タイトル:UT サンタクインの防壁マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/10 05:29

●オープニング本文


 2008年7月 北米大陸競合地域北西部、ユタ戦線──
 南方より迫るキメラの群れはいよいよその数を増し、ついには大きなうねりとなって、北方への『侵食』を開始した。
 これまで最後衛にあって味方の後退と市民の避難を援護してきた『僕』たちの後衛戦闘大隊は、州都南方、ユタ湖畔のプロボ市に陣を構えてこれを迎え撃つ。だが、これ以上、退がるべき場所もない『地獄』にあって、『僕』たちの士気は意外にも高かった。
「即席とはいえ、こんなちゃんとした陣地に籠もって戦えるなんて、これまでに比べれば天国みたいなもんだ!」
 迫り来るキメラ『ビートル』の群れを前にして、戦友のウィルが不敵に笑う。かねてより敵キメラ集団の『攻勢』を予測していた大隊本部は、南のサンタクインからプロボに掛けて、深く堅牢な縦深防御陣を築いていた。これまでの泥沼の市街戦に比べれば、『防壁』に拠って戦える今回は随分と気が楽だ。‥‥たとえコンクリの防壁を並べてその前に壕を掘り、土を盛って補強しただけの簡易な防壁だとしても。それだけでも、地を這うキメラの突進を直撃することだけは避けられるのだから。
 『僕』たちの中隊が配置されたのは、サンタクインでも最も南の防衛線だった。
 最前線だ。
 『僕』らの籠もる防壁の背後には、無人と化したサンタクインの住宅地。目の前には焼き払われた畑の黒い大地が一面に広がっている。視界や遮る物は何もなく‥‥その黒い大地の上を迫るキメラの群れが見渡せた。
 だが、半年前ならいざ知らず、最早、歴戦の兵たちは今更動じる事はない。
「装弾よし」
「後方確認よし」
「‥‥総員構え。いいか。ここで出来うる限りの出血を奴らに強いた後、第2陣、第3陣へと後退しながら敵を暫減する。後退は速やかに、訓練通りに規定の後退路を用いて行う」
 小隊を率いるバートン軍曹が、常の通りに淡々と兵に確認の声を掛けた。堂に入った指揮官ぶりだった。小隊長殿が戦死してもう久しいが、うちの小隊に限ればもう代わりの士官は必要ないかもしれない。
「戦闘の口火は予定通り。‥‥俺からは以上だ。今日は長い一日となる。締めて掛かれよ」
 軍曹が口をつぐむと、戦場は奇妙な静寂に包まれた。無言で敵を見やる兵たちと、キチキチと歩を進める甲虫型キメラ『ビートル』。やがて、彼我の『顔』が判るほどの距離となり‥‥
「点火」
 無線機を手にした軍曹が命令を口の端に乗せた。
 ドドド‥‥ォォン!!!
 連続で鳴り響く爆音が重い波となって、防壁に伏した『僕』らの身を震わせた。陣の前方、キメラが足を踏み入れたその場所で起きた巨大な爆発が、キメラを群れごと、土ごと、爆煙の彼方へ放り投げていた。
 対人地雷なんて生易しいものじゃない。鉱山で発破に使われる強力な爆薬だ。幸い、鉱山業の盛んだったユタでこのテの物に困る事はない。とっくに退役したような旧式兵器を掻き集めて何とか戦線を維持しているこのユタ戦線では、使える物は何でも利用する。
「照準‥‥撃て!」
 爆煙が薄まるのを待って、爆発の衝撃で『擱座』したビートルに向けて、陣からロケットランチャーや無反動砲が一斉に撃ち放たれた。
「直撃! 敵第1波撃退! 続けて第2波、『狼騎兵』群が接近中!」
 双眼鏡を覗く弾薬手のトマスが新手の接近を報告する。動かなくなった『ビートル』の群れの後方から『狼騎兵』──キメラ『ダイアウルフ』に騎乗するキメラ『ゴブリン』──が、軽快な足取りで戦場に侵入しようとしていた。
「‥‥速いですね。次の地雷原まで引き込むと肉薄される恐れがあります」
「ジェシー。第1標定地点への砲撃支援を要請しろ。‥‥直撃など望むべくもないが、騎乗した連中をばらけさせられればいい」
 軍曹の言葉に『僕』はすぐさま背にした無線機のマイクを取る。だが‥‥
「軍曹。砲兵隊は他方面への効力射を実施中‥‥支援は最速でも五分後との事です」
 その『僕』の報告に、軍曹は小さく舌を打った。まだ早いが‥‥との吐息が小さく耳に聞こえてきた。
「‥‥能力者たちを戦闘へ。『狼騎兵』を地雷原まで引き込んだ後、迎撃する」
 1分後。再度の爆音がユタの大地を震わせた。バラバラに吹き飛ばされた騎狼と乗り手がわらわらと逃げ散る中──指示や命令なく再び騎乗状態になる知恵はないらしい──、騎乗状態の崩れなかった『狼騎兵』たちは突撃速度をさらに加速し、こちら目掛けて突っ込もうとしていた。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
クレア・フィルネロス(ga1769
20歳・♀・FT
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
夜木・幸(ga6426
20歳・♀・ST
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

