タイトル:ユタ戦線 蛙、上陸阻止マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/10 00:56

●オープニング本文


 『人生とはままならぬもの』とはよく言われる言葉だが、なるほど、『僕』たちに関して言えば、確かに世界は皮肉に満ちている。
 2008年5月、ユタ州プロボ──
 州都ソルトレイクシティの市民を避難させる時間を稼ぐ為、州を縦断しながら半年以上に亘って遅延戦闘を続けてきた後衛戦闘大隊は、州都の本隊に合流する事も出来ずにこの地で足止めを食っていた。こちらが南から迫るキメラの大群を抑えている間に、州都の人類側支配地域は、空からばら撒かれたキメラによって、まるで虫に食われる様に侵食されてしまったからだ。
「やれやれ、州都の本隊と合流できたら少しは楽できると思っていたのによ。まさかあっちが先にヤバくなるなんてな!」
 湖岸の『砂浜』に掘った『タコツボ』の中で、戦友のウィルが呆れた様に悪態を吐き捨てた。
 気持ちは分からなくも無い。昨年、州南部での戦線維持に失敗したユタ州独立混成旅団本隊は、市民避難援護と戦力の建て直しを名目に、『僕』たちの大隊を後衛戦闘に残して州都まで後退したのだ。
 だというのに。あの地獄でしっかりと時間を稼いだ『僕』たちに比べ、本隊の連中は随分とお粗末ではないか。
 ウィルの悪態は止まらず、遂には旅団本隊への不平不満を即興歌にして歌い出した。その内容は益々過激に毒を帯びてくるが、本人の軽妙なキャラクターもあって妙に憎めない。
 『僕』は、向かいに座るトマスに向けて苦笑交じりに肩を竦めてみせた。対するトマスは優しく笑う。ウィルとペアを組んで重機関銃を運用する弾薬手で、分隊一大柄で、かつ、分隊一気性の柔らかな男だ。
 ジャリッ、と砂を踏む音がして、『僕』とトマスはゆっくりとそちらを仰ぎ見た。ウィルはまだ気付かない。
「随分とご機嫌のようだな、ウィランド・バトラー上等兵殿?」
「バ、バートン軍曹‥‥!」
「いや、気にするな。歌い続けて良し。ただし、2オクターブ高くな。どうした? 復唱はいらんぞ?」
 トホホという顔をしながら、やけっぱちになって金切り声で歌い出すウィル。軍曹は『僕』たちのタコツボに入り込むと、座り込んで煙草に火を点けた。『僕』とトマスは煙草を吸わない。喫煙者であるウィルは、只今お歌のレッスン中だ。
「‥‥大隊本部は本格的にプロボに腰を落ち着けた。南のサンタクインからここまで、施設大隊が深く堅牢な縦深防御陣を築いているらしい。大隊長はここを最後の砦にするつもりだな。‥‥もっとも、北のオレムには、州都に辿り着けなかった避難民たちのキャンプがあるし、退がりたくても退がれんが」
 バリトンボイスで言ってから、軍曹はウィルに煙草の箱を差し出した。ウィルはようやく歌を止めて、箱から一本引き抜いた。
「‥‥で、その決戦前の一大事にうちの小隊は、こんな後方の、しかも縦深から離れたユタ湖畔で何をするんですか?」
「今のうちに骨休めしておけっていうんじゃないか? これまでずっと最前線だったからな」
「休暇代わりったって‥‥こんな季節外れじゃ泳げもしない」
 やいのやいのと騒ぐ『僕』たち兵隊たち。ユタ湖は、プロボ・オレム両市に隣接する淡水湖だ。太古の昔には、州都西に広がる大塩湖、グレートソルトレイクと共に、ユタ州全域を覆う巨大湖を形成していたらしい。ユタ湖はその残存湖の一つなわけだが、この巨大な湖ですら名残の一つに過ぎないというスケールの大きさには目が眩む思いがする。
