タイトル:Uta戦線 冬の終わりにマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/28 01:35

●オープニング本文


 プロボ及びオレムの失陥は、最早、避けられまい──
 それが、ユタ戦線の現状に対する、UPC北中央軍西方司令部の認識だった。
 州南方より北上するキメラの軍勢。それを押し留めていたのは、最後の防衛線に拠って粘り強く戦い続けて来た防衛部隊の奮戦と、なにより、敵の地上補給路を寸断した山岳部の積雪──『冬将軍』に拠る所が大きかった。
 だが、その長い冬も、もう終わる。
 現地の防衛部隊は既に疲弊し切っており、敵の現有戦力を押し留めるのがやっとの状態だ。ここに東部から新規兵力が到着するような事があれば‥‥その攻勢に耐える事はできまい。
「どうするのだ!? プロボを突破されたらオレム、そして、州都まで一気に抜かれる。州都の本隊は多数の避難民を抱えているのだぞ!」
「その上、周囲を徘徊、跋扈するキメラの度重なる接触を受けている。各避難キャンプを維持するのが精一杯だ」
「我々は、避難民という雛を守る卵の殻だ。『キメラの海』の只中に避難民を抱えて孤立している以上、全周防御は必須。縦深を取る事も出来ない」
「纏まった数のキメラの部隊がただ一方より侵攻して来たら、卵の殻ではその圧力に抗し切れない。数万人規模の虐殺が起こるぞ」
 現地のユタ防衛独立混成旅団司令部の見解も、西方司令部のそれと同じであった。そして、より深刻だった。
 旅団本部で顔を付き合わせた幹部たちは、結局、にっちもさっちもいかない現状を再確認して沈黙した。この世にはどうにもならないものが確かに存在しており、数式や物理法則の類と同じく、策を講じたり唾を飛ばして罵り合った所で大勢は変わりはしないのだ。
 それを考えれば、「万策尽きた」とばかりに西方司令部に善処を求めて丸投げした旅団幹部たちの決定は、あながち間違いとも言えない。現場レベルでの対処と検討は、西方司令部の作戦と方針が決まってからの話ではある。
 それが分かっていても尚、中佐は旅団本部に失望を禁じえなかった。彼の部下たちは、未だプロボで絶望的な戦いを継続しているのだ。大隊が後衛戦闘を開始して以来、伸ばし続けてきた髭ももう随分と長くなった。
「西方司令部に援軍を求める、それは結構。ですが、まず、足元についた火から消していかんとならないでしょう。オレムに残された市民、800人。彼等をどう州都まで避難させますか?」
 中佐の言葉に、旅団幹部たちは不機嫌そうに押し黙り、或いは天を仰いだ。
 州都・オレム間は距離にしておよそ70km。『野放し』にされたキメラが徘徊する土地であり、非戦闘員の集団が移動するには決して安全とは言えない道だ。
 それに、輸送手段の問題もあった。オレムには800人を運べるだけの車両がはなく、州都からコンボイを派遣するにしても、往復でどれだけの被害が発生するかが懸念された。州都4万人の避難を考えると、輸送車両はいくらあっても足りないと言えた。言ってはならない事だが、『たかが800人』を救う為にそれ程の被害を出しても良いものだろうか? ベストよりベターを希求するべきではないのか?
 旅団幹部たちの無言の声が中佐には分かる。自分が彼等と同じ立場なら、同じ様に考え、実行するだろう。
 中佐は無言で立ち上がると、泥と埃に塗れたコートを手に取った。
「プロボに保持してある大隊の兵員輸送車両を避難に使います。旅団には受け入れ態勢の準備をよろしく願います」
「待て。それでは、プロボで戦っている君の大隊はどうなるというのだ」
 旅団長が立ち上がり、中佐を呼び止めた。人の好い有能な、しかし負け続きの旅団長に、中佐が半身だけで振り返る。
「どちらにせよ、民間人を見捨てて逃げるわけにはいかんでしょう。オレム、そして州都に取り残された市民が避難できるよう、出来うる限り時間を稼ぎます」
 旅団を逃がす為に、とは、敢えて口にしなかった。厭味の一つくらい言える立場ではあると思うが、いや、私も大人になったものだ。達観したように苦笑しながら、中佐はドアノブに手をかけた。
「‥‥どこに行くのかね?」
「大隊に戻ります。部下たちはまだ戦っていますから」
 振り返り、丁寧すぎる敬礼を一つ返す。幹部たちの力ない視線が彼を見送っていた。

