タイトル:Uta戦線 プロボ、陥落マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2009/07/12 05:42

●オープニング本文


 プロボ─サンタクイン縦深陣地。‥‥全て放棄。
 AH−64攻撃ヘリ中隊‥‥全機喪失。
 155mm自走砲兵中隊‥‥全ての誘導砲弾を撃ち尽くし、沈黙。通常砲弾は爆発物として全て前線へ。
 M1A1−SES第2戦車大隊(合流時、既に2個中隊規模)‥‥6割を戦闘で喪失。残りの半数も整備不良により使用不可。現在、その殆どが塹壕内にて固定砲台化。
 プロボ湾最終防壁。‥‥破壊。放棄。
 プロボ市内応急陣地。‥‥健在。敵キメラ浸透中。
 第4歩兵大隊(後衛戦闘大隊)、機械化歩兵中隊、および戦闘工兵大隊(戦闘参加)。‥‥兵員の7割が死傷。所謂『壊滅』状態にあり‥‥

 ユタ州都南方、プロボ防衛線──
 全米が、大規模作戦『War of Independence』を間近に控えたこの時期に。
 ある一つの戦いが、その終末を迎えようとしていた。


 穴だらけになった防壁は、既にキメラの攻勢に対して壊れたバケツ程の役にも立たなくなっていた。
 続々と侵入を続けるキメラの群れ、群れ、群れ‥‥市内廃墟を利用して迷路状に構築された応急陣地に侵入した『狼騎兵』、『トロル』、『ヒュージアント』、各種『ビートル』等のキメラたちは、しかし、道が分岐する度に拡散してその数を減らしながら‥‥やがて、目の前に現れた袋小路にどん詰まる。
「哀れだな。獣なみの知能しかない駒って奴はよ!」
 意図して作られた袋小路。その両脇に立つ建物の屋根の上から、そして、正面の簡易防壁の向こうから、キメラの蠢く路上目掛けて一斉に何かが放り込まれた。宙を舞い、地面に転がる幾つもの布製の軍用鞄。その内、もっとも遠くに落ちた物たちが鮮やかな炎を上げて燃え上がり‥‥数千度の高熱を発する焼夷手榴弾に退路を断たれたキメラたちは、次の瞬間、閉じられた袋小路のそこかしこで炸裂した爆薬によって薙ぎ倒された。
「第2分隊、撃ち方始め。やるぞ、皆殺しだ!」
 屋根の上に身を起こした戦友、ウィルの分隊が、生き残りのキメラに向かって12.7mm重機関銃を浴びせ掛ける。血塗れになって起き上がるキメラに次々と投げ付けられる手榴弾。飛び散る破片が四方からキメラを乱打し、その内の幾つかはフォースフィールドをも喰い破り、流石のキメラも次々と力尽きて倒れ伏す。
「第1分隊、構え。‥‥よく狙え。無駄弾は撃つな。確実に敵を倒せ」
 『僕』の属する分隊は、袋小路手前の角を利用して第3分隊──トマスの隊だ──と十字砲火を形成する事になっていた。混乱し、右往左往する敵に向かって撃鉄を振り下ろす。最初の一撃は使い捨てのロケットランチャー。続けて携帯型の無反動砲。その後は重機関銃、対物ライフル、銃砲店に転がっていた熊撃ち用のリボルバーまで、ありったけの火力が叩きつけられる。
 哀れなキメラたちに特別な感傷は浮かばない。知恵と陣地構築とで有利な態勢を獲得してはいるものの、本来、正対すればこちらを容易く蹂躙できる化け物どもだ。部下の前ではおくびにも出さないが、正直、ウィル程の余裕は『僕』にはない‥‥
 悲鳴が起こった。飛び上がった『狼騎兵』──狼型キメラ『ダイアウルフ』の背に小型人型キメラ『ゴブリン』を騎乗させた敵──の狼の背から、槍を振りかざした『ゴブリン』が跳躍、屋根へと上ったのだ。
「離れろ!」
 部下たちに叫びながら、『僕』は至近距離から槍を振り回すゴブリンを狙い撃つ。煌くフォースフィールド、よろめく敵。その隙に走り寄った『僕』は、熱い銃身を握り締めた対物ライフルをぶん回し、柄の部分でキメラの頭部を打ち払った。その一撃は力場に阻まれたが、その衝撃はキメラを屋根の下へと叩き落していた。