 そんな事を考えながら『僕』は湖面に目をやった。広大だが水深の浅いユタ湖は、攪拌されて常に濁っている。その濁った水に何かが動いたような気がして、『僕』は小さく軍曹を呼んだ。
「出たか?」
「分かりません」
 特に驚いた様子もなく軍曹が湖面に目を凝らす。そうだ。休暇のわけがない。武装した兵隊が配置されたという事は、そこに敵が来る可能性があるという事だ。
 目に映る光景に変化はない。だが、『僕』はどこか違和感を感じていた。そして、軍曹は、この半年、激戦の只中を生き残ってきた自分たちの感覚を軽くは見ない。
 すぐに全小隊に戦闘準備が下令され、タコツボと土嚢で作った陣地から銃身が一斉に湖面を向き、ガシャガシャと薬室に弾丸を送り込む音が響く。
 そして、静寂。
 風の音と水の音。身動き一つせずに銃を保持した兵隊たちが、目だけで感情をやり取りする。
 ほんの一瞬。水中に影がよぎった気がした。
 軍曹は迷わなかった。
「グレネードランチャー、湖面に撃ち込め。波打ち際から200フィート奥だ」
 ポンポンポン、と撃ち出された擲弾が弧を描いて着水、爆発して水柱を噴き上げる。と同時に水中で煌く複数のフォースフィールドの光。兵たちがどよめいた。
「攻撃開始! 後方で待機中の能力者たちを呼び寄せろ。お客さんだ。丁重に叩き出せ!」
 轟く銃声と共に敵は水中から立ち上がった。それは『直立歩行する蛙』の様なキメラだった。小柄で、蛙特有の柔らかそうな質感でありながら、艶のない漆黒の皮膚‥‥そうだ、特殊部隊の着るダイバースーツが似た感じだったか。
 交差する火線の中、その蛙野郎たちは、最も動きにくい浅瀬を四つん這いで突破すると、こちらに向けて高圧縮された水の弾丸を撃ち出してきた。積み上げた土嚢が爆ぜて、砂と水とで飛沫を飛ばす。ジャムんじゃねぇぞ、と叫びながら、ウィルが重機関銃の12.7mm弾をキメラに叩きつけ‥‥だが、『蛙』は軽快なステップでそれをかわして、一気にこちら目掛けて跳躍した。
「なんだとっ!?」
 あまりの出来事に身が動かない。しまった。相手が『蛙』なら予想して然るべきだったのに。
 『蛙』がニヤリと笑った気がした。蛙らしからぬ牙がその口中でギラリと光る‥‥
 結局、『僕』たちには、覚悟を決める時間も走馬灯が走る時間もなかった。次の瞬間、空中を跳んだ『蛙』が狙撃を受けて吹き飛んだからだ。
 フィールドを突き破る一撃。それは能力者によるものだ。
「‥‥相変わらず良いタイミングで現れてくれる」
 冷や汗を拭きながら、『僕』は安堵の吐息を洩らした。
 能力者が戦場で共に在る。それは地獄の様な戦場で絶望的な戦いをする『僕』たち普通の兵隊にとって、ささやかで大きな幸運だった。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
斑鳩・眩(ga1433
30歳・♀・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
みづほ(ga6115
27歳・♀・EL
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
夜木・幸(ga6426
20歳・♀・ST

