タイトル:【El改革】医師『救出』マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/10 13:03

●オープニング本文


 ダンデライオン財団は、民間・非営利の医療支援団体である。
 現会長である大富豪、ロイド・クルースの提唱により、バグアの侵攻で瓦解した旧赤十字系の組織を統合する形で発足し、南北アメリカ大陸を中心に、競合地域など現地政府の目や手の届かぬ──あるいは、実質的に見捨てられた──地域に住む人々の為に、日夜、積極的な各種医療支援を行っている。
 その活動に政治の都合や思惑、国家間の軋轢は関係ない。南米アマゾン川上流、反UPCを掲げて建った『エルドラド』に関する紛争が一応の終結を見た時、未だ危険なかの地において真っ先に大規模な医療支援を表明したのも、このダンデライオン財団だった。
 人々に、可及的速やかに、自らの手の届く範囲で可能な限りの人道医療支援を──
 それが会長ロイド・クルースの志であり、その下に集った財団員たちが共有する理念であった。

「つまり、俺たちは、自己満足の正義の為に命を懸ける『えぇ格好しぃ』の集まりというわけだ」
 南米の密林に切り開かれた、道と呼ぶのもおこがましい泥とでこぼこの上をひた走る四輪駆動車。その運転席で、平然とこの『じゃじゃ馬』を乗りこなしながら咥え煙草に火を点けつつ、ダン・メイソンがそう露悪的に呟いた。
 助手席のレナ・アンベールはこれ見よがしに溜め息を吐いて見せた。運転席に座るこの中年男と組んでもう何ヶ月にもなるが、MAT(Medical Assault Troopers。財団車両班)隊員としての志と理想に悉く水を差すダンの物言いには、正直、いつまで経っても慣れれそうになかった。
 レナは何か言い返そうとして‥‥途端、車が跳ね上がった衝撃で舌を噛みそうになって、黙ってその口を閉ざした。泥水塗れの窓の外には、変わり映えしない密林の風景。僅かに開けた窓から吹き込む風は、車内に籠もった熱気と煙をどうにかできる程ではなく‥‥窓を全開にして跳ね上がる泥に塗れるのとどっちが不快でないだろうか、などとそろそろ本気で考えたくなる。
 北米ユタ州派遣団のMAT隊員であるレナとダンが南米まで出張る事になったのは、二日前に起きた事件が原因だった。
 支援物資を満載し、陸路、エルドラドへと向かっていた財団のキャラバン(医療輸送隊)の一つが、エルドラドの残党と思しき武装勢力の襲撃を受けたのだ。雇われていた非能力者の傭兵たちは全滅。物資を根こそぎ奪われた上、乗り込んでいた医師や財団関係者も連れ去られた。
 『財団関係者』解放の為の身代金要求があったのは昨日。財団は賊との交渉を継続しつつ、同時に救出作戦の準備も進めた。身代金を払うという前例を作るわけにはいかなかった。それは財団に対する同種の事件を誘発し、各地で活動する財団員を危険に晒す事になるだろう。
 折り悪く、エルドラドにおいて残党軍との戦闘が発生した事もあり、正規軍特殊部隊の動員は不可能と判断した財団は、ULTを介して『医師を含む財団関係者の救出』を能力者たちに依頼した。そして、彼等を輸送する為に白羽の矢が立ったのが、ダンとレナの二人だった。

