タイトル:密林の中の美咲先生マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/09 05:31

●オープニング本文


 週末を利用しての日帰り任務。
 そんなコピーをうっかり信用してしまったのが、保育士兼任能力者・橘美咲の不覚だった。
「まったく‥‥本当なら、今頃、LH経由で日本に帰っているはずだったのに‥‥」
 それが当初の予定。だが、実際には未だ南米の密林の中で、下着まで泥水にびっちょり浸かりながらこうして身を伏せている‥‥
 美咲は小さく溜め息を吐くと、小さく身じろぎをして野戦服の胸ポケットへ指を突っ込んだ。長く硬直を余儀なくされた全身の筋肉が悲鳴を上げる中、携帯手鏡を引っ張り出す。二つ折りになったそれを開き、美咲は身を隠した倒木の陰からそっと突き出した。
 美しい鏡面を流れる泥水の滴。そこに映りこむ密林の風景。そうして倒木の向こう側を確認しながら、美咲は手鏡をゆっくりと回転させ‥‥
「‥‥いた」
 正面、少し離れた木々の枝の上に。そして、左手の木の上に。足や尻尾まで手の様な形状をした『異形の猿』──キメラ『ファイブハンドエイプ』の姿を確認する。ある者は両足の『手』でガッチリと枝を掴み、またある者はヤモリや蜘蛛のように木の幹に張り付いて‥‥
「‥‥っ!!」
 瞬間。枝上にいる『猿』の一体が『腕』の一本を素早く動かしたかと思うと、目にも留まらぬ速さで放たれた礫が美咲の隠れる倒木に命中した。銃弾にも似た衝撃と着弾音。爆ぜて降り注ぐ木片の中、美咲は悪態を吐きながら慌てて鏡を引っ込める‥‥


 受けた依頼自体は単純なものだった。
 南米の競合地域内。密林の中にひっそりと佇むとある小さな集落で軽度の流行病が発生した為、現地入りしている医療支援団体の医師に追加の薬品と抗生物質を届ける、というものだ。
 依頼を受けた能力者たちは、LHから高速移動艇で南米へ移動。その後、密林を切り拓いて作られた悪路を、警戒しながら車両で移動して‥‥途中、キメラに遭遇する事も無く、依頼はあっけなく終了した。全ての医薬品を現地に届け、美咲たちは医師や村人たちの感謝の視線に見送られて集落を後にしたのだが‥‥
 途中、車が変な異音を発し出したのがケチのつき始めだった。いや、『家に帰るまでが遠足』とは良く言ったものだ。
 騙し騙し密林の中を運転していた車両は、行程の半ばで煙を吹いて、その役目を放棄した。能力者たちは車両での移動を諦め、無線で最も近いULT支部に迎えのヘリを要請すると、ヘリが着陸できるだけのスペースのあるランデブーポイント目指して、密林の中、移動を開始した。
 尾けられている。
 能力者の一人がそう言ったのは、歩き始めて1時間も経たない頃だった。
 さりげなく振り返るも確認できない。訝しげに首を傾げる美咲に、その能力者は頷いた。姿は見えない。だが、キィ、キィ、という『猿』の鳴き声が、交戦距離外から一定の距離を取って追ってくる、と。
 能力者たちは警戒しつつも移動を続け‥‥やがて、その姿を確認する。
 キメラ『ファイブハンドエイプ』──腕状の四肢と尻尾を持つ体長1m程度の猿型のキメラだ。その腕には鋭い鉤爪が生えており、また、礫を高速で投げ放つ事も出来る、遠近両対応型。小柄な体躯故打たれ強くはないだろうが、木々から木々へと跳び移る身軽さと枝や幹に張り付くトリッキーな動きを得意とし‥‥正直、あまり森の中で戦いたい相手ではない。
 だが‥‥
