タイトル:【輸送】朱に染まる海マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/24 01:56

●オープニング本文


【UPC欧州軍・本部】
「ええ、お願いします。得た戦果は確実に活用しなければなりません。はい、輸送には細心の注意を払います」
 電話の向こう側の相手の問いかけに何度か頷くと、受話器を置くピエトロ。

 欧州攻防戦、その戦いはイタリア半島をバグアから奪い返すという結末を持って終わり、人類は初めてバグアから失地を奪還することに成功した。
 だが、その反面スペインの大半がバグアの手に落ち、フランス南部まで彼らの手に堕ちたとなれば、少なくとも地図上においての戦果は諸手を上げて喜べるほどのものではない。

「せめて鹵獲した機体くらいこちらの好きに使わせてほしいのだがな。戦果というものは山分けしたくなるものらしい」
 UPC本部から欧州軍に告げられた命令は、鹵獲した機体のラストホープ島への輸送であった。
 研究施設が整っており、各メガコーポレーションの支社も豊富に揃っているというのが表向きな理由である。

「ここに置いておくよりは安全‥‥というのが本音であろうがな。確かに、保管している場所がばれてしまえば、光学迷彩がついた機体の襲撃など防ぎようがない」
「巨大なKV格納庫を持つラスト・ホープ島は世界一強固な要塞です。ファームライドであろうとシェイドであろうと、そう簡単に手は出せないでしょう」
 自嘲気味に笑うピエトロと、今回の作戦の意義を説明するブラッド。性格はどちらかといえば似た二人であったが、表情に差が生まれるのは立場の違いからだろうか。

「ブラッド、作戦の指揮は君に任せる。‥‥情報が漏れていないなどという過信は禁物だ。多数のダミーと共に、最大限の警戒を行なって輸送任務を遂行するのだ。‥‥命令が下された以上、いかなる犠牲を払ってでも」


 北大西洋まで出張って来たUPC大西洋軍所属の第2艦隊は、洋上にてその『荷』を受け取った。
 欧州の船団からヘリで吊下輸送されて来る複数のコンテナ群──それを旗艦『エンタープライズIII』(CVS−101)の艦橋から見守りながら、副長は幾分不満そうに、それ故小声で、隣に立つ艦長に呟いた。
「‥‥いったい『アレ』は何なのでしょう? 空母戦闘群まで動かすなんて」
 不満げな表情を慎重に隠した副長を横目に、艦長は唇の端だけで苦笑した。副長の所作は完璧ではあったが、ベテランの艦長にはその本音が容易に透けて見える。アナポリスを出て30数年、伊達に海軍の飯を食ってはいない。
「詮索は無用だ、副長。我々は命令に従ってあの荷を運ぶ。中身が何であるかは問題ではない。‥‥だが、まぁ、これだけの動員だ。君も大方の予測はつくだろう?」
 そう艦長がニヤリとして見せると、副長も思わず相好を崩した。イタリア戦線で撃墜したバグアの新鋭機については隊内でも噂になっている。
 だが‥‥
(「‥‥さて、実際の所はどうだろうな」)
 艦長は心中で呟いた。
 艦隊はこれからカナダ・ハリファックス港へ向かう事になっていた。『荷』はそこからオタワを経由して、陸路なり空路なりで太平洋岸へ、そして、ラストホープへと輸送されるのだろう。
 『荷』が本物なら問題はない。全力で守るだけだ。だが、中身が偽物なら‥‥艦隊は囮であり、長期間、この『荷』に敵の目を誘引する為に打たれた布石という事になる。
 私の様な老兵ならそれも作戦の内と割り切れる。だが、若い連中は、囮として使われ、戦い、死んでいく事を果たして受容できるだろうか‥‥
 艦隊司令にチラと目をやって、艦長はすぐに頭を振った。自分の様な立場の者が考えていい事ではない。
 問題の『荷』が──水密構造のメトロニウム製コンテナがフライトデッキ(飛行甲板)に下ろされた。
 エンタープライズIIIは、最新のSES熱融合炉を搭載し、ヴァイタルパートをメトロニウム合金で装甲化した『地球上で最も沈みにくい艦』の一つだ。KVの運用を視野に入れた再設計もなされており、ハンガーデッキ(格納甲板)はKVが直立歩行できる程の空間が設けられている。
 荷は、そのハンガーデッキに納められる事になっていた。

