タイトル:ヒュージアント捕獲依頼マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/13 04:12

●オープニング本文


 UPC大西洋軍所属、SES熱融合炉搭載型正規空母『エンタープライズIII』。
 先日、作戦中に被弾して中破した同艦は、傷ついたその体をとある大型船用ドックにて休めていた。
 仰ぎ見る程に巨大なその船体は、しかし、被弾した左舷に大きな破孔が二つ穿たれており‥‥幌のない軍用トラックの荷台に揺られながら、能力者たちは、同じ戦場に戦う者として痛々しそうにその傷を眺めやった。
「随分と派手な破壊痕に見えるだろうけど‥‥あんなもの、艦内部の損傷に比べたら軽傷さ」
 案内役の海軍士官が溜め息をつく。話によると、あれはバグアの強襲機が突っ込んできた後であり、そこから大量の蟻型キメラが侵入してきたらしい。幸い、作戦中で多数の能力者が乗艦していた事もあって『エンタープライズIII』は沈没を免れたが、艦内部は『蟻』どもが吐いた酸と大あごに喰い破られて酷い有様だという。
 能力者たちはそれにひどく感じながら──それで何故自分たち能力者が呼ばれたのか疑問に思って眉をひそめた。戦場から離れたこの後方で、ドック入りした空母にいったい何の用があるというのか。
 まさか艦内掃除の依頼じゃあるまいな、と茶化す様に尋ねると、それもお願いしたい所だが、と士官が笑った。

 乗艦用のラッタルを上り形式的な乗艦許可を受けると、能力者の一行は格納甲板へと通された。
 おかしな事に、未だに修理が始められた様子はなく、艦にもまだ最低限の人員が残されているようだった。
 通された格納甲板は搭載機の移動も終えてがらんとしており、そのだだっ広い空間にポツンと一台、場違いな大型トレーラーが駐車されていた。何だろう、と思う間もなく艦内通路に通されて。能力者たちはその惨状に絶句した。
 廊下は酷い有様だった。
 ここが戦場だったのだろう。蟻型キメラが吐き出した酸の跡がそこかしこに醜い傷跡を残し、バリゲード代わりに置かれたと思われる机の足が融解して床と完全に溶け合っている。特に一番酷かったのは隔壁部分で、閉鎖されていたそれを数十匹でがかりで無理矢理こじ開けたのだろう。金属が飴の様に溶け落ちて大穴が開いていた。ここから這い出してくる黒い蟲の群れを想像する。‥‥それは悪夢に違いない。
 さらに奥へと通された能力者たちは巨大な破孔部分を行過ぎて──ここに刺さった敵機からキメラどもは侵入してきたらしい──さらに廊下を奥に進む。主戦場とならなかったこちら側の廊下や壁にも『蟻』が喰い破ったと思しき穴がいくつも開いていて、まるで蟻の巣の中を歩いているような気分だった。
 最終的に案内されたのは、パイロット用のブリーフィングルームだった。
 椅子に座らされて待機していると、2人の人間が入室してきた。一人は軍服姿の壮年の男で──階級章は‥‥大佐!? この艦の艦長か?──、もう一人はスーツ姿の怜悧そうな印象の男だった。軍艦の中にあって、その男だけまとった空気が違う。所作が軍人や作業員のそれとは異なり‥‥何だろう、どことなく官僚臭がする‥‥
「当艦の状況は皆さんがご覧になった通りです。作戦中、艦内に蟻型キメラの侵入を受けるもその殆どを殲滅。損害多大にして、修理の為に戦列を離れドック入り。‥‥ですが、キメラは全滅していなかったのです」
 制服姿の男──やはり艦長だった──が説明を始め、そこで言葉を切る。能力者たちは唖然とした。それはつまり‥‥今も艦内にキメラが残っているとかいう話ではなかろうか。
「まさにその通り」
 疲労を顔に滲ませた艦長がニヤリと笑って見せる。
「この港までの航海中、船員がその姿を目撃しました。すぐに見失ってしまったそうですが、もしかしたら、逃げ場のない海の上故どこかに隠れているのかもしれません。‥‥ご覧の通り艦内は穴だらけで、連中は移動に苦労しませんから。ただ、恐らく、多くても数匹。ゴミ置き場代わりにした倉庫辺りに潜んでいると思われます。‥‥これらは全て、人目につかない事から導き出した私たちの推論ですが。皆さんにはこのキメラたちをどうにかして頂きた‥‥」
「ただし! 『ヒュージアント』を殺されては困ります!」
 艦長の言葉を遮るように、官僚臭のする怜悧な男が声を上げた。艦長は後ろに見えないように──こちらにははっきりと分かるように、器用に溜め息を吐くと、男に『演壇』を譲り渡した。
 男は咳払いを一つして、甲高く裏返った声を落ち着かせる。そうして、やたらと長い何かの機関名をつらつらと述べてから、自分が今回の依頼人である事を能力者たちに告げた。
「これまでも蟻型のキメラは各地で多く見受けられたが、今回の『ヒュージアント』の様なタイプは非常に珍しいのだ。しかも、今回の様に船舶という閉鎖区域に取り残されるケースは特に! これは機会である! 君たちには人類の未来の為、是が非でも、『ヒュージアント』を生きたまま捕らえ、私の元に持って来てもらいたい! これは能力者である君たちにしか出来ない芸当だ。私が、私にしか出来ない研究があるように!」
 ああ、そうか。と、能力者たちは思い至った。男が纏っていた空気は官僚のそれなどではなく‥‥どこか、別の方向にイッてしまっている学者のソレだった。

