●リプレイ本文
春の息吹に包まれた河川敷の土手の上。花見会場へと続く道を歩きながら、しかし、少女傭兵・綾嶺・桜(
ga3143)は、不本意の極みにあった。
原因は、友人の響 愛華(
ga4681)に強引に着せられた服だった。普段の巫女服ではなく、フリフリレースでデコレートされたフォーマルドレスだったのだ。頭の上には愛らしいカチューシャのリボンが揺れている。
「まったく、何故わしがこのような恥ずかしい格好をせねばならぬのじゃ!」
「わふぅ〜♪ 凄く似合っているんだよ〜♪ お花見なんだから、『桜』さんもおめかししないとね♪」
早足の桜の3歩後ろを歩きながらにこにこと、赤犬柄の着物を身に纏った愛華が頷いてみせる。今、彼女が覚醒したら、尻尾が凄い勢いで回転するに違いない。
「そうだな。折角の花見だし、いいんじゃねぇか?」
急に第三者の声が割り込んで、桜は飛びあがって驚いた。土手の斜面に横たわっていた龍深城・我斬(
ga8283)が身を起こし、知人に姿を見られた桜が顔を赤くして絶句する。
「よう。春爛漫、空気も温くて良い季節だな。思わずうとうとしちまった。二人は花見がてらにち巫っ女のお披露目か?」
「誰がち巫っ女じゃ! ぬしもなんでよりによってこんな所におる?! 一人で来る場でもなかろうに!」
「ばっ、お、俺の事はいいんだよ!」
桜に釣られるように声を上げる我斬。デートコースの下見に来た、なんてばれたりしたら、生温かい目でからかい混じりの祝福なぞされた挙句、花見の肴にされるがオチだ‥‥
のどかな風景が一変したのは、すぐ後のだった。
花見会場に沸き上がった悲鳴に振り返る。枝を震わせて動き出す人面桜。そこへ、逃げ惑う人々の合間を縫って美咲が走り寄り、手にした大剣を叩き付ける。
「あれは‥‥キメラ? なかよし幼稚園の保母さんたちもい‥‥っ!?」
言いかけて、我斬はバッ、と周囲を振り返った。‥‥よし。今日はチビ共はいないようだな。
「美咲さん‥‥また、あんな‥‥よっぽど、奇抜なキメラに好かれる星の下に生まれてきたんだね‥‥」
さめざめと涙を零しながら、愛華は着物の小物入れからメタルナックルを引っ張り出した。こんな事もあろうかと、持って来てあったのだ。
「だって、美咲さんだよ?」
しれっとした顔で答えながら、得物を指にはめる愛華。それもそうか、と頷きながら、桜と我斬もまた、用意してあった武装を引っ張り出した。
「‥‥ふん。花見の席にキメラとはな。バグアも随分と無粋な事をするものだ」
突然のキメラ出現に騒然とする周囲を他所に、白衣のフローネ・バルクホルン(
gb4744)は、悠然と花見の席に座していた。
咲き乱れる花天井を透かす穏やかな陽光──ひらりと一片の花弁が舞い落ちた杯を一気に煽ると、フローネは上気した顔に微笑を浮かべて立ち上がった。
「それにしても、皆、平然としたものだな。このような場所にキメラが現れたというのに」
「‥‥まぁ、突然の襲撃はこれまでにも何度かありましたし。それに‥‥」
近くに『あの』幼稚園があるからなぁ。苦笑混じりにそう答えようとした鏑木 硯(
ga0280)を、御影 柳樹(
ga3326)が慌てて制止する。
「しーっ! それを言ったら、美咲センセと園長センセが余りにも不憫さぁ‥‥」
今回、花見会場に設定した桜の名所がなかよし幼稚園の近くと知って、冗談交じりに、だが、半ば本気で、襲撃があった場合の対応を相談したのだが‥‥事ここに至っては性質の悪い冗談にもならない。
「‥‥余興の為に借りて来たこいつが、まさか本来の用途で役に立つ事になるとはねぇ」
旗袍の上にカールセルを羽織ったMAKOTO(
