●リプレイ本文
「おや? あれは『なかよし幼稚園』の美咲先生と香奈先生」
初詣に来た龍深城・我斬(
ga8283)は、人込みの中に見知った顔を見出した。
艶やかな振袖に身を包んだ香奈の姿に小さく口笛を吹く。いや、眼福。これは正月早々ラッキーだ。美咲先生の方は‥‥うん、いつも通りのラフさ加減。もったいない。きっと振り袖も似合うと思うんだが‥‥
我斬は挨拶をしようと人の流れを横断し始め‥‥途中、二人の周りにいる園児たちに気が付いた。新しい遊び相手の登場に瞳を輝かせる子供たち──彼等が手にする綿飴、杏子飴、フランクフルトに一瞬後の惨劇を想像し、我斬が笑みを引きつらせる。
参道に、悲鳴が響き渡ったのはその時だった。
本堂の大階段の上に現れた季節外れのサンタクロース。『それ』は傍らのソリに積まれた機械を手に取ると、4本の腕で次々と逃げ遅れた人の頭に被せていった。途端、目から光を無くす犠牲者たち。彼等は自ら洗脳機械を手にとると、新たな犠牲者を生むべく人々に襲い掛かった。
本堂で悲鳴が爆発した。恐慌は混乱となって伝播し、訳も分からず逃れようとする人の波が一斉に押し寄せる。
「慌てるな! 落ち着いて避難するんだ!」
「私たちは能力者です。私たちが時間を稼ぎます!」
懸命に呼びかける我斬と美咲。その横を銀色の疾風が通り過ぎた。
それはグラップラーのリディス(
ga0022)だった。我斬は目を瞠った。リディスの格好は完璧な和装──戦闘用女性着物の上に雅ブランドの道行コートを羽織り、美しい銀髪を結い上げて簪を挿している──だったのだ。
「折角、日本のお正月を楽しめると思っていましたのに‥‥何もかも台無しだ! しっかり落とし前つけさせて貰うぞ。代償は己が身に刻むがいい!」
口調が変わった瞬間、リディスの髪が漆黒に染まる。ここは任せる、と我斬に告げて、リディスは敵の隙間を縫うように疾走すると、弾丸の様にサンタキメラへと突き進んでいった。
お参りを済ませ、一通り露店を巡り終えたMAKOTO(
ga4693)は、温かい甘酒の入った紙コップを手に人込みの少ない本堂裏手へと回っていた。
「注目されるのには慣れてるんだけどね〜」
喧騒を遠くに聞きながら甘酒を一口啜る。流石に人が多すぎた。彼女が身に纏ったチャイナ服──戦闘用旗袍は、美しさと動きやすさ、双方を追及したデザインで‥‥つまり、身体のラインがはっきり出る造りだとか、やたらと深いスリットだとか、とにかくMAKOTO自身のスタイルと相まって凄い目立つのだ。
「あ、MAKOTOさんだ。明けましておめでとうございます、だよ〜」
そんなMAKOTOに気が付いて、和服姿の響 愛華(
ga4681)が右手を大きく振った。焔の様に鮮やかな紅い髪をアップにした愛華──恐らく、いつも一緒の綾嶺・桜(
ga3143)が結い上げたのだろう──は、大きな紙袋を胸いっぱいに抱えていた。
「それは?」
「わぅ! 犬型の鯛焼きなんだよ〜」
満面の笑みを浮かべた愛華がMAKOTOに一つお裾分け。歳末警戒待機中の桜への差し入れなのだという。
「そろそろ着くって連絡入れておかないとね♪」
愛華が携帯を引っ張り出した。この辺りはジャミングも少なく、比較的電波は安定している。
「あ、桜さん?」
言いかけた愛華の動きがピタリと止まる。MAKOTOは硬直した愛華の視線を追い‥‥そこに、洗脳者を引き連れた、大きな袋と釣竿を持つ恰幅の良い人型の何かを見出した。
「‥‥な、なんか、何処かで見たことがある‥‥よ?」
キメラ『福の神』。昨年2月に幼稚園を襲撃した同種の敵がそこにいた。
「キメラが出た、じゃと!?」
商店街の一角に設けられた歳末警戒の詰所。ちゃぶ台コタツに小さなテレビの置かれた畳敷きの一室で、愛華からの一報を受けた桜は、猫の様に丸まっていた背中を跳ね上がらせた。
膝の上のみかんがコロコロと転がる。愛華は丸腰‥‥ともかく、早く駆けつけねば!
