●リプレイ本文
敵は比較的損害の軽い機体を外周に配置して襲撃を警戒していた。だが、海側に配されていた『歩哨』は僅かに2機。ホーネット隊の奇襲を防ぐには明らかに少なすぎた。
センサー上に突然現れた反応に、機首を海面に向けた時には何もかもが手遅れだった。
反撃は勿論、照準する間もなく、装甲を無数の光弾に貫かれたHWが爆散する。その光学センサーが最後に捉えた映像──浅海にその身を立たせる3機のビーストソウルと水中形態のテンタクルス──は、僚機に転送される間もなく炎に消えた。
「上陸作戦開始。‥‥獣の魂は不滅だぜっ。ソフィア機、先行するよ!」
ソフィア・アナスタシア(
ga5544)がブーストを噴かし、腰溜めにした機体を一気に波打ち際まで跳躍させる。剥がれ落ち、花弁の様に舞う薄氷──HWが仰角を取った時には、飛び込んだソフィア機がその装甲を機杖で思いっ切りぶん殴っていた。強かに打ち据えられ、弾かれるままに距離を取る敵ワーム。その背後に突っ込む旭(
ga6764)機が、肩部パーツに装着した剣翼で走り抜け様に斬りつける。背部装甲を切り裂かれたHWは浮遊したまま爆発した。
「‥‥『げぇっ、関羽!』」
「え?」
「いえ、何でも。奇襲は成功したようです。『鉄は熱い内に打て』。バグアも動かない内に討っちゃいましょう」
重装備の綾嶺・桜(
ga3143)機が砂浜に着地するのを視界の隅に、内陸側への進攻を再開する旭機。その後ろをフォローするように、水中形態を維持した美海(
ga7630)のW−01改がホバーで波を蹴立てながら一気に上陸、猛スピードで西進し始めた。
「海の狼は地上でも最強! ガンホー、ガンホー、ガンホー! なのであります!」
冷や飯喰らいが続いた所為か、常より3割ほど高いテンションで突っ走る美海。敵本隊を射程に収めた瞬間、フットバーを蹴っ飛ばして機体を横に滑らせながらレーザーバルカンを浴びせ放つ。機体を浮遊させる間もなく、HWが1機吹っ飛んだ。
「わ、わぅ〜、みんな物凄く気合いが入っているんだよ‥‥私たちも負けてられないよ!」
次々と戦場へと突入する4機のKV‥‥正面攻撃を担当するA班の士気の高さを感じ取って、響 愛華(
ga4681)はグッと拳を握り締めた。水中用キットを装備した彼女の阿修羅と、佐渡川 歩(
gb4026)のW−01改、そして、正規軍8機からなるB班は、A班と同時に別地点から上陸、敵集団の側面へと回り込む事になっていた。遮蔽物の無い砂浜と平原‥‥敵はもう上陸したこちらに気付いてるはずだ。遅れれば、整然と並んだ敵の砲列が彼等を迎える事になる。
「えぇっと、『海兵隊の強さを思い知らせてやるんだよー!』‥‥これでいいんだっけ? と、とにかくっ、みんな怪我しないように頑張らないと、私がご飯を変わりに全部食べちゃうからね!」
愛華の言葉に沸き上がる兵隊たちの悪態と悲鳴。ホーネット隊の猛者たちを相手にしても、愛華の喰いっぷりは断トツだった。
その通信はA班の桜の元にも届き、桜はコックピットで一人苦笑した。
「まったく、あやつは‥‥お主こそ無茶をやらかせば食事抜きなのじゃぞ?」
砕けて炎を上げるHWからハンマーボールを引き上げながら、ちらと突進するB班を見る桜。計10機からなる彼等は、鶴が翼を広げる様に隊列を伸ばすと、半包囲するように敵集団の側面に張り付こうとしていた。
「敗残のHW集団‥‥まさか罠なんて事はないですよ、ね‥‥?」
心配そうに独り言ちながら、歩は地殻変化計測器を地面へと突き立てた。この『半死半生』の集団を敢えて囮にして自分たちを誘い込み、待ち伏せる本命、例えば『アースクエイク』とかで逆奇襲を敢行する──その可能性を警戒したのだ。
「さて、どうしてこ奴等はこんな所にいるのやら。回収待ちなのか、歩の言うように罠なのか‥‥」
