タイトル:SES−200 空を駆けるマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/19 02:43

●オープニング本文


「上層部より公式に認可が下りた。次期市場攻勢のフラグシップ機たる『新型汎用高性能KV』、その候補の一つに、第3KV開発室設計の技術試験機『X−201』を正式に採用する。これをもって、以後『X−201』の呼称は『YF−201』に変更。第3KV開発室は、その持てる技術の全てをもって、量産化を前提とした再設計、および試作機の完成を速やかに達成する事」
 企画開発部のモリス・グレーからその話を聞いた時、第3KV開発室長、ヘンリー・キンベルは、歓喜に咽んだりはしなかった。食堂に行く手間も惜しんで、開発室のデスクでジャンク食片手に各種試験結果のデータ数値と睨み合っていたヘンリーは、淡々と語るモリスに唖然とした顔を向けると、「‥‥本気か?」などと呟いた。
「‥‥いや、正気か? 『X−201』は技術試験機だぞ? 試験の為に各種の新技術を詰め込んでいるから確かにカタログ上のスペックは高いが、設計的にかなり無理している事は知っているだろう?」
 とても量産向けの機体じゃない。口の中のハンバーガーをドロームコーラで流し込んで、モリスにそう言ってやる。そのモリスはヘンリーのデスクを半分占領して、奥さんに持たされた弁当箱のジェラルミン缶を開ける所だった。このクールでドライな同期のやり手は、どんなに忙しい時であっても、この手作りの弁当は毎日必ず完食する。
「生産性や整備性に難がある事は、俺も上の連中も分かっている。だが、それでも高性能機の市場投入は急務なのさ」
 銀河の雷電。そして、クルメタルのシュテルン。この2機種がドロームの上層部に与えた衝撃はそれ程のものという事か。ともかく、危機感を抱いた社のお歴々の方々は、ここいらでドロームの持つ技術力を市場に示しておきたい、と考えたのだろう。
「社の要求はただ一つ。最低でもシュテルン並みの性能を持つ量産機である事だ。とりあえず、予算や生産性、整備性は二の次で良い。シュテルンだって、あの複雑な機体構造では、その辺りで無理をしているはずだからな」
 随分と無茶を言ってくれるな、とヘンリーは苦笑した。あの機体の万能性と瞬間性能の高さはちょっと尋常ではない。同じ方向性では対抗は難しいだろう。
「ともかく、来年──2009年の頭かその近くで、社で正式採用する高性能機を決定するコンペティションが行われるはずだ。それまでに試作機を仕上げておいてくれ」

