タイトル:ユタ戦線 「死線」マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2009/01/30 20:49

●オープニング本文


 2009年1月初頭。ユタ州都南方、プロボ防衛線──
 敵が新たに戦線に投入した『鎧角竜』、『D−Rex』といった大型キメラを相手に、『僕』たちは為す術も無く敗走を重ねていた。
 州南方より迫るキメラの軍団を相手に多大な出血を強いてきた深く堅固な縦深陣は、しかし、その突撃に対して余りにも無力だった。強固な外皮に任せて突進し、我が身が潰れるも構わずに堀を埋め、防壁を蹴散らし、土塁を踏み越え進軍する‥‥。そのあり様はまさに、塹壕を突破する為に発明されたかつての戦車そのものだった。
 サンタクイン、ペイソン、スパニッシュフォーク‥‥転戦は時間稼ぎにもならなかった。各所の陣を当初の予定よりも早く放棄せざるを得なくなった大隊は、既に縦深の9割を失い‥‥プロボの南、狭隘な地形を利用して作られた最終防衛線に拠って、最後の抵抗を試みようとしていた。
 それは『僕』たちにとって最後の砦。大隊本部と前線の距離はゼロに等しく、ここを抜かれれば避難民の籠もるオレムの町まで遮るものは何もない。
 縦深陣の底、最も強固に作られたはずの防衛線は、しかし、薄皮のような頼りなさしか『僕』らにもたらしはしなかった。

