タイトル:【Woi】リッジ、強襲マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2009/07/30 17:08

●オープニング本文


 2009年7月 北米大規模作戦『War of Independence』
 五大湖方面、オタワ・フォートライン某所──
 ──最前線。

 敵情を探るべく進発したボビー・カールセン大尉率いる装甲偵察中隊は、運悪く遭遇した──それも彼等の任務の内ではあるが──敵部隊によって、文字通り蹴散らされた。
 カールセン大尉の乗る偵察戦闘車も大型キメラの砲撃により大破、擱座し、大尉は、展開した部下たちに「各自、各個に最善と思われる行動を取れ」と正式に命令を発した後、負傷者を肩に車両を脱出。同様の憂き目に遭った9名の部下たちと共に、優勢な敵中での逃避行を余儀なくされた。
「味方の戦線はもう遠くない。それまでの辛抱だぞ、先任」
「‥‥申し訳ない事です。このような醜態(ざま)になってしまって」
「なに、こういう時はお互い様というやつだ。それに、君に死なれたら私が困る」
 森の中のランデブーポイントに、救助のヘリは現れなかった。恐らく撃墜されたのだろう。強まり続ける妨害電波に長距離の無線連絡が出来なくなってから大分経つ。‥‥敵集団の前進はもう明らかだ。もっとも、自分たちにそれを報せる術はないが。
 重傷を負った先任下士官に自ら肩を貸しながら、大尉は味方の戦線へ向けて森の中を歩き続けた。絶望し諦めかける部下たちを、常と変わらぬ声音で淡々と叱咤激励する。
 一晩中、歩き続けて、森を抜け‥‥なだらかな丘の上の崩れた廃屋に辿り着いた時には、人数は7人に減っていた。認識票を持ち帰ることすら叶わなかった部下たちを想いながら、しかし、大尉は頭を振った。──しっかりしろ。そんな事は後でもいい。今は生き残った部下の事だけ考えろ。この稼業、いい加減、慣れっこだろうが──
「‥‥ここで暫く休息を取る。負傷者の手当てをしておけ。二時間後に出発だ。ジェフ、ユニ、見張りに立て。交代は‥‥」
 ズシン、と振動を遠くに感じて、大尉は続く言葉を口の中にくぐもらせた。ピタリと動きを止めた部下たちと視線だけを交し合う。それで気のせいではないことをお互いに確認しながら‥‥大尉はそっと窓辺から外の様子を窺った。
「‥‥マジかよ。冗談はよせ」
 廃屋から少し離れた丘の上。薄ら明るくなりつつある濃紺の空を背景に、稜線よりのそりと姿を現す巨大なそれは──
「見張りはなしだ。全員、負傷者を抱えて地下室へと移動しろ」
 無言で命令に反応して動き出す部下たち。大尉は窓の外を見つめ続けて悪態を吐く。
 稜線から次々と現れる、大砲を背負った亀型のそれは、キメラなどという生易しいものではなかった。タートルワーム──能力者ならざる身には、いや、能力者であっても生身であらば絶望と同義の存在が、丘上にその『車列』を並べつつあった。
「くそっ。やっぱり居座る気か」
 砲列を敷き始める『亀』の向こうから、護衛と思しき人型ワーム『ゴーレム』がその姿を現す。随伴する新型ワーム『箱持ちムカデ』が背負ったコンテナを展開し、中から探索用の犬型キメラを吐き出し始め‥‥大尉は舌を打ちながら地下室へ潜る部下たちの後を追った。