 2009年2月初頭 北米ネバダ州ドローム社KV用実験場──
 量産を前提とした再設計と再調整が為された3機の『YF−201』が、ハンガー(格納庫)からエプロン(駐機場)へと引き出された。蒼空の下、陽光に銀翼を煌かせるその姿を目の当たりにして、ハインリヒ・ベルナーは、何とも言えない感慨に打ちのめされていた。
 自らが開発に──末端とはいえ、関わった機体が、こうして形になっている‥‥。それも、どこに出しても恥ずかしくない最新鋭機だ。秀才肌のハインリヒは、社内でも『場末の部署』と軽視される3室への配属にくさっていたのだが‥‥黙々と報われぬ仕事をこなしてきた3室の技術者たちは、他の開発室とは異なる方向性で、確実に技術を蓄積してきたのだ。その結実が、今、彼の目の前にある。
  ハインリヒは、隣に立つ同期の新人たち──アルフレッド・ノーマンとリリアーヌ・スーリエと、自然に視線を交わしていた。誰からともなく笑みを浮かべる。この感慨は、恐らく、当人たちにしか分かるまい。
 その頃、ハンガー(格納庫)では、最終調整を終えたヘンリーがテストパイロットの能力者たちを前に、3室の置かれた状況を説明していた。
「最終選考の相手は、第2KV開発室のYF−194『スカイタイガー』。S−01Hにも搭載された『SES−190』エンジンを2基搭載した中型双発機で‥‥そういう意味ではYF−201と兄弟機と言えるかもしれない」
 ヘンリーはルーシー・グランチェスターに苦笑を向けた。YF−201に搭載するSES−200『スルト』エンジンを開発したルーシーは、SES−190エンジンの生みの親でもある。
「だが、その『育ち』は全く違う。YF−194はユニバースナイト弐番艦の艦載機を目指して開発された多機能機で、手堅く纏められた汎用機だ。純粋な戦闘能力はYF−201が上回っているが、生産性・整備性・経済性を含めたKVとしての総合能力はあちらに分がある」
 YF−201の再設計に当たっては、テストに参加した能力者たちの意見が参考にされていた。攻撃・命中・回避・知覚に意識を置きつつ、高いレベルで均整の取れた能力。機体特殊能力には当初から搭載予定のブースト空戦スタビライザーに加え、意見の多かった重視能力上昇系の搭載を実現したものの‥‥その燃費はお世辞にも効率が良いとは言えないものになってしまった。
「燃費は酷いが規格外の高出力エンジン。可動域の大きなベクターノズル。ブースト空戦スタビライザーから派生した新型の機体安定化装置。機体形状による空気抵抗を抑制する気流制御補助力場等々‥‥量産前提の設計ではあるが、シュテルンと同程度の空戦性能は確保できた、と思う」
 だが、それも、今回のコンペティション次第ではどうなるかは分からない。
「強烈なインパクトを‥‥この機体にしか出来ない何かを、観覧する上層部に見せつける事が出来れば‥‥」
 ヘンリーの頭の中に構想はあった。だが、それは通常では難度が非常に高く、これまでに何度も失敗してきた事だった。
(「どうすれば、実現できる‥‥どうすれば‥‥」)
 アナウンスが実験開始予定を告げる。能力者たちは機体へと走り‥‥ヘンリーはそれを為す術も無く見守るしかなかった。

 ミユ社長と幾人かの重役たちの到着をもって、コンペティションは開始された。
 この日に行われるテストは、実機を使った模擬戦闘実験だった。互いを仮想敵とした空戦演習の後、そのまま廃墟を模した演習場へと変形降下。動目標を用いた各種地上演習を行うというものだった。最終選考に残った2機は、それぞれ異なったコンセプトを持っており、事前のプレゼンではYF−194の方が優勢だった。YF−201としては、ここで何としても優位性をアピールしたい所だった。
 大空の闘技場に立つ剣闘士の様にグルグルと円を描きながら、蒼空へと駆け上がる各3機の試作機たち。それは模擬戦高度到達と同時に大きく花開くように散開し、今度は互いの喉元に喰らいつこうとその機首を巡らせる。
 実験場にけたたましいサイレンが鳴り響いたのは、その時だった。
「ユタ州防空監視所より警報。西海岸へと侵攻する敵編隊の一部が本飛行場に接近しつつあり‥‥」

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
ティルヒローゼ(ga8256
25歳・♀・DF
ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
須磨井 礼二(gb2034
25歳・♂・HD
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
白岩 椛(gb3059
13歳・♀・EP

