゆく。なるほどね、と彼女は納得した。誰でも自らの職分に──この場合はちょっと違うか──触れられていい気分のする者はいない。
 ヘンリーは一つ頷いて同意を示すと、本題に入るべく目で街路の先を指し示した。そこにはビル一つを半壊させて墜落したF−201A『フェニックス』──彼等が開発した新型KVの姿があった。
「良い勝負はした‥‥らしい。でも、3機掛かりでもシェイドは小動もしなかったそうだ」
 ヘンリーの言葉に頭を振って溜め息を吐くその女性の名は、ルーシー・グランチェスター。F−201Aに搭載する『SES−200』エンジンを開発したグランチェスター開発室の室長にて、200の主任設計士でもある。ヘンリーとは大学の同期であり‥‥友人だ。
「セカンダリリミッターまで解除してれば‥‥勝てたと思う?」
「どうだろう。確かに出力にはまだ余裕はあるけど、リミッターを外した時の安定性はエンジン毎の『個体差』が激しい。最高出力を発揮しつつ安定させるのにどれ程の『改造費』が必要になるか‥‥量産機では難しいかな」
「‥‥ごめんなさい。フェニックスのネックはやっぱり、うちの200の性能向上次第みたいね」
 二人は無言のまま無人の街路を歩き続け‥‥やがて、墜落したF−201Aの前で止まった。
 その視線が一点で止まる。正規軍の部隊票の描かれたその機体のパイロットはどうなったか分からないが‥‥アーマーとモニター部分の吹っ飛んだ機の開いた風防には、操縦者のものと思しき血糊が一面にべっとりと張り付いていた。
「‥‥私たちは気楽なものね。落っこちたKVを見て、あれやこれやと改良策を練ってればいいんだから」
 自嘲するルーシー。理解していたつもりで実感の伴わなかった現実が、今、ここにある。
 それに一つ頷いて‥‥ヘンリーは沈黙を続けた。ルーシーは怪訝な顔でヘンリーを見返した。長い付き合いだから分かる。こういう時のヘンリーは、何か言い難い事を抱えている時だ。
「ヘンリー?」
「‥‥先月、休暇届の申請を企画部のモリスに邪魔された事があってね。その時に話を聞いた。うちの重役連中がUPC北中央軍に201Aの正式採用を打診した際、あちらから内々に仕様変更要求の話があったそうだ」
「仕様変更?」
「莫大な燃料を消費する現在の空中人型変形能力をオミットし、気流制御補助装置をもっと現実的な能力に利用できないか」
「っ!?」
 ルーシーは驚いてヘンリーの顔を見返した。それは即ち、フェニックスがヘンリーの設計とはまた異なる機体として再設計が為される事を意味していた。
「元々、空中変形は194(スカイタイガー)との社内コンペに勝つ為のデモンストレーションとして生み出されたものだしね。軍がより有利な能力を求めるのも当然ではあるさ。
 ‥‥でもね。空中変形は他に類を見ない能力だし、こちらを推していく方法もあると思う」
「具体的には何かあるの?」
「今はまだ。だけど、空中変形が『使い勝手が悪い』、『利点が少ない』というなら、それを補う方向でいこうと思ってる。‥‥とりあえず、技術的な話は現場の能力者たちに話を聞いて、方向性を固めてからかな」
 現場の声を聞くのはやはり大事な事だから。
 血染めの風防を見上げながら、ヘンリーはそう独り言ちた。

●参加者一覧

エインレフ・アーク(ga2707
25歳・♂・GP
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
三枝 雄二(ga9107
25歳・♂・JG
憐(gb0172
12歳・♀・DF
須磨井 礼二(gb2034
25歳・♂・HD
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