その時、部屋の襖がすぱたーんと開き、セーラー服姿の少女が慌てた様子で飛び込んできた。同じ警戒員の熊谷真帆(
ga3826)だった。
「さ、さ、桜ちゃん、大変です! 寺院にキメラが出たって!」
「分かっておる。福の神キメラじゃろ?」
「え? 本堂にサンタキメラが出たって話じゃないの?」
驚愕する。では、キメラは2体いるという事か。まったく、バグアも年末年始くらいは休んで然るべきじゃ。
「わしは本堂裏に回る。真帆、おぬしは正面を!」
そう告げると、桜は二階の窓から屋根の上へと身を翻し、そのまま寺院方面へと跳び進む。真帆は得物と盾を引っ掴んで、階下のだるま屋から参道へと飛び出した。
「みなさ〜ん! 落ち着いて聞いて下さ〜い! 寺院にキメラが出ましたが、既に能力者が対応しています。慌てず騒がず、落ち着いて避難して下さ〜い!」
手にしたメガホン(町内会印)で呼びかけながら本堂への道を急ぐ。最も混雑していたのはやはり山門だった。我先に逃げ出そうと人が殺到し、かえって避難を遅くしている。幾ら呼びかけても混乱が収まる気配はなく‥‥真帆は、覚醒する事にした。
どよめきが起こった。
目の前の大人しそうな少女の身体が、いきなりどこかの世紀末救世主ばりにドドンと膨れ上がったのだ。呆然とする人々に、真帆はにっこりと笑いかけた。
「はい。順番に避難して下さいね。慌てるとかえって時間がかかりますから。で。キメラのお仕置きに行きたいのですが、道を空けてくれません?」
その頃、本堂前の参道で洗脳人間の足止めをしていた我斬と美咲は、思った以上の苦戦を強いられていた。
「ちぃっ‥‥! 思ったより厄介だな、こいつは!」
攻撃をかわしざま、首筋に手刀を叩き込む我斬。一瞬、崩れかけた洗脳者は、だが、態勢を立て直すと再び襲い掛かってきた。
相手は洗脳されただけの一般人。こちらは手加減を強いられる。しかし、相手は身体能力が上がっている上、なにより、数が多すぎた。
「見た目はレトロな機械だが‥‥電波か何かで操ってるのかねっ!?」
腕を掴んで投げ飛ばす。味方が洗脳を解除してくれるまでの時間稼ぎ‥‥どうやら、思っていた以上にタフな仕事になりそうだ。
そこへ、山門を突破してきた真帆が、敵集団の側面に盾をかざして突っ込んだ。
盾で押し込み、そのまま敵中に身を押し入れる。敵を追い散らそうと刀を振り回して威嚇するも、洗脳された彼等に効果はない。
えいっ、と盾の端で向こう脛を打ち据えた。‥‥あ、あれは骨までいったかもしれない。心の中で謝りながら、真帆は敵を追い散らす。
「おい、嬢ちゃん。なにか武器を持ってないか?」
よかったら貸してくれ、と頼む我斬に『シルフス』でよかったら、と返す真帆。弓だった。両端に向日葵のオブジェが付いている。
「向日葵‥‥」
「今日もニコニコなのです」
仕方がない。心の中の何かを大事にしまって、我斬はそれを借り受けた。
警戒員として寺院周りの巡回をしていた鏑木 硯(
ga0280)は、壁の向こうの悲鳴と喧騒とで異常事態を察知した。
コートの下に隠していた刀を取り出し、塀に立て掛け、鍔を足場に塀瓦の上へと跳び移る。紐を引いて得物を宙に掴み取った時には、硯の視線は既に戦場へと向いていた。
本堂正面の戦場が見て取れた。参道上の戦闘は‥‥多対3、だが、それ程切羽詰まってはいない。だが、本堂にいるキメラと相対しているのは僅かに一人。駆けつけるとしたらそちらだが‥‥寺社は広く、おまけに洗脳された人々がそこら中をうろついている。
「‥‥いけるか?」
考えるより先に身体が動いていた。硯は塀の上を疾走すると近場の木々に飛び移り、正月用に臨時で建てられたプレハブ上を経由して、一路、本堂へと空を駆けていった。
同刻。本堂裏手。
戦闘の気配を感じて駆けつけた那智・武流(
ga5350)は、敵の姿に思わず仰け反った。
「初詣の寺院にキメラだと!? しかも、恵比寿と大黒の掛け合わせじゃねーか!」
まったく、ごちゃまぜにすればいいってもんじゃないだろう。だが、とにもかくにも迷惑には違いない。丸腰はきついがやってやる。本職の神主を甘く見るなよ!
