タイトル:【Woi】地上の『目』マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/29 22:50

●オープニング本文


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●“第二次五大湖解放戦”
「‥‥以上を踏まえた上で、“第二次五大湖解放戦”を実施する」
 作戦会議室のテーブル上で、ヴェレッタ・オリム大将が宣言した。
 居並ぶメンバーはオリム大将の幕僚と、そして特殊作戦軍のハインリッヒ・ブラット少将である。
 スクリーンに映し出される北米大陸の地図。重要ポイントとして強調されているのは五大湖周辺である。北米各地の拠点から五大湖周辺の戦力の集中。ヨーロッパからの援軍も五大湖へと配されており、太平洋方面からの援軍が手薄になった西海岸、とりわけロサンゼルスを穴埋めする形となっている。
 五大湖地域。それは言わずとしれた北米大陸でも屈指の工業地帯であり、2008年2月の大規模作戦において解放を目指した地域である。
 極東ロシアでの華々しい勝利は、バグア軍の戦略的意図の粉砕、重要兵器の鹵獲、豊富な地下資源の眠るシベリアの奪還などの成果を得た。だが、1つ目についてはあくまで防衛上の達成であり、2つ目、3つ目については目に見える効果があがるまでには、時間を要するであろう。
 極東ロシアでの勝利の勢いに乗って、より即効性のある戦果を求める声は当然であり、それが巨大な工業地帯を要する五大湖周辺の解放であるのは自然な流れであろう。
「バグア側への情報のリーク、感づかれるなよ?」
「むろん、その点はぬかりなくやってみせます」
 オリムが幕僚の一人に念を押すと、幕僚は自信ありげに答える。
「ブラット少将からは何か?」
「思い切った作戦だとは思います。が、やってくれると信じます。作戦名は決まっているのですか?」
 オリムに聞かれたハインリッヒは作戦の困難を指摘しながらも、それを克服できるという自信を見せる。
「The American Revolution(アメリカ独立革命)‥‥というのはさすがに身贔屓が過ぎるな。War of Independence(独立戦争)だ」
 大規模作戦の本格的な発令は6月末。作戦期間中、アメリカは233回目の独立記念日を迎える。
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 来るべき大規模作戦『War of Independence』に向け、UPC北中央軍の各部隊も移動を開始していた。
 北中央軍本部の置かれたオタワから五大湖沿岸の重要拠点デトロイトにまで亘る防衛線『オタワ・フォートライン』においてもまた、全米各地から来援する部隊の到着を待って、防衛戦力の増強と攻略部隊の編成が随時行われる手筈になっていた。長距離を移動する各部隊の移動スケジュールを完全に管理・把握し、到着した部隊から順に次々と戦力の移動と編成を済ませていくオリム大将のやり方は、時間的な効率を優先する余り緻密に過ぎて、混乱を招きかねないものであったが‥‥結果として全てを予定の範囲内に収めていくその手腕は、決して凡将のよくするところではない。
 だが、それも、机上の計画通りに進んでこそ、だ。オリム大将とその幕僚団は、予測されうる部隊の遅延──様々な要因に起因し、決して免れ得ないもの──に対して、人として可能な限りの準備と対策を幾重にも施してはいたが、その即応体制にも限界というものはある。歯車がひとつ狂えば、一時的ではあるが各戦線に戦力の不均衡を生じる可能性もあった。
 そして、勿論。バグアの攻撃は、それら移動中の部隊に対しても行われるのだ。


