タイトル:MAT 塩の荒野を越えてマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/30 23:16

●オープニング本文


 季節を三ヶ月ほど逆行させたような寒さにあって、館の暖炉には久方ぶりに火が入れられていた。
 近世ヨーロッパを思わせるクラシカルな館内。派手さを抑えたデザインの、だが、一目で高級品と分かる調度品の数々──エントランスからダイニングへと案内された者たちは、しかし、食事に訪れた訳でなく。スーツ姿の人々は挨拶もそこそこに、手にしたアタッシュケースから書類やノートパソコンといった事務的な品々をアンティークな長テーブルの上に広げていく。
 やがて部屋の奥の扉が静かに開き、一台の車椅子が音も無く滑らかに室内へと入って来ると、室内の人々は一斉に席を立ってそれを迎えた。車椅子の老人が苦笑しながら、手を振ってそれを制する。
 真っ白な顎鬚を生やした顔に温和そうな表情と悪戯っぽい瞳──イタリア製のスーツをパリッ着こなしたダンディなその爺様こそ、医療支援団体『ダンデライオン財団』会長、ロイド・クルースその人だった。
 電動化された車椅子が暖炉を背にした上座に着いて、ようやく人々が着席する。会長は小さく溜め息を吐いて‥‥まぁいい、それももう慣れた。
「では、諸君。今月の会議を始めよう」
 会長が若々しい声でそう宣言する。暖炉の薪が炎に爆ぜて、パチッと小さな音を立てた。

 ダンデライオン財団は医療支援団体である。
 バグアの侵略によって瓦解した旧赤十字の関係各所を糾合する形で発足したNGOで、慈善事業で財を成した現会長ロイド・クルースの莫大な個人資産によって運営されている。活動地域は北米と南米の両大陸が中心で、瓦礫と化した都市部から密林に囲まれた寒村まで、通常の医療団体が文字通り匙を投げるような地域も見捨てず、人々の為に医療支援を行い続けている。
 財団徽章は『赤い十字に蒲公英の花』。どの様な場所にでも風に乗って飛んで行き、そこに新たな花を咲かせる‥‥その希望の花こそが財団の理念と決意の表れだった。

「ユタ州ソルトレイクシティにて医療支援を行っていたウォルト・ダルトン医師から、正式に財団への援助要請がありました」
 会議も終盤になって提案されたその議題に、財団の役員たちは小さくざわめいた。
 かの地は、防衛を担当していた独立混成旅団がキメラの群れに敗北して以降、『キメラの海』に孤立する陸の孤島と化している。キメラは日々その数を増しており、防衛隊は避難民キャンプを中心に周辺地域の安全域しか維持できていない。それはまさに州都とその周辺都市に点在する『島』であり、人々はそこでキメラの圧迫に耐え続けていた‥‥
「ユタ州オグデンまでは、軍による大陸横断鉄道を使った補給が行われているのだったな?」
 会長の言葉に、その場にいた全員が言葉を失った。
 避難が間に合わずかの地に取り残された者の数は、軍民合わせて2万人以上。防衛隊には避難民を抱えて脱出する戦力は無く、北中央軍も西海岸の防衛で手一杯で彼等を救出する余力はない。
「つまりは見棄てられた土地です。収益どころか成果すら覚束ない。それでもよろしいのですね?」
 役員の内で最も上座に座る壮年の男──自分と同じシルバーブロンドの男をチラと見やって、ロイドは力強く頷いた。
「そういう土地だからこそ、我々が行くのだ。襟元につけた徽章は伊達ではないぞ?」
 会長の言葉に役員たちが次々と同意する。基本的に、財団に募った者たちは、皆、財団と会長の理念に共鳴して参加した者たちだ。上座の男も静かに頭を下げ、その瞬間、財団のユタ州都医療支援が正式に決定した。
「では、まずはオグデンに財団の拠点を築く事から始めよう。用地の取得は‥‥既に現地のダルトン君が話を進めている? よろしい。軍には私から話をして臨時列車の都合をつける。直ちに搬入すべき物資の輸送計画を取り纏めなさい。‥‥それと、ラスター君!」
 会長に呼ばれ、末席に座っていた男が一人、淡々と静かに腰を上げた。高級スーツを着た役員たちの中にあって、一人、野戦服の上に財団のジャケットを重ねている。
「君ら車両班にも行って貰う。現地は地上よりも空中の方が危険だそうだ。ヘリは出せない。各キャンプが孤立している以上、搬送は敵地を突破する事になる」
 君らを或いは地獄の只中に放り込む事になるかもしれんが‥‥。毅然とした態度でそう告げるロイド会長に、車両班長ラスター・リンケは笑みすら浮かべて首を振った。
「構いません。むしろ望む所です。元よりそれが我等の存在意義なれば」