●リプレイ本文

 久方ぶりの再会がこのような形でなされるなんて。蒼空の只中に『YF−194』を駆りながら、鏑木 硯(ga0280)は苦笑した。
 皮肉な話だ。面識あるヘンリーが心血を注いで開発した『YF−201』。そのライバル機たる194のテストパイロットが自分とは。
「もちろん、やるからには手を抜きはしませんけどね‥‥」
「? 何か?」
 硯の呟きにティルヒローゼ(ga8256)が反応した。硯が慌てて謝罪する。無線が開放されている事を忘れていた。
 そのティルヒローゼは、硯機の斜め後方からその機影を楽しげに眺めていた。どこか柔らかな印象の、それでいて空気を切り裂くような先鋭的なデザイン。似た既存機は思い浮かばないが、そのコンセプトはF/A−18のそれに近いのだろう。
 ティルヒローゼが実際に弄った感触では、現在の愛機、ディアブロが持つような圧倒的なものは持っていない。だが、手堅く堅実に纏められた設計は癖が少なく、特に操作性が良好だった。
「ディアブロにも飽きてきたし、このまま乗り換えてもいいかもね」
 そんな事も考える。もちろん、このコンペに勝ってからの話だが。
 一方、最後尾を飛ぶ201のコックピットの中では、クリア・サーレク(ga4864)がマニュアル片手に頭から湯気を立ち昇らせていた。
「うぅ‥‥空戦スタビでしょ、スルトでしょ、安定化装置に制御力場‥‥」
 模擬空戦が始まろうとするこの時まで、クリアは『あの機動』を実現するべく構想を練り続けていた。もう知恵熱でお湯が沸かんばかりだ。
「可動域の大きなベクターノズルに機体安定化装置。そして、空気抵抗を抑制する補助力場‥‥どうにも特殊なマニューバーを想定してはりそうですな。『急旋回擬似慣性機動』とか出来へんやろか?」
 クリアの唸り声に触発されたように、エレノア・ハーベスト(ga8856)が自らの考えを口にした。それを聞いた皆が苦笑混じりにツッコミを入れる。‥‥エレノアが乗っているのは201ではなく194なのだ。
「あ」
 赤面するエレノア。彼女はかつて201の技術試験に参加したことがあり、今回、201に乗るクリアやヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)などとも顔見知りだった。
「あの‥‥その『擬似慣性機動』、よろしければ、私に試させていただけませんか?」
 201に乗る最後のテストパイロット、白岩 椛(gb3059)が遠慮がちに切り出した。機体を意のままに操る為に開発されたと思しき技術群‥‥慣性制御程ではないにしても、今までに出来なかった機動が出来るかも。椛もそう考えていた。
「では‥‥そろそろ始めるとしようか」
 ティルヒローゼの一言に能力者たちの表情が引き締まった。模擬空戦の予定高度に到達したのだ。
 互いに距離を開いて散開しながら、その時を待つ能力者たち。嗅げる程に濃縮されていく戦意と緊張感は、しかし、突然、機内に響き渡った電子音に切り裂かれた。地上の管制官が無線に割り込み、実験場に迫る敵編隊の存在を報せてくる。
 ヴェロニクは大きく息を吐くと、風防越しに見えるライバル機に視線を向けた。
「‥‥どうやら、一時休戦のようですね。まずは不粋な闖入者にご退場願わないと」
 異存は無かった。上空を舞う計6機の試作機は編隊を組むと、その機首を北へと向けた。


 その少し前。
 地上戦訓練の舞台となる廃墟の実験場に、戦闘機形態のKVが2機、どこか所在なさげに佇んでいた。
 ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)、そして、須磨井 礼二(gb2034)のシュテルンだった。共に地上戦訓練の仮想敵として待機していた。
「空を駆け上がるKVって、キラキラして綺麗だね〜‥‥」
「‥‥ですねぇ」
 風防を開けたまま、ほんわかと空を見上げるヴァレスと礼二。『礼二が囮役、ヴァレスが攻撃役』と訓練に対する最低限の方針を決めてしまうと、そのまま二人して試作機の見物を決め込んでいた。訓練相手の動きや癖を見極める為、という名分はあるが、実際は好奇心だ。フル装備で待機などという剣呑な状況も、二人から笑顔を奪うに値しない。
 状況が変わったのは、そのすぐ後の事だった。
「おや? 何やら警報が‥‥」
 やはりどこかのんびりと、しかし、素早くシートに戻り、礼二がレシーバーを耳に押し当てる。ヴァレスはシートに立ったまま、管制塔のスピーカーに耳をそばだてた。
「このタイミングでヘルメットワーム? 偵察機か?」
 まさかな。考えすぎだ。ヴァレスは独りごちながら首を振った。覚醒に伴い、喋り方や性格が変わっている。
 二人は風防を閉めると、すぐにエンジンの出力を引き上げた。訓練のため待機状態だったのが幸いした。でなければ5分は時間をロスしていただろう。
 4基の推力偏向ノズルを真下へ向け、出力を一気に押し上げる。エンジンが咆哮で応え、砂利や砂塵を飛ばしながら機体を浮かび上がらせた。すぐに十分な高度に達した2機のシュテルンは、ブーストを焚いて遥か蒼空へと駆け上がる。‥‥先行した試作機に追いつくまで約50秒といったところか。
「‥‥或いは、試作機にとって、これは機会なのかも知れない」
 礼二の呟きは小さく、誰の耳にも入らなかった。


