タイトル:美咲センセとお祭りvsマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/30 07:23

●オープニング本文


 なかよし幼稚園に、今年も夏祭りの季節がやってきた。
 祭りといっても、園児とその家族、ご近所さん方に向けたささやかな盆踊り大会だ。園庭の中央に小さな櫓を組んで太鼓を設置し、園児たちの叩く太鼓に合わせて盆踊りを踊るという‥‥まぁ、どこにでもあるありきたりなものである。
 蒼空に張り渡される提灯電飾、幼稚園運営の屋台もどき(お代は三色の引換券)‥‥木々や電灯にはスピーカーが括り付けられ、レコードやカセットテープ等の古い、だが、ここの盆踊りでは未だに現役のメディアが倉庫から引っ張り出される。
 準備に追われ、世話しなく動き回る幼稚園の先生たち。だが、その中に保育士兼業能力者・橘美咲の姿はない。何の因果か、このなかよし幼稚園は季節のイベントの度にキメラによる襲撃を受けており‥‥美咲は、祭りの準備を名目に能力者たちを集めて、園舎でその為の策会議を開いているのだ。
 準備の手伝いに来た保護者の一部がちらちらと園舎を窺いながら、ひそひそと言葉を交わす。
 ありきたりの幼稚園で行われるありきたりな盆踊りは、しかし、きっと今回もありきたりでは終わらないのだろう。

「今月もまた、なかよし幼稚園にイベントの季節がやって来た! そう何度も度々襲撃ばっかあってたまるか、という気分がそこはかとなくしないでもない気がしたりしなかったりするわけであるが、そこはそれ、備えあれば憂いなし、という方向性で!」
 園舎の一室、長テーブルとパイプ椅子で拵えた即席の会議室。ばばん、という効果音を背負った美咲が、集まった能力者たちを前に高らかに宣言した。襲撃がないかも、という選択肢はとりあえず脇に置く。この幼稚園にあっては、そのような楽観は贅沢に過ぎるというものだ。‥‥まぁ、キメラが来なければ、お祭りがっつり手伝って貰えば良いし。
 自分ひとりでそう納得しておいて、美咲は背後のホワイトボードをバンと叩いた。そこにはこれまでなかよし幼稚園を襲撃したキメラの傾向が纏めてあった。

2007年12月 クリスマス会 なかよし幼稚園・園舎
 サンタキメラ×1、トナカイキメラ×1、襲来。目的:洗脳機械による園児たちの洗脳

2008年2月 豆まき大会 なかよし幼稚園・園舎
 赤鬼キメラ×1、福の神キメラ×1、襲来。目的:不明(園児たちに恐怖を与える為か?)

2008年7月 プールの日 なかよし幼稚園・園庭大型ガーデンプール
 女ミノタウロスキメラ(グラマラスビキニver.)×1、襲来。目的:不明(何これ? もう嫌がらせ?)

2009年1月 初詣 近所のお大師さん
 サンタキメラ×1、福の神キメラ×1、遭遇。目的:洗脳機械による参拝客たちの洗脳

2009年4月 お花見 近所の河原
 人面桜キメラ×2、遭遇。目的:桜並木の破壊、お花見の妨害

「これら、一連の襲撃事例に共通する奴等の傾向とは何か!? はい、そこの君!」
「はい、センセー。バグアの連中、やる気がまったくありません」
「そう、それだ!」
 このなかよし幼稚園のご近所に現れたキメラは揃いも揃って色物ばかりだ。だが、ネタキメラといえども、園児や一般人たちが感じる恐怖は我々が戦場で感じるそれとまったく変わるところはない‥‥はずだ、うん。
「故に、キメラの襲撃は水際で食い止めるのが一番。園児やご近所さんの目に触れない所で殲滅するのがベストなんだけど‥‥」
「‥‥襲撃のイニシアチブはあちらにあり、しかも、その正体も分からず‥‥その上、襲撃が確実にあるかどうかも不確かな現状ではそれも厳しい」
 お手上げ、という風に肩を竦める美咲センセ。状況は受動。そんな中でも数多く来園する園児や卒園生、保護者たちは絶対に守りきらなければならない。その上、彼等に不安や威圧感を与える事を防ぐ為に武装等にも気をつけなければいけないし、いざ戦闘となった時にはそれらを手配する手段も必要だ。ああ、しかも、倒すにしてもなんにしても、出来れば子供たちに『血』を見せるような事態はなるべく避けたい。これは自分たちが負傷する様も同様だ。
 さてさて、以上を踏まえて、どこで止めを刺すべきか。美咲は小さく首を傾げた。
 会場たる園庭を中心に。
 北側には園舎を挟んで駐車場。普段は人気の無い物静かな場所だが、お祭りとなると照明は煌々と輝いているだろう。
 西側には道路を挟んで住宅街。論外だ。それどころか、絶対に手負いのキメラをこちらに逃がす訳にも行かない
 南側には正門へと続く並木道。割かし広い空間だが周囲から丸見えで、それに逃げ出した人々が殺到しそうだ。防衛に使えそうな門も祭りの最中は全開にされている。
 東側には遊具のある園庭と壁を挟んで、人家の無い寺院がある。‥‥ぶっちゃけると墓場だ。暗く、人目にもつかないが、壊してはいけない障害物が多く戦闘には不向きかも。
「まぁ、何にせよ相手の正体や規模、目的が分からないとどうしようもないよね?」
 舌をペロッと出した可愛い表情(本人談)でのたまう美咲。能力者たちが一斉にえー? と不満の声をあげた。
「じゃあ、この作戦会議って、何を話し合う為のものなんです?」
「お祭りの準備」
 至極当然といった風で、美咲がさらっと言ってのけた。
「いやー、男手って貴重なのよねー。園長は年だし能力者の私ひとりだと大変で大変で‥‥」