 ‥‥かくして、ダンデライオン財団のユタ州都医療支援の先駆けとして、ユタ州オグデンへの拠点資材輸送任務が行われる事となった。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
夜木・幸(ga6426
20歳・♀・ST

●リプレイ本文

 オークランドからサクラメントの操車場へ入った能力者たちが見たものは、40両にも届かんとする貨物列車の群れだった。
 財団が無理を言って実現させた臨時便のオグデン入りは夜明けの後だ。‥‥強行突破。能力者たちがここにいる所以であった。
「MATのリンケ隊長? 護衛に雇われた寿 源次(ga3427)だ。よろしく頼む」
 車運車に乗り入れる装甲救急車、それを指揮する中年男に気が付いて、源次はその右手を差し出した。
「ラスター・リンケだ。こちらこそ、世話になる」
 どちらかといえば野暮ったい容貌の、だが、実直な印象を強く与える男だった。現場の男、そんな言葉が源次の脳裏に浮かぶ。
「あちらは飛行する敵が多いと聞く。客車の屋根で迎撃しようと思うのだが‥‥フック付きのロープとインカム型の無線機はないだろうか?」
「インカムは難しいな‥‥フック付きのロープは、確か建設用具に高所作業用の物があったはずだ」
 ラスターは隊員の一人を呼ぶと、すぐにロープを手配するように命じた。隊員は手にしたファイルをパラパラとめくり、すぐにそちらへ走り出す。その一事だけを見ても、財団の手際は良く分かった。
「では準備があるので失礼する。また何かあったら言ってくれ」
 去り行くラスターの背を見送って、源次は感心したように腕を組んだ。
「荒野へ運ぶ希望の風、か。‥‥いるんだな。このご時世にも己の信念を貫き通す男たちが」
 ならば共に荒野に蒲公英の花を咲かせよう。希望の島の人間が希望の綿毛を運ぶ風となるというのも、また何かの縁かもしれない。

 急峻な山間を抜けると、一面に塩の砂漠が広がった。
 ガタゴトと揺れる長大な車列。遠くワサッチ山脈から顔を出した夜明けの陽光が、キラキラと塩を光らせる。
「キメラも生きれぬ死の大地、か。‥‥皮肉な話じゃの」
 客車の上で響 愛華(ga4681)に寄り掛かる様に眠っていた綾嶺・桜(ga3143)は、目の前に広がる光景にそう呟いた。実際、州都を維持できるのは大塩湖を背にしているからであり、そこを通る鉄道によって補給が維持されているからだ。‥‥避難には細すぎる『蜘蛛の糸』ではあるが。
「桜さん、起きた?」
 寝ている桜の髪を指で優しく梳きながら、愛華が柔らかに微笑んだ。妙に気恥ずかしくなって桜は身を起こす。朝焼けが真っ赤で助かった。
 ‥‥やがて、列車は塩の荒野を越え、大塩湖を横断する築堤へと進入した。
 吹き抜ける風が微かに湿り気を帯び、潮の香りが強くなる。湖上の堤を走る列車から見える風景は、まるで湖の上を走っているようだった。
「広大なこの大塩湖の只中に、こんなにも長大な堤を築き上げるなんて‥‥」
 それも重機などない時代に人の手によってなされた事だ。人って凄いな、と、アグレアーブル(ga0095)は素直に感動した。
 退屈な風景じゃないか? と尋ねる隣のおじさんに、小さく首を横に振る。飽きる事無く窓の外を見続けるアグレアーブルに、おじさんは「蜜柑食うか?」と尋ねてきて‥‥無表情のままコクリと頷き、アグレアーブルは礼を言って剥いた蜜柑をもぐもぐと食べ始めた。美味いか、との問いにコクコクと頷いてみせる。
 見張りの交代の時間を迎え、MAKOTO(ga4693)は担当する3両目の屋根にごろりと横になった。
 鉄の轍が刻むリズムに、ジェットエンジンの吼える音が微かに地上まで響いてきて、MAKOTOは静かに目を開けた。上空を行く3筋の飛行機雲。サンフランシスコへ帰還する迎撃機だろう。
「3機‥‥1機堕とされたのか」
 姿勢を正して瞑目する。どこもかしこも厳しいようだった‥‥