 拠るべき防壁をなくした後も、『僕』等はこうしてキメラの大群相手に出血を強いてきた。‥‥いや、凌いできた。
 だが、勿論と言うべきか。予備陣地での戦いは、倒すべき敵がどうしても多くなる分、防壁でのそれに比べて弾薬をバカ食いする。

「分隊長! 対戦車兵器がもう底を尽きます!」
 部下の報告に舌を打つ間もなく、キメラ『トロル』の雄叫びが重なった。身の丈3m、並外れた膂力と耐久力・回復力を持つ醜い人型キメラは、『僕』等歩兵の天敵と言っていい。
「後退だ! 全員、後退しろ!」
 第3分隊と共に屋根の上を後方へと移動する。トロルは袋小路正面のバリゲードを手にしたコンクリ柱で破壊して突破。さらに前進しようとして、待ち伏せたM1A1SES戦車の120mm滑腔砲に撃ち倒される。『僕』たちは倒れ伏したトロルの上に焼夷手榴弾を放り込むと、その結果も見届けずに後退を続け‥‥
 しかし、その時には既に、応急陣地のそこかしこでバリゲード壁、或いは家屋そのものがトロルによって破壊され、そこから浸透するキメラの群れによって戦線はズタズタに引き裂かれていた。
「軍曹! ジェシーとトマスの分隊が!」
 最早、なす術もなく後退を続ける歩兵たち。ウィルの叫びに、小隊長代理のバートン軍曹は戦場を振り返った。迷路状に入り組んだ陣地の構造が仇となり、第1分隊と第3分隊が敵中に取り残されたのだ。キメラの海と化した地上、屋根の上の孤島に取り残された二個分隊。角の代わりに長砲身を持つ大型甲虫型キメラ『カノンビートル』の高初速弾が家屋を砕き、兵隊たちは地上に下りて、廃墟の崩れた雑居ビルの瓦礫を盾にささやかな防衛線を構築し始める。
「ホールは放棄しろ。外に隣接する部屋は皆空けるんだ。そこに入り込んできた敵のみを確実に潰せ!」
 勝ち目のない、いや、生き残る見込みのない、絶望的な最後の抵抗。だが、後衛戦闘大隊で生き残ってきた者として、自棄になって玉砕する気も、潔く無条件にただ死を受容する気も『僕』にはなかった。勿論、『僕』等がここで粘るほど、他の味方が逃げる時間を稼ぐ事が出来るわけだが、それが理由の全てではない。何と言うか‥‥この地獄の戦場で、多くの味方の屍を後に残して生き抜いてきた者としての、意地。いや、矜持といった方がいいかもしれない。
 無様な死に様を、いや、戦い方を晒すまい。たとえキメラの形をした死が目の前に迫ろうとも、この想いが絶望に押し潰されたりはしないように。

 結果として。
 彼等の『生き汚なさ』は、彼等自身の命を救う事になるかもしれない。
 彼等が孤立したその同じブロックには、同様に孤立した能力者の一分隊がいたからだ。

 プロボ市内応急陣地。‥‥健在。敵キメラ浸透中。
 防衛部隊は兵員の7割が死傷。所謂『壊滅』状態にあり。ただし、残存兵力は未だ戦闘を継続中である‥‥

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
秋月 九蔵(gb1711
19歳・♂・JG
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
佐賀十蔵(gb5442
39歳・♂・JG
荒神 桜花(gb6569
24歳・♀・AA