 2009年3月下旬。ユタ州プロボ防衛線──
 防衛隊が最後に拠るべき防壁は、激戦の末、刃の欠けた櫛のような有様になって遂に放棄された。
 大型キメラによる吶喊を受け続けて穴だらけにされたそれは、敵の攻勢を受け止めるという用を成さなくなって既に久しい。それでも穴の開いたバケツ程度には敵の勢いを減じる効果はあり‥‥大隊は防壁の隙間から漏れ出る敵を、迷路のように構成したプロボ市内の臨時陣地に引き込んでは各個撃破を繰り返して、何とか戦場を維持していた。
「聞きましたか? 昨日の戦闘で『第4分隊』が全滅したって話‥‥」
 塹壕内に車体を隠した戦車の砲塔によっかかって、2年前の日付の雑誌を何とは無しに眺めていた『僕』は、巨漢の戦友トマスの言葉に薄汚れた顔を上げた。隣りで水着のピンナップを穴が開くほど見つめていたウィルも思わず視線を上げる。
「おい、それって‥‥」
 ウィルの声が上擦った。常に陽気なこの男にしては珍しい事だった。
「はい。後衛戦闘が始まる前からいる小隊員は、もう軍曹と僕たち、4人だけになってしまいました」
 神妙な顔で頷くトマスに、ウィルが悪態を付きながら天を仰ぐ。『僕』は溜め息を吐いて視線を落とした。
 思えば、随分と長い間、最前線で戦ってきた気がする。キメラ侵攻の報せに民兵として志願し、州兵の一人として正規軍に合流し‥‥旅団が決戦に敗れた後は、味方を州都に逃がす為に後衛戦闘を繰り返してきた。キメラの恐怖に打ち震えながら走り回り、引鉄を引いていた事を『ぼんやりと』覚えている。今では恐怖を感じる感性も磨耗してしまったようだ。大学を辞めてまだ2年と経っていないのに、あの日々がひどく遠く感じる。
「なぁ、ウィルって兵隊になる前は、音楽をやっていたんだよな?」
「ああ。専門はピアノだが、俺って節操無いからなんでも一通り弄ったぜ。ジェシーは絵だっけか?」
「その頃の事、覚えてるか?」
 決まってる、そう答えつつもウィルは眉根に山谷を形作った。
 覚えてはいる。が、まるでテレビの向こう側の出来事のように実感が伴わない。
「今、さ‥‥トマスの話を聞いてさ。死んでしまった、あの地獄を共に潜り抜けてきた連中の事を思い出そうとしたんだ。でもさ、エピソードや言葉は覚えてるのにさ、名前と顔が出て来ないんだ」
 『僕』の言葉に、ウィルとトマスは黙然と沈思した。溜め息を吐き、空を見上げる。
 死神の吐息を感じる地獄の戦場を潜り抜けて、『僕』らは立派な兵隊になっていた。その途上で様々な何かを零し、喪くながら。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
クレア・フィルネロス(ga1769
20歳・♀・FT
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
クーナー(gb5669
17歳・♂・FC
諌山美雲(gb5758
21歳・♀・ER

●リプレイ本文

 サイエンティストは、誰よりも早く動く。
 密林の中を。砂塵の中を。吹雪の中を。豪雪の中を。味方の銃火をも掻い潜り、暴れるキメラの足元から血塗れの味方を引っ張り出す。
 それ以外のやりようを僕は知らない。ただ前に出て、身体を張って、こうして幾人かの命を救う。それだけが僕の能。それこそが、きっと生きる意味。
 傷ついたり、死を目の当たりにする事はとても辛い事だから。身体より先に心が磨耗してしまわぬように、一つでも多くの命を救おう。
 その為に、僕は動こう。