●リプレイ本文

 深遠から浮かび上がる悪魔の様に、人頭大の蛙の頭が次々と湖面に顔を現した。白い砂浜へ続々と這い出してくる黒いシミ。歩兵小隊は容赦なく、そこへ最大の火力を叩きつけた。
「全火器使用自由。撃ちまくれ!」
 中途半端な水辺で動きの取れない蛙人を重火器が次々と吹き飛ばす。交差する火線。吹き上げる水柱。飛び交う弾丸が空気を切り裂き、無数の着弾が湖面に跳ねる。だが、敵の数は圧倒的で‥‥やがて、砂浜に『橋頭堡』を確保した蛙人たちは、防御陣地目掛けて一斉に跳躍した。
 時間稼ぎに張り巡らせたワイヤーも意味は無かった。宙を飛んだ蛙人は眼下の獲物に牙の並んだ口を大きく広げ‥‥不意に、自らよりも高く跳躍した『何か』を感じて、愛嬌のある目を上へと向けた。
 そこに、二対の赤い羽を背負って空を舞う斑鳩・眩(ga1433)の姿があった。
 『疾風脚』での跳躍。大きくメタルナックルを振り被った姿勢のまま、眩はニヤリと蛙を見やり‥‥その目と目の間に、思いっきり拳を振り下ろす。
 殴られた蛙人は背中から砂浜に激突した。砂と自らの軟体とで衝撃を殺してすぐにクルリと姿勢を変えて。そこに散弾を浴びせられて再び顔に砂をつける。
「今です。銃手、攻撃を」
 散弾銃を廃莢させて、土嚢に片脚を上げたリン=アスターナ(ga4615)が指示を出す。応じたウィルが雄叫びを上げながら敵を12.7mm弾で乱打した。
「‥‥完全に地の利は向こう、ね。‥‥行く先々で受難続きの部隊がいるとは聞いていたけど」
 こうも噂通りとは。リンも思わず苦笑する。
「だが、流石だ。この絶望的な状況に於いても良く統率が執れている」
 塹壕へ飛び込んでくる蛙人を迎撃しながら、煉条トヲイ(ga0236)はそう感心した。半年間も最前線でキメラ相手に戦ってきたというのは伊達ではないらしい。
「しかし、まぁ、何と言うか‥‥ある意味、運がない部隊ではあるな」
 銃機関銃を乱射しながら『給料上げろー』と雄叫ぶウィルに、リンとトヲイは肩を竦ませた。

 ダン、ダン、ダン‥‥!
 絶える間もなく跳んでくる敵を次々と狙撃銃で撃ち落としながら、みづほ(ga6115)はキリがない、と呟いた。
 膝射の姿勢を維持しつつ、薬室に1発弾を残して空になった弾倉を交換。休む間も無く撃ち続ける。まるで一昔前のガンゲームだ。視界に飛び出す敵を端から叩き落とし、しかし、止めを刺す間もなく続々と新手が現れる‥‥
 二つ目の弾倉を交換して。みづほは、隣りのリュス・リクス・リニク(ga6209)が長弓『黒蝶』に矢を番えたのを確認すると、一気に前方の塹壕へと走り込んだ。
 火力の薄くなったその隙に、1匹の蛙人が跳躍してくる。リニクはそれを冷静に見極めると、焦った様子も無く淡々と長弓の弦を引き絞った。
(「確実に、当てる事を第一に‥‥」)
 自分に言い聞かせながら弦と矢に練力を送り込む。番えた弾頭矢が飛ぶ『弾道』と敵の跳躍曲線をイメージし‥‥それが交差した瞬間に、リニクは指の力を抜いた。
 目にも留まらぬ速さで放たれた弾頭矢は、リニクのイメージ通りに直撃した。炸裂した爆風が蛙を真後ろへと吹き飛ばす。へろへろ〜と落ちていくその姿に、リニクはきょとんと目を瞬かせた。
「‥‥‥‥少し、楽しいかも」
 前進したみづほが塹壕からリニクを手招きする。リニクは姿勢を低くしながら、一気にテポテポと走り込んだ。
 塹壕の中では、みづほが土嚢を一段下ろして底に置き、砂地にしっかりとした足場を築いていた。リニクの足場は3段重ねだ。「貴方たちみんなガタイが良すぎです!」と、みづほが兵たちに苦笑する。
 リニクはその足場に立つと、再び弦を引いて矢を放った。爆発。落ちるキメラ。リニクの表情が少し幸せそうになる。
「さぁ、どんどんいきますよ!」
 無口な印象があったリニクがそう瞳を輝かるの見て、みづほはちょっとびっくりした。