「着いたぞ」
 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。MATなどに所属していると、ちょっとした悪路は眠気覚ましにもならなくなる。レナは4点式のシートベルトを外すと、扉を開けて泥の地面へと降り立った。
 途端、ガソリンの匂いが鼻についた。視界に飛び込んできた焼け焦げた高機動車の残骸に、眠気は一気に吹っ飛んだ。
「ここが‥‥襲撃現場‥‥」
「そうだ。この比較的急なカーブを隊列が半分過ぎた辺りで襲撃を受けたようだ。‥‥護衛車が真っ先に潰されているな」
 穴だらけにされ、燃え尽き、真っ黒になった高機動車に屈み込み、ダンがそう呟いた。
「初撃はRPG(対戦車擲弾発射筒)。護衛車の殆どがそれでやられている。この車は初撃を逃れて‥‥兵を下ろす所をキャリバー50で薙ぎ払われたか。‥‥だが、こいつは‥‥?」
 何やら考え込んでしまったダンを余所に、レナは手掛かりを求めて現場を歩いていった。傭兵を乗せていたと思しき幌つきのトラックが2台、炎上した『骸』を道路の真ん中にさらしていた。1台分のスペースが空き──恐らく、車ごと荷を持って行ったのだろう──、続けて、道端に擱座した物資輸送用のコンテナ車。荷は文字通りのすっからかんで‥‥どうやら、車輪の破損した車両を道の端へと押しやったような跡が見て取れた。
「レナ。ちょいとこいつを見てくれ」
 いつの間にか移動していたダンがレナを呼び、道端に残った轍の跡を指差した。深く大地に刻まれた、等幅ではない、明らかに車両のものとは違うその痕跡は‥‥あるいは、車両班のレナとダンよりも能力者たちの方が詳しいかもしれない。
「ナイトフォーゲル?」
「エルドラドにはKVもあったという話だからな。さっきの高機動車な、斜め上方から銃撃を受けていた。KVから撃ち下ろせば丁度そんな感じになるだろう。‥‥ただ、KVの武装にしては12.7mmはどうにも貧弱だ。装輪走行の跡はあるものの二足歩行の跡も見られないし‥‥」
 どうにも勝手が掴めんな、とダンは首を捻った。
「どうせ、実際に目にすればすぐに分かりますよ」
「なんだと?」
「あれ見て下さい。コンテナ車が脇に寄せてあるでしょう? こっちの燃えたトラックはそのままなのに。あれ、車両を通過させる為にやったんですよ。偽装の痕跡も無いし、他に車の通れる道はない‥‥。この道を行けば、少なくとも手がかりは見つけられると思いますよ」

 かくして、思いの他早くに敵の拠点は発見された。
 その村は密林の中にありはしたが、隠れてなどいなかった。小さく名前が記される程度ではあるが、地図にも所在が乗っている。
 緩やかな山あいの地に築かれたその集落は、恐らく人工100にも満たないだろう。一言で言うならば、のどかな村だった。広い畑。道沿いに連なる石造りの民家から立ち昇る炊事の煙。一際大きなあの建物は集会所か学校だろうか。家々へ帰る子供たちの笑い声がここまで聞こえてくる。村の周囲をグルリと二重に囲んだ木製の壁と堀、逆茂木やら見張り台やらも、キメラの跋扈する競合地帯であればそう珍しいものでもない‥‥
 だが、それでも。この村は襲撃者たちの拠点に違いなかった。
 4箇所の見張り台に据え付けられた武装は一介の村落が装備するには過ぎたものだったし、奪われた財団のトラックが再塗装もされずに走っているのを見た時には思わず笑ってしまいそうになった。
 ダンは、救出を逸るレナを抑え、1日を掛けて村の様子を観察した。攫われた医師の姿はすぐに確認する事が出来た。白衣を着た西洋人が、自動小銃を持った二人の男に連れられて家々を回っていた。他の財団関係者の姿を見かける事はなかった。
「さて‥‥どうしたもんだろうな」
 財団の上層部からは、5日以内に医師と財団員を救出するよう命令を受けている。ダンはポリポリと頭を掻いた。

●参加者一覧

叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
ユーリ・クルック(gb0255
22歳・♂・SN
鴇神 純一(gb0849
28歳・♂・EP
笹波結城(gb4752
19歳・♂・DG