「ちょ‥‥っ! 一体、何をしてるんですか!?」
 負傷兵治療の為、野戦病院へ向かっていた国谷 真彼(ga2331)は、廃墟の一角で双刀を手にして佇む鏑木 硯(ga0280)を見出して愕然とした。
 彼は重傷を負って安静中のはず‥‥慌てた様子で走り寄る。硯は髪を纏めた頭を振り返らせると、悪戯を見つかった少年の様に微笑した。
「ベッドを抜け出して、剣術の訓練なんて‥‥無茶な真似を!」
 肩を抱いて強引に横にさせると、硯は力なく身を任せた。「あれ?」と小首を傾げる硯。傷口が開いた事にも気付いていなかったらしい。
「少しでも、やれる事はやっておきたかったんで‥‥そんな激しく動いたつもりはないんですが」
「‥‥気持ちは分かりますけどね」
 練成治療を始めながら、真彼はそう相槌を打った。
 負傷兵たちの発する言葉を、真彼は否定も肯定もしない。答えは既に彼等の中にあるからだ。自ら立とうとする者にも、膝を折る者にも、或いはそのまま死に逝く者にも。
 真彼はただ、彼等に温かい手を添えるだけ。彼ら自身の決断を、励まし、理解を示すように。
「もう大丈夫です。立てますか?」
 肩を貸してやると、硯は存外、しっかりとした様子で立ち上がった。ベッドに戻るか訊ねると、リハビリがてらにもう少し散歩したいなどと言う。真彼は苦笑した。それくらいならば問題ないだろう。

 傷ついたり、死を目の当たりにする事はとても辛い事だ。
 守れなかった幸せ、逃げるしかなかった過去が、僕の心に突き刺さってはじくじくと責め苛む。
 幸か不幸か。僕は一人で立てるほど強くはなかったけど、ずっと立て得ぬ程にも弱くはなかった。
 折れた心に添え木を添えて。血塗れになって磨耗しつつも、失くさなかった痛みと共に。
 逃げずに、目を背けずに、僕は前へと歩き出す。
 いつか彼に胸を張れるように、新しき無二にその背を見せられるように。


「やあ、どうも。お互い、すっかり嫌な日常に慣れてしまったみたいですね。困ったことに、ですけど」
 顔見知りの兵隊たちにそう挨拶をして、硯は髪のリボンを解くと、戦車の砲塔を背に腰を下ろした。
 最初に出会った頃はお互いに青臭さの抜けないルーキーだったというのに、今ではこうして、緊張を解す必要も無いくらいに落ち着きを見せている。‥‥戦場に出るようになって、硯もそう長い時間を過ごした訳ではないのだが、クーナー(gb5669)や冴木美雲(gb5758)たちの初々しさを目にすると、改めてそんな事を考えたりもする。

