タイトル:【Gr】混沌戦線マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 3 人
リプレイ完成日時:
2008/12/05 23:20

●オープニング本文


 決戦の機運は高まった。だが、肝心の準備は未だ完了してはいなかった。
 グラナダ攻略の主攻──要塞に対する正面攻撃を担うべく、マドリードには部隊が集結している。だが、その多くは要塞攻略の為に再編中であり、『軍として』まともに戦える態勢は整っていなかった。
 一方、グラナダのバグア軍は、ムラセン山頂に設置された『大型拡散偏向プロトン砲』の援護の下、その主力をマドリード攻撃の為に前進させた。それに対するマドリードのUPC軍は、部隊の一部を割いての遅滞防御線構築を余儀なくされた。だが、再編を終えるまでの時間が稼げさえすれば‥‥拡散波動砲射程外での決戦は、むしろ望むところだった。
 2008年11月某日──
 バグア主力部隊の先鋒が最外縁の防御線に到達した。
 スペイン首都マドリード。
 歴史の変遷を眺めてきたこの街は、今また、イベリア半島における決戦の要衝として、歴史の分岐点に佇んでいた。


 上空を無数の敵編隊が通過しつつあった。
 多数の小型ヘルメットワームに、無数の大型機械化キメラ──マドリードを攻撃に向かうバグアの航空戦力だ。
 愛機PM−J8のコックピットから、遥か頭上を往くそれをどこか眩しそうに見上げながら──壮年傭兵・鷹司英二郎は、砂塵に煙る戦場で小さく息を吐いていた。
 飛びてぇなぁ、と小さく呟く。そこに敵の大軍に対する畏怖はなく、ただ少年の様に純粋な空への憧憬だけがあった。現役時代は凄腕のファントムライダーとして名を馳せ、引退後、再び空を飛ぶ為に傭兵になったような男である。だというのに‥‥今、自分はこうして地べたを這いずり回りながら、機体を泥と土とに塗れさせている。
「何をしている、傭兵! 走れ、走れ!」
 正規軍の小隊長機が鷹司に声を荒げる。肩肘張ったその声に、息子よりも若い新品少尉の顔を思い出して、鷹司は地を滑る愛機の速度を上げた。
「防御指揮所、こちらKV第4班。西側防衛線に到達。前進する敵増援を確認、これより迎撃を開始する」
 なだらかな丘の上に刻まれた塹壕線。そこに重火器を装備した歩兵と欧州軍のMBT(主力戦車)が籠もり、下から迫るキメラの群れに激しい砲撃を加えていた。鷹司たちは散開し、それぞれKV用に掘られた塹壕へと機体を飛びこませる。
「移動するトーチカ、か。機動戦力たるKVを拠点防御に使うなんて、とか思ってたが‥‥ある意味、これもKVの利点かね」
 半ばぼやきながらも鷹司は高分子レーザーの砲口を敵へと向けた。列を成したキメラの群れが続々と丘を登りつつある。斜面に設置した足止め用の鉄条網は、緒戦にプロトン砲で薙ぎ払われてしまっている。
 と、敵集団の後方で、一斉にチカチカッと光が瞬いた。後方に陣取った敵砲兵──実体弾曲射砲を背負ったタートルワームが、一斉に支援砲撃を開始したのだ。
「退避ーっ!」
 味方に向かって小隊長が警告を発した。塹壕の兵たちが一斉に頭を下げる中、鷹司機は後進する戦車と共に、鉄板に土を盛っただけの簡易な退避壕へと潜り込む。
 ふと視線を逸らすと、機外視認用のモニターの一つに小隊長機が映っていた。歩兵や小隊機が全て身を隠すのを確認してから、最後に自機を壕へと入れる。だが、コックピットの中の若い少尉の顔面は蒼白で‥‥それを見た鷹司は小さく笑みを浮かべた。虚勢と怯惰‥‥うん、あいつは良い士官になるかもしれない。戦闘機パイロット向きではないかもしれないが。
 空気を切り裂く音と共に、砲弾が陣地内へと降り注いだ。無数の子爆弾が次々と爆発し、鉄と炎を撒き散らす。轟音が鼓膜を叩き、巻き上げられた土が豪雨の様に降り注ぐ。文字通りの『土砂降り』だ。
 その人工的な嵐が一段落すると、鷹司はすぐに機を起き上がらせた。こちらが頭を抑えられている間に、敵の大型キメラ──背中に20mmの旋回機関砲を背負った狼型の機械化キメラが、既に丘の中腹辺りにまで進出していた。
 指揮官の号令と共に、陣地から一斉に出迎えの砲火が撃ち放たれる。『狼』は縦列のまま突進。こちらの眼前を横断しつつ、その旋回機銃の弾幕を陣地へと浴びせ続ける。鷹司は高分子レーザーでその隊列を狙撃した。光の槍に貫かれ、機械部分を爆発させて倒れ伏す機械狼。後衛を横列で進攻してきた大型機械化ビートル(115mm砲装備)が、鷹司機目掛けてその主砲を釣瓶撃ちにする。鷹司はそれを壕内に籠もってやり過ごした。
 陣地側方から小型HW(ヘルメットワーム)の編隊が進入してきたのはその時だった。
 低空より音もなく進入してきた敵編隊は、陣地の手前で一斉に集束爆弾を切り離した。雲の薄い青空を背景に、それはこちらへと舞い降りながら無数の小さな黒点へと分裂し‥‥
 さらに、単騎行動の1機が超低空で陣地上空を加速しながら飛び過ぎた。直後、音速突破の衝撃波が真上から壕内の兵士たちに襲い掛かる。ついでとばかりに撃ち放たれたフェザー砲が戦車を貫き‥‥その爆発は、遅れて落ちてきた爆弾のそれに紛れて消えた。
 雨霰と降り注いだ子爆弾は地上と空中、双方で炸裂した。即席の壕では真上から降り注ぐ破片を防ぐ事は出来ない。壕内に悲鳴が木霊し、血飛沫が土面を染め上げた。
「畜生、言わんこっちゃない」
 悠々と空の高みへと引き上げていくHWを睨みながら、鷹司は吐き捨てた。こんな制空権も怪しい状況で、ちゃちな応急陣地に籠もっての遅滞戦闘など無茶が過ぎるんだ‥‥!
「全KV! 命令が出た。全火器使用自由。全力射撃で前方斜面の敵を駆逐せよ!」
 鷹司が発した命令は、勿論、戦場の混乱を利用しての大嘘だった。だが、それをしなければ、この時点で敵に押し切られ陣内に踏み込まれていたに違いない。