●リプレイ本文

 かつて、道路開拓の際に使われたのであろう、道から外れて少し奥へと入った先の小さく開けた空間に、能力者たちが設営した救出隊のキャンプはあった。車とテントで作った簡易な、だが、巧妙に擬装が成された野営地──そこに、村へ情報を集めに行っていた能力者たちが戻ってきたのは、3日目の夕刻の事だった。
「お疲れ様です。村の様子はどうでしたか?」
 車のボンネットを机代わりに、ユーリ・クルック(gb0255)は用意した地図を広げると、早速、偵察員たちにそう尋ねた。余りにも大雑把な地図しかなかったため、実質、能力者たちの手作りと言ってよかった。キャンプの周辺部分には、地形や水源、高低差など、笹波結城(gb4752)が調べた詳細な記述が為されている。
 ユーリの問いに、調査に行った叢雲(ga2494)、アルヴァイム(ga5051)、鴇神 純一(gb0849)の3人は、微妙な顔をしながら互いに視線を絡ませた。
「‥‥村の周辺地形と、村内の建物の配置はこんな感じです」
 口火を切ったのは叢雲だった。彼は偵察中に写し取ったイラストを地図の上に重ねると、それを指差しながら説明を続けた。
「人質たちが捕まっているのは、恐らく、ここ‥‥畑の傍らにある小さな廃屋です。農具置き場の一つだったんでしょうが、そんな所に見張りを置く必要も、食事を運ぶ理由もないですから。道路沿いの民家からは離れているので、村の外壁さえ越えれば、畑を通って一気に行けます。むしろ、医師の方が厄介ですね。こちらは集落の中ですから」
 叢雲の報告に、能力者たちは半ば呆然と顔を見合わせた。余りにも簡単に情報が収集できたからだ。
「‥‥罠の可能性は?」
 ユーリの懸念は当然だ。アルヴァイムは頷いた。
「‥‥彼等は見張りに定時連絡もさせていないのです。見てくれこそ武装ゲリラ並みですが、警備体制を見る限り能力は決して高くはありません」
「連中、無線すら使っていないんだ。掘周りにも罠一つ仕掛ていない。それに、多分、あの村に格納庫や整備所の類はないな。KVがあったとしても、恐らくほったらかしにされている」
 アルヴァイムの後を受けて、純一が言葉を継ぐ。レナは愕然とその顔色を蒼くした。
「それじゃあ‥‥」
「ああ。連中の多くは素人‥‥ただの村人だ。襲撃の手際を見る限り、手練も何人かはいるだろうが、それも多くはないだろう」
 そんな‥‥とレナが絶句する。響 愛華(ga4681)は「あぁ、やっぱり」と小さく、深く、息を吐いた。
「あの人たちも生きるのに必死なんだよね‥‥分かってた。分かってたけど、どうしてこうなっちゃうのかな‥‥」
 そんな愛華に、綾嶺・桜(ga3143)は言葉もなかった。草木で擬装した迷彩巫女服を着ようとして、愛華にえいやっ、と無理矢理普通の迷彩服に着替えさせられ──それは、まぁ、いつもの光景だが──た際にも、どことなく元気がないように思えて気に掛かっていたのだが‥‥
「貧困国で起きる内戦とか、海賊とかはさ。元々は外の国の連中が持ち込んだ諸々の厄介事が原因だって聞いたけど‥‥」
「革命の爪跡、か‥‥内に籠もらぬ様、何とか外に開放できればいいんだが」
 MAKOTO(ga4693)の言葉に頷く純一。それを聞いた結城が沈痛な面持ちで視線を落とす‥‥
 そんな重い空気を、動じた素振りも見せずにダンが一刀に乱麻した。
「だが、まぁ、こんな事は別に珍しい事でもないさ。俺たちが今、やらなきゃならないのは、囚われた人質たちの解放だ」
 能力者たちが頷く。レナはただ一人不満そうにダンを見やり‥‥その相変わらずの凸凹コンビぶりに、純一は苦笑した。