「手伝わせちゃってゴメンね。なんか、動いていないと落ち着かなくって」
「構いませんよ。いつも手伝って貰ってますし‥‥それにこれ、民間人の避難用車両になるんでしょう?」
 広場に天幕を張っただけの簡易な車両置き場の一角で。思いがけない休暇を手にして手持ち無沙汰となった美雲とクーナーの二人は、車両整備に勤しんでいた。
 幌つきトラックの下に潜り込んだクーナーが、クリーパーに乗せた身を滑らせて出てくる。すっかり油塗れになったその顔に微笑して──恐らく、自分も同様だろうが──美雲がその手にスパナを渡す。小声で礼を言って戻るクーナー。美雲もエンジンルームへ顔を突っ込み‥‥暫し、無言で作業を続ける。
「ねねっ。クーナーさんはどこか美味しいケーキ屋さん、知らない?」
 単調な作業の気分転換だろう。美雲がそんな事を尋ねてきた。
「ケーキ屋さん、ですか? ‥‥私は自分で作る事が多いので、あまり‥‥」
「ケーキ作れるんだ?! それって凄いよね! うん、きっとポイント高いよ! クーナーさんって、あまり化粧っ気ないけど、メイクしたら凄く可愛いと思うよ? そうだ、私がしてあげよっか?!」
「メ、メイクっ!? 可愛い、って‥‥えっと、私、可愛いとかいうのは、その‥‥得意じゃないので‥‥アハハ」
「えーっ、勿体無ーい!」
 絶対、可愛いと思うのにー。激しくそう主張する美雲に複雑な表情で苦笑する。不満そうな顔をした美雲は、クーナーの足首を掴んで引っ張り出した。
「まったく‥‥クーナーさんは、好きな人とかいないの? どんなタイプの人が好き?」
「私はぁ‥‥優しくて、暖かくて‥‥そうですねぇ、世間で言うところの『母親』みたいな人がいいです‥‥」
 強ばった顔つきを、急にうっとりと蕩かせるクーナー。予想外の答えに、美雲がきょとんと目を瞬かせた。

 二人の様子を遠くから眺めやった硯は、微苦笑と共に首を振った。この感慨は老成を迎えたご隠居辺りが抱くものなのでは、などと思い至ったからだ。
「雪の中を逃げ回ってた頃から、もう一年以上か‥‥ 色々、あったけど、相変わらずの撤退戦ですね。僕等は」
 後退する手管ばかり熟練して、と、軽い口調でそうジェシーたちに話題を振る。彼等は乗っかってはこなかった。
「流石に、今度ばっかりはもう撤退はできないだろうな。『我等が背には無辜なる民』、俺たちに後は無い」
 ウィルが歌い上げるように茶化すと、ジェシーとトマスが重苦しい沈黙で答えた。
 硯はハッとした。激戦続きで見慣れた顔が少しずつ減っていく‥‥その事自体に慣れはしても、自分から何かが欠落していく喪失感はそうそう埋めれるものではない。
 すみません‥‥ 気がついた時、硯はそう口走っていた。きょとんとした顔を見せる兵たち。硯は自らの言葉に慌てながら、思いをそっと口にした。
「俺なりに、頑張ってきたつもりなんですけど、結果はこうで‥‥俺、少しは役に立ててますかね?」
 当たり前だ。即答が返ってきた。
「君たち、能力者がいなければ、ここの防衛線などとっくのとうに破られている。それに、このユタでは君の流麗果敢な戦いぶりは結構有名だよ?」
 硯はそっと顔を逸らした。どうやら、自分は照れているらしい。そんな事を思いつく。
「あ、ジェシー君たちに硯さんだ。おーい!」
 遠くから、響 愛華(ga4681)の声がして、硯は表情を取り繕った。手を振りながら弾むように駆けて来る愛華。その後ろで、綾嶺・桜(ga3143)が真っ赤にした顔(だけ)を柱の陰から覗かせている。
 どうしたんだろう、と思っていると、愛華がてけてけと桜に走り寄り、笑顔でこしょこしょ呟きながら腕を掴んで引っ張り出す。
「ええいっ、引っ張るでないわ、この天然(かなり略)犬娘! はーなーすーのーじゃーっ!!!」
 じたばたと暴れる桜を強引に引っこ抜く愛華。硯たちの目の前に引き出されたのは、リボンやフリルなど可愛らしい装飾の付いたピンクのワンピース姿だった。カチューシャについた大きなリボンと腕に抱いたぬいぐるみが愛らしい。
 おめかし姿を衆目に晒された桜がビクリとその身を硬直させる。可愛いじゃないか。似合っているぞ。茶化しながらも半ば以上本気で褒めるジェシーたちの言葉に、目をグルグル渦巻きにして沸騰した桜がどこからか取り出した巨大ハリセンで愛華を手始めに所構わず引っ叩き始めた。
「ええいっ、これもそれも何もかも、お主がうっかりびっくり着替えを間違えるのが悪いのじゃっ!」
「きゃいーん! だ、だから、わざとじゃないんだよ!? でも、やっぱり可愛いんだよ〜」
 相変わらずだなぁ、と一頻り笑って‥‥硯は小さく息を吐いた。同じ様に笑うジェシーを振り返る。
「相変わらず、ここでの激戦は続くかもだけど‥‥これからもよろしくって事で」
 硯の言葉に、ジェシーは一つ頷いて。こつん、と二人は拳を突き合わせた。