●リプレイ本文


 敵中に孤立した味方がいる。その報せは第2分隊に同行した能力者たちの耳にも届いていた。
「助けに行かないと、軍曹!」
 今にも戦場へ飛び出さんばかりのウィルを、だが、バートン軍曹は引き止めた。今の自分たちの戦力では戻った所で纏めて孤立するだけだ。とても救出は達成できない。
「見捨てるんですか、ジェシーたちを!?」
 信じられないといった表情で振り返ったウィルは、しかし、「部下を犬死させる気か」と問われて言葉をなくす。歯噛みし、ヘルメットを地面に叩き付けるウィル。感情を押し殺す軍曹の前に、月影・透夜と相沢 仁奈が進み出た。‥‥件の分隊には、彼等の友人も同行している。
「せめて撤退を援護する事はできませんか? 退避ルートの指示とか、足止め用の爆発物設置とか‥‥」
「そや。退路のキメラを幾らかこっちに引き付けるだけでも」
 孤立した味方にとっては十分な援護になるはず。だが、軍曹はそれにも頭を振った。なぜなら‥‥
 激しい破砕音と共に、後方のバリゲードが細かい破片を撒き散らしながら吹き飛んだ。粉塵の中、のっそりと姿を現す『トロル』。その脇を『ビートル』の群れがわらわらと瓦礫を越えて進み来る。
 統率もなく撃ち始めた兵たちを軍曹とウィルが叱り飛ばす。透夜と仁奈は舌打ちすると、覚醒して前に出た。
「‥‥はぁ。やっぱりこうなっちゃうんですね‥‥」
 少年らしからぬ諦観した様子で嘆息して、ビッグ・ロシウェルは両手に抱え込んだ武器弾薬をそっと下ろした。孤立した分隊の退路に配置しようと掻き集めたのだが、どうやら無駄になりそうだ。
「ジェシー、みんな‥‥死ぬのは許さないからな‥‥とにかく生きて帰って来い‥‥!」
 自らの戦場へと向かいながら、夜木・幸は搾り出すように呟いた。


「‥‥どうにも状況は芳しくないですね。まぁ、こうも酷いと逆に緊張もしませんけど」
 屋内に入り込んだ敵を駆逐し、ささやかな小康状態を獲得して。瓦礫のビルによじ登って周囲の状況を確認した鏑木 硯(ga0280)は、視界に見えるキメラの数に呆れた様に嘆息した。
 周り中、敵、敵、敵‥‥地上のエンカウント率は半端ないに違いない。だが、屋根上の退路はあちこちで断絶し、しかも、『砲甲虫』(カノンビートル)に撃たれ放題というおまけつきだ。
「さて、何としたものか‥‥あ、左の道路の奥、砲甲虫が1匹、接近中です」
 硯の言葉に、すぐ下の部屋で伏射姿勢を取っていた秋月 九蔵(gb1711)は、二脚付きの銃を持ち上げて身を捩らせた。
 手にした対戦車ライフルはこの戦場で手に入れたものだ。弾無しの銃なんて鉄屑と変わらないが、使い手のいない銃も同様に違いない。前の持ち主の血がこびり付いたその銃口を瓦礫の隙間からそっと出し、九蔵は砲甲虫の砲口に照準して引鉄を引き絞った。
 初弾は逸れた。狂った照準を再調整して放った次弾は狙い過たずに命中。だが、SESエネルギーの付与されない弾丸はフォースフィールドに呆気なく弾かれる。
 ‥‥チッ。デカブツ相手には火力が足りんか。キメラの群れの向こうにある砲甲虫。『偶々、近くにいた』能力者でもなければ、辿り着くのも至難の業か。
 硯の警告。見れば砲甲虫の砲口がこちらを指向しつつあった。硯に続いて、崩れた『吹き抜け』から1階へと身を躍らせる。
 音速を超える礫弾の衝撃波が砲声となって響き渡り、ビル上階の壁面に命中した。礫弾はコンクリを撃ち砕き、衝撃が瓦礫を崩して破片の雨を降り注がせる。
「‥‥クソッ。この状況、流石に虚勢を張れる程の余裕はないな」
「‥‥俺としたことが。ここまで追い詰められるとはね」
 パラパラと振り落ちる破片と舞い上がる埃と粉塵。九蔵が砂塗れの唾を吐き、鳳覚羅(gb3095)が埃塗れになった顔を拭って苦笑する。分隊員の無事を確認するジェシーの声に、キメラの侵入を報せる声が重なった。
「‥‥いよいよ覚悟の決め時ですかね」
 トマスのその呟きに、響 愛華(ga4681)はギュッと閉じていた目を開けた。
 瓦礫片から庇う為に引き寄せた綾嶺・桜(ga3143)をギュッと抱き締め、震える歯を噛み締める。本当は怖い。怖くて怖くて仕方がない、けど‥‥私は一人じゃなくて、ここにはまだみんながいて、そして、諦めない限り終わりはないってお母さんも言ってたから。誰も死なせない。見捨てない。きっとみんなで帰るんだ‥‥!
「大丈夫。大丈夫だよ、トマス君。‥‥ジェシー君も、みんなも。みんながいれば‥‥怖いものなんて、何もないよ!」
 顔を上げ、一人一人を見回しながらグッと拳を握ってみせる。胸に埋まった桜が何やらバタバタと暴れていたが、余裕のない愛華は気付かない。
「そーそー。折角ここまで生き延びてきたんだから、最後にもうひとふんばりして皆で帰ろうじゃないの」
 愛華の言葉を受けて、葵 コハル(ga3897)がてへらっと笑った。少年のような顔も髪も何もかもが煤だらけ。だが、他の皆も似たり寄ったりだ。
「中々に厳しい状況だけど‥‥生き延びよう。皆、無事に帰還させてみせるさ。‥‥勿論、僕自身も含めてね」
「だからキミ達は全力で前へ走って。後ろはあたし達が必ず何とかするから、ね?」
 一蓮托生、突破するのみ。微笑を浮かべて励ます覚羅とコハルの言葉に、再び戦士の顔を取り戻す兵士たち。互いに視線を交わして頷きあって‥‥照れたコハルがにははとはにかんだ。
「はっ!? 桜さん!?」
 ぐったりとして動かなくなった桜を愛華がガクガクと前後に揺さぶる。顔を真っ青にして口の端から魂っぽい何かをはみ出させた桜がハッと気付き、飛び上がって拳骨を振り下ろした。
「この天然貧乏乳娘がっ! 危うくお主の胸で溺れ死ぬ所じゃったろうが! 今日はおやつも晩飯も抜きと知れ!」
 顔を真っ赤にして怒る桜と、涙目で頭を抑える愛華。そんな二人を見て兵士たちの間にも笑いが起こる。
 或いはこれが最後の笑顔になるのかもしれないが。