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
林・蘭華(ga4703
25歳・♀・BM
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

「よくぞ来てくれた、我が精鋭たちよ!」
 会議後に出された昼食のお弁当を平らげて園庭へと出た龍深城・我斬(ga8283)と御影 柳樹(ga3326)の二人は、待ち構えていた橘美咲によってその身柄を拘束された。
「おわっ!? な、なんだぁっ!?」
「‥‥いや、まぁ、『男手が二人』の時点で、こうなる気はしていたさぁ‥‥」
 突然の事に慌てる我斬と、諦めたような表情で引きずられていく柳樹。美咲に『連行』される二人を先生や保護者たちが温かい拍手で迎え入れ‥‥でん、と山盛りに置かれた資材を前にして、汝、全ての希望を捨てよ、とかそんな感じで諦観する。‥‥諦めたもの? それはまぁ、ジュネーブ条約とか、人間らしい扱いとか、働かないとおかゆが食べられないとか。
「‥‥なんだったんじゃ、今のは?」
「美咲ちゃん、ずっと力仕事は一人だったから‥‥」
 あっけにとられた綾嶺・桜(ga3143)の呟きに答えたのは、美咲の同僚で親友でもある柊香奈だった。
 覚醒し、両の手に木材やら鉄柱やらを山盛り背負って歩く我斬と柳樹。ぴしー、ぴしー、という鞭のような音は気のせいか?
「‥‥わし等とて能力者じゃ。力仕事があれば手伝うぞ?」
「大丈夫ですよ。本格的なお祭りでもないですし、作業もホントはたいしたこと無いです。‥‥それに、桜ちゃんのせっかくのおめかしが駄目になっちゃうじゃないですか」
 にっこり笑う香奈の言葉に、我に返った桜がかぁっ、と朱に染まった。
「こっ、これはじゃな、決して自ら着たいと思ったわけでなく、愛華の奴が無理矢理にじゃな‥‥!」
 わたわたと慌てる桜は可愛らしい桃色の浴衣を身に包んでいた。その手にはふさふさのねこぐろーぶとふわふわ揺れる巨大なねこじゃらし。いずれも友人の響 愛華(ga4681)の見立てによるものだ。
「似合ってます。とても可愛いですよ」
「だよねっ!? 香奈さんもそう思うよね!?」
 背後からがばちょ、と愛華が桜を抱き締める。不意を衝かれた桜が振り解こうと暴れるが、愛華はひょいと抱え上げるとそのままクルクル回り始めた。
「わぅ〜似合ってるんだよ〜可愛いんだよ〜やっぱり子供はこうじゃないとだよ〜♪」
 謳う様な愛華の声と桜の文句がクルクルと遠ざかる。それを、香奈と他の能力者たちはほんわかと見送った。
「‥‥それにしても。遂に逆転の発想をするようになったんだね。準備のついでに護衛、でなく、護衛ついでに手伝い、か‥‥精神的成長なのか、末期症状と見るべきか」
「いやはや、サンタ後もイロイロあったみたいだけど‥‥こういうのに慣れっこっていうのも何かアレな感じだね」
 小さく肩を竦めながら苦笑するMAKOTO(ga4693)の横で、頭の裏に両手を組んだ葵 コハル(ga3897)がにはは、と笑う。
 だが、しかし、二人の笑みはすぐに乾いた笑いとなって園庭の風に紛れて消えた。沈黙‥‥は訪れない。二人の周りには、お手伝いの母親について来た園児たちがわんさと集まっていたからだ。
「それウチワ〜? 変なの〜。なんでそんなにおっきぃの〜?」
「ねー、ねー、『残念〜』っていうのやって、やって〜」
 MAKOTOとコハル、二人の格好を面白がって集まってきた子供たちがわらわらと纏わり付く。
 朱色の紅葉が散りばめられた艶やかな浴衣にその身を包むMAKOTO。美しい金髪と鮮やかな浴衣が良く映え、雅さとそこはかとない色気を感じさせる。‥‥だが、ギター型超機械とバトルギター、二つのギターを首に提げていてはもう何もかも台無しだ。帯に差したお祭りうちわもイナセであるが、その横にサンマ(型小太刀)が1匹差してあるのはもうシュール以外の何物でもない。
 一方のコハルは巨大な団扇がとにかく目立っていた。装備を園内に持ち込む為、お祭り塗装を施したダンボールで盾を挟み、それを棍棒にくくりつけて偽装したのだが‥‥
「かーなーりーデッカくて不自然だけど‥‥ツッコまないでくれると嬉しいなぁ」
 大人びた、どこか遠くを見るような目でフッと空を見上げるコハル。勿論、子供たちがそんな空気を読むはずもなく。纏わり付く子供たちに何もかもあきらめたコハルは、木っ端微塵に吹き飛ばされたくーるな雰囲気を残滓にも残さず、満面の笑みと共に『巨大ウチワ』で園児たちを扇ぎ始めた。風圧に転がされた園児たちがキャッキャッと笑い、もっともっととはしゃぎ立てる。
「‥‥皆、元気で可愛い子たちばかりですね」
 そんな子供たちの様子に、リディス(ga0022)は小さく微笑を浮かべた。
「美咲さんにここの話を聞いたのが去年の今頃‥‥やっと来る事ができました。‥‥本当は教師になりたかったんですよ、私」
 過去を懐かしむ様に遠い目をしてフッと笑う。気遣うようにその表情を窺った香奈は‥‥蕩けたように顔をぱぁぁ、と輝かすリディスにギョッと驚いた。
「あぁもう本当に可愛いなぁ。仕事そっちのけで遊んでしまいそうです」
 普段、そんな気配を欠片も感じさせないであろうリディスが、天真爛漫な子供たちを前にその身をウズウズさせている。この人は本当に子供が好きなんだなぁ、と香奈は思った。
 その二人の目の前を「そのスイカは触っちゃダメ〜!」とMAKOTOが物凄い勢いで走っていく。見れば、櫓の下に隠しておいたスイカボムを子供たちが発見してしまったらしい。
「ちょっと行ってきます」
 リディスが小走りで駆けて行く。香奈はそれを笑顔で見送った。
「こら〜! 悪戯はダメですよ〜! 良いお祭りにする為、みんなもお手伝いして下さいね。頑張った人には後でお菓子もありますよー」