●参加者一覧

ブラッディ・ハウンド(ga0089
20歳・♀・GP
桜崎・正人(ga0100
28歳・♂・JG
石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
みづほ(ga6115
27歳・♀・EL
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 いったい何匹のヒュージアントを捕らえればいいのか。
 能力者たちがそれを依頼人である学者先生に尋ねた時、『エンタープライズIII』の艦長は「それをこの男に尋ねるのか」と内心、耳を疑った。
「何匹? 当然、見つけたヒュージアントは全て捕まえるのです! 傷一つ付けずにですよ。研究所に着く前に弱って死なれても困ります」
 案の定。その『教授』の返答は予想から1ミクロンとずれてはいなかった。非現実的なその物言いに、ブラッディ・ハウンド(ga0089)はゆらりと剣呑な雰囲気を纏って立ち上がり‥‥
 ごほん、と。艦長が咳払いを一つした。
「さて、教授殿。早速、能力者たちを倉庫へ案内したく思いますが。教授殿はコンテナの準備を願います」
「おお、そうだった。では、よろしく頼むぞ!」
 興奮を隠し切れぬ様子でいそいそと退室する教授。ブラッディは複雑な表情で艦長を見返すと、綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)の頭にポンと手を乗せ、最後列の椅子へと腰を落とした。
(「大人だ‥‥!」)
 そんな二人の対応に、三島玲奈(ga3848)が感心する。その横で、龍深城・我斬(ga8283)は溜め息混じりに、艦長に肩を竦めて見せた。
「‥‥もし、こちらの予想以上に数が居たらどうするんだ? 全部捕まえるとなると相当手間だし、船の被害も大きくなると思うんだけど」
「そうじゃの。やれるだけの事はやるが、わしらとて出来る事に限度はあるのじゃぞ?」
 我斬の言葉に桜も頷く。
「‥‥君たちは真面目だな」
 艦長は苦笑した。軍隊において、不運にも上官が無能であった時、命令に背けぬ下士官や兵たちは、その範囲内で最大限に、自分たちに都合の良い解釈をする事で上官の無能を補うものだ。自分たちの命を守る為に。
「それはつまり‥‥『捕まえた敵以上の数は居なかった、居ない敵は捕らえられないから殲滅しても問題ないよね』とか?」
「さあ? 艦を預かる立場から言えば、艦内にキメラが残る方が厄介なのは確かかな」
 涼しげな顔で暗黙の了解を取り付ける我斬と艦長。そんな二人に玲奈が激しく戦慄する。
(「大人だっ‥‥色んな意味でっ!」)
「‥‥そんじゃあ、そんなとこぉでさぁ。アリ捕獲、頑張ってぇみよぉかねぇ」
 欠伸交じりに伸びをしながらブラッディが立ち上がる。桜も気合いを入れつつ席を立ち‥‥予想以上に元気のない愛華に目を瞬かせた。
「‥‥まさか、生き残っていたキメラがいたなんて。もしかしたら、誰かが犠牲になっていたかもしれないんだ‥‥」
「なんじゃなんじゃ、らしくない! 担当戦域外の結果まで気にしてもしょーがないのじゃ。今回残らず殲滅してやればいいじゃろうが!」
 しょんぼりと肩を落とす愛華に戸惑いながらも、桜は腰に手を当て胸を張る。その姿に自分を励まそうとする思いを感じて。愛華は、うん。立ち直る事にした。
「‥‥そうだね。今回こそは一匹たりとも見逃さないんだよっ!」
 グッと拳を握り締め、愛華が桜に礼を言う。桜は照れた様にそっぽを向いて‥‥そんな二人の間に、我斬がひょいと顔を入れた。
「そうそう。二人の『活躍』は聞いてるぜ? いやー、俺も見たかったな。キメラすら動きを止めたその瞬間!」
「わぅっ!? そ、それは忘れて欲しいんだよーっ!」
「というか、忘れるまで殴るのじゃ!」
 爆笑する我斬と、顔を真っ赤にしてワタワタする桜と愛華。二人が元気になったのを確認して、我斬はひょいと身を起こした。
「‥‥さて、と。キメラをふんじばるワイヤーかロープを探さなきゃな。まったく、今回の依頼人はなっちゃいない。仮にも科学者の端くれなら『こんな事もあろうかと!』とか言って捕獲に役立つ道具を準備して‥‥」
 そこまで思考を進めておいて、我斬はあれ? と首を傾げた。どうしたのじゃ? と桜が足を止める。
「いや‥‥『捕獲に役立つ道具』って‥‥まさか、俺たちの事じゃなかろうか?」


