タイトル:UT 避難民救出強襲作戦マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 6 人
リプレイ完成日時:
2009/06/21 10:27

●オープニング本文


「最外縁の防壁陣地は完全に放棄されました。現在、プロボの防衛大隊は、旧市街地に応急構築した『二の丸』にて遅延戦闘中ですが、既にかなりの数のキメラが浸透している模様です」
 北中央軍西方司令部、そのとある一室にて。ユタ方面を担当する作戦参謀は、部下からの報告を受けて歯噛みした。
 彼等はよくやっている。いや、こちらが求めた以上の事をやってのけていると言って良い。一昨年末の決戦にユタ派遣旅団が敗れてよりこれから、後退する本隊の最後衛にあって味方を支え、縦深陣を用いた遅滞戦術によって敵に出血を強制し続け、そして、拠るべき防壁を失った今も尚、オレムと州都に残る避難民を守る為に、絶望的な戦いを続けている。
 彼等はよくやっている。本当に、よくやっている。旧州軍や民兵を中心に編成された『予備正規軍』扱いだった大隊が‥‥本隊の敗退、そのツケを一身に負いながら、軍の『本分』──武器無き者を守る為にこそ戦うという『理想』を体現するように‥‥
 だというのに。今の自分たちには彼等に報いる術がない。西方司令部は大規模な作戦準備中であり、ユタに援軍を派遣するだけの余裕は──いや、御為ごかしはやめよう。西方司令部直下には、ユタの敵中に取り残された数万の避難民を助け出す余力など、元からありはしないのだ。
「もっと美味い戦闘糧食を送られたし。しかし、まずはありったけの武器弾薬を」
 州都の旅団司令部から前線に戻った大隊長が、つい先日、旅団本部を通して西方司令部に送ってきたものだ。そこには皮肉めいた恨み言も、ヒステリックな泣き言も、自らを英雄視する熱狂の欠片も無い。その文面から、古風な紳士然とした軍人の姿が想像できる。
「‥‥なんとか、彼等を助けられないものでしょうか?」
 報告を持って来た部下が思い切ったようにそう言った。上官にこのような『差し出口』を叩くというのは、部下にとっても中々に覚悟がいる事である。
 ああ、勿論、軍に身を置く以上、参謀も部下も、作戦上の犠牲は十二分に承知している。感傷と感情で作戦を立案すれば、結局、より多くの人命を失わせる事になりかねない。
 だが‥‥
「確認する。現在、プロボを攻撃している敵に、大型キメラは存在していないのだな?」
「‥‥っ! は、はいっ! 敵の補給は二度に亘って潰しましたし、飛行種も現地の部隊が釣り落としました。現在、プロボを攻撃しているのは、残存の中小種のみです!」
 声と表情とを明るくさせた部下を横目に、参謀が厳しい顔のまま頷いた。それはまだ最低条件をクリアしたに過ぎないのだ。
「こいつは賭けだ。だが、今なら‥‥傭兵を雇い易いこの状況下ならば‥‥プロボの連中の重石を一つくらいは取り除けるかもしれない」