賢木 幸介(gb5011
12歳・♂・EL
結城悠璃(gb6689
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

「うち(小隊)では2機のフェニックスを運用してるす。その視点から言わせてもらえば、今のままだとフェニックスは乗り手を選ぶ機体になるっす。量産機としては、これは致命的っす」
 ドローム・ラストホープ島支社、第4会議室。
 両手を後ろ手に組んで『休め』の姿勢を取った三枝 雄二(ga9107)のその言葉に、ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)は微かに眉の根を寄せた。
 技術試験機の段階からずっと『成長』を見てきたヴェロニクには、201にもそれなりの思い入れがある。むぅ〜、と唸るヴェロニクの肘の袖を、隣に座った須磨井 礼二(gb2034)がくいくいっ、と引っ張った。
「ほらほら、スマイル、スマイラー、スマイレージ♪ 眉間にシワを寄せても良いことなんてありませんよ〜」
 そう囁く礼二もまた、社内コンペで201に関わっている。にっこりと笑う礼二に肩を竦めて微笑を返し、ヴェロニクも気持ちを切り替えた。
 一方、開発機体の不備をずばりと指摘されながらも、ヘンリーは全く気分を害した様子を見せなかった。最前列、傍らの席からそれをジッと見つめながら、憐(gb0172)は、小さくふむふむと頷いた。
(「この人が、ヘンリーさん‥‥『危険な香りがしない』、『出世しなさそうな人』‥‥なるほど‥‥」)
「現状、軍向けの機体ではない、か。元空軍関係者(え? JASDF? ごめん。その違いは僕にはよく分からないな)の意見とあらば、その評価は正しかろうね‥‥それで、それに対する君たち傭兵の意見は?」
 そう言って能力者たちを見回したヘンリーは、自分をジッと見つめる憐‥‥と、彼女がもふっと両腕に抱えた猫耳ロングボウのぬいぐるみの視線にビクリとその身を震わせた。
「え〜と‥‥何か意見があるのかな?」
 少しの間考えて。憐はぬいぐるみをススス、とテーブルの淵の下に沈めると、椅子の上に立ち上がった。
「‥‥特殊能力の低燃費化や強化で‥‥空中変形を残しても、軍が納得する機体を作る‥‥ それが、まず、第一です。‥‥それでも、軍が、納得しない時は‥‥」
「傭兵向けと正規軍向け、異なる二つの仕様・別系統化を提案します」
 憐の言葉を継いだのは、向かいに座る守原有希(ga8582)だった。ヴェロニクと憐、二人の友人と視線を交わし、兵舎仲間の結城悠璃(gb6689)とエインレフ・アーク(ga2707)に目礼する。ニコリと笑みを返す結城さん。エインレフさんは‥‥あ、舟漕いでる。
 やれやれと微苦笑を浮かべながら、有希は顔見知りでもあるヘンリーに向き直った。
「同型素体を用いた、違う能力を持つ機体、という形です。兵装選択の自由度の高い能力者向けには正統進化な改修を。軍向けには逆に簡素化や利便性を重視したものが適します」
「そうっすね‥‥通常型のブースト空戦スタビライザーへの換装、C4I機能の強化、積載量と耐弾性の強化によるデュアルロール化‥‥一般部隊用なら、こんなとこっすか」
「生産性とコストの問題はありますが‥‥異なる仕様があれば多角的な運用記録の蓄積ができます。‥‥どうでしょう?」
 具体的な改修案を出す雄二の言葉を受けて、有希がズズイと身を乗り出す。その勢いに押されるようにヘンリーは身を仰け反らせ‥‥コストの問題は何とかなるかもしれない、と呟いた。
「え?」
「201が積んでるのも、『通常型』の『ブースト空戦スタビライザー』なんだよ。『空中変形スタビライザー』なんて銘打ってはいるけど、複数の機材を連動させて空中変形を自動化しているだけで、ひとつのシステムとして纏まっているわけじゃない」