 ランデブーポイントへと急ぐ能力者たちの進む先から、一斉に石の礫が雨霰と撃ち放たれた。
「アンブッシュっ!」
 木陰へと身を隠し、泥の中へ身を沈め‥‥能力者たちが慌てて回避する。そこへ左後方から尾けていた3匹が礫弾攻撃を開始。被弾した者の血飛沫が飛び、その十字砲火に能力者たちの頭は完全に抑えられた。
「俺たちはキルゾーンの中にいるぞ!」
 絶え間なく飛び交う礫弾の下、身動きも出来ずに能力者が叫ぶ。だが、空気を切り裂くその音は‥‥一斉に、止んでいた。
「‥‥?」
 そっと顔を出した途端、降り注ぐ石の雨。そしてまた、戦場を静寂が支配する。
「どうやら連中、突っ込んで来るつもりはないようだな‥‥近接戦になれば、ただでは済まない事を知っているらしい」
「‥‥遊ばれてる、って事はないよな?」
 ‥‥かくして、戦況は膠着した。静かな密林に、キメラの「キィ、キィ」という鳴き声だけが響いていた。


「‥‥午前7時。日本は日が落ちた頃かな。予定通りなら、自室に帰って、風呂に入って、サッパリとしたところでビールでも飲んでいたろうに」
 冷たいビール。しまった、想像してしまった。美咲はゴクリと生唾を飲み込むと、背嚢から2リットルのペットボトルを1本取り出して、生温い水で口中を湿らせた。LHから持って来た水と食糧は、既に半分以上を消費していた。病気の事を考え、集落では水や食糧の補給は出来なかった。
「日は昇り、空は完全に明るくなり、薄暗い森の中にも陽光が差すようになってきた‥‥そろそろ、仕掛ける頃合だと思うけど」
 美咲の言葉に、能力者たちは視線を交わして頷いた。このままではヘリと合流できなくなる。
 だが、問題は、どのようにして現状を脱するか、であり‥‥
 ふと、持っていた鏡に映った自分の姿に、美咲はその動きを止めた。元より化粧っ気の薄い顔は薄汚れ、泥塗れで、前髪から泥水が滴っていた。
「美咲ちゃん、素はしっかりと美人なんだから。お化粧、ちゃんとしないとダメだよ」
 高校の時、この手鏡をくれた親友がそんな事を言っていた事を思い出す。その台詞と今の有様を比べて何だか無性に可笑しくなって。苦笑した美咲の頬から、乾いた泥がポロッと落ちた。
「‥‥さて。早く帰らないと。園の夏休みが終わっちゃう」
 中学の頃からの親友の、幼稚園の同僚の顔を思い出し‥‥美咲はゆっくりと、大剣を引き抜いた。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
鯨井レム(gb2666
19歳・♀・HD

●リプレイ本文

 能力者たちの選択は強攻策だった。
 囮として数人を走らせ攻撃させ、待機した人間がその弾道から敵位置を把握する‥‥足場が悪いとはいえ、並外れた身体能力を誇り、被弾しても無理の利く能力者にとっては、そう無謀な策というわけでもない。成功率は高いだろう。
 ただ、問題があったとすれば。それは、安全と思われていた右後方に既に新手が配置されていたという事であり‥‥倒木から飛び出した瞬間、予期せぬ方向から十字砲火を浴びせられた能力者たちは、すぐに発起点へと押し戻される事となった。
「‥‥行きはよいよい、帰りは怖い、とはよく言ったものですね。依頼の最後の最後でこれじゃあ、ホント、油断も隙もあったものじゃない」
 元の倒木の陰に飛び込んで、鏑木 硯(ga0280)は大きく息を吐いた。背嚢から救急セットを引っ張り出し、覚醒を解いて傷の有無を確認する。痛み。背中に二発喰らったようだ。硯は、隣りの美咲に救急セットを渡して治療を頼んだ。