「『コーストウォッチャー』?」
 また随分と懐かしい響きの単語を聞いたものだ。UPC特殊作戦軍に属するその参謀は、古巣・北中央軍の顔見知りであるその大佐の言葉に、訝しげに首を傾げた。
 コーストウォッチャーとは、第二次大戦中、旧米軍が現地で雇った無線連絡員の事だ。彼等は旧日本軍機の出撃を確認するとその戦力と進路を報告、その情報を元に迎撃態勢が整えられ、戦闘機隊は常に有利な位置から待伏せ攻撃が行えたという話だ。‥‥その事自体はいい。だが、なぜ今、大佐はそんな話をするのだろうか。
「『コーストウォッチャー』という言葉自体は識別コードに過ぎん。我々が派遣した地上監視部隊のな」
 愛想の欠片も無い顔にさらに表情を渋くして、大佐が低い声をくぐもらせる。参謀は顔の筋肉を微妙に整えると、表情を消して続きを促した。
「東海岸方面から接近するHW(ヘルメットワーム)の攻撃隊を早期に発見するため、我々はエリー湖とオンタリオ湖の南岸に特殊部隊を派遣している。バグアのジャミングでレーダーによる位置特定が困難な以上、我々もまた先人のやり方に倣うという訳だ。KVによるCAP(戦闘空中哨戒)、そして、この地上監視員がもたらす早期警戒情報があればこそ、能力者たちも派手な戦果が上げられる」
 言外にさりげなく込められた厭味には反応せず、参謀はひとつ頷いた。彼等の働きは地味だが、重要性では他に劣らない。まさに防空の要と言っていい。
「さっきも言ったが、我々はエリー湖とオンタリオ湖の南岸に『コーストウォッチャー』を派遣している。競合地域ではあるが、バグアも地上の全てを確保している訳ではないからな。彼等は無人と化した廃墟の街並みに潜み、転々としながら、上空を飛行する敵編隊の規模と進路を防空司令部へと報せていたのだが‥‥」
 キメラによる敵襲を受けている。この通信を最後に連絡が途絶えたのだという。
「今朝までに二個分隊が全滅している。『野良キメラ』による仕業でなく、明らかにこちらの『目』を潰そうと意図したものだ。このまま被害が広がり続ければ、大規模作戦を前にして、防空体制に深刻な影響が出かねない」
 沈黙。大佐が紅茶を一杯飲む。‥‥本題はここからだ。大佐の覚悟が決まるまでの短い逡巡、それを参謀は無言で待ってやる。
「‥‥そこで、ULTを介し、特殊作戦軍に依頼する。能力者を派遣し、『コーストウォッチャ−』を襲撃し、監視所を占拠した敵キメラを排除せよ。排除後は部隊に同道し、これを護衛せよ」
「‥‥承りました」
 参謀が了承してみせると、大佐は小さく頷いて席を立った。その背に、参謀は斜に構えた視線を投げ掛けた。
「‥‥いいんですか? 嫌いだったんでしょう? ‥‥能力者」
 大佐はその歩みを止めると、毅然とした態度で振り返った。
「些事に過ぎん。大事なのは、あの宇宙人どもを祖国から──いや、我等が故郷から叩き出す事だ」

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
千早・K・ラムゼイ(gb5872
18歳・♀・FC

●リプレイ本文

 細い月を波間に揺らす湖面の上に、ゆらりと3つの黒い人影がその姿を覗かせた。
 ぱちゃり、ぱちゃりと波間に響く水音は、しかし、夜の闇に溶けて消える。3つの人影は可能な限り素早く静かに上陸すると、曳いて来た漆黒のゴムボートを湖岸へと引っ張り上げた。
 『探査の目』で周辺の安全を確認した長身の人影──水円・一(gb0495)がゴムボートの防水布を引っぺがす。一はそこから己の得物を引っ張り出すと、むっつりとした顔で背後のハミル・ジャウザール(gb4773)を促した。「自らの得物に手を触れて貰いたくない」と考える者もいる。一なりの配慮だったが、ハミルはそういうタイプでもなかったらしい。自分のを取るついでに残った得物も取り出すと、ハミルはそれを手渡すべくMAKOTO(ga4693)を振り返った。
 月明かりに透ける黄金の髪。MAKOTOは、背中のファスナーを下ろして、窮屈なウェットスーツから戦闘用旗袍に包んだ身体を抜き出す所だった。
 ‥‥姉たちで慣れている。だが、どことなく気恥ずかしい。MAKOTOは不思議そうな顔をしてハミルから槍を受け取ると、脱いだスーツをボートの中へと放り込んだ。
 コツコツと時計を叩きながら、一が月明かりに沈む監視所へと顎をしゃくる。3人は改めて視線を交し合うと、水底行軍の疲れを癒す間もなく、監視所の裏口目指して小走りに駆けていった。

