タイトル:MAT 勇者の資質マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/08 03:39

●オープニング本文


 北米大陸ユタ州における主戦場は、あくまでも空だった。
 見棄てられた土地、忘れられた大地──北中央軍西方司令部の手の回らぬ州都近辺は、行き掛けの駄賃とばかりにバグアが撒いていくキメラが、時を経るにつれその数を増しており‥‥
 避難の間に合わなかった1万人以上の市民たちは、戦力の半減したユタ防衛独立混成旅団と共にかの地に取り残されていた。

 ユタ州都近辺の人類側勢力は、大きく分けて4つの地域に分類される。
 1つは北方。
 ワサッチフロントと呼ばれる回廊部分の北端に位置するブリガムシティと、その北東のローガンだ。
 ブリガムシティはシアトル方面から送られてくる補給物資の集積地、ローガンはその補給路を守る戦車隊が拠点としている。比較的キメラの『侵食』の緩やかな地域で、避難は継続的に進めらており、残された市民もあと僅かだ。
 1つは南方、オレムとプロボ。
 地上における敵の主攻──ある程度の統率が為されたキメラ部隊を受け止めている激戦地であり、プロボ南方に縦深陣を敷いた防衛部隊が必死に抗戦を続けている。
 1つは州都、ソルトレイクシティ。
 旅団本部の置かれた最大の防衛拠点であると同時に、多くの避難民を抱えた最大の避難キャンプでもある。最大の戦力が置かれているが、キャンプ防衛に拘束される兵力も少なくない為、二進も三進も行かない状況に追い込まれている。補給は比較的安定しているが、戦力の不足と避難民の多さから市民の脱出は遅々として進んでいない。
 最後は州都北方にある拠点、オグデンである。
 大塩湖──グレートソルトレイク東湖畔の半ばに位置するこの町は、サンフランシスコ方面から伸びる大陸横断鉄道によって補給物資の輸送や市民避難が比較的円滑に行われている。『域内で最も外界に近い場所』である。

 医療支援団体『ダンデライオン財団』のユタ派遣隊医療拠点も、このオグデンに設けられていた。


 『ダンデライオン財団』は、バグアの侵攻により瓦解した南北アメリカの旧赤十字を統合する形で発足した民間の医療支援団体である。僻地や危険地帯の只中にあるような、国や軍、通常の医療団体が文字通り『匙を投げた』地域に積極的に出向いては、そこに住む人々の為に各種医療行為を行っている。
 MAT──Medical Assault troopers(突撃医療騎兵隊)という呼び名は、財団の車両班に対する通称だった。そこにはある種の畏敬と揶揄も含まれている。南米密林の道無き道を、キメラ蠢く北米の廃墟の中を、我が身の危険も顧みずに装甲救急車を駆って疾走する彼等の姿は、ある意味、医療活動に命を懸ける財団の方針を最もよく表すものでもあった。
 即ち、『突撃バカ』、と。