 お祭りが始まった。
 夕闇に沈み始めた園庭が提灯の明かりに浮かぶ中、スピーカーから流れる音楽と園児たちが叩く太鼓の音に合わせて盆踊りの輪が回る。
 辺りに立ち込める屋台の焼き物の良い香り‥‥切り盛りするのは先生と保護者有志、そして、能力者たちの一部であった。

 肉まんやら焼売やらの蒸し物を担当する屋台の中で、林・蘭華(ga4703)は自分をどこか怯えたように見上げる子供たちを困惑したように見下ろした。
 じっと観察する。子供たちの手には赤い引換券。つまり、この屋台の引換券だ。と言う事は蒸し物が欲しいのだろうに、なぜこの子達は話しかけてこないのだろう???
「蘭華さん、笑顔、笑顔!」
 隣りの屋台ででチョコバナナを担当する柳樹がそう声をかけてくる。蘭華はきょとんと目を瞬かせ‥‥幾分か柔らかな表情で子供たちを見据えると、覚醒して狐耳をひょっこりと出して見せた。
「こ〜ん‥‥狐さんです‥‥」
 言いながら、耳をぴるぴると動かしてやる。わぁ、と上がる歓声。皆、瞳を輝かせて蘭華に注目する。
 その様子に、柳樹は安心してチョコバナナ作りの作業に戻った。電動のチョコ鍋に溶かしたチョコを流し込み、割り箸を刺したバナナを浸してお好きなトッピングをかければ出来上がり。何が凄いって、この機材が子供向けのおもちゃという所が‥‥
 完成したチョコバナナを店先に出そうと顔を上げた柳樹は、露店にぴったりと張り付いた愛華にビクゥッ! と身を竦ませた。
「わふぅ〜♪ 美味しそうな匂いがするんだよ〜!」
 色とりどりのトッピングの施されたチョコバナナに囲まれて(?)、幸せそうな顔の愛華がじゅるりと瞳を輝かす。無意識に出た犬尻尾がグルングルンと回転し‥‥その尻尾を、お目付け役の桜が引っ掴んだ。
「えぇい、今はまだ依頼中じゃ! 終わるまで我慢せぬか!」
「わふぅ〜〜〜!?」
 桜に引っ張られ、涙混じりに引きずられていく愛華。彼女も緑地に赤犬模様の可愛い浴衣姿に着替えていたのだが‥‥まだ色気より食い気のようだ。