ga4693)が、手にしたエレキギターを爪弾く。それはギター形状の超機械『ST−505』──楽器としても、超音波衝撃兵器としても使える変り種だった。
その彼女がゾウキンとハタキを持って立ち上がる。これらも超機械だ。‥‥もっとも、本来は『生もんじゃ焼き』対策に持って来たものなのだが。『焼き』なのに『生』とは‥‥うん。まぁ、そういう事だ。
「まぁ、何でも良い。さっさとアレを倒して、花見の続きをしようではないか」
過不足無く状況を纏めたフローネに、硯は一つ頷いた。
「ともかく、手筈通り(苦笑)に人々の避難と敵の足止めを」
「それはいいけど‥‥その格好で大丈夫?」
こめかみに汗を垂らしながら、MAKOTOがちょっぴり心配そうに硯に訊ねる。硯はMAKOTOを振り返ろうとして‥‥失敗した。彼は花見の余興の為、竜の着ぐるみを着込んだままだった。
「‥‥脱ぐの大変なんですよ、これ」
まぁ、何とか戦闘はこなせますし、と自分に言い聞かせるように呟いて、硯がとてとてと走っていく。
「虎は、ないのかな‥‥?」
異口同音に、MAKOTOと柳樹が呟いた。
「桜には近づかないで! 並木が途切れるまで上流か下流に走って下さい!」
戦場に向かって走りながら、MAKOTOと硯は逃げ惑う人々に向かってそう声を張り上げた。人面桜は1匹とは限らない。まだ動かぬ桜に人面桜が混じってないか、気をつけながら移動する。
一方、戦場では美咲と人面桜の激しい『剣戟』が続いていた。
金属音が鳴り響き、火花が走る。硬すぎる敵に舌を打ち、打ち込んだ大剣を引き戻す美咲。その間隙に、鞭のように撓った枝が死角から振り下ろされ‥‥『瞬即縮地』で走りこんできた愛華が間一髪、拳を振って打ち払った。
「助けに来たよ、美咲さん!」
腕に走った痛みに笑顔をしかめながら愛華が叫ぶ。
「どこを見ておる! お主の相手はこちらじゃ!」
ほぼ同時に、『瞬天速』を用いた桜が側面から突っ込んでいた。ドレスのスカートが翻るのも構わずに、両の手に装着した爪で表皮を抉るように叩きつける。見えそうで見えない戦闘用ドレス。まさに、美しさと機能性を希求する伯爵印の面目躍如だ。
そこに、硯とMAKOTOが『瞬天速』と『瞬即縮地』で戦場へと突入した。
人面桜の背後から、跳躍する虎の様な勢いでMAKOTOが一気に肉薄する。その右手にはゾウキンシールド。こいつを人面桜の口中へと突っ込んで、敵の冷気の息を阻害しようというのだ。
振るわれた枝を潜り抜け、左腕を回してがっちり組み付く。そのまま背後から『猿轡』をかまし‥‥太股に走った悪寒に、慌てて後ろに跳び退さろうとして、MAKOTOはガクン、と腰を落とした。
いつの間にか、人面桜の根っこが彼女の足首を捉えていた。そのままチャイナ服のスリットを這い上がろうとする根をはたきで打ち払う。
「これはまずい! 色んな意味で!」
叫び、瞬間的に敵の懐へと飛び込んだ竜の着ぐるみは、抜き放ったナイフを煌かせると、そのまま目にも留まらぬ一撃を節目めがけて突き込んだ。僅かに弱い『装甲』部分を貫いて、しかし、思った以上に通らぬ刃。その硬さに辟易しながら、硯はMAKOTOが根から逃れたのを確認すると、自らも距離を取って息ついた。
「‥‥達人の一撃は鉄をも斬れるって話だけど‥‥まだまだ未熟って事かな」
苦笑する。謎金属はやっぱり硬い。
「人面桜の癖に生意気な! なら、次はこれで勝負!」
ぺっ、と雑巾を吐き出す人面桜に、MAKOTOがバケツを取り出してみせる。それを桜は複雑な表情で聞いていた。
「誰も彼も皆、桜、桜と‥‥」
あー、と頷く愛華と硯。どことなくしょんぼりとする桜に慌てて言葉を紡ぎだす。
「だっ、大丈夫だよ、桜さん! あんな桜(注:キメラ)より、桜(注:人名)さんの方がずっと愛らしいよ!」