「指揮所は全滅か‥‥」
 日没まで続けられた一連の戦闘を終えた後。爆弾の直撃を受けて壊滅した陣地指揮所を前にして、鷹司は前髪をかき上げた。
 生き残った士官は3人。いずれも前線で歩兵小隊を率いる少尉であった。いずれも若く経験が不足している。鷹司が元大佐である事を告げ、幾らか助言は出来ると思う、と伝えると皆あからさまにホッとした顔をした。‥‥空軍大佐であったことは、黙っておく事にした。
「本隊に状況を報告。負傷者は後送、援軍はなし。KVと戦車には燃料と弾薬を補給中。しかし、昼間に使いすぎた為に弾庫はすっからかん、と。この状況であと1日は時間を稼がなければならない、か」
 状況を整理してみる。溜め息しか出なかった。
「後方の森の中に、食糧、燃料、各種弾薬を幾らか集積してあります。‥‥撤退用の輸送車両も」
 言外に潜ませたその要望を、鷹司は敢えて無視した。いや、いっそ歩兵は後退させておいた方が良いか?
「能力者たちに、集まるように伝えてくれないか?」
 明日の戦い‥‥中核を担うのはKV、そして、その担い手たる能力者たちだ。相談すべき事は山程あった。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
三田 好子(ga4192
24歳・♀・ST
レイアーティ(ga7618
26歳・♂・EL
ルナフィリア・天剣(ga8313
14歳・♀・HD
御崎 緋音(ga8646
21歳・♀・JG
火絵 楓(gb0095
20歳・♀・DF
御巫 ハル(gb2178
23歳・♀・SN
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD

●リプレイ本文

 夜明け前の薄い闇の中、明るみかけた空を幾筋もの光が切り裂いた。
 それは敵陣から撃ち上げられる対空砲火の煌きだった。天を行く無数のバーナー炎と、敵陣に咲く爆炎の花。こちらへの援護の為、後方の主力が兵力を割いて、敵の砲兵陣地に朝駆けの空襲を仕掛けている‥‥ようだった。推測だ。昨日、指揮所が全滅してしまった為、陣地は本隊との連絡にも難儀している。
「コマンドポストが潰されたのは痛いですね。この丘から視認できる情報しか把握できない」
 純白のディアブロ──『Alvitr』のコックピットに立ち、双眼鏡で状況を確認していたレイアーティ(ga7618)がそう嘆息した。鷹司は肩を竦めて苦笑する。
「俺がここに残って指揮所の真似事でもするさ」
「激戦になります。戦車と歩兵は第2線に下げた方が良いのでは」
「歩兵はともかく戦車はだめだ。KV8機では防衛線が維持できない」
 指揮所跡地で相談を続ける二人。増援として到着した少女がそこにひょっこりと顔を出す。
「補充機パイロット、ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)。到着しました。‥‥あら、レイさん? 奇遇ですね」
 今日は御崎さんとはご一緒ではないのですか? とヴェロニクが訊ねると、レイアーティは視線を横へと伸ばした。その先に、KVで土木作業をする三田 好子(ga4192)と御崎緋音(ga8646)の姿があった。昨日の戦闘で損傷した塹壕の補修をしているのだ。
 そんな緋音の──婚約者の様子を、知らず優しい目で見つめていたレイアーティは、ヴェロニクの生温かい視線と猫の様な微笑に気付いて咳払いを一つする。
「なになに? なに面白そうな話をあたし抜きでしてるのよう?」
 そこへやって来た火絵 楓(gb0095)が、何か面白そうな気配を感じて両耳をぴくぴくさせる。苦笑する鷹司。楓はとりあえずお仕事を先に済ませることにした。
「あー、空襲に参加した友人たちからの報告です。砲亀は空襲と同時に森へ退避。対空亀の迎撃もあり、戦果の拡大が望めぬと判断、降下強襲は断念したそうです」
 大地守と滝岡海、空襲に参加した楓の友人たちが直接、楓に状況を報せていったのだ。丘の上を飛ぶ岩龍とミカガミが翼を振って去っていく。
「砲亀の損害は軽微、か‥‥」
 どうやら今日も酷い事になりそうだ。口に出さなかった鷹司のその感想は、その場にいる全員が共有するものだった。


 丘の上の陣地に対する攻撃は、今日も亀による砲撃から開始された。
 砲火の煌き。やや遅れて砲声が轟き、砲弾が空気を切り裂く音がその音量を上げていく。
「走れ、走れ! さっさと塹壕に飛び込むのじゃ!」
 敵の動きに即応する機動防御班として待機していた綾嶺・桜(ga3143)は、ヴェロニクの翔幻を引きつれて南側の塹壕に雷電を飛び込ませた。姿勢を下げ、機体を塹壕の中へと収める。砲撃は面制圧──受動防御で耐える他ない。
 風防を開け、最後まで敵部隊の動きを確認していたレイアーティには塹壕に駆け込む時間はなかった。
 着弾。襲い掛かる破片と爆風は、しかし、コックピットには届かなかった。
「緋音、君?」
 緋音の雷電『Hervarar』が、『Alvitr』を抱き包むようにしてレイアーティを守っていた。安堵する吐息は一度きり。レシーバー越しの緋音の声は、すぐに戦場のそれへと戻っていた。
「‥‥どうです? 敵の動きは見えましたか?」
「ええ。どうやら昨日と同じく、敵は西と南から攻撃してくるようです」