 一方、監視所たる一軒家の『庭先』でも、走り込む2つの人影があった。
 巫女服に身を包んだ少女、綾嶺・桜(ga3143)と、赤髪をなびかせて疾走するアグレアーブル(ga0095)。2人のグラップラーは風下側へ大きく回り込みながら前進し‥‥納屋の側で丸くなって眠るキメラ『サーチャードッグ』を視界に捉えた。
 ‥‥遮蔽物の無い広い庭。少し遠いがやるしかない。決意を込めて振り返る桜。アグレアーブルは指先を舐めて風向きを確認すると、小さく桜に頷いた。
 決断さえ済めば行動は早かった。木の柵を飛び越し、全力で敵へと駆け始める。黒犬キメラの耳がピクリと動き、血塗られた様に赤い瞳が2人を捉え‥‥
「Bow!」
 一声吠えた時には、二人の姿は掻き消えていた。
 瞬間、『瞬天速』で敵側面に移動したアグレアーブルの回し蹴りが綺麗に側頭部を蹴り飛ばす。グラリ、と揺れたその身が倒れるより早く、反対側に移動していた桜が大上段に構えた薙刀を敵後頭部へと振り下ろし。
「‥‥!」
 断末魔の短い叫びに、正面入口で待機していた響 愛華(ga4681)はビクリとその身を竦ませた。思わず飛び出してピルピルと震える赤い犬耳。だがそれも桜がこちらに合図を寄越すまでだった。『縄張り争い』を制した友人に愛華が応える。二人とも黒犬如きに後れを取るとは露程にも思わなかったが、それでもやっぱり心配なのはしょうがない。
「予定通りですね。突入しましょう」
 凛とした声。隣に立つ神代千早(gb5872)が左手に『雲隠』を掴んで腰につける。愛華は慌ててヘルメットを被り直しながら、友人と同じ巫女姿の千早にそっと視線を忍ばせた。
 桜も大きくなったら、今の千早みたいな感じになるのだろうか。艶やかな黒い髪、凛とした佇まい‥‥そして、なんというか、うん。すらりとした体型的に。
「先陣、仕ります」
 盾を構え、抜刀するファブニール(gb4785)。その優しげな目元をマスクに隠すのが突入の嚆矢となった。
 ファブニールを先頭に三角隊形を組んだ3人が正面扉へと突進する。その行程が半ばを過ぎた辺りだろうか。3人の間を何かが高速で飛び過ぎ、背後で音高く地面を砕いた。
「‥‥これはまた何とも面妖な」
 二階の窓から顔を覗かせる宇宙人型キメラ『リトルグレイ』。それを目の当たりにして呻く千早に愛華は苦笑した。ふざけた外見だがその実力は本物だ。あんな痛い攻撃、もう二度と喰らいたくはない。
 先に突入するように促して、ファブニールは一人、囮となるべくその場に残った。礫弾が構えた盾に弾け、その衝撃にたたらを踏みながら‥‥確信する。どうやら狙撃手は一人であるらしい。
「2階、西の角部屋、グレイ1!」
 大声で叫ぶファブニール。直後、裏口の扉を破って、湖から上陸した3人が一気に屋内へと雪崩れ込んだ。
「リビング、クリア!」
 両手に長砲身の支援火器を構えた一が、視線と銃口を振って敵の不在を確認する。その背後を駆け抜けるMAKOTOとハミル。階段を上がり、廊下を渡り‥‥蹴破った扉の先でグレイがこちらを振り返る。
「‥‥っ!」
 ハミルがとっさに引き抜いた大型拳銃を撃ち放った。だが、3発の内2発までもが強力なフォースフィールドに阻まれる。舌打ち。まだ弾の残る弾装を地に落として貫通弾の入ったそれを叩き込む。
 直後、グレイの両目が閃光を発し、放たれた光の槍が突進するMAKOTOを『虚暗黒衣』越しに貫いた。熱い痛みに唇を噛み締めながらも、MAKOTOは突進の勢いもそのままに手にした槍の穂先を身体ごと叩きつける。貫き、突き刺さった得物を捻り、引き倒して再び突き入れる。
 一方、正面玄関から突入した愛華と千早は、全身黒尽くめ、短躯、がに股、低頭身の人型キメラと顔を突き合せていた。
「ニンジャ‥‥!?」
 アーミーナイフを引き抜いた愛華の一閃を手甲で受け止め、背にした刀も抜かずに文字通りの手刀──仕込み刃で斬りかかる。
「ふふっ。その程度では遅れは取りませんよ。うふふっ‥‥」
 小刻みに笑みを噴きながら、千早が錫色の刀身でその攻撃を受け凌ぐ。反撃を跳躍して避けた敵は猿の様に照明へ飛びつき‥‥直後、室内へと進入してきた一とファブニールを確認して、室内を跳ねる様にしながら窓ガラスを突き破って脱出した。
「しまった!」
 窓に駆け寄る能力者たち。キメラの背は闇の中へと消えていた。


