タイトル:プールと牛とビキニと女マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/31 03:16

●オープニング本文


 なかよし幼稚園にも、暑い夏がやってきました。
 目が痛くなるくらい真っ青な高い空に、にこにこ笑顔の入道雲がもくもくもくもく大きくなっていきます。遥かな高みに上った太陽が投げ下ろす日差しがまるで槍の様に肌を焼き、眩しく照り返す白い園庭はゆらゆらと景色を歪ませます。
 木陰の蝉の声もどことなく弱々しい夏の午後‥‥だけど、なかよし幼稚園の子供たちは元気いっぱい夢一杯! 保育士の先生たちも夏バテしてる暇もありません。

「いや、正直もうバテバテだけどね。いーかげん溶けて蕩けてスライミィ、って感じ?」
 日本安定区域内、某市に存在する『なかよし幼稚園』、事務室──
 開け放たれた窓の縁から崩れるようにヘタリながら、保育士兼業能力者・橘美咲は、胸元のボタンを一つ開いてパタパタとうちわで顔を仰いだ。
 事務室のエアコンが壊れて早3日。電気屋さんが修理に来れるのは早くても2週間後という話で──ああ、神様ごめんなさい。もういい加減くじけそうです‥‥
「あはは‥‥美咲ちゃん、中学の時は夏休み中、グラウンドにいても平気だったのにねー」
 美咲の背後で、同僚の保育士・柊香奈が、出前にとった冷やし中華の皿を片付けながら、あの頃は若かったー、などと軽やかに笑う。香奈は美咲と違って昔から暑さ寒さには強い性質で、正直こういう時は羨ましい。
「それより美咲ちゃん、明日の準備はもう済んだの?」
「なかよしプール祭り? プールなら園庭に出して、冷えすぎないようにもう水も張っといたよ」
 なかよし幼稚園の施設にプールはない。なので、水遊びをする時には大型のガーデンプールを倉庫から引っ張り出してきて、自前でプールを作る事になる。
 水道代もバカにならないので、ひと夏に1、2回程。それが『なかよしプール祭り』であり、明日が今年最後のイベントデーだった。
 ‥‥そして、なぜか『なかよし幼稚園』には、イベントの度に現れるお邪魔虫がおり──
「‥‥また、現れるかしらね。キメラ」
 うちわを仰ぐ手を止めて、美咲はボソリと呟いた。全開の窓から事務室に染み入る蝉の声、軒下の風鈴がちりんと音を立て──ダメだ、暑い。うちわを激しくパタつかせながら、美咲は室内に戻って麦茶を煽る。
「お手伝いの能力者さんの手配は済ませてあるんでしょう? いつも通り万全を期すだけだよ。
 ‥‥それより、美咲ちゃん。さっき言った『準備』って、水着の準備の事なんだけど?」
「あー‥‥あんまり派手なの着るとお母さん方が後でうるさいからねー。‥‥去年のワンピース、ちっちゃくなっちゃったんだよなぁ」
 入るのはビキニくらいか‥‥? シャツでも上に重ねるかなぁ‥‥
 保育士として、傭兵として、女として。色々と尽きぬ悩みを抱えながら、美咲は深々と溜め息を吐いた。

 明けてプール祭り当日。
 やっぱり美咲先生は去年より2キロ太っていました。
 ‥‥もとい。
 やはりと言うか、何と言うか。キメラはなかよし幼稚園のイベントデーに三度現れた。
 前々回はクリスマスのサンタキメラ、前回は節分の鬼福キメラ。そして、今回は──‥‥‥‥牛女のキメラだった。
「ダッ、ダ〜〜〜ン!!!」
 ぐわしゃっ! と正門の鉄柱格子の門に体をぶつけ、巨体を捻じ込むように侵入してくる『ミノタウロス』(サマーバージョン)。目を剥き、涎を激しく振り撒きながら雄叫びを上げる牛頭。まるで闘牛のように無駄のない筋骨隆々な体躯の上で、ホルスタインのような乳(推定ステータス『K』)がぼよよんと波を打つ。
 誰が見るわけでもないが。キメラが着る水着のデザインは、美咲のそれと似通っていた。‥‥中身は比べるべくもない。
「‥‥あいつは敵だっ‥‥! 色んな意味でっ!」
 ビキニの上に白シャツを重ねた美咲が、園庭へと入り込んだキメラに怒りの視線を送る。だが、プールの最中という事で、愛用の大剣は側にはない。しかも、初めてキメラを目の当たりにする年少組の園児の中には当然泣き出す子もいて、それが周囲に伝染し始めた。
「くっ‥‥!」
 歯軋りをする美咲。その視線の先で『牛頭女』が双角を振りかざし、地を蹴って土を後ろに掻き飛ばした。