「オグデンの第4避難キャンプから後退してきた集団が、無事に第3避難キャンプに合流できたそうですね」
 オグデンの財団医療拠点内、MATの待機室にて。
 新人隊員レナ・アンベールは、特に取り留めも無い話題をペアを組むダン・メイソン機関員に振ってみた。
 ソファの上に横になってよれよれになった雑誌を見上げていた中年男は、「あー‥‥」と気のない返事を返してくる。レナは幾分かムッとした。話しかけたのは半ば礼儀以上のものではなかったが、それでも適当にあしらわれれば腹も立つ。
 理想主義者の塊、とも言うべき財団、そしてMATの中にあって、どこか皮肉気なダンは明らかに浮いていた。やる気のなさそうな態度に、斜に構えた物の見方。まだ若い潔癖なレナにとって、このような愚連隊な男とペアを組まされるのは中々に我慢が要った。
 だからこそ、この男がなぜ隊でも一目置かれているのか理解できない。‥‥いや、納得がいかない。
 開け放たれたままの出入り口の向こうから、ブーツがリノリウムの床を刻む足音が聞こえてきて、室内にラスター・リンケ隊長が入ってきた。レナは慌てて立ち上がったが、室内に待機していた他の誰も立たなかった。組織故に命令系統こそ存在するが、隊員は皆財団の理想に共鳴した同志であり、そこに上下関係はない。‥‥これはリンケ班の気風であり、他では勿論異なっている所もあるかもしれない。
 しゃちほこばった姿に苦笑しながら、ラスターはレナに着席を促した。雑誌を脇に放ったダンが身を起こして座り直す。
「第4キャンプの事は聞いているな?」
 野暮ったい、しかし、実直な面持ちのラスターが『任務』について話し出した。
「第4避難キャンプの部隊は、市民をつれて第3避難キャンプに後退。戦線の縮小に成功した。この際、第4キャンプに出張っていた財団の医療スタッフも一緒に撤退行に同道したわけだが‥‥医療拠点を撤収する際、医療機器の類を持ち出す事は許されなかった。軍にとっては当然の判断だが」
 なるほど、とレナは頷いた。それはそうだ。医療機器を車両に載せる位なら、その分、徒の者を乗せる。
 ダンは苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「‥‥上はそれを俺たちに取りに行け、と? 金で買える物の為に命を懸ける必要がどこに?」
 ダンの言葉に、待機室の隊員たちはざわめいた。緊急時の救急搬送──患者、医者問わず──こそが車両班の本分だ。その為なら彼等は命を懸ける事を厭わない。だが‥‥医療機器とはいえ、機械の輸送などで使い潰されてはたまらない。
「その医療機器のお蔭で、より多くの命を救うかもしれない」
「‥‥自分たちが死ねば、この先助けられる筈の命が助けられなくなる」
 ダンの言葉に機関員たちが頷いた。勿論、そんな事はラスターにも分かっていた。財団の運営資金は潤沢ではあるが、決して十分とは言えない。これから財団の活動範囲が広がる事を考えればなおさらだ。無駄はなるべく避けなければならない。‥‥ユタ派遣隊の上層部が考えるのはそんな所だろう。正直、そんな事で部下を危険に晒したくはなかった。
 ならばなぜ、その命令を受けたのか。
 その答えをラスターは口にした。
「ダン・メイソン。我々はMATなのだ」
 MAT──突撃医療騎兵隊。財団の誇る車両班。それが、財団資産である医療機器回収を傭兵に任せて──他人の命を危険に晒してのうのうとしていられようか。
 ラスターは、いざとなったら自分が現場に出る事も厭わなかった。
「自分が行きます」
 挙手をした者があった。レナだった。若い彼女は、理想を奉じる事にまだ何の迷いも無い。
 ラスターがチラとダンを見た。ダンは全てを心得ていた。
「──俺も行く。護衛の手配はして貰えるのだろうな?」
 レナは驚愕してダンを振り返った。だが、周囲は誰も驚いた様子を見せていなかった。つまり、彼の行動に納得している。
 ふと、一つ思いついた。ダンの、ペアを組まされたこの中年男が隊内で一目置かれる理由について、だ。
 ダンは──悪態塗れのこの中年男は、出動中、常に自らの最善を希求する。
 このMATではそれで十分──いや、それこそが最も重要とされるのだ。

●参加者一覧

シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
三田 好子(ga4192
24歳・♀・ST
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG
アブド・アル・アズラム(gb3526
23歳・♂・EP

