タイトル:Uta 突撃竜駆逐マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/21 10:43

●オープニング本文


 ユタ州都南方戦線、プロボの最終防壁に対するバグアの攻撃は、厳しい冬を迎えてなお、散発的に続いていた。
 これまでに行われてきた後退戦──縦深陣に引き込んでの各個包囲殲滅戦において、機動戦力として打撃の中核を担った戦車大隊は、その数を4割に減らした今も尚、防壁側面の丘にあって敵に十字砲火を浴びせ続け、貴重な火力の一翼を担っていた。
 後退戦の渦中で自らの戦車を失ったベン軍曹は、装填手のロッシと共に、乗り手を失った『M1A1−SES』戦車に搭乗、再び車長としてこの丘の頂にあった。
 砲手のハンス、操縦手のリー、気心の通じ合った二人の部下は未だ戦線に復帰せず、言わば寄せ集めの編成ではあるが、味方がここまで追い込まれた今、それほど高度な車両指揮も必要なく‥‥ベンは、苦笑と共にこの状況を受け入れていた。
「防壁前方‥‥10時方向より突撃するキメラ『鎧角竜』あり。各車、砲撃準備せよ」
 レシーバーから聞こえてきた大隊長の命令に、ベンは操縦手に前進を指示するとペリスコープを覗いて目標を確認した。一際大きな、『鎧を纏った有角のアルマジロ』といった外見の大型キメラが、雪原を蹴り進んで防壁目掛けて突進していた。ベンは砲手へ目標を指示すると、旋回する砲塔の中で車両の周辺へと気を配った。キメラに懐に潜り込まれてしまうと、戦車は存外に脆いものなのだ。
「指揮車より各車、砲撃開始」
 命令と共に一斉に砲声が鳴り響き、ベンは目標周辺へと視線を戻した。灼熱した砲弾が次々と鎧角竜へと浴びせられ、その巨体と周辺に着弾して爆発する。それをものともせずにただ加速を続ける鎧角竜。フォースフィールドがキラキラと煌き、明滅し、貫けなかった砲弾がポロポロと地に落ちる。
 戦車隊は構わず砲撃を続け、その火力でフィールドごと乱打し続けた。やがて、防壁の歩兵からもロケットランチャーや無反動砲が撃ち放たれ、膨大な火力を十字に浴びせられた敵が力尽き、その身を丸める。その死骸は、死して尚、突進の勢いもそのままに転がり続け、鉄条網や地雷原を踏み潰しながら防壁へと突っ込んだ。
 それはもう、ある意味見慣れた光景だった。戦車大隊にも、壁に籠もる歩兵大隊にも、鎧角竜による防壁破壊を止める手段はなかったのだ。新たに一つ、破壊の傷跡を刻まれた防壁を見やりながら、ベンは小さく嘆息する。だが、それでも、鎧角竜を生きたまま防壁に突っ込ませるわけにもいかず、徒労を感じながらも迎撃を続けなければならなかった。
 甲高い音が響き、戦車隊の周囲の地面が弾け、吹き飛んだ。視線を転じると、南方側面に展開した砲甲虫──角の代わりに砲身を生やした甲虫型キメラ『カノンビートル』の群れが、その砲列を並べて一斉に砲撃を加えていた。
 これもいつもの光景だった。戦車隊は丘の稜線から後退して敵の射界から逃れると、丘を盾に悠々と陣形の再編を済ませ、甲虫たちを蹴散らすべく再び稜線から顔を出す。一斉射。隊列を乱す敵に続けざまに砲撃を浴びせ、敵の砲撃は後進でやり過ごし、地の利を活かして一方的に撃ち払う。
 強力な妨害電波が発せられたのはその時だった。無線機が発する雑音に悲鳴を上げ、レシーバーを投げ落とす。痛む鼓膜に眉をひそめながらながら舌を打ったベンは、次の瞬間、慌ててペリスコープへと飛びつき、周囲へと視線を飛ばした。