「‥‥随分と派手にやってくれますね。確かに『砲兵は戦場の神』とも言いますけど」
 南塹壕に籠もるリッジウェイの密閉型操縦席で、好子はモニターに映る砲撃の様子に息を吐いた。
 吹き飛ぶ大地と振りかかる土と鉄。轟音と振動があらゆる物を震わせる。‥‥どうも自分は泥臭い戦場と縁が深いらしい。偶には花のある戦いというものをしてみたいものだ。
「まぁ、弟がいる戦場に比べれば、ここはKVが使えるだけマシだわな」
 同じく、南塹壕に籠もる御巫 ハル(gb2178)が呟いた。ポケットの上からウィスキーボトルの感触を確かめる。中身は日本酒。普段なら景気付けに一杯しゃれ込む所だったが、この気の抜けない戦場において彼女の岩龍は貴重な電子戦機だ。酒酔いでやられたりしたら申し訳が立たない。
「もっとも、その我慢もあと一日。今日を凌げば何とかなる」
 砲撃が止んだ。嵐の後の静けさは、嵐の前の静けさでもある。砲撃の停止は同士討ちを避ける為であり、即ち、それだけ敵が接近した事を意味していた。
「おっしゃ!」
 ハルの気合いを合図にしたかのように、KVと戦車が一斉に塹壕から顔を出す。『狼』と『砲甲虫』は目前に迫っていた。
「撃て! 撃ちまくれ!」
 戦車砲が敵に向かって一斉に咆哮する。集中打を浴びて転げ落ちつつも、フィールドに守られて吶喊を継続する狼たち。それらに向かってハルが2問の20mm砲を撃ちまくった。血煙と断末魔。その死体を踏み越えてさらに迫る敵に、好子が放ったグレネードを撃ち放つ。着弾。敵前衛がまとめて吹っ飛んだ。
「始まった」
 西の防衛線でも敵の攻勢に対する迎撃が開始された。
 楓は塹壕からディアブロを乗り出させると、手にしたR−P1マシンガンを撃ちまくった。血塗れになりながらも突っ込んで来る『狼』に銃撃を集中し‥‥全ての弾を撃ち尽くす。舌打ちと共に空の弾倉を落とし、新たに弾を装填する。その隙に飛び掛かる狼。その腹に楓はKVの腕を押し当て、アームレーザーの引鉄を引く。光の槍が敵を貫き空を穿つ。『狼』は焼け焦げた匂いと共に塹壕の淵に倒れ込んだ。
 一方、ルナフィリア・天剣(ga8313)のウーフーもまた、西塹壕での戦闘の渦中にいた。
「獲物は引き付けて撃つ‥‥!」
 バルカンの一斉射で敵に回避させ、続く一撃で『躍らせる』。体勢を崩した敵にレーザーによる3点射。倒れゆく敵にルナフィリアは小さく唇の端を歪ませる。
 激しい金属音を間近に聞いて、ルナフィリアは視線を横へ向けた。隣りの戦車が砲撃を喰らった音だった。基部に直撃を受けた戦車は砲塔が旋回できなくなり‥‥損傷を確認しようとした戦車兵が砲塔から顔を出す。そこへ銃撃を浴びせようとする狼。それを視界に捉えたルナフィリアはミサイルを続けざまに撃ち放った。戦車を飛び越え、誘導弾が狼を吹き飛ばす。助けられた事に気づいた兵がKVへと手を振って‥‥ルナフィリアは拡声器のスイッチを入れた。
「馬鹿が! そんな事をしてる暇があったら1発でも多く砲を撃て!」


 機動防御班の4機は陣を出て、『狼』の後方に陣を敷く『砲甲虫』を蹴散らしにかかった。
 レイアーティがマシンガンで群狼の一点に銃撃を集中し、その間隙から他の3機が虫の隊列へ踊り込む。
「さっきから邪魔なのよ。消えなさい!」
「ここを通りたくば、わしらを倒してからにするのじゃな!」
 緋音機のレーザーが、桜機のハンマーボールが虫の群れを薙ぎ払う。ヴェロニクはその2機の『魔の手』を逃れた敵に確実に止めを刺していく。