 敵が存在しない事を確認して。能力者たちは『コーストウォッチャー』の分隊を屋内へと招き入れた。
 少なくとも、上空を通過する敵編隊の情報を伝えるまではここで粘る必要がある。備えは急がねばならなかった。ニンジャを逃した以上、襲撃が早まりこそすれ遅れるという事はありえない。
「何か手伝える事はありませんか?」
 屋根裏へ続く梯子からひょっこりと顔を覗かせたファブニールに、警戒用の鳴子を作っていたMAKOTOは小首を傾げた。
「んー、じゃあ、木の枝とか、空き缶とか‥‥とにかく音が出る物を集めてきて貰えますか?」
 了解、と笑顔で頷いて階下に戻るファブニール。振り返ったその至近に一の顔面を見出し、慄いた。
「おう。それが終わったらこっちの手伝いも頼む。地下室と窓と‥‥閉鎖できる所はしとかんとな」
「あはは‥‥わかりました。終わったらすぐに」
 移動する二人と擦れ違うようにして、続けて分隊の軍曹が顔を出す。
「おい、俺たちはどこにいればいい? 上空監視には屋根裏か二階の窓辺が都合がいいんだが」
「んー‥‥窓は塞ぐらしいから、じゃあ、この屋根裏で」
 頷き、部下に集合を命じる軍曹。MAKOTOの隣りで黙々と鳴子作りを手伝っていたアグレアーブルは、チラとそちらへ視線を上げた。
「あの‥‥地上監視を行う際の留意点などはありますか? お聞きして今後の参考にしたいのですが」
「留意点、ねぇ‥‥ワームは同じ様に見えても個体差があるから、ジャミングで接近を感知したら空に目をこらすしかないな。‥‥もっとも、地上から接近する敵に足元を掬われる事も多い。人間相手のセオリーもキメラが相手だと、な」
 既に二個分隊が潰された。情けない話さ‥‥どこか自嘲気味に呟く軍曹に、休憩中の愛華は思わず声を上げていた。
「そんな事ないんだよ!」
 思いの外大きな声に、愛華の膝を枕にして寝入っていた桜がむにゃ、と目を開く。慌てて頭を撫でてやると桜は再び眠りに入り、愛華はホッとして言葉を続けた。
「‥‥そんな事ないんだよ。貴方たちみたいに支えてくれる人がいるから、私たちも安心して空に上がれるんだよ」
「ええ‥‥情報は、大事、です。僕の小隊も‥‥情報担当ですから‥‥分かります」
 分隊員の荷物運びを手伝って屋根裏に上がってきたハミルが言葉を継ぐ。軍曹は微苦笑と共に小声で礼を言い‥‥どこか湿っぽい雰囲気は、上がってきた分隊員たちの喧騒によって掻き消された。