 4日目、夜明け前──
 空がうっすらと光を含み、夜の闇が微かに薄れ始める頃、能力者たちは行動を開始した。
 葉を揺らさぬように慎重に、森の端まで前進して来たユーリが周辺の安全を確認する。村からここを視認出来るのは、塀の向こうの見張り台だけだ。その見張りの様子を慎重に見定めて‥‥ユーリは後方に薄闇の中を手信号で合図した。
 闇の中から結城が飛び出し、堀の外に設置された逆茂木の陰へと一気に身を潜り込ませる。森へと向き直って膝をつき、両の手を組み合わせ‥‥直後、走り寄ってきた桜が片足で駆け乗ると、その両手を思いっ切り高く、背後へと振り上げた。闇の中、暗き夜空を桜の小さな身体が舞う。逆茂木、堀、塀の全てを越えて、桜は村内へと飛び込んだ。
 着地の音は存外に大きく響いたが、見張り台の男が頭を巡らした時には、桜は『瞬天速』で闇の中に消えていた。男はそれ以上頓着する事無く、首を捻って退屈な見張りに戻り‥‥結果、30秒後に、背後に忍び寄った桜にその意識を刈られる事になった。或いはそれが彼の幸せであったかもしれない。森の中では叢雲が、サプレッサー付きの銃口をずっと彼に照準し続けていたからだ。無駄な血は流したくはないが、もし、男が桜に気付いたような素振りを見せていたら、叢雲は射殺も辞さない覚悟であった。
 他の見張り台は闇夜に遠く、気付かれた様子はどこにもなかった。桜は気絶した男を縛り上げて猿轡をかますと、塀の外に潜む仲間に合図を出した。森を出て次々と塀を乗り越えてゆく能力者たち。結城はユーリの所へ戻ると互いに頷き、森の中を村の出入り口へと走って行った。木製の上げ橋を降ろすのは脱出の直前。その際、ユーリと結城の2人は村へと侵入し、出入り口を確保する手筈だった。

 村内へと侵入した能力者たちは、明かりひとつない村の外周部から畑へと進行し、件の監禁小屋へとひた走った。
 MAKOTO、アルヴァイム、純一の3人を先頭に、その側後背を警戒しながら叢雲と愛華が後に続く。事前の調査でこの辺りに警戒の目がないのは分かっていた。今、必要なのは何より速度だった。
 小屋の近くまで到達すると、能力者たちはピタリとその動きを止めた。一転、慎重な足取りで、互いに距離を取って接近する。
 扉の前には篝火が焚かれ、薄闇を煌々と照らしていた。歩哨は2人。交代までまだ半ばとあって、完全にダレている。
(「こいつら、本当にやる気あるのかね」)
 半ば本気で呆れながら、純一は、他の二人が配置につくのを待って、適当な小石を拾って小屋の方へと放ってやった。不意の物音に驚く様が滑稽だった。二人の歩哨は大慌てで立ち上がると、覚束ない手つきでやっとこさ銃口を音のした方に向け直し‥‥その一人の背後に忍び寄ったアルヴァイムが音も無く、闇の中から染み出すように現れて、気付く間も与えずに後頭部に手刀をとん、と叩き込んだ。
 僚友が倒れ伏す音で振り返ったもう一人は呆然とアルヴァイムを見返した。叫び声が上がる事はなかった。『瞬速縮地』を用いて神速で肉薄してきたMAKOTOに当身を喰らわせたからだ。崩れ落ちるその身を片手で抱き止め、銃を外してから寝かせてやる。そうしておいて、MAKOTOはアルヴァイムと視線を交わし、扉の内部へと身を進ませた。倒れた二人は、駆け寄ってきた純一がふんじばって物陰へと放り込む。
 内部の闇はさらに暗かった。飾り気、どころか何もない、ただ草や藁を敷いただけの内部に、4人の財団職員がその身を横たえていた。
「き、君たちは何者だ‥‥?」
「しっ。‥‥大丈夫。財団に頼まれて救出に来た能力者よ」
 怯えたように尋ねる男にウインク一つと微笑で答え、MAKOTOは怪我人がいないか聞き返した。襲撃時に一人、撃たれて怪我をした、との答えを得て、MAKOTOは救急セットを片手に歩み寄る。意外な事に、しっかりとした手当てが為されていた。抗生物質も投与されていたのか、思ったほど酷くはない。医師はこの小屋にも毎日、巡回していたという話だったが、治療が認められていたのだろうか‥‥?
「その襲撃時の事なんですが。先に手を出したのは、この村の人たちですか?」
 負傷者の存在と状況を味方に連絡し終えたアルヴァイムが、襲われた時の状況を男に尋ねた。彼から聞いた話は、調査時にダンが予想した通りだった。初撃で護衛を全滅させられ、非戦闘員である自分たちにはどうしようもなく、物資ごとここに連れて来られたそうだ。
「‥‥自らの意思で引鉄を引いたのですね。‥‥ゲリラの協力者はこの村にどれ位いるのでしょう? 他の村にも勢力が?」
「ゲリラに協力? いや、ゲリラが協力、と言う方が正しいかもしれない。頭目と思しき男はこの村の出身の敗残兵のようだ。乞われてその地位についたという話だが」