「そっ、そうですよ。え〜と、ほら。桜ちゃんは小さくて可愛いから(間違えようがないし)」
だっ、だれがちまっこいじゃー! 桜の怒声は、しかし、発せられる事無く終わった。
後方で湧き上がる悲鳴。桜並木に紛れていた2体目の人面桜が行動を開始したのだった。
「こちらはLH所属の能力者です。皆さん、落ち着いて行動願います。ご覧の通り、このキメラは桜を優先的に襲います。騒がず、注意を引かなければ、いきなり危害を加えられる事もありません」
土手の上からマイクを持って、柳樹は落ち着いた語り口でそう花見客に呼びかけた。即製の拡声器になったのは、ハンディタイプのカラオケ機だった。‥‥皆を落ち着かせる為に流したカラオケが思いっ切りド演歌だったのはご愛嬌だ。
「筋肉おじちゃん‥‥!」
「おっ、なかよし幼稚園の卒園生たち! さすがは歴戦の子供たち、落ち着いてるさ? 今回のお約束は、『桜には近づかない』、『困っている人とは助け合う』、『顔のある桜があったら(ああ、あのお姉ちゃんはいいんさ)大人に教える』。この3つさ。では、落ち着いて避難開始! 大丈夫、キメラはいつものように、ご近所を守る良い子の騎士、美咲先生とその仲間たちが退治してくれるさぁ」
それと、おじちゃんじゃなくてお兄さんさぁ。そう言い含めてから送り出す。走る子供たちの背を見送りながら‥‥柳樹は、逃げる花見客とは逆に土手を駆け上がってくる少女に気がついた。
「ふがっ! もぐごにょりもひごひもにょり!」
口に何か入っているのか、少女の言葉は聞き取れなかった。柳樹がまじまじと彼女──樋口 舞奈(
gb4568)を眺めやる。チェック柄のインナーに可愛らしいワンピース。手には能力者であることを示すように試作型の機械剣と‥‥食べかけの板チョコが握られていた。
「とりあえず、食べてから話すさ?」
柳樹の言葉に頷いてから、もごもごと口を動かして‥‥舞奈は手にしたチョコを一気に頬張った。あ、そっちも食べるんさ‥‥苦笑する柳樹を他所に、一気に喉へと放り込む。
「もぐもぐ、んぐ、ごくん。えーと、さっきは『うわ、なにあれ! 聞いていたのより悪趣味っ! うねうねしてるし、顔はあるし、なにより何か叫んでるし!』と言ったのでしたっ。あ、通報により駆けつけた樋口舞奈、能力者です。先任の指示に従います。何をしたらいいですか?」
「‥‥とりあえず」
「はい! 避難誘導ですか? 戦闘ですか?」
「口の周りのチョコを拭くさぁ」
突然の2体目出現に、近くにいた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
混乱の中、一人の子供が木の根に躓いて転倒する。子供が身を起こすより早く、土の中から出てきた根がウネウネと子供を巻き込むように‥‥
その直前、怯え切った子供の目の前に、大きな背中が飛び込んだ。その背の持ち主は子供の前に立ち塞がると、膝をついて盾を構え、迫り来る根っこを押し返す。
「早く逃げるんだ! こいつらは俺たち能力者がきっちりと叩き潰す!」
わきわきと動く根を機械剣で切り払いながら、我斬は右腕の盾に掛かる圧力に耐え続けた。何本かが絡みついて来るのを首だけ守りながら、後は『活性化』でやり過ごす。
恐怖に凍りついて動けぬ子供を、フローネが抱き上げた。
「大丈夫か? どこにも怪我は無いか? ‥‥ん? 膝をすりむいているな」
フローネは子供を抱えて移動すると、消毒代わりに一舐めしてから自らのハンカチを巻いてやった。
「痛いか? キメラを退治した後でちゃんと練成治療するから、ちょっとだけ我慢しててくれ」