●リプレイ本文

 MATの戦場は別にある。
 それが今回の依頼に対するミスティ・K・ブランド(gb2310)の考えだった。彼等に余計なリスクを背負い込む余裕は無いはずだ。いかに気概や信条があろうとも、それで弾が逸れてくれる訳でもない。
 だというのに。
 レナは──その若さ故に恐れを知らぬ理想家は、自分も皆と一緒に院内へ行くなどと言い出した。
「‥‥レナさんの熱意は買うけど‥‥私たちも自分の役目には最善を尽くしたいの」
 シャロン・エイヴァリー(ga1843)が苦笑混じりにそう告げる。正直、あの大型拳銃を屋内でぶっ放されるのも、護衛対象がこれ以上増えるのも能力者たちには遠慮したい事態だった。
「つまり、お前は足手纏いだって事だ、ヒヨッコ」
 言い難い事をダンがはっきりと口にする。言い争いが始まった。
「ん〜‥‥替えが効かない特殊な機材ならともかく、そうじゃないなら今回の人件費を購入に回した方がいいんじゃ?」
「わざわざ俺らに報酬出して回収しようって程度には貴重なんだろ?」
 二人の言い争いを傍目に、御影 柳樹(ga3326)と龍深城・我斬(ga8283)がそんな事を囁き合う。三田 好子(ga4192)がにっこりと笑って見せた。
「X線やCT、MRIといった画像診断装置なら数千万、物によっては軽く億を超えますよ?」
 好子の言葉に柳樹と我斬は揃って口笛を吹き鳴らす。医療機器メーカーから出向してきたスーツ姿の男が苦笑した。
「我が社としましては新規に機材を買って頂いた方が有り難いのですが‥‥財団はお得意様ですから」
 他社との競争。いや、戦争か? それでこんな所にまで出張って来たという訳か。なるほど。それぞれが、それぞれの立場で、それぞれの戦争を戦っている。
 だが、そんな簡単な事も分からない奴もいる。
「でも‥‥っ! 財団員の私たちがのうのうとしている訳には‥‥!」
 一際声を高くしたレナにミスティは小さく舌を打った。AU−KVを降りてそちらへと歩いていく。その手を好子がそっと抑えた。
「レナさん。貴方は此処に戦いに来たのですか?」
 振り返り、訊ねる好子。ミスティは小さく溜め息を吐くとレナに頭を振ってやった。
「我々を運ぶ事が君等の仕事。他は余禄だ。仕事を疎かにして余禄に命を懸けるほど不良には見えなかったがね、バディ?」
「‥‥憤る気持ちは分かるけど、現場に突撃する事だけが大事な事じゃないさぁ。いつでも車を出せるようにして、いざという時はここを離れられるように準備しておく。それも大事な、そして重要な仕事さぁ」
 言葉を無くしたレナに、柳樹が諭すように語り掛ける。
「何も難しく考える事はない。こういう時はお互いプロに徹する。そういう事さ」
 我斬が気軽な声を出す。柳樹が覗き込むようにレナを見ると、彼女は小さく頷いた。
「OK、じゃあ行きましょう! ダンさん、車両のスペース空けといて下さいね。必ず機材と全員、連れ帰りますから!」
 ポンと手を打ったシャロンが皆を促す。ミスティはサングラスを指で上げると、AU−KVを装着すべく踵を返した。
「‥‥仕事だな」
 冷めた目で遣り取りを見つめていたアブド・アル・アズラム(gb3526)が、預けていた背中をトラックから引き離す。その前を運搬用機材を押す作業員たちが通り過ぎていった。
「‥‥宝探しは彼等の仕事。連れて帰るのは彼女等の仕事。そんな彼等の安全確保が俺等の仕事というわけだ」
 薄く笑う。レナはその全てをやろうとしたのだ。いや、若い。理想など、口にするだけなら只だというのに。
「ご立派な娘さんじゃないか。ん?」
「知っている」
 ミスティの返事にニヤリとして。アブドは口元をマントに隠すと皆の後を追って去っていった。ミスティはAU−KVに跨りヘルメットを被り直す。
 気概や信条は弾除けにはならない。なればこそ、自分たちが彼女等を無事に帰さねばならないのだ。