 室内に倒れたキメラの間をメタボな身体にすり抜けさせて。外壁まで前進した佐賀十蔵(gb5442)は瓦礫の陰からそっと外の様子を窺った。
 すぐ前の通りに甲虫の群れ。少し離れた通りを4騎の狼騎兵が走り去る。件の砲甲虫はこちらの角からは見えない。いきなり砲撃を受ける事はなさそうだ。
 十蔵は背後の味方に合図を送ると、自動小銃と盾とを構えていつでも飛びだせる様に身構えた。ふとその身に引っ掛かりを覚えて。振り返った十蔵は、ベストの端をギュッと握る荒神 桜花(gb6569)に気が付いた。
「‥‥うち、十蔵様の為に、頑張るけんな」
 たとえ何があろうとも、どんなに状況が厳しくても。桜花の言葉に頷きながら、十蔵はその手をそっと重ねた。
「先は長い。絶対に、無理はするな」
 グッと手に力を込めて。その頭上を背後から放られた閃光手榴弾が飛び過ぎ、キメラのいる路上へ弧を描いて落下する。
 轟音と閃光が路上に弾けた。
 硯が投げた2個の閃光手榴弾により『朦朧』とするキメラの群れ。桜花に背中を預け、飛び出した十蔵が一気に交差点まで直進する。機敏に身を走らせるぽっちゃりスナイパー。壁に張り付き、目を覗かせ、周囲の安全を確認してから手信号で合図を送る。
 続けて飛び出す覚羅と後に続く二個分隊。十蔵と桜花がさらに前へと進む。
「さー走れ走れ野郎共! ゴールには明日が待ってるぜー!」
 走り出した兵隊の背にコハルがそうけしかける。キメラの群れは朦朧状態から立ち直りつつあった。隊列の後方、殿についた3人の能力者。戦友たる2人に向かってコハルが言葉を続ける。
「さぁ、硯くん、九蔵くん。あたし達がしっかりしないと皆が危なくなっちゃうから、油断せずにいくよ!」
「‥‥了解。まぁ、やれるだけの事はやってみましょうか」
「よくもまぁ、こんな糞のような舞台を用意してくれたもんだ。だが、バグアめ、こちらが脚本通りに踊ると思うなよ。大量の萎れた花束をプレゼントしてやる」
 硯とコハル、二人を前衛にトライアングルを組んだ3人が迫る甲虫へ一斉に銃撃を開始する。一斉に煌くフォースフィールド。覚醒はトロルが出るまでとっておきだ。
 その背後の角からゆっくりと姿を現す砲甲虫。装甲車両並みのその巨体を、屋上に上がった愛華と桜がガトリング砲の火線で激しく乱打する。
「上からなら地上の様子が幾らか分かりやすいの。皆、こちらの声は聞こえているか?」
 多銃砲身と弾薬箱と弾薬ベルトに埋もれた桜がリロードしながら無線機へと呼びかける。その隣りで銃撃を続ける愛華。着弾の火花が力場と甲殻に弾けて煌き‥‥この火力でも通らないと判断した愛華が覚醒を決意した瞬間。砲口がこちらを向くのを見て目を見開いた。
「桜さん!」
 慌てて桜を押し倒す愛華。その頭上高くを高初速礫弾が飛び過ぎて行く。
「桜さん、的が小さいからって油断したら駄目なんだよ!」
「当たらなければどうと‥‥って、誰がちっこいじゃ!」