「ホント、上陸と同時に周辺警戒、増援の可能性とかその他諸々‥‥どんなアンコールが待っているのか、楽しみじゃないけど楽しみだー」
右腕部にそれぞれ格闘武器を装備した桜機とソフィア機が、左腕でグレネードを引っ張り出す。色々と大変だけど、やるしかない。
一方、横列を組んでガトリングの砲撃を開始する正規軍部隊の端に、獲物を追う肉食獣のような動きで愛華の阿修羅が急停止していた。両肩マウント部分の防水カバーが弾け飛び、装備したグレネードが展開される。
「わぅ! こんなのは如何かな!」
続けざまに火を吹く両肩のグレネード。続くように桜、ソフィアもグレネードを撃ち放ち、一拍遅れて、旭が着弾の少なそうな奥を狙って引鉄を引く。緩やかな弧を描いて飛翔した榴弾は、密集した敵集団に降り注ぎ‥‥着弾と同時にそこかしこで爆発した。SESエネルギーを付与された弾片が超高速で周囲に飛散し、HWの装甲をズタズタに切り裂く。止めを刺されたHWの爆発が、首飾りの様に連鎖した。
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「奇襲は成功、現在まで水中に敵影無し‥‥僕等は予定通り『イレギュラー対策in海中』というわけですね」
どこかのんびりとした須磨井 礼二(
gb2034)の語り口に、鏑木 硯(
ga0280)は無理もないか、とその口元を小さく綻ばせた。
薄暗い海の青とぼんやりと広がる白い海底──どこか現実離れした、戦場の喧騒も遠い静寂の世界に止まっていれば、それも無理からぬ話。だが、海中に残った彼等こそが‥‥岩場の陰に紛れて機を沈底させた硯のKF−14改と礼二のRB−196こそが、予測され得る『海中からの敵増援』を警戒する最前線なのだ。
「内陸でなく海岸部に集結している事から、補給なり、回収部隊なり、援軍なり、海から何らかの増援があるはずです。‥‥奇襲を掛ける我々が、逆に奇襲されたりしたら洒落にもなりませんからね」
「同意です。でも、地上にアースクエイクが現れるようなら、流石に僕たちも上陸しないとまずい事に‥‥」
「シッ‥‥」
硯の制止。礼二は黙って口を噤むと、無言のままパッシブソナーの感度を最大に引き上げた。雑音が除去された後に残る水中推進音‥‥何かが2機、こちらへと近づいてくる。
二人は言葉を交わす事なく、淡々と戦闘準備を整えた。やるべき事は事前に決めてある。戦闘開始と同時に地上に連絡。対処が可能なようならば、こちらで最大限の打撃を与えておきたい。難しいようならば‥‥敵の足止めをしつつ、地上班が戻ってくるまで時間を稼がねばならない。
「言うは易し、ですけどねぇ」
礼二の呟きが聞こえたわけではなかろうが、硯が小さく眉根を寄せた。敵がこちらを感知したと思しき動きを見せたからだ。大型銃器を展開しつつ、2機で『斜陣』を取る敵ワーム‥‥恐らくは、有人機。
「プロトンランチャーを装備した、2機の水中用ゴーレム‥‥? まさか、ね」
アジア決戦時、インド洋での悲劇を思い起こして硯が小さく首を振る。
岩場を盾に硯機と礼二機がガウスガンを構える。敵は単位距離20でもって、プロトンランチャーによる砲撃を開始した。
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バグアの無人機用戦闘プログラムは優れものだ。
感情も無く、驚愕も恐怖も無く、このように奇襲を受けても、冷徹に、即座に戦闘態勢を整え、反撃する。
だが、戦術的な判断に関しては、人類や有人機には及ばない。彼等に指揮官がいたならば、反撃など早々に諦めて、さっさと空に逃げ出していただろう。
「1機たりとも空には逃がさぬ! 落ちるのじゃ!」
