タイトル:UT 迫る『春』の只中でマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2009/05/17 04:20

●オープニング本文


 『主戦場』は、今日も相変わらずの激戦区だ。
 UPC北中央軍西方司令部。その防空指揮所のキャットウォークに両手をついて身じろぎもせず、ユタ方面作戦参謀の大佐は、正面モニターが映し出す北米大陸西部の軍用地図を見つめていた。
 マップ上には、大陸西部に展開する敵味方の部隊が青と赤とに色分けされて表示されている。メキシコ方面、および大陸中央から沸き上がった赤い光点は見る間にその数を増し、敵HW──小型ヘルメットワームや中型爆撃機仕様を示す兵科記号と共に、西海岸目指して刻々と移動を続けていた。
「オグデンの早期警戒班よりアラート。コロラド方面より飛来せし敵戦爆連合、我が上空を通過しつつあり」
「シアトル、およびサンフランシスコ航空基地のS−01、R−01、F−104各要撃部隊発進準備中。ロスより発したインターセプターは、サンディエゴ上空にて敵編隊と接触、戦闘状態に入ります」
 西海岸の各地から刻々と上げられ続ける報告が、情報となってモニターに加えられていく。だが、作戦参謀の大佐は『定期便』の動向には見向きもせず、ただジッとユタの地だけを見続けた。
「頼むぞ‥‥何とか、成功させてくれ‥‥」
 ピッ、ピッ‥‥小刻みに移動するユタ上空の敵マーカーをひたすらに睨み据えながら‥‥呻くように呟いた大佐は、キャットウォークの手すりを我知らず握り締めた。


 蒼空を染める黒い染みだ。
 陽光をキラキラと反射させながら上空を行き過ぎるHWの大編隊を遥かに仰いで。壮年傭兵・鷹司英二郎は、口中に沸いた苦い思いを唾にして吐き出した。
「その空は俺たちのものだ。『ラジコン』どもが我が物顔で飛ぶ為にあるんじゃない」
 口中に唸って舌を打ち、どうかしたのか、と尋ねる傭兵仲間に首を振る。本当なら今すぐにでも飛んで行ってあいつらを叩き落としたい所だが、勿論、受けた依頼の重要性は認識している。今は貸しといてやるさ、今はな──皮肉気に呟いて、仲間の方へと歩き出す。
 その向かう先に、瓦礫の廃墟を掩体にして身を隠した、傭兵たちのKVがずらりと翼を並べていた。
 補給車の燃料パイプが外され、能力者たちがコックピットへと潜り込む。敵編隊が西の空に姿を消した後‥‥発進準備を整えた9機のKVは、即席の駐機場からその身を這い出させた。整備兵たちが熱烈に手を振る中、州間高速道路を滑走路代わりに離陸するKVの群れ‥‥次々と大地を離れた機体は大きく高度を上げる事なく、道路に沿って山間を抜けるように飛びながら東へと機首を進めた。

 『忘れられた戦場』であるユタの地上では、プロボの防衛部隊が絶望的な戦いを続けていた。
 後背に民間人を抱えて後退もできず、最後の防壁も破られて‥‥迷路状に組み上げた廃墟での市街戦で、何とかキメラの大群を防いでいるのが現状だ。
 だが、それも、山間を走る敵の補給線が豪雪に閉ざされていたからこそ出来た話で。春が来て雪が溶ければ‥‥増援を受けた敵は一気にプロボを突破して、そのまま多数の民間人を抱えた州都ソルトレイクシティへと雪崩れ込むだろう。
 それだけは、なんとしても避けなければならない。
 ユタ州都および近郊都市は多数の民間人を抱えて孤立する『アラモ砦』であると同時に、西海岸へ侵攻して来る敵編隊に対する早期警戒線でもあるのだ。大陸横断鉄道沿いに這う通信用の有線ケーブル──それを用いて伝えられるユタからの接近警報がなくなれば、警戒線は大きく西に後退する事になる。それは防空監視体制や迎撃準備からも余裕を失わせ、或いは深刻な影響をもたらすかもしれない。
 では、どうすればいいのか。
 選択肢は多くない。民間人を避難させて後退するにせよ、大規模な増援を派遣して総力戦を展開するにせよ、現地の部隊にはもう暫く、何とかして現状を維持して貰わねばならない。
「現状の維持。即ち、陸路を来る敵の増援、および補給物資をユタに入らせてはならない」
 かくして、傭兵戦力による敵補給路への攻撃計画が立案される事となった。敵攻撃隊をやり過ごし、敵戦線の内側へと進攻して、地上を行く補給部隊を殲滅する──撃破に手間取り、離脱が遅れたら敵中に孤立しかねない、そんな危険な役割こそが、彼等に与えられた『使命』だった。