 予想はしていた事ではあるが、まったく、碌な戦場じゃあない‥‥
 雑多なガラクタが雑多に放り込まれた倉庫代わりの一室を前にして、スナイパー・桜崎・正人(ga0100)は、そんな思いを新たにしていた。
 狭い室内、うず高く積もる残骸は軽金属とプラスチックの密林。限定された視界、至近に潜む敵‥‥ただでさえスナイパーには不得手な戦場だというのに、しかも生きたままキメラを捕らえろときたもんだ。まったく、碌なもんじゃない‥‥
 正人とは違った方向性ではあるが、同様の感想を持つ者は他にもいた。正人の横に並ぶ石動 小夜子(ga0121)だ。
 壊れたロッカーの扉に身を隠すように、どこか恐る恐るといった調子で歩を進める小夜子。油断無くキョロキョロと首を振り、些細な物音がする度にピクンと背筋を伸ばす。その姿には普段の凛とした佇まいは欠片ほどしか見られない。
 正人はふと小首を傾げた。
「‥‥どこか調子でも悪いのか?」
 その言葉にもビクリと身を震わせて。小夜子はバツが悪そうな表情で正人を振り返った。ちょっぴり泣きそうな顔だった。
「‥‥す、すみません。私、虫だけはどうにも苦手なもので‥‥。迂闊でした。『アント』とは蟻の事だったのです。しかもこんな、どこから出てくるか分からないビックリ箱な状況で‥‥とても心臓に悪いです」
 合点のいった正人は「あー‥‥」と頷いて‥‥
「‥‥まぁ、頑張れ」
「うぅ‥‥我慢、我慢、集中、集中‥‥平気、へっちゃら、大丈夫‥‥」
 見えざる何かと闘ってテンパリ気味の小夜子に対し、正人が掛けられる言葉はなかった‥‥

 『隠密潜行』を使いながら先行した玲奈は、『蟻』に遭遇する事無く部屋の最奥部へ到達した。
「ここまでは予定通り。後は‥‥」
 ちらりと隅に積み上げられた荷の山を見る。あれをコの字型に積み直して袋小路を作り、そこに蟻たちを追い詰めて一網打尽に‥‥自らのプランを想像してくふっと笑い、玲奈は両手にダンボールを抱え上げて彼女の陣地を構築し始める。
 だが、『隠密潜行』は基本的に潜伏時のスキルであり、作業中の音や気配まで消してはくれない。
 ふと背後に気配を感じて、玲奈は荷を手にしたまま振り返った。背後に山を成すガラクタに蟻の姿は見えず‥‥いや、自分のスナイパーとしての感覚が何かがいると告げている。微かな変化も見逃さぬ鋭い視線。それが、山の中でユラリと揺れる触角を捉えた。
「キメラっ!」
 敵が酸を吐くのと玲奈が荷を投げつけるのは殆ど同時だった。放たれた酸を巻き込んでフォースフィールドに直撃する荷。その隙に玲奈は得物を装備し直し、猛然と敵目掛けて駆け出した。
「キメラ発見っ! そっちに追い込みまっす!」
 コの字の陣は未完成。再び酸を吐こうとする蟻の頭を殴って射線を逸らし、思いっきり味方の方へと蹴り飛ばす。
「出たか! 行くぞ、愛華、我斬! 手加減は苦手じゃが、暴れぬ程度に弱らせるのじゃ!」
「わぅ〜! また蟻さんとごっつんこだよ〜!」
「様子見ながら一発ずつ、か‥‥長期戦かな、これは」
 新品の超機械に電源を入れた桜と我斬、斧槍を短く持った愛華の3人が向かってくる。落ちた蟻をさらにそちらへ追い込もうと玲奈は斜面を駆け下りて‥‥不意に足首に走った激痛に足を取られて転倒した。
 瓦礫の山の僅かな隙間。そこから頭を出したキメラが大顎で玲奈の足首を捉えていた。喰い込む顎と滴る酸。声にならない悲鳴を上げて‥‥だが、玲奈は脚を蟻ごと引っこ抜いた。そのまま押さえ込みにかかる。吐き出された酸がジャージを焼いた。
「ええい、これがこうで‥‥どうじゃ!」
 桜が転がったキメラに超機械で電磁波を浴びせかけ、愛華が斧槍で押さえに掛かる。寝技を繰り広げる玲奈の元には我斬が向かった。
「離れていいぞ! このままだと一緒に焼いちまう!」
 ボロボロになった玲奈が床を転がり距離を取る。直後、照準内に集約された電磁波が蟻を焼いた。