 同日、昼。
 接近する敵を遊撃するべく進発したUPC軍地上部隊は、前方に展開した敵砲兵の砲撃によりその前進を阻まれた。
 後退し、態勢を整える。迂回している暇はない。一旦、後ろへと下がる車列に対向して歩きながら、大隊長は小さな丘の上に陣取ったFAC──前線航空統制官の所まで自ら足を運んだ。
「近接航空支援を要請しました。現在、全機が他方面の支援を実施中。フレア弾を搭載した新手のA−1ロングボウが2機、DTWより発進準備中です」
 ふん。それで敵を殲滅できればいいが。丘の上に設営、というには大袈裟な、岩場の陰に設けられた即席の監視所でFACの説明を受けながら、大隊長はそんな事を考えていた。
 『喰い残し』が出れば『残飯掃除』をせねばならず、部下を余分な危険に晒す。何より、貴重な時間を失う事で、上官の作戦構想に齟齬を生じさせた挙句に戦果を同僚たちに総取りされる事にもなりかねない。
 不愉快な未来予想図に顔をしかめながら、大隊長は岩場の陰から双眼鏡を覗かせた。忌々しい敵の砲兵──曲射砲装備のタートルワームは、前方の丘の稜線の向こうに陣を構えているらしい。どうにか敵のツラを拝めないかと視界を動かしていた大隊長は‥‥緑の丘の上を走る小さな獣の様な群れの影と、それに向けて放たれる銃火の煌きをその中に見出した。
「‥‥おい、あんな所に味方がいるぞ!」
 大隊長の言葉に、皆が双眼鏡を手にして丘を見遣る。2階部分が崩落した廃屋の窓。そこから突き出された12.7mm重機関銃が放つ弾幕だけが、辛うじてキメラの接近を防いでいた。
「空爆を中止させます!」
 慌てて無線機を手にするFAC。バグアのジャミング下での対地攻撃の精度は元々期待できたものではない。フレア弾が少しでもずれれば、敵中に残る味方をも巻き込みかねない。
 だが、それを大隊長は引き止めた。時間が惜しいというのは無論ある。だが、それまでこのまま彼等が持ち堪えられるとは到底思えなかった。そして、我々北中央軍は決して味方を見捨てない。‥‥少なくとも建前上は。だが、その建前があればこそ、兵士たちはその旗の為に命を懸ける事が出来るのだ。
「大隊同行の能力者をかき集めろ。ULTには後に正式な依頼を出す。リッジウェイに乗せて突っ込ませるんだ。何が何でも助け出せ!」

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
エリザ(gb3560
15歳・♀・HD

●リプレイ本文

 即座に命令が飛び、大隊の中で最も状態の良いリッジウェイ2機が回され、あらん限りの兵装が集められた。
 直立する2機にマウントされていく装備品。その選択は、パイロットを任された傭兵の榊兵衛(ga0388)と龍深城・我斬(ga8283)の指示で行われていた。
「‥‥決して味方を見捨てない、か。この戦場の只中で、そうした建前を貫こうという態度は嫌いじゃない」
「見捨てない。そうさ、この俺がいる目の前で、もう黙って殺させて堪るかよ!」
 兵装の装備を終え、機を人型から四脚装輪形態へと変形させる兵衛と我斬。150mm砲対戦車砲を肩部に背負い、煙幕銃、ディフェンダー、突撃仕様ガトリング砲、そして、メトロニウムフレームでガチガチに身を固めた1号機に対して、2号機は煙幕銃と照明銃以外に突撃仕様ガトリング1門のみという軽装だ。ワームとの会敵に備えた1号機と救出の為に軽量化を徹底した2号機という構成が見て取れる。
「しかし、もっと早く取り残された味方に気付く事は出来なかったのか?」
 常の無表情でリン=アスターナ(ga4615)が呟く。咥え煙草でくぐもる声音に、珍しく微かな苛立ちが含まれていた。
 ‥‥詮無き事を言っているのは分かっていた。だが、かつて、敵中に取り残された味方を見捨てるよう命令を受けた身としては、この状況に焦燥にも似た苛立ちを感じずにはいられない。もし、今度も上が見殺しにするつもりだったら‥‥あの大隊長を引っ叩いて、たとえ一人でも助けに飛び出していたかもしれない。
 今度こそ、絶対に見殺しにはしない。それが代償にもならぬ事は、重々承知はしているけれど。
 変形を終えた2号機に寿 源次(ga3427)が走り寄り、後部扉を開け放つ。それを見た綾嶺・桜(ga3143)は、どうやら時間のようじゃ、と目の前の響 愛華に告げた。負傷者を後送するトラックの荷台、その担架の上に愛華はいた。先の砲撃で運悪く負傷してしまったのだ。
「無茶しちゃダメだよ」
 頭を撫でる愛華。それを顔を赤くしてむず痒そうに、しかし、拒絶せずに受け入れながら、桜は一つ頷いて場を立った。
「では、行ってくる」
 薙刀を手に荷台を飛び降る。緑の原、響くエンジン音。自らと同様に整備兵たちの間を駆け、機へ向かう鳳覚羅(gb3095)や、AU−KV『バハムート』に跨るエリザ(gb3560)らの姿も見える。
 仲間等と共に2号機の荷室へと飛び乗ると、中では源次が前方の操縦席へ顔を出していた。
「寿だ。今回は宜しく頼む」
 そう言って我斬に手を差し出す。源次もリッジウェイ乗りの一人であったが、負傷者治療の為に救出班に回っていた。
「1号機の兵衛はよく知っている。ワームは任せて構わない。俺たちは‥‥」
「ただひたすらに廃屋まで押し通る、だな。後席! 全員乗ったか!?」
 源次の手を握り返して、荷室を振り返った我斬が叫ぶ。後部扉が閉められるのを確認して、我斬は出発を宣言した。
「廃屋の周り中、銃甲虫と黒犬がグルリか‥‥時間の猶予は余りなさそうだ」
「彼等はまだ生きている。なら救出しないと。速度最優先でいきますわ」
 ペリスコープで状況を確認する覚羅の言葉に、バイク形態のAU−KVを横へとつけたエリザが高らかに宣言する。その横を、アクセルを踏み込んだ我斬機が猛スピードで飛び出していった。
「あ、こら、待ちなさい!」
 エンジンを吹かし、慌てて後を追いかけるエリザ。その後をやれやれと兵衛の1号機がついて行く。
「みんなー、必ず無事に帰って来るんだよー!」
 戦闘速度でぶっ飛ぶ車列の後姿に愛華が叫ぶ。そして、ふと気付いて「あれ?」と首を傾げた。
 負傷して隣に寝ていたはずのアグレアーブル(ga0095)が、いつの間にかいなくなっていた。