「こりゃ見るからに蜘蛛の糸だよな〜。蜘蛛と言えばやっぱ待ち伏せだろ?」
「恐怖心を煽るって点じゃ、ドラゴンなんかよりよっぽど効果的かもね」
 隊列の先頭を行く我斬とシャロンは、目の前に張り巡らされた白い糸を忌々しげに眺めやった。
 薄暗い廊下は蜘蛛の糸らしきもので一杯だった。避難からまだ数日‥‥勿論、普通の蜘蛛糸の訳が無い。それはつまり、この建物にキメラがいる事を意味していた。
「間違いないです。目標はあの廊下の先の部屋にあります」
 隊列の中程に入った好子がシャロンと我斬に頷いてみせる。事前に調べておいた見取り図で、好子は建物の内部を大体把握していた。
 うんざりとするのも一瞬。シャロンと我斬の二人は皆に糸に触れないよう注意すると、自ら糸を潜るように、跨ぐようにして進み始めた。
「うぅ‥‥こういうのは苦手さぁ‥‥」
 巨漢の柳樹が身を縮こませるようにしながら糸の間を抜ける。そう言いながらも、バランス感覚が良いのか意外と手間取らない。むしろ自分の方が大変だな、とミスティはAU−KVを地に這わせながら苦笑した。側方、診察室の扉を柳樹が開け、中をミスティがライトで照らす。書類の散乱した床、ベッドの下、天井‥‥敵がいない事を確認して扉を閉める。
 反対側の扉は『探査の目』を使用したアブドが探索していた。
 糸が無い。故に警戒する。意図的に廊下を塞ぎ、こちらへと誘導しておいて‥‥考えすぎか? 俺もこの若さで禿げたくはないが、注意を怠って死ぬのも馬鹿げている‥‥
 ‥‥長くも無い廊下を通常の数倍の時間をかけて、先頭の二人はようやく目的の部屋の前へと辿り着いた。扉を開ける。窓の無い室内、敵が居ない事を念入りに確認してから作業員たちを招き入れる。
「作業は隣の部屋と同時進行でなくて良いのですか?」
「1箇所に纏まっていてくれた方が守りやすいからね」
「でも、時間が倍掛かりますよ? それに‥‥」
 社員の話に能力者たちは眉をひそめた。
 廊下の糸に引っ掛かけずに大型の医療機器を運び出すのはとても無理な話だった。

「いつでも車を出せるようにしておいて下さい。場合によっては緊急搬入口に移動してもらうかもしれません」
 車両護衛の為に駐車場へと残った響 愛華(ga4681)は、ダンにそう告げると張り付いていたトラックのドアから飛び下りた。移動しながら助手席を見上げる。凹んだレナを見ると少し気の毒な気もするが‥‥
(「でも、レナさんにはレナさんしか出来ない事があるんだから‥‥何でも一人で出来るのは英雄とか勇者だけ。でも、そんな肩書、一人で背負ったって重いだけだよ)
 愛華はトラックから視線を引き剥がすと、相棒の綾嶺・桜(ga3143)が待つ木陰の茂みへと歩いていった。
「大分時間が経つけど‥‥中に入った皆、大丈夫かなぁ」
 話しかける愛華の腕を取り、険しい顔をした桜が強引に茂みへと引き込んだ。
「桜さんっ!? そんな積極的な‥‥」
「ばっ、馬鹿もん! 冗談言ってる場合じゃないのじゃ!」
 顔を真っ赤にした桜に促されて、愛華は生真面目な顔で視線を空へと移した。そこには空を飛ぶ『ハーピー』の姿。‥‥高度が低い。このままのコースだと、こちらの存在を識別される可能性が高い。
 アイコンタクトだけで頷いて、二人は肩にかけた弓を取り出し矢を番えた。やはり気付かれたのか、上空に到達したハーピーが円を描くようにしながら高度を下げ始める。一回転、二回転‥‥やがてキメラが敵の存在に確信を抱いたその瞬間。愛華と桜が放った矢が、同時にその胸部に突き立った。
 続けて放った二の矢が再びそこへ命中する。ハーピーは一回羽ばたいて身体を横へフラリと流し‥‥声も無く地面へと墜落した。飛び出して茂みへそれを引っ張り込む。
「どうせすぐに集まってくるじゃろうが‥‥気付かれて仲間を呼ばれる前に倒していくのじゃ!」
 返り血を拭きながら言う桜に愛華が頷く。
 2分後。上空で1匹のハーピーが一際高い鳴き声で仲間に呼びかけた。
 駐車場の上に、幾つもの血溜まりが染みの様に広がっていた。