「『来客』だ。野郎ども、歓迎の準備はいいか!?」
 軍曹の命令と共に、迫り来る狼騎兵に向けて一斉にロケット弾が撃ち放たれた。
 だが、軽快な運動性を有する狼騎兵に対して、弾速の遅いロケットや無反動砲は決して有効な物ではなく‥‥弾体をすり抜ける様にジグザグに進路を跳びながら敵が迫る。
「野郎っ!」
 ウィルを始めとする重機関銃手が迎撃を開始した。だが、12.7mmの弾幕に騎手を撃ち落とされながら、それでも何匹かが地を蹴り、壕と防壁を飛び越えて‥‥
 唸りを上げて振るわれた二本の斧槍による一撃が、陣地に飛び込もうと飛びかかってきた二匹の狼型キメラを打ち払った。
 地に落ちる狼。ブゥンと槍を引き直すクレア・フィルネロス(ga1769)の目の前を、右手から発した光の粒子が舞う。
「お久しぶりです。また助太刀させて頂きます」
 相変わらず生真面目な表情で、クレアがジェシーたちを振り返る。続けて迫った敵影は、槍の範囲に入る前に焼き払われ、撃ち落とされた。
「‥‥相変わらず苦労してるみたいだね、お前さんたちは‥‥まぁ、そんな時の為の俺たちなんだけど、ね」
「そうですね。共に戦う仲間の為にも、後方の味方の為にも、最大限の働きをしてみせますよ」
 サイエンティストの夜木・幸(ga6426)とスナイパーのソード(ga6675)がそう言いながら防壁に取り付く。重傷者が出たらすぐに報せるように、とジェシーに伝える幸の横で、ソードが防壁の上にアンチマテリアルライフルをガシャリと据え置いた。
「なかなかに速い‥‥ですが、足を潰せばどうという事も」
 照準器の向こうに、迫る狼騎兵の姿を捉えて引き金を引く。ぼろきれの様に狼が吹き飛び、乗り手が黒い大地に転がり落ちた。
「それにしてもお主等‥‥前に比べて動じなくなったの。成長したものじゃ」
 もう一人の槍の遣い手、綾嶺・桜(ga3143)が、戦場馴れしたジェシーたちを見て呟いた。防壁の上に立ってうんうんと頷く『ち巫っ女』の姿に兵隊たちは苦笑して‥‥
「サクラはちっとも変わらないよな。身長とか胸とか。‥‥ホントに成長期か?」
 ウィルの揶揄する声に「なぁっ!?」と顔を赤くする桜に兵たちがどっと笑う。
 そんなジェシーたちの姿を見て、響 愛華(ga4681)は一人、その表情を暗くした。
(「ジェシー君たち、この半年の間に随分と逞しくなったよね‥‥でも‥‥」)
 遭う度に何処か変わっていく若い兵たち。それは、過酷な、地獄の様な戦場に適応し、戦場以前の日常を少しずつ失くしていく姿だ。愛華はそれに寂しさと不安を感じる。‥‥果たして自分は、以前の私と変わらずに居るのだろうか?
「‥‥前面の狼騎兵を殲滅します。小隊は攻撃を中止して対空監視をお願いします」
 戦況を見極めていたアグレアーブル(ga0095)が淡々とした口調でそう宣言した。装弾を確認したフォルトゥナ・マヨールーをホルスターに戻し、防壁の上から壕を飛び越え、戦場にひょいと着地する。
「さて、と。それじゃ、撤退まで守り抜くとしましょうか」
 鏑木 硯(ga0280)が膝まで伸びた黒髪をキュッと後ろに纏めて縛り、ペアを組むアグレアーブルの横へふわりと舞い降りた。凛とした表情。抜き放った蛍火が淡く光を放つ。
「小鬼風情が騎兵気取りだと? 生意気な!」
 クレアと共に戦場へと飛び下りた龍深城・我斬(ga8283)は、迫る狼騎兵に向けてデヴァステイターを撃ちまくった。敵の進行方向前面に弾をばら撒き、体勢が崩れた所をクレアが突っかける。倒れた狼を突き伏せるクレア、その背をフォローするように、我斬が起き上がった乗り手を撃ち倒す。
「何を呆けておる。わし等も行くぞ、天然腹ペコ犬娘!」
 壁の上から桜が愛華に呼びかける。ちょっと照れた風で、それでもまっすぐ愛華を見つめていた。
 ああ、桜さんは変わらないな。ふとそれが嬉しくなって。愛華は満面の笑みで頷くと、アサルトライフルを手に防壁を乗り越えた。