 随分と静かだな。
 それが、サンフランシスコ近郊のUPC軍基地に降り立った壮年傭兵・鷹司英二郎が、最初に感じた事だった。
 大枚はたいて手に入れた新たな翼、F−201A『フェニックス』をエプロン(駐機場)へと移動させながら、ヘルメットを外して風防を開け放つ。着陸したばかりのKVでごった返す駐機場、鼻につくKV用燃料の臭い。甲高いエンジン音を響かせながら離陸していく正規軍の偵察機と、次々と舞い降りてくる後続の傭兵機‥‥ 鷹司は、最初に抱いた印象が間違い『ではない』と再認識すると、機体を所定の位置に収め、自分よりも年上の初老の整備兵に愛機を預け、コンクリートの大地に足を下ろした。
「エイジロウ? エイジロウ・タカツカサじゃないか! なんだ、お前、能力者になったのか!?」
 エンジン音に紛れるようにそんな大声が聞こえてくる。振り返ると、行き足を止めた高機動車の荷台から、一人の大柄の男が飛び降りて来る所だった。
 一瞬、誰か喧嘩を売られるような相手がいただろうか、などと考えながら、懐かしい顔を目にして頬を緩ませる。サム・ゴードン。昔、まだ現役のファントムライダーだった頃、アメリカで世話になったパイロットの一人だった。軍服でなく、民間航空会社のパイロットの制服を着ている。軍を辞めた後、パイロットが民間機の操縦桿を握る事は別に珍しい事ではない。だが、なぜ、今、サムはここにいるのだろう?
「それにしても流石に老けたな。その歳で未だファイターパイロットとは‥‥羨ましいぞ、エイジロウ」
「お前こそ、随分と娑婆が似合うようになったもんだ。端に停まっていた2機の巨人旅客機はお前たちのか? なんだって空軍基地に用がある?」
 この『静けさ』と何か関係があるのか? そう尋ねる鷹司に、それは知らん、と答えつつ。
「俺がここにいる理由は‥‥まぁ、後のお楽しみだ。まずは、積もる話もあるだろう?」
 サムはそんな事を言ってはぐらかしながら、鷹司の肩を抱いて高機動車まで引っ張っていった。

「アテンション!」
 掛け声と共に、ブリーフィングルームのざわめきは潮が引くように消えていった。居並ぶ傭兵たちの前に、大佐の階級章を付けた作戦参謀が歩み出る。参謀は前置きをさっさと済ますと、ユタの現状を纏めて説明した。
「‥‥つまり、プロボの失陥は最早免れ得ない。すぐ北のオレムには、逃げ遅れた市民800人が残っているが、大隊は、手持ちの車両を全て、彼等の避難の為に使用するつもりでいる。だが、それでは、州都までキメラの只中を突っ切らせる事になるし‥‥何より、防衛大隊の連中は誰一人助からない」
 そこで、我々は少しばかり『無茶』をやらかす事にした。その参謀の言葉に、傭兵たちに笑いは起きなかった。その無茶の矢面に立たされるのは自分たちであり。しかも、参謀は冗談を言った訳ではなかった。
「作戦を説明する。現状、西部戦線は、ロス近郊での地上戦と、大陸中央部から西海岸目掛けて飛来するバグアの『定期便』との空中戦──1000kmを隔てた殴り合いが主戦場だ。我々は防衛線より積極的に前進し、この『定期便』を押し戻す。そして、その抉じ開けた進路をプロボ空港まで2機の救出機に進出、避難民を救出して離脱する」
 ざわめきが起こった。戦場に旅客機を飛ばすなど無謀極まりない。しかも、その腹に多数の非戦闘員を抱え込むのだ。
 鷹司は、参謀に紹介されて前に出るサム・ゴードンを呆れたように見返した。通り過ぎ様に、ウィンク一つと微笑を残していくサム。嬉々として志願する様がありありと想像できて、鷹司は苦笑と共に嘆息する。
 傭兵たちの前に出た時にはもう、サムは謹厳実直な顔を取り戻していた。
「救出機パイロット、サム・ゴードンだ。『お客さん』を目的地まで安全に運ぶのが俺の仕事だ。進路の開拓と護衛はよろしく頼む。この作戦で少なくない数の運命が決まるそうだ。後悔しないで済むよう、自分たちの仕事をきっちりやるとしよう」

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
夕凪 春花(ga3152
14歳・♀・ER
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG

●リプレイ本文

 西海岸各地の防空基地を発したKVの集団は、それぞれに編隊を組みつつ、防空司令部が第1次警戒線と呼称する空域を踏み越えた。
 西方司令部が立案したバグアの『定期便』に対する『擬似攻勢』。立案された作戦も、投入された戦力も──その殆どは能力者の傭兵のものだったが──全てはユタ州オレムの避難民800を助ける為、彼等を運搬する旅客機2機を守る為にその命を張っているのだ。
「では、私たちはこれより先行します。ご武運を」
 水上・未早を始めとする6機のKVもまた、その為に集まった者たちだった。
 旅客機直衛のヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)と阿野次 のもじ(ga5480)が属する『8246小隊』の副隊長、水上・未早の駆るワイバーン。電子支援を担当する桜崎・正人のウーフーと香坂・光の岩龍。同じく電子戦機でありながら支援攻撃を担当する比企岩十郎の岩龍改。そして、可能な限り敵を蹴散らすクレナ・ケアードのシュテルンと憐のディアブロ改──彼等6機は旅客機進路に隣接する空域へと移動して、進路確保の為の囮と電子支援を行う手筈になっていた。
「皆さん、よろしくお願いします」
 直衛9機を残して加速する彼等の機影にヴェロニクが頭を下げる。遥か前方へと進出する各編隊。やがて無線機が雑音混じりに、彼等が接敵した事を伝え始める。
「作戦参加の全機へ。タリホー、敵の『定期便』だ。直ちに攻撃を開始せよ」
 能力者の目に芥子粒のように映るKVとHW。それらはすぐに、閃光の煌きと白雲のシュプールを蒼空へと描き始めた。

「まさか飛びなれたこの空を、こんな状況下で飛ぶ事になるとはな」
 戦場の後方にぽつりと残った9機のKVと2の旅客機。救援機機長のサムは、まだ若い副操縦士にそう苦笑して見せた。答える副操縦士の声と表情は硬かった。‥‥無理もない。800人の命運を託されて、誰もが平然と受け入れられるわけではない。
「800人、か‥‥重いなぁ‥‥」
 ヴェロニクが嘆息する。それを聞いた響 愛華(ga4681)は、胸元の御守りをギュッと握り締めた。
「重い、か‥‥うん、そうだね。重いよね‥‥」
 本来、命に軽重なんてない。そんな事は分かっている。でも、今回、自分たちが背負う命は物凄く『重く』て‥‥絶対に失敗できないという想いが強い程に、自らの心を圧迫し、押し潰そうとする。
「‥‥鷹司さん、こういう時に何か緊張を解すやり方とか知りませんか?」
 一息吐きながら、鏑木 硯(ga0280)が鷹司に尋ねてみる。壮年傭兵の答えはひどくシンプルだった。
「気楽にいけ。普段通りにやればいい」
「‥‥それだけ、ですか?」
「‥‥能力者というものは常に、自分の命だけでなく、戦友とか、他部隊の味方とか、後方の非戦闘員とか、人類の希望とか、そういったものを背負って戦うものだ。‥‥ほらみろ。今までの戦いといったい何が違うものか」
 硯は首を傾げて苦笑した。たとえそうだとしても、目の前で800人からの人間に死なれるのは中々に大事ではなかろうか。
「失敗を考えるから緊張する。最善を尽くす事だけ考えろ。要は集中力だ。最善を尽くして駄目だというなら、それはもうしょうがないだろ」
 なんて変な方向に前向きなおっさんなんだっ! 総ツッコミ。サムだけが腹を抱えて笑っている。
「‥‥なるほど。これならば堕ちても堕ちてもまた空に上がろうという気にもなるかの」
 雷電を駆る綾嶺・桜(ga3143)が、一筋の汗を垂らしながらこめかみを揉みしだいた。
「じゃが、鷹司。この前のような事はもう二度と考えるでないぞ? ‥‥全員が無事に帰らなければ意味がないのじゃ」
 のらりくらりと適当に終わらせようとする鷹司を、桜は許さなかった。
「‥‥わかったよ、ち巫っ女。無茶はしない」
「誰がち巫っ女じゃ。‥‥さて、多くの命が懸かった大変な任務じゃ。皆、気合い入れていくのじゃぞ! 特に愛華!」
「わぅっ!? そ、そうだね、桜さん。頑張らないとだね!」
 桜の檄に努めて明るい声で応じる愛華。それは仲間を、そして、何より自分自身を鼓舞するようだった。


