タイトル:UT戦線 飛竜釣り落としマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/27 07:10

●オープニング本文


 地獄のようなユタの地上戦を戦う兵士たちが、自らと戦友たちを除いて最も頼りとし、最大級の敬意と賛辞を惜しまぬ存在が3つある。
 一つは、この戦場で彼等が唯一、キメラに有効な打撃を与えうるSMAWやLAW、84mm無反動砲といった大量生産の対戦車兵器群。
 一つは、自己の危険も顧みず、主戦場たる航空戦の、激戦の只中を縫って飛来し、孤立した各陣地に補給物資を投下していく輸送隊のC−130。
 そして、最後の一つは──最新鋭の機動兵器、花形たるKV、などではなく。皮肉にも、バグア侵攻前には退役も検討されていたA−10対地攻撃機だった。
 大きなペイロード(兵装搭載能力)と後続性能、低高度での高い機動性、被弾やトラブルに対する強い生存性、優れた短距離離着陸能力と容易な整備性── A−10の持つそれらの性能は、KVやヘルメットワームを前にすれば嵐に舞う木の葉の様なものではものではあったが、キメラの大群に圧迫され続けるユタの兵士たちにとっては、十分な、いや、何よりも必要とされる貴重な近接航空支援機だった。

「ホッグ1、こちらプロボルーク。防壁正面にキメラの大群がうようよいる。ホッグ編隊は西から進入し、全弾投下後、北東へと離脱せよ」
「了解。目標を確認した。これより爆撃行程に入る」
 入り組んだ幾つもの谷と山脈、そして塩の荒野を越えて、ユタ群へと入ったA−10の編隊は、FAC──前線航空統制官の誘導に従って、ユタ湖上空で進路を東に変えつつ戦場への進入を開始した。
 風防越しに見える湖の岸の先、荒地と化した耕作地の上に、炸裂する砲弾の煌きと、黒く点在するキメラの群れが見て取れた。まるで、ひっくり返した石の下で蠢く蟲のようだ──少年の頃目にしたショッキングな光景を思い出し、ホッグ編隊を率いる大尉はそれこそ苦虫を噛み潰した様な顔をする。
「編隊を視認した。そのままの進路で行ってくれ」
 FACから爆撃の最終許可を得て、大尉は一度、ペアを組む僚機を振り返って確認すると、密集した敵の上空へと進入しながら、翼下に満載したナパーム弾を続けざまに投下した。
 空中で拡散した炎が地上へと降り注ぎ、慣性に従って地を奔る。機軸にそって燃え広がった『炎の帯』が、展開していたキメラの群れを飲み込んで坩堝の底へと鎮め込んだ。
 その煉獄の中から、燃え盛る炎とフォースフィールドをその身に纏わせて抜け出してくるキメラの列。そこへ僚機が新たなナパームを投下する。再び地上に顕現する炎の川‥‥バグアのフォースフィールドは灼熱の炎にも有効だが、燃え続ける炎は力場に軽減されつつも着実にダメージを与え続ける。このように『手酌で油を掛け続け』れば、如何に頑丈なキメラといえど只では済まない。
「プロボルーク、こちらホッグ1。全機投弾を終了した。指示通り北東へと離脱する」
 一面、炎の海と化した地上を空から見下ろしながら、地上の統制官に仕事の完了を伝える大尉。だが、返って来たのは感謝の言葉などではなかった。
「ホッグ1! 南方上空より接近する飛行キメラの編隊あり。注意せよ!」
 舌打ちと共に大尉が背後を仰ぎ見る。大きく翼を広げた飛竜型キメラ『ワイバーン』‥‥それが翼を畳み、逆落としにこちらへと降って来くる。
「散開! 応戦するな。とっととずらかれ!」
 叫び、自らも自機を降下させて速度を稼ぐ。背後に迫った飛竜が吐き掛けてくる炎を間一髪、機を横滑りさせて回避する。
 ボッ、と視界の隅が赤く染まった。僚機が炎の直撃を受けたのだ。さらに炎を浴びせられた機体が真っ赤に燃えて‥‥やがて、僚機は、先程まで自らが武器にしていた炎に包まれながら、ユタの大地へと落ちていった。