 舞い降る雪の欠片がひらひらと。眼前に広がる『僕』らの戦場をうっすらと白く染め始めていた。
 白く息を吐きながら曇天を仰ぎ見る。死ぬにはあまり良い日和じゃないな、と無感動に呟くと、隣にいた戦友のウィルが陽気に笑った。
「雪化粧が死装束、ってのも、ま、乙なもんじゃねぇか」
 詩人だな、と答えた『僕』に、coolだろ? と返すウィル。『僕』は苦笑する他なかった。例え戦場に白く儚い処女雪が舞おうとも、『僕』らが倒れるべき大地は軍靴に踏みにじられた汚泥の中に他ならない。
 敵の接近を報せる鐘の音が鳴り響き、冬の防衛陣地に寒々しい調べを響かせる。『僕』とウィルは視線を一つ交わすと、淡々と迎撃の準備を整えた。
「畜生。やっぱり『アルマジロ』がいやがるぜ」
 正面より迫るキメラの群れから『角を生やした巨大なアルマジロ』といった風情の大型キメラが進み出て、『僕』らの眼前にその威容を現した。頑丈強固な甲殻をまるで鎖帷子を着込んだ軍馬の様に垂らしたそのキメラこそ、これまで数々の防衛線を粉砕してきた『鎧角竜』に他ならない。
「冬が来た。既に東の山脈は豪雪に閉ざされ、敵にこれ以上の援軍はない。粘れよ、兵隊。ここを乗り切れば俺たちにも勝ちが見えてくる。‥‥少なくとも、遅い春が来るまではな」
 小隊長代理のバートン軍曹の言葉に、兵たちは互いに頷き合った。『僕』らこれまでが敵に強いた消耗は少なくない。それが今、ここに来て効いている。絶体絶命にも等しい自分たちがここまで粘る事が出来たのは、高地の厳しい冬が到来した事と‥‥要所要所で投入されてきた能力者たちの働きによる所が大きかった。
 『僕』はちらりと背後の建物を振り返った。申し訳程度に暖房の焚かれた粗末な休憩所には、消耗し切った能力者たちが僅かなりとも練力を回復しようとその身を休ませていた。能力者は人並み外れた能力を誇る反面、その活動時間には限界がある。圧倒的に不利な戦況が続いたこの数日、数少ない能力者たちは明らかにオーバーワークだった。『僕』は彼等『戦友』たちの疲れ切った表情を思い出す。‥‥もっとも、『僕』も周りも似たり寄ったりな顔色ではあるだろうが。
 再び鳴り響く鐘の音。雪の積もった大地を蹴立て、鎧角竜が突撃を開始した。轟く地響き。部隊指揮官たちの号令が早朝の冷たい空気を震わせる。
 腹に響く甲高い砲声が戦場に響き渡った。東の丘の上に陣取った戦車隊が、ただ一つの敵に砲を一斉に撃ち放ったのだ。縦深陣での戦闘で機動戦力として遊撃を担った戦車大隊は、一連の戦闘でその数を4割にまで減じていた。
 続けざまにつるべ打ちに放たれた砲弾が、緩い弧を描きながら鎧角竜へと飛んで行く。周囲の地面に湧く爆発。煌くフォースフィールド。衝撃に乱打され、所々に砕ける甲殻。だが、血の帯を流しながらもキメラの突撃は止まらない。
「砲撃用意! よく狙え。的はデカイからって手ぇ抜くなよ。‥‥よぉし、撃てぇ!」
 陣地に拠る歩兵たちが一斉に無反動砲とロケットランチャーを浴びせ掛ける。これらの大型火器は比較的弾速が遅く、小型で素早いキメラには向かないが威力は大きい。歩兵たちは防御壁に立て掛けた使い捨ての擲弾筒に次々と手を伸ばし、撃ち放つ。使用済みの発射器は背後に捨てられ、まるで食べ終えた蟹の脚の殻のように積み上がった。
 それは事前に慎重に計算された火力の集中だった。それまでにない大火力の網に捉われた鎧角竜がグラリとその身を傾けた。つんのめり、頭から地面へと突っ込む姿に、兵たちの間に歓声が沸き上がる。それは『僕』たちが始めて『鎧角竜』を討ち果たした瞬間だった。
 だが、歓声はすぐに悲鳴に変わった。
 死んだ『アルマジロ』がその身を丸める。それは突撃のエネルギーもそのままに防壁へと突っ込んだ。硬い甲殻に覆われた球体がコンクリ壁と土塁と兵隊とを吹き飛ばす。まるでゴムボールの様に跳ねて落ちるキメラの死体。そこでも新たな破壊を撒き散らし‥‥あるいは、バグアはここまで計算して鎧角竜を『設計』したのだろうか。
 その質量による猛威が去った後、後には、崩れた瓦礫と立ちこめる粉塵、そしてひき潰された人の名残と‥‥ぽっかりと大穴の開いた防壁だけが残された。
 後方に控えていたキメラたちが雄叫びを上げながら、防壁目掛けて一斉に突撃を開始した。真っ先に突っ込んできたのは『狼騎兵』──移動力の高い俊敏な狼型キメラ『ダイアウルフ』の背に、槍を持った小鬼キメラ『ゴブリン』を乗せた敵集団だった。ウィルを初めとする重機関銃手が突撃してくる狼騎兵に12.7mm弾を雨霰と撃ち掛ける。跳ねる様に激しく進路を変えながら弾幕をすり抜ける敵。乗り手を弾き飛ばされながらも、先頭の狼が防壁の内側へと踊り込む。
「敵だーっ! 敵に突破されたぞー!」
 沸き起こる悲鳴と銃声を遠くに聞きながら、軍曹は小さく舌を打った。このまま防壁の内側に浸透されれば、遮蔽物のない側面から戦力をこちらに捻じ込まれる。
「ジェシー! ウィル! 第1分隊と第2分隊を率いて、内側に新たな防衛線を構築しろ!」
 即座に返事を返す『僕』とウィル。命令は迅速に、手当ては早く。小隊手持ちの半分の戦力を引き抜いて『僕』たちは『最前線』へ向けて走った。どうやら今日が『僕』たちの命日らしい。反射的に身体を動かしつつそんな事を考えながら‥‥『僕』は視界の隅に捉えた光景に愕然とした。
 練力を失い、覚醒すらもままならないはずの能力者たちが。武器を手に戦場へと駆けていた。

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
トリストラム(gb0815
27歳・♂・ER
秋月 九蔵(gb1711
19歳・♂・JG