 周囲を警戒するよう呼びかけたベンの警句は、妨害電波に阻まれて僚車の誰にも届かなかった。
 同様に、防壁の歩兵から戦車隊に放たれた警報も。
「Sygyaaaooooouu‥‥!」
 何かの咆哮が丘を震わせ、隊列の右端にいた戦車が何かの冗談のように打ち払われた。
 二転、三転と斜面を転がり、砲塔と車体をバラバラにして、まるでおもちゃのように擱座する戦車。何が起きたのか分からずに呆気に取られる中、ベンは素早く後進を叫んだ。反射的に命令に従う操縦手。直後、先程まですぐ横にいた戦車の砲塔が、何か巨大な物に薙ぎ払われてひっくり返る。
「後進、止めるな! 砲手、撃て!」
 撃て? 何を? ベンの命令を受けた砲手は一瞬、分からなかった。それが理解できるようになったのは、後進によって視界が確保できた後だ。
 照準器の向こうに存在するのは、巨大な肉食恐竜をアメコミ調にトゲトゲでデコレートしたような怪物だった。キメラ『D−Rex』。鋭い牙を持ち、フォースフィールドを纏わせた丸太のような尻尾を振り回し、その質量と見た目以上に俊敏な機動性を以って、これまでの後退戦で幾多の防衛線を粉砕してきた死神だ。
 西の稜線を越えて現れたそれは、完全に戦車隊の不意を衝いていた。蜘蛛の子を散らすように、算を乱して逃走する戦車の群れ。砲撃を加えながら後退する車両に、一目散に逃げてきた車両が突っ込み、纏めて恐竜の尻尾で車体がひしゃげる程に乱打される。誰かが撃ち出した煙幕が混乱に拍車をかけた。
「くそっ。一旦、止めろ!」
 混乱した操縦手はベンの命令が認識できなかった。直後、衝撃が車体を震わせる。ベンたちの乗る車両は斜面に突き出した岩に乗り上げ、擱座していた。
 悲鳴を上げて車外に出ようとするロッシを、ベンは強引に引き倒した。だが、その間に逃げ出した砲手と操縦手を止める暇はなかった。煙幕の中、一匹の恐竜と多数の戦車が無秩序に行き交う地獄へと飛び出した彼等がどうなったのか、ベンは知らない。ただ、その後、ベンは彼等を見る事は二度となかった。
「今はここでじっとしていろ。外は余りにも危険すぎる」
 歯の根も合わず、震え続ける若いロッシにベンが諭すように言う。涙を目の端に溜めたロッシが顔を上げ、「また、ですか‥‥?」と引きつった笑いを見せた。‥‥前の車両を失った時も、同じ様な状況だったのだ。ベンは思わず吹き出していた。
「ああ、まただな。まったくだ。こんな事は二度はないと思っていたが‥‥」
 ベンの笑いに感応したように、ロッシもふと笑顔を見せた。
 とにかく、状況が変化するまで待つしかなかった。砲声と爆発音、キメラの走る地響きと雄叫びとが、『鋼鉄の棺桶』の中に鳴り響いていた。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ハルカ(ga0640
19歳・♀・PN
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

「おいおい、全長8m級って‥‥マジで生身でやるのか!?」
 戦場へ、道無き道をひた走るトラックの荷台から丘の上を眺めやりながら、龍深城・我斬(ga8283)はヤケクソ気味に口笛を吹き鳴らした。
「流石にあれはちょっと‥‥手に負えなさそうですけど‥‥」
「痛い痛い、って退散してくれると嬉しんだけどなぁ」
 鏑木 硯(ga0280)が苦笑混じりに呟くと、ハルカ(ga0640)も同様に頷いた。ガタガタと揺れるトラックの荷台。煙幕の向こうからは、突撃竜──『D−Rex』の咆哮と破壊音だけが響いてくる。