 旅程の9割は、何事もなく過ぎ去ろうとしていた。
 予定通りだ。塩の世界は死の世界。統率もされてないキメラが長駆してくる可能性は低い。危険なのはオグデンに到着するその直前。周辺部から飛来してくる連中だ。
 対岸の街並みが見えるようになる頃には、空を舞う有翼の人影も目につき始めた。2両目車内で駅弁(日本製、緑茶つき。自前持ち込み)をパクつきながら、双眼鏡で車外に目を凝らしていた阿野次 のもじ(ga5480)は、接近するその影にガタン、とわりばしを持ったまま立ち上がった。
「来ふぁ! ふぇんうほふほーほほひひゃうへーはらふぉんへふふ!」
 もぐもぐと叫ぶのもじの声に、源次が皆に無線で注意を呼びかける。
「やれやれ‥‥招かれざる客のお出ましか」
 MAKOTOは身を起こして銃を抜くと、弾倉と車間部の梯子にフックした命綱だけを再確認する。戦闘の準備はとうに終えていた。
「やはり只では抜けさせてくれぬようじゃの。まったく‥‥わしは射撃よりも白兵の方が得意なのじゃがな‥‥。倒す必要はないぞ、天然貧乏犬娘。羽にさえ当てれば追いかけては来れぬはずじゃ!」
 桜の言葉に頷いて、愛華は担当する1両目の屋根へと戻っていった。アサルトライフルと手首を紐で繋ぎ、膝をついて待ち構える。塩の荒野の果て、陸の孤島に取り残された人々を今はまだ助けられないけど‥‥せめて、この物資だけは必ず届けてあげないと‥‥!
「来るよ! みんな準備はいいか!?」
 MAKOTOの叫びに重なるように、対空車両が自由射撃を開始する。
 ユタへ希望を運ぶ列車は、立ち塞がる『雲霞の群れ』へと突っ込んだ。

 移動する列車を襲撃する為、飛行によるアドバンテージは殆ど無いと言っていい。
 射程の利は能力者たちに。だが、戦闘のイニシアチブは襲撃側のキメラたちが握っていた。即ち、何両目を攻撃するか、客車内に飛び込むか‥‥ちなみに防衛担当の車両は全て、車内移動が出来ない貨車でなく人の乗った客車である。
「‥‥またアンゲロイにハーピーか。まぁ、俺は出来る事をするだけだがね」
 4両目車内担当の夜木・幸(ga6426)が軽量型の超機械を取り出す間に、4両目屋根担当の葵 コハル(ga3897)は慌てて客車を飛び出した。機関砲の轟音に顔をしかめながら、固定の梯子を上へと登り‥‥ふと足元を見て硬直する。広大な景色はゆっくりと過ぎていくが、足元の線路は物凄い勢いで飛び過ぎていた。
「いくら頑丈な能力者でも、落ちたら流石に‥‥ねぇ?」
 あはは、と乾いた笑いを上げて、梯子の最上段にフックをかける。短くて動きの阻害にはなるけど、落ちるよりはずっといい。
 屋根へ上がったコハルは、右膝をついて姿勢を保持し、矢を取りやすい様に矢筒を膝下に括りつけた。直刀は鞘ごと腰の裏へ。銀色の弓に矢を番えて引き絞る。
 隣りの対空車両の弾幕の為か、近づいてくるハーピーは少なかった。相対速度の所為かひどく動きが緩慢なハーピーに狙いを定め、コハルはニヤリとその矢を放つ。
 翼に被弾したハーピー敵があっという間に後方へと落後していく。番えてさらにもう1匹。まるで射的の的の様に落ちていく敵を見やって、コハルはにひっ、と口を笑みの形にした。
「あたしがここにいる限り、この車両には近づけないっ! ‥‥なーんてね、‥‥っとお!?」
 弾幕を抜けてきた敵が鉤爪をコハルに振るう。コハルはそれを防具で受けながら、腰の夕凪を抜いて斬りかかった。

