●リプレイ本文
廃墟、対空陣地──
迷彩ネットの天幕を取り払った対空戦車の車体の上に、なんか一人の少女がよじ登っていた。
足を踏み外しかけて踏みとどまり、何とか身を持ち上げる。心拍と呼吸の乱れ──主にびっくりした事による──を暫し整え‥‥何事もなかったように元気に振り返る。
「ふっ。我こそは名高き『魔弾の射手』‥‥のペンフレ、阿野次のもじ(
ga5480)! 兵士諸君! 私がキタからには百発百中、13面ノーミスクリアーでだいじょぶい!」
響き渡る高笑い。ユタの乾いた風がスカートをギリギリな感じではためかせる。作戦準備中の兵士たちが一瞬、きょとんとしてそちらを見たが‥‥すぐに自分たちの作業へ戻っていった。
「‥‥寂しくなんかないやい」
「‥‥えっと‥‥何を、して、いるんですか?」
突然、至近から声を掛けられ、のもじは飛び上がって驚いた。慌てて周囲に視線を振って下へと落とす。そこに、包帯を巻いたルノア・アラバスター(
gb5133)が身を横たわらせていた。
「うっそ、るのぴー、病院は!?」
「るのぴー‥‥」
「じゃ、るのっぴどぅー?」
「いえ、もう、るのぴーで‥‥ 避難民の、人たちを、安全に、送る為に、絶対に、飛竜は、倒さないと」
そう言って、ルノアは対空戦車の防弾板にくくり付けた対物ライフルを指差した。弾道が異なるため対空砲と同軸とはいかないが、SESの有効射程内なら射手位務まるだろうと野戦病院を抜け出して来たのだと言う。
「一人では、道に、迷いそう、だったので。この、対空戦車に、乗せてきて、もらいました。準備は、バッチリ、です」
コクリと頷くルノアに、乾いた笑いを返すのもじ。その時、鐘の音が鳴り響き、作戦開始の時を告げた。
のもじは無茶しないように言うと、洋弓を手に鐘楼に向かって走り出した。A−10との通信を担うFAC。その遣り取りを皆に報せるのが彼女の役割だった。
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激しい砲声に混じって、無線機がのもじの声を伝えて来た。
囮に釣られた飛竜が待ち伏せの集中砲火に打ち据えられ、バランスを崩して落ちてくる‥‥その報せを受け、待機していた能力者たちは、一斉に落下予測地点へ向け走り出した。
「大型キメラってのは厄介だね。KVの使用は躊躇われるけど、生身で相手をするには厳しめだし」
「確かに強敵です。強敵ですが、皆で掛かれば倒せない相手じゃありません」
健康的な身体をバネのようにして疾走するMAKOTO(
ga4693)の苦笑に、その横をポニーテールをなびかせて走る鏑木 硯(
ga0280)は、皆を──自分自身を含めて鼓舞するように、そう言った。
それを聞いたアグレアーブル(
ga0095)がチラと肩越しに、落ちてくる飛竜を振り返る。‥‥かつては手も届かず、ただ逃げ隠れするしかなかった敵。忌むべき存在ではあるけれど、蒼空を往くその姿に憧憬にも似た何かを抱かせたあの飛竜が──今、地に落ちる。
「‥‥倒す。何としても! 今後の為にも、ここで絶対に始末してしておかないと‥‥以前のような失敗は、もうできない‥‥!」
フォースフィールドを煌かせながら、まるで隕石のように地に激突する飛竜。跳ねて転げるそれに向かって走りながら、月影・透夜(
ga1806)は血を吐く様に想いを漏らした。
かつて討ち漏らした大型キメラの存在が、ユタの現状を招いたのだ。あれが無ければ、冬の間に戦力の補充再編が出来たはず‥‥或いは、避難民の脱出作戦もとうに終わっていたかもしれない。
勿論、それは傭兵たちが全責任を負うものではなかった。ユタが今も持ち堪えているのは、その時の戦果があったからこそだ。
だが、それでも、透夜は無念を感じずにはいられない。そして、それは、綾嶺・桜(