 バグアの襲撃は、艦隊が北米大陸に迫った頃に行われた。
 アメリカ東海岸を起発点とした航空攻撃だ。エンタープライズIIIのCDC(戦闘指揮所)のレーダーモニターには、艦隊へ接近する光点が複数、はっきりと映し出されていた。
 機関全速、隔壁閉鎖。警報が鳴り響き、KVが緊急発進する。
 最初に接敵したのは、空中警戒班のKV小隊だった。機上レーダーに映る敵、その速さに小隊長が舌を巻く。
「速いな‥‥全機、正面攻撃は回避。インメルマンでケツにつくぞ」
 高度を取って距離を取り、大きなループを空に描く。背面のキャノピー越しに見えた敵の姿は『空飛ぶ三角錐』‥‥キラキラと輝く青い石の様な杭状の飛行体だった。
 水平飛行に移ったKV小隊はブーストを焚き、稼いだ高度をエネルギーに『三角錐』の背後を取った。照準を重ねる。だが、引鉄を引くその瞬間。三角錐は突然、鋭角的にその軌道を変えた。
「なにぃっ!?」
 カッ、キュンッ、カッ‥‥直線と鋭覚だけで構成されたバレルロールで敵機がKVの周囲を巡る。後ろを取られたと思う間もあればこそ。振り仰いだ視界の空を迫る三角錐が押し潰す。貫かれ、引き裂かれ、4機のKVは大空に爆炎の花を咲かせて散った。
 騒然とするCDC。海上の護衛艦から一斉に対空ミサイルが発射されるが、カクカクと避ける三角錐たちには当たらない。高速で飛来した1機の三角錐が、そのまま輪形陣外周の護衛艦へと突っ込んだ。
 鈍い音と共に艦中央部に突き刺さった『青石の楔』がそのまま蒼白く灼熱する。高熱に歪む空気と割れる窓。やがて艦体が赤く融解を始め‥‥次の瞬間、艦は巨大な火の玉となって爆発した。行き足を止め、真っ二つに折れて沈む駆逐艦。その爆炎の中から、フォースフィールドを煌かせた三角錐が浮上する。
 大空から降り注ぐ槍の様に、三角錐は次々と護衛艦に突き刺さった。灼熱、放電。直撃を受けた護衛艦は次々と爆発し、破片を海面へと飛び散らせる。
「9時方向より接近の敵機、本艦への直撃コース!」
 オペレーターの報告は悲鳴だった。近接防御兵装をものともせず、他のそれより大きな三角錐が空母の横腹に直撃する。激しい振動が巨艦を震わせ、飛行甲板上で発進準備中だったKVは思わず手をついた。
 ダメコン、と叫びかけた艦長が急行ではなく退避を命じる。だが、その大型三角錐の攻撃は熱でも雷でもなかった。三角錐の先端が開き、中からキメラの大群が艦内へと侵入してきたのだ。
「KV発艦中止! 能力者は艦内に侵入したキメラを迎撃せよ!」
 たとえ『荷』が囮でも、それとバレてしまえばこの先の用を為さなくなる。
 それだけは絶対に避けなければならなかった。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
水鏡・シメイ(ga0523
21歳・♂・SN
佐間・優(ga2974
23歳・♀・GP
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 このコンテナの中身が本物かどうかは分からない。
 だが、それは。多くの犠牲を払ってようやく手に入れた、失うわけにはいかない希望の欠片だから。
 たとえダミーであったとしても、それが『本物』を守る一助になると言うのなら‥‥
 全力で、守るだけだ。

