タイトル:Uta小隊 奇襲、殲滅。マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/18 01:23

●オープニング本文


 吹き荒ぶ風に砂が舞う。
 砂塵に煙る無人の街並み──風に運ばれた砂に覆われ、埋もれ始めたアスファルトの街路の上を。2匹の獣が足音も軽やかに走っていた。漆黒の体躯に鋭い牙、爛々と輝く赤い瞳──キメラ『チェイサービースト』。警戒・追跡に特化した狼型のキメラだ。
 その2匹の獣は、まるで自らも風になったかのように、荒れ果てた住宅街の中を駆け抜ける。そのまま広い4車線の道路と交わる十字路に進入し‥‥ふと、1匹のチェイサービーストがその交差点の真ん中で足を止めた。
 先行した1匹も足を止め、訝しげな様子で振り返る。最初に足を止めた1匹は顔を上げて鼻を鳴らし‥‥──いつの間にか風が止んでいた。抜ける様に青い空の下、生命の気配の感じられない無機質な廃墟はまさに死の世界で──やがて、ビーストは顔を前へと向け直し、2匹は再び前へと駆け出した。
 数分後──
 交差点の角に立つ6階建ての雑居ビル、その最上階の床の上から、『僕』とバートン軍曹はむくりとその身を起こしていた。無言のまま、収納ケースから誘導レーザーの発振器を引っ張り出して窓枠へと張り付く。前方を見下ろすと、綺麗に隊列を整えたキメラの群れが道路を直進してくるのが見えた。州南部から迫るキメラの『軍団』には統率する『指揮官』がいるらしく、よくこのような集団行動を取る事がある。
 『僕』は発振器を肩に担ぐと、その『照準』の中心にキメラ『カノンビートル』──甲虫タイプの大型キメラ。対装甲車両用のキメラで、喰らった土などを体内で圧縮して、角の位置にある短砲身から超高速で射出する──の1匹を捉え、軍曹の合図を待った。
 先と変わらぬ沈黙の時間──これまで無数の伏撃を経験してきたが、いつまで経ってもこの時間には慣れない。にじむ汗と渇く喉。早くなる鼓動に逆らう様に深く静かに呼吸を繰り返す。ただ照準器の向こうの敵に集中し、砂塵の原因となる風が吹かないように祈り続け‥‥
 それまで沈黙を続けてきた無線機が、短く、攻撃開始を告げた。
 軍曹がポンと肩を叩く。今頃、5キロ後方の建物の陰から対戦車ヘリの小隊が上昇を始めているはずだ。『僕』は肩に担いだ発振器から、ミサイルを誘導するためのレーザー光を敵目掛けて照射した。
 すぐにロケットモーターの噴進音が聞こえ、4本のミサイルが白煙を引きながら頭上を越えていく。異なるパルスコードに導かれた誘導弾がその進路を変え、それぞれ別のカノンビートルに直撃する。同時に、周囲の建物に伏せていた兵たちが周り中からキメラの隊列に向かって、使い捨てのロケットランチャーや無反動砲を一斉に撃ち放つ。不意打ちに混乱するキメラの群れ。『僕』は再びその中のカノンビートルをポインタし‥‥
 再び頭上を行過ぎるミサイルの群れ。そのさらに上を、大気を鳴動させる咆哮を上げて巨大な飛竜が──通常機を相手に空中戦もこなすキメラ『ワイバーン』が3匹、その牙の間から炎をちらつかせながら後方へ、北へと翼をはためかせる。予定より早い──っ。軍曹は舌打ちすると、手にした無線機に向かって叫んだ。
「『ホーネット』。こちら『キラーアント1』。ワイバーンが3匹そちらへ向かった」
「『ホーネット』了解。直ちに退避行動を開始する」
 対戦車ヘリの小隊長の返信に混じって悪態が聞こえてくる。『僕』は苦笑と気の毒そうな表情とを同時に浮かべると、レーザー発振器を置いて対戦車ライフルに手を伸ばした。12.7mm弾を装填し、キメラ『ダイアウルフ』(大型狼タイプ。移動力が高い)に騎乗した『ゴブリン』(小鬼型)に照準、発砲する。フォースフィールドが煌くと同時に、着弾の衝撃がゴブリンを騎狼から転がり落とす。そのまま動かなくなる小鬼。‥‥運良く首の骨でも折れたのだろうか。
「『クイーンアント』より全中隊。これより能力者を投入する。各小隊は予定通り、随時後退を開始せよ」
 無線機から中隊長の声が聞こえてきた。予定より随分と早い主力投入だが仕方がない。ワイバーンが戻ってくるまでが勝負なのだから。
「バートンだ。全員聞いていたな? 敵側面に展開した第2、第3両小隊が後退するまで、第1小隊はここで殿だ。とはいえ戦場には能力者が突入する。無闇矢鱈に射撃はするな」
 軍曹が交差点付近の建物に横列配置した小隊員に無線を入れる。眼下の戦場では、能力者たちが壊乱する敵へと突入を開始する所だった。