 決死の覚悟で路上へと飛び出した分隊と能力者たちだったが、脱出は予想以上に困難なものとなった。
 地上はキメラが跋扈しており、遭遇した敵は結構な数に及んだ。屋根の上からの誘導も焼け石に水。敵を食い止める為に築かれた迷路状陣地に『出口』はなく、屋根の上以外の『出口』といえばトロルが崩した箇所──敵が集中する地点しかない。
 遭遇の多さは戦闘回数の増加を招き、そして、非覚醒状態の戦闘は時間を要する。それは一行が稼げる距離を短くし‥‥結果、敵と遭遇する『機会』を必然的に増加させた。

「十蔵様!」
 十字路側方から突進してくる狼騎兵の縦列が十蔵を捉えた。覚醒。初撃を辛うじて盾で受け流し、しかし、続けて突き出された2騎目の槍が十蔵を地面へ突き倒す。そこへ牙を剥き出しにして踊りかかる3騎目の狼。間に割り込んだ桜花が覚醒し、その乗り手を両手で持った斧でもって切り払う。色々なものをぶち撒けながら地に落ちる『ゴブリン』。だが、背後から突き出された槍がその桜花も突き倒す。
「‥‥クッ!」
 その敵集団へ牽制の銃撃を加えながら、覚羅が2人へと走り寄った。近接戦の間合いに入った瞬間、『Ain Soph Aur』──SMG内蔵の大鎌を変形させ、身体ごとグルリとぶん回して敵を追い散らす。間合いをとって槍を突き出す狼騎兵。それを鎌で打ち払いながら、至近距離からの銃撃で叩き落す。
 その覚羅にしても既に全身傷だらけだった。口元には常の微笑。だが、軽口を叩く余裕も無い。
「援護を!」
 荒い息と共に声を吐き出す。支援要請を受け、屋根上の桜は懐から2個目の──最後の閃光手榴弾を取り出した。そこへ二段跳躍してくる小鬼。気付いた桜はピンを抜いた閃光手榴弾を愛華に放ると、多銃砲身で小鬼を横殴りにぶん殴る。
「フラッシュバン!」
 皆に警告を発しながら、愛華が敵集団の只中に閃光手榴弾を放り込んだ。耳を塞ぎ、身体ごと丸まって目を塞ぐ覚羅。直後、轟音と閃光とが狼騎兵たちを『薙ぎ払う』。怯んだ敵を無視し、覚醒した覚羅が十蔵と桜花を抱えて分隊まで跳び退さり‥‥残された敵集団は分隊の重機関銃と愛華と桜のガトリング砲が撃ち払った。
 だが、その屋根上の二人を砲甲虫の砲撃が『直撃』する。命中箇所は屋根。だが、砕けた破片は愛華と桜を強かに打ちつける。
 後方から現れた新手の砲甲虫に、硯は小さく悪態を吐いた。血に塗れた手の平を服で拭く。だが、具象化した絶望はその砲甲虫だけではなかった。
 突如、隊側面の家屋の壁が砕け飛び、一匹のトロルが砲弾の様に飛び出した。振り返った九蔵が無意識に覚醒。直後、訳も分からぬままトロルの持ったコンクリ柱に吹き飛ばされる。突進を続ける敵。兵隊たちがおもちゃのように薙ぎ払われる。
 だが、分断の危険は寸前で回避された。