「前方、廊下! キメラ‥‥なんだありゃ!? えーっと『何か硬そうな蜘蛛っぽいの』とエンゲージ!」
 我斬の叫びが院内の廊下に木霊した。
 医療機器を運び出し、廊下の糸を切り払いながら進む能力者たちの前に、案の定、キメラ『甲殻蜘蛛』がその姿を表した。蜘蛛は糸の振動で獲物が掛かった事を感知する。予想通り、この糸にも同じ様な機能があったらしい。
「医療機器、速度そのまま!」
 我斬の言葉に、作業員たちは頷いた。彼等が押し運ぶ医療機器は重量物だ。加速にも減速にも時間が掛かる。
 そして、もう一つの懸念。
 廊下の6割以上を占めるその大きさは、前後の連携を甚だ困難なものにする。
「救急救命室にも循環器や麻酔器が‥‥」
「諦めろ! 後方、甲殻蜘蛛1、エンゲージ!」
 社員を後ろに押し退けながら、緊急搬入口から進入して来たキメラにミスティがEガンを連射する。鎧蜘蛛はそれに一切構わず廊下を一気に走り寄り、その速度と質量をミスティに浴びせ掛けた。
 AU−KVごと跳ね飛ばされた身体が医療機器にぶつかる。目の前で蠢く蜘蛛の大顎。ミスティは顔色一つ変える事無く、それを月詠による『竜の咆哮』で弾き飛ばす。
「‥‥挟撃されたか」
 淡々と呟きつつ、アブドは廊下の横、診察室の扉を蹴破った。いざとなれば、作業員たちをこの中へ避難させないと‥‥
 だが、室内へと飛び込んだアブドは硬直する。誰も居なかったはずの診察室。その窓の向こうにぶら下がる甲殻蜘蛛の腹が見えていた。
「‥‥診察室! 蜘蛛野郎が1だ!」
 アブドの叫びと共にキメラが窓を突き破る。舞い散る破片。吐かれた糸を扉を閉めて受け防ぎ‥‥直後、蜘蛛の巨体がその扉をも打ち破る。
 アブドには後がなかった。手にした盾で蜘蛛の頭を押さえつけ、作業員を先に進ませる。ガリッ、と何かが額を削った。アブドは刀を逆手に持ち替えると、盾の横から突き立てた。
「射線、開け! スパークマシンΩ、発射!」
 高笑いと共に。好子が腰溜めに構えた超機械の先端から、電磁波が渦状の嵐となって前方の蜘蛛へと撃ち出された。それは這い寄る敵を直撃し、硬い甲殻に守られたキメラをグズグズと焼いていった。
 我斬が一気に距離を詰める。足元を狙った大顎の一撃をステップでかわし、機械剣で脚を2本斬り飛ばす。後ろへと跳ぶ甲殻蜘蛛。我斬は追撃を掛けようとして‥‥瞬間、その視界に白が広がり、慌てて横へと身を跳ばした。
 蜘蛛から吐き出された粘着糸が我斬の横を飛び過ぎる。それは、後ろにいた好子を直撃し、その身を医療機器へと張り付かせた。
「やっぱり! 嫌な予感はしてましたっ!」
 にこやかに神を罵倒するスラングを吐く好子。覚醒すると性格が変わる性質らしい。何とか糸を引っぺがそうとするものの、甲殻を纏った身を支える糸だけに強力だ。
「しぶっとい敵‥‥! なら、こういうのはどう!?」
 全身から真っ赤なオーラを迸らせながら、シャロンが一気に前へ出た。吐かれた糸を左の得物で絡め取り、そのまま一気に右の直刀を振り下ろす。ぐしゃりと甲殻に入るヒビ。シャロンは体重をかけてそのまま刀身を押し込むと、その勢いに任せて身体ごと壁に叩き付けた。
 砕けた甲殻から中身が零れ落ちる。シャロンは慌ててその身を引き離した。
 その脇を医療機器が押されて前に行く。作業員たちは恐怖に縮み上がりつつもその作業を止めていなかった。
「あの‥‥私、まだ張り付いたままなんですけど」
 好子が医療機器ごと運ばれていく。我斬とシャロンは顔を見合わせると人の悪い笑みを浮かべた。
「両腕は使えるんだろ? なら後にしてくれ」
「可愛いですよ、好子♪ いけに‥‥ううん、パレードのお人形みたいで」
 言いたいことだけ言って去る二人。前方には新たな蜘蛛が出現していた。
「‥‥本当に可愛いですか?」
「‥‥見ようによっては」
 社員は好子と目を合わせようとはしなかった。
「‥‥あの二人ごと、これでキメラ轢いちゃいなさい」
「駄目です。機械が壊れます」