「あ、煙草‥‥どうですか? 塗ると蛭よけになるらしいですよ?」
「中毒が怖いからいいや。それに、煙草臭い保育士のおねーさん、ってのも、ね」
 そんな会話を交わしながら、状況を確認する。左の踝に被弾して転倒した綾嶺・桜(ga3143)は、御影 柳樹(ga3326)が抱え上げて戻ってきた。駆け寄ってきた響 愛華(ga4681)が、泥と血塗れになった桜を受け取って、半泣きになって抱き締める。照れて暴れる桜。そんな二人をホッと見上げて、柳樹は胸元のシャツを破いて開いた。自身も正面から3発の礫弾を受けていた。
「サルは嫌いじゃないんだが‥‥こう頭の良過ぎるサルなどご遠慮願いたいところだな」
 木の幹に背を預け、小銃『シエルクライン』を抱え込んだリディス(ga0022)が舌を打つ。囮で唯一被弾しなかったリディスは、倒木から5m程離れた茂みの中にいた。形としては孤立した格好で‥‥リディスはジッと息を潜め、猿蜘蛛どもの近づく気配を探る。周囲に潜んだ猿たちのキィキィと鳴く声が密林に響いていた。
「正面に5匹。左後方に4匹。右後方の新手は‥‥3匹か? ともかく、楽観できる状況ではないわね」
 攻撃の規模から敵戦力を予想して、ケイ・リヒャルト(ga0598)がそう呟く。その言葉に、鯨井レム(gb2666)は唇の端だけで不敵に笑みを形作った。
(「カンパネラ入学前に現場の空気を知っておこうと受けた依頼で、こんな想定外の事態に出くわすとは‥‥僕はなんて『運が良い』」)
 これは実戦経験を積める絶好の機会だ。この貴重な時間を無為に過ごすなんて愚行以外の何物でもない‥‥
「しかし、まぁ、美咲も物好きじゃの。園が休みなら、こんな仕事でなく海にでも遊びにいけば良いものを」
 ブツブツと文句を言いつつ、それでも素直に愛華の治療を受けながら苦笑する桜。そうすれば今度こそわしの水着を‥‥そう言い掛けて、消毒液の染みた脱脂綿をギュッと押し付けられ、声にならぬ悲鳴と共に沈黙する。
「‥‥美咲さん、強くなりたかったんだよね。‥‥気持ちは分かるよ。でも、忘れないでね。貴女はあの子たちの『先生』だということを」
 じっと美咲を見つめて愛華が言った。迷彩の為に泥と葉っぱ塗れの顔だが、その表情は至極真面目だ。美咲は素直に頷きながら、その視線をついと逸らした。
「そうか、美咲は保育士だったな」
 茂みの向こうでリディスが呟く。龍深城・我斬(ga8283)が頷いた。
「ああ、あのチビッコギャングどもは元気か? ちょいと凶悪な部分もあったが、ここを生きて突破できたらあの園児たちにまた会いたい‥‥かなぁ?」
 プールでの一件を思い出して、改めて考え直す我斬。それを「あれはいいお兄さんっぷりだったさぁ。‥‥弄られ具合が」と柳樹が笑う。
 一際大きく、周囲の猿たちがキィキィと鳴き声を上げた。どうやら数を増したようだった。能力者たちは沈黙して‥‥鳴き声をじっと聞いていたケイがポツリと呟いた。
「あの鳴き声‥‥あれで仲間を呼び集めているのかも」
 そうして十分に数を増やした後‥‥連中はこちらへ突入を始めるのだろう。
 ケイは無言で背嚢を下ろすと、空いた水筒にペットボトルの水を移し始めた。食糧もポケットに入るだけ。残りは捨てる。これから始まる突破戦、荷は軽い方が良い。
「なるほど。結局、こちらが先に動かなければならない事に変わりはありませんか」
 治療を終えた硯が再び散弾銃を手に取った。そのまま再び飛び出せる姿勢に変える。美咲は目を丸くした。
「また、突っ込む気ですか!?」
「ま、下手な方向に逃げるより、かえって被害は少ないかもな」
 反対側にいた我斬がデヴァステイターをクルリと回す。その悪戯っぽい視線がチラと前方を指向した。
「正面から‥‥!?」
「そうじゃ。グラップラー4人で前に出る。援護は任せたのじゃ」
 愛華を見つめた桜が胸元を拳でドンと叩く。愛華は涙も見せずに頷いた。
「気をつけて。全員無事に帰らないと意味がないんだからね!」
 弾倉3つを互い違いにテープでグルグル巻きにして、アサルトライフルに叩き込む愛華。美咲はもう二の句がつけなかった。
「夏休み明けまでに帰るんだろう? なら急がないとな」
「リディスさん?」
「もし、無事にここを突破して帰る事が出来たら‥‥私も子供たちに紹介してくれ。忘れかけていた夢の名残。欠片くらい拾い上げてもバチは当たらんだろう」
 個人的な報酬はそれでいい。シエルクラインの弾薬箱に弾帯を丁寧に仕舞い、リディスは木の幹を背に立ち上がる。美咲とレムは、そんな能力者たちの姿に息を呑んだ。
 これが本場の能力者たちか。
「じゃ、始めるさ? 手筈は打ち合わせ通りに」
 猿どもの様子をチラと見ながら、柳樹は手にした照明銃を胸元に仕舞った。照明銃の飛翔距離は200m。ここからじゃ近すぎるし、山火事になっても困る。
「3っ、2ぃ、1っ、!」
 柳樹のカウントダウンに合わせて、突撃班の4人が一斉に飛び出した。

 突撃の開始と共に。リディスは立ち木を盾代わりに、前方の猿たちがいる空間に向かってシエルクラインを撃ち放った。轟音。二脚の付いた蒼銀の銃身が炎の舌を舐め、薬室から吐き出された大量の空薬莢が泥水に跳ねて水を焼く。フォースフィールドすら貫くSES武器の弾丸の雨は、猿たちが拠って立つ足場の枝木を悉く撃ち払った。
 舞い散る枝葉の乾いた悲鳴。その中を猿たちが一斉に跳び移る。その隙を衝いて硯、桜、柳樹の3人が三者三様のルートでもって、弾ける様に前に出た。跳ね返る泥水、ぬめる大地にジャングルブーツの足跡刻み、邪魔な木々を弾除け代わりに駆け抜ける。
 そこへ後方の猿蜘蛛たちが一斉に礫弾を投げ放つ。その瞬間、突入に一拍遅れて立ち上がった他の4人が一斉に銃撃を開始した。
「随分とシャイなのね。木に隠れて姿も見せないなんて。でも‥‥!」
 攻撃する間は丸見えだ。ケイは、目にも留まらぬ速さで右手に短機関銃、左手に護身用拳銃を引き抜くと、ピンと両腕伸ばして一斉にその引鉄を引いた。つるべ撃ちに撃ち放たれた弾丸が、枝上の猿を一匹、さらにもう一匹と撃ち落とす。
 前方へとひた走る3人は、空気を切り裂く礫弾の音が減った事で、射撃班の援護を肌で感じていた。姿勢を低くした硯が、痛みを感じぬ身体に幾度か受けた衝撃を無視しつつ、森の中を出来うる限りの速度で駆け抜けて‥‥頭上でガサリ、と枝の揺れる音を聞いた。枝から枝へと跳び移った猿蜘蛛が『着地』した音だった。
(「前線に到達した‥‥!」)
 硯はショットガン20の銃口を頭上へ向けると、碌に照準もせずに発砲した。放たれた散弾が枝ごと猿を吹き飛ばす。続けて視界に入ったもう一匹を撃ち落としながら、しかし、硯は足を留めない。この戦いは突破戦。先頭に立って進路を開拓するのが硯の役割だ。
 落ちた猿には、代わりに柳樹が突っ込んだ。
「一本、いっとくさぁー!」
 舞い散る木の葉の中、その巨体のあちこちに枝葉を引っ掛けながら。背中に亀の甲羅の様に盾を背負った柳樹が飛び出した。その剣幕に猿が目を見開くのも一瞬。力の限りに振るわれた柳樹のガンドルフが猿蜘蛛を大きく切り裂いた。
 地に落ちたもう一匹が慌てて柳樹から距離を取る。そこに柳樹の巨体の陰から飛び出した桜が突っかけた。
「させぬのじゃ!」
 キアルクローによる一撃で木の幹から引っぺがし、回転しながらもう一方の爪で斬りつける。顔も服も泥だらけになった桜の装備、その中にあって汚れをしらぬエクリュの爪の白い刃が猿蜘蛛の首を裂く。噴き出した血が血潮と化して霧を吹き‥‥だが、滴り落ちる赤い雫もその刃を汚す事はない。
「桜さんっ! 伏せてっ!」
 肩から斜め掛けにして提げた無線機から響く愛華の声。桜は振り返りもせずにその身を前方へと転がした。
 桜の背後、鋭い鉤爪で切り裂かんと木の幹から跳躍する猿蜘蛛。そこへ素早く弾倉を交換した愛華がフルオートで弾をばら撒いた。猿の身体が仰け反るように弾け、泥の上に落ちて跳ねる。飛び出した美咲が走り寄り、身を起こしかけた猿の首を刎ね飛ばした。
「援護します。先に後退を」
 最後尾に残ったレムが、手にしたスコーピオンで三点射をしながら他の3人に移動を促した。ケイと愛華が頷いてグラップラーたちの後を追う。前衛・後衛の他に、隊列の両サイドを警戒する人間は必要だ。
 我斬は残った。
「‥‥ルーキーを一人で残すわけにはいかんだろ。殿は二人でやる。前衛は飛ばしてるぞ? 遅れるなよ!」
 返事も聞かずに後衛戦闘を開始する我斬。レムは瞬きを一つして‥‥苦笑した。
「カンパネラか‥‥俺が能力者になった時に入学が認められていれば、正規の戦闘訓練が受けられたのにな!」
 互いにフォローするように、援護と後退を繰り返す我斬とレム。
 火力で優位に立つ敵は、いよいよ初撃の狼狽から立ち直りつつあった。

 能力者たちに突破を許した猿蜘蛛たちであったが、密林での移動力はまだ能力者たちを優越していた。
 だが、猿蜘蛛たちは、回り込んで能力者の進路上に立ち塞がったりはしなかった。寧ろ、側面と後方を半包囲するような形で距離を取り、能力者たちを礫弾で追い立てた。
「なるほど。なかなかに嫌らしいサル共のようだな」
 飛び交う弾丸。木の幹の半ばが吹き飛ぶその戦場で、レムはそんな独り言を呟いた。
 集団戦闘をこなす猿蜘蛛。その目的と行動原理は奈辺にあるのか。捕食か、遊戯か、縄張り行動による他種の排斥か‥‥?
 或いはその全てかも知れない。何匹かの猿が戦列を離れ、倒木の所に残してきた食糧に群がるのを確認している。‥‥観光地などで見られる、『食べ物を奪った猿に気を取られた観光客が、背後から別の猿にも車に入り込まれ‥‥』といった光景──統率された戦術ではなく、個々のスタンドプレーが織り成す結果としての戦術行動‥‥或いは、人もそうして学び、進化してきたのかもしれないが。
「下がれ、レム! 幾らAU−KVったって、この弾幕はヤバイだろ!?」
 我斬がレムに向かって大きく手を振った。半包囲の形になった敵の攻撃は最後衛の二人に集中している。
 頷き、レムが後退する。ある程度の間隔があれば、森の中でもAU−KVの運用は問題ない。だが、こうも足元に障害物の多いと得意の機動力もそうそう活かし切れず‥‥
「クッ‥‥!?」
 火力の薄くなった隙を衝いて、猿蜘蛛の一匹が我斬に肉薄した。飛びかかり、組み付く猿。喉元に伸びる鉤爪を素手で防ぎ、引き抜いたイアリスで叩き落す。
「ホント、しつこいヤツは嫌われるわよ!」
 その頃、中衛でも、包囲環を閉じる形で肉薄する猿蜘蛛たちの対処に追われていた。二挺拳銃によるケイの迎撃。血の霧を吹いて地に落ちる一匹の横から、味方の犠牲を踏み台にして別の個体がケイに迫る‥‥!
「こんのぉ〜〜〜!」
 武器の持ち替えも間に合わず、ギリギリで駆け寄った愛華が肘鉄で『獣突』を叩き込む。派手に吹き飛び、落ちる猿。すかさず桜と柳樹が止めを刺した。
「この‥‥っ、邪魔を、するで、ないのじゃ‥‥っ!」
「わぅ‥‥お腹空いた‥‥」
 桜と愛華の息が荒い。能力者とはいえ、戦闘を交えつつ既に1時間は走っている。
 先頭を走って進路の開拓を行っていた硯がその足を止めた。並んで走るリディスが訝しげに立ち止まる。後衛の援護に行ってきます、と硯は後ろを見ながら呟いた。
「こちらを警戒する位には連中にも被害を与えておかないと‥‥合流点までついて来られて、ヘリごと撃ち落とされるのは御免です。こちらが連中よりも厄介な、手を出すと危険な獣だという事を魂に叩き込む必要があります」
 それに、と硯は付け加える。レムさんの事は、彼女のお姉さんからよろしく言われているんです。
「‥‥言って来なよ。先頭は一人でも何とかなりそうだ」
 リディスの言葉に「すみません」と苦笑して。『瞬天速』を使った硯の姿が掻き消えた。


 視界が開けた。
 台地状に小さく盛り上がった岩山と、その上に生えた枯れ草の原。ヘリとの合流予定地点だ。
 リディスは森の切れ目まで足を進めると、クルリと後ろを向いて銃口を森へと向けた。駆けて来る中衛組。ケイと美咲はそのまま先行し、桜と愛華、柳樹とが得物を構えて立ち塞がる。やがて姿を現す猿蜘蛛の群れ。リディスと愛華が銃撃を開始し、桜と柳樹が落ちた敵へと止めを刺しに前進する‥‥
 一方、丘へと上がった美咲は、周囲を警戒するケイを背に発煙筒に火を焚いた。岩の上にそれを転がし、ヘリを呼び出す。‥‥空中で待機していたヘリが到着するまで約2分。それまでこの地を確保しないと‥‥
 最後衛にいた硯、我斬、レムの3人が森を抜けたのは、それから1分程過ぎた後だった。互いに肩を貸し合った我斬とレムが着陸地点に向けて走る。血塗れの蛍火を提げた硯はリディスの横に留まり、銃を廃莢、装填し‥‥
「これ以上は無理さ‥‥! 数が多すぎる!」
 背中の盾にカン、カン、と礫弾を受けながら、桜を抱えた柳樹が森の中から後退して来た。能力者たちは森から後退しつつ、走り寄るキメラに銃撃を続け‥‥丘上に舞い降りる中型の軍用輸送ヘリを視認する。
「よし‥‥全員離脱!」
 途端、『瞬天速』、或いは『瞬速縮地』といった移動系のスキルで一斉に離脱する能力者たち。スキッドに足を掛けたケイと我斬が援護射撃を続ける中、前衛組が次々と飛び乗って‥‥
「出してくれ!」
 全員の乗機を確認して、ヘリが一気に高度を上げる。装甲板を叩く金属音を聞きながら‥‥能力者たちは地獄のような戦場を後にした。
「お疲れ様。医薬品は無事、届けられましたか?」
 副操縦士が振り返り、救急セットと食糧を差し入れる。能力者たちは互いに顔を見合わせた。
「そう言えば、それが依頼だったっけ‥‥」
 思い返しても猿蜘蛛の顔しか思いつかない。能力者たちは苦笑した。