●参加者一覧

水上・未早(ga0049
20歳・♀・JG
ブラッディ・ハウンド(ga0089
20歳・♀・GP
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
ルンバ・ルンバ(ga9442
18歳・♂・FT

●リプレイ本文

 入道雲が白く映える、陽光と青い空の下。緑萌える木々と蝉の声、そして子供たちの歓声に囲まれて。
 龍深城・我斬(ga8283)は目の前に広がる光景に眩しそうに目を細めた。
「わぅ〜♪ 桜さん、良く似合っているんだよ〜♪」
「うぬぬ‥‥何故わしがこの様な恥ずかしい格好を‥‥」
 膝の高さまで水が入ったガーデンプール。響 愛華(ga4681)に褒められた綾嶺・桜(ga3143)は、真っ赤な顔をぷいと背けた。桜が着ているのは年相応の白いフリルつきのワンピース水着‥‥なのだが、それがこの上なく恥ずかしいらしい。元々は『さらしに褌』などという保護者卒倒確実な格好で参加するつもりだったのを、愛華が止めて一緒に新しい水着を買ってきた。
 アップにして纏めた黒髪、この年頃特有のぷにっとした、きめの細かい白い肌‥‥数年後が楽しみだ。なんとなく、ずっとこのままな気もするが。
 一方の愛華は赤いスカート付きのワンピース。だが、サイズが合っていないらしく、健康的に育ったたわわな双房がきつい水着の胸元で窮屈そうに揺れている。みっちりと寄せる胸の谷間と動く度にはみ出る柔肉‥‥これは色々と期待できたかもしれない。‥‥ワンピースでなかったら。ワンピースでさえなかったらっ!!!
 そんな二人の向こうでは、水上・未早(ga0049)が水に慣れていない子たちの相手をしていた。水遊び、というよりも、慣れる為の行水のようだった。
「はい、それじゃあ今度はみんなでお水にザブンとお顔をつけましょう。私が10数えるまで頑張れた子がクリアね?」
 水や未早に馴染み始めた子供たちが元気にはーいと返事をする。よ〜い、どん! との掛け声と共に一斉に潜る子供たち。未早はわざとゆっくり数を数え‥‥顔を上げた子供たちがズルイと一斉に抗議する。
 細身のイメージのあった未早も水着になってみれば意外と出る所は出ており‥‥特にスラリとした背中のラインとそこを流れる水滴がそこはかとなく艶かしい。
 そして、圧巻なのが、元グラビアアイドルのMAKOTO(ga4693)だった。赤いビキニを身に纏い、B113−W61−H93のダイナマイトなバディを白いランニングシャツの下に押し込める。だが、熟れた果実のように甘い双丘はその存在を誇示するかのようにシャツの下で盛り上がり‥‥本気になって子供たちと水の掛け合い・浴びせ合いをする内にシャツが肌に張り付いて透けるその様は、最早エロスの領域だ。
「‥‥保母さんたちを含め、女子のレベルの高さは尋常じゃないな。しかも、大・中・小、よりどりみどりとはっ!」
 腕を組み、顎に手をやり唸る我斬。だが、この混沌空間において、いつまでも孤高を保てる道理はない。我斬の元にもすぐに子供たちが集まってきて「遊んで、遊んで!」と纏わり付く。
「分かった、分かった。遊んでやるから‥‥ぶはっ、水が鼻に‥‥っ! って、トランクス引っ張るのはやめてー!」
 混沌の渦に巻き込まれた我斬がプールの中央へと引っ張られる。そこには御影 柳樹(ga3326)とルンバ・ルンバ(ga9442)がいた。
「ん? お兄ちゃんの名前はルンバ‥‥変な名前じゃないよ。オイラの国の言葉でイルカって意味‥‥って、うわ、もう聞いてないし!?」
 新たに闖入してきた新しいおもちゃ(我斬)に気を取られる子供たち。やれやれと溜め息を吐きながら、ルンバは屈みっ放しだった腰を伸ばした。子供の面倒を見るのは得意と思っていたが、兄弟や親戚の子供相手のそれとは全然違う。
「はいはい〜。みんな、おイタはそれ位にするさ〜。それ以上やると我斬さんお婿に行けなくなるさぁ‥‥って、ほら、そこ、なに暴れてるさ」
 柳樹が喧嘩らしきものを始めた園児たちの元へじゃぶじゃぶと歩み寄る。どうやら園児同士でビーチボールの取り合いになったようだった。
「あ、筋肉おじさんだ」
「‥‥柳樹お兄さんさぁ。とにかく、暴れると他のみんなの迷惑さぁ。プールを出て、男らしくタイマンで決着つけるさぁ」
 そう言ってざんぶと二人を抱え上げ‥‥ふと冷気を感じてがばっと背後を振り返る。そこにはジト目でこちらを睨む美咲がいて‥‥流石にタイマンはヤバかったか、と冷や汗を流す。
「あ、の‥‥美咲センセ? 子供たちの手前、どつくのだけは勘弁して頂きたいなぁ、と」
「‥‥いや、タイマンで決着。いいんじゃないの? 男らしくて」
 教育者らしからぬ事を言ってグッと親指を立てる美咲。そこにスパーンと香奈のツッコミが入り、大人二人正座させての説教が始まって‥‥
「保育士先生たちって、凄いね。こんな大変な事、毎日してるんだからさ」
 ルンバの言葉に、我斬は頷いた。
「子供たちはちょっと元気すぎるが‥‥ま、それでも平和な光景だわな」
 これでキメラが来なけりゃ、万々歳なんだが。我斬がボソリと呟いた。