「全機! 攻撃開始!」
 硯の号令と共に、上空を占位した試作機たちは降下を開始、一斉に敵へと襲い掛かった。
 最大射程でミサイルが撃ち下ろされ、襲撃に気づくのが遅れた敵編隊に降り注ぐ。空中に爆炎の花が咲き乱れ、ダメージを受けた敵は遅ればせながら散開した。
 慣性制御技術を用いてランダムに回避運動を始める敵ワーム。硯は編隊の一番外側へ逃れ出た1機を目標に定めると、照準して引鉄を引き絞った。機銃が火を吹き、20mm弾が装甲を乱打する。伸びた火線は1本ではなかった。硯機に続くティルヒローゼ機とエレノア機が、続けざまに銃撃を浴びせ掛けている。
 跳弾と砕けた装甲とが火花となって敵機を包む。3機がその横を駆け過ぎた時、ワームは小爆発と共にグラリと機体を傾かせ、爆煙を狼煙にして赤茶けた大地へと墜ちていった。
「招かれざる客か、それとも要らぬ気を利かせた誰かのプレゼントか‥‥まぁ、いい。スクラップにされる前にスクラップにしてしまえば同じ事さ」
 再び、機を上昇させながら、ティルヒローゼは不敵に笑う。
 敵は二個小隊、計8機の小型Hワームだった。恐らく無人機‥‥強化型でもない。プロトン砲とフェザー砲を装備したごく一般的なタイプのようだ。名古屋防衛戦の時には、これを1機墜とすのに人類は3機のKVを必要とした。だが、1年の時は、技術と経験を人類にもたらしていた。
「良い機体どすな。全開時なら201の機動性にも負けんと違うやろか」
 バランスに優れた194の運動性に、エレノアは満足の吐息を漏らした。もっとも、それは同時に、大型機ながら同等の機動性を持つ201に対する感嘆の吐息でもある。
「性能以上の能力を引き出す必要はありません。性能を余す所無く見せれれば十分。安定感のある基本動作と教本のような基本戦術‥‥それでHWを圧倒できれば、それがこの機体の評価に繋がります」
 硯の言葉に頷くエレノアとティルヒローゼ。三位一体と化した3機の194は上昇しつつ反転し、追い縋るワームへと再び攻撃を開始した。