 戦闘開始から30秒としない内に、屋根の上は白兵に移行したようだった。
 どすん、どすん、と屋根の上のMAKOTOが駆け跳ねる音を聞きながら、3両目車内担当のアグレアーブルは、落ち着き払った態度で周囲の乗客に指示をした。
「皆さん、頭の上に手を組んで、なるべく姿勢を低くして下さい。窓ガラスが破損する恐れもあります。破片で怪我をしないよう、首の‥‥」
 言ってる側から、ハーピー2匹が窓枠目掛けて突っ込んでくる。アグレアーブルは目にも留まらぬ動きで『フリージア』を引き抜くと、開け放ちの窓から続けざまに4発、キメラに向けて撃ち放った。2発ずつ被弾したハーピーが慌てて退散していく。
 空薬莢を吐き出して再装填。その所作には一分の隙もなかった。乗客たちが喝采の拍手を送る。蜜柑食べるか? と尋ねるおじさんに‥‥
「後で、頂きます」
 アグレアーブルは頷いた。

 窓から撃ち放たれる強力な不可視の電磁波。パタパタと撃退されるその様子に、ハーピーは側面からの突入を諦めたようだった。
 集まったのは、車内から死角になる車両上空。そして、相対速度が増す前方だった。
「天然娘、後ろじゃ!」
「え?」
 桜の警告に振り向いた愛華は、行く手から高速で突っ込んできたハーピーの鉤爪を避け切る事はできなかった。わわっ!? と尻餅。とっさに自動小銃を盾にしてやり過ごす。
 愛華を一撃したハーピーは、そのまま桜へと突っ込んだ。むっ、と唸って桜が弓を捨てて銃を抜く。
 あっというまに懐に飛び込んできた敵の鉤爪を桜は仰け反るようにしてかわし、即座に足爪で蹴り飛ばした。銃撃で追い打ち。その背を別の敵が切り裂いた。純白の巫女服に滲む血の筋‥‥比較的軽装の桜に向かって、上空の敵が次々と舞い降りる。
「桜さんっ!」
 愛華はすぐに助けに行こうと起き上がり、その足を止めた。自分がここを動いてしまったら、この車両を守れなくなるかもしれない‥‥
「行け!」
 叫んだのは、状況を察した1両目車内担当の源次だった。
「行ってこい! あの『ち巫っ女』を助けて来い!」
 その言葉に意を決すると、愛華は命綱のフックを外して2両目へと飛び込んだ。小銃をフルオートにして桜に集る敵を薙ぎ払う。再装填。敵の攻撃を『獣の皮膚』でやり過ごし、軍用ナイフを引き抜いて乱射しながら吶喊する。
 一方、車内に残った源次は、急に射撃を止めた対空車両を訝しく思っていた。
 装填にしてはやけに長い。嫌な予感がして、源次はそちらへ続く扉を開け放つ。装甲兵員輸送車の車体にバルカンを載っけただけの、簡易で旧式な対空車両のその上に。神々しい雰囲気すら纏った天使型キメラ『アンゲロイ』の姿があった。
 『神弾』には装甲など意味は無い。恐らく対空車両の乗員は‥‥源次はギリと奥歯を噛み締めた。
「‥‥模造天使ごときが。デカい面するなッ!」
 源次は超機械の一撃をかますと、即座に踵を返して扉を閉めた。すぐに後ろの車両へ移動するよう乗客たちに向かって叫ぶ。
 ‥‥ガシャン、バシャン、ドガシャァン! 火力の弱い2両目車内を目掛けて、ハーピーたちは次々と突っ込んできた。立て続けに割れる窓ガラスと悲鳴。のもじは、ピョンピョンと客席の椅子を跳ぶ様にして移動しながら、窓枠に取り付いた敵を『獣突』で押し出していった。
「『守り通す』‥‥そんな言葉に意味はない。ただ守り切った時のみそう言えばいい‥‥以下、色々と危ないので諸々自粛っ!」
 紫のオーラを纏ってそんな事を言うのもじ。車体の被害は一番でかいが、人的損害は一つも無い。
 そんな中、どやどやと1両目から乗客たちが雪崩れ込んでくる。アンゲロイ、という単語にのもじはピクリと反応し‥‥援軍に行きたいが、これだけの人を残していくのも危険だ。
「よっし。みんな、もっと後ろの車両に移動して!」
 3両目と4両目、二台になら何とか詰め込めるはず。慌てず、騒がず、順番に。人の流れを整えながら、のもじは2両目先頭へ駆け出した。