 『落馬』したキメラたちが蠢く戦場へ、能力者たちは前進を開始した。
 クレアと我斬、ファイター系の二人を中央に。機動力のあるアグレアーブル・硯組と桜・愛華組を両翼に配置し、中央後背から幸とソードが遠距離攻撃で支援する。
 騎乗状態を解かれたキメラたちに為す術はなかった。瞬く間にその数を減らされ、敗走していく。
 シュッ、と無駄のない動きで繰り出されたアグレアーブルの蹴りが『ゴブリン』の首をへし折った。崩れ落ちる同種の姿に、駆け寄ってきた別の一体がたたらを踏む。そこへ目にも留まらぬ速さで抜き放たれた大型拳銃が火を吹き、そのキメラを吹き飛ばした。
 再装填をするアグレアーブルの横に、『ダイアウルフ』に止めを刺した硯が横に並ぶ。二人は敗走する敵の向こうに新手を見つけていた。
「能力者たちが敵第2波を撃退! 同時に、敵第3波の接近を確認っ! 敵は‥‥っ」
 双眼鏡を覗いたトマスが息を呑む。
 前方には、キメラ『トロル』と『カノンビートル』、そして、空を舞う『ハーピー』の群れが見て取れた。
 ‥‥敵は、3つの『兵種』を同時に投入したようだった。
「相手にとって不足なし‥‥って、不足ないにも程がないか、これ?」
 呆れた様に呟く我斬。クレアがこくりと頷いた。
「敵の攻勢の限界点が先か、私たちが力尽きるのが先か‥‥」
 塹壕戦というイメージの所為だろうか。どうにも分の悪い賭けのような気がしてならなかった。

 まず戦場へと到達したのは、空を飛ぶキメラ『ハーピー』の集団だった。
「数が多いな‥‥さっさと片付けて他班の手伝いに行きたいってのに」
 空を舞うキメラを睨みながら、幸は忌々しげに吐き捨てる。
 だが、『ハーピー』たちは射程内に入る事無く防壁上を素通りし、戦線の最後方へと舞い降り始めた。‥‥後方には弾庫や中隊指揮所がある。
「スルー!? やばい、空襲じゃなくて空挺かよっ!?」
 ソードが慌ててアンチマテリアルライフルを抱え直す。軍曹はその敵の動きに舌を打った。『放し飼い』に近い州都のキメラと違い、こちらには、キメラを統率する指揮官のような存在がいるのかもしれない‥‥
「対物狙撃銃と重機関銃を北の壕へ移動させろ。連中を陣地内に入れるな」
 軍曹の命令に小隊の半分が慌しく動き始める。重機関銃手と弾薬手であるウィルとトマスも移動を開始した。
「死ぬなよ、ジェシー」
「お前こそ」
 簡単な挨拶を交わして戦場に向き直る。見つけた新たな報告は、トマスに代わってジェシーが声を張り上げた。
「戦場に『トロル』の進入を確認!」
 二正面を相手にしなければならない。さすがに小隊がざわめいた。