ga3143)と響 愛華(
ga4681)の二人も等しくする想いであった。
「ジェシーたちにこれ以上、苦労をさせるわけにはいかぬ! ちゃっちゃと片付けるのじゃ!」
プロボで戦う戦友たちを思い、桜が唇を噛み締める。飛竜まであと100m。桜を始め、グラップラーたちが一斉に『瞬天速』で距離を詰める。
その背を見送りながら、愛華は決意を新たにした。
「そうだね。早くここでの戦いを終わらせないと」
守りたい人たちがいる。彼等を助ける為に、血の川を渡らねばならぬなら──
たとえそれが絶望の大河でも、私たちはきっと渡ってみせる。
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状況が分からず混乱し、暴れ回る飛竜の目が。ギロリとこちらを捉えるのをアグレアーブルは確かに見た。
火炎の息の兆候を感じ取って、アグレアーブルが小さく舌打ちする。畑。遮蔽物はなし。だが、大きく回り込んでいたおかげで範囲内には自分一人‥‥皆が突っ込む間の囮となるならそれもいい。
両腕で顔を庇い、目鼻を塞いで呼吸を止める。迸る灼熱の炎に飲み込まれながら、アグレアーブルはその熱量に全力で抵抗した。
アグレアーブルが作ったその隙を、硯は見逃しはしなかった。その手には星印入りの巨大な鎌。以前、飛竜の巣を襲撃した際に知覚攻撃が有効だった事から用意した大鎌『紫苑』だ。慣れぬ武器故、手元がちょっと覚束ないが、多少大振りでも獲物は十分以上にでかい。
「ユタの死神の命、刈り取らせて貰います!」
ざん、と一歩、足元に踏み込んだ硯は、大きく捻り込んだ大鎌を真横に思いっ切り振り抜いた。飛竜を地に繋ぐ為に硯が狙ったのは、翼ではなく脚だった。
鳥だって足を痛めたら飛び立てない。助走し、地を蹴りかけた飛竜が前のめりにつんのめる。それでも何とか空に逃げようと激しく翼を羽ばたかせ‥‥そこに、炎を突っ切り、アグレアーブルが突っ込んだ。外しようの無い至近距離から、翼の付け根目掛けてエネルギーガンを撃ち放つ。2度3度と放たれた光線がバタつく飛竜の翼を切り裂き‥‥完全に飛行能力を喪失したキメラに向かって、能力者たちが一斉に踊りかかる‥‥
「おー。1匹目は順調にフルボッコだぁ。どうですか、解説のルノアさん?」
鐘楼から戦場を見守るのもじからの通信に、ルノアは困ったように苦笑した。ルノアから見えるのは、直上の鐘楼で弓を手に仰け反るのもじくらいだ。
「えと‥‥そのポーズは、なんですか?」
「荒ぶるのもじのポーズ。シャー」
その姿勢で待機するのもじに何と言ったら良いか分からずに困惑するルノア。それはのもじの隣りにいるFACも同様だったが、とりあえず、彼には役目があった。
「ホッグ2、こちらプロボルーク。1匹目は片付いた。南南西より進入し、北北東へと離脱せよ」
「こちらホッグ2。尻に火がついた。針路変更の余裕が無い。南西より進入する。すまんがそちらで上手くやってくれ」
10秒ほど倒すのが遅かっただろうか? 無線を聞きながら、皆に予定の変更を伝えるのもじ。
『砲塔』の旋回を始める対空砲。その車上で、ルノアは5+1発装弾の対物ライフルの照準器を、深紅に染まった右目で覗き込んだ。
「私のギグにようこそ、ワイバーン! EF−006乗りの皆様(愚弟除く)には悪い(?)けど、さっさとご退場願うわよ!」
墜落した2匹目に向かって疾風の様に走り込んで来たMAKOTOが、最大加速に達したその身を土を蹴立てて停止させた。汗の飛沫を飛び散らせながら、手にしたギターを構え直す。
ギター型超機械『ST−505』。超音波衝撃を発するそれを手に正面の飛竜に向けて正対し、大きく上から下へとその弦を爪弾く。
どん、と、衝撃が飛竜の巨体を打ち据えた。MAKOTOは口元をニヤリと歪めると、一気に得物を掻き鳴らす。それは情熱のフラメンコ。美しく、上品に、しかし、激しく。スパニッシュギターのようにラスゲアードで掻き鳴らす。