「無賃乗車のお客さんはご乗車できません。黙って地面に落っこちてなって!」
 3両目の屋根の上で、シンプルで丈夫な剣と拳銃を双手に押し寄せるキメラを『獣突』で次々と弾き飛ばすMAKOTO。その視界の隅に降下するアンゲロイの姿が見えた。4両目後ろの対空車両にも、別のアンゲロイが取り付こうとしている。
「コハル! 偽天使がそっちに行った!」
「えっ、あっ、ホントだっ!」
 MAKOTOの警告にコハルは目の前のハーピーを押し返すと、月凪を構え直して『紅蓮衝撃』の赤いオーラを身に纏いつつ隣りの車両へと飛び移った。
 車体の上に降り立つ偽天使に直刀を振り下ろす。砲撃をやめた対空車両の上で二度三度と剣を交え‥‥直後、何かがスッと身体の中に入る感覚と共に、コハルは激痛に血を吐いた。
(「『神弾』っ!?」)
 バランスを崩し、対空車両から落ちるコハル。そのまま貨車から転がり落ちそうになるのを命綱が引き止める。
「ロープでも、カーテンでも、荷物用のネットでも何でもいい! とにかく窓に張り渡すんだ! それだけでも入り込むのは手間になる!」
 4両目の車内では、幸が乗客たちに向かってそんな指示を出していた。窓枠で立ち往生する敵は幸がこんがりと焼き払う。この調子ならば大丈夫だ、と外の援護に出ようとして‥‥扉を開いた幸は、至近にアンゲロイと向かい合う羽目になった。
「‥‥あ?」
 互いにとっての不意打ち。偽天使が顔を向け、幸が超機械を起動する。
「がはっ‥‥!」
 身体に走った激痛に、幸は後ろへたたらを踏んだ。全身を電磁波で焼かれた天使も苦痛の叫びをあげて翼を広げる。そこへ、3両目から走りこんできたアグレアーブルが至近距離から銃撃を浴びせ‥‥たまらず、アンゲロイは翼をはためかせ、大空へと撤退する。

 その頃、1両目車内の源次は、不利な時間稼ぎを強いられていた。
 高い抵抗力で『神弾』に耐えつつ、狭い車内の座席を利用しながら剣撃を捌く源次。強化した電磁波を放ちつつ、受けた傷はすぐに癒し‥‥じりじりと押されていく。
「グレイトフル! おっちゃん、そのままこっちの車両に!」
 空っぽになった2両目から顔を出したのもじが源次を手招いた。おっちゃん、って自分の事か? 軽くショックを受けながら、源次は一気に跳び退さる。
 その通過を見届けて、のもじはロープを座席の手すりにフックして、二重に輪っかを作るようにしながら床へと這わした。座席の下から反対側の背広掛けに引っ掛ける。扉を開けたアンゲロイが踏み入った瞬間、のもじはそれを思いっきり引っ張った。
 輪に入った片足にロープが巻きつく。単純な罠だが、それだけに効果的だ。
「ロォォォープマジッっっクっっっ!」
 のもじが独特な立ちポーズでドギャーンと効果音を響かせる。アンゲロイが剣でロープを断ち切るまで、源次とのもじは動けぬ敵に攻撃を集中した。

 3両目の屋根上にて、旅客の集まった車両をハーピーから守り続けていたMAKOTOは、敵が急に空へと戻っていくのを半ば呆然と見送った。
 激しい砲声が鼓膜を叩く。見れば、大塩湖岸に並んだ旧式の対空車両群から激しい対空砲火が撃ち上げられていた。ようやくオグデンの『傘』に入ったのだ。
 散り散りになって飛び去るキメラの群れを見上げて、愛華に肩を借りた桜はホッと息を吐いた。

 財団の輸送列車は、大きな被害を出す事無く、無事にオグデンへと辿り着いた。
 出迎えたウォルト・ダルトン医師の手を、ラスター・リンケはがっしりと掴み返した。
「ご苦労様です。よくぞ無事に辿り着いてくれました」
 ウォルトの言葉に、ラスターが首を振る。
「いや、我々の戦いはこれからが本番だ」
 頷くウォルト。希望の種は、今、ようやくユタの大地に舞い降りたばかりだった。