 遠くから子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる‥‥
 園庭の端の木陰に寝転がったブラッディ・ハウンド(ga0089)は、その歓声に目を覚ました。
 少し眠っていたらしい。懐かしい夢を見た。
 まだ幼かった頃、誰一人血の繋がりのない館の中で、血よりも濃い絆で結ばれた兄弟たち。もう二度と現世で会えぬ顔を懐かしさとやり切れなさで振り返り‥‥
「‥‥ったく。だから、ガキは嫌いなんだ。昔の事を思い出す‥‥」
 身を起こして頭を振る。腰を上げる事はしなかった。
(「刺青だらけの俺が、ガキんちょ共の前に出るわけにもいかねぇしな‥‥」)
 黒の三角ビキニにショートパンツを着てはいるが、上に重ねたパーカーを脱ぐ事はないだろう‥‥

 外れて欲しかった予測ではあった。
 だが、そんな祈りも空しく、キメラはプールイベントに沸くなかよし幼稚園に現れた。
「愛華っ!」
 呼びかける桜と視線を交わし‥‥それだけで互いの役割分担を確認する。プールを飛び出すと同時に飛び出す犬耳と犬尻尾。そのまま最短時間で、愛華は武器の隠し場所へと足を向ける。
「天然貧乏犬娘が得物を取ってくる! わし等は避難終了まで時間を稼ぐのじゃ!」
 ガシャン、ガシャァン! と、正門をこじ開けながら『牛女』が園庭へと侵入する。泣き出す子供たちがその姿が見ないように、柳樹は大きく手を広げて園児たちに呼びかけた。
「はい、みんな、いいですか〜。楽しいプールの途中だけど、避難訓練の時間さぁ。慌てず、騒がず、落ち着いて、ゆっくり幼稚園の中に戻るさぁ」
 泣き叫ぶ子供たち。それらを宥めるように、柳樹は言葉を繰り返した。言いながらチラリと未早を見る。未早はコクリと頷き、立ち上がった。
「いつ『悪いうちゅうじん』が襲ってきても、ちゃんと避難訓練をしておけば、何にも怖くないからね。みんな、ちゃんとできるかな?」
 落ち着いた表情で、微笑さえ浮かべて未早が問う。その間に柳樹は、泣きじゃくる顔見知りの年長組園児たちを抱き寄せるとそっと囁いた。
「そうだね。怖いね。でもさ、みんなは年少組のちっちゃい子たちよりお兄さん、お姉さんだからさ。もうちょぴっと頑張って、泣いてる子たちを園長先生の所まで連れて行ってあげてほしいんさ」
 できるかな? との問いに、ぐずりながらも頷く園児たち。柳樹はポンとその頭に手を乗せた。
「大丈夫よ。みぃちゃん、あんなに水怖がってたのに、もう30まで顔つけれるようになったじゃない」
 共に水遊びをした年少組の園児に未早が語る。首を振ってイヤイヤをするみぃちゃんに、「じゃあ、お姉さんと一緒に行こうか?」と手を繋ぐ。すぐに、他の年少組の生徒たちも集まってきて、未早の指は満員御礼鈴なり状態になってしまった。
「えーと、うん。それじゃあ、今から避難を開始します。みんな、泣かないで先生の話をよく聞いて。お隣の子としっかりと手を繋いで下さい」
 落ち着きを見せ始めた園児たちに指示を出す。未だに泣き止まぬ子は柳樹がひょいと抱き上げ、僕も私もー、と寄って来る子には、幼稚園についたら順番さー、と約束する。
「では、みんな、香奈先生の後についていって下さいねー」
 ぞろぞろと移動を開始する園児たち。殿を務める美咲がチラと後ろを振り返る。
 能力者たちは、キメラの足を止めるために素手での静かな激闘を繰り広げていた。