●リプレイ本文

 山地からユタ湖に築かれた長い最後の防壁に向けて、狼騎兵の集団が一斉に突撃を開始した。
 迎撃の噴進弾が撃ち放たれ、ある者は乗り手を落とされ、ある者はそれを回避して、飛び越えた鉄条網の先の地雷原で吹き飛ばされる。
 全面攻勢だった。
 故に、防壁の守り手たちは持ち場を離れられず‥‥破砕箇所の防衛は、抽出された2個分隊と、駆けつけた能力者たちに委ねられた。
 長大な防壁に刻まれた僅か10mの傷跡。だが、その10mには、ユタ南方戦線の──引いては州都の軍民5万人の命運が掛かっていた。


 鎧角竜の出鱈目な破壊を目の当たりにして、近場の待機所にいたアレックスは思わずその場を飛び出していた。
 目の前に広がる光景は地獄だった。雪と汚泥と瓦礫と埃。そして、紅い血溜まりと、かつては人だった何物か‥‥キツイかったのは、あるいはその光景よりも臭いだったかもしれない。アレックスは奥歯を噛み締めて、懸命に逆流する胃液を押さえ込んだ。
「おい、しっかりしろ。死ぬな!」
 生存者に気がついて、アレックスは走り寄った。肩を貸して抱え上げる。すぐ近場にびちゃり、と泥の跳ねる音。顔を上げたその先に、砕けた防壁の内部に進入したキメラ『ダイアウルフ』の姿があった。
 硬直する身体。交差する視線。練力切れでAU−KVは着ていない。絶望に視界が翳り、『狼』が跳びかからんと腰を落とす‥‥
 次の瞬間、横合いから放たれた銃撃がキメラを乱打した。フォースフィールドが煌き、狼が煩わしげに後ろへ飛ぶ。それを銃撃で追いながら、マントと黄金色の仮面を身につけたトリストラム(gb0815)がアレックスの前に颯爽と現れた。
「トリス先輩!」
「さあ、早く負傷者を後方へ」
 礼を言って去るアレックス。それを見守るトリスに狼が飛びかかる。そこへ身を割り込ませたレイヴァー(gb0805)が、逆手に持った両手の蛇剋をクロスしてその跳躍を受け防いだ。硬い金属音が響き、左手の蛇剋が弾かれる。レイヴァーは素早く新たな蛇剋を引き抜くと、それを横殴りに振り抜いた。頭を下げて避ける狼。踏み込みと更なる連撃。狼はそれを後ろへ跳び避ける。
 スルリと回り込んでいた月影・透夜(ga1806)が、そこへ横合いから裂帛の気合いと共に白銀の槍を突き出した。必殺のはずのその一撃は、だが、フォースフィールドによって弾かれた。さらに、透夜の反対側へ位置を取るフォル=アヴィン(ga6258)が、透夜に向き直った敵の背後から、静かに燃えるような紅い刀身を走らせる。だが、その流麗な軌跡を描く一撃も力場に阻まれ‥‥攻撃を悉く減衰させられた能力者たちは、包囲態勢を維持したまま一歩下がった。
「まいったな‥‥FF(フォースフィールド)がここまで厄介だったとは」
 厳しい表情で透夜が一つ息を吐いた。目の前のダイアウルフは、覚醒できれば10秒と掛からずに倒せる敵である。それが今は4人がかりでダメージを1割与えられたかどうか‥‥
「だが、このままじゃやばいんだろ? だったらやるさ。時間外残業手当はサービスだ」
 そう言ったのは龍深城・我斬(ga8283)だった。ダイアウルフ戦を横目に、他の仲間たちと共に疾走する。防壁の破損箇所から侵入してくる敵を防ぐのが、彼等が自らに課した役割だった。
「まったく、ジェシーたちと一緒じゃと忙しくてかなわんの! まぁ、後続の足止めは任せるのじゃ!」
 響 愛華(ga4681)と二人掛かりで大口径ガトリング砲のシステム一式をえっちらおっちらと運びながら、綾嶺・桜(ga3143)が塹壕を駆け進む。その二人の後方を守りつつ、秋月 九蔵(gb1711)が周囲に視線を飛ばしながら後に続いた。
「勿論だ。たとえ覚醒できなくとも、護るという意志は砕けていない!」
 我斬の言葉に透夜が答える。トリスとフォルは視線を交わして頷いた。
「正直、体が重いですし、一分一秒でも休みたいところですが──」
「──俺たちだけ休んでもいられないですしね。もう一頑張りいきましょう」
 とりあえず、このダイアウルフを倒さないと。これをどうにかしなければ、いつまでも勝ちはない。
「では、皆の衆。能力者の仕事をするとしましょーか」
 告げて、レイヴァーは両手に短剣を構え直した。
 これ以上の被害は出させない。こんな所で死ぬわけにもいかない。‥‥必ず生きて帰ると約束した。彼にとって生還は最早、目的ではなく、必ず達成しなければならない誓約だった。