幸い、裏手に人は少なかった。武流は参拝客に逃げるよう告げると、紋付袴を捲り上げてぱんっ、と一つ拍手を打った。
「お、寺院で拍手?」
「一種の験担ぎってヤツだ。神も仏もこの程度で怒るほど狭量ではないさ!」
答え、武流は一気に洗脳者の只中へと突っ込んだ。洗脳で強化されているようだが、その数は多くない。一気に蹴散らしキメラへと‥‥!
「「ちょっと待った!」」
変な機械を被った頭部へ拳を叩きつける武流を、愛華とMAKOTOが引き止めた。
「前に見た事がある‥‥あの機械、洗脳装置なんだよ!」
「下手に手を出したらどうなるか分からない。だから‥‥こうする!」
襲い掛かってきた洗脳者の手首を掴み、捻り上げて突き飛ばす。洗脳者は痛みを感じないが、梃子の力学には逆らえない。そうして敵を飛ばして半身の安全を確保しておいて、MAKOTOは反対側から向かって来た洗脳者をクルリと巻き込むように投げ転がす。
そのまま流れるような動きで、敵が被った機械ではなく、手から零れたそれを踏み砕いた。手持ちの機械をこうして叩き潰していけば、洗脳者を増やす事が目的の彼等は機械の補充に向かうだろうし‥‥それをつければ発生源も分かるはずだ。
「なるほど。了解した!」
MAKOTOの言葉を聞き、武流も片っ端から手持ちの洗脳機械を叩き落としにかかった。増殖用の機械を失った洗脳者たちは、ふらふらと本堂方面へと歩いていく‥‥
一方、愛華は、福の神キメラが袋の口を二人に向けるのに気が付いた。あのキメラには恵比寿と大黒の他に風神も混じっている。あの袋からは氷結系の範囲攻撃が出るはずで‥‥しかも、キメラは洗脳者たちの安全に頓着していなかった。
「それだけは、使わせないんだよ!」
愛華はすぐ側にあった木立に跳ぶと、三角飛びの要領で目の前の洗脳者を突破した。着地と同時に大地を蹴る。そのまま一気にキメラへと肉薄し、袋を持つ両腕へと飛び付いた。
「力比べだよ。絶対に離さないから!」
唸り声を上げながら両の腕に力を込める。蝋人形のようなキメラの顔にないはずの焦りが浮かび‥‥キメラはそのまま、頭部を愛華の顔へと振り下ろした。
鈍い音が響き、額が割れ、髪よりも紅い鮮血が流れゆく。2撃、3撃‥‥だが、愛華は瞳を閉じず、その手を離す事もない。
「ヤバイぞ、あれはっ」
武流とMAKOTOが洗脳者を掻き分けて愛華の元へ行こうとする。
愛華の犬耳がピクリと動く。彼女が信じ、待っていた友人は、思いの他早く戦場へと到着した。
「わしの愛華に、何してくれてるのじゃーっ!」
本堂の欄干から降って来た小さな人影が、弾丸となってキメラの頭を蹴り飛ばした。そのままクルリと舞い降りる白い影。それは駆けつけた桜だった。
「正月早々、福の神とは運がいいのか悪いのか‥‥ディガイアじゃ、愛華。そっちのも、ナイフで良ければ使うが良い!」
鞘ごと投げられたナイフを片手でパシッと受け取って。ようやく本気が出せる、と、右腕を白光させた武流がキメラの側面へと移動する。MAKOTOは洗脳者をあらかた追い払うと、余った武器を借り、キメラを任せて洗脳者の後を追った。
「さて、予定外の仕事なぞ、さっさと終わらせてしまうかの」
心配はない。ここでの勝負はこの時点でついていた。
