タイトル:野を越え、山を越え、マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/14 17:55

●オープニング本文


 ガラスが割れ砕け、木製の扉が引き裂かれる。
 頭上から響いてきた破壊的なその音に、薄暗い地下室に避難していた家族はビクリとその身を震わせた。
 父親が壁に立て掛けたライフルに慌てた様子で手を伸ばす。息子と娘、まだ幼い子供たちをギュッと抱きしめる妻に奥へ下がるように手を振って、父親はコンクリで作られた階段の下からそっと上の様子を窺った。
 ガッ‥‥ゴッ‥‥
 固い鉤爪が木製の床を削る鈍い音が近づいてくる。
 噴き出す汗。父親は荒い呼吸を繰り返しながら、銃口を階段の先へと向け直した。祖父から受け継いだ小銃──熊すら射殺せる軍払い下げ8連発の半自動小銃は、しかし、家の中を我が物顔でうろつくこの敵には余りにも無力だった。
 故に、彼等はただ祈り続けた。気付かれぬように。見つからぬように。さっさとどっかに行って二度と戻って来ぬように、と。
 ガリ‥‥ゴリ‥‥
 近づいてきた足音が大きくなり。
 そのまま、地下室への扉の前を素通りしていった‥‥

 日々数を増すキメラの目撃情報に、一帯に州都への避難命令が出されたのはもう半年も前になる。
 街から少し離れた農園で暮らしていた彼等家族は避難し得なかった。街周辺に点在する農場、それらに避難を伝えに出た車両が途中で事故を起こしたからだ。
 街が空っぽである事に気づいた時、周辺は既にキメラのうろつく危険地帯と化していた。もう逃げる事もままならない。そう判断した父親は、ありったけの食糧を引っ張り出すと、家族を連れて地下室へ──祖父が冷戦時代に掘った名ばかりのシェルターへと退避した。
 以来、彼等はこの地下室に籠もり、いつか来ると信ずる救助を待ち続けた。しかし、この近辺上空は航空戦の主戦場であり──彼等が発する微弱な救助要請は、バグアが発する妨害電波によって味方の誰にも届く事はなかった‥‥

 ダアァァン‥‥ッ!
 直上に響いた大きな音が、男の心臓を鷲掴みにした。
 悲鳴を上げる子供たちを妻がその胸に掻き抱き、くぐもった泣き声を押し殺す。恐怖に激しく身を震わせながら、十字を切って祈りを天へと吐き続けた。
 ガリ‥‥グチュ‥‥
 何かが何かを咀嚼する音が、天上から悪夢のように降ってくる。先程の音は、キメラがキッチンの冷蔵庫を引き倒したのだろう。日持ちのしない生ものなど、とうに腐れ切っているはずのそれを喰らっているようだ。
 ‥‥やがて、食事を終えたキメラが家から出て行く気配がして‥‥父親はがっくりとベッドの端に腰を落とした。子供たちが声を上げて泣き叫び、妻も彼等と共に咽び泣く。
 もう限界だ。
 父親は小銃を放り投げると、足音も荒く無線機へと歩み寄りその電源を入れた。食料も、自家発電用の燃料も一週間以内に底をつく。そしてなにより、自分と家族の精神が最早、この状況に耐えられそうになかった。


 照準器の向こうに捉えたヘルメットワームの機影がありえない方向に急転換するのを目にして、鷹司英二郎は心中で小さく舌を打った。
 風防の向こうを山あいに広がる森が凄いスピードで流れている。横転降下が出来る高度ではない。バグアの慣性制御による出鱈目な超機動だ。
 鷹司は、この低高度にも関わらず機体を横転させると、構わず操縦桿を思いっきり引き込んだ。バグアに出鱈目な慣性制御があるならば、こちらにもKVという『とんでも戦闘機』が存在する。ブースト空戦スタビライザーを使用し、あり得ぬ旋回半径で敵機へと向き直る鷹司機。こちらを指向するHワームのフェザー砲が光を放った。
 その直前、鷹司はフットペダルを踏み込んでいた。怪光線をクルリと回避しながら、照準から敵機を外さず砲撃する。SESエンハンサーにより威力を底上げされた高分子レーザーが放たれ、光の槍が3本、Hワームを貫いていた。
 ドン‥‥ッ! Hワームが爆発を起こす。空気の振動を翼に感じ、鷹司は自機の後方を森へと落ちていく敵機の姿を確認した。
 時計を確認する。自由戦闘の時間を過ぎようとしていた。
「防空指揮所、こちら『WildHawk』。空中戦により小型HW2機撃墜。確実1、不確実1」
 鷹司は戦果を報告すると、仲間との合流予定地点へ向けて機の高度を上げ始めた。