●参加者一覧

ブラッディ・ハウンド(ga0089
20歳・♀・GP
アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
神浦 麗歌(gb0922
21歳・♂・JG
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA

●リプレイ本文

「キメラの集団を確認‥‥結構な数ですね」
 元は商店だったと思しき壊れた家屋の2階の窓辺。進撃してくるキメラの集団を双眼鏡で見遣りながら、セレスタ・レネンティア(gb1731)は無感動にそう呟いた。
 雑多な隊列でゾロゾロと進撃してくるキメラの群れ‥‥。州都近辺で『放し飼い』にされているキメラたちと異なり、明らかにある程度以上の統率が認められる。能力者たちであっても抗い難いその数相手に、無反動砲等を構えた兵士たちは左右から肉薄し‥‥ミサイルの弾着と共に一斉に撃ち放つ。フォースフィールドであっても、これだけの火力を集中されたら中身がもたない。三方からの不意打ちによって混乱状態に陥ったキメラの群れは、生物の本能に従って唯一の逃げ道、南へと潰走する。
「すごい‥‥キメラが退いていってる‥‥これがプロの戦い方‥‥」
 その様子を窓から見下ろしながら、神浦 麗歌(gb0922)は小さく息を呑んだ。
「プロって言っても、ジェシー君たちは‥‥ここのみんなは1年前は軍人さんじゃなかったんだよー」
 複雑な表情で語る響 愛華(ga4681)のその言葉に、麗歌はさらに驚いた。ユタを守る独立混成旅団。その中でも、地獄のような後衛戦闘を戦い抜いてきたこの大隊は、州兵と徴募兵を基幹として編成されていた。実戦によって鍛え上げられた半素人の集団。つまり自分たちとそう変わらない。
「能力者じゃなくてもこれだけ頑張っているんだから。あたしたちも負けてらんないね」
 部屋の奥で、大きく足を伸ばしていた葵 コハル(ga3897)が立ち上がった。そろそろ自分たちの出番のはずだ。しばらく生身ってなかったので、身体がナマっていなければいいのだが。
「‥‥キメラ『ワイバーン』飛来。味方小隊は撤退を開始します。戦闘可能時間はおよそ5分といったところでしょうか」
 軍用無線機から耳を離し、アグレアーブル(ga0095)は淡々と皆にそう告げた。現状から察するに、それまでに戦闘を切り上げて隠れなければ酷い目に遭う。
「自由戦闘5分‥‥まるで空戦のタイムスケジュールだな」
 月影・透夜(ga1806)の呟きに、慌しい事だ、とセレスタが肩を竦める。透夜は苦笑でそれに応じた。
「ま、相手に出血を強いるのが縦深陣だ。なればこそ、ここで出来うる限り削ってやるさ」
 透夜はそう言うと、アグレアーブルから軍用無線機のマイクを受け取った。
「第1小隊は突入前に援護射撃を頼む。‥‥そう、撤退行動を遅滞させ、混乱状態を維持できれば良い」
「‥‥あと、南からの敵援軍と飛竜の接近監視をお願いします」
 透夜から返された無線機にそう告げてから、アグレアーブルがペコリと頭を下げる。どうやら電話でお辞儀をするタイプらしい。
「いよいよ出番じゃ! 思う存分かき回すのじゃ!」
 綾嶺・桜(ga3143)は、自らの身長の二倍近くもある薙刀の石突で地を突くと、その刃先を戦場へと向けた。これまでずっと顎の上に乗っていた愛華の顎が離れていく。うむ。心配性もいい加減にして欲しい物じゃ。最近では愛華が張り付くのにもすっかり慣れて‥‥いや、慣れては駄目じゃろう、自分!?
「能力者班、突撃準備」
 中隊長の命令が発せられた。同時に周囲の建物から噴進弾が次々と撃ち放たれ、まるで砲兵の様に逃げる敵集団を打ち据える。
 やがて短い『砲撃支援』が終わり‥‥道幅一杯、横列に展開した能力者は突入を開始した。