「『ワイルドホーク』より全機。敵の地上輸送部隊と思われる車列? を発見した」
 先行する鷹司機からの報告に、能力者たちは緊張の小波をその身に走らせた。サブモニターに鷹司機が撮影した静止画像データが転送されてくる。鷹司の機体は、ドローム社が提供した実戦運用テスト中の改良試作型ロングボウで、複合式誘導装置を構成する一機材でもある多機能型ガンカメラは、偵察任務にも十分耐え得る性能を持っていた。
「目標は、路上を走行中の‥‥なんだこりゃ? 多脚装輪型の地上用輸送ワーム? えー、『箱持ちムカデ』が8機! 武装は不明。参謀連中の予想では、補給物資と、恐らく大型キメラも搭載していると思われる。各自、事前に決した作戦内容に従って目標を撃破せよ」
 

 その戦場より少し離れた森の中。
 電磁迷彩ネットを被った旧式地上用ワームのハッチから半身を出した人影が、装甲の上に広げた地図上にKVの駒を動かした。
「彼等に選択肢は多くない」
 風が動き、人物の前髪を静かに揺らす。その人影の向こう側──蒼空を背景に、小型HWの威容が静かに浮かび上がっていく‥‥
「まさに。憐憫すら感じる程に」
 傍らに浮遊していたHWが急加速し、放たれた矢のように空へと飛び出す。地図が風にはためき、いつの間にか人型形態に変形していたKVの駒が煽られてパタリと倒れ‥‥
 人影の口の端が小さく笑みを形作る。その前に置かれた地図の上。倒れたKVを取り囲むように配された小型HWの3D映像が、ゆっくりとその輪を縮め始めていた。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
城田二三男(gb0620
21歳・♂・DF
アーク・ウイング(gb4432
10歳・♀・ER

●リプレイ本文

 故郷には然したる愛着もない。むしろ、思い出したくも無い記憶が多くを占めている。
 山間を縫う様に飛ぶKVのコクピットの中で、アグレアーブル(ga0095)は、風防の外に広がる単調な景色を見るともなしに眺めつつ、ぼんやりとそんな事を考えた。
 掃き溜めの様な裏路地と、そこに似つかわしく薄汚れた自分。影絵の様に立ち塞がる崩れかけたビル群に、狭く、小さく、切り取られたあの青い空だけが。幼い自分が手にする事が出来た、唯一の美しいものだった‥‥
「それにしても、なんとも笑えない例えですね、ユタの現状が『アラモ砦』とは。‥‥『アラモを忘れるな』。そんな事態になるのは御免です」
 無線機越しに聞こえてくるセラ・インフィールド(ga1889)の言葉が、アグレアーブルを現実へと引き戻した。ユタには、これまでの依頼で係わり合いになった人たちがいる。勿論、そんな事態を招かぬ為に、自分たちはここにいるのですが‥‥そう続けるセラの言葉に、アグレアーブルは無言で頷いた。
「敵の兵站を叩くは、寡兵で大軍を相手にする際の常道ではありますからな。少数精鋭で、隘路の輸送隊を、迅速かつ確実に殲滅し、敵増援の到着前に撤収する──」
「確かに常道だとは思います。けど、バグアもすぐに援軍を寄越すでしょうから‥‥やっぱり楽な仕事にはならないかな」
 まさに『言うは易し、行なうは難し』。飯島 修司(ga7951)の言葉を受けて、アーク・ウイング(gb4432)は頷きながら、改めて気を引き締め直した。
「だからこその山間強襲です。こちらに有利な地形で一気に叩く──その僅かな差が成否を分かつというのなら、そこに最善を希求するのみ」
 国谷 真彼(ga2331)の強い言葉がレシーバー越しに耳朶を打つ。真彼は皆に語りかけるように言葉を続けた。
「この空を、僕等は必ず取り戻す。そうでしょう?」
 空を取り戻す。その言葉にアグレアーブルはハッとした。
 故郷には然したる愛着も無い。だが、『彼女』の空をバグアが汚すというのなら。
 今の自分にとっても、きっと‥‥そう、『癪である』に違いない。
「‥‥そうですね。何としても成功させないと」
 自らに言い聞かせるようなセラの声。そこに敵輸送部隊の発見を告げる鷹司の声が重なった。
「では、各機。状況Aです。事前に決めた作戦通りに」
 修司の最終確認を合図として、能力者たちが次々に覚醒する。アグレアーブルはエアマスクをヘルメットに装着すると、瞳を金色に光らせた。
「決壊は‥‥食い止める」
 目標視認! 鋭く発せられた綾嶺・桜(ga3143)の警告が、状況の始まりを告げていた。