 野戦病院へと進む真彼と、戦車の側に座り込む硯を左右に見て。
 鳴神 伊織(ga0421)はふむ、と一つ頷くと、そのどちらにも向かわずに自らの歩みを継続した。
 最前線にありながら、この日は不気味なほど静かだった。嵐の前の静けさ、というやつだろうか。冬が終われば事態は大きく動くだろうし、今はこの貴重な時を大切に過ごすべきかもしれない‥‥
 それから殆ど歩まぬ内に、伊織は、廃墟と化した住宅の陰に座り込む一人の兵を見出した。
 気付いた兵が顔を上げる。確か、ロッシとかいう年若い戦車兵だ。少年は伊織に気付いて何か口を開きかけたが‥‥そのままふいと顔を背けた。その唇が、頬が、指が、恐怖に細かく震えていた。
 無理もない‥‥伊織は表情をそっと隠した。激戦は止まる気配を見せず、倒しても倒しても、敵の攻勢が止まる気配もない。薄氷を踏むような思いで命を繋いでも、絶望しか見えはしない‥‥
「なんで俺は能力者じゃないんだろう」
 立ち去ろうとしたその背に、ロッシがボソリと呟いた。足を止めて振り返り、口を開きかけるも、結局、噤む。故に、続く言葉を発したのは、伊織ではなかった。
「能力者は戦いに恐怖を感じないとでも?」
 どこか固い口調で告げたその声は、休息所から出てきたクレア・フィルネロス(ga1769)のものだった。薄汚れた外套とは対照的な、豪奢な金髪を頂く頭を軽く振る。
「‥‥私は復讐の為に能力者になりました。その時から、もうこの命は惜しくないと‥‥むしろ、一匹でも多くのバグアを道連れにして、早くあの人の所に逝きたいとすら思っているのに‥‥こうして戦いの合間に一人でいると、恐怖で気がおかしくなってしまいそうになります」
 ギュッと唇を噛み締めながら、クレアはそっと目を伏せた。時々、そんな自分が許せなく感じる時もある。復讐に恐怖を感じる事は‥‥或いは、砂浜を洗う波の様に磨耗していく憎悪を自覚する事は、あの人に対する裏切りなのではないのだろうか、と。
 伊織の視線に気付いて、クレアは微苦笑を浮かべて肩を竦めた。埒も無い事を言った、そんな感じだった。
 恐らく、この少年兵の目には、能力者は万能のスーパーヒーローの如く映っているのだろう。実際、能力者の生存性は尋常ではないし、エミタの力でキメラとも互角に渡り合える。だが、能力者は神ではない。出切る事と出来ない事でいえば後者の方が遥かに多いし‥‥今日みたいにふと戦いの合間に考える時間が出来てしまうと、自らの至らなさに忸怩たる思いを抱いたりもする。
 私とした事が、今日は随分と弱気ですね‥‥伊織は自らの思考に首を振った。未熟を自覚するならば精進あるのみ、と、熟練の域に達した我が身を戒める。
「‥‥あなたの参考になるかどうか分かりませんが‥‥私が死にたくない理由ですが、単純に命が惜しい他に、仲間たちとの時間を失いたくない、というのもあるかもしれません。‥‥生死を共にした仲間と言うものは良いものです。あの人には申し訳ないですが、彼等の為にも、もう少し頑張ってみようかと思います」