「キメラ相手なら遠慮はいらねぇ! 暴れるぜぇえ!」
 最右翼に位置するブラッディ・ハウンド(ga0089)が、疾走しながら咆哮した。
 傷を負い落伍した敵には目も向けず、ただひたすらに前に出る。横道を西へと──撤退中の第2小隊の方へ逃げようとする『ゴブリン』を視界に捉え、ブラッディは狂気にも似た笑みを張り付かせてそちらへと突っ込んだ。
 獲物に飛びかかる虎の様に『前脚』のディガイアを振り下ろす。まったく、人間様ぁ襲おうってんなら、まずはワンコの遊び相手が先だろーが。
「遊ぼうぜぇキメラ共ぉ! てめーらの喉笛を可愛くぅ噛み千切ってやるからよぉ!」
 倒れた小鬼を無視して走るブラッディ。次の路地にも横道に入ろうとしている敵を見つけたからだ。
 止めは、『狂犬』の後ろを走る赤毛の娘が刺していた。
 膝まで伸びた髪をなびかせ、まるでハードルか何かを飛び跨ぐかの様に小鬼を刹那の爪で蹴り飛ばす。着地。そのまま地を蹴り、全く速度を緩めずにブラッディの後を追う。敵の状態は確認しない。少なくとも戦闘力は奪ったはずだ。今、必要なのは戦果ではなく拙速である事をアグレアーブルは知っている。

 道の中央を行く麗歌の目に、砂塵の向こうを後退する『トロル』の姿が入って来た。
 麗歌は足を止め、両手で銃を構えて立射の姿勢を取る。典雅な名(本人は嫌がるだろうが)に相応しい温和な青年の表情は、しかし、覚醒と共に失われていた。深遠を覗くかのような昏い漆黒の瞳が、銃の照門と照星をトロルの膝裏に重ね合わせる。発砲。何の感情の揺らぎも見せず、機械的に引鉄を引く。美しい銀色に輝く拳銃から撃ち出された銃弾は、狙い過たずに命中した。
 膝関節を打たれ、トロルはガクリと片膝を地に落とした。その瞬間にはもう傷の回復が始まっている。トロルは無事な方の片膝に力を込めて立ち上がり‥‥次の瞬間、そちらもセレスタに撃ち抜かれた。
「足が遅くて損をしたわね‥‥」
 いや、それとも前衛に位置していた事がこのキメラの運の尽きだろうか。どちらにせよ、戦場に於ける運命という点では変わらない。戦場での運の良し悪しとは即ち、死神の鎌が当たるか否か、ただそれだけの差でしかない。
 綺麗な立射姿勢を保ったまま、セレスタはアサルトライフルの三点射を再びトロルの膝裏に撃ち放った。堪らず両膝をつき上半身のバランスを崩すトロル。その喉元に、ズブリ、と純白の美しい槍の穂先が突き刺さった。じろりと目だけでキメラが睨む。側方から回り込んだ透夜がその槍を深く突き出していた。
「回復する暇など与えん。一気に決める」
 その言葉に反応したわけではなかろうが、トロルはその得物を──巨大なコンクリ柱を薙ぎ払う様に振り払った。透夜が跳び退さって身を躱す。引き抜かれた槍から血煙が舞うも、その傷口は急速に縮まっていく。
 だが、透夜に舌打ちはなかった。反対側の死角から、両刀を構えたコハルが突っ込んでいたからだ。
「最初からトップギアでいかせて貰うよ!」
 叫んだ瞬間、コハルの全身が手にした得物の先まで噴き出したオーラで真っ赤に染まった。
「葵顕流・紅風蓮牙!」
 蛍火と氷雨、美しき二振りの直刀は今、炎のようなオーラに包まれて武器本来の凶暴な性質を剥き出しにした。突進と共に突き出された二連突き。鳩尾に突き刺さったままの蛍火を左の二の腕で身体ごと押し込んで‥‥勢いもそのままにクルリと回転、側方から氷雨で首筋を斬りつける。
 呼応して麗歌とセレスタの銃撃が浴びせられ、喉元に再び透夜の槍が繰り出される。今度は深い。透夜はそのままトロルを地へと引き倒し、そこへコハルの二撃目が叩きつけられ沈黙した。ピクピクと筋肉を蠢かせ、しかし、アスファルトの砂には血の池が広がっていき‥‥これ以上回復しないのを見てようやく『撃破』を確認する。
「‥‥次です。時間がありません」
 酷く淡々と呟いて、麗歌がホルスターからスコーピオンを引き抜いた。能力者たちは息を突く間もなく次の敵を求めて走り出す。
 狙うのは、足が遅いと思われたトロルとカノンビートル等の大物だった。