「‥‥俺たちが倒し損ねた個体か。『if』がないのは承知しているが、あの時、上手くやれていれば‥‥」
「今回のこれは、出さなくてもよい被害だったハズ‥‥ですね」
 月影・透夜(ga1806)とセラ・インフィールド(ga1889)が唇を噛み締める。先月に行われた大型キメラ掃討作戦‥‥今回、暴れている突撃竜は、その討ち漏らしなのだ。
「ここで失われた命は、私たちが奪ったのと同じだよ‥‥」
 冷たい荷台に座った響 愛華(ga4681)が、両膝をギュッと抱え込む。綾嶺・桜(ga3143)は落ち込む愛華を心配そうに見やっていたが‥‥その言葉を聞くや立ち上がり、その胸倉を掴み上げた。
「いつまでも凹んでおるでないわ、らしくもない! そんな犬娘は夕食抜きじゃぞ!? 今、出来る事をしてみせよ!」
 背筋を伸ばした桜を膝立ちの愛華がきょとんと見下ろす。誰よりもびっくりした表情をしていた愛華は‥‥ふと小さく笑って見せた。大丈夫。うん、わかってる。この前みたいにはいかないよ‥‥
「私たちが原因‥‥なればこそ、今回は必ず成功させます。これ以上の被害は出させません」
「‥‥後悔はしている。が、今はその時じゃない。止まれないさ。失った命はもう戻らないが、これから失われるかもしれない命は足掻く事で助けられるのだから」
 どうやら回復したらしい愛華を見て、セラと透夜は互いに頷いてみせる。それまで無言を貫いていた御影・朔夜(ga0240)が、ライターの火を守るように手をかざしながら咥えた煙草に火を点けた。
「‥‥なに、でかいとはいってもキメラはキメラだ。別段、意に介するほどでもないさ」
 吐き出された紫煙が冷たい丘風に流れ飛ぶ。丘の上の煙幕もどうやら晴れつつある様だった。
「──さて。そろそろ始めるとしようか」
 朔夜の言葉に皆が頷く。トラックはそろそろ丘の中腹を越えようとしていた。

「戦車隊はやらせん‥‥デカブツ! てめえの相手はこっちだ!」
 トラックが止まるよりも早く、我斬は荷台から飛び降りていた。叫び、番天印を撃ち放ちながら突撃竜へと突っ込んで行く。銃撃と大声でキメラの気を惹きつつ、同時に、能力者が到着したことを味方に知らしめる為だ。
 だが‥‥
「やはり、ダメですか‥‥」
 予想通りの結果に、セラは手にしたメガホンを下ろした。戦車隊に援軍到着を呼びかけてみたのだが、その声はエンジンと無限軌道の音に掻き消されてしまったようだった。
「‥‥ならばっ!」
 自らの戦いぶりを示す事で援軍の到着を示すより他にない。我斬は敵の攻撃範囲ギリギリで両の足を踏ん張ると、手にした銃に貫通弾を装填した。喰らえ、デカブツ! そう叫びながら突撃竜の巨大な口へと見上げるように撃ち放つ。
 その横を、両手に二刀小太刀を引き抜いた硯が、風のような速さで行き過ぎる。あの石柱よりも太い尻尾で薙ぎ払われるくらいなら、むしろ懐に入った方がマシだった。
 硯は両の小太刀を逆手に持ち替えると、大きく振り被ったそれをキメラの爪の付け根目掛けて振り下ろした。瞬間、突撃竜の足が跳ね上がり、硯は慌てて跳び退さる。そこへ振り出さる巨大な鉤爪付きの足。硯はそれを何とか避けながら、回り込むように外側へと足を運ぶ。突撃竜は足元をちょこまかとうろつく硯に頭を巡らし‥‥直前、我斬が放った貫通弾が口内へと突き刺さった。
 咆哮が上がり、涎混じりの血の雨が降りかかる。狂ったような突撃竜の反撃。一歩、踏み込んで振るわれた前鉤による一撃を我斬はとっさに後ろへ跳び避ける。風に舞うコートと血潮。それを舌打ち混じりに『活性化』で治療しながら、今度は本気で距離を取る。