 響 愛華(ga4681)が二度目の警報を聞いたのは、艦内食堂から格納甲板へと急ぐ廊下の途中だった。
 直後に衝撃。激しい振動が艦を揺さぶり、愛華は、食堂を出る際に放り込んできたバニラアイス(丸ごと)を思わず一気に呑み込んだ。
「‥‥食事中に襲撃するバグアもバグアじゃが‥‥お主もそんなものまで詰め込んでくる事はなかろうに」
 頭痛に顔をしかめる愛華を見て、綾嶺・桜(ga3143)が呆れた様に首を振る。蟻型キメラの艦内侵入とそれに対する迎撃命令が出たのはそのすぐ後の事だった。
 得物を取りに自室へと戻る途中、何かが焼けるような薬品臭を感じて愛華はその足を止めた。
 廊下の奥の隔壁から聞こえるシュウシュウという嫌な音‥‥。蟻型のキメラ。蟻酸。‥‥敵は、艦内を喰い破るつもりだ。
 愛華は、近くにいた士官に頼み込んで、艦内電話で艦長に『敵突入地点から格納甲板までの隔壁開放』を進言した。
「広い格納甲板に敵を誘引して叩きます。好き勝手に食い荒らされて沈んじゃったら、元も子も‥‥!」
 艦長は、敵戦力の集中とコンテナ至近での戦闘を危惧したが、最終的には愛華の案を受け入れた。敵が機関室や弾薬庫まで到達したりしたら、それこそ目も当てられない。
 艦内放送で艦長の指示が飛ぶのを確認すると、愛華は近くの部屋から机や椅子を引っ張り出して廊下にばら撒いた。少しでも敵の進撃速度を落とす為だ。後片付けは‥‥うん。みんなでやればきっとすぐ終わる‥‥よね?
「ちゃんと一人で片付けるのじゃぞ」
「わうっ!?」
 得物を取ってきた桜から斧槍を受け取りながら、愛華はビクリと犬耳を震わせた。
 ‥‥一方、主戦場に指定された格納甲板は、上へ下への大騒ぎになっていた。直前までKVの発進準備が進められていたハンガーは、機体やら弾薬やら燃料ホースやらでごった返していたからだ。
「邪魔なKVは飛行甲板に上げろ! ホースの収容を最優先、仕舞い切れねぇ弾薬は‥‥構わねぇ、海に捨てちまえ!」
 ハンガーに響く整備長の怒鳴り声。対潜警戒から戻ったばかりの水鏡・シメイ(ga0523)は困った様に微笑んだ。
「これは‥‥大変な時に戻ってきてしまいましたねぇ」
 シメイが乾いた笑顔を浮かべる間にも、愛機『クルス』の装備が引っぺがされて投棄されていく。後で同程度の物が支給されるがこの時は知る由も無い。
「ねぇ、ちょっと! 暇ならコンテナを運ぶの手伝って!」
 R−01のコックピットから身を乗り出したMAKOTO(ga4693)がそうシメイに呼びかけた。今まで整備の手伝いでもしていたのだろうか、MAKOTOはその豊満な身体を油塗れの作業着に包んでいた。
「全く‥‥久しぶりにR−01を磨いていたらこんな事になるなんて。まだワックスがけ終わってないってのに!」
 ご愁傷様ですと苦笑しながら、コンテナを2機で持ち上げる。その間も絶え間なく動き続ける昇降機と整備兵たち。彼らが働き蟻のように見えるのは何かの皮肉だろうか。
「コンテナの位置は‥‥やっぱり出入り口から一番遠い壁際が守りやすいでしょうか?」
「どうかな。『壁や天井を突き破って登場!』って、巨大生物もののお約束だし」
 となるとやはり中央部か。皆が空けたスペースに、シメイとMAKOTOは満遍なくコンテナを平積みしていく‥‥
 ‥‥格納甲板の準備が整う前に、愛華と桜のいる廊下の隔壁は限界を迎えて溶け落ちた。床を、壁を、天井を、開いた穴から一斉に1m近い『蟻』たちがぞろぞろと這い出してくる。
「わぅぅ‥‥さっ、殺虫剤が欲しいんだよ(泣)」
「うじゃうじゃと湧き出しおって。怖気が走るのじゃ!」
 突進してきた『蟻』の大顎を、床に突き立てた身の丈ほどの直刀で受け止めて。桜はそれを支柱にしてその身をクルリと回転させた。靴先の爪で甲殻を蹴り貫く。着地してさらに回し蹴り。そのまま引っこ抜いたイアリスで『蟻』の頭を叩き割る。
「よいか、天然貧乏犬娘! 暫し時間を稼いだ後、こ奴等を格納甲板まで誘導する。タイミングを間違えるでないぞ!」