 この機体にはまだまだ間に合わせの部分が多いのだ。その分、伸び代はあるかもしれないが。
「‥‥って事は、ふつーに『通常型』スタビライザーとして使えるってことっすか?」
「練力を追加消費しなければ」
「空中変形にしか使えないという誤解があるっす。名称を変えたほうがいいっす」
 だが、名称ひとつ変えるだけでも、お役所(軍のこと)や関係各所にあれやこれやと必要で、中々に大変な事なのだ。
「いっそ、軍向け、能力者向け、と言わず、機体能力の違う改造先をいくつか用意したり、機体専用アクセサリの選択、という形で、フェニックスの個性化を実現できればいいのに」
 唐突に声が湧いて、ヘンリーと能力者たちはお互いを見回した。声の主が欠伸混じりに顔を上げる。エインレフが目を覚ましたらしい。ヘンリーはおはようの挨拶を交わしてから、静かに首を横に振った。
 これも未だに前例がない。恐らく今回も無理だろう‥‥


 201に関する話し合いは、昼食を経て午後へと続いた。
 食事場所は会議室でなく、中庭のベンチだった。食堂から買い出して来たファストフードと、能力者たちが持ちこんだお弁当‥‥煩わしい社内検疫を避けるには外の方が都合が良かった。
 青い芝生と木製のベンチとテーブル。その上に、ヴェロニクが作ってきたサンドイッチとハーブティ、有希がポットと飯ごうで持ち込んだ芋煮と松茸ご飯。細長いバケットサンドやフォカッチャ・サンド、その横にでんと盛られた炊き込みご飯と煮物の膳が並ぶ光景は中々に無国籍。‥‥ある意味、もっともラストホープっぽい光景ではある。
 ちなみに、会議冒頭の『早撃ちドリンク選び』は、ヘンリーが自ら『ドロームコーラ』を手にした事で波乱なく終了した。薬品臭くて不評なドロームコーラではあるが、一部マニアックな人々から絶大な支持を得ていたりする。

「改良の方向性は3つ。『コンフォーマルタンク、オーバーブースト、スタビライザーの効率化』、『空中変形時のメリットの追加』、『空中変形時の機体安定性の強化』だ。特に、空中変形時の燃費の向上は必須。あまりにコストが高すぎる」
 目を覚ましたエインレフは、再会された会議の冒頭から勢いよく自論を展開した。
 だが、今度は昼食後の睡魔との闘いが待っていた。目をしぱしぱとさせながら言葉を紡ぎ‥‥あまりの眠気にいっそ覚醒でもしてしまおうか、と考えた時、ヘンリーから差し出されるドロームコーラ。エインレフは眠気眼でそれを受け取り、一気に胃へと流し込んで‥‥
「ぶほっ!?」
 ‥‥と、思いっきり吹き出した。
「‥‥同感です。どちらの能力も前提条件の発動が必要で、過大な練力消費を強いられますから。これ、単独発動が可能なように調整できませんか?」
「ですね。空戦スタビライザーを空中変形の前提から外し、ON・OFFが選べるようにするとか」
 咳き込むエインレフに代わって言葉を継いだヴェロニクの意見に礼二が賛同して頷いた。だが、ヘンリーは難しい顔で首を振る。
「午前中にも言ったけど、空中変形は複数の機材を併用する事で実現している。スタビライザーなくして、空中変形はありえない」
「‥‥となると‥‥機体構造の最適化しての‥‥コンフォーマルタンクの大型化、とか‥‥」
「スタビ搭載機の豊富な運用記録から、気流制御のマッチングを向上はできませんか?」
 憐と有希の提案に、腕を組んで唸るヘンリー。スタビライザーと気流制御の同時使用に関するデータは201でしか収集できない。その中から油を絞り出す様に効率化の道を探るしかない。もっと大規模な燃費改善策は‥‥ブースト空戦スタビライザーそのものに、何か大きな技術革新が行われたりしないと無理かもしれない‥‥