 トロルとの戦闘が始まっても、ブラッディとアグレアーブル、そして、桜と愛華の両翼はその足を止めなかった。出来うる限り先へと進み、回り込んで挟撃体勢を確立する。それが彼等の役割だ。
「混乱する間に一気に突破する! 行くぞ、天然(略)犬娘!」
「うん、桜さん!」
 左翼を駆け上がる二人は、逃げ惑う敵を蹴散らしながら南へと進んだ。愛華の持つ『SturmSG−08K』、『フルオートのショットガン』などという『散弾の嵐』は、文字通り弱敵を吹き飛ばした。血煙が舞い、肉塊が倒れ伏す。10秒とかからず弾倉内の弾を撃ち尽くし、愛華はホッと息を吐いた。銃を保持するのも大変だった。
 鉄の猛威が消えた瞬間、代わりに桜がスッと前に出た。身の丈に倍する長柄の刀を中程に持って小脇に抱える。間合いに敵が入った瞬間、ビュン、と得物が円を描いた。切り裂かれ、柄で足を払われた敵が倒れ伏す。桜はそれを蹴り上げると、そのまま薙刀を振り下ろした。
 行ける所まで南進した4人は道路上に出て合流を果たすと、逃げる敵の前面に立ってその活路を塞いだ。
「よし、元気な奴らから優先して叩いていくのじゃ!」
 桜の檄にブラッディと愛華が雄叫びを上げる。敵の中で『離脱』が一番早かったのは、騎乗した『ゴブリン』を振り落として逃げた『ダイアウルフ』だった。流石にこれには追いつけなかった。続けて現れたのは、騎乗状態を維持できた『狼騎兵』だった。
 敗走の勢いそのままに、狼騎兵は脇目も振らずに突破を計る。先頭集団の騎狼がまず愛華の散弾に薙ぎ払われた。続けて、通り過ぎざまにブラッディと桜が騎狼を切り裂く。『落馬』した小鬼たちは、アグレアーブルが銃を片手に舞う様に蹴り倒した。本人にそういった意識はない。効率的な動きがもたらした結果としての美しさだ。
「‥‥死体が、動くのに邪魔ですね」
 故に。淡々と呟いたその言葉が戦場に似つかわしい物騒なものであるのも至極当然な事だった。
 戦闘のどさくさ紛れに突破できた狼騎兵は4分の1に満たなかった。生き残った敵は突撃を止めてたたらを踏んだ。

 一方、敵を追撃する中央部の4人も順調だった。
 大型のトロルや『カノンビートル』には4人で当たりつつ、各個に逃げ遅れた小鬼や甲虫に止めを刺していく。殆ど反撃らしい反撃を見せずに散っていく敵を見ながら‥‥セレスタはふと哀愁に囚われた。
「‥‥脇役同士、もしかしたら気が合ったかもしれないわね」
 呟く。いつの世も兵隊の末路は変わらない。或いはこの、憎きキメラたちであっても。
「埒も無い‥‥」
 そんな感傷をセレスタはすぐに振り払う。そんな彼女を麗歌が感情の見えない瞳で不思議そうに眺めやった。

 フロスティアを構えたコハルが砲甲虫の正面へと回り込んだ。無論、囮だ。対車両用キメラである砲甲虫の攻撃は能力者には殆ど当たらない。自らの身を晒し、トロい攻撃をやり過ごして槍を砲身へと突き入れる──この方法で砲甲虫を1匹倒していた。
 今回も軽いステップで射線を外し、敵の懐へ飛び込んだ。だが、狙いも碌に定めず放たれた礫弾は、コハルの背後地面に着弾し‥‥砕けた破片を周囲へと飛び散らせた。
 轟音と共に意識が飛ぶ。気がついた時には地面に倒れていた。朦朧としたまま顔を上げる。敵の砲口がゆっくりとこちらを指向して‥‥
 その上に、透夜が跳び乗った。
「この‥‥っ!」
 赤いオーラと共にセリアティスを砲甲虫の頭部甲殻の隙間に振り下ろす。ガクン、と落ちるキメラの体勢。と思った直後、頭上の敵を振り落とす。透夜は素早く身を起こすと側面から何度も槍を突き入れて‥‥やがて、駆けつけた麗歌とセレスタがその穴へ拳銃を乱射する。それでようやく砲甲虫は動きを止めて‥‥3人はコハルに駆け寄った。
「ふわー、びっくりした〜。ん? あたしは大丈夫だよ。ほら、急ごう!」
「‥‥本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって!」
 跳び上がるようにして元気に立ち上がるコハル。背中の傷が見えない様、さりげなく身体の向きを変えた。