 衰弱した4人を引き連れて集落を歩くわけにもいかず、叢雲と愛華が護衛に付いて、門の所まで畑を移動する事になった。MAKOTOは彼等を運ぶ車が手に入れられないか探しに向かい、医師の救出はアルヴァイムと純一の2人で行う事になった。
 見張りを先程と同様に気絶させ、建物内へと侵入。ベッドに身を起こした医師に事情を説明する。
 だが、その医師は、なんと脱出する事を拒否してのけた。
「村人たちは貧困に喘いでいる。医者も無く、薬もなく、何でもないような病に苦しみ、死んでいく。この村にも、いや、この村にこそ、財団の医療支援は必要なのだ。たとえ村人たちが罪人であろうと、彼等は私の患者であることに変わりはない」
 予想外の反応に2人は顔を見合わせた。『自己満足の正義の為に命を懸けるえぇ格好しぃの集まり』‥‥ダンの皮肉が脳裏に浮かぶ。
 事態が急変したのは、説得を諦めて無理矢理にでも医師を連れ出そうかと考え出した時だった。
 村中に、呼子の警笛が鳴り響いた。

 見つかったのは、人質4人を連れて移動していた組だった。
 もっとも、見つかったのを責めるのは酷かもしれない。彼等を見つけたのは、のんべんだらりとやる気のない人間たちではなく、放し飼いにされていた犬たちだった。
 訓練などされていないのだろう。襲い掛かってくる事もなく、距離を置いて吠え立てる犬たち。叢雲はそれを躊躇無く、消音機付きの短機関銃で撃ち払った。一時的に逃げ散りながら、犬たちは距離を置いて吠え叫ぶ。叢雲は舌打ちして人質たちを振り返った。
「追っ手がかかります。急いで下さい」
 すぐに呼子の音が鳴り響いた。最早、無音を維持する意味も無く、愛華は散弾銃の安全装置を解除した。
「ごめんね‥‥!」
 ただ主人に忠実たらんとする犬たちに謝りながらフルオートのショットガンを撃ち放ち、叢雲を殿に、愛華は先頭に立って4人を先導する。
「ち。バレたようじゃの」
 見張り台の上からは、逃げる愛華たちと追っ手の動きが比較的良くわかった。桜は備え付けの重機関銃のレバーを引くと、友人たちの退路を塞ぐように回り込む村人たちの進路に制圧射撃を撃ち放った。
 見張り台が敵の手に陥ちていると知った村人たちが慌てて家の陰へと引っ込んだ。その間に愛華たちは人質たちを村の門へと急がせる。
「素直にレナさんたちに『助けて』って言ってれば、こんな事にはならなかったんだよ!」
 血を吐くような想いで叫びながら、敵の頭を抑えるように愛華が銃を乱射する。弾倉が空になる頃に叢雲が制圧射撃を引き継ぎ、そうして追っ手の足と手を抑えながら、2人は徐々に後退‥‥いや、徐々に数を増す敵に押し込まれていく。
 重機関銃の弾が切れるや、桜は薙刀を手に見張り台を飛び降り、上げ橋の安全装置を解除した。
 勢い良く橋が落ちる。即座にユーリと結城が突入してきて、敵に非殺の銃弾を浴びせ掛ける。
 結城は無我夢中で引鉄を引き続けた。初めての実戦。しかも、AU−KVなし。中々に異例尽くめの初陣じゃないか、と、緊張と興奮に思考を灼熱させながら、どこか冷静に、というか他人事のように自分を見つめながら、目に見える範囲の車両のタイヤに悉く銃弾を送り込む。