1匹目と同様にして翼をもがれた飛竜が望まぬ舞踏に対するその隙に、反対側から双槍を手にした透夜が一気にその距離を詰めた。接近に気付き、尻尾を薙ぎ払う飛竜のそれを沈み込むように回避ながら、それでも足を止めずに懐へと転がり込む。
「柔らかいその腹ならば‥‥!」
勢いもそのままに双手の穂先を突き入れる。雄叫びを上げて身を捩り、直近に入り込んだ敵をその巨体で押し潰そうとする飛竜。それをすんでで透夜は跳び退さる。
「桜さん、お待たせ!」
「来たか、天然(略)犬娘!」
自らを呼ぶその声に、桜は背後の相棒を振り返った。身体に弾帯を幾重にもぐるぐると巻き付けて、大口径ガトリング砲を半ば引きずるように、重すぎる鞄を持つ様な格好で走り来る愛華。その姿に思わず破顔した桜は、ブォン、と振るわれた飛竜の鉤爪を頭を引っ込めて回避した。両の手の機械剣に再び光刃を灯し、走り、身体を回転させながら飛竜の鱗を斬りつける。その戦いぶりはまるで伝説の理力の騎士。勿論、ちっちゃな桜はしわくちゃでも緑でもないが‥‥激戦の最中にそんな事を考えついて、硯は思わず苦笑する。
一方、飛竜を射程に捉えた愛華は、足を止めてその砲口を敵へと向けた。質量と慣性に振り回されながら、何とか腰元へと引き寄せる。ホッと息を吐いて再照準。キリリとした表情で再び桜に呼びかける。
「いくよ、桜さん!」
「よし!」
近接戦を戦っていた桜が、敵の巨体を蹴って宙を舞う。そうして桜が距離を取ると同時に、愛華は多銃身砲の『引鉄』を引き込んだ。銃身が回転し、嵐の様な弾幕が飛竜の巨体へと浴びせられる。『布斬逆刃』を用いたその攻撃は、桜がつけた傷口へと照準されていた。
「このぉぉぉ〜!」
のた打ち回る飛竜に憐憫を感じながらも、しかし、容赦なく‥‥銃身が空回りするまで全砲弾を撃ち放つ。弾庫を開き、身体から弾帯を一本外す愛華。その向こうで、桜が再び飛竜へと斬りかかる‥‥
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「こちらホッグ3! 畜生、2匹の飛竜に追われている!」
3番機から入ったその報告に、聞いていた皆が身を固くした。4番機の応答なし。ホッグ1──編隊長の大尉は舌を打った。
「ホッグ3。すぐに救援に向かう。それまで何とか持ち堪えろ」
急行したホッグ1が30mmガトリング砲を浴びせ掛けて敵の1匹を引き付ける。炎に包まれた3番機は残った1匹を連れたまま、誘導もへったくれもない状態で対空陣地上空へと進入し‥‥不十分な態勢から放たれる対空砲火は、3匹目を落とし切れなかった。
待ち伏せに驚いて離脱しようとするその飛竜は、しかし、逃げ切る事が出来なかった。鐘楼から身を乗り出したのもじの姿──全身から赤いオーラを迸らせ、弓の弦がギリ、と軋む。鐘楼とすれ違い様に放たれた矢は正確に翼の付け根を打ち抜き‥‥3匹目は奥の雑居ビルに激突して墜落した。
「これぞ必殺、肉ショット!」
胸を張るのもじの向こうに現れる4匹目。ぎょっと驚いたのもじがFACを抱えて飛び下りた直後、鐘楼は炎に包まれた。
逃げ惑う対空戦車に上空から吹きかけられる炎の息。直前、対空戦車の砲手に担がれて、ルノアはそこから脱出した。爆発する車両。これ以上は無理だ、と諭されて、ルノアがギュッと唇を噛む。
「せめて、これを‥‥!」
飛び下りてきたのもじに、閃光手榴弾を託すルノア。のもじは無茶しないようにルノアに言いながら、握った拳をグッと前に突き出した。
「3匹目が廃墟市街に落ちたそうです。飛ぶ前に何とか『足止め』しないと」
予想の範囲内とはいえ、中々に厳しい事になった。硯と透夜は視線を交わしながら、無言でその認識を共有した。とりあえず、足の速いグラップラーを中心に戦力を急派しなければならない。