 思ったよりも襲撃は早かった。
 カラカラとあちこちで鳴り響く鳴子の音に、一は運んでいた家具を下ろして銃を取ると、たった今塞ごうとしていた窓辺に取りついた。
「包囲。全周ですね」
 共に家具を運んでいたファブニールが反対側の窓から外を覗く。一は忌々しげに舌を打った。まだ地下室と一階の窓しか塞げていない。
 屋根裏からどやどやと能力者たちが下りて来てそれぞれの配置につく。一階正面玄関を塞ぐ形で停めたAPC(装甲兵員輸送車)、それを守るように配した2門のガトリング砲を、愛華とアグレアーブルが二階の窓から外へ出す。
「ここからが正念場だよ。絶対に通さないからっ!」
 自らを鼓舞するように叫ぶ愛華。アグレアーブルが無言で安全装置を解除する。
 ぴたり、と鳴子の音がやんだ。分隊直衛に戻ります、と告げて走るファブニールを他所に、一はそっと銃口を庭へと向けて‥‥
 闇の中、ヒタヒタと進むニンジャの影を月明かりに見出して、3人は一斉に銃撃を開始した。
「始まったの」
「はい」
 狭い裏口には、桜と千早、二人の『巫女』が配置についていた。互いの得物を手にして前に出る。建物に近づけさせる訳にはいかなかったし、何より、壁や天井に張り付くニンジャに三次元機動を取らせるわけにはいかない。
 疾風の様に、或いは獣の様に迫るニンジャ。左手に雲隠を握ったまま千早がP38を抜き撃ちする。直撃、或いは避ける敵。突出した敵に桜が突っ込み、自らの倍もある薙刀を振り抜くように叩き付ける。
「これ以上は通行禁止なのじゃ。通りたくばわしを倒してから行くがよい!」
 1分後。攻勢に失敗したニンジャたちは、幾つかの死体を残してスルスルと後退した。薙刀の石突をドンと地に突いて見得を切る桜。らっきょが転がるだけでも笑い出しそうな位ハイになった千早が手を叩く。
 だが、それも僅かな間の事だった。異様な気配を感じて構えた二人の前に、闇の中に浮かび上がるリトルグレイの白い顔、顔、顔。彼等は全く同じ仕草で指を上げると、二人に向かって一斉に礫弾を撃ち放った。
 思わず悲鳴を上げて扉へ飛び込む桜と千早。グレイの制圧射撃を受けて、ニンジャが再び前進を開始する。
「‥‥大丈夫ですか!?」
 応援に駆けつけたハミルが珍しく大声を上げた。巫女服を血で染めた二人を治療しようと救急セットを取り出しかけて、迫り来るニンジャに貫通弾を撃ち放つ。その横から突っ込んで来る別の敵には剣を抜いて受け捌き、クルリと身体を回転させながら渾身の一撃を叩き込む。
「‥‥ダメですね、これは‥‥ここは封鎖してしまいましょう」
 応急処置を済ませた二人に、絶望的な表情でハミルが言う。三人は取り付こうとするキメラを押し飛ばして扉を閉めると、あらかじめ用意してあった家具で押さえにかかった。
「裏口方面が突破されるぞ!」
 戦況を見守る分隊員の報告。その語尾に悲鳴が重なった。撃たれた兵士を抱えて後送するファブニールとMAKOTO。愛華はガトリング砲を抱え上げると弾帯を引っ掴んで裏手の窓へと走り出した。
 薄くなった弾幕を抜けて、APCを踏み台にしてニンジャが窓から飛び込んでくる。派手な突入は、しかし、囮。地道に壁を登ってきたニンジャたちが次々と二階へ進入する。
「任せます」
 淡々と呟きながら、庭先へガトリングを撃ち捲るアグレアーブル。一は大きく嘆息すると機械剣を手に部屋を出た。廊下を直進してくる一体の敵キメラ。ずかずかと歩みながら両手で正眼、そのまま光の刃で切り結ぶ。
 同じ頃、屋根裏でも敵の進入を許していた。
 けたたましい音を立てて破れる天窓。分隊を直衛していたMAKOTOとファブニールは、そのニンジャが着地するや否や前後からそれを叩き潰す。だが、続けて侵入してきた他の1体はその間に体勢を立て直していた。
 振るわれる手刀をファブニールは盾で受け止め、力の限りに下へと打ち払った。体勢を崩した敵へそのまま動作を繋げて腹を突く。刀身の半ばまで貫いた細身の剣を捻りながら引き抜いて。直後、ファブニールの視界は白い何かに包まれた。
「粘着糸っ!?」
 行動の自由を奪うその攻撃は、だが、ファブニールの膂力の前には10秒と拘束できない。力任せに糸を剥ぎ取るファブニール。だが、その僅かの間にニンジャは分隊に飛び掛かり‥‥
 そこへ横合いから突き出された槍の柄が、強かにキメラを打ち据えた。MAKOTOの『獣突』により弾かれた敵は、派手に吹っ飛びながら階下への穴を転げ落ちる。