 幸とソードの2人は北の壕への移動を余儀なくされた。ハーピーのみが相手とはいえ、流石に兵たちだけでは被害も大きくなるからだ。
 ソードは最前列の塹壕から身を乗り出すと、対物狙撃銃の二脚を地に立てた。狭い塹壕の中で身を動かして、高低差をつけて飛び出してくるハーピーを次々に狙撃する。『強弾撃』で威力を上げた12.7mmを受けて吹き飛び、白い羽を宙に散らせるハーピーたち。軽口を叩く余裕も無い。普段は愛嬌のあるソードの糸目も険しく見開かれ、次々と現れる敵を鋭く追い求める。
 重機関銃の連打を浴びてボロボロになりながら、1匹のハーピーが兵たちの守る塹壕の中へと飛び込んだ。壕内で暴れるキメラを駆けつけた幸が超機械で焼き払う。怪我をした兵がのた打ち回っていた。
 『練成治療』で出血を止め、幸は後方への搬送を指示する。だが、その兵は血塗れのまま再び銃に取り付いた。
「全く‥‥本当は刺青を彫って暮らす事だけが望みだってのに、何だってこんな地獄に身を置いてるかなぁ、俺はっ!」
 突然、側面から沸き起こった悲鳴に、幸は血塗れの顔を上げた。悲鳴と喧騒。兵たちを薙ぎ払いながら、壕内を2匹のハーピーが突進してくるのが見えた。
「飛ばずに壕内を来た!?」
「やばいっ!」
 ソードが能力者の腕力で対物ライフルを引っこ抜く。だが、取り回しは決して軽くなく‥‥
 放たれた一弾が先頭のキメラを吹き飛ばす。だが、二弾目を放つ前に、もう一匹がソードの懐に飛び込んだ。
 振るわれた鉤爪が身に喰い込む。ソードは痛みに歯を食いしばりながらライフルで敵を殴り飛ばし‥‥それを駆けつけた幸が焼いた。
「夜木さん。壕は小隊の撤退路でもあるそうです。壕内の敵は排除しないと‥‥!」
 痛みに顔を引きつらせながら、ソードが再び銃を取る。幸はソードに空からの敵を任せると、一人壕内を東へ進んだ。
「‥‥おい、なんだよ、こりゃ」
 思わず幸が足を止める。壕内には側面から奇襲を受けた兵たちが倒れており‥‥見知った顔、ウィルとトマスもそこにいた。
「‥‥畜生‥‥ドジったぜ‥‥」
 意識はある。幸は、負傷した二人に駆け寄るとすぐに治療を開始した。
「畜生はこっちの台詞だ、バカ野郎。死なせないからな! これ以上、俺に仇を増やすんじゃねぇよ!」

「来たぞ、撃てぇ!」
 軍曹の命令と共に、迫るトロルに向けてロケットランチャーが撃ち放たれた。担当区域に進入してきたトロルの数は3。対する小隊の火力は薄い。挟撃により兵力を二分された為だ。
 トロルは両腕を交差するようにして頭部をガードしながら前進する。ロケット弾が次々に命中するものの、その歩みが止まる事はなかった。
「連中、賢くなってますね」
 防壁前に陣取ったクレアが呟く。以前は頭部へのロケットランチャーによる攻撃により、兵にも転倒させる事が出来たのだが。
「行くぞ! 回復される前に倒すのじゃ!」
 突出した敵中央に向かって、機動力の高い両翼の2班が突っ込んだ。
 『瞬天速』で側面へと回り込んだ硯が、そのまま身を回転させる様にしながら、トロルのアキレス腱目掛けて刃を叩き込んだ。皮膚と筋肉の硬い感触。大木に打ち込むような感覚にも構わず、硯は『急所突き』による一撃を振り下ろす。
 反対側の足には桜が回り込んでいた。小さい身体を目一杯に回転させて、槍斧による一撃を膝裏に叩き込む。ブゥン、と振るわれた鉄骨をかわしてもう一撃。両足に打撃を受けたトロルが溜まらず両の膝をつく。
 スルリと背後に回り込んでいたアグレアーブルが蹴りでさらに脚に傷を穿つ。纏わり付く能力者たちに、キメラが雄叫びを上げて得物を振り回し‥‥そこに愛華と中央班が突っ込んだ。
 愛華がトロルの顔面目掛けてアサルトライフルをフルオートで叩き込む。ガードを上げたトロルの懐に、槍を構えたクレアが飛び込んだ。
「その醜い腕でこれまで何人殺しましたか? ‥‥懺悔の時です、キメラ」
 ズブリと。突進の勢いもそのままに、クレアはトロルの腕の隙間から喉元へと槍先を突きこんだ。
 口から血の泡を吐きながら──それでも何回か得物を振り回して──力尽きたトロルがズルリと地に沈む。余りの速攻・連打に回復する間もなかった。
「まず1匹!」
 叫んで戦場を振り返る。だが、両翼のトロルは、中央の戦闘には見向きもせずに、防御体勢のまま防壁への突進を続けていた。
 さらに、土を喰らいながら前進して来た『カノンビートル』2匹が戦場に入り‥‥射程内に入った正面の防壁に向かって砲撃を開始した。高圧縮された土塊の礫弾が超高速で撃ち出され、その速度を破壊力に防壁を吹き飛ばす。それは小さな隕石の衝突にも似ていた。
「くっ‥‥まずは奴らを潰すのじゃ!」
「このままフリーにしておく訳にはいきません!」
 両翼の二班がそれぞれ別の甲虫へと取り付いた。接近戦に弱い、という能力者たちの読みは完全に当たっていた。
「最悪、砲身さえ潰せればいいのじゃ!」
 桜が斧槍を振り下ろす。だが、短砲身で太い甲殻は意外と丈夫で、その硬い感触に桜は顔をしかめた。
「なら‥‥!」
 アグレアーブルが足関節を蹴り上げ、続けざまにもう一本にも蹴りを放つ。巨大な身体を保持する脚も意外と丈夫で壊れこそしなかったが、バランスを崩した甲虫は姿勢を整えながら発砲。砲弾は──逸れて遥か手前の地面を抉り取る。
 それを見た愛華が何かに閃いた。愛華は甲虫の側面へと回り込むと、こーのぉ〜〜〜! と気合を込めて『獣突』で蹴り飛ばした。吹き飛ばされた甲虫が慌てて姿勢を整える。そこへさらにもう一撃。弾き飛ばされた甲虫がもう一匹のそれへと激突する。
 背後に回り込んだ硯が、ズブリと甲殻の隙間へ蛍火を突き入れた。