 右に左に激しく機を振る敵の努力を嘲笑うように、白煙を引いて追い縋った誘導弾は上方からワームを直撃した。
 照準にその敵を捉え続けてきたクリアが、バランスを崩したその敵を20mmで追い撃ちする。このまま止めを、と奔るクリアの背後に、だが、別のワームが2機、滑る様に回り込んでいた。フェザー砲が機体を嘗める寸前、気付いたクリアが機を横転降下させる。放たれる追い撃ち。それを邪魔するように、ヴェロニクが敵中に機体を突っ込ませた。
「白岩さん、お願い!」
 追いかけてきた2機を引き連れたまま、ヴェロニクが敵を椛機の射線上へと引きずり出す。だが、1機はそれに気が付いて、クルリと機体を椛機へと向き直した。
「っ!? ‥‥でも、このまま行きます!」
 光の砲弾が撃ち放たれる中、椛は機のブースト空戦スタビライザーを起動した。目の前に迫る怪光線を、排気炎を尾のように振り回して跳ぶように回避する。急激な機動によるGで呼吸が止まり、体中の血液が振り回された。機体が上げる悲鳴はエンジンの咆哮に掻き消され、ただ振動となって伝わるのみ。全開になった気流制御補助力場が機体の各所で赤く染まる‥‥
(「セカンダリリミッターの解除は‥‥不可。ならば、出来うる限りの最大を‥‥!」)
 ブーストに点火。さらに機動力が跳ね上がる。機の悲鳴を感じながらも椛は懸命に機体を制御して‥‥気がつくと、正面に敵の横腹が見えていた。
 引鉄を引いたのは無意識だった。装甲を穴だらけにされた敵機が爆散する様を、椛は通り過ぎてから確認した。
「あれ‥‥私‥‥」
 気がつけば、燃料計の数値がゼロに近い所まで下がっていた。椛やエレノアが求めた効果が発揮されたのか、それとも、スタビライザーの効果だったのか‥‥結局、この時には判別がつかなかった。

 同刻。ヴェロニクは追い縋るもう1機の敵に向けて、『あの機動』‥‥空中変形による斬撃を試みようとしていた。
 機体安定化装置を全開──即ち、ブースト空戦スタビライザーを起動して、機体を人型へと変形させる。途端、重く圧し掛かってくる空気の抵抗。ヴェロニクはブーストも使ってエンジン出力を限界まで振り絞り‥‥その膨大な出力に任せて、水蒸気を霞の様に纏った機は人型のまま宙を飛ぶ。
「お願い‥‥そのまま‥‥っ!」
 ベクターノズルを限界角度まで曲げ、最小半径で背後の敵に肉薄せんとする。だが、ディフェンダーを引き抜いて正面へと構えた所で‥‥機体は、遂に空気の壁に屈して失速した。
「あ‥‥」
 落下を始めたコックピットでヴェロニクは呆然と自らの運命を把握した。砲口を光らせる敵。失速を始めた機体にそれを回避する術はない。だが、そんな事より、前回と同じ結果を招いた事がヴェロニクにはただ悔しくて‥‥
 砲声が轟き、ヴェロニク機の横を飛び過ぎた砲弾が、正面の敵機に直撃して爆発した。何が起きたのか分からず呆然とするヴェロニクの横を、ヴァレスのシュテルンが行き過ぎる。弾ける様に飛び退さる敵ワーム。ヴァレス機がそれに追い打ちをかける。
「醜態を晒すつもりはないが‥‥比較にも試行にも丁度良い!」
 そう叫びつつ、ヴァレスは敵に肉薄しながら、シュテルンを人型へと変形させた。先程のヴェロニクと同様の状況を、12枚の補助翼と4基の推力偏向ノズルでどうにか制御しようと試みる。辛うじて機位を安定させながら、ヴァレスは敵に機杭「エグツ・タルディ」を突きつけた。轟音と共に飛ぶ廃莢。高速で打ち出されたその鋭鋒は、しかし、ワームの装甲を削っただけで空しく宙を貫いた。急速後退した敵に人型では追いつけなかったのだ。
 ヴァレスは小さく舌を打つと、光の弾幕の中を戦闘機形態へと変形し、逆に敵を追い払う。体勢を立て直すヴェロニク機を守る様に、いつの間にか礼二機が後ろ上方に位置していた。
「大丈夫ですか? 今度は僕も護衛します。諦めず、へこたれず、笑顔でもう一度チャレンジです!」
 礼二の激励に、ヴェロニクは勿論応えたかった。だが、既に機体練力は底をついていた。
「バルたん、礼二君。少しの間、援護をお願い。‥‥今度はボクがやる!」
 後方から飛び込んできたクリア機が、前方に位置する敵に向かって前に出た。クリア機の後方にはワームが喰らいついていたが、風防越しにグッと親指を立てた礼二が笑顔でそれを追い払いに掛かる。ヴェロニクはクリア機の後方で援護についた。
「ボクは信じるよ。ヘンリーさんたちが手塩にかけたこの子はきっと、空を駆けられるって。‥‥吼えろ、スルト! スタビライザー発動!」
 叫びと共に、クリア機が曳く『炎の尾』が巨大化する。出力最大、それをクリアは気流制御補助力場へと展開する。機体の各所を覆っていた薄赤い微弱な力場が色を濃くし、勢いを増して盛り上がる。それはまるで炎の様に機を覆い──その瞬間、クリアは機を人型へと変形させた。
 『炎』を纏い、宙を駆けるクリアのYF−201。その背をヴェロニクはコックピットの中で祈る様な思いで見つめていた。
「貴方にはたくさんの人の想いが詰まってるの。だからお願い、翔んで‥‥!」
 雄叫びが重なる。人型のまま敵機へと肉薄したクリア機は、きっちり2回、手にした機剣でワームを斬り裂くと、薄まる力場を残滓に戦闘機形態へと変形。爆散する敵影を残して離脱した。