ん? と首を傾げて訊ねる。フローネの鉄面皮、その目元と口元に浮かぶ微笑‥‥こくりと頷く子供の頭を満面の笑顔でわしゃわしゃとして‥‥送り出したフローネは、険しい表情でキメラを睨み据えた。
「子供は避難した。もういいぞ。やってしまえ!」
「ありがてぇ!」
我斬が飛び退さって根っこから距離を取る。一歩横へと跳躍してさらに前へ。振るわれる根を駆け上がり、人面と顔を付き合わせる。
「花咲爺や巨大毛虫いるんだ。幹に顔があるくらいじゃ驚いてやれねぇな!」
叫び、我斬は外した盾を人面桜の口中へと突っ込んだ。漏れ出た冷気が張り付いた汗を瞬間的に凍結させる。
瞬間、我斬の隣りに現れた硯が、手にしたハタキを木の幹へと叩き付けた。インパクトの瞬間、布部分に発生した強力な電磁波が、表皮とその内部を焼く。
土手の『尾根』を疾走してきたMAKOTOが敵の背後──住宅地側へと飛び込んだ。振るわれる根と枝とを潜り抜け、その勢いもそのままにクルリと身を回して肘を打つ。それは『獣突』の力が込められており、きっちり10m分、敵を斜面に転がり倒した。
派手に舞う桜の花びら。身を起こしたその先には桜(注:人名)と‥‥もう一人の獣人、愛華がいた。
「ええいっ、貴様のせいで桜、桜と!」
フローネの練成強化を受けた爪が、1撃、2撃と表皮を削る。振るわれる枝の反撃が振るわれる直前、身軽な桜が幹を蹴飛ばし距離を取る。
「今じゃ、天然(略)犬娘!」
「ぐるるるるっ! この、この、このぉ!」
両の拳を顔の前に引っ付けて飛び込んだ愛華が、着物の裾が乱れるのも構わず、身体をデンプシーロールで揺らしながら人面桜の『顔面』へと連撃を叩き込んだ。3撃目、『布斬逆刃』の赤い光を纏った一撃が衝撃波となって叩き込まれ、最後の4撃目、グルグルと回した左手の一撃が『獣突』で敵を吹き飛ばしていた。
「ここなら、周りの被害を気にせずにやっつけれるんだよ!」
ビシィッと人面桜を指差す愛華。こうして2体のキメラは揃って、ススキの原にまで強制的な移動を強いられたのだった。
唸りを上げて振るわれた枝による一撃は、舞奈を構えた盾ごと殴り飛ばしていた。わきゃっ!? と悲鳴を上げて地を転がり、すかさず態勢を立て直す。未だ新人の部類に入る舞奈だったが、できればノックアウトは避けたかった。
「舞奈、まだ今年はお花見してないんだから! 丁度いいから、今日ここでお花見する。だから、桜は守ってみせるよっ!」
慎重に枝の動きを見極めて、攻撃よりも防御重視で確実に枝を削っていく。‥‥幹の人面が何か嬉しそうなのが何か嫌だけど。
「ふむ。こちらの攻撃の方が効き易いかな?」
MAKOTOのST−505による衝撃波と我斬の機械剣による『両断剣』を受け、1体目の人面桜が遂に地に倒れた。それを見たフローネが超機械を操作して電磁波を2体目に集中させる。人面桜の幹が苦悶にのたうった。
「っ!?」
その瞬間、舞奈は思わず大きく足を踏み出していた。機械剣による素早い『二連撃』で人面桜の胴を薙ぐ。
気づいた時には、キメラは大きな地響きを立ててススキの原に倒れ伏していた。
「えと‥‥舞奈が止めを刺したりした‥‥のかな?」
キョトンとする舞奈に、皆の荒々しくも優しい祝福が待っていた。
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通報を受けて後始末に駆けつけたULTの職員は、現場を見て呆れた様に口を開けた。
能力者たちは、自らが倒したキメラの下で、花見を続けていたからだ。
桜が作ってきた特製赤色3段重箱をシートに広げ、各々が持ち寄った酒とジュースで乾杯する。
幸せそうに息を吐いて、舞奈が一人、嘆息した。
「チョコとココアでお花見‥‥最高だねー。日本人でよかったよー」