「‥‥き、気にしないで下さい。ほら、笑顔、笑顔! 多少コスト高くても、それに見合った効果があればOK! ですよっ」
 暗くなりかけた雰囲気を察して、礼二が場を盛り上げようとする。
「とりあえず、空中変形は置いておくとして‥‥ほら、現状だと空中変形を使わない場面での使い勝手が悪いじゃないですか。オーバーブースト時に気流制御補助装置を使ってその効果を大幅に増幅するとか、どうです?!」
「なるほど‥‥人型飛行が可能な程の全力運転でなくとも、普段の挙動に良影響が出せそうですね」
 礼二の提案に、ヴェロニクが乗っかった。憐、有希、雄二が続けて自案を展開する。
「‥‥飛行速度を、武器の打撃に上乗せして、威力を出す‥‥または、格闘武器や、砲弾を、力場で加速させて、威力を増す‥‥攻撃的な、使い方とか」
「うん、気流制御による高速移動+加速突撃とか良いですね。将来的には、ダウンフォース操作や空気抵抗相殺を陸でもできれば」
「瞬間打撃力の向上か。大物狙いのエースや、軍の特殊任務部隊には一撃も必要だからな。いっそ2ndリミッターの解除とか出来ないすか?」
 能力使用時の打撃力の向上案。だが、エインレフが注目したのは有希の力場地上使用案だった。ドロームコーラのお蔭か目はすっかり覚めていた。
「ダウンフォースに、地面効果?」
「はい。飛行時の気流だけでなく、変形降下時にそれらを制御できれば応用が利きそうです。例えば、人型肩部の翼を活かして滑空できれば、隠密性を活かした展開・奇襲なども出来そうです」
「‥‥エンジンカットの静穏飛行か」
 面白いな、とエインレフは呟いた。
「現状の空中変形は、近接武器が使えるだけだからな。変形しながらの着陸とか、力場発生時の機動性の向上とか欲しいところだな」
「そうですね! ベクタードノズルを利用した強行着陸とかっ! 降下直後、スタビライザーですぐに移動・展開・攻撃等に繋げられれば!」
 再び盛り上がりを見せ始めた能力者たちに、礼二が喜び勇んで場に加わる。
 だが、その雰囲気に冷水を浴びせたのは‥‥ほかならぬ、ヘンリーだった。
「力場で人型の空気抵抗を軽減し、エンジンの推力で無理矢理飛ばしているのが201の空中変形だ。元々、201は空戦性能向上系の技術試験機であり、力場もそれを前提にした物。現状、細やかで複雑な気流制御は達成していない」
 つまり、跳躍上昇ならばともかく、変形降下時の能力は他の機種と大差はない。それを達成するには、専用の制御システムを1から立ち上げなければならず、そして、それはやはり次世代機の範疇に含まれる。
「では‥‥機体表面の気流を強めて衝撃や爆発を受け流す防御的な機能は‥‥」
「レーザーシールドやピンポイントフィールドを応用しての広範囲防御能力は‥‥」
 憐と悠璃にヘンリーは痛ましそうに首を振った。生き残る為の能力を強化するのもあり、という悠璃の言葉は真実ではあるが、現状では未だそこまでのレベルに到達してはいなかった‥‥

 10分間の休憩を挟んで会議は続く。
 再開後にまず音頭を取ったのは悠璃だった。
「格闘武器が使える事が空中変形の大きな利点ですが、個人的には盾を使える事が大きいです。空戦で盾を扱う事ができれば、損傷を最小限に抑えつつ護衛対象を守る事ができますから」
 だが、現状、201が人型で飛行できる時間は10秒足らず。効果的に盾を使うにはあまりに短い。
「そこで、人型での行動可能時間を延長し、空戦での『絶対的な盾』として運用できるようになれば、軍の評価もまた変わるのではないかと思うのですが」
 使用可能回数や可動時間が増えれば、使い勝手が良い能力だと思いますよ。そう言って悠璃が自論を〆る。その時には、もうヘンリーは頭を机につけていた。