 まだ、このような古い『対空戦車』が残っていたとは‥‥
 プロボへと帰還した防衛大隊の髭の中佐は、掩体壕の中から引っ張り出されてきた旧式の自走高射機関砲を見て目を丸くした。とっくの昔に退役したその老兵は、車体のあちこちに長い年月を偲ばせながらも‥‥新たに与えられた戦場を前に、どこか誇らしげに連装砲をユタの空に掲げているようだった。
「博物館レベルの骨董品ですが。目視の照準器もキメラ相手には問題ないですし、40mm連装機関砲も、まぁ、威力だけは大きいですから」
 とにかく、対空砲の数が必要なので、と答える参謀に、中佐は一つ頷いた。ガタゴトと金属音を響かせながら、自走式対空砲が配置に向かう。

「オレム市に取り残された避難民800人。これを後方へと送り届けるに際して、まず、倒しておかねばならぬ敵がいる」
 野戦陣地と化した大隊本部。プロボの各戦線から抽出された能力者たちを前にして、中佐はテーブルに身を乗り出させた。
「飛竜型キメラ『ワイバーン』。対空・対地、共に戦闘が可能なこの大型キメラは、装甲車両と言えども容易く破壊してのける。避難民を満載した車列に奴等が上空から襲い掛かってくる様を想像してみろ。結果は火を見るより明らかだ」
 唸り声と嘆息。わざわざ言われるまでも無かった。このユタの大地で戦う者にとって、飛竜の名は死神にも等しい。
「だが、諸々の理由から、このユタにはKVなどという上等な物は存在しないし、西方司令部も航空迎撃戦に手一杯で余分な戦力などありはしない。故に、自分たちの手持ちの戦力と‥‥君たち、能力者を頼りにして何とかする他はない、と、そういうわけだ。もっとも、君たちも随分と酷使されて、疲れ切っているだろうがね」
 漏れる苦笑と微笑。あれはもう1年半も前の事か。元州兵とはいえ正規軍の将校が、部下を助ける為に、当時は胡散臭い者とされていた能力者たちを雇って戦線を共にしたのだ。結果として多くの兵の命が助かり、現在まで続く粘戦の基礎を築いた。それはこのユタの地で伝説となり、中佐はユタの兵たちから畏敬にも似た信頼を得ていた。
「そこで、我々は前線の遅滞防御線の後方に対空砲陣地を築く。そして、近接航空支援に来たA−10を囮とし、喰らい付いて来た飛竜を一匹ずつ低空へと誘い込む。そこへ対空砲火を集中し‥‥落ちてきた奴等を君たち能力者に倒して貰う」
 ザワリ、と人影が揺らめいた。中佐がそれを片手で制する。
「ああ、勿論、無茶な作戦である事は分かっている。上手く誘い込めるのか、対空砲だけで確実に落とせるのか。落とせたとしても、落ちる範囲はバラけるだろうし、再び空へと逃げるかもしれない。それに、地上で片付けるのが遅くなれば、次から次へとキメラが降って来る事になるか、時間を引き延ばした分、囮のA−10隊の被害が増すだろう。或いは、誘い込んだ飛竜の群れに何もかも破壊される事になるかもしれない。‥‥だが、それでも、我々はやらねばならん。避難民を無事に逃がす為に」
 沈黙。少なくとも表面上は。中佐は一つ頷いた。
「‥‥よろしい。作戦開始時刻は明朝0700。能力者には明朝まで8時間の休息を命じる。これは命令だ。体調を万全に整えておいてくれ」