「‥‥そっちは頼む。こいつはきっちり片をつけておく」
「よし、2匹目の止めは透夜と愛華に任して移動じゃ! 仕留め損なわぬようにの、天然(略)犬娘!」
「大丈夫、すぐにやっつけて追いかけるから。この子も私もじゃじゃ馬だよ〜」
銃撃、いや、砲撃の手を緩めずに返事を返す愛華。4人は振り返らずに新たな戦場へと移動する‥‥
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逆巻く炎が、裏路地を行く硯とMAKOTOとを飲み込んだ。
上空から吹きかけられるそれを避ける術はなかった。廃墟の市街地には地に落ちた3匹目の他に、自在に空を飛ぶ4匹目も存在していた。罠を警戒しているのか、接近と離脱を繰り返しつつ攻撃をして来るのだが、その脅威は決して小さくない。
『虚闇黒衣』を纏いつつ炎から抜け出したMAKOTOは、痛み知らずの硯と共に3匹目へと接近を続けた。だが、その3匹目の尻尾が崩れかけたビルを殴り崩し、降りかかる瓦礫を跳び避けて後退を余儀なくされる。
「出し惜しみはなしじゃ! 一気に決める!」
スキル全開で懐へと飛び込んだ桜も、しかし、暴れる飛竜が崩すコンクリ片で思ったように攻撃できない。その上、飛来する4匹目が周囲を炎の海へと変えていくとあっては‥‥
そんな中、ついに瓦礫を抜け出した3匹目が、大空へ舞い戻ろうと助走とはばたきを開始する。それを押し留めるだけのダメージは未だに与えられていない‥‥!
「光るよ! 目と耳をきっちりがっちり塞ぐが吉!」
瓦礫の山の向こうから現れたのもじが、そう叫んで何かを飛竜の頭上へ放り投げた。一瞬、きょとんとした能力者たちが、慌てて耳と目を塞ぐ。放られた物体は一旦、飛竜の頭に跳ね返り。次の瞬間、閃光と轟音とを炸裂させた。
身を竦ませ、思わず地面へ巨体を伏す敵キメラ。混乱し硬直するその一瞬に、能力者たちは一斉に接近する。
「うおぉぉぉーっ!」
雄叫びを上げながら、『限界突破』を使用した硯がその身を弾く様に跳躍する。大鎌の軌跡が飛竜の脚部、そして、翼の根元を立て続けに切り裂き、奔る。さらにMAKOTOの音波攻撃。今度の演奏は止めを刺すまで終わらない。
「さっさと倒れるのじゃ!」
「いい加減、これで沈め!」
飛べなくなった飛竜の首に桜が光の刃を叩き付け、遅れて辿り着いた透夜が、一本に繋いだ槍と身体とを赤いオーラに染めて、その穂先を腹部へと突き上げる。傷と血に塗れながら、虫の息の飛竜はなおも空を目指す。
「空を飛ぶ者が、飛べぬ無念は分かるつもりですが‥‥」
「ごめんね。でも、見逃してはあげれない」
最後に、アグレアーブルと愛華とが、殆ど動けなくなった飛竜の頭に慈悲をくれた。
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夕暮れの戦場。
2機のA−10に追い立てられて戦場を離脱する4匹目を確認して、今回の作戦は終了した。
「ルノアちゃーん! カァムバァーック!」
夕陽に向かって、トラックの荷台で野戦病院へと連れ戻されるルノアに向かって叫ぶのもじ。馬で去るガンマンはいないが、のもじにはきっと何かが見えている。白黒だってへっちゃらだ。
「無茶な作戦だったが、何とかなったか? ‥‥この先もこういう無茶は増えるだろうが、それでもやり遂げないと」
「仕方なかろう。これで少しは撤退が楽になれば良いのじゃが。あ奴らは‥‥ジェシーたちはもう十分に苦労しておるのじゃから」
透夜の、桜の言葉に、愛華は食事の手を止めて二人を見上げた。
「この戦いは‥‥いつまで続くんでしょうね」
硯の言葉に、MAKOTOが絃を一本爪弾く。
答えは、勿論、存在しない。アグレアーブルは、無言で空を見上げ続けた。