 別働隊のぶ厚い援護を受けた強襲救出隊は、往路の戦闘の殆どを回避する事に成功した。
 戦場を迂回し、遥かに見遣りながらユタへと入る。纏まった数の敵編隊と遭遇したのはプロボ空港のすぐ近く。皮肉にも、自分たちと同じく戦場を避けた敵との遭遇だった。

「旋回して空戦に入る必要はないぞ!」
「はい! 取りこぼしは後ろの皆さんに任せます!」
 最前衛を行く鷹司とヴェロニクは、前方より迫る4機の小型HWに向けて一斉にミサイルを撃ち放った。まったく同じタイミングでミサイルを放出するHW。ヴェロニクは、自らが発した誘導弾の命中を確かめる間もなく、機体を跳ねる様に機動させて敵ミサイルの接吻を回避した。そのまま機位を立て直し、HWとすれ違いざまにレーザーを叩き込む。ダメージを受けていた敵は炎を噴き出し、黒煙を曳きながら後方へと堕ちていった。
 その数、2。どうやら鷹司も1機撃墜したようだ。
「フェニックス隊、スプラッシュ2、ですね!」
 討ち漏らした残りの2機も、ヴェロニクたちの背後を取る事は出来なかった。すぐ前から第2陣の4機が迫っていたからだ。
「‥‥タリホー、です‥‥『Rot Sturm』、エンゲージ」
「俺とお前とで掛ける友情の橋。邪魔する輩は情報秘匿で殲滅、殲滅ぅ!」
 射程に入った瞬間、ルノア・アラバスター(gb5133)のS−01HとのもじのシュテルンがHWに向けて狙撃砲を撃ち放つ。砲弾に乱打された敵が2機に向き直ってミサイルを撃つ間に、弧を描くように接近した夕凪 春花(ga3152)のシュテルンがレーザーを発射。立て続けに放たれた光の槍がHWを切り裂き、直後に爆発して果てる。
「続けて4機、前方より接近中」
 もう1機を叩き落した硯が新手の存在を警告する。敵の機動を注意深く見守っていた春花は、その動きの俊敏さから敵に強敵がいる事に気がついた。
「‥‥恐らく強化型か有人機。逃がさぬよう気をつけて下さい」
「のもじ、了解。フォローするよん」
「‥‥Rot Sturm、同じく」
 強敵を優先的に撃破できるように位置を変えるのもじとルノア。そのルノアの視界の隅を、爆撃機仕様の中型HWが離脱していく。
(「なるほど‥‥この敵は、あれの、護衛、だったの、ですね‥‥」)
 納得した様に頷いて、ルノアはその中型から視線を外した。普段なら何よりも堕とさねばならない相手であるが、今は無視して構わない。旅客機の脅威たり得ないからだ。
「4機。内1機は強敵‥‥ならば、これで!」
 敵編隊へと機を正対させた硯は、アグレッシブ・ファングを発動させるとK−02ミサイルを斉射した。マイクロミサイルが一斉に撃ち放たれ、白煙を曳きながら細かく機動を変えつつ各敵へと飛翔する。大空に広がる蜘蛛の糸のように、回避行動を取るHWを絡め取り、包み込む様に追随しては次々と直撃、爆発する。
 その光景は、プロボ空港の地上施設に詰め込まれた避難民たちからも見えていた。K−02でボロボロになった敵機を次々と撃墜していく味方機の姿に一際大きな歓声が上がる。そんな彼等の目の前に、桜機を先頭にして救出機たる2機の旅客機が着陸してくると、そのボルテージは最高潮に達した。落ち着くように呼びかけながら、プロボの兵隊たちが誘導を開始。滑走路上に停止した旅客機に向かう彼等の目に、敵機の掃討を追えて人型形態で四方に降り立つKVの姿が映った。
「アテンションプリーズ。あ、てんしょん、ぷりーず。皆様の快適な空の旅をお約束するLH航空。私、いっちゃんを始めとする能力者の精鋭たちが皆様の護衛を致します。慌てず、騒がず、大船に乗った心持ちで、浪漫に満ち溢れた空の旅をご満喫下さい」
 CAの制服に身を包み、滑走路に仁王立ちするシュテルンのコックピットに立ち上がったのもじが、機体の拡声器で避難民の列に呼びかけていた。なんだありゃ? と呟くサム。チーフパーサーが苦笑した。
「出発前にCAの制服を貸してくれと頼まれまして‥‥サイズが悲しいくらい合ってませんけど」
 とりあえず、当ののもじは気にしない事にしたらしい。その様子に、コックピットに立って双眼鏡による周辺警戒を続けていた硯は思わずプッと吹き出した。愉快な人だ。一緒にいると余計な力が抜けるというか‥‥緊張しないでいいかもしれない。
「GoodJobですよ、のもじさん」
「ん、何が?」
 きょとんとするのもじを余所に、避難民の列は次々と旅客機へと飲み込まれていく。対空警戒の為に上空で旋回する機の風防越しにそれを見下ろしながら、春花はポツリと呟いた。
「これは‥‥流石にこれを落とされるわけには、いきませんね‥‥」
 息を呑む。あの芥子粒みたいな一つ一つが人間なのだ。それぞれに異なる人生を持ち、異なる未来を持っている。800人。漠然とした数字の塊が急に実感を伴って迫ってくる。
「‥‥ああ。何とか脱出させてやらないと!」
「‥‥はい。絶対、無事に、送り届け、ます!」
 同じく、上空を警戒中の砕牙 九郎(ga7366)とルノアもその決意を新たにする。ギュッと唇を引き締めた九郎は、そんな自分たちに紛れて飛んでいる鷹司機に気づいてブッと息を吐いた。
「あれっ、鷹司のおっさん!? なんで!? 地上警戒のはずじゃ‥‥!?」
「地上には4機もいれば十分だろう。近場で戦闘をやらかしたんだ。すぐに敵機が集まってくるぞ」
 俺たちがいい目印になる。鷹司の言葉に九郎がハッとした時、雷電の機上レーダーにノイズが急速に増え始め‥‥視界の隅、空港沖の湖の只中に、恐竜型大型キメラ『D−Rex』が水中から現れた。
「‥‥っ! 地上班各機、こちら砕牙! 湖にキメラが出たぞ!」
 無線機のマイクに叫びながら、自らも迫る敵に備えて機首を東へ向け直す。春花はキュッと唇を噛み締めながら兵装の残弾を確認した。出し惜しみをする余裕は、ないかもしれない。
「通さない‥‥絶対に!」
 今日初めて聞くルノアの鋭い叫び。前方の空に染みの様に、HWの姿が見え始めていた。