 時刻が昼を過ぎてしばらくした頃だろうか。
 丘に攻めかかっていた敵が一斉に後退を開始した。
「退がる、だと?」
 それまで確保した領域を全て捨てて退く機械化キメラの群れ。隙を見せない敵の姿に、機動班は追撃をかけずに陣へと戻った。
「丁度いい。この間に補給を済ませてしまいましょう。3交代。敵の動きには十分注意して下さい」
 レイアーティの言葉に従って、まずは桜、好子、ヴェロニクの3機と一部隊が補給に下がる事となった。
 好子のリッジウェイの兵員室には、後送する負傷者が乗せられた。あっという間に一杯になった荷室の床が血に塗れる。好子は固形レーションを口に押し込むと、歩ける負傷者を引き連れて補給地点へ移動を開始した。‥‥休む間はないかもしれない。医にかかわる者として、好子は出来うる限り負傷兵の手当てを手伝うつもりだった。
「桜さん、無事!? 大丈夫!? どこも怪我してない!?」
「愛華か。おぬしも補給に来、むぎゅう」
 愛機の補給を作業員の手に任せて昼食を取りに来た桜は、友人の響愛華に思いっ切り抱き締められた。
 抱きつくでない、と暴れる桜を余所に、身を離した愛華が桜の巫女服の前をがばちょと開く。サラシを巻いた薄い胸を衆目に晒されて、瞬間沸騰した桜は愛華の頭に拳骨を振り下ろした。
「なっ、なっ、何をするか!」
「わぅ、怪我がないか確かめようと‥‥」
 涙目で答えながら、愛華が優しく桜を抱く。お守り、ちゃんと持ってくれているんだね。その言葉に桜がそっぽを向く。
 一方、ヴェロニクは自らの食事を済ませると、補給地点で戦闘糧食をかっ食らう兵隊たちにお茶を注いで回っていた。
「無理はしないで下さいね。皆で家に帰りましょう。約束ですよ? 大丈夫。幸運の女神が沢山いますから!」
 ヴェロニクの言葉に兵たちが笑う。自らも笑みを浮かべながら、ヴェロニクはある種の感慨を抱いていた。
 これが、戦場‥‥
 圧倒的な砲火に身を震わせ、直後、KVの火力でキメラを蹂躙する。かと思えば、戦火の最中にこうして笑いあったりもする。‥‥それなりに実戦をこなしてきたつもりだったが、まだまだ知らない事だらけに違いない。


 敵の攻撃が再開されたのは1時間後の事だった。
 再び丘の下へ姿を現した敵軍、その中に、先程まで姿を見かけなかったゴーレムが4機いた。
「近接装備3機にプロトンランチャー持ちが1‥‥3機の内の1機は他とは違うの」
 桜の言葉にレイアーティは頷いた。指揮官機だろうか。強敵だ。あの敵は自分が相手をする、と決意する。淡々とした表情を崩さぬレイアーティーを、しかし、緋音は複雑な表情でじっと見やる‥‥
 攻撃は、これまで同様に砲撃から始められた。再び降り注ぐ苛烈な砲弾の雨。だが、今度の砲撃には無駄がない。
 鳴り響く警報に、ルナフィリアは舌を打って天を仰いだ。北へ向かう敵編隊の一部が離れ、こちらへ進路を向けている。
「空襲っ、来るぞっ!」
 ルナフィリアの警告に緋音は丘の東を走る道路へと目をやった。そこから離陸しての迎撃は、しかし、砲火でこうも頭を抑えられては不可能だ。
 高高度を水平で進入してきた敵編隊が集束爆弾を投下した。バラけた子爆弾が降り注ぎ、塹壕無視の攻撃を撒き散らす。
 タイミングを合わせるように、敵が西へ攻撃を集中した。砲甲虫のみで編成された火力の高い部隊だった。
「さっきまでとまるで違う!」
 砲列を並べて115mm砲を斉射する敵。その攻撃を塹壕でかわしながら楓が叫ぶ。悪態を吐きながら反撃するルナフィリア。敵はその硬さを活かし、横列で一斉に突入を開始する。かつてない程の圧力が西防衛線を押し潰そうとしていた。
 直ちに機動班が西へと回った。直後、『狼』のみで編成された機動力の高い部隊が、丘には目もくれず東の道路を直進する。東に置かれた火力は低い。反対側の丘も同じ状況に置かれていた。
 狙撃砲を持つレイアーティが東に回り、戦車隊と共に攻撃を開始する。だが、突破する事のみ指向する敵の足は止まらない。
 そうして東西に戦力を散らした後で。待機していたゴーレム4機が真正面から、丘の南へ突撃を開始した。
「ゴーレム‥‥敵も本気か!」
 先陣を切る敵へ向けて続けざまにハルがレーザーを撃ち放つ。サイドステップでそれをかわす指揮官機。代わりに前に出たゴーレムの剣をディフェンダーで受け止める。
 そこに、塹壕から飛び出た好子機が突っ込んだ。その質量でもって敵をハルから引き離す。そこへ放たれるプロトンランチャー。それまで塹壕の中で鉄壁を誇ったリッジウェイも非物理には弱かった。
「やってくれる!」
 珍しく焦りを口に出すレイアーティ。あの敵は私の敵。しかし、東の敵に突破されてもこの陣は陥落する‥‥!
「行け。東は大丈夫だ!」
 指揮所にいる鷹司からの声が届いた。後方の愛華、守、海等の隊が守りに入った。狼たちの足はじき止まる。
 感謝の言葉と共に、鎖から解き放たれたレイアーティが南へと疾走する。それを緋音が頼もしそうに見つめながら後を追う。
「桜さんも行ってください。ここは私たち3機で守ります!」
 ヴェロニクの言葉を聞いて、桜は迷わず飛び出した。ルナフィリアと楓にそれを振り返る余裕は無い。西塹壕に残る戦車もルナフィリアの隣の1両のみ。それでもただひたすらに敵の進攻を押し留める。
 南塹壕の2機に、機動班の3機が合流する。レイアーティはそのまま敵の指揮官機に突っ込んだ。ガトリングの攻撃をかわしつつ、必殺のソードウィングで斬りつける。慣性を無視した急加速で逃れる敵。迷わず追う。引き離せればそれはそれで御の字だ。
 緋音機は後衛のプロトン砲を抱えた敵に突っ込んだ。高い非物理防御を活かし、装甲を焼かれつつも一気にドリルの間合いに持っていく。
 桜は他の2機と共に残りのゴーレムを潰しにかかった。好子が1機を相手にする間に、ハルの援護を受けつつハンマーを振り回す。
「これで終いじゃ! 墜ちよ!」
 桜機の一撃が、ゴーレムの頭部を粉砕した。