 輪形陣は、すでにその意味を失くしていた。
 空襲を避ける為、ジグザグに変針する巡洋艦。艦橋構造物を失い、ただひたすらに直進を続けるフリゲート。棚引く黒煙で空は狭く、燃え盛る炎は生存者の浮かぶ海面を照らして真っ赤に染める‥‥
 眼下に広がる惨状にかつての故郷を重ねたか。龍深城・我斬(ga8283)は強く奥歯を噛み締めた。
 随分と派手に暴れてくれる。だが、これ以上好きにはやらせねぇ。
「優! 調子こいて対艦攻撃にかまている奴から仕留めるぞ!」
 我斬は、自機F−108の後方に位置した佐間・優(ga2974)のFG−106を振り仰いだ。
「りょーかいだ。初撃は貰うぜ!」
 妙齢の女性とは思えぬ男勝りな口調の優の声。だが、それも通信の途中で優しげなそれに変わる。意識してかしないでか、覚醒するほんの僅かな時間だけ、優は本来の自分を垣間見せる。
「スクランブル機より全艦隊。これより上空に進入します。誤射に注意して下さい」
 優の通信が終わると同時に、我斬は鎖を解き放たれた獣の様に、増速して機体を飛び出させた。
 スロットルを全開にして優もそれに続き‥‥炎上した駆逐艦から離れ行く1機の『三角錐』に目をつけた。
 あれをやるぞ、との我斬の言葉よりも先に前に出る。味方がいないのを確認すると、優はロクに狙いもつけずに最大射程でロケット弾をばら撒いた。白い尾を引きながら飛ぶそれはまるで蜘蛛の投網だ。駆逐艦を屠ったばかりの『三角錐』は気づくのが一瞬遅れ、その弾幕の中でその身を固まらせる。
 その隙を突く様に、我斬は機体を突っ込ませた。突撃するディアブロはまさに空飛ぶ剣だ。表示された照準に敵機を重ね、ガトリングとレーザーの安全装置を解除する。飛び交うロケット弾の中で右往左往する敵機がこちらに気付き‥‥
 瞬間、敵の姿が掻き消えた。
「なんだとっ!?」
 この弾幕の中をすり抜けた!? その驚愕の思考は後回し。それより早く我斬は感覚的に操縦桿を倒していた。
 いつの間にか後ろに回っていた『三角錐』の鋭鋒が機体を掠めて飛んでいく。警戒班が全滅する様子を見ていなかったら、直撃を喰らっていたかもしれない。
 態勢を崩した我斬機に止めを刺そうと『三角錐』が宙を跳ねる。優はその背後からガトリングを浴びせようとして‥‥直後、敵機の切っ先はこちらを正面に捉えていた。
「‥‥え?」
 あまりにデタラメな機動に優の思考が硬直する。串刺しにされるであろう自機の姿が脳裏に浮かび‥‥
「右にダイブっ、急げ!」
 通信機越しに耳を打ったその声に、優は操縦桿を押し倒した。
 横倒しになったその腹のすぐ脇を、入れ替わるように榊兵衛(ga0388)のF−104が飛び過ぎる。ガトリング弾の曳光と、突撃する『三角錐』の針路が交差して‥‥敵機の表面で弾ける青い破片を至近に捉えながら、兵衛は『ブースト空戦スタビライザー』を使って無理矢理自機の針路を捻じ曲げた。掠め飛ぶ三角錐。急激な旋回にGその身を締め上げ、血涙が玉となってヘルメットの中を舞う。そのまま敵機の後方につくように旋回を続け‥‥
「‥‥まさか、正面攻撃をする羽目になるとはな」
 敵を見据えて息を吐く。『三角錐』はすでにこちらを向いていた。まるで、突撃した騎士が再度向かい合う様に。
 その兵衛がふと気付く。敵機の後方ちょいと上、死角から振ってくるアッシュグレイ塗装のディスタンに。
 ニヤリ、と兵衛は笑った。FG−106の尾翼に描かれた黒虎のエンブレムが、獲物を見つけて咆哮するようだった。
「鋭角回避の直後、直線的な攻撃に移るその瞬間なら、そうそう避けられはしないでしょう!?」
 灰色の機体のコックピットでリディス(ga0022)が叫ぶ。不意を衝かれた『三角錐』は、完璧に攻撃を合わせられた。ソードウィングで大きく機体を切り裂かれ、『青石の楔』が、パシャアァァンッ、と細かく砕け散る。
「‥‥ようやく1機」
 再び高度を取りながら、リディスは大きく息を吐いた。まったく、ファームライドやシェイド以外にもこういう機体がいるのだから、敵の科学力は本当に嫌になる‥‥
「それだけ『荷』を運ばせたくないんだろうな。‥‥ならば、何としても守り切るのが冥利というもの」
「ま、文句も言えないのは傭兵稼業の常ですが。‥‥次、やりますよ。この4機がかりなら勝てない敵でもありません」
 空母のオペレーターが悲鳴を発したのはその時だった。
「再び新たな中型機! また突っ込んできますっ!」
 驚愕した4人が視線を飛ばす。海面スレスレを飛行する新たな敵が、再び空母の横腹を貫いた。