 突撃竜の追撃は、横合いから放たれた透夜とセラの銃撃によって阻まれた。それぞれ最大有効射程に位置しながら、SMGと拳銃の立射で、突撃竜の表面に刻まれた先のKV戦時の傷跡を『急所突き』で狙い撃つ。その攻撃は突撃竜にとっても無視し得ぬものだったらしい。狂騒し、向かってくる敵から後退しつつ銃撃、互いに援護を繰り返しながら命懸けで逃げ回る。
「そうだ、ついて来い!」
 敵を引きつけながら、透夜は振るわれた前脚を転がるように飛び避ける。それを踏みつけんとする突撃竜を背後からセラと我斬が追い撃ち、引き付ける。
「戦車相手じゃ暴れ足りなかったらしいな。遊んでやるよ、大蜥蜴」
 奮闘する仲間に注意が逸れている突撃竜に呟いて。コートと紫煙を風に棚引かせた朔夜が、咥え煙草のまま立射姿勢で真デヴァステイターを照準した。『狙撃眼』で有効射程を引き伸ばし、『鋭角狙撃』で慎重に狙いを定めて狙撃する。標的は突撃竜の目。だが、その距離と、高低差と、何より、激しく運動する目標の小ささとが、大きな壁となって立ち塞がる。
 朔夜の放った弾丸は、突撃竜の顔の表面で弾けて血の雫を雪上に飛び散らせた。新たな脅威を感知した突撃竜の目がギロリと動く。舌打ち一つして、朔夜は再び距離を取ろうとして‥‥直後、グッと腰を落とした突撃竜が跳躍した。
「跳んだっ!?」
 驚愕の叫びは誰のものか。飛び迫る巨大な質量を、朔夜は何とか回避した。だが、直後に通過した尻尾までは回避できなかった。それは攻撃動作などではなく、交通事故みたいなものだった。故に、そのダメージは『比較的』小さかったものの‥‥吹き飛ばされた朔夜は、口中の、どこか既知感のある血の味を雪上へと吐き捨てた。
「これは‥‥想像以上に‥‥」
 厳しい戦いになりそうだ。その言葉をセラは飲み込んだ。

「行くぞ、愛華、ハルカ! ともかく混乱している者たちを落ち着けねばっ!」
 桜と愛華、そして、ハルカの3人は、地に足がついた瞬間、『瞬天速』と『瞬速縮地』でもって一気に地を蹴り駆けた。戦車隊を回り、その混乱を収めるのが彼女たちの役割だった。
 急がねばならん、と桜は心中に呟いた。回復能力こそないものの、その硬さと俊敏さはキメラ『トロル』などより厄介だ。何よりあの大きさ‥‥一体、どれだけの耐久性があるものか。
 練力効率の良い愛華が最も遠い集団へと駆けて行く。一番近い集団にはハルカが辿り着いていた。
 やたらと大きな──出鱈目な動きをする車両に目をつけて、ハルカは側面から車上へと飛び乗った。二段飛びに砲塔の上へと上がり、ハッチをノックしながら呼びかける。
「救援が来ましたよ〜! 落ち着いて、慌てず騒がず、一旦ここから後退して下さ〜い!」
 ‥‥反応を待つが、返事はない。聞こえてないのだろうか。ハルカはむぅ〜と一つ唸ると、ハッチを開けようと手を伸ばす。だが、中からロックがかけられていて開かない。もう一度唸る。ハッチにロックをかけるなんてなんて真面目な。それじゃあ長生き出来ないぞう。
 どうしたものか、と首を捻る。次の瞬間、ハルカが乗った戦車の砲が突撃竜目掛けて火を吹いた。
「ひゃあっ!?」
 いきなりの砲撃に肝を潰すハルカ。砲弾は100m程の距離を数瞬で飛び、突撃竜のFF(フォースフィールド)に弾かれた。空中で煌いたその爆発は、突撃竜の足元にいた硯を爆風で打ち倒す。戦車砲の威力は決して小さくない。FFで減衰できない能力者にとっても脅威だった。