 防壁損壊箇所まで近づくと、桜たちは塹壕を飛び出して、鎧角竜が開拓した10m幅の『回廊』の中心にガトリング砲を据えつけた。その左右、つまり防壁の前面には地雷原と鉄条網が設けられている。敵は全面攻勢を続けつつ、守りのないこの回廊に攻撃の重点を置くだろう。
「第1分隊は防衛線の再構築をお願い! 第2分隊は斜め後方に位置して、私達と十字砲火を‥‥」
 愛用の散弾銃の銃身にナイフをテープで巻きつけて、即席の銃剣を作りながら愛華が叫んだ。ウィルはその意図を了解し、分隊を防壁に拠って横列に展開する。
「みんな、絶対に生き残るんだよ! 死んじゃったら晩御飯抜きだからね!」
 ノリの良い兵隊たちの返事を聞きながら、愛華は正面に向き直った。
 最初の侵入者は、1匹の『ゴブリン』だった。‥‥恐らく、陣内に侵入した狼の乗り手だろう。桜はガトリング砲を小鬼へ向けると、容赦なく引鉄を引き絞った。
「ここから先は通行止めじゃ。後ろへは行かせぬ!」
 元々、KV用武装として開発されていた大口径ガトリング砲は、まるで虫が羽ばたくような大音量を響かせながら尋常ならざる弾数を吐き出した。その火力をまともに浴びた小鬼が吹き飛ぶ。地に倒れた所を火線が追い、『砲弾』が敵を乱打する。途切れる事無く煌くFFは、すぐに弾着の土煙に見えなくなった。
「どうじゃ?!」
 弾薬を撃ち尽くし、多銃身がカラカラ‥‥と停止する。砂煙の中、フラフラになった小鬼が立ち上がり‥‥愛華と我斬が銃撃を浴びせて止めを刺した。
「続けて来るぞ。『狼騎兵』2匹!」
 九蔵が叫び指差す先に、回廊へと進入しようとする新たな騎兵の姿があった。巨大な弾薬箱を交換した桜が進路を妨害するように『砲撃』を再開する。その火線を避けて進路を横へと膨らませた1騎に、我斬は番天印による追い撃ちをかけて地雷原へと追い込んだ。
 爆音が轟き、まるでおもちゃのように狼と小鬼が吹き飛んだ。対人地雷や対戦車地雷の類ではない。ユタに多くある鉱山で使われる発破用の爆薬を惜しげもなく埋め込んでいるのだ。吹き飛ばされたその先で身を起こした狼が、歩兵の砲撃で止めを刺される。ヨロヨロと回廊へと戻ってきた小鬼は、こちらへ銃を照準する我斬を視界に捉え‥‥瞬間、その銃口が火を噴いた。何物をも防ぐはずのFFは、しかし、その銃弾を完全に止める事が出来なかった。貫通弾。大ダメージを受けていた小鬼がその一撃で崩れ落ちる。
「やりようはいくらでもあるんだ。手前ェらなんぞに負けはしねぇ!」
 一方、反対側へと移動したもう1騎は、愛華と九蔵の銃撃を浴びながら地雷原のギリギリを突っ込んできた。
「ガルルルル‥‥ここは私の縄張りなんだよ!」
 腰だめに構えたフルオートの散弾銃を敵の『足』──狼の鼻先へと浴びせ掛ける。怯みつつもFFが弾くに任せて突進する狼。その背を蹴って、槍を持った小鬼が宙を跳んで愛華の頭上を飛び過ぎる。あ、と気を取られた間に突っ込んで来るダイアウルフ。後ろにいた九蔵は、拳銃を両手で保持して宙を飛ぶ小鬼を迎撃する。
 続けざまに響く銃声。正確に眉間を狙った銃撃は小鬼の頭を仰け反らせた。バランスを崩して落ちる敵。だが、小鬼はすぐに飛び起きて距離を取る九蔵に肉薄し、その槍を繰り出した。穂先はコートとスーツを容易く貫いて肩口を切り裂いた。九蔵は苦痛に顔をしかめつつ、ホルスターから大型拳銃を引き抜き、至近距離から撃ち放った。FFでは消せぬその衝撃──ストッピングパワーが小鬼を吹き飛ばす。むくりと身を起こす敵。駆けつけてきた我斬がその前に立ち塞がった。
「大丈夫か!?」
「‥‥チッ。小口径弾では止められん。これも覚醒とSESに頼ってきたツケか。童話のようにはいかんもんだね」
 油汗を浮かべながら、それでも冗談を口にする。傷は思ったよりも深かった。九蔵はその場を皆に任すと、治療の為に防壁の裏へと後退した。傷口を留め、止血剤を振りかける。鎮痛剤は‥‥戦闘中なので止めておく。
 恐らく、守りについていた兵が使っていたものなのだろう。視界の隅に、持ち主を失った対戦車ライフルが落ちていた。息を一つ吐き、九蔵はそれを引き寄せた。
「フッ‥‥まるでハイエナだ」
 自嘲気味に呟き、身を起こす。だが、それでも、SESに頼れない以上、純粋な物理の力が──叩き付ける質量と火薬の量こそが、どうしても必要だったのだ。