味方の砲火を潜り抜けて下がって来たHWが、新たに受領した命令に従って高度を上げる。だが、ブーストを焚いて跳躍した桜のRB−196は、HWよりさらに高い位置にその機体を押し上げていた。跳躍姿勢のまま、左腕を大きく前に出してカウンターバランスをとった桜機が、振り被ったハンマーボールを思いっきり叩き付ける。機体の半ば以上を粉砕させられたHWは殴られた勢いそのままに地面に激突、大きく跳ねて爆発した。
ズン、と着地する桜機に向けて一斉に放たれるフェザー砲。無造作に『握り拳』を向けた桜機の、その拳の中心からオラオラとかアタタタタとか叫びたくなる拳弾が放たれ、HWを文字通りボコボコにしていく。
そんな桜機の向こう側。突如平原に湧き起こった白い煙幕の中から、人型に変形した美海のテンタクルス‥‥いや、行動力を大幅に向上させたスーパーテンタクルスが、煙を割るようにして砲列の前へと飛び出した。敵が照準するより早くその懐へと入り込み、レーザークローを一閃させる。辛うじて浮遊していただけのHWが小爆発を起こして宙を舞い、続けざまに振るわれた光爪がその隣りの敵をも切り落とす。
大ダメージを受けたHWが体勢を戻した時には、美海機は既に素早く戦場を移動していた。その背に復讐の砲火を吐き出そうとしたHWは、しかし、横合いから浴びせられた砲弾の豪雨に打ちのめされて爆散する。
「B班全機、並列前進開始です。地上から敵を追い出しましょう」
歩機を筆頭に、ずらりと横一列に並んだW−01改の集団が、ヘビーガトリングを撃ち振りながら制圧前進を開始した。撃墜を狙わず、自らの担当射界に存在する敵へと砲撃を続けるW−01の群れ。それを確認した歩は操縦席でホッと息を吐いた。空には極東軍のKVが待ち構えており、地上撃破に拘るよりも複数の敵を弱体化させる方が全体の効率は良い。だが、面子の問題もあり、今の今まで正規軍がこちらの方針に従ってくれるか不安だったのだ。
側面から正規軍の圧迫を受け、HWの集団がドッとA班の前面に崩れてくる。敵集団に投げ掛けられる火線の網。地を這うように弾幕を避ける敵、砲弾の嵐に打ちのめされながらも無理矢理に上空へと突破する敵‥‥それらを冷静に見極めながら、旭は未だ動きに力のあるHWや反撃を試みる敵に照準をつけると、正規軍と十字砲火を形成するようにガトリング砲を撃ち放った。正面と側面と、双方から猛烈な勢いで浴びせられる砲弾にあっという間に装甲をひしゃげさせて、穴だらけになったHWが炎を噴いて地に落ちる。
「‥‥『げぇっ、関羽!』」
「だから、それって何なのさ?」
「気にしないで下さい。『待て、それは孔明の罠だ』。特定の状況に対する定型文みたいなものです」
旭の答えに頭上にクエスチョンマークを浮かべながらも、ソフィアはこちらへと逃れて来た敵に向かって前に出た。クルクルと回した機杖を握り、下から掬い上げる様にしてHWの『顎』を打つ。大きく仰け反り、腹を晒した敵にすかさずガトリング砲弾を叩き込む。火を噴いた敵がクルクルと回転しながらソフィア機の横を飛び過ぎ、後方に落ちて爆発した。
C班から、海中から接近する敵の存在を報せる連絡があったのは、そんな折の事だった。
敵はプロトンランチャー、およびバグア仕様ディフェンダーを装備した水中用ゴーレム2機──愛華は嫌な予感に眉を潜めた。
「C班の援護に向かわないと! 正規軍からも何機か出して欲しいんだよ!」
「ええい、3機連れて行け!」
「ありがとう!」
すぐさま四つ足で地を駆ける愛華の阿修羅。その後を歩機を含めた4機のW−01が続く。
「強敵じゃ。無理はするでないぞ、愛華!」
横合いから掛けられた桜の言葉も聞こえたかどうか。愛華は暗い海への恐怖も忘れて、波打ち際から大きく機体を跳躍させた。