 硯の姿は砲手の視界に入っていたはずだが、混乱による心理的な狭窄状態は、彼等には恐怖の対象たる突撃竜しか認識させなかった。
 ハルカは、硯が起き上がるのを確認してホッと息を吐いた。同時に、怒りが込み上げてくる。ハルカは砲塔を乗り越えると、「こら〜!」と操縦手ハッチのペリスコープ前に逆さまに顔をぶら下げた。驚愕に、戦車がようやく動きを止める。ハルカはふぅ、と息を吐いた。
「これは‥‥少し、時間がかかっちゃうかも」
 言葉の交わせぬ相手の混乱を鎮める難しさを、ハルカは今、痛感していた。


 煙幕で視界を塞がれた混乱の戦場で、砲撃によりその位置を露見せしめたものは突撃竜に叩き潰された。
 一も二も無く逃げ出したものたちは、岩や互いに激突して擱坐し、もはや動けない。
 最も賢明、或いは、臆病だったものたち──ただじっと状況の変化を待っていたものたちのみが、未だ、その生命と戦闘力とを残していた。
 ‥‥能力者たちの介入より10分。煙幕が薄れると共に混乱は収まりつつあったが、敵キメラは未だ丘の上に健在だった。


 ただひたすらに砲撃を続けていた最後の集団、その先頭車両に愛華が飛び乗った。散弾銃の銃床でハッチをガンガン叩き、強引に自らの存在を認識させる。
「動いちゃダメだよっ! 冷静にならないと、噛むよっ!?」
 先頭車両の車長が顔を出すのを見て、後続もようやく砲撃を中止する。駆け寄ってきた桜がそこに飛び乗り、砲塔横の牽引用ワイヤーを外して車長へと投げてやった。
「態勢を整え直したら、戦車隊は突撃竜に向かって一斉砲撃をして欲しいのじゃ。準備が出来次第合図を。それでわしらは離脱する」
「やられたら100倍返しだって、私のお母さんも言ってたよ!」
 ウィンクと共に拳をグッと握って見せる愛華。二人は、後進を始めた戦車から離れると、未だ激戦の続く戦場を眺めやった。
「これで戦車隊の目処はついた。キメラ討伐に向かうのじゃ」
「うん。100倍返しなんだよ!」

 銃声と、銃火と、硝煙と、吐き出される弾丸と空薬莢。
 雪上のセラと朔夜、二人がひたすらに撃ち放つ銃弾の猛威が、突撃竜の上半身に弾けて無数の赤い傷を残した。効いている‥‥はずなのだが、突撃竜は未だ弱った様子を一切見せなかった。
「KVと渡り合うだけはある。存外、しぶといじゃないか」
 神速の装填で10秒に21発の弾丸を送り出した朔夜の言葉に、セラは引鉄を引きながら苦笑した。こちらに頭を向け直す突撃竜。上半身を落として銃撃をかわし、そのまま低い姿勢で突っ込んで来るのを回避する。
 踏み出した突撃竜のその足が、横に地を踏むのをセラは見た。『接地旋回』っ!? 細い目を見開き、息を飲む。
「回避ーっ!」
 警告の叫びを上げた時には巨大な尻尾が目の前に迫っていた。咄嗟に盾を構えて後ろに跳ぶ。宙を舞う浮遊感は、しかし、すぐに衝撃となって全身を吹き飛ばした。
 地を転げ、跳ね回る。岩に激突しなかった事だけが救いだった。
(「ダメージを減衰させてコレですか‥‥っ!?」)
 流石にすぐには立てなかった。骨と内臓は大丈夫か‥‥銃、銃は? 落ちてる銃把を拾い上げる。
「‥‥寝ているわけにも、いきませんよね」
 突撃竜は背を向けて遠ざかりつつあった。セラは自らがまだ戦闘能力を保持している事を確認すると、敵を追って立ち上がった。

 ヘビー級とモスキート級の戦いだ。いい加減、神経が参っても仕方がない。