サンタキメラへ吶喊したリディスも苦戦を強いられていた。戦場となった本堂には十分な広さがあったものの、洗脳機械を取りに集まった洗脳者たちの所為でその空間を活かせなかったのだ。
それでも機械の補充を防ぐ為にリディスはソリへと突進する。立ちはだかるは4本腕のサンタキメラ。振り下ろされた分銅を受け、突き出された槍を回避する。そこに突き出される人の腕、腕、腕。群がるそれを尋常ならざる機動力で潜り抜け、安全圏へと離脱する。
僅かな距離が遠かった。リディスは舌打ちしながら、はだけた着物を締め直す。
次の瞬間、その状況が一変した。本堂の反対側、欄干を蹴って飛び込んできた硯が、サンタのソリ目掛けて切りかかったのだ。
柄と『鞘』、双方の端を掴んだ硯がその刃を鞘走らせる。其は二刀小太刀『疾風迅雷』。一太刀に見えながら二刀を仕込んだ、風神・雷神を銘に持つ双刀だ。
その素早い連撃は、しかし、サンタキメラの槍の柄によって防がれた。小さく舌を打ち、床と柱を蹴って硯がリディスの所へ飛ぶ。
「すみません。お待たせしました」
隣り合うは一瞬。追撃の銃撃をかわしてさらに跳ぶ。だが、その刹那の瞬間にリディスは硯から『蛍火』を受け取っていた。
反対側へと跳ぶリディス。硯は銃撃自体を防ぐ為、敢えて正面から突進する。不利な戦場ではあるが、周囲に被害を出さぬ為に敢えて殴り合いを選んだのだ。
「腕の数で負けるなら、手数でっ!」
『限界を突破』した動きで腕を振り、火花散る斬撃を応酬する。スッと側面から入り込んだリディスが、キメラの膝横を蹴りつけた。バランスを崩す敵の首を掴み、目にも留まらぬ連撃でもって余分な腕へと切りつける。苦痛の咆哮を上げたキメラが思わず後ろへ距離を取る。
「‥‥女を怒らせたらどうなるか‥‥地獄で後悔するがいい」
がしゃあん、と派手な音がして、機械を載せたソリが蹴り倒された。ここが洗脳者の大元ね、と本堂裏から来たMAKOTOが機械を潰していく。
本堂の階段を駆け上がって、真帆と我斬の二人も到着する。どうやらこれで王手のようだった。
「戦場の風紀委員、真帆ちゃん参上! クリスマスプレゼントとお年玉を一緒くたにしかねないキメラは、とっとと退場するが吉なのです!」
「えーと、うん。手前を倒して今年の厄払いって事にさせて貰うぜ、ホント‥‥」
●
「ああ、なるほど」
2体のキメラを倒した後、美咲の顔を見た硯は納得したように頷いた。
どういう意味さ、と食って掛かる美咲に、愛華がもごもごと口を動かす。何を言っているのか分からない。犬型鯛焼きを思いっきり頬張っていたからだ。共食い‥‥そんな事を思いついて、MAKOTOは思わず苦笑した。
「新年早々これでは、今年も美咲はあのテのキメラに縁がありそうじゃ、じゃろう」
桜の通訳に愛華が首をうんうんと振る。美咲はげんなりとした顔をした。
「まぁ出来る事があればまた手伝うから。気を落とさずにな!」
からかうんだか慰めるんだか微妙な表情で我斬が美咲の背を叩く。
「聞きました? 鐘の裏側にあったそうですよ。洗脳音波発生装置」
真帆の情報に首を捻る能力者たち。ともあれ、キメラは片付いた。
「警察やらULTやらの聴取も終えたし‥‥これから初詣のやり直しといくかね?」
「いいですね。その後で飲み直しといきましょう。付き合ってくれますよね、美咲さん?」
武流とリディスの言葉に、美咲はようやく笑みを零した。