「これ以上、近づけさせないんだよっ!」
 フルオートで撃ち放たれた散弾が、攻撃態勢に入った1匹のハーピーを吹き飛ばした。血塗れの羽が血煙と共に空を舞う。こまめに『瞬速縮地』で射撃位置を変えながら、愛華は近づく敵を次々と撃ち落としていった。
「ええい! 近寄るでないわ!」
 トラックの屋根の上に立ち、桜は纏わり付くハーピーに自らの身長の倍もある薙刀を振り回した。離れた所へ刃を振り下ろし、蹴り上げ、隣の敵ごと横に薙ぐ。
 敵が一旦距離を置く。地上には桜が斬り捨てたハーピーが血の池を作っていた。助手席からはレナが大型拳銃で射撃を続けている。力場は貫けなくても、軽い敵に対するそのストッピングパワーは馬鹿に出来ない。
 バリン、と頭上で音がして、愛華は背後に何か重いものが柔らかく着地するのを耳にした。瞬時に振り返り引鉄を引く。散弾は、発射されなかった。
「弾切れ‥‥」
 甲殻蜘蛛と目が合った。口の端を引きつらせる愛華。蜘蛛は今にも飛び掛らんとその『腰』を落とし‥‥
 ガシャアァァン‥‥! と、病院の入り口から、何か緑色のものが飛びだしてきた。両手のガンドルフを顔の前で交差させガラスを突き破って来たそれは、爪先が地を踏んだ瞬間に『瞬天速』を発動、一気に距離を詰めてその爪を抉るように打ち付けた。
 ほぼ同時に。トラックの屋根の上から降ってきた桜がその薙刀を振り下ろす。愛華はすぐ銃に弾倉を叩き込むと、2人に離れるよう警告してから散弾を蜘蛛の顔面へと叩き込んだ。
「おまたせさぁ。何とかここまで運んで来たさぁ」
 甲殻蜘蛛の沈黙を確認して、飛び出してきた緑のもの──柳樹が愛華と桜に報告する。入り口からは、能力者たちに守られた2台の医療機器(好子付き)がのそのそと出て来る所だった。
 後は、クレーンで荷台に載せるだけだ。能力者たちはトラックの後部扉付近に円陣を組むと、近づくハーピー共に激烈な銃火を撃ち上げた。これを突破するだけの数のハーピーは、この時まだ集まってはいなかった。一旦退き、上空でクルクルと円を描き数を増していくハーピー。ジリジリと時が過ぎて‥‥やがて、2台の医療機器を載せ終わる。
「必要な物を回収したら長居は無用。明日に向かって前進です」
 ようやく医療機器から引っぺがされた好子が超機械を手に荷室の後部扉から声をかける。能力者たちは次々と荷室へ、或いは屋根の上へと飛び乗った。
「全員乗ったかの!? よし、わしらも撤退なのじゃ!」
 桜が薙刀の柄で運転室の屋根をコンコン叩く。それに答える様に、アイドリングを続けていたエンジンが一気に咆哮した。
「レナ」
 運転席で、ダンが視線を横に向けた。その顔はレナが驚く程に‥‥
「ここからが、俺たちの本分だ」
 鎖から解き放たれた野獣のように、疾走を始めるトラック。蚊柱のようなハーピーの群れがその後を追っていった。