「キメラっ!? 一体どこに!?」
 九郎からの連絡を受けて、愛華は慌てて周囲に視線を振った。カメラ望遠‥‥双眼鏡を持った硯が湖へと振り返る。その指向する先を追った愛華は、水を蹴立てて立ち上がるD−Rexを視界に捉えた。
 避難民の間に沸き起こるどよめき。のもじが懸命に声を枯らす。
「アテンション以下略。みんなー、落ち着いてー! ここからが私たちの見せ場なんだからー!」
 のもじの大声にハウリングする拡声器。大騒ぎを止めぬ避難民。‥‥ええい、歌うぞ、こんちくしょう。
「やはり出たか‥‥旅客機には近づけさせぬ!」
 最も近くの湖寄りにいた桜の雷電が狙撃砲で狙い撃つ。緩やかな弧を描いて飛んだ砲弾は恐竜の頭部を直撃し、キメラはザブンと水面に倒れた。
「やったか!?」
 警戒を解かずに目を凝らす桜は、すぐに水中を近づく巨大な影に気がついた。尻尾を使って器用に泳ぐそれへ向かって、次々と狙撃砲を叩き込み続ける。
「‥‥聞こえますか? 空港南端の砂浜から蛙人型キメラが多数上陸中。滑走路に侵入されると厄介です」
 AU−KVでの周辺警戒に当たっていたヴェロニクから、追い討ちをかけるような報告。避難民からはまだ見えないが、気付かれればそれが『止め』となる可能性がある。
 舌打ちの音高く、南配置の硯がディアブロを走らせる。北配置の愛華は‥‥持ち場を離れるべきか迷っていた。近場に敵がいないか確認しようにも、空にいた味方は全て迎撃に出払っている‥‥
 水音も高く浅瀬に乗り上げるD−Rex。銃撃に続き、銃剣を構えて吶喊する桜の雷電をその跳躍力で跳び越える。
「抜かれた!?」
 だが、次の瞬間、ブーストを吹かした愛華の阿修羅改がD−Rex目掛けて飛びかかった。質量に任せて押し倒し、サンダーテールを突き立てる。激しく痙攣する敵を押さえながら、桜が銃剣で止めを刺すまで電撃を浴びせ続けた。
「助かった! 南の敵の数が多い。蹴散らしに行くのじゃ!」