 突撃竜の足元でその注意を引き続けてきた硯は、再び距離を取りつつそんな事を考えた。もう何分経ったのだろう。一撃貰えば大ダメージという気の抜けない状況で、ただひたすらに囮役を繰り返す。その上、戦車隊の『流れ弾』にまで気を使わねばならない。
 初撃以降、突撃竜はその足を止める事はなかった。常に動き続けてその進路上の敵を鉤爪と尻尾にかけようとする。その戦闘スタイルはまさに騎兵‥‥いや、象兵以上だ。奴は駆けるだけで簡単にこちらを蹂躙できるのだ。その足を止めれねば、生身で相手をするのは厳しかった。
 息を吐く。まるでギリギリのタイトロープだ。肉体的な疲労よりも精神的なストレスの方が遥かにキツい。
 だが、それも、もう終わろうとしていた。‥‥労苦が報われる、そういう形で。
「硯ちゃん、大丈夫!?」
 大型拳銃を連射しながら、ハルカが硯の横へと駆け寄ってきた。不思議なものを見るように、硯はその顔を見返した。
「ハルカさん? それじゃあ‥‥!」
 振り返る。戦車班が‥‥ハルカに続いて、桜と愛華も戦場へと到着していた。
「撃ちまくれ! いくらでかくとも弱い所はあるはずじゃ!」
 全身を赤いオーラに包んだ愛華が敵の懐に飛び込み、銃口を上へと向けてSturmSG−08Kを撃ち放つ。その陰から飛び出した桜は回転するように飛びあがり、傷口へと薙刀を突き入れた。
「来たか! 上手く纏めてくれたようだな!」
 鉤爪が額を掠め飛ぶ下を潜りぬけ、尻尾にカウンターで『流し斬り』を決めた我斬がその表情を輝かせる。3人の到着は、もう『流れ弾』が飛んで来ない事を意味していた。
「よしっ!」
 突撃竜の脚が接地した瞬間を狙って、硯が側面から突っ込んだ。その瞬間、地を蹴るまでの間は、突撃竜の脚はそこにある。
 反対側からは、槍を両の手に持った透夜が突っ込んだ。連結した双槍「連翹」をクルリと回し、赤いオーラに身を包みながらその穂先を足首へと突き入れる。
「脚一本は貰いたい、が‥‥っ!」
 深々と突き刺して、槍先を捻って引き抜く。その感触──かつての強化型トロルと同様の感触に、透夜は、この大型二脚種の脚部にも同様の防御が施されているのを知った。
 ポン‥‥ッ! とどこか間抜けな音が空に響いた。後方で撃ち上げられた発煙筒が、灰色の空を背景に鮮やかな赤い花を咲かせていた。
「戦車隊からの合図‥‥! 砲撃が来る。全員退避!」
 叫ぶと同時に、透夜は率先して離脱を開始した。キメラに纏わり付いていた能力者たちが一斉に離れ、一瞬の静寂が戦場に訪れる──
 直後、連続する砲声が一斉に鳴り響き、砲弾が立て続けに突撃竜を直撃した。
 グラリと揺れる突撃竜。20発以上の砲弾がほぼ同時にその身を打ち据えたのだ。それは、竜を地に打ち倒すのに十分過ぎる衝撃だった。
 地響きと共に突撃竜が雪の大地に倒れ伏す。ほぼ同時に、桜はその身を突っ込ませていた。
「ここで逃がせば、またどこかで被害が出る! 今、この機会に倒すのじゃ!」
「おうよ! こんな危険物、絶対に逃がせねぇ!」
 呼応する我斬と能力者たち。これが最後のチャンスだった。もし、敵が逃走を始めれば、その質量を阻む術などないのだから。


「どうやら倒してしまったみたいだね。‥‥あれが能力者か。実際にこの目で見るのは、初めてかな」
 丘を望む南の森の中。妨害無線を発していた旧式陸戦用ワームのハッチから身を乗り出した人影が、そんな事を呟いていた。
「今から相手をするには‥‥ちょっと手駒が不足かな? うん。春が来るのが楽しみだよ」
 心底、楽しそうに呟き、機中に戻る人影。電磁迷彩ネットが煌き、ワームはひっそりと南へと去っていった‥‥