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG

●リプレイ本文

 廃墟、対空陣地──
 迷彩ネットの天幕を取り払った対空戦車の車体の上に、なんか一人の少女がよじ登っていた。
 足を踏み外しかけて踏みとどまり、何とか身を持ち上げる。心拍と呼吸の乱れ──主にびっくりした事による──を暫し整え‥‥何事もなかったように元気に振り返る。
「ふっ。我こそは名高き『魔弾の射手』‥‥のペンフレ、阿野次のもじ(ga5480)! 兵士諸君! 私がキタからには百発百中、13面ノーミスクリアーでだいじょぶい!」
 響き渡る高笑い。ユタの乾いた風がスカートをギリギリな感じではためかせる。作戦準備中の兵士たちが一瞬、きょとんとしてそちらを見たが‥‥すぐに自分たちの作業へ戻っていった。
「‥‥寂しくなんかないやい」
「‥‥えっと‥‥何を、して、いるんですか?」
 突然、至近から声を掛けられ、のもじは飛び上がって驚いた。慌てて周囲に視線を振って下へと落とす。そこに、包帯を巻いたルノア・アラバスター(gb5133)が身を横たわらせていた。
「うっそ、るのぴー、病院は!?」
「るのぴー‥‥」
「じゃ、るのっぴどぅー?」
「いえ、もう、るのぴーで‥‥ 避難民の、人たちを、安全に、送る為に、絶対に、飛竜は、倒さないと」
 そう言って、ルノアは対空戦車の防弾板にくくり付けた対物ライフルを指差した。弾道が異なるため対空砲と同軸とはいかないが、SESの有効射程内なら射手位務まるだろうと野戦病院を抜け出して来たのだと言う。
「一人では、道に、迷いそう、だったので。この、対空戦車に、乗せてきて、もらいました。準備は、バッチリ、です」
 コクリと頷くルノアに、乾いた笑いを返すのもじ。その時、鐘の音が鳴り響き、作戦開始の時を告げた。
 のもじは無茶しないように言うと、洋弓を手に鐘楼に向かって走り出した。A−10との通信を担うFAC。その遣り取りを皆に報せるのが彼女の役割だった。


 激しい砲声に混じって、無線機がのもじの声を伝えて来た。
 囮に釣られた飛竜が待ち伏せの集中砲火に打ち据えられ、バランスを崩して落ちてくる‥‥その報せを受け、待機していた能力者たちは、一斉に落下予測地点へ向け走り出した。
「大型キメラってのは厄介だね。KVの使用は躊躇われるけど、生身で相手をするには厳しめだし」
「確かに強敵です。強敵ですが、皆で掛かれば倒せない相手じゃありません」
 健康的な身体をバネのようにして疾走するMAKOTO(ga4693)の苦笑に、その横をポニーテールをなびかせて走る鏑木 硯(ga0280)は、皆を──自分自身を含めて鼓舞するように、そう言った。
 それを聞いたアグレアーブル(ga0095)がチラと肩越しに、落ちてくる飛竜を振り返る。‥‥かつては手も届かず、ただ逃げ隠れするしかなかった敵。忌むべき存在ではあるけれど、蒼空を往くその姿に憧憬にも似た何かを抱かせたあの飛竜が──今、地に落ちる。
「‥‥倒す。何としても! 今後の為にも、ここで絶対に始末してしておかないと‥‥以前のような失敗は、もうできない‥‥!」
 フォースフィールドを煌かせながら、まるで隕石のように地に激突する飛竜。跳ねて転げるそれに向かって走りながら、月影・透夜(ga1806)は血を吐く様に想いを漏らした。
 かつて討ち漏らした大型キメラの存在が、ユタの現状を招いたのだ。あれが無ければ、冬の間に戦力の補充再編が出来たはず‥‥或いは、避難民の脱出作戦もとうに終わっていたかもしれない。
 勿論、それは傭兵たちが全責任を負うものではなかった。ユタが今も持ち堪えているのは、その時の戦果があったからこそだ。
 だが、それでも、透夜は無念を感じずにはいられない。そして、それは、綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)の二人も等しくする想いであった。
「ジェシーたちにこれ以上、苦労をさせるわけにはいかぬ! ちゃっちゃと片付けるのじゃ!」
 プロボで戦う戦友たちを思い、桜が唇を噛み締める。飛竜まであと100m。桜を始め、グラップラーたちが一斉に『瞬天速』で距離を詰める。
 その背を見送りながら、愛華は決意を新たにした。
「そうだね。早くここでの戦いを終わらせないと」
 守りたい人たちがいる。彼等を助ける為に、血の川を渡らねばならぬなら──
 たとえそれが絶望の大河でも、私たちはきっと渡ってみせる。