 無線機がそれを拾ったのは、森の境界を過ぎた辺りの事だった。
「‥‥こ‥‥‥‥うじょよ‥‥‥‥だ‥‥んじを‥‥」
 随分と弱々しい電波だった。鷹司は無線機の周波数を弄りながら、マイクに向かって呼びかけた。
「‥‥通じた!?」
 通信が鮮明になり、レシーバーから歓喜に咽ぶ雄叫びが飛び込んでくる。その大声に眉をひそめて、鷹司はレシーバーから耳を離そうとした。できなかった。レシーバーはヘルメットに内蔵されている。
「あー、とりあえず喜ぶのは後にして、まずはそちらの状況を伝えてくれないか? あんたら、いったい何者だ?」

 敵中に、孤立した民間人がいる。
 状況報告を受けたUPC北中央軍西方司令部は、その救出を正式に鷹司たち傭兵への依頼とする事を決定した。即座にULTに連絡が飛び、新たな報酬が手配される。時間に余裕がないとの現場判断により、要撃任務からの強制継続となった。
「取り残されたのは4人家族だそうだ。さっさと拾い上げて離脱すればいい。楽な任務だ」
 連戦に疲れている仲間たちを、鷹司はそう鼓舞し続けた。幸い、この付近の道路は障害物のない一本道ばかりだ。着陸し、補助シートに回収して離脱する。一般人を乗せて空戦は出来ないが、それでも『空荷』は4機いるし、そもそもこの空域で今日はもう戦闘はないだろう。

 だが‥‥

「どういうことだ、こりゃ、いったい‥‥」
 地上へ下りた能力者たちを待っていたのは、20名近い人の群れだった。この近辺には農場が幾つかあり、それぞれが件の家族と同様に息を潜めて隠れていたのだ。KVが降り立つ音を聞いて、家から飛び出して来たのだという。それまで互いに無事である事も知らなかった。
「どうするんです? 20人なんて‥‥」
 とても乗せて運べませんよ。傭兵の一人がそう言い掛けるのを、鷹司は「皆まで言うな」と押し留めた。
「司令部には状況を?」
「連絡しました。北で大規模な空戦が行われているそうで、連絡艇は出せないと。リッジウェイ2機を迎えに寄越すそうです」
 なるほど、と鷹司は呟いた。どうするって? 決まっている。飛べないなら地上を這って帰るしかない。少なくとも正規軍のリッジウェイと合流するまで、一般人を護衛しながら、敵中を逃避行しなければならないというわけだ。
 自分たちだけならば飛んで帰れる。その選択肢を鷹司は初めから考慮に入れていなかった。まぁ、なんだ、敵中に取り残されるってのは、あんまり気分のいいものじゃない。一般人なら尚更だろう。
 鷹司は能力者たちを呼び集めると、地図を広げて今後の方針を話し合った。
 移動ルートの選定、輸送手段の確保‥‥決めなきゃいけない事は山ほどあった。

●参加者一覧

霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
明星 那由他(ga4081
11歳・♂・ER
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
榊 刑部(ga7524
20歳・♂・AA
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
須磨井 礼二(gb2034
25歳・♂・HD