 戦いの気配を感じ、倉庫内の各所に潜んでいた『蟻』たちがガサゴソと姿を現し始めた。
 ひょっこりと隙間から顔を出す蟻と、その鼻先で視線を合わせる小夜子。不思議な物で、真っ先に発見するのはいつも虫嫌いな人間だったりする。
「〜〜〜っ!!!」
 声にならぬ悲鳴を上げて、それでも冷静に刃を返してから。小夜子は西洋の騎士の様に刀と盾を振りかざす。吐き出された酸が『盾』を直撃し、一瞬にして穴を開ける。溶け落ちる盾の向こうで、小夜子が左手を刀の柄に添えて‥‥武士の様に、峰の刀身が振り下ろされた。
 ガンッと頭を殴られたキメラが穴から転がり落ち‥‥そこへ丸めた新聞紙を叩きつける様に蝉時雨を振り上げて。
「もういい。それ以上やると死んじまうぞ」
 横合いから掛けられた正人の声に、小夜子はその動きを止めた。
 正眼に刀を構え直し、冷静に周囲に視線を飛ばす。敵影がないのを確認してから、小夜子ははぁぁ、と息を吐いた。
 正人は仰向けのキメラに乗ると、膝で頭を抑えながら用意したロープで6本の足を縛り始めた。大きさの割りに『ヒュージアント』は力があり、作業は予想以上に手間取りそうだった。

「ギャハッ! 捕獲班の連中んトコへは行かせねェぞぉー!」
 『狂犬』の刺青を薄闇に赤く光らせて。ブラッディは仲間と敵の間に割り込んだ。
 獣の様に低い姿勢で瓦礫の上を走りながら、右手にガラクタを拾い上げる。そのままキメラ目掛けて疾走し、迎え撃つべく大きく開いた蟻の顎へ、手にしたそれを突っ込んだ。ガラクタは一瞬で噛み砕かれ‥‥その間に、ブラッディは横に跳んでいた。
 それはまるで翼を広げた凶鳥のように──悪魔的な笑みを浮かべて足元の獲物を蹴り飛ばす。力場に阻まれてまともにダメージは通らぬが、お蔭で殺してしまう事はない。
「ギャハハッ! 次ぃ!」
 ブラッディはすぐに次の蟻へと移動する。出来うる限り多くの目を引く為だ。だが‥‥
「おんやぁ???」
 蟻たちは、戦闘を継続しようとはしなかった。瓦礫に隠れるように退がる蟻たち。ブラッディはその後を追って‥‥部屋の側壁に開いた『蟻』大の穴に気がついた。
 被害ゼロ。戦意のない敵。穴だらけの艦内。二続きになったガラクタ部屋‥‥
「‥‥んの野郎ぉ‥‥! こんの蟻共はぁ穴からあちこちに逃げ出すぞぉ!」
 ブラッディの言葉に、皆は驚いて顔を上げた。慌てて周囲に視線を飛ばす。壁に開いたあちこちの穴目掛けて、蟻たちが一斉に走り出していた。
「‥‥っ! ちょっとこいつ押さえてくれ!」
「はいっ!」
 小夜子は一寸の躊躇もなく蟻を身体の下に押さえ込んだ。正人が素早く銃を抜き、逃げるキメラの眼前の床へと牽制の弾丸を撃ち放つ。
「逃がさ‥‥ないんだよぉ!」
 雄叫びを上げながら、斧槍を構えた愛華が突っ込んだ。最大限で疾走し、腕を精一杯に伸ばして得物を振る。斧側面による『峰打ち』がキメラの横っ面を引っ叩き‥‥不十分な体勢から放たれた一撃は愛華の手から斧槍を弾き飛ばし、だが、その際に放たれた『獣突』は、敵を相棒・桜の元まで吹き飛ばしていた。
「ナイスじゃ、愛華!」
 桜が超機械による一撃を加え、そのまま踵を落として拘束する。
 玲奈が次々と荷物を崩し、ガラクタで穴を塞いでいく。それでそれ以上の流出は防げるはずだ。‥‥酸と顎で噛み破られるまでは。
「いったい何匹に逃げられたんだ‥‥?」
 我斬が呆然と呟いた。