 守れなかった、遠いイタリアの地に未練があった。
 脳裏に浮かぶは友の顔。かの地は彼女の故郷だ。
 あの空の下は今も敵地。だのに今、私はこの地で淡々と次の戦いに備えている。
 動かぬこの身は腹立たしいが、然れどもだがせめて。──Woi。この作戦は必ず成功させなければ。

「‥‥と、いうわけで。せめて援護射撃くらいは」
 どういうわけかは分からぬが、そこはそれ自己完結で。この狭い兵員室にどうやって隠れていたのか、ひょこりと顔を出したアグレアーブルに皆は結構な勢いで驚いた。
「‥‥無茶するのう」
 桜が呆れた様に呟く。まぁ、作戦地域に入ってからの急な怪我は、仕方がないというかどうしようもないので気にしない。
「本来なら私も共に先行するのですが‥‥アスターナさんとちみさんにお任せします」
「ちょっと待て。そのちみさんというのは誰の事じゃ?」
 問う桜をジッと見つめて小首を傾げるアグレアーブル。桜は拳を震わせながらも怪我人相手にツッコミを自重して‥‥そこに、腹に響く重低音が響き渡った。
「‥‥複数の砲声を確認。砲撃が来ます」
 あくまでも穏やかな覚羅の警告の声。ペリスコープから丘の向こうは見えないが、曲射砲は確実にこちらに降りかかって来るだろう。
 能力者たちは身を硬くして何も見えぬ天井を見上げた。すぐに砲弾が空気を切り裂く音が幾重にも重なって‥‥やがて、強烈な爆発音と衝撃が全周から大波の様に襲い掛かった。
「おいらは〜、荒野の〜、運び屋さ〜ぁ〜♪ っとくらぁ」
 一面を耕さんばかりの勢いで吹き飛ばす猛砲撃。その中を、しかし我斬は鼻歌混じりに疾走する。
 車体を激しく叩く金属音はまるで雨音。吹き飛ぶ破片はそれだけで下手なキメラの攻撃力を上回る。だが、リッジウェイは激しい砲撃に傷つきつつも、懐に抱いた人員には傷一つ負わせていない。リンは頷いた。こういう任務こそまさにリッジウェイの本領だ。まぁ、直撃だけはご勘弁、という我斬の鼻歌も本音ではあるけれど。
 だが、2号機に併走し、生身で突っ切る羽目になったエリザはそうはいかなかった。
 響き渡る轟音、降りかかる土砂の雨。立ち込める爆煙が空を薄暗く覆い隠し、飛び交う破片の飛翔音が至近を行き過ぎる。突如進路上に現れた砲撃痕にエリザは目を見開き。だが怯まずに身体ごと車体を傾けて曲がり避ける。
 だが、その瞬間、それまで盾になっていた2号車から僅かに離れた。降りかかってくる砲弾の落下音。いい加減聞き慣れた音が、しかし、今度は絶望的にまで近い。
 思考した結果ではなかった。エリザは無意識の内に『ヴァルキュリア』をバイク形態から変形させてその身へと纏わせた。背中の光の翼が散り、AU−KVが淡い光に包まれる。
 直後、至近で炸裂した砲撃により、エリザの意識は刈り取られた。衝撃が全身を打ちのめし、飛ばされた身体が人形のように地を転がる。
「エリザ機、被弾!」
 ペリスコープで確認した覚羅が叫ぶ。停車する2号車。飛び出した能力者たちがエリザを引きずる様に‥‥
 気が突いた時、エリザは兵員室の天井を見上げていた。爆音は既にない。敵が砲撃可能なエリアを突破したのだろう。
「扉を開けてくれ。わしらは先陣を切るのじゃ!」
 額に包帯を巻いた桜とSMGを構えたリンとが兵員室を飛び出した。直後、集中される銃甲虫の火線を『瞬天速』で移動、回避する。次の瞬間、敵側面から放たれるリンの銃撃。そのまま中腰で走りながらルート上の銃甲虫を撃ち払う。桜はその援護を受けながら一気に廃屋へと突っ走り、付近のキメラを手当たり次第に薙ぎ払い始めた。
「‥‥1号機は?」
 どこかぼんやりする思考で、エリザは傍らの源次に問いかけた。
「ダメだ。そんな身体で行かせるわけにはいかない」
 それはエリザの身体を労わるのと同時に、彼の友人の為でもあった。鋼鉄の巨人同士の格闘戦。その足元に味方がいたら兵衛も気が気でないだろう。
 源次はエリザを横たえると操縦席へと移動した。機を横滑りさせながら、ガトリング砲でキメラを薙ぎ払っていく我斬。モニタを流れる照準に砲弾と土煙が追随する。
 ふとガクンと車輪が何かに乗り上げ──車体底部を何かの水音が叩いた。
「‥‥うわぁ。キメラを踏み潰す感触ってKV越しでも気持ち悪っ」
「なるべく踏むなよ。掃除が大変なんだ」
 我斬に答えつつ、源次はモニタの隅に求める友人の機体を見出した。そこには、ゴーレムにフェザー砲を浴びせられて装甲を焼かれる1号機の姿があった。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「あの程度で屈する男じゃない。大丈夫、耐え切ってくれるさ」