●リプレイ本文

「フッ‥‥任務を達成させ、民間人も護り切る‥‥両方こなさなきゃいけないのが能力者の辛い所ね‥‥」
 輸送の為に調達した幌付きのトラック2台。その1台の荷台の上で独特な立ちポーズをキメながら。阿野次 のもじ(ga5480)は、本人が思う限りのニヒルさで呟いた。
 戸惑ったようにぽかんと見上げる人々。構わず、のもじは懐からマイマイクを取り出すと、KVのスピーカーを通して呼びかける。
「と、いう訳で! 私たちが来たからには大船黒船遊覧船! 食糧、毛布、医薬品。身の回りの諸般を持って10分後に集合。急げ〜!」
 のもじの声に急かされて大人たちがわらわらと散っていく。そのすぐ側では、龍深城・我斬(ga8283)と明星 那由他(ga4081)が愛機のチェックに余念が無い。
「バルカン200発にレーザー12射分、ミサイル4本に‥‥燃料は半分か。‥‥まだ半分もある、と考えた方が幸せかね?」
「そうですね。被弾はないし‥‥これならいけるかな。距離は少し長いですけど、頑張りましょう」
 風防を開け放ったコックピットで我斬と那由他が言葉を交わす。その足元にが集まってくる子供たち。皆、物珍しそうな、或いは憧憬の視線を機体へと向けていた。
「‥‥ちっちゃい子も、多いんだな」
 我斬は呟くと、KVの指でVサインを作ってみせた。歓声が上がる。さらに手を振ってやると子供たちも無邪気な笑顔で振り返す。
 なんとかなる。いや、してみせるとも。子供たちに笑顔を振りまきながら、我斬は決意を新たにした。
「阿野次さぁん! スペアタイヤや修理用具があるようならそれも積み込んでおいて下さい! あと、ロープとかカーテン、シーツ‥‥何でもいいから身体を固定できるような物も!」
「えー? もうみんな車に乗って行っちゃったよ。なゆっちー、それ(KV)でひとっ走り追っかけて!」
「ええーっ!?」
 那由他とのもじ、『ちびっこ』二人のやりとりに、鷹司は小さく笑みを作った。なかなかどうして。避難民はあの二人に任せて問題無さそうだ。
「それにしても‥‥要撃任務から強制継続で民間人の護送ですか。相変わらずUPCの人使いは荒いですな」
「報酬が上乗せされるなら大歓迎さ。ま、チャッチャと送り届けて帰るとしましょ」
 鷹司と共に先行する予定の飯島 修司(ga7951)とツァディ・クラモト(ga6649)は、広げた地図の一点を指差した。車両が通行可能な3つのルート。そこから谷底を通る北ルートと山間を迂回する南ルートを除き、最も距離が短く走り易そうな中央ルートを選定する。
 鷹司は頷いた。懸念が無い訳ではないが、民間人を連れての撤退行だ。無難に越したことはない。
 トラックのチェックをしていた須磨井 礼二(gb2034)は、一番最初に戻ってきた──今いる農園の持ち主だ──4人家族の父親と思しき男に気が付くと、荷台に置かれた荷物を持って走り寄った。のもじが掻き集めた無線機だ。彼女は今、那由他と共に他の家族を追いかけている。
「これ、のもじさんから。無線機です。貴方と、トラックを運転する人たちに渡して下さい」
 連絡は常に保たれる。不安に思う事はなにもない。そう伝える礼二に父親は頷いて‥‥用件を終えても立ち去ろうとしない礼二に首を傾げた。
「‥‥貴方が通信を入れた人ですよね? 先程の避難民の中に、見慣れぬ不審な人はいませんでしたか?」
 皆、顔見知りだが、と怪訝な顔で眉を潜める父親。しまった。不安にさせてしまったか。礼二はにっこりと笑ってみせた。
「いえ、それならいいんです。ほら、味方の所に行くんですよ? スマイル、スマイラー、スマイレージ! 笑顔を貯めるとそれだけ人は幸せになれるんですよ!」
 笑顔で父親を家族の元へと送り返す礼二。
 とりあえず、人に化けたキメラが混ざっている心配はなさそうだった。