 陽が陰る。
 激戦の日も遂に日没を迎えようとしていた。
 レイアーティと敵指揮官との一騎打ちは決着が付かなかった。他のゴーレムが倒さるやすぐに後退したからだ。レイアーティは単騎で追う愚を犯さなかった。守るべき丘は背後にある。
 キメラの攻撃は続けられたが、能力者と兵たちは最後まで守り切った。夕方になると敵は潮が引くように退いていった。
「あー、疲れた。酒だ、酒。‥‥これで本隊がコケやがったら許さねぇぞ」
 兵たちが上げる歓声を聞きながら、ハルは酒の入った容器を傾けた。
 風防を開けたルナフィリアに、歓喜に湧く隣の戦車兵たちが歓声を上げる。ルナフィリアはそれをつまらなそうに見下ろしつつも、少し照れたように顔を背けた。
 ヴェロニクはヘルメットを脱ぐと、風に髪を流しながら空を見上げた。そうだ、グラナダの戦いが終わったら、久しぶりに実家に顔を出すのもいいかもしれない‥‥
 その空に、蓋が被さった。
 目を見開く。雲を蹴散らしながら現れたその巨大な物体は、空を圧して丘の上に占位した。
「ぷちギガ‥‥!」
 誰かが呟いた次の瞬間、無数のプロトン砲が豪雨となって振り下ろされた。
 能力者たちが目を開けた時、周囲の光景は一変していた。歓喜に湧く防御陣地の姿はなく、死と呻きと破壊が刻まれた大地と廃墟だけがある。
「あ‥‥あ‥‥」
 ヴェロニクは絶句した。先程まで笑っていた人たちが失われた事が信じられない。
 ルナフィリアの隣りの戦車は焼け焦げていた。人の姿はどこにもない。
 天を睨む。それを嘲笑うかのように再び砲に光が点り──
 次の瞬間、ぷちギガの周囲に無数の爆発が沸き起こった。
 自らと同格の敵の登場に、ぷちギガがその砲口を北へと向ける。その先に──
「‥‥ユニバースナイト弐番艦!」
 多くのKVを引き連れた白衣の女王がそこにいた。