 新たな衝撃が空母を貫いたその時、愛華と桜の二人は廊下を放棄して格納甲板に転がり込んだ所だった。
 狭い廊下を利用しての遅延戦術だったが、流石に敵の8割に雪崩れ込まれると2人ではどうしようもなかった。1匹1匹は弱くとも、数の力と防御無視の酸攻撃はバカにならない。
 格納甲板へと雪崩れ込む『蟻』の集団。だが、しかし。追い込まれたはずの桜と愛華は、不敵な表情で笑みを交わす。既に十分な時間は稼いでいた。
 甲板に広がりかけた黒の絨毯の上を、MAKOTOが装輪走行のR−01で思いっきり駆け抜けた。そのまま『ハンドル』を切り、クルクルと円を描く様に蹂躙する。それはまさに『巨人と蟻』だ。いくらフォースフィールドといえど、その質量はとても防げるものではない。
「全く! 豪華なお船でクルージングの最中だってのに、ステキなモーションをかけてくれる奴もいたもんだ! OK、OK! そこまで愛してくれるっつんなら、殲滅するまで付き合ってやるよ!」
「‥‥? ‥‥‥‥おおっ!」
 MAKOTOの台詞に、シメイは感心したように手を打った。なるほど、広いホールでクルクル回る様はダンスに見えない事も無い。‥‥外見がKVで、中身はツナギの作業着ではあるが。
「よぉ〜し、私だって!」
 MAKOTOが奏でる死の舞踏を突破した『蟻』集団に向かって愛華は一人突っ込んだ。『紅蓮衝撃』の赤いオーラを身に纏い、斧槍を振り回して回転する。その『赤い旋風』は先頭の4匹を粉砕して‥‥後退した『蟻』たちの目の前で、愛華は目を回して倒れ込む。
「ぬぁっ!? あ、危ないではないか、何をやっておるのじゃ!」
 ぶん回された斧槍をひょいと跳び越え、桜はフラつく愛華の身体を支えてやった。その拍子に、ぽよん、と柔らかい双丘が桜の頭に乗っかる。ぬぅ‥‥と一つ低く唸り、桜は「重いのじゃ!」と振り払った。
「そんな事より、あれを見るのじゃ!」
 桜が指を差す先には、天井を伝ってくる蟻の姿があった。
「わしをあそこまで飛ばすのじゃ! 高い所にいるからといっていい気になるなと教えてやるのじゃ!」
「‥‥上手くできるかなぁ」
 愛華は言われた通りに桜を槍斧の先に乗っけると、能力者の腕力で一気にそれを振り上げた。投石器の要領だ。桜は高く宙を舞い‥‥ガンッ、と天井に激突する。ポテッと落ちて地に伏す桜。『蟻』たちすらその動きを止めて、気まずい沈黙が場を支配する。
 飛び起きた桜がズカズカと愛華に歩み寄って再び時が動き出す。スパコーン、と、桜は愛華を引っぱたいた。
「強すぎるのじゃ! 痛いのじゃ! もっと良く狙うのじゃ! 乳か!? お主の乳がそうさせるのか!?」
 桜の文句ももう訳が分からない。その後ろではMAKOTO機がグルングルンと『蟻』たちを薙ぎ倒す光景──シメイはそれをW−01のコックピットから羨ましそうに眺めやった。
「皆さん、楽しそうですねぇ」
 神がかり的な──確率で言えば36分の1位の──攻撃を連発する女性陣を前に、コンテナ前で陣取るシメイの所まで辿り着く『蟻』はいなかった。
 唯一の敵は、天井を伝って来るものだけ。シメイはコックピットのキャノピーを開けると、用意していた洋弓を構えて『蟻』の足関節目掛けて矢を放った。天井に張り付く脚を折られ、『蟻』たちがポロポロと落ちていく。
「『鋭覚狙撃』に『影撃ち』‥‥あなた達には十分過ぎる歓迎でしょう?」
 次々と『蟻』を撃ち落としていくシメイ。調子が良すぎるという事はない。2機目の『楔』から新手が繰り出すその前に、なるべく多くの敵を殲滅せねばならなかった。