 乾いた大地が斜面となって大空へと伸びていた。
 ぽつぽつと点在する緑の茂みが、茶けた地面に彩を添える。その茂みに寄り添うようにして‥‥霞澄 セラフィエル(ga0495)のアンジェリカは、出来うる限りにその身を小さく纏めていた。
 山猫が見つめている‥‥否、それは山猫ではなく、山猫型のキメラだった。斜面にポツリと。1匹だけ。じっとこちらを見つめている。
「今は来ないで下さいね、今は‥‥」
 その目を静かに見返しながら、霞澄は祈るように呟いた。キャノピー越しの地面が近い。KVに乗っている以上、負ける事など万に一つもあり得ないが、銃火の煌きや砂煙は容易にこちらの位置を露呈させる‥‥
 天へと伸びる地のきざはし。その先に、大空を舞う大型キメラ『ワイバーン』の姿があった。

「‥‥どうやら見つからずにすんだようですね」
 霞澄機から数百メートル前方の道路端。同様に山林に身を隠したR−01改の操縦席で、榊 刑部(ga7524)は額に滲んだ汗を拭い取った。
 その視線の先には大空を悠然と飛び過ぎる3匹の飛竜の姿。もう少しその高度が低かったなら、あるいはもう数km先、遮蔽物のない荒山での遭遇だったなら容易に発見されていたに違いない。そうなれば、KVはともかくトラックには大きな脅威となったはずだ。
「よし、いいぞ。皆、機体起こせ」
 我斬の雷電がその巨体を立ち上がらせる。その後ろでは民間人を乗せた幌付きトラックが2台、再びエンジンをかけて路上へとハンドルを回した。
 瞬間、ガサッ! と大きな音を立てて、傍らの木の一つが揺れた。他の木から飛び移って来た類人猿型のキメラが一匹、こちらを窺う様にその身を揺らしていた。
 その物音にトラックから悲鳴が沸き起こる。刑部機と礼二機がトラックを護る様に間に入ると、キメラは枝を蹴って距離を取った。だが、完全には立ち去らずにこちらをジッと見つめている‥‥
「直衛班より先行班。飛竜は去りました。こちらはいつでも前進できます」
 刑部が先行しているツァディと修司、鷹司に連絡を入れる。
 だが、その返答を、彼等は思いの他長く待つ事になるのだった。

「まいった。流石にこいつは予想外だ」
 山林外縁、荒山との境の茂みに機体を隠した鷹司が吐いた悪態は、そのままツァディと修司の心中を表していた。
 彼等の視界の先、前方の道路上に。バグアの陸上用輸送ワームの車列がのんびりと走行していたのだ。なるほど、こちらにとって最も通り易い道というのは、敵にとってもご同様であるらしい。
 何機見えた? とのツァディの問いに、見えた限りで4機、と修司が呟く。勿論、それが隊列の何割を占めるのかは分からない。
「どうする? 仕掛ける?」
「冗談はよして下さい。普段ならともかく‥‥今は弾がありません」
「いや、まったく‥‥さて、どうする?」
 想像する。道路上にズラリとならんだ輸送ワーム。その側面扉が全て跳ね上がり、中から超大型キメラが‥‥それこそKVに喧嘩を売れるような代物がゾロゾロと姿を表す──いや、流石にそれはないだろうが、無数のキメラがトラックへと殺到する様を思い描いて、鷹司は首を振った。
「‥‥今更、戻れない。俺たちは味方の前線へ。連中は敵の前線へ。いずれ道は分かたれる。それまで気付かれないようにそろそろとついて行くしかないだろうな」
 かくして。飛竜で幸運を得た能力者たちは、敵輸送隊との遭遇では不幸を得た。
 それは、中央ルートを選んだ最大の利点、スピードを失う事を意味していた。