 飛びかかってきた狼の鋭い牙を、トリスは短機関銃の背でもって受け凌いだ。
 避ける事は出来なかった。不可能だったわけではない。もし避けてしまえば、狼は方の第1小隊に突っ込んでいただろう。
「誰かを守る為ならば、能力者はゼロからでも力を振り絞れるんですよ」
 そう言いつつも、力比べは分が悪いですね、などと冷静に考える。だが、それでも引くわけにはいかない。
 狼はすぐに有利な態勢を捨て、トリスから身を離した。側方からレイヴァーがその刃を突き込んだからだ。FFを煌かせて跳び退さる狼。そこへ追い撃ちをかけるトリスの一連射。直後、絶妙なタイミングで、レイヴァーが湾曲した黒い刀身を振り回して追撃する。その大振りを難なく敵にかわされながら。レイヴァーは小さく、フッっと笑った。
「いい加減にっ、倒れろォ!」
 狼が回避した直後の隙──レイヴァーが作り出したそれに、間合いに踏み込んだフォルが敵の脚部を目掛け、渾身の力を込めて朱鳳を横殴りに振り抜いた。脚の一本を払われてバランスを崩す敵。そこに流れるような軌跡でもう一閃。だが、こちらの放つ全ての攻撃はFFに阻まれて痛撃には足りえない‥‥
 それは何度も繰り返された攻防の再現。フォルは小さく息を吐いた。
「ホント‥‥いい加減、疲れます‥‥」
 4人はそれぞれの表情で頷いた。この「量産品」(byレイヴァー)を相手に、既に2分以上が経過していた。多くの打撃を受け続けた狼は満身創痍ではあったが、4人の能力者も結構なダメージを受けている。
「だが‥‥やりようはまだ幾らでもある」
 騎兵の突撃を待ち受ける槍兵のように、石突を地に押さえ、穂先を敵へと向けた透夜が呟いた。その左腕にはマントが垂らされている。
 後方にチラと視線を向けて、フォルは透夜に頷いた。4人は互いに視線を交し合うと、3人で狼を透夜の方へと追い込みに掛かった。
 たまらず透夜の方へと進路を取る狼。包囲網からの脱出の機会をここに求め、飛び掛って来る狼に──なんと透夜は自ら槍から手放した。そうして、左手のマントを大きく広げ、突っ込んできた頭に被せてやる。
「今だ! 一斉射撃!」
 跳び退さった透夜がSMGを撃ち放ち、他の3人もそれぞれの銃を手に十字砲火を浴びせ掛ける。マントで視界を失った狼がその動きを止めたのは一瞬の事だ。だが、その一瞬は、能力者の為にあるのではなく──
「分隊、撃ち方始め!」
 ジェシーの命令と共に、第1分隊が一斉にキメラに向けて銃撃を開始した。対物ライフル、重機関銃といった火力がFFごとキメラの身を打ち据える。破れた防壁の内側に、塹壕を堀代わりに、瓦礫と土嚢を防壁にして、簡易ながらも作り上げた十字砲火用の2つの斜陣──ジェシーはそこから狼に向けて、ロケットランチャーを撃ち放った。