「強襲をしかけます! まずは先頭を潰し、後続の足を止めましょう!」
 山あいを這うように走る道の上。一列縦隊で進む『箱持ちムカデ』の進路上に、低速進入してきた真彼のウーフーが人型へと変形しながら着地した。舞い上がる砂塵。脚部で衝撃を吸収しつつ、多銃身光線砲を腕部へと展開する。その斜め後方に、同様に降下してきた城田二三男(gb0620)のロビンが下り立ち、装輪を弾ませながら前進を開始する。
「‥‥今度はムカデもどきか。‥‥連中、ああいうゲテモノが好きなのだろうかな‥‥?」
 誰にとも無く呟きながら、二三男はレーザー砲を箱持ちムカデの脚部へ向けた。パパパッ、と続けざまに放たれる光の槍が、真彼機の放つ光弾が、光の雨となって敵の接地面を乱打する。
 その上空を通過していく桜の雷電。そのコックピットでちらと後方に目をやりながら、桜は無線機のマイクに叫んでいた。
「二人とも、警戒は任せたのじゃ。‥‥一緒くたに落ちるでないぞ? また助けに来るのも大変じゃしの!」
 桜の言う『二人』とは、空中警戒の為に残る鷹司と、後方で支援する友人の響 愛華(ga4681)の事だった。逆に心配してくる愛華に苦笑しながら、桜は山一つを迂回しつつ、敵後方へと回り込む。
 能力者たちは4機ずつ二手に分かれ、狭隘な地形を利用して前後から敵を挟撃しようとしていた。
「南サイド、敵影ありません。アグレアーブルさん、そちらはどうですか?!」
「‥‥北サイド、反応なし。斜面林内、道路上、共に伏兵は見られません」
 敵後方周辺をセンサーと目視とで索敵して、安全を確認したアークとアグレアーブルが結果を僚機に報告する。それを聞いた修司が失速ギリギリまで減速しつつ、ディアブロを人型へと変形させた。収納されていたレッドマントが展開され、鮮やかな赤を大きく空へと広げる。マントをはためかせて着地するディアブロにそれを翻させながら、修司は地殻変化計測器を大地へと突き立てた。
「‥‥反応なし。地中もクリアです。索敵は継続中」
 膝立ちの機体を立ち上がらせる修司。その横に、ECCM──強化型ジャミング中和装置を起動したアグレアーブルのウーフーが降下し、周辺を警戒しつつ退路──離陸用のスペースを確保する。その前方には、狙撃砲を抱えたアークのシュテルンが、4つのスラスターで姿勢制御、人型形態で舞い降りてそのまま立射姿勢を取る。
 最後に降下してきた桜の雷電は‥‥その勢いもそのままに、振り被ったハンマーボールを最後衛のコンテナに叩きつけていた。
「ジェシーたちにこれ以上、苦戦させるわけにもいかぬでの。その荷物、全て壊させてもらうのじゃ!」
 まだ開き始めてもいなかったが巨大なコンテナがひしゃげて変形する。ぐるんちょと引っ張り回して再攻撃。結局、何が入っていたのか分からぬまま、巨大コンテナは火を吹き、爆発した。続けざま、後方から修司機とアーク機の狙撃砲が撃ち放たれ‥‥脚部とコンテナに次々と吸い込まれるようにして直撃する。
 一方、敵の隊列は未だ前進を止めていなかった。
「いい加減、止まって下さいよ!」
 敵機側面へと突進したセラのシュテルンが、KV用チェーンソーで敵の脚部を薙ぎ払う。何本かが斬り千切られて吹き飛んだが、全長30mを越える箱持ちムカデには焼け石に水。反対側の脚部に放たれる真彼機と二三男機の容赦ない火力も、装輪部を焼き貫き、脚部装甲を砕いてはいるものの‥‥ワームは文字通り百足のように這い進む。
「箱持ちムカデか。また不思議なやつが出てきたと思っていたら‥‥或いはこれを想定しての多脚装輪なのかもしれんな」
 スラスターライフルで脚部を掃射する灰色塗装のディスタンにあって、敵の能力をそう解析しながら、リディス(ga0022)がそう呟いた。
「けど、それもあと僅か‥‥先頭と殿、2機の足さえ止めれば、動けない百足のコンテナなど‥‥!」
 鼓舞する真彼の目の前で、先頭機のコンテナがゆっくりと開き始める。リディスはそれを見て舌を打つと、ライフルを構えたままの愛機を側方へと跳躍させた。
 ディスタンとは思えぬ機動性で火線のない逆サイドへと回り込み、多脚を足場にして跳躍しながら、機刀『セトナクト』を抜き放つ。
「鬼が出るか、蛇が出るか‥‥っ!」
 超音波振動の咆哮を響かせながら、開きかけたコンテナの中身に──顔を見せかけていた多連装型拡散フェザー砲に刀身を叩き込む。
「武装!?」
 意外な中身に驚きながら、爆発するそれから跳び退さる。隣りでは、コンテナの隙間にグレネードの砲口を突っ込んだセラ機がその引金を引いていた。吹き出した爆風に飛ばされながら着地するシュテルン。コンテナの隙間から、赤い液体が滝のように流れ出た。
「‥‥二つ目のコンテナは、大型恐竜キメラ『D−Rex』でしたか。4匹ほどでしょうか」
 二人が感じた微かな違和感。だが、その正体を詮索している暇はなかった。
 2機目のムカデの3つのコンテナが完全に開き、4匹ずつ計12匹のD−Rexが溢れ出していた。