 園庭に侵入したキメラの元へ真っ先に辿り着いたのは、『瞬天速』を用いた桜だった。続けて横合いから『疾風脚』を使用したブラッディが突っかける。
「予想はしておったが‥‥今回もやれやれじゃ!」
「こんのくそ暑い中、ガキが遊んでんのをのんびり眺めてたってぇのに‥‥邪魔すんなこのキメラ風情がぁ!」
 両者の繰り出す蹴りが強かに『牛女』を打つ。だが、それはフォースフィールドに阻まれて本体まで通らなかった。無論、分かっていた事ではある。
「ほらほら、貴様の相手はこっちなのじゃ!」
 ひらひらとフリルやシャツをなびかせながら、桜とブラッディが注意を引き付けようとキメラの周囲を巡る。牛女は地面を後ろに掻き蹴るとその角を前に突き出して‥‥弾ける様に猛然と突進を開始した。
 地響きを立てながら突進してくる巨大な質量。二人はそれを飛び退けたが、牛女の突進は止まらなかった。
「なんだとっ!?」
「ああっ、何かのパワーが1000万くらいある人っぽいっ!?」
 我斬とルンバが叫ぶ。一直線に突っ込んでくるキメラの鋭鋒。海パンいっちょでまともに喰らえば只で済むはずもない。‥‥だが、園児たちの避難は未だ始まっておらず、ここを抜かれれば後は無い‥‥!
 考えるよりも先に身体が動いていた。
「うわあぁぁ‥‥っ!」
 雄叫びを上げながら、『豪力発現』で体力の底上げをしたルンバが牛女目掛けて突っ込んだ。姿勢を低くして角突きを避けながら、横合いから足目掛けて飛びかかる。ガシッ、と両手で抱え込んだのも一瞬。次の瞬間には機関車みたいに回転するキメラの膝にルンバは跳ね飛ばされていた。
「ったく、無茶しやがる!」
 叫ぶ我斬もまた動かない。速度の落ちた牛女の、頭に揺れる角だけに意識を集中する。
 激突。角先が顎横を切り裂いていく。かわした。これで致命傷はない‥‥!
 力士が立会いからぶつかる様な姿勢で両者が真っ向から激突する。衝撃が脳を揺らし、体中が悲鳴を上げる。キメラの筋肉は鉄の様で、蕩けるように柔らかな乳の感触は無論、喜ばしくも何とも無い。
「こんのぉぉぉ‥‥っ! ダークファイターのパワーを舐めるなぁぁぁ!」
 受け止める。身体のあちこちが壊れる音がして‥‥ガクリと膝が地に落ちる。だが、同時に。キメラの突進の衝力は完全に失われていた。
「よく止めた! 後は任せて!」
 双房をぶるんと震わせて、駆け込んだMAKOTOがスルリと組み合う二人の間に入り込んだ。狭い隙間で身体を回す。MAKOTOの掌がぽんとキメラの腹に触れ‥‥次の瞬間、ダンッ、とMAKOTOは身体ごと一歩踏み込んだ。『獣突』。体内を巡る練力が獣の力と化して吹き飛ばす。ザザァ‥‥と腰を落として踏ん張る牛女。MAKOTOは崩れた我斬に肩を貸し、その身体を支えてやった。
「う‥‥回復中なんで、あと10秒ほどこのままで」
 脇に当たる柔らかな感触に、こっちだったら大歓迎だ、と我斬はそんな事を思っていた。