 敵の数は減る気配を見せず、両脇の地雷もその殆どが吹き飛んだ。
 舞い散る雪と跳ね上がる泥。銃撃をものともせずに突っ込んできた狼の口へ向けて、愛華は銃剣を突き出した。口先をかわす敵。即席の銃剣がぐにゃりと歪む。そのまま飛び掛って来る狼に牙を立てられながら、愛華はその首を全体重をかけて折らんと抱え込み‥‥そして、力任せに振り払われた。
 倒れた愛華に圧し掛かる巨大な獣。首筋に牙を突きたてんとする狼の、その頭部が殴られたようにガンと揺れる。防壁の九蔵が対物ライフルで狙撃したのだ。
「大丈夫か、愛華!?」
 その狼をガトリングの多銃身で殴り飛ばし、倒れた所に桜が一連射。大丈夫だよ、と返事をしてから、愛華は九蔵に親指を立てて感謝を示す。
「チィッ! いつもより身体に切れがねぇ。そろそろヤバいぞ!」
 突撃してきた狼騎兵の槍先を剣の腹で逸らしながら、我斬は二人にそう叫んだ。叫びながら、突破しようとする狼騎兵の横腹に肩からぶつかる。バランスを崩して倒れた騎兵を分隊の火力に任せ、さらなる新手に向き直る。まだか、防衛線の再構成はまだなのか。我斬は唇の端についた血を手首で拭い‥‥
「撃て!」
 後方から飛んできた火力支援にその顔を輝かせた。
「それ以上はやらせない!」
 飛び出してきたフォルが膝射で自動小銃を撃ちまくって、皆の退路を確保する。透夜、トリスの2人が前進して合流し、レイヴァーは防壁からリボルバーカノン──回転弾倉式機関砲で、敵の進路上に弾丸をばら撒いて、撤退を援護する。
「そろそろ退いてもいいみたいだ。逃げ道も用意してくれてるし」
 迫る敵に銃撃を加えながら後退、防壁近くで一気に離脱する。後を追った狼騎兵たち。それを苛烈な十字砲火が迎え撃った。


「やれやれですね。何とか凌げましたか‥‥」
 トリスのその言葉を聞きながら、フォルは地面へと倒れこんだ。今回は流石にしんどかった。見上げた灰色の空から舞い降りる雪が火照った頬に気持ちがいい。
「まったく、これでは命が幾つあっても足りんの‥‥」
 そう呟いて愛華の胸に背中から倒れこんだ桜は、そのままスゥっと眠ってしまった。その髪を愛華が優しく手梳く。
 透夜にトリス、レイヴァー、そして九蔵は、一連の戦闘で負傷した兵たちの治療にかかった。
「白衣の天使でなくて、残念だろうがね」
 九蔵がそうニヤリと笑う。トリスと透夜は治療しながら兵たちを励ました。
「貴方たちのような人たちがいるからこそ、人類はバグアと渡り合えているんです。死なせはしませんよ」
「今日が命日だなんて決め込むなよ。俺たちはこれからも地獄を見なきゃならないんだ。背後にいる人たちの為にな。よろしく頼むぞ、戦友たち」
 一方で、治療の甲斐も無く死んでゆく者たちもいる。
「能力者、か‥‥あるべきと望む理想に比べ、出来る事は遥かに少ないものなのですね‥‥」
 野戦病院を出たレイヴァーが嘆息する。桜を寝かしたまま、愛華が呟いた。
「‥‥怖くないと言ったら嘘。物凄く怖いよ? でも、私たちが何もしなかったら沢山の人が死んでしまうから‥‥だから、頑張る。どんなに辛い現実があっても、諦めることはしたくないんだよ‥‥」