「やらせんよ!」
 廃屋へと砲口を向けるゴーレムに向けて、兵衛は肩の対戦車砲を右腕で保持して150mm砲を撃ち放った。盾に弾かれた砲弾が火花を発し、空中で爆発する。ゴーレムは手にしたフェザーライフルを1号機へと向け直すとそのまま引鉄を引き絞った。
 リッジウェイの抵抗値はその防御性能に比べて高くない。紫色の怪光線に炙られ、装甲が焼かれていく。赤く染まる警告灯。‥‥砲戦は分が悪い。だが、ゴーレムは引きつけないと‥‥
 不意に、目の前のゴーレムの頭部がチラと他所を向いた。振り返らずとも、兵衛はそれで仲間たちが廃屋に到達した事を確信した。
 再び砲口を廃屋へと向ける敵。だが、その時には人型に変形した兵衛機が突っ込んでいた。砲身を後ろに跳ね上げ、ディフェンダーを『抜剣』する。
 跳ね飛ばしたフェザーライフルが宙を舞い、こちらを盾で押し返した敵がその間に抜剣する。打ち合わされる剣と剣、宙に舞い散り飛ぶ火花。ゴーレムは物理攻撃力も侮れなかった。そして、何より、斜面を登ってくる新手のゴーレムの存在に、兵衛は眉間に皺を寄せた。
「まだか、源次‥‥!」
 独り言つ。その声に金属音が重なり、打ち下ろされた敵の剣が装甲の一部をひしゃげさせた。