「はい!? 隣りのガラクタ倉庫に、ですか!?」
 格納甲板への輸送態勢を整えながら、仲間の戦果を待っていたみづほ(ga6115)が聞いた言葉は、蟻たちに逃げられた、というショッキングなものだった。
「‥‥ともかく、5匹は捕まえた。みづほはこれをあの学者先生の所へ届けてくれ。‥‥これ以上あちこち逃げられる訳にもいかないから、残りは殲滅する事になると思う」
 そういう事でよろしく頼む、と言外の視線で言い含めて。我斬は小太刀『菖蒲』を手に、仲間を追って隣りの倉庫へと走って行った。
 残されたのは、ロープで脚を括られて、背中で鉄の棒にぶら下げられた5匹の『蟻』。ポタポタと酸を垂らすそれらに溜め息をついて‥‥みづほはその顎にガラクタを突っ込んで、蟻の頭部を鉄棒に括りつけて固定、用意した『荷車』へと積み込んだ。
 ガラガラと、デコボコだらけの廊下を行くみづほ。開いた穴には板を渡し、隔壁部分もバリアフリーにしておいた。邪魔な障害物は100tハンマーで叩き潰し済み。その残骸を時々蟻に咥えさせながら、格納甲板に上がる階段部分まで辿り着く。
 そこでガタンと音を立て、『荷車』が崩壊した。ポタポタと垂れる酸に耐え切れなかったのだ。
「‥‥まさか、このまま運ぶわけにはいかないわよね」
 5匹も運んで往復していたら、階段が溶け落ちかねない。みづほは思い切ってキメラを拘束した鉄の棒を引っ掴むと、上階へ向かって思いっきりぶん投げた。結局それが一番『階段の』被害は少なそうだった。
 そのまま2デッキ分の移動を済ませ、5本の鉄棒とキメラを肩に担ぐ。顔面に赤く手の形をした痣が浮かび‥‥そのままみづほは格納甲板を渡り歩き、呆然とする研究所スタッフたちの前で、それらをコンテナへと放り込んだ。


 キメラ掃討戦は3時間近くまで及んだ。艦内に開けられた穴のネットワークは思いの他広かった。
「なるほど。水兵に被害が出ていないと思ったら、こんな所で食糧を調達していたんですね」
 食糧庫に追い詰めた最後の1匹を討伐して、小夜子はようやく息を吐いた。隠れた位置のダンボールがいくつか食い荒らされていた。まったく、台所を荒らす虫はどこでも厄介者に違いない。
「お主が散らかしたのじゃからな。キチンと片付けるのじゃぞ? 手を抜いたら夕飯抜きじゃからな」
「わふ〜ん。桜さん、いじわるなんだよ〜」
 お腹をキュルキュル言わせながら、艦内の後片付けを進める愛華。テーブルの上で脚をプラプラさせて桜がそれを監督する。
 よいしょ、とガラクタの一つを持ち上げて‥‥その陰に、ボロボロになったジャージを着替える玲奈がいた。ジャージの下は自前の体操着だ。
「いや〜ん。これが穴があったら入りたい〜!?」
「わふ〜! ご、ごめんなさいなんだよ〜!」

「4匹の生け捕りと死体1つ、ですか。‥‥まぁ、こんなものかも知れませんねぇ」
 ぽつりとそう呟いて、学者先生が助手連中に撤収を指示する。それをつまんなそうに眺めながら、ブラッディはポリポリと頭を掻いた。
「捕らえた蟻をどうするかぁなんて興味ないけど‥‥危険な事ぉやりすぎて手ェ噛まれないようにしときなよ? ほら、俺ぇみたいな奴もいるから、ねぇ?」
 クククと笑うブラッディ。『教授』は眉一つ顰めなかった。
「‥‥日の当たる場所で戦争をする者よ。所詮、我等も戦争の一部に過ぎんのだよ」
 少し意外そうな顔をするブラッディに狂気の笑みを見せながら。上昇するエレベーター上の教授の姿は、そのままデッキに消えていった。