 防御陣地を射程に収めた蛙人たちが、一斉に水弾を撃ち放った。
 激しい『弾幕』に頭を下げる兵隊たち。塹壕へ飛び込んでくる敵を能力者たちは何とか撃退する。
 みづほは再び頭を上げるとキメラたちへの銃撃を再開した。高圧縮・高速で撃ち出された水弾が土嚢の表面に爆ぜて穴を穿つ。みづほは動じる事無く、土嚢に銃と腕を預けて敵を撃ち‥‥応射は狙撃の3倍だった。
「‥‥このままじゃ、ジリ貧です。砂浜を、敵の跳躍点をこちらで確保しないと」
 だが、それは、この弾幕の中へ前衛組を突っ込ませる事を意味していた。押し黙るみづほに、眩は気負いも無く笑って見せた。
「苦戦上等! そこいらにたむろしているのを殲滅してくりゃいいんでしょ?」
「‥‥そうね。確かに厄介な相手だけど、これ以上好きにさせるのも癪だしね」
 眩の言葉にリンも頷く。咥え煙草にクールな表情、黒いスーツにショットガン。禁酒法時代のシカゴも似合いそうだと、戦闘中にも関わらずジェシーはそんな事を考えた。
「‥‥では、お願いします。格闘系の5人は速やかに前進し、敵を砂浜から駆逐して下さい」
 その言葉に頷いて突撃準備に入る5人。自分をジッと見つめるリニクに気が付いて、みづほは微笑した。
「リュスちゃんはここで私と援護よ」
「リュス‥‥?」
 その名を呼ばれ、リニクは戸惑ったようにみづほを見返した。リュス、リクス、リニク‥‥指先が、首から下げた2つの指輪をまさぐっていた。リニクはそれをギュッと握り締める。
「‥‥リニク。‥‥私の名前」
「‥‥そう。ゴメンね、リニク。みんなを援護、出来るわね?」
「‥‥うん。頑張る」
 頷いて、土嚢の足場に立つリニク。今の自分には力があり、それで誰かを助ける事ができる。それはきっと、何か意味がある事なのだろう。

 真っ先に先頭切って飛び出したのは、天然腹ペコ犬娘、ビーストマンの響 愛華(ga4681)だった。
「まったく、おぬしらも相変わらず地獄に好かれているようじゃの。じゃが、わしらが来た以上、本当の地獄には行かせはせぬ」
 大船に乗った気でおれ、と塹壕のジェシーたちに言う綾嶺・桜(ga3143)が愛華を見やる。愛華は一つ頷いて、笑顔でジェシーを振り返った。
「それじゃあ、行ってくるんだよ。終わったらいっぱいお話しようね。話す事が山ほどあるんだよ!」
 前を向き、敵を見る。大きく息を一つ。桜がポンと背を叩く。
 軍曹の号令と共に擲弾が敵中へと撃ち込まれ、その着弾と同時に前衛組は一斉に塹壕を飛び出した。
 僅かな距離が遠い。走り難い砂と張られたワイヤーを飛び越えながら、手にしたハルバードを槍兵のように突き構え、桜を庇う様に前に出る。
 吶喊する能力者たちを、一斉に放たれた水弾が迎え撃つ。その内の半数が愛華に集中した。
「やらせないんだよ!」
 叫ぶ愛華の周辺に顕現する闇の衣。非物理攻撃を軽減する『虚暗黒衣』が水弾のエネルギーを虚空へと奪い去り、ただの水滴と化した水鉄砲が愛華と砂の地面を濡らす。
「ド阿呆どもが。口の中がガラ空きなのじゃ!」
 その背後から小銃『S−01』を構えた桜が飛び出した。
 パンッ、パンッ、パンッ、と。どことなく国民的ロボットアニメの主人公機っぽいポーズ(ただしSD)を決めた『ち巫っ女』(チビっこな巫女)が、水弾の為に大口開いたキメラへと続けざまに痛撃を叩き込む。
 同刻、合図で撃を開始したトヲイは、隣を走る夜木・幸(ga6426)に気付いて目を丸くした。
「夜木、おま‥‥っ、サイエンティストが前に出るのか!?」
「‥‥仕方ないだろ。こいつの射程が短いんだから」
 ポニーテールを振り乱しながら、重たい超機械を抱えて走る幸が、ポンとその大荷物を叩いて言った。
 トヲイが困惑する。強力な知覚攻撃力を誇るサイエンティストも肉体的には打たれ弱い。そしてここは乱戦に近い形の戦場で、今も周囲の地面に流れ水玉、もとい、水弾が飛んで来ては水混じりの砂を跳ね上げている。
「まぁ、見てろよ。硬すぎる奴とか、軟らかすぎる奴とか、そういう奴らにはよく効くんだ、これが」
 それにまぁなんだ。ジェシーたちには何かと縁があるし、連中の為ならちょいと頑張ってみようという気にもなる。
 膝をつき、砂に気をつけながら超機械を起動する幸。トヲイは思案顔を一つすると、壁役として敵の前に立ちはだかった。
「‥‥たっ、頼んでなんて、いねぇからな!」
「‥‥お前、もう少し言い様ってものが‥‥」
 カチンときたトヲイが振り返り、照れた様にそっぽを向く幸の表情に二の句を告げなくなる。そんな様子を眺めやりながら、眩は生温かい目でニマニマと見守った。
「いやー、流石にアレはないだろ?」
「‥‥君たちの会話はよく分からんな」
 困惑したリンが眉をひそめた。