 敵の二次攻撃は辛うじて撃退された。
 避難民を満載し、上空へと飛び立つ旅客機を、空港に残った兵たちが見送る。それを振り返りながら、「必ず助けに来るんだよ‥‥!」と愛華が敬礼を一つ送る。
「行きはよいよい帰りは怖い」
 実際、のもじの鼻歌のメロディ通りだった。別働隊の『擬似攻勢』を押し切り、西海岸方面へと押し出した敵が帰還する所に出くわしたからだ。

「こちらも消耗していますが、それは敵だって同じです!」
 最後の放電装置を有人機に撃ち放ちながら、春花が皆を鼓舞するように叫んだ。
 ダメージを受け離脱するその有人機を春花は追撃しなかった。新たな敵が迫っていたからだ。その動きの俊敏さから只者でない事が分かる。
「‥‥全弾、持って、逝きなさい!」
 ルノアが撃ち放ったミサイルの数々を、しかし、無銘エース機は全て回避する。練力を消費して機体性能を引き上げたHWが、硯機とのもじ機のリロードの隙を突いて稲妻の様に突破する。
「来るぞ!」
 ぽつりぽつりと前衛を突破してくる敵の前面に、九郎と桜の雷電が立ち塞がる。撃ち放たれる桜機のK−02の弾幕。そこへ愛華が突っ込み、ダメージを受けた無人機を堕としていく。だが、九郎がエース機に放った誘導弾は、受けられ、或いは回避され‥‥エース機は、旅客機をついにその視界に収めた。
「アテンショ(略)。非武装の民間機を攻撃するような飛行機野郎の風上にもおけない言語道断野郎は、北米司令官のリリアちゃんに言いつけるぞこら〜!」
 オープン回線で呼びかけたのもじの叫びは、半ば以上やけっぱちだった。だから、そのエース機が動きを止めた時には正直、驚いた。まして、返信してくるなど。
「‥‥デハ、オマエタチハ、コレガ戦略物質ヲ運ンデナイト我々ニ証明出来ルノカ?」
 実際、旅客機にとって危険だったのは、旅客機を脅威と見なさない有人機ではなく無人機の方だった。エース機にズタズタにされた迎撃態勢。その間を縫って、数機の無人機が旅客機へと迫る。
「させるかよ!」
 九郎が撃ち放つミサイルが次々と敵機を叩き落す。味方を盾にする形で弾幕を抜けて来た1機が、遂に旅客機を捉えようと‥‥!
「させないってんだよ!」
 体当たり覚悟で突っ込んできた雷電を、HWは慌てて回避した。再び砲撃態勢を整える敵。そこに、人型に変形して真っ赤に染まったヴェロニクのフェニックスが突っ込んだ。
「堕ちろおぉぉ!」
 威力の高いヒートディフェンダーの斬撃が2度、HWを斬りつける。ダメージの火花を散らして小爆発を弾けさせ‥‥最も旅客機に迫った敵は、そのまま爆散して砕け散った。


 補給を済ませて来援した別働隊は、残敵を纏めて引き上げる無銘エースの後姿を見送る事になった。
 彼等に守られ帰還する強襲救出隊。怪我人こそ出たものの命を失う者はなく。オレム800人の避難民は、1年半ぶりに敵中より救出された。