 思った以上の時間を経た後に。トラックを含む警戒班はようやく前進を再開した。
 それを無線で皆へと伝えたのもじは、元気の無い返事と背後で聞こえたすすり泣く声に気がついた。無理もなかった。飛竜から隠れてから‥‥いや、それ以前からただひたすらに、キメラの恐怖に怯えてきたのだろうから。
 のもじは「むー」と一つ唸ると、無線機のボリュームを最大にして床に置くよう伝えた。
「1番! 阿野次のもじ! 『大のもじ峠』、歌います!」
 いきなり無線機から流れ出した演歌に避難民たちは目を丸くした。アカペラで、こぶしを利かせた歌い回しで即興歌を披露する。
「さあ! 今度はそっちが聞かせる番よ。元気に、力一杯歌ってちょーだいね!」

 単騎で後方警戒を続ける霞澄機も、再び前進を開始した。
 動体検知、熱源、レーダー、そして集音マイク。全てのセンサーを総動員して、本隊の側面・後方を索敵する。
 ふと気になる事を思い出して、霞澄は機を停止し振り返った。
 夕焼けの丘。『山猫』がこちらを見つめている。
 その数は、増えていた。


 道半ば。既に夜半は過ぎていた。
 湖畔の手前の分かれ道で、敵の輸送隊は南西へと続く道に入っていった。こちらの行く先は北西へと曲がるメインルート。ようやく『頭』を押さえていた『重し』が取れた。だが、能力者たちは安易に速度を上げたりはしなかった。中央ルートで彼等が最も警戒する湖岸の道を行くからだ。
 先行する修司は、機体を敢えて湖岸へと近づけた。湖岸にいた『二足歩行の蛙』なキメラたちがKVに驚いて水の中へと逃げていく。
 だが、湖畔の本当の脅威は水の中ではなかった。
 乾いたこの大地にあって、湖は貴重な水場だ。つまりはキメラの縄張りであり、陸にも多くの敵がいる。そう。KVの護衛がついたトラックへの襲撃を決意させる程度には。
 湖の反対側、暗い森の木々の上に集まった類人型キメラが、車列に向かって一斉に礫弾を吐き出した。威力は小さいが、装甲化されてないトラックには容易に致命傷となりうる礫の雨。敵の異様な雰囲気を察して警戒していた礼二がシールドガンでそれを防ぐ。
「敵襲! 森の中‥‥凄い数だ!」
 叫び、礼二機、そして那由他機が2台のトラックの横に追随する。無数の礫が盾の表面で弾け跳び、那由他機の風防にもヒビを入れた。
「いくら岩龍だって‥‥小型キメラになんか負けない!」
 那由他機と礼二機が一斉にバルカン砲を森の中へと撃ち放つ。闇に包まれた森に光るキメラの目と曳光弾。20mm弾が木々を引き裂き、枝葉と肉片とを振り落とす。
「しまった! 逆か!」
「いや‥‥湖からも来ます!」
 我斬が機を翻すのを刑部が引き止める。先程、水中へ逃げた『蛙人』たちが、『森人』たちの襲撃を見てその身を湖面に浮上させていた。
「くそっ、やらせるかよっ! 俺の目の前でもう誰も殺させない!」
 叫び、湖面へ我斬がグレネードランチャーを叩き込む。轟音と共に吹き上がる巨大な水柱。破片と衝撃が周囲のキメラを引き裂き、一瞬で水面を赤く染める。
「KV4機で左右の盾になる。トラックは速度をそのまま維持!」
 大量の水が雨の様に降り注ぐ中、刑部はトラックの運転手に指示を飛ばした。運転手は顔面を蒼白にしながらも頷き、必死にハンドルにしがみ付く。
(「そうだ、それでいい。ただの一人も欠ける事無く、無事に送り届けてみせる。それすら為し得ぬでは何の為に傭兵に‥‥能力者になったのか!」)
 生き残った『蛙人』たちの水弾が機体を叩く。刑部はその『隊列』をガトリング砲の火力で薙ぎ払った。