「すまない。現状では10秒以上の獲得は無理だった‥‥」
「将来的にはどうです?」
「‥‥努力する」
 2人の遣り取りにエインレフは頭を掻いた。
「‥‥となると、空中変形のボトルネックはやはり変形時の行動消費だな。行動を阻害しないスムーズな変形が空中変形の要だと思うが」
 勿論、初めから空中変形の運用を前提としていなかった201に、そのようなものは望むべくも無い。
 溜め息をつく。天井を見上げ、難題だらけだな、と呟くしかない。
「‥‥いっそ、空中変形などなくしてしまえばいい」
 それは、今まで一度も口を開くことのなかった賢木 幸介(gb5011)の声だった。
 空中変形前提で話を進めてきた場が凍る。ヴェロニクは青ざめた顔で幸介を見返した。
「俺は、別に空中変形はなくても構わねぇと思ってるぜ? 現状でメリットがある連中ってのは、高威力の近接武器持ちだけじゃね?」
 それは確かに、と礼二は思わず頷いていた。それは彼も懸念していた事ではある。だからこそ、何らかのメリット付与を主張したのだが‥‥
「俺は軍仕様、傭兵仕様に分けろなんて言うつもりもないぜ。空中変形を完全にオミットして、空戦機動の効率化に回して貰いたい。その為なら、多少ぶっ飛んだ燃料消費でも俺は構わない」
「空中変形のオミットは論外だ」
「僕も、できれば残して欲しいと思います。空中変形こそが不死鳥の目玉だ、と考えている人は、結構多いみたいですから」
 反論するエインレフと悠璃。幸介は肩を竦めて見せた。
「激しく個人的な意見なのは分かっているさ。使える所で使うならちゃんと結果を出せる機能だし、戦術的な選択肢の一つとしてはでけぇと思う。
 ただ、それに拘って新技術の可能性を括っちまう事はないと思うぜ? 次世代機ではスルトの別の活用法を見せて貰いたいな。
 ‥‥全員が全員、空中変形歓迎ってわけじゃねぇよ。一応、意見の一つとして聞いておいてくれ」


「色々と大変でしょうけど‥‥開発、頑張って下さいね! ヘンリーさんたちの努力の結晶‥‥それこそが『僕たちを守る翼』ですから」
 会議終了後。
 会議室に一人残ったヘンリーは、出掛けに励ますようにそう言った悠璃の言葉をありがたく受け取った。
 その背を見送り、テーブルに残された資料を一枚づつ広げていく。それは能力者たちから承った次世代機案、改良では不可能とされたアイデアの数々だった。
 日暮れと共に暗くなった室内。背中にとん、と刺激を感じて、ヘンリーは頭を回らせた。肩越しに、ヘンリーの背中にこつんと頭を付けたヴェロニクの細い肩と豪奢な金髪だけが目に入った。
「『あの子』の力‥‥『無駄』なんかじゃないですよね?」
 くぐもったヴェロニクの声。その表情は窺い知る事はできないが、恐らく今の自分と同じ表情をしているのだろう。
「無駄なんかじゃないさ」
 振り返ったヘンリーがポンとヴェロニクの頭に手を置いて‥‥直後、廊下から聞こえてきたルーシーの声に、ヴェロニクは弾かれた様に跳び退さると、挨拶もそこそこに飛び出していった。
「あらあら。可愛い事」
「?」
 困惑顔のヘンリー。ルーシーは溜め息を吐いて部屋へと入り。
「送信。タイトルは『不死鳥の如く燃え上がる年の差カップル!?』」
 携帯カメラを手にした憐が、扉の陰からスゥッと姿を現した。
「え? あの、ちょっと???」
「あ、ヘンリーさん。友人‥‥『紅蓮の左翼』からの伝言です。
 『ボクたちは、覚悟してフェニに乗っている。ロスでの結果を気に病まないで欲しい。それに、ボクは2度シェイドと交戦して墜とされなかった。フェニの目指したものは、きっと間違いじゃなかった』と‥‥」
 その言葉に、ヘンリーは一瞬、驚いた様な顔をして‥‥ありがとう、と吐息を漏らした。