「腐れ縁と言うか何と言うか‥‥ジェシーたちとも思えば長い付き合いじゃの。変わったのぅ。今では一端の兵士の顔をしおってからに」
 戦車の脇で車座になって座るジェシーたちに、両腕を組んで背伸びした桜がうんうんと偉そうに頷いて見せた。それを愛華がひょいと掴んで、自らの膝の上に乗っけるとぬいぐるみのようにぎゅーっと抱き締める。最初はじたばたとそれに抵抗した桜だったが、すぐに顔を赤くしたまま、愛華の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「桜さん‥‥らぶりーです‥‥」
 それを傍から見ていたクレアが、その表情を蕩けさす。伊織の視線に気付いて我に返り、慌てて表情を引き締める。
「えーと‥‥伊織さんも行きませんか?」
「私はご遠慮させて頂きます。水を差すのもどうかと思いますから」
 首を振る伊織に頷いて、クレアは軽い足取りで桜たちの方に歩いていった。
「ぬおっ! クレアか、丁度いい。この天然(略)犬娘を何とかしてくれ!」
「分かりました。愛華さん、次に桜さんを抱っこするのは私です」
「っ!!!???」
 一方、車の整備を終えたクーナーは、どうしてこんな事になってしまったのだろうか、と、一人、シャワールームの更衣室の片隅でその身を縮め込ませていた。
 美雲が作業着を脱ぎ捨て、制服のベストに手をかけるのを見て、慌ててそちらに背を向ける。華奢で女顔のクーナーは、なんと女子更衣室の中に居た。
(「だって、男子の方はマッチョな兵隊さんたちでごった返してるし、そんな所入れないってまごまごしている内に、美雲さんになんか強引に引っ張り込まれるしっ! ああ、絶対、私の事を女の子だって思ってる‥‥妙に会話が噛み合わないな、とは思っていたんだよ!」)
 美雲に背を向けて何とか着替えをやり過ごし、美雲を先に行かせて抜け出そうとしたのだが‥‥今度は女兵士の集団が入って来てクーナーはシャワー室へと逃げ込むしかなかった。結局、薄布一枚を隔てて、美雲と共にシャワーを浴びる羽目になってたり。
「クーナーさん?」
「はっ、はひぃぃぃっ!?」
「クーナーさんは、なんで傭兵に志願したの?」
「え、えっと‥‥み、美雲さんは!?(裏声)」
「私? 私は昔っから空が好きで‥‥飛びたいっていう個人的な理由かな? 故郷の北海道も取り戻したいし」
 少し声のトーンを落とした美雲に、クーナーは真摯な顔を取り戻した。促されるままに口を開く。
「私は‥‥向こうに‥‥メトロポリタンXに、大事な忘れ物があって‥‥それを探し出したいんです‥‥」
 ‥‥そっか、という返事を最後に、シャワーの音だけが響く。そこに、敵襲を報せる鐘の音が断続的に鳴り響いた。
「敵襲っ!?」
 慌てて飛び出していく美雲と兵士たち。動けぬクーナーに、外套姿のまま入ってきた伊織が、苦笑と共にクーナーに装備を手渡した。


 どうやら休暇は終わりのようだった。
 重火器を手に待機所へと走る兵士たち。愛華たち能力者は、最外縁の防壁に取り付いて、迫るキメラの大群へと視線をやった。
 正念場だ、と愛華は一人頷いた。あの日、雪の中をただ逃げ続けた時から、皆どれだけ頑張ってきた事か。その間に色んなものを喪くしながらも、それでも、地獄を潜り抜けながら、皆少しずつ強くなってきた。
 頑張らないと。ここで踏ん張らないと、今までしてきた事がみんな無駄になってしまう。
「ちっちゃい頃、お母さんが教えてくれたよ。努力した人が皆、成功するわけじゃないけれど、成功してきた人たちは、皆、努力してきた、って‥‥だから、私たちも頑張らなくちゃ、だよ!」
 そう言って戦友たちの顔を見直して‥‥愛華は照れ臭そうに頭を掻いた。
 砲声が鳴り響き、戦の嚆矢を告げていた。