 状況が分からず混乱し、暴れ回る飛竜の目が。ギロリとこちらを捉えるのをアグレアーブルは確かに見た。
 火炎の息の兆候を感じ取って、アグレアーブルが小さく舌打ちする。畑。遮蔽物はなし。だが、大きく回り込んでいたおかげで範囲内には自分一人‥‥皆が突っ込む間の囮となるならそれもいい。
 両腕で顔を庇い、目鼻を塞いで呼吸を止める。迸る灼熱の炎に飲み込まれながら、アグレアーブルはその熱量に全力で抵抗した。
 アグレアーブルが作ったその隙を、硯は見逃しはしなかった。その手には星印入りの巨大な鎌。以前、飛竜の巣を襲撃した際に知覚攻撃が有効だった事から用意した大鎌『紫苑』だ。慣れぬ武器故、手元がちょっと覚束ないが、多少大振りでも獲物は十分以上にでかい。
「ユタの死神の命、刈り取らせて貰います!」
 ざん、と一歩、足元に踏み込んだ硯は、大きく捻り込んだ大鎌を真横に思いっ切り振り抜いた。飛竜を地に繋ぐ為に硯が狙ったのは、翼ではなく脚だった。
 鳥だって足を痛めたら飛び立てない。助走し、地を蹴りかけた飛竜が前のめりにつんのめる。それでも何とか空に逃げようと激しく翼を羽ばたかせ‥‥そこに、炎を突っ切り、アグレアーブルが突っ込んだ。外しようの無い至近距離から、翼の付け根目掛けてエネルギーガンを撃ち放つ。2度3度と放たれた光線がバタつく飛竜の翼を切り裂き‥‥完全に飛行能力を喪失したキメラに向かって、能力者たちが一斉に踊りかかる‥‥

「おー。1匹目は順調にフルボッコだぁ。どうですか、解説のルノアさん?」
 鐘楼から戦場を見守るのもじからの通信に、ルノアは困ったように苦笑した。ルノアから見えるのは、直上の鐘楼で弓を手に仰け反るのもじくらいだ。
「えと‥‥そのポーズは、なんですか?」
「荒ぶるのもじのポーズ。シャー」
 その姿勢で待機するのもじに何と言ったら良いか分からずに困惑するルノア。それはのもじの隣りにいるFACも同様だったが、とりあえず、彼には役目があった。
「ホッグ2、こちらプロボルーク。1匹目は片付いた。南南西より進入し、北北東へと離脱せよ」
「こちらホッグ2。尻に火がついた。針路変更の余裕が無い。南西より進入する。すまんがそちらで上手くやってくれ」
 10秒ほど倒すのが遅かっただろうか? 無線を聞きながら、皆に予定の変更を伝えるのもじ。
 『砲塔』の旋回を始める対空砲。その車上で、ルノアは5+1発装弾の対物ライフルの照準器を、深紅に染まった右目で覗き込んだ。