 一方、祭り法被にねじり鉢巻姿でチョコバナナを食べ歩きつつ、適当に(つまり本気で)子供たちの相手をしながら園内を見回っていた我斬は、同じく、浴衣姿で見回る美咲に気がついた。
「そういや、美咲先生は武器、どうするんだ? なんなら、このアルティメットまな板を貸し出すけど?」
「‥‥『B』は、まな板じゃないと思う」
「いやいや、そんな深い意味でなく」
 園庭で悲鳴が上がったのはその時だった。我斬が投じたまな板を引っ掴み、美咲が二人で走り出す。
 現場では、取り巻く人々の真ん中で、座り込んで泣いている園児と‥‥
「猿!?」
 そう、祭り法被を来た1匹の猿がいた。地面にしゃがみ込み、手にした何かを貪るように食べている。どうやら子供からフランクフルトを強奪したらしい。
 だが、それが只の猿でない事は一目で分かった。足と尻尾が腕状になっている猿など存在しない。
「キメラだ!」
 誰かの叫びに一斉に悲鳴が沸き起こる。慄き後退さる人々、戸惑う子供たち。子を呼ぶ父母の声が木霊のように会場に響き渡る。
「‥‥キメラもお祭り仕様かよ。そんな所ばかり凝られてもなぁ」
 呟き、前に出る我斬を猿がぐりんと振り返る。その視線は我斬の持つチョコバナナをただじっと‥‥
「上にもいる!」
 美咲の叫びに、我斬はハッと上を見上げた。張り渡された提灯電灯の電線を渡りながら、別の1匹が櫓太鼓へと向かっていた。舌を打ち、我斬が手にしたオルゴール型超機械『ブレーメン』を掲げて開く。4匹の動物が旋律と共に踊りだし、同時に発せられた怪光線が音猿を地面へ叩き落した。
 その隙に、最初の猿──口猿が我斬からチョコバナナを奪って逃げる。あ、こら、俺のバナナを返しなさい、と後を追う我斬は、その進路が柳樹の屋台に向かっているのに気がついた。
 人の間を縫って口猿が疾走する。地を蹴り、店先のパラダイスへと跳躍したそれは、しかし、立ち塞がった柳樹によって阻まれた。
「そうさ、お猿さん。こっちのバナナは甘いさぁ〜!」
 眼前に迫る敵を、レイシールドを仕込んだ立て看板で押し退ける。蹴り跳ねた敵がクルリと体勢を整えて‥‥そこに一歩踏み込んだ柳樹がカラフル塗装の土竜爪でもって園庭中央へと放り飛ばす‥‥!