 降下開始から約1分。ついに、先頭と最後衛、双方のムカデが破壊された。
 敵は逃げ場を失い、両端を縛った小豆の袋も同然だ。2機ずつでペアを組んだ能力者たちは、それぞれムカデの両脇から隊列中央方面へ前進を開始する。降車した、計24匹のD−Rexを排除しながら。

 牙を振り乱して向かってくる恐竜型キメラに向けて、アークは抜き放ったR−P1マシンガンを撃ち放った。
 意にそわぬ舞踏を強制されて倒れ伏すD−Rex。それに怯まず、自らも血塗れになりながら突っ込んで来る敵の姿に、アークは思わず一歩、機を退がらせようとして‥‥後方から放たれたレーザーがそのキメラを貫いた。
 機刀『黒双羽』でそれを斬り捨てながら、アークが僚機を振り返る。
「アグレアーブルさん!」
「大丈夫ですか? 次、来ますよ」
 ムカデを挟んだ反対側では、修司と桜が1匹ずつ確実に潰しながら前進を続けていた。修司機の狙撃砲が正確に恐竜の脚部を射抜き、倒れた所を桜機のハンマーが叩き潰す。
「‥‥なんか、餅つきみたいなのじゃ」
 言い得て妙なその表現に、修司も思わず苦笑する。
「‥‥開けてびっくりなんとやら、か‥‥有り得るとは思っていたが‥‥」
 どこまでも淡々とした口調で嘆息しつつ、二三男は、横合いの斜面から突っ込んできた恐竜に慌てる事無く機を正対させた。円形盾で牙を受け弾き、体勢の崩れた所をレーザー砲で切り刻む。斜面に倒れ伏した敵からは、赤い砂地が伸びていく‥‥
「バグアだって、内容物の識別は必要なはずなんだ。なのに‥‥」
 箱持ちムカデのコンテナに差異は見られない。真彼は首を傾げた。目に見えない識別方法でもあるのだろうか。或いは‥‥この荷は、識別する必要がない‥‥?

 最初に『3両目』へと辿り着いたのは、リディスとセラのペアだった。
 リディス機に掃射される恐竜たちを横目に、セラが機が大きく跳躍させて斜面に開けた木々の間に着地する。垂直離着陸機構を持った機体ならではの芸当だ。
「未だ開かない隊列中央の4機のコンテナ‥‥という事は、あれに補給物資が」
 攻撃態勢に入るセラ機の目の前で、中央2機のコンテナが大きく空へと跳ね上がる。思わずそちらに──空っぽの蓋に目を奪われる能力者たち。その下で、荷台から浮き上がる6個の立方体‥‥
「CW(キューブワーム)!」
 気づいた時には遅かった。脳を貫く強烈な頭痛が視界をぶらす。
 戦闘能力を大きく落とした能力者たちに、僅かに生き残った恐竜が迫る。その背後では、残った2機の箱持ちムカデが3機ずつに分離して‥‥コンテナに積んだ多連装型フェザー砲を覗かせ始めていた。