 敗走する敵が受ける挟撃の圧力は、そのまま逃走路に立ち塞がる封鎖班の4人に押し付けられた。敵も必死だ。このままでは圧殺される事が目に見えている。横道へと逃れた敵は、最も気が利いた部類に入った。
「くっ‥‥まったく、数だけは豊富じゃな!」
 トロルを先頭に押し立てて突撃を仕掛けてくる狼騎兵の群れに、桜は小さく悪態を吐いた。
 狂ったように得物を振り回しながら突進してくるトロルに、アグレアーブルが冷静に顔面を銃撃する。左腕を上げてそれを庇うトロルの横からブラッディが膝に急所突きを叩き込み‥‥
「桜さん、今!」
 愛華の背を踏み台にした桜がジャンプ一番、トロルの顔面に薙刀を一閃する。堪らず倒れたトロルにブラッディが駆け上がり、その喉元に全体重を掛けて爪先をズブズブと押し込んだ。
 着地した瞬間、死体に足を取られてバランスを崩す桜に、突撃してきた狼騎兵がその槍先を突き出して‥‥
「私の家族に、手を出すなぁー!」
 愛華が撃ち放った散弾が騎乗した小鬼を吹き飛ばした。残った騎狼を銃床で殴り飛ばし‥‥『獣突』でなぐったそれは派手に地面を転がっていった。
 呆けた様に硬直した桜が愛華を振り返る。能力者たちの無線機が呼び出し音を鳴らしたのはその時だった。
「『ホーネット』より連絡あり。『飛竜は踵を返した』。繰り返す‥‥」
 ジェシーから知らされたその情報に、セレスタは舌を打った。
「ちっ‥‥ワイバーンが戻ってきます‥‥!」
「‥‥ここまでのようじゃな」
 能力者たちは、敵の撤退路上より離れ、攻撃起発点へと退避した。後退を始めた第1小隊と同様、飛竜は屋内に隠れる事でやり過ごす手筈だった。

 路上には、砂塵と、死肉と、乾いた血の池と川しか残されていなかった。
 戦場跡へと飛来した3匹の『ワイバーン』は上空をクルクルと旋回しながら、敵がまだどこかに残っていないか、文字通り血眼で復讐の執念を燃やしていた。
 能力者たちは、廃墟の屋内でそっと耳をひそませながら、その気配を探っていた。空を舞う咆哮。どこか近くの家々の中で、第1小隊の面々も同じ様に息を潜めているはずだ。
 ふと、獣の雄叫びが聞こえた。
 能力者たちはギョッとして道路を見た。2匹の『サーチャービースト』が──1番最初にやり過ごした連中だ──とある家の前で空に向かって雄叫びを上げていた。それは1小隊が隠れている家の前だった。
「まずい‥‥!」
 今はまだ、飛竜は気付いていないが、このままではいずれ気付かれる。能力者たちが囮になる覚悟を決めた時‥‥室内に、弓の鳴る音が響いた。
 トッ‥‥矢の突き刺さった獣がパタリと倒れる。ビクリと身を震わせるもう一匹。続けて放たれたもう一射も、狙い過たずに獣の額を貫いた。
「ぷはっ‥‥!」
 覚醒を解いた麗歌が大きく息を吐く。顔中に大きな汗が浮かんでいた。もし一射でも外せば‥‥状況はギリギリだった。

 やがて飛竜は南へと飛び去った。
 伏撃は成功したのだ。だが、それでも、彼等が稼いだ時間は半日足らずといったところか。敵は大雑把な再編を済ませると、再び北へと進撃を開始した。
 兵隊たちに休む暇はなかった。ユタにおける兵力は絶対的に不足しており‥‥すぐに、次の戦場が彼等を待っていた。