 恐慌からそのまま壊乱へと移行しかけた群集は、夜空に甲高く鳴り響いたホイッスルに一瞬、心を奪われた。
 それはコハルが呼笛を思いっきり吹き鳴らした音だった。その隙に、蘭華がマイクを手に取り、全てのスピーカーから大音量で呼びかける。
「こちらはULTより派遣された傭兵です‥‥これより北側の駐車場にキメラを追い込み、その駆除を行います‥‥危険ですので、決して近寄らないようお願いします‥‥」
 尚、避難の際には、誘導係の指示に従って、慌てず、騒がず、落ち着いて避難するように。蘭華の言葉に、すかさずリディスが超機械『ラミエル』──指揮棒型超機械に布を結んだ即席の旗を振り持って、避難誘導を開始する。
「慌てずに南の正面玄関より避難して下さい。親御さんのいない子供たちは集まって! ‥‥みんな、無事に避難できたらご褒美を上げるからね。リディス先生の後にしっかりついてきて下さいねー」
 子供たちに目を配りながら、ぞろぞろと引き連れて先導するリディス。敵襲警戒に緊張しつつも、ある種の幸福感が彼女を包んでいた。あぁ、子供はやっぱり可愛いなぁ! これなんです、私が目指していたものは!
「親御さんは子供さんから目を離さないで! こら、そこの腕白坊主ども。ちゃんとリディス先生について行く!」
 避難路の護衛につきつつ人々を誘導するコハルの視線が、ふと1匹の猿と交差した。先程、太鼓に向かっていて我斬に落とされた音猿だ。その視線はコハルが胸に提げた呼笛をまっすぐ見つめ‥‥
「うわ、こっちに喰いついた」
 瞬間、コハル(の笛)目掛けて跳躍する音猿。勿論、コハルも反応している。『巨大ウチワ』から棍棒を引っこ抜き、全身から赤いオーラを噴出させる。驚愕に目を見開く猿。コハルはそれを大リーガーばりのスイングでもってぶん殴る。
 派手に地を転げた音猿が身を起こして目と牙を剥く。だが、それは、背後でポロロロン‥‥と爪弾かれたギターの音にはたと止まった。まるでスポットライトでも浴びせられたかの様に、園庭に浮かび上がる人の影。2本のギターを提げたMAKOTOの姿がそこにあった。
「On stage!」
 ラスゲアードでST−505を掻き鳴らすMAKOTO。その新たな旋律に惹きつけられた音猿が飛びかかる。闘牛士のようにギリギリで身を躱したMAKOTOが衝撃波を撃ち放ち‥‥吹き飛ばされた音猿は続けざまに放たれた衝撃波を跳び避けながらMAKOTOに迫る‥‥

「来たぞ、愛華、新手じゃ!」
 その頃、桜と愛華は新たに現れた3匹目と格闘戦を演じていた。
 1匹目──柳樹に押し出されて来た口猿を愛華が北側、園舎方面へと『獣突』で弾き飛ばし、続けざまに桜が誘引して来た3匹目をも押し飛ばす。
「よし、このまま駐車場まで押し込むぞ!」
 飛ばされた2匹を追って、園舎玄関へと飛び込む二人。しかし、そこに飛ばしたはずの猿たちの姿はなく──
 駐車場は園舎を挟んで北にある。──そして、キメラ『ファイブハンドエイプ』は密林や屋内でのトリッキーな戦闘を得意とするのだ。
「桜さん!」
 壁面を蹴り跳んだ猿の1匹が、桜の背後へと舞い降りた。気付いた桜が振り返るより早く、その手がカラフルな帯へと伸びる。目猿──3匹目の猿は、視覚的なものに惹かれる性質を持っていた。
「それだけは、させないんだよ〜〜〜!」
 桜の帯を抱きかかえて抑える愛華。目猿は代わりに愛華の帯を思いっきり引っ張った。お代官様状態になった愛華(と桜)がクルクル回り、帯の拘束を失った浴衣がハラリとはだける。声にならぬ悲鳴を上げて、愛華が抱きかかえた桜で胸元を隠し‥‥耳猿を誘引してきたMAKOTOがその姿にギョッとする。
 新たな獲物の登場にギラリと光る目猿の目。耳猿と挟撃の形を取られたMAKOTOが息を呑み──
「躾のなってない猿ね‥‥踊り子には、触れちゃダメよ‥‥」
 飛びかかった猿の一撃を間一髪、蘭華の鉄扇が受け弾く。そのまま背中合わせに身構えるMAKOTOと蘭華。妙に息が合うのは共に八極拳をかじった故か。
「子供たちの手前、それ以上やらせるわけにはっ!(くわっ)」
 さらに駆けつけたリディスが旗をかなぐり捨てつつ指揮棒を振るう。タクトの先から放たれた怪光線がビビビッ(注:イメージ音)と目猿を直撃し‥‥
「すげぇ。先生、魔女みたいだ!」
「まじかるリディス先生だー」
 ついて来てしまった子供たちをコハルが纏めて引き返す。
「柳樹さん、幕!」
「え、あ、は、はいさぁ!」
 リディスの指示に、我に返った柳樹が設置していた幕を下ろす。半裸の愛華(と桜)の姿が暗幕の向こうに消えて‥‥
「折檻だよ! 悪い子には折檻だよ!」
 その向こうで、ドタバタという音が響き渡った。


 結局、園舎内へと逃げ込んだ2匹の掃討は、後から駆けつけた完全武装の能力者たちに任せる事となった。
 お祭りは当然中止。だが、それでも、来園していた人々の被害は最小限に喰い止められた。