「みんな、逃げて! そっちにHWの大編隊が接近中なんだよ!」
 愛華機から連絡を受けて、鷹司はガンカメラを周囲へ向けた。数えるのもバカらしくなる程の敵影に悪態を付きながら、しかし、CWの強力なジャミングでその報せは届かない。鷹司は舌打ちをひとつするとA−1を地上に降下させ、特殊能力と多目的誘導弾による長距離攻撃によってCWを破壊した。数が減り、なんとか戦闘能力を取り戻した皆がCWを撃ち減らす。だが、その間にも貴重な時間は失われていた。
「全周8方向各3機‥‥攻撃隊が引き返したにしては数が多いし、早すぎる」
「なるほど。餌に喰いついたのはこちらだったという訳だ」
「‥‥まんまとしてやられたか‥‥ちっ、退くしかない、な‥‥」
 戦果の拡大など諦めて早々に離脱すべきは明らかだった。能力者たちは潮が引くように攻撃発起点へと後退する。追って来る『ムカデ1/3』の群れに煙幕弾を叩き込み、後衛から順に道路を滑走する。
「これは‥‥」
 垂直離着陸能力を持つシュテルンのセラとアークは真っ先に上昇して上空を確保したが‥‥その敵の数に思わず絶句した。計24機。未だ到着には間があるものの、全方向から等間隔で距離を詰めてくる。
 動けなかった。敵の射程に入った瞬間に、火力劣勢の状況で十字砲火を喰らうのは確実だった。だが、このままでも包囲の環はいずれ閉じる‥‥
「急げ! 敵の包囲網が完成する前に撤退するのじゃ!」
 盾をかざして離陸する味方の盾になりながら、最後に桜が変形して離陸する。同じく、最後に離陸してきた前衛機と共に皆と合流しながら‥‥その敵の多さに改めて舌を打つ。
「まだ包囲網は完成していない。ブーストを焚いて一気に接近。全火力を叩きつけて一点突破し、離脱する。方向は、基地のある西。いいな?」
 リディスのその案は、皆、心を同じくするものだった。それは全く正しい。正しいと分かるが故に‥‥
 鷹司は無言で落伍した。
「CWに特殊能力を使い切ってな。ブーストを焚く練力が残ってないんだ。お前たちは先に行け。なに、必ず帰ってみせるさ」
 無線機をoffにして、そんな事を呟く鷹司。グルリと周囲を囲んだ敵との距離を測り、最善手を希求しようと‥‥
 ふと、そのコックピットに影が落ちる。怪訝な顔で見上げたその先に、真彼のウーフーが覆い被さるように飛んでいた。
「大丈夫。電子戦機だからといって、そう簡単には落ちませんよ」
 そう、堕ちてたまるものか。こんな所で死んではいられないし、死なせてもいられない。あくまで『全員』で帰らなくちゃ意味がない。
「まったくじゃ。全機、鷹司機を囲むように機位をつけよ。A−1は打たれ弱いでの」
「各機、機体の損傷を報告して下さい。相互援助の飛行隊形を取ります」
 横につく桜の雷電とアグレアーブルのウーフー。鷹司機の周囲に、続々と能力者たちの機体が集まっていた。
「では、突破しましょうか。みんなで」
「‥‥バカ共が」
 前方、西方向に展開するは3機ずつ計9機。その一方に向かって修司がM−122煙幕装置を撃ち放つ。
 大空に湧き上がる煙の大花。高速で移動する空中戦において、その効果は限定的なものでしかない。だが、その僅かに稼いだ時間こそが、修司や能力者たちが求めていたものだった。
 リディス機の88mm砲、アグレアーブルの放電ミサイル、桜機の螺旋弾頭ミサイルが、西方ただ1機の敵に襲い掛かる。続けざまに集中砲火を受けて爆散するHW。残った2機も他KVの近接火力に細切れにされる。
 斜め方向から撃ち放たれる砲火は無視し、応戦もせずに一気に抜ける。そのまま一直線に味方の前線まで駆け抜けて‥‥それを愛華機と正規軍とが出迎えた。
「しかし、今回の敵の動き‥‥明らかに何者かの意志が働いているようじゃったが‥‥」
 速やかに撤収する敵HW編隊を振り返って、桜がそう呟いた。


「驚いた。包囲網が完成するまでの僅かな時間に突破したのか。結構、ギリギリのタイミングだったはずなんだが」
 夕闇に沈む森の中。旧式の地上用ワームに乗った人影が呆れた様に呟いた。
「能力者なるものに会っておきたかったんだけど‥‥まいったなぁ。1機くらいは落とせると踏んでいたんだが」
 その為に補給物資を後回しにして戦力を持って来たというのに。ワームこそ残っているものの、生き残ったD−Rexも3体のみという体たらくだ。
「ワームを突っ込むというのは俺ルールに反するし‥‥また頭を下げるしかないかなぁ」
 ぶちぶちと、うじうじと。人影が発する愚痴の数々は、いつまでも戦場跡に響いていた。