「貴方たちの事情も分からなくはないですが、こちらも譲れないのでね。ここは死守させて貰いますよ!」
 敵中に突っ込んで薙刀を峰打ちで振り回す桜を横目に、ユーリはそう声を張り上げた。相手が顔を出そうとする度に遮蔽物に弾を当て、その破片と着弾で威嚇する。
 クラクションが鳴り響き、銃撃を続けていた人の列が割れ、後ろから一台のトラックが飛び出した。村人たちを追い回すようにしながら、蛇行しながら近づいたそれは、MAKOTOが奪ってきた財団のトラックだった。どうやら、運良く鍵は付いたままだったらしい。
「人質は!?」
 まだ到着していないと聞くや、銃撃をものともせずに迎えに出るMAKOTO。近くまで来ていた彼等を車体を滑らせ迎え入れる。
 それはもっとも無防備な瞬間だった。呼子が鳴り響き、RPGを構えた男がその照準を車に指向する──
 その前面に放り投げられた円形の何かが、次の瞬間、閃光を発して彼等の視界を漂白した。それはMAKOTOが投げた閃光手榴弾だった。
 一時的に視力を失った村人たちが目を抑えて悶絶する。さらに次の瞬間。別の場所、別の方向にいた桜と愛華が、ほぼ同時にRPG兵の懐に飛び込み、その得物を弾き飛ばして切り捨て折る。二人はニヤリと笑みをかわすと、さらに次の瞬間には別の方向へと跳び退さった。
「医師先生たちは!?」
「来た!」
 後衛を務めるアルヴァイムの銃声を背に、集落の道を純一と医師が走り寄る。そこへ放たれる銃弾を純一は自らの背で庇って見せた。
「君!? 大丈夫か!?」
「手当ては後でお願いしますよ。なに、能力者ってのは丈夫なもので、ちゃんと『自身障壁』を張ってますから」
 そのまま医師の背を押すように車へと放り込む。走り来るアルヴァイムが荷室に飛び乗ると同時に、MAKOTOは思いっきりアクセルを踏み込んだ。門前の広場を駆け抜けるトラック。その無防備な一瞬に、叢雲は閃光手榴弾で村人たちの目を焼いた。その間に森の道へと飛び込むトラック。それを確かに見届けて、叢雲は皆に叫んだ。
「撤収! 各自、当初の予定通りに行動を!」
 能力者たちは銃撃を続けながら門を抜けると、それぞれバラバラに森の木々へと紛れていった。
 最後にユーリが振り返る。今頃、のこのこといった感じで姿を現したジャンクKVを視認して‥‥ユーリは小さくフッと笑うと、『両断剣』を発動して、手にした刀で道の両端の木々を切り倒した。
「招かれざるお客様は、丁重にお引取り願います」
 あの屑KVが装輪走行しかできない代物なら、この程度の段差も乗り越えられないはずだった。


 救出成功。その後日──
 件の村へと向かう財団のキャラバンの姿があった。護衛も連れず、トラックには幌もつけず、非武装である事を見せ付けるようだった。
 どうやら討伐隊ではないらしい。では何だ? 騒然となる村人たちに向かって、車を降りたレナが拡声器で呼びかける。
「我々は、医療支援団体『ダンデライオン』だ。我々は、貴方たちの村に医療支援を行う用意がある──!」
 さらに騒然とする村人たちと、昂然と立つレナの背中を見やりながら。ダンは運転席のリクライニングを倒して両手を枕にニヤリと笑った。