 最初に4対3という数的優勢を確保できたのが幸いした。
 3機の『三角錐』に対し、KV班の4機は苦戦しながらも確実にその戦力を削っていった。優が囮となって敵を引きつけ、僚機の我斬が牽制し、リディスと兵衛が止めを刺す。2機目の敵を兵衛がG放電装置で空間ごと焼いて撃墜すると、最早、能力者側の優位は動かなくなった。

 突入してきた3機目の中型機に向かって、優は押し被る様に上から機体を隣接させた。空母への針路を抑えつつ、至近距離からガトリング弾を叩き込む。細かな破片がキラキラと光って夕陽に舞い、戦闘中なのにそれを美しいと感じる心が無性に可笑しい。
 上空では、リディスが撃ち放ったAAMが飛び去ろうとする『三角錐』を追い掛けていた。練力を使い果たして鋭角回避も為し得なくなった敵は、その速度だけで逃げ切ろうとして‥‥追い縋る2発のAAMを続けて喰らってクルクルと宙を舞う。冷静に狙撃砲で止めを刺して、リディスは最後の1機への追撃をあきらめた。短期決戦向きの機体のようだし、もう再攻撃はないだろう。
 リディスは機首を翻し、艦隊の上空へと注意を向けた。すでに3機目の中型は撃墜され、残るは空っぽになった1機目と『揚陸』中の2機目だけだ。
「考えたくはありませんが‥‥自爆したりしないでしょうか?」
「コンテナを運ぶ役割も担っているはず。少なくともその芽がなくなるまでは自爆はないと思うが」
 横に並ぶ我斬が夕陽に目を細めながら息を吐く。眼下では、スタビライザーを使用した兵衛機が人型で飛行甲板に着艦する所だった。
「あれを引っこ抜いて破壊すれば終わりだが‥‥それにしても、後始末は大変そうだ」
 空母は外見より内装の方が酷い事になっているだろう。我斬の台詞にやれやれですと溜め息を吐いて、煙草を吸う時間と場所があるだろうか、とリディスはひとり呟いた。


 多大な被害を出しながらも、『荷』は無事にハリファックスに陸揚げされた。
 それが本物であったのかは分からない。ただ一ついえる事は、あの『荷』の旅はラストホープに届くまで続き、その間、敵の目を引き付ける事が出来るという事であり。
 それは、この戦いに参加した全将兵の功績であるという事だ。
 艦体で無傷だったものはわずかに2隻。旗艦を含む6隻が中大破し、4隻が英雄たちと共に大西洋に沈んでいた。