「私のギグにようこそ、ワイバーン! EF−006乗りの皆様(愚弟除く)には悪い(?)けど、さっさとご退場願うわよ!」
 墜落した2匹目に向かって疾風の様に走り込んで来たMAKOTOが、最大加速に達したその身を土を蹴立てて停止させた。汗の飛沫を飛び散らせながら、手にしたギターを構え直す。
 ギター型超機械『ST−505』。超音波衝撃を発するそれを手に正面の飛竜に向けて正対し、大きく上から下へとその弦を爪弾く。
 どん、と、衝撃が飛竜の巨体を打ち据えた。MAKOTOは口元をニヤリと歪めると、一気に得物を掻き鳴らす。それは情熱のフラメンコ。美しく、上品に、しかし、激しく。スパニッシュギターのようにラスゲアードで掻き鳴らす。
 1匹目と同様にして翼をもがれた飛竜が望まぬ舞踏に対するその隙に、反対側から双槍を手にした透夜が一気にその距離を詰めた。接近に気付き、尻尾を薙ぎ払う飛竜のそれを沈み込むように回避ながら、それでも足を止めずに懐へと転がり込む。
「柔らかいその腹ならば‥‥!」
 勢いもそのままに双手の穂先を突き入れる。雄叫びを上げて身を捩り、直近に入り込んだ敵をその巨体で押し潰そうとする飛竜。それをすんでで透夜は跳び退さる。
「桜さん、お待たせ!」
「来たか、天然(略)犬娘!」
 自らを呼ぶその声に、桜は背後の相棒を振り返った。身体に弾帯を幾重にもぐるぐると巻き付けて、大口径ガトリング砲を半ば引きずるように、重すぎる鞄を持つ様な格好で走り来る愛華。その姿に思わず破顔した桜は、ブォン、と振るわれた飛竜の鉤爪を頭を引っ込めて回避した。両の手の機械剣に再び光刃を灯し、走り、身体を回転させながら飛竜の鱗を斬りつける。その戦いぶりはまるで伝説の理力の騎士。勿論、ちっちゃな桜はしわくちゃでも緑でもないが‥‥激戦の最中にそんな事を考えついて、硯は思わず苦笑する。
 一方、飛竜を射程に捉えた愛華は、足を止めてその砲口を敵へと向けた。質量と慣性に振り回されながら、何とか腰元へと引き寄せる。ホッと息を吐いて再照準。キリリとした表情で再び桜に呼びかける。
「いくよ、桜さん!」
「よし!」
 近接戦を戦っていた桜が、敵の巨体を蹴って宙を舞う。そうして桜が距離を取ると同時に、愛華は多銃身砲の『引鉄』を引き込んだ。銃身が回転し、嵐の様な弾幕が飛竜の巨体へと浴びせられる。『布斬逆刃』を用いたその攻撃は、桜がつけた傷口へと照準されていた。
「このぉぉぉ〜!」
 のた打ち回る飛竜に憐憫を感じながらも、しかし、容赦なく‥‥銃身が空回りするまで全砲弾を撃ち放つ。弾庫を開き、身体から弾帯を一本外す愛華。その向こうで、桜が再び飛竜へと斬りかかる‥‥


「こちらホッグ3! 畜生、2匹の飛竜に追われている!」
 3番機から入ったその報告に、聞いていた皆が身を固くした。4番機の応答なし。ホッグ1──編隊長の大尉は舌を打った。
「ホッグ3。すぐに救援に向かう。それまで何とか持ち堪えろ」
 急行したホッグ1が30mmガトリング砲を浴びせ掛けて敵の1匹を引き付ける。炎に包まれた3番機は残った1匹を連れたまま、誘導もへったくれもない状態で対空陣地上空へと進入し‥‥不十分な態勢から放たれる対空砲火は、3匹目を落とし切れなかった。
 待ち伏せに驚いて離脱しようとするその飛竜は、しかし、逃げ切る事が出来なかった。鐘楼から身を乗り出したのもじの姿──全身から赤いオーラを迸らせ、弓の弦がギリ、と軋む。鐘楼とすれ違い様に放たれた矢は正確に翼の付け根を打ち抜き‥‥3匹目は奥の雑居ビルに激突して墜落した。
「これぞ必殺、肉ショット!」
 胸を張るのもじの向こうに現れる4匹目。ぎょっと驚いたのもじがFACを抱えて飛び下りた直後、鐘楼は炎に包まれた。

 逃げ惑う対空戦車に上空から吹きかけられる炎の息。直前、対空戦車の砲手に担がれて、ルノアはそこから脱出した。爆発する車両。これ以上は無理だ、と諭されて、ルノアがギュッと唇を噛む。
「せめて、これを‥‥!」
 飛び下りてきたのもじに、閃光手榴弾を託すルノア。のもじは無茶しないようにルノアに言いながら、握った拳をグッと前に突き出した。

「3匹目が廃墟市街に落ちたそうです。飛ぶ前に何とか『足止め』しないと」
 予想の範囲内とはいえ、中々に厳しい事になった。硯と透夜は視線を交わしながら、無言でその認識を共有した。とりあえず、足の速いグラップラーを中心に戦力を急派しなければならない。
「‥‥そっちは頼む。こいつはきっちり片をつけておく」
「よし、2匹目の止めは透夜と愛華に任して移動じゃ! 仕留め損なわぬようにの、天然(略)犬娘!」
「大丈夫、すぐにやっつけて追いかけるから。この子も私もじゃじゃ馬だよ〜」
 銃撃、いや、砲撃の手を緩めずに返事を返す愛華。4人は振り返らずに新たな戦場へと移動する‥‥