 前衛から駆け寄った覚羅が次々とペイント弾をトロルの顔面へと浴びせ掛ける。飛び散る染料に煩わしさを感じたのか、兵への攻撃をやめたトロルが横殴りに得物を振るう。避け切れぬ、と一歩踏み込む覚羅。とっさに大鎌を地に傾け受け流しにかかったが、ずらした打点ごと打ち払われる。
 そのトロルの足元で弾ける閃光手榴弾。投じた硯がそのまま走り込み、引き抜いた蛍火を流れるように膝裏へと叩き込む。だが、強化型だったらしく、その一撃では倒れない‥‥!
「肩、借りるよ!」
 硯の背と肩を、トン、と軽い衝撃が打った。それを足場に宙を舞ったコハルがトロルの眼前で蛍火を一閃、その鼻先をばっさり切り裂く。飛び散る血飛沫と絶叫。ニヤリと笑ったコハルは、しかし、トロルの手の平で蝿の様に叩き落された。
「かはっ!」
 激痛に顔をしかめながら、振り下ろされる足の裏を回避する。敵は未だ健在。だが、能力者たちが作ったその隙に、ロケットランチャーを構えたジェシーたちがトロルの顔面へ一斉に砲撃した。
 堪らず倒れる敵。これを唯一の勝機と見た硯が身体ごと喉元へと剣先を叩き付けた。肩を入れて押し上げながら傷口を切り開く。暴れるトロル。切った側から回復する傷口に足を突っ込み、返り血に塗れながら刃を進ませる。続けて駆け寄ってきたコハルが刀を突き下ろし、覚羅が大鎌で切り拓く。ジェシーが3個纏めた手榴弾をその中へと押し込んで‥‥一斉に離れた直後の爆発で、トロルはようやく動きを止めた。
 荒い息を吐きながら、硯は崩れ落ちそうになる身体を得物で支えた。その蛍火は既に光を失っている。自らの意志ならずして覚醒が解けたのだ。
 戦場を見回す。‥‥血溜まり。人だった何か。銃声。弾切れを報せる声。周囲より迫るキメラ、キメラ、キメラ‥‥
「やらせはせぬ! やらせはせぬのじゃ!」
「がうぅっ! 諦めるもんかぁー!」
 屋根の上からそれらを食い止めるべく銃撃を続ける桜と愛華。そこへ直撃する2発目の砲弾。屋根上に上がった小鬼たちがそこへと迫り‥‥
 は‥‥と小さく硯は笑った。
 覚醒も出来ず、火力も足りない。恐らく、あのキメラの波濤に飲み込まれたらそれまでだろう。だが、それでも‥‥
「‥‥奇麗だろうが穢かろうが、俺たちは生き残らなきゃいけないんですよ!」
 光を失った刀身を持ち上げ、身構える。
 隣に立った覚羅が微笑する。背後で膝立ちになったコハルが苦笑を返し‥‥屋根の上で桜と愛華が身を起こす。
 ああ、絶望する必要なんてない。自分たちはまだ戦える。

 か細い、どこか間抜けな音が、戦場へ響き渡った。
 空に咲く光の花‥‥それは第2分隊と能力者たちが上げた照明弾だった。迫る敵の只中で、彼等は未だその場に留まっていたのだ。
「どうやらゴールが見えました。もう一分張り、行けますか?」


 プロボは陥落した。
 オレムまで後退した防衛部隊は、これで実質的な戦力を喪失したと言ってよい。
 取り残された2個分隊は、6割の死傷者を出して何とか味方と合流した。
 多くの隊がキメラの海に呑まれた事を考えれば、彼等の奮戦は明らかだった。