 空気が焦げる様な気配と共に、トヲイの目の前の蛙人が水蒸気の霞を纏い燻った。幸の超機械が発した電磁波がキメラをこんがりと焼いたのだ。この敵はもういいと見切りをつけ、トヲイは次の敵へと位置を変える。
 ボトリ、ボトリと落ちてくるのはみづほとリニクに撃ち落とされた跳躍蛙だ。その敵にも幸は止めを刺していく。
「‥‥ったく、この間天使と戦ったと思ったら今度は蛙かよ。流石に刺青のモデルにはできねぇだろ」
 超機械をフル回転させる幸を目掛けて1匹の蛙人が跳躍する。青い空を背景に、両手両足をぴょんと伸ばして跳ねるその姿‥‥
「‥‥おおっ、意外と美しい!?」
「アホかっ!」
 幸にツッコミを入れながら、その蛙をトヲイがシュナイザーの『ソニックブーム』で叩き落とす。
「ちょっと、幸、大丈夫!? ちゃんと気をつけなさいよ!?」
 心配して声を掛けてくる眩に、幸はニヤリと笑いながらヒラヒラと手を振った。その頬を汗が伝い落ちる。流石の能力者といえども、こうも連続して戦闘を続けるのは流石にキツい。
「わぅ〜‥‥桜さぁん、お腹空いたよぉ」
「我慢せぃ! これが終わったら蛙の唐揚げを山ほど食べさせてやるのじゃ!」
「キメラなんていらないんだよぉ〜‥‥‥‥オイシイノカナ(ボソっと)」
 黒衣を纏う愛華に痛撃を与え得ず、蛙人はその攻撃方法を変えた。がばちょ、と開いた口からでろんと長い舌が吐き出される。隠し玉だ。キメラは基本的に繁殖しない。そうでなければ、おたまじゃくしも出番があったかもしれない。
「やっぱりきた!」
 鞭の様に振るわれたそれを愛華が槍斧の柄で受け止める。クルクルと絡まるそれをガッチリ保持して桜を待つ。だが‥‥
「え? ええっ!?」
 別の蛙から振るわれた舌が一つ、二つ、と、水弾で濡れ鼠になった愛華の体に巻きついた。
 そのままギチッと締め付ける。締め上げに苦痛の呻きを上げる愛華目掛けて、蛙が跳躍し‥‥
(「大丈夫‥‥桜さんが何とかしてくれる‥‥!」)
 そう信じ、苦痛の最中に信頼の笑みを浮かべる愛華。その背中を、桜が踏んづけてった。
「むぎゅ」
「どうじゃ! 高いジャンプがぬしらだけの専売特許と思でないぞ!」
 跳び難い砂地を避け、愛華の背を踏み台にした桜がキアルクローで敵を裂く。落ちる蛙と同時に着地、そして舞踏を舞う様に愛華を拘束する舌を斬って回る。
「わぅ‥‥酷い目にあったんだよ‥‥色々と」
「泣くでないっ! また今度弁当を作ってきてやるのじゃ!」