 逆巻く炎が、裏路地を行く硯とMAKOTOとを飲み込んだ。
 上空から吹きかけられるそれを避ける術はなかった。廃墟の市街地には地に落ちた3匹目の他に、自在に空を飛ぶ4匹目も存在していた。罠を警戒しているのか、接近と離脱を繰り返しつつ攻撃をして来るのだが、その脅威は決して小さくない。
 『虚闇黒衣』を纏いつつ炎から抜け出したMAKOTOは、痛み知らずの硯と共に3匹目へと接近を続けた。だが、その3匹目の尻尾が崩れかけたビルを殴り崩し、降りかかる瓦礫を跳び避けて後退を余儀なくされる。
「出し惜しみはなしじゃ! 一気に決める!」
 スキル全開で懐へと飛び込んだ桜も、しかし、暴れる飛竜が崩すコンクリ片で思ったように攻撃できない。その上、飛来する4匹目が周囲を炎の海へと変えていくとあっては‥‥
 そんな中、ついに瓦礫を抜け出した3匹目が、大空へ舞い戻ろうと助走とはばたきを開始する。それを押し留めるだけのダメージは未だに与えられていない‥‥!
「光るよ! 目と耳をきっちりがっちり塞ぐが吉!」
 瓦礫の山の向こうから現れたのもじが、そう叫んで何かを飛竜の頭上へ放り投げた。一瞬、きょとんとした能力者たちが、慌てて耳と目を塞ぐ。放られた物体は一旦、飛竜の頭に跳ね返り。次の瞬間、閃光と轟音とを炸裂させた。
 身を竦ませ、思わず地面へ巨体を伏す敵キメラ。混乱し硬直するその一瞬に、能力者たちは一斉に接近する。
「うおぉぉぉーっ!」
 雄叫びを上げながら、『限界突破』を使用した硯がその身を弾く様に跳躍する。大鎌の軌跡が飛竜の脚部、そして、翼の根元を立て続けに切り裂き、奔る。さらにMAKOTOの音波攻撃。今度の演奏は止めを刺すまで終わらない。
「さっさと倒れるのじゃ!」
「いい加減、これで沈め!」
 飛べなくなった飛竜の首に桜が光の刃を叩き付け、遅れて辿り着いた透夜が、一本に繋いだ槍と身体とを赤いオーラに染めて、その穂先を腹部へと突き上げる。傷と血に塗れながら、虫の息の飛竜はなおも空を目指す。
「空を飛ぶ者が、飛べぬ無念は分かるつもりですが‥‥」
「ごめんね。でも、見逃してはあげれない」
 最後に、アグレアーブルと愛華とが、殆ど動けなくなった飛竜の頭に慈悲をくれた。


 夕暮れの戦場。
 2機のA−10に追い立てられて戦場を離脱する4匹目を確認して、今回の作戦は終了した。
「ルノアちゃーん! カァムバァーック!」
 夕陽に向かって、トラックの荷台で野戦病院へと連れ戻されるルノアに向かって叫ぶのもじ。馬で去るガンマンはいないが、のもじにはきっと何かが見えている。白黒だってへっちゃらだ。
「無茶な作戦だったが、何とかなったか? ‥‥この先もこういう無茶は増えるだろうが、それでもやり遂げないと」
「仕方なかろう。これで少しは撤退が楽になれば良いのじゃが。あ奴らは‥‥ジェシーたちはもう十分に苦労しておるのじゃから」
 透夜の、桜の言葉に、愛華は食事の手を止めて二人を見上げた。
「この戦いは‥‥いつまで続くんでしょうね」
 硯の言葉に、MAKOTOが絃を一本爪弾く。
 答えは、勿論、存在しない。アグレアーブルは、無言で空を見上げ続けた。