 進路上、前衛と直衛の間に『甲虫』が3匹割り込んだ。足を止めたら終わりだ。のもじは盾役になった我斬の代わりに前に出た。
 なけなしのブーストを振り絞って真正面から突進する。剣翼は‥‥敵が小さすぎる。のもじは脚部のスラスターを吹かせると、ディアブロの脚部で思いっきりキメラを薙ぎ倒した。さらに後ろ回しのロー。フォースフィールドを煌かせる敵を無理矢理に踏み潰す。
「さすがメトロニウムフレーム! キメラを踏んでも壊れない!」
 新手。さらに4匹。流石に冷や汗をかくのもじの目の前に、4つ足の巨大な『獣』が飛び込んだ。それはツァディのワイバーンだった。
「はい、邪魔邪魔。トラックが通れんでしょーが」
 それはまるで鼠をいたぶる虎のように。ツァディ機は敵を払い除け、蹴り上げ、思うが侭に蹂躙した。フォースフィールドといえど、KVのような巨大な質量に押し潰されては堪らない。
「お待たせしました。前方の進路は確保してあります。タイミングを合わせて速度を上げて下さい」
 機銃を撃ちまくる修司のディアブロが闇夜に銃火で浮かび上がる。
 同時に、後方から続けざまに放たれた光の槍が、森から、湖から迫り来る敵の群れを闇ごと切り裂いた。慌てて後ろへ下がるキメラたち。後方より疾走してきた霞澄のアンジェリカが、車輪を滑らせながらトラックの後ろで足を止める。
「後方から『山猫』の群れが追ってきています。随分としつこいですから、さっさと引き離した方が良いと思います」
 言いながら、レーザーを後方へと撃ち放つ霞澄機。識別光に照らされた山猫共が一斉に道から飛び退いた。
「では、3、2、1、で増速。一気に駆け抜けますよ!?」
 R−P1マシンガンを構えた刑部機が声と手信号でカウントする。能力者たちはそれを合図に、一気に『戦線』を突破した。


 湖畔での戦闘は、5分と掛かってはいなかった。
 だが、それは弾薬の殆どを消費し尽くすほど激しい戦闘であり‥‥KVの装甲には無数の傷が刻まれ、トラックの幌もボロ雑巾のような有様だった。
 『山猫』を追い払いながら道を行く。森に着く頃には、空は白ばみ始めていた。

「見て下さい、正規軍のリッジウェイです。合流地点はまだ先なのに‥‥あちらも随分と無茶してくれたみたいですね」
 心底ほっとしたように呟く那由他の声に、トラックの人々は歓声を上げた。ようやく彼等はキメラの恐怖に怯える旅路から‥‥いや、生活から抜け出す事が出来るのだ。互いに抱き合う彼等を見て、那由他は微笑みながらも複雑な何かが込み上げてくるのを感じていた。
(「家族、か。‥‥なんだろう。今日はなんか、背中の傷がひどく疼く気がするよ‥‥」)
 だが、この期に及んでも、能力者たちは誰一人──那由他も含めて、油断などしていなかった。
「‥‥そういや、昨日おっちゃんがHWを落としたのってこの辺りだっけ? 撃墜未確認のヤツ‥‥」
 我斬の問いに頷く鷹司。ほぼ同時に、森の中から半壊したHWが木々を蹴立てて飛び出した。
 直後。
 それは能力者たちが一斉に放った攻撃を雨霰と浴びて爆発する。最後まで、彼等は弾薬を使い切ったりはしなかった。
「まぁ、なんだ。所謂切り札ってやつだ」
「これ位の展開は織り込んでおかないと、傭兵なんてやってられません」
 粒子砲とリニア砲を構えたツァディと修司が風防越しにニヤリと笑った。

「これで何とか面目が立ちました。‥‥ですが、次はもっと巧くやってみせます」
 避難民キャンプへと送られる旅の仲間たちを見送って、刑部は一人、見つめ続けた掌を握り締めた。
 のもじは、普段見せない複雑な表情でいた。こちらに手を振る家族たち。しかし、彼等の故郷は遥か、キメラの海の向こう側だ。
「‥‥うん。そうだね。いつか取り替えそうエージっち」
「エージっち、って‥‥俺ぁ56だぜ?」
 神妙に呟くのもじの声に。鷹司は苦笑した。