 上空では、爆撃前の制空任務を帯びたKVの編隊と、それを迎え撃つべく上昇したHWとの空戦が始まっていた。‥‥もう余り時間はない。
「お主等の相手はこのわしじゃ!」
 スルリと敵中に入り込んだ桜が、身長に倍する薙刀を一閃する。斬り飛ばされる2匹の黒犬。その時には桜はもう移動していた。なるべく派手に、敵の目を引きつける様に、刃を振るいながら緑の丘を疾駆する。
 廃屋近くの石壁を確保したリンは、そこに半身を遮蔽させつつ銃撃を続けていた。桜を狙う銃甲虫を狙い撃ち、突っ込んで来る黒犬を撃ち払う。だが、その余りの数の多さに、リンは防壁を放棄して廃屋入口へと後退した。
「君は?」
「味方よ。助けに来たわ」
 答えつつ銃を撃つ。なんとか凌いでいるものの、やはり火力が小さいか。ここを突破されれば後はないというのに。
 だが、桜とリン、二人の苦労は十分以上に報われた。2号車が間に合ったのだ。
 石壁やらキメラやらを『ヘッジロー』で蹴散らしながら突進してきた我斬機は、廃屋の手前でぎゅりん、とその前後を入れ替えた。後部扉が開き、中からSMG内蔵の大鎌を構えた覚羅が飛び降りてくる。廃屋に向いていた敵は背後を突かれる形となった。大鎌の柄を銃の様に腰溜めに構え、背後からキメラの群れを撃ち払う。
「時間が惜しいからね。速攻で方をつけてあげるよ。‥‥さぁ、この場は任せて、早く要救助者の所に!」
 その言葉を受けて、源次が覚羅の背を廃屋へと走り抜ける。そこへ飛びかかろうと抜けてくる黒犬を長柄で打ち落とし、クルリと回した鎌の刃で地面へと縫い付ける。‥‥撃ち砕き、そして刈り取る。敵の数はどうしようもない程多いが、味方を収容する間位は敵を近づけさせはしない。
「カールソン大尉!?」
 廃屋の中に見知った顔を見出して、源次は驚きの声を上げた。シベリアに続いてまたこんな所で立ち往生とは、中々に運の無い人だ。
「再会を祝したい所ではありますが、パーティーのリミットが迫っています。‥‥走れますか?」
 プレゼンターは2機のA−1。落し物はフレア弾。そうと聞いては走れなくとも走らぬわけにはいかない。
 怪我をして横たわる先任以下2名の負傷者を練成治療で応急処置し、立ち上がるのに肩を貸してやる。
 廃屋を出た瞬間、銃声が一際大きくなった。後部扉のすぐ側にリンと覚羅。激しく銃身を振りながら、敵を近づけまいと弾幕を張り続けている。
「さぁ、走るんだ。走って!」
 源次の言葉に、大尉たちが一斉に後部扉へと走りこむ。兵員室に飛び込んだ瞬間、満身創痍で銃を構えたアグレアーブルの姿に大尉たちはギョッとした。発砲。銃弾は車内に飛び込もうとしていた黒犬を地へと叩き落していた。
「‥‥失礼。お薬とお水。使います?」
 唖然とする兵隊たちに救急セットとペットボトルを差し出し、アグレアーブルが手招きする。
「さて、こちらもそろそろ退かせてもらうよ」
 兵たちの乗車を確認して、覚羅は弾装が空になるまで撃ち尽くしてから、地に突いた柄を支点にクルリと車内へ身を翻した。そのまま素早く再装填。荷室の後部扉からさらに援護の銃撃を続ける。
「収容した。退くぞ、桜!」
 荷室の手すりに手をかけたリンが、離れた場所で戦う桜を呼ぶ。薙刀の柄で黒犬の牙を浮け凌いでいた桜は、リンの方を見て小さく頷いた。
「では、さっさとこんな所からはおさらばじゃ!」
 力負けしたかのように石突を地に付けて、瞬間、そのまま片脚を蹴り上げる。ぎゃいん、と浮く黒犬。そこへ振り被った刀身を思いっきり振り下ろす。
 そこへ仲間たちのの援護射撃が集中し、開かれた血路を桜は全力で突破する。後部扉から差し出される源次の手。その手を飛び掴んだ次の瞬間、桜は車内へと引き込まれていた。
「収容完了、出してくれ!」
「待ちくたびれたぜ‥‥飛ばすぞ、落っこちるんじゃねえぞ!」
 源次の叫びにアクセルを踏み込む我斬。ブーストを焚いて一気に離脱しながら照明弾を打ち上げる。それは救出隊撤収の合図だった。
 兵衛は敵の攻撃動作に合わせて機を一気に退かせると、対戦車砲とガトリングを一斉に撃ち放った。敵が盾に隠れてライフルを拾うその隙に、煙幕弾を叩き込んで一気に戦場を離脱する。
 直後、FACの指示に従い突入する2機のA−1。彼等が投弾した複数のフレア弾はタートルワームの只中に着弾。丘の向こうに巨大な炎の塊を湧き起こらせた。
「おいおい、マジで空爆要請そのままかよ。間一髪ってレベルじゃねぇぞ」
 天を衝く火柱と爆煙に、我斬がひょいと肩を竦める。ともかく、生きて帰る事は出来そうだった。

「約束通り、帰ってきむぎゅう」
 血塗れになって帰って来た桜を愛華はその胸にむぎゅうと抱き入れた。新たな負傷者を乗せ、そのまま出発する後送トラック。先任たちが能力者たちに敬礼する。
 大尉は自らの隊を失って得た情報──敵の配置と戦力とを上官へ無線で報告した。その内容をここの大隊長に聞こえるように話したのは、或いは礼のつもりだったのかもしれない。彼等は、生き残りを纏めて後退するゴーレムと砲兵とを追撃、殲滅する任務を与えられていた。
 前進を再開する大隊。小さな丘を巡る戦いはこれで終わった。だが、Woiの戦雲は未だ晴れてはいなかった。