 ブゥンっ! と振るわれた舌を潜る様にかわしながら、眩は前方へと跳躍し、その拳と地面とで蛙の頭部を挟み打った。周囲の蛙が小跳躍して眩に水弾を撃ち放つ。それを同じく小跳躍でかわす眩。砂上を跳ねる者たちが飛び交い、激しくその位置を変える。
 ダン、ダン、ダァン!
 水弾を横滑りするようにかわしながら、リンは、跳躍しようと身を下げた蛙人目掛けて散弾を叩き付けた。機先を制せられて怯むそれらを銃撃でさらに追いやって。その背後に、シュッと蛙人が回り込んだ。
 リンの左足首に撒きつく舌の触手。顔色を変える事もなく靴先から飛び出させた爪でそれを斬り捨て、次の瞬間にはリンがその蛙人の背後に回る。振り返った蛙顔に表情があったなら、それは驚愕であったに違いない。
「それで出し抜いたつもり? ‥‥詰めが甘いわよ、お馬鹿さん」
 ドンッ! と至近距離で発砲し、そのキメラだった残骸を吹き飛ばす。そのまま次の敵へ向かおうとして、リンはガクリと膝をついた。
「これは‥‥」
 足首から全身にかけて痺れが走った。毒‥‥? 蛙には毒を持つものもいるという話だが、このキメラもそうなのか?
 リンは意識をエミタに集中すると、侵入した毒への抵抗を試みた。‥‥よし、大丈夫。痺れは徐々に引いていく。
「大丈夫かい、リン?」
 その背後を守るように、眩がスッと移動してきた。その左腕には千切れた蛙の舌が巻き付いたままだ。そういえばピリッとしたなぁ、などと眩が笑う。
「避け切らずに巻かれといた方がお色気的には得なのかな?」
「貴女の言う事は本当に分からないなぁ‥‥」
 苦笑するリン。
 砂浜の敵は、ようやく駆逐されつつあった。

 まるで潮が引くように、キメラたちは一斉に後退を開始した。
 みづほが軍曹を振り返る。
「敵の退路へ擲弾を撃ち込んで下さい。ここで一匹でも多く掃討します」
 リニクがみづほの服の裾をギュッと掴み、視線で前進を訴える。みづほはコクリと頷いた。
「擲弾発射器、初撃と同じ位置に撃ち込むぞ」
 軍曹が片手を上げたまさにその時。
 湖に向かっていた蛙人たちが一斉にその身を跳躍させた。
「あ」
 呟く間もあればこそ。ぽちゃぽちゃと湖面に落ちる蛙人たち。砂浜からはあっという間に敵の姿が消えていた。
「追うな! ここから先は奴等のテリトリーだ」
 トヲイが追撃を止める。恐らくそれは正しい判断だ。
 無言でみづほが軍曹を見る。軍曹は暫くの間、戦闘態勢を解かなかった。

 湖岸に上陸したキメラ『キラーフロッグマン』は、その6割が殲滅された。
 いずれ再上陸もあるだろうが、それはその時防衛する小隊と能力者たちに任せるしかない。
 小隊は、何人かの負傷者が後送されたものの戦死者はなし。交代した歩兵たちは古い軍用トラックの荷台で大隊本部へと後送された。

「ユミィ‥‥? ‥‥‥‥‥‥ああ、彼女の事か。 ‥‥ゴメン、ちょっと忘れていた」
 州都でユミィに会った。そうジェシーに伝えた愛華は、その返事に思わず絶句した。
 半年。地獄の戦場にあり続けたその心に言葉も出ない。彼はユミィの事すら忘却の淵に沈む世界で生きてきたのだ。
「‥‥元気だったか?」
「‥‥うん。今度、一緒にお見舞いにいこうね‥‥」
 約束する。一番ショックを受けているのはジェシーだ分かっていた。
 暗くなった車中でトヲイが呟いた。
「逃げた先に楽園なんかありはしない。だから俺たちはこの地獄で戦い続けている。それがどんなに苦しくてもな
 だがな。明けない夜はない。‥‥俺はそう信じている」
 荷台の中で何人かが頷いた。
 トラックはガタゴトと揺れていた。