 クリア機の撃墜で残り3機となった所で、敵は戦場からの離脱を開始した。
 フェザー砲を撃ち放ちながら、高速で後退する敵ワーム。だが、ヴァレスも礼二も1機たりとも逃すつもりはなかった。
 ヴァレス機から高速で撃ち放たれた無数の小型ミサイルが、細かく機位を入れ替えながら猟犬の様に敵を追い包む。その死の投網から逃れる術はなかった。次々とミサイルが直撃し、敵が爆煙の中で砕け散る。
 最後の1機は、礼二が放ったグランツミサイルに三方から追い回され、放電の光の中で爆発して果てた。空中に咲く花3つ。自らも2機の敵を葬った194チームの3人はそれを上空から見守った。
「やっぱり、シュテルンは強いですね」
 それぞれの表現で感嘆する硯とティルヒローゼ。その声を聞きながら別の事を考えていたエレノアは、何かを察して一人、息を吐いた。


 理由も分からずに流した涙の跡を拭いて、ヴェロニクは鞄を手にロッカールームから外に出た。
 鞄の中身はバレンタインのチョコレートだ。本当はコンペの前に皆に配るはずだったのだが、色々あって時間がなかった。
「モリスさんに整備士さん、3室の新人さんたち‥‥ヘンリーさんは、頑張ったからちょっと特別。でも、あの人、人気がつかなそうだなぁ」
 そんな事を考えながら機嫌良く、休憩室へと移動するヴェロニク。その予想は意外にも裏切られた。
「はい、ヘンリーさん! 実験成功記念のチョコレートだよっ! ‥‥べっ、別にバン・アレン帯とは何の関係もないんだからねっ!」
 何故そこで地球の放射線帯が出てくるのか首を捻るヘンリーに、ルーシーが苦笑しながら説明した。日本では、バレンタインデーにチョコを送る風習があるのだと。ついでに、独特のホワイトデーなるものの説明を付け加える。ヘンリーはへーと唸った。
「お返しは、YF−201でいいからねー」
 とにっこり笑うクリア。採用されるといいなぁ、と呟くその言葉にヘンリーは頷いた。
「今回の事で、社としての採用は確定しただろう。だが、量産が開始されるかは、あくまでUPC軍が決める事だから。多くの人が関わった機体だし、ぜひ採用されて欲しいものだが‥‥」
 何事もなければいいのだが。
 『場末』の3室の長として、これまで多くの辛酸を嘗めてきたヘンリーは、ここに来ても未だ慎重な姿勢を崩しはしなかった‥‥