 騒然とする部下たちに指示を出しながら、軍曹は一人、天窓に切り取られた空を見上げた。いつの間にか夜は明けたようだった。白々とし始めた空に希望を見出しながら‥‥軍曹は、そこに飛ぶHWに気がついた。
「通信兵! 本部に報告、敵編隊だ!」
 別の意味で騒然とする屋根裏部屋。双眼鏡で確認しながら、機数、種類、進路、高度などを有線通信で報告する。
 その頃、二階の各部屋は既に放棄されていた。廊下と部屋を繋ぐ扉で敵を限定し、白兵でなんとか押し止める。だが、幸いな事に、閉鎖した一階に敵の進入は未だなく。そして、それだけでも十分だった。
「撤収する。屋根裏と一階を繋ぐ梯子と階段を確保だ」
 一を先頭に、廊下に入り込んだ敵を駆逐する能力者たち。長柄の桜とMAKOTOが敵の接近を牽制し、その裏を分隊が一気に駆け下りる。そのままAPCの後部扉から兵員室へと飛び込んで。全員の乗車を確認すると監視所を一気に離脱する。
 追い縋る敵集団。ニンジャは足が、グレイは射程が長い。迎えに来たティルトローターのVTOL輸送機が降下を開始し、APCを飛び出した兵たちがそちらへと走り出す。放たれる敵弾。被弾した味方を引き起こしながら走る兵。その間に能力者たちが壁を作って‥‥隊員たちを乗せた輸送機が慌しく離陸する。
「よし、俺たちもずらかるぞ!」
 再びAPCに飛び乗って敵中を突破する能力者たち。その視界に、一直線に離脱する輸送機へと迫るHWの姿が見えた。
 悲鳴が上がった。必死に回避運動を取る輸送機を嘲笑うようにHWが距離を詰め、射程に捉えようとしたまさにその時。
 数本のミサイルの直撃を受け、そのHWは炎を噴いて湖に墜落、爆発した。
「あれを!」
 指差す先に見えるは、KVのインターセプター。分隊の報告を元に駆けつけたCAPの編隊だった。
 散開する敵編隊に向けて一斉に踊りかかる迎撃機たちに、駆けつけた本隊が後に続く。圧倒的な、それでいて無駄のない戦力投入は、自分たちが報せた情報によるものだった。

 その日、防衛線を突破し得たHWは極めて少ない。
 五大湖へ向けて移動する北中央軍の部隊にも然したる被害は出なかった。