 その子が足を止めた事に気付いたのは、殿の美咲だけだった。
 戦う能力者たちの方を向いて両の拳を握り締め‥‥がんばれー、と小さく叫ぶ。その声は徐々に大きくなり‥‥やがて、園児たち全員の声援となって戦場を震わせる。もう泣いている子供はいなかった。
「‥‥やっぱり、ガキは平和にヘラヘラ笑ってるのが一番さね。それを邪魔する奴はガキよりうぜぇ」
 我斬とルンバに治療セットを放りながら、ブラッディはパタパタと子供たちに手を振り返した。きょとんとした顔で見上げる我斬とルンバにそっぽを向き‥‥俺もヤキが回ったかねぇ、と照れた様に息を突く。
「先生もキメラをやっつけるお手伝いしてくるよ」
 最初に応援を始めた子の頭にポンと手を置いて、美咲は決意を込めて頷いた。
「うん。これは、私がやらなきゃいけない事だから」

 頭部振り乱したキメラの角がブラッディのパーカーを切り裂いた。長身故に目立たなかった、意外と大きな双丘が露わになる。‥‥水着の紐までは切れていなかった。
「おおう、積極的なアプローチ! これで顔が牛でなけりゃあねぇ‥‥」
 呟くブラッディ以外にも怪我人は多かった。足止め限定の一方的な戦闘は、結構な間続いていた。
「おまたせっ! 避難完了、全員、園内に入ったんだよ!」
 全員分の得物が入ったダンボールを抱えて、愛華が戦場へと到着する。これで武器使用を縛るものは何もなくなった。
「ありがたい、やっと武器が使える! にしても、あいつ‥‥なんて馬鹿力だよ」
 応急手当を終えたルンバがダンボールからファングを取り出す。愛華はMAKOTOにメタルナックルを投げ渡すと、ブラッディ、桜、我斬、三者の得物を抱き上げ、グルリと円を描くように戦場を回りながら、それぞれ背後の地面に突き立てた。ダァン、と『獣突』で吹き飛ぶ牛女。その隙に間合いを取った我斬が突き刺さった小太刀『菖蒲』を抜き放つ。
「よくも今まで好き勝手暴れてくれたな! 万倍にして返してやる!」
「足じゃ! まずは足を潰して奴の突進を止めるのじゃ!」
 爪を装着した両の手を棚引かせるようにして、桜が地を這うように駆ける。凄いよ、桜さん。まるで鼠花火だよ! 愛華の叫びはとりあえず聞き流す。
「隙ありじゃ!」
 牛女の足元に滑り込んだ桜が両の手の爪をX字に振るう。血飛沫が舞い、筋肉収縮だけでは止められぬ出血がキメラの足を伝い落ちる。
 逆の足には、ファングを腰溜めに構えたルンバがその身体ごと突っ込んだ。牛女の膝がガクリと落ちて‥‥
「今だ、ボコれ!」
 身も蓋も無いブラッディの叫びに、MAKOTOが、我斬が、そして、美咲が得物を手に突っ込んでいき‥‥水着のみという軽装の牛女は、能力者たちが武器を手にしてわずか20秒で沈黙した。

「キツかった‥‥けど、なんでビキニ? そりゃ凄い胸だったけど」
 園庭で美咲に傷の手当てを受けながら、ルンバがそう呟いた。思わず目の前の胸を見る。‥‥うん。比べるべくも無い。
 ギリ‥‥と包帯を巻く力が強くなる。美咲のこめかみに青筋が浮かんでいた。
「うっ‥‥ご、ごめん、まさかそんなに気にしてたなんて‥‥それに美咲ねぇちゃんだって別に桜みたいにぺったんこってわけじゃないだだだだ‥‥!」
 包帯を締め上げる美咲と消毒液を振りかける桜。愛華がおろおろと見守る(だけ)前で、哀れなルンバが沈黙する。
「しかし、本気でここにはキメラを引き付ける何かがあるのかの?」
「うん‥‥やっぱりおかしいよね、絶対」
 首を捻る桜と愛華。もっとも、考えても分かるものでもなく‥‥なら自分たちにできる事をやるしかない。
「強くならなきゃなぁ‥‥」
 赤く染まり始めた午後の陽に、美咲がボツリと呟いた。