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撃ち放たれた初撃を、硯は岩を盾にする事でやり過ごした。だが、続けて放たれた二撃目をかわす事は出来なかった。
7色に輝く鮮やかな光線が硯機の装甲を泡立たせ、融解させる。衝撃と浸水音。警報が鳴り響き、計器盤の警告ランプの幾つかが赤く染まる中、硯は手早く対応するスイッチを幾つか叩いて致命傷を免れた。
或いはこのまま射程外からの砲撃が続けば、硯と礼二の二人は愛機の残骸を海底に晒していたかもしれない。だが、HW群の離脱援護が目的である敵は接近を続け、二人は岩場という有利な地形を失わずに済んだのだが‥‥それも近接戦闘距離に敵が侵入するまでの話だった。
「白兵、来ますよ!」
それまでガウスガンによる斉射を盾の陰にやり過ごしながら接近してきた先頭のゴーレムが長剣を展開するのを見て、硯は礼二に警告の叫びを上げながら、左腕で『氷雨』を抜き放った。岩場に乗り込んできたゴーレムがその盾ごと硯機にぶつかって来る。押し退けられ、続けざまに振るわれた剣撃を、硯は氷雨で受け止めたが、受け切れずに肩部の装甲がひしゃげて泡を吐く。反撃は、ゴーレムの盾を打ち、側頭部を切り裂き、そして肩口へと喰い込んだ。そのままガウスガンを握った右腕で押し込んで大きく切り抜く。敵の再反撃はさらに苛烈を極め、硯機はその3撃目でメインタンクの一つを突き破られた。
「硯君っ!」
浅い海底に沈降を始める硯機の横合いから、礼二機が突っ込んで来る。躊躇う事無く練剣『大蛇』を引き抜くと、硯機に止めを刺そうとするゴーレムの右腕を半ばまで斬り裂いた。
「あと2撃‥‥っ!」
急激に減少する練力計を横目に、振り下ろした練剣を斬り上げる。切り裂かれた装甲が灼熱して赤く染まり‥‥最後に礼二は、硯が切り裂いた装甲の隙間に練剣の『柄』を突っ込んだ。バシュッ! と閃光が弾け、超圧縮レーザーが背面へと突き抜ける。小爆発が衝撃となって海中に響き渡った。
「やりましたかっ?!」
これで練剣は打ち止めだ。だが、爆発で噴出した気泡の向こうから伸びてきたゴーレムの腕が礼二機の頭部を掴み、装甲板が半ば千切れかけた右腕が持つ長剣が礼二機の腹部を突き刺し、抉り、突き破った。警告灯に染まる操縦席。いくつかのバラストタンクが破裂して、礼二は敵を蹴り飛ばして距離を取りながら圧搾空気のボンベを閉める。大破したゴーレムもそれ以上の追撃をかけてこないものの、無傷の後衛とその位置を入れ替える‥‥!
「このおぉぉ!」
海中へと飛び込んできた愛華機と歩機、そして正規軍機が、装備した水中用ミサイルをゴーレム目掛けて一斉に撃ち放った。遠距離から牽制の為に放たれたそれを盾で受けながら、尚も接近するKVにプロトンランチャーを撃ち放つ。愛華機と歩機が怪光線に装甲を焼かれ、正規軍の2機が立て続けに大破して沈降する。
(「このままだと、各個に撃破される!?」)
飛び交う怪光線を全力で避けながら‥‥しかし、敵ゴーレムはそのまま後退を続けて戦場から離脱していく。
次々と海中へと進入するA班4機と残正規軍機。無人機とは異なり、2機の有人機は戦術的に無意味な戦闘に拘泥したりはしなかった。
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純粋な戦闘に関して言えば、2機の水中用ゴーレムに翻弄されたと言って良い。
だが、戦術的な視点から言えば、ゴーレムは上陸を阻まれ、回収目標であったHWを支援する事が出来なかった。
この海岸に集結したHWの実に8割が地上撃破され、残る2割は空中に退避し得たもののダメージが大きく、待ち構えていた極東軍KV部隊に殲滅された。文字通りの全滅である。
北中央軍部隊は2機損失、死傷者なし。
圧勝であった。