 一方、その戦闘中、クレアと我斬の二人はトロル一体の足止めを試みていた。
「これ以上、先には行かせねぇ!」
 これまで銃での援護に徹してきた我斬が、敵の眼前に立ってイアリスを引き抜いた。無骨な刃を敵へと向ける。活性化したエミタから流れ込む練力が刀身を赤く光らせた。
「手前の前進もここで仕舞いだ!」
 叫びながら払い抜ける。足を止めずにもう一撃。だが、切り裂かれた大腿部から血が飛び散るのも構わずに、トロルは前進を止めなかった。もう一人、クレアが戦闘に加わる事で、トロルはようやくその足を止めて迎撃する。膠着する戦闘。この時点では、幸とソードはハーピー戦に拘束されている‥‥
 こうして東側のトロルの足止めには成功した。だが、右翼の敵はどうしようもなかった。砲撃支援を要請するにも近すぎる。
「退避ーっ!」
 わらわらと逃げ散る兵たちを余所に、防壁に取り付いたトロルが得物代わりの鉄骨を振り下ろした。コンクリの防壁は容易く砕け、盛り土が外堀へ崩れ落ちる。さらにもう一撃。通れるだけの隙間を確保したトロルが身を捻じ込む。だが、ガードの下がったその敵に、真正面に回ったジェシーがその顔面に無反動砲を撃ち込んだ。衝撃に斜面を崩れ落ちるトロル。そこへ甲虫を排除した二班が駆けつけてタコ殴る。やがてハーピーを殲滅した幸とソードの二人もクレアと我斬の援護に駆けつけて‥‥
「敵第3波! 撃退しました!」
 荒い息を吐きながら、ジェシーが皆に報告する。もしも20秒遅かったら、結果は逆だったかもしれない。
「能力者は直ちに休憩、練力を回復しろ。兵隊どもは負傷者の後送と崩れた防壁の補修だ。尻を上げろ、グズグズするな!」
 軍曹が声を荒げる。彼等の戦争は未だ終わらぬようだった。

 防壁は、既に5日間保持されていた。
 当初予定より1日長い。小破2ヵ所に中破1ヶ所。初日の防壁の被害が思ったよりも少なかった為だ。
「中央を守る第1小隊が突破されました。我々もすぐに後退しなければ、敵中に孤立する事になります」
 中隊本部からの命令を伝えるジェシー。軍曹はすぐに第2陣への後退を命令した。
「ユミィさんのお見舞い、中々、行けないね」
 半年前に州都に入院した戦友の事を言われて、ジェシーは頷いた。小さく口笛を吹きずさむ。その旋律に愛華はハッと顔を上げた。それはユミィがよく歌っていた歌だった。
(「変わらないものも、